正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

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第二十三話

 獅子奮迅とは呼べないだろう。

 少なくとも、あまりにも一方的な蹂躙を。

 剣の一振りで魔法障壁は両断され、鋼鉄の壁すらも紙屑のように斬り割かれる。およそ、この魔法世界に存在する守りで、彼の剣を凌ぐことはできないのではないかとすら思わされる。

 いや、事実不可能と言い切れるだろう。超弩級戦艦の魔法障壁すら、ジークフリートは容易く蹴散らしたのだから。テロリストの末端が用意できる魔法障壁など、無に等しい価値しかない。

 三十分弱続いた魔法戦闘の結果、帝都内に巣食っていた最後のテロリストの巣窟は、完全に沈黙した。後には意識を失い、倒れ伏した完全なる世界下部組織構成員が転がっているだけである。人的被害は零。物的被害も皆無の大勝利であった。

 テオドラの告発と、その後の捜査で帝国内部に入り込んでいた完全なる世界の構成員たちは次々に逮捕されていた。世論の高まりと共に、皇帝は連合側との停戦を決定。連合側も事態が事態だけに応じる姿勢を見せ、連合側は軍を引き上げた。一先ずの安定を見た帝国は、即座に逮捕した関係者から情報を聞きだして捜査を継続、強硬な姿勢で以て、百人以上の容疑者を上げるに至った。

 真面目に仕事をしていた役人たちからすれば、悪の秘密結社なる怪しげな組織とそこまで多くの者が繋がっていたのかと驚きを隠せないといったところだろう。

 不幸なのは戦争に賛成していた派閥だ。彼らは、その発言から完全なる世界との繋がりを疑われてしまっている。テレビのコメンテーターすらも、その流れの渦中にある。

「ジークフリートさん。ご協力ありがとうございます」

 今作戦を指揮した騎士団の隊長が、兜を取ってジークフリートの下にやって来た。

 牡鹿を思わせる立派な角を生やした男性騎士である。重厚な鎧を見事に着こなしていると思わせるほどに、その身体は強壮であったが、見た目とは裏腹に非常に丁寧な言葉を使う。

「今の時点で判明しているのは、ここが最後だったと聞いているが」

「はい。私もそのように窺っております。しかし、お噂は以前から耳にしておりましたが、とてもお強い。いったい、どこでその剣術を身に付けられたのですか?」

「どこで、と言われてもな」

 ジークフリートは答えに窮した。

 そもそも、彼の『生涯』は大まかにはこの世界に伝わっている『ニーベルンゲンの歌』に語られるとおりである。無論、細部は異なっているし、描かれていない部分も多々ある。が、英雄ジークフリートの生涯とここにいるジークフリートの前半生は異なっていなければならない。彼はあくまでも、英雄ジークフリートに肖って名付けられ、英雄ジークフリートに酷似した能力を獲得するに至った剣士として認知されているからだ。そういう『設定』になっているのだ。であれば、その在り方を乱すような発言は慎まねばならず、かつてのことを語るというのはなかなか難しいものである。

「誰に教えを受けたわけでもない。俺は山野と共に生きてきたからな。その中で自然に覚えた」

「真ですか?」

「ああ」

 ジークフリートは頷く。

 総てが嘘ということはない。

 事実、ジークフリートは少年期から激動の世界を生きてきた。ニーベルング族との戦いやファフニールとの激戦を思えば、その中で剣術に磨きがかかっていったのは事実である。

「実戦の中で鍛えぬいた剣ということですか」

「言うほどのことではない。まあ、功名心もあって強さを求めたのは事実ではあるがな」

「竜種や高位の魔獣が生息している山の中で育てば、そうまで強くなれるものしょうか」

「人によるだろう。誰を真似し、誰に師事しても、最終的には自分に合った鍛錬を見つけていくしかないと俺は考える。俺の場合はそれが実戦だったというだけのことだ」

 静かに、ジークフリートは言った。

 隊長も、この話はこれ以上は続けなかった。ただ、好奇心から尋ねてきただけで深く聞き出そうとは思っていなかったらしい。

 少しばかり安堵する。

 口下手な自分は、こういった話題が続けばボロが出てしまうかもしれないからだ。もっとも、だからとって真実に近づける者がいるとは思えない。それこそ、あのダーナという魔神にすら届かんとする怪物であれば別であろうが、この魔法世界にそこまでに至れる者がどれだけいるだろうか。

 ジークフリートとその関係者にかけられていた賞金は取り下げられ、完全なる世界を打倒するために世界は一歩前に進んだ。とりあえずは。少なくとも。これまで、足を止めていたところから動き出したのだから、これは前進と評するべきだろう。表面的には手を取り合い、これまでの戦争で出た多様な損害と苦しみの行く先を裏で戦争を主導していたとされている巨悪に擦り付け。

 その時点で元凶を取り去ることが、その後の安寧を約束するわけではないということは、自身の経験からよく分かっている。

 完全なる世界の野望を食い止めた先には、おそらくこれまでと変わらない人間の生が続いていくことになるだろう。未来がどうなるのかは、これから生きていく人間が決めていかなければならない。そして、完全なる世界を打倒することは、そのための未来を守ることでもある。

「あなたの過去、私も興味がありますね」

 マフィアたちを搬送していく騎士団が入り乱れている中で、気配もなく現れた男が声をかけてきたのだ。

「アルビレオ・イマか。帝国国内で貴公を見ることになろうとは」

 純粋に驚きだった。

 『紅き翼』は帝国軍にとっては不倶戴天の敵として認識されていたからだ。完全なる世界の問題で、政治的には解決してはいるが、感情論は別であろう。彼らに痛い目に会わされた軍属は多い。

「ええ、ですから背中には気をつけていますよ」

 彼ほどの魔法使いならば不意打ちをしたところで倒せはしないだろう。少なくとも、この国のトップクラスの魔法使いであっても、その領域には至れていない。世界でも指折りの実力者であるアルビレオ・イマは外見からは想像もできないことではあるが、歴戦の猛者なのだから。

「そちらはそちらで慌しいのではないか? 連合も、多くの役人が罪を負っていると聞いているが?」

「そうですね。ですが、我々は政治家ではありませんから、専門家に一任ですよ。問題視すべきは、今回事が思いのほか上手く行き過ぎたということです」

「やはり、か」

「おや、ご存知で?」

「いいや」

 と、ジークフリートは首を振った。

「ただ、あれほどの権力を誇った完全なる世界にしては暴露された後の妨害が皆無だったのは気になった。それを言うのならばテオドラの救出のときからだが」

 もちろん、完全なる世界にとってジークフリートは脅威ではなかったのかもしれない。テオドラやアリカのような政治的発言力があるわけでもない一介の剣士に過ぎない。直接的な戦闘ではなく、戦略の段階で彼個人を注意するのは得策ではないだろうし、テオドラやアリカにしても、それで完全なる世界に王手をかけられるわけでもない。ジョーカーとなりうるのは問題を表に引っ張り出してくる段階までであって、その後には影響を与えられるわけではない。

「完全なる世界としては、お姫様方を手元に置いておきたいという思いもあったでしょう。しかし、そこまで手を回せるほど、彼らの支配は絶対ではありません」

 もしも、下部組織まで徹底的に締め上げられるような組織であれば、証拠を容易く押さえられたりはしないだろう。その一方で全貌解明に必要な部分はまったくと言っていいほど出てきていない。これほど、捜査が進み、犯罪に関与した者たちが逮捕されているというのに、組織を誰が率いているのか、幹部は誰かといったところが見えてこないのだ。

「完全なる世界と真に呼ぶべきは、我々を嵌めた白髪の青年たち上層部だけなのでしょう。各国でこの戦争を手引きした重鎮の方々でさえ、操られていただけ……そのため、彼らの悪事は露見しても、肝心の本丸には辿り着けないのです」

 不幸中の幸いは、完全なる世界の存在を証明する僅かな証拠を押さえることができたという点であって、しかし、それすらも奇跡を掴み取ったという程度でしかない。相手が、もっと下部組織に目を光らせていれば、そのような情報もなく、それどころか今でも完全なる世界の存在に気付けなかった可能性すらある。

「ここ最近の完全なる世界の動きは、妙だとは思う。その原因は俺では分からないが」

「これについては二つの考え方があります。一つは、劣勢に立たされているが故。こちらの行動への対処が後手に回っているという考え方ですね。ですが、これについては彼らが優勢であった頃、つまり私たちが指名手配犯だった頃から散見される問題ですので、疑義があります」

「となると、もう一つの見解か」

「最悪のシナリオにはなります。――――彼らにとって、最早この戦争そのものが不要になったということです。もともとは隠れ蓑として始めた戦争ですからそれが不要となったということは……」

「話に聞く儀式魔法の準備が整ったということか」

「少なくとも、下地は完成したのでしょう。後は、鍵を手に入れ適切な時期に発動するだけです」

「鍵……?」

 アルビレオは淡く微笑んだ。

「ウェスペルタティア王国の王家の血筋に生まれる、特異能力を持つ者が儀式発動の鍵となります」

「鍵とは、人なのか?」

「はい。現時点では、アスナ王女ただお一人だけが、この鍵としての力を有しています」

 その鍵たる力とは魔法無効化能力だという。

 儀式はこの魔法無効化能力を世界全土に拡大し、この世界の総てを消失させる大規模魔法を実現するものであるというのだ。

 理論上では、儀式の発動の後に世界が存続する可能性は万に一つもないというのだから恐ろしい。

 話によれば、ウェスペルタティア王国は完全なる世界の本拠地であるという。

 そして、その王都オスティアに暮らすアスナ王女が儀式の鍵だというのならば、すでに敵は鍵を手に入れているに等しい状態である。事は一刻の猶予もない。世界がまだ無事なのは敵のほうでもすぐさま儀式を起こせるだけの準備が整っていないからだと思われるが、材料が揃っているからには、今すぐに儀式が始まってもおかしくはない。

「オスティアに乗りこむ他ない、ということだな」

「そうなります。そして、私がここにいるのもその関係です」

「む?」

「オスティアに乗りこむ上で、戦力が必要です。幸いなことにアリアドネーはすでに参戦を表明してくださいましたが、連合と帝国が一致団結できるかというと難しいでしょう」

 つい先日まで敵だった相手だ。理屈では手を組むことが正しいと分かっていながらも、簡単には同盟軍を組織できないだろう。かといって、アリアドネーの軍だけでは決戦は難しい。アリアドネーの軍事力は強大ではあるが、所詮は都市国家でしかない。地力で大国には及ばないのだ。相手が相手だけに、アリアドネーに加え、二つの大勢力を仲間にして挑むべきではある。そう考えるのが道理だ。

「帝国と連合を結び付けるには、それだけ大きな目的が必要です。世界滅亡などというのは聊か現実味が欠けてしまいますが、理屈で説明することで、何とか落とし所に収まるのではないかというわけですね」

「なるほど。ぐうの音も出ない状態に持っていこうというわけか。それで、首尾は?」

「結論から言えば、本格的に軍を動かすにはまだ時間がかかります。ですが、直前まで辺境を守っていた部隊であれば、回せるということですね。妥協案です。連合の動きはまだ何ともいえませんが、世界の敵に立ち向かうに当たって自分たちがのけ者になるというのも外聞が悪いでしょうから」

 敵の敵は味方だと割り切れはしないが、だからといって協力しないのでは世論に悪影響が出る。今は世界の敵は完全なる世界であると世の中に広まっているために、これにどのように対処するのかで政治家たちの命運は決まる。最終決戦に参加しないというのは、それはそれで自分の首を絞めることになってしまうのだ。

 だが、最近まで連合を相手に軍備を整えていたために、即座に動ける部隊となると限りがある。

 兵糧から武器、兵士の準備に至るまで大きな軍を動かすにはそれだけの時間がかかるものである。防衛戦用の配備を急に対都市、対魔戦に切り替えるとなれば、燃料の補給から専用の武器の補充まで必要なものがごっそりと変わってくる。

 今すぐに動けるのは、アルビレオが言ったとおり、辺境を守っていて連合と戦っていた部隊だけだ。ここならば、航空戦力を使用したばかりで燃料や装備がそのままになっている。これを逃す手はなかった。

「連合も同様の理由で参戦してくれると私は睨んでいます。まあ、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグがうまくやってくれるでしょう」

 投げやりな言葉の中に、確かな信頼が感じ取れた。

 出会ってから、それほど時間が経っているわけではないものの、同じ苦難を共に乗り越えた仲間であるという意識がそうさせるのだろう。ガトウの捜査能力によって、完全なる世界の存在を明るみにすることができたという点では、この戦いの趨勢を握った存在でもあった。

「数日後には決戦が行われるでしょう。時間的にも我々には余裕がありません」

「そうだろうな。アスナ姫と言ったか。その姫君が敵方の手の内にある限り、俺たちが優位に立つことはないだろう」

 いつでも儀式を始められるという無言の圧力がある。

 実際には、諸々の準備があるだろうから即座に世界が消えることはない。だが、タイムリミットをご丁寧に教えてくれるわけもない。明日には世界が消えるかもしれないという思いを抱いてしまうのである。敵が尻尾を出したのも、追い詰められているからではなく、こちらを気にする必要がなくなったから。着々と敵も準備を整えているのである。

「私たちは今なお劣勢に他なりません。戦いとなれば、当然あなたの力も頼りにすることになるでしょう」

 もちろんだ、とジークフリートは答えた。

 事ここに至っては、連合も帝国もない。

 完全なる世界という巨悪に立ち向かう一介の剣士として、敢然と戦場に赴くだけだ。

 自然と身体に力が篭る。

 目前に迫る一大決戦に向けて世界が動き出している。その激動の流れの中で、不躾にも血潮が昂ぶってしまうのだった。

 




年内には完結させようと思っていたけれど、思いのほか間延びしてしまった感。

ランサーの星四以上がいないので槍トリア欲しさに溜め込んだ結晶を吐き出したが、オリオンだったでござる。
ちなみにモーさんは呼符で来てくれて、我が王は最終降臨達成かつ宝具レベル2突入。この一週間で一年分の運を使い果たした感じがする。

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