正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

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聖杯を手に入れる機会を与えるとは言ったが、手に入れた聖杯でブリテンを救っていいとは言ってない by抑止力

アーサーの願いをかなえようとする愛歌に抑止が介入するってこういうことかな。


第二十四話

 魔法世界全土を巻き込む大戦争は、限定的とはいえ終わった。終戦というよりは停戦というほうが正しいが、両陣営にとっても、これ以上の戦線拡大は不利益を生むだけであり、さらに完全なる世界という共通の敵が現れた以上はそちらに力を注ぐ必要があるということで、いくつかの不満や反対は依然として残るものの、正式に停戦合意が為されたのである。

 歴史的快挙ではある。

 これだけでも、この成果を導いた『黒の翼』と『紅の翼』は表彰台に上がる権利を有するだろう。

 だが、戦争が停まれば総てが解決するということではない。

 特に、今は。

 巨大に過ぎる悪の秘密結社が、ついにその姿を露にして活動しているからには、それを何とかしなけばならない。

 帝都の軍施設を訪れたテオドラは、渡り廊下から外を見る。

 窓の外には整然と並ぶ帝国軍騎士団がいて、指揮官が三千余名からなる精鋭たちに檄を飛ばしている

 これから帝国・連合・アリアドネー混成部隊に派遣されることとなる辺境守備隊の面々である。辺境を守るために組織された騎士団ではあるが、そのために先の大戦では最前線で戦ってきた叩き上げの集団である。空での戦いや巨大兵器との決戦を意識した大威力艦載砲を搭載した超弩級戦艦を旗艦とし、重巡洋艦や駆逐艦で固めた艦隊である。

 その砲門が一度開けば射線上のあらゆる存在を焼き尽くし、消滅させるであろう。

 本来ならば、メセンブリーナ連合艦隊に向けられるはずだったものである。

「なんとも奇妙なことだとは思うのじゃが」

 と、テオドラは呟いた。

 隣を歩くのは、ジークフリートである。

「これから、ウェスペルタティアにこの艦隊を向かわせるというのが、どうにもな……」

 苦笑するテオドラの言葉を、ジークフリートは無言で促した。

 彼女の言葉には、隠しきれぬ緊張がある。第三皇女にして、この戦争の裏側を垣間見た者である。幼いながらも、その責任を痛感しているのだ。

「此度の戦争では、ウェスペルタティアに我が軍は二度侵攻しておる。……二度とも、ナギたちに食い止められてしまったがの」

「その話は以前に聞いたな。それで、ラカンを『紅き翼』の討伐に向かわせたとか」

「そのようじゃな。あの筋肉達磨は、もともとは帝国の剣闘士だったのじゃ。だというのに、いつの間にか向こう側に就いておった。まあ、普通であれば討伐されてもおかしくはないの」

 実際に、ラカンに対しても刺客は送られている。

 その尽くが返り討ちとなっているだけであって、帝国側はきちんと正規の手続きを踏んでラカンを指名手配していた。連合側では冤罪で指名手配となったラカンではあったが、帝国からすればただの裏切り者である。今回のテオドラ救出とその後の完全なる世界との戦いに貢献していなければ、未だに帝国側から追われる立場のままであっただろう。

「まあ、ヤツのことはもうどうでもよい。斬っても突いても死ぬタマではあるまいしの。ん、どこまで話したか……ああ、ウェスペルタティアに攻め込んだ話か」

 一人で、テオドラは納得し、言葉を紡ぐ。

 何かを誤魔化すような口振りで、早口になっている。不安があるのだろうとすぐに分かった。この小さな身体に、大きな試練を背負い込んでしまったのだ。後はもう、結果を待つだけだといっても、だからこそ大きな心労がテオドラを襲っているに違いない。

「オスティアは妾たち帝国の亜人間にとっては聖域でもあってな。何とか奪還せんとしたわけじゃが、これがうまくいかんかった。そのオスティアに、再び艦隊を送り込むことになるというのがな。今回は、連合も一緒じゃし、これを奇妙と言わずして、何と言うのか」

 感慨深いことではあるのだろう。

 つい先日まで戦っていた相手と共に、奪い合った土地に向けて軍を進めるというのは。それも、共通の敵を打倒するための戦いである。

「テオドラ姫」

「ん?」

 ジークフリートは徐に口を開いた。

「後数日と経たずに、世界は大きく変わるだろう」

「そうじゃな。間違いなく」

 今は歴史の転換点だ。

 大きな戦争があった。その戦争が裏から操られたものであって、敵同士だったものが手を取り合って黒幕を倒しにいく。御伽噺のような本当の話が、今現実のものとなったのだ。ならば、後は勝利するだけ。物語の締めくくりとしては、これ以上ない結末だ。

「この戦いに勝てば、皆の世界は正しく続いていくだろう。もちろん、負けることなどありはしない。俺たちは確実に敵を倒し、儀式の発動を止める」

 負ければ世界は消えてなくなる。勝利する以外に道がないのならば、ジークフリートは己が持つ総ての力を出し惜しみすることなく使い、勝利に向けて邁進するだろう。『紅き翼』の面々も、彼と同様に全力で敵に当たっていくはずだ。

「だから、そう心配することはない。彼らと共に俺は剣を振るう。貴女の未来を必ず守り抜こう」

「うん、ああ、信じておるぞ、ジークフリート。負けたら絶対に許さんからな」

 テオドラは肩の力を抜いて笑った。

 ジークフリートがらしくもないことを言ったのは、まさしく最終決戦が近づいているからなのだろう。テオドラが内心で不安がっているのを感じて、言葉を選んでくれたに違いない。

 彼の言葉を信じるというのは本当だ。

 何せ、桁外れの強さを持つ男だ。これまでに、幾度も信じ難い戦果を出してきた。この戦いでも、その力は存分に振るわれることだろうから、勝利に疑問の余地はない。

 ならば、戦いそのものについて言えば、ジークフリートに丸投げしてもいいだろう。そう思えるくらいには、テオドラは彼の力に絶対の自信と信頼を持っている。

 だが、

「うん、だがジークだけに戦わせんぞ」

「何?」

「妾は第三皇女。この国の未来を担う者の一人であるからには、この戦いを座してみているわけにも行かぬ」

 小さな身体を叶う限り大きく見せようとしているのか、背伸びをするように背筋を伸ばしてジークフリートに言う。

「この戦いは帝国だけのものではないしの。妾もできる限りのことをする。前線には立てぬが、各々が死力を尽くすのが筋じゃ。後ろは任せよ。調整中の北方艦隊を必ずや間に合わせるからの!」

 キラキラとした瞳は真っ直ぐにジークフリートを射抜く。

 ジークフリートを信頼してはいるが、皇女として自らも戦場に立つのが道理であると、それが自明のものだと了解しているのである。この齢で何という覚悟をしているのだろうかと、ジークフリートは感動すら覚えた。臣民を守り、その未来の安寧を約束するために、自ら兵を率いて戦場に向かう。この小さな少女を突き動かすのは、まさしく高貴なる者の義務(ノーブル・オブリゲイション)を履行せんとする偉大なる意志に他ならない。

 彼女の言う北方艦隊は、この作戦における最後の切り札となりうる部隊の一つである。もしも、最悪の事態――――ジークフリートや『紅き翼』が間に合わず、儀式が始まってしまった場合に、その儀式そのものを妨害、反転させる封印術式を搭載する予定である。術式そのものは、ウェスペルタティア王国の王女であるアリカがもたらしてくれたものの、それを艦隊全体に行き渡らせるには時間がかかってしまうのである。結果として、最終決戦の開戦には、どうしても間に合わなかった。

「それでも、すでに七割方は完了していると聞いている。場合によっては準備ができた艦から出航させるかもしれんが、とにかく最悪の事態には間に合うように尻を叩くから安心するのじゃ!」

 それを聞いて、ジークフリートは苦笑してしまった。

 テオドラを安心させるために、話しかけたというのに結局テオドラから安心するように言われることになろうとは。

 力強く胸を張るテオドラに、最早かけるべき言葉はないのかもしれない。

 彼女はジークフリートが何も言わずとも、自分が為すべきことを正しく為すだろう。

 ならば、後はジークフリートが結果を出すよりほかにない。彼女の信頼を守り、自分の言葉を嘘にしないために、死力を尽くすのだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 ウェスペルタティア王国は、魔法世界最古の都を有する伝統と歴史の王国である。国家としての力は脆弱で、北をメセンブリーナ連合、南をヘラス帝国に挟まれた地理的状況、そして都であるオスティアがヘラス帝国からすれば聖地であるということから、幾度となく紛争を繰り返してきた歴史があった。

 そして、この戦いの最終局面に於いても歴史は繰り返すのか、メセンブリーナ連合、ヘラス帝国、そして第三勢力であったアリアドネーの混成軍は、ウェスペルタティア王国の国境を突破して王都オスティアの南方二十キロにまで迫っていた。

動く石像(ガーゴイル)タイプの魔物の散発的な襲撃を除けば、ほとんど妨害がありませんでしたね」

「本命はこれからだってことだろ。使い魔ばっかで誰も打って出てこねえ」

 アルビレオとナギは、艦隊を背後にしつつも眼下に広がる雲海の果てに浮かぶ最終到達地点を見遣る。

 ウェスペルタティア王国の中心部は、世界でも特異な環境にある。

 大小様々な無数の岩石が浮遊しているのである。特殊な魔力が、環境に影響を与えているためである。そして、王都オスティアは、こうした浮遊岩石の上に建造された空中都市なのである。

 故に、ナギたちが陣取っているのも地上数千メートルにもなる高所である。

 そして、これから乗り込む敵地もまた空に浮かぶ宮殿――――墓守り人の宮殿と名付けられた、オスティアの最奥部である。

「ん?」

 ナギは視線を墓守り人の宮殿から逸らした。

 鎧が発する独特の金属音を聞いて、振り返る。

「よお、ジークフリート。久しぶりだな」

「三ヶ月ほどか。貴公らの働きのおかげで、ここまで戦局が動かせた。感謝する」

「よせよ。俺たちだって、何かしたわけじゃねえんだからよ」

 空の帝国戦艦から降り立ったジークフリートは真っ先に『紅き翼』と合流したのである。

「あそこが、墓守り人の宮殿か。実物を見ると、圧倒されるな」

 雲海が宮殿の周囲に渦を巻いている。

 空に浮かぶ宮殿など、ジークフリートは見たことがない。生前も、サーヴァントとしてルーマニアに召喚された後も、このような非日常的光景には終ぞ出会うことがなかった。

 ダーナが暮らしている時空の狭間を、カウントするのであればそこを入れるべきなのだろうが、あれは自然にある光景というわけではないだろう。

 いずれにしても、自然現象でこのような光景が形成されるのだから面白い。

「ジークフリート。お前の仲間はいないのか?」

 ナギはジークフリートの周りを見回して、人影を探した。

「帝国側で、宮殿に突入するのは俺だけだ。彼らは、もともとテオドラ姫の護衛だからな。今は、その職務に就いている」

 アレクシア、コリン、ブレンダ、ベティ。共に戦ってきた仲間は、今別の戦場でそれぞれの任務に就いている。もともと、戦闘はジークフリートに任せていた。極限の戦いについていけないということは、プリームムとの戦いで痛感していた。

 墓守り人の宮殿に突入するとなれば、プリームムに匹敵する敵との戦いとなるだろう。とても、ジークフリート以外の者が耐えられるとは思えない。むしろ、そのレベルが五人も揃っているナギたち『紅き翼』のほうが異常と言えるだろう。

「ここまで艦隊が近付いていながら、敵影がまったくないというのは不気味ではありますね」

 アルビレオがアーティファクトたる魔本を片手に敵地を見る。

 確かに、これまでに妨害は少なく、さらに二十キロという近距離に近付いていながら相手はまったく攻めてこない。

「向こうは儀式を進めるだけで外と関わりをもつ必要がないからな。篭城すればいいとなるのは当然だろう。あそこは高密度の障壁に包まれた要塞だ」

 詠春がアルビレオの言葉に重ねて続ける。

 薄らと光る墓守り人の迷宮は、艦載砲でも貫けないほど頑強な魔法障壁に覆われている。台風のように周囲を取り巻く障壁をすり抜けて侵入するには、上部か下部の台風の目になっている箇所を狙うしかない。

 それほどにまで強力な守りを持つが故に、貴重な戦力を簡単には投入してこないのだろう。

「小出しにしないで、纏めて兵力をぶつけてくる算段なのだろう。俺たちがこのまま進めば、自ずと大量の敵に進路を阻まれるはずだ」

 詠春の見立てに、ラカンがやる気なさげに尋ねる。

「戦力がある程度そろうまで待つってのは、その所為か?」

「こちらも小出しにはできんからな。突入するのは俺たちだが、召喚魔たちを抑えるには大兵力が必要だ」

「たく、時間もねえんだろうに……」

「まあ、時間がないのは事実だからな。戦力が予定通りに集まらなくても、攻めねばならんだろうな」

 目下の問題は、致命的なまでに時間が足りないということである。

 相手は儀式の鍵であるアスナ姫を確保している。儀式そのものも、すでに始まっていると考えていいだろう。周囲の魔力の流れを見る限り、世界中から大量の魔力が集められていることが分かる。

 大量の魔力が大気と反応して、目視できるほどの光を放っているのだ。光の中心に浮かんでいるのが、墓守り人の迷宮ということだ。

「連合と帝国の正規軍は間に合いそうもありませんね」

 アルビレオは嘆息した。

 ガトウが連合をテオドラが帝国をそれぞれ担当し、可能な限りの戦力を掻き集めてくれてはいる。だが、何分急すぎて、正規軍を戦闘に間に合わせるまでには至らなかった。

「今の戦力では十分とは言えないが、それでも戦えないというほどではないだろう。本丸に俺たちが辿り着き、速やかに敵を排除すれば何とでもなる」

 ジークフリートは、自軍と敵軍の戦力を脳内で比較する。

 瞬間火力は、恐らくはこちらが上だろう。数百隻からなる大船団の砲撃は、この数ヶ月の間に数を減らした完全なる世界を上回る。個の質という点では五分五分だ。世界の命運は、敵地に乗り込む少数精鋭――――『紅き翼』とジークフリートが敵を倒せるか否かにかかっている。そして、完全なる世界の幹部たちは、皆強大な魔法使いだ。一筋縄ではいかないだろう。

 だが、負けるとは思わないし、負けてよい戦いでもない。

「ジークフリート殿、ナギ殿。お待たせいたしました!」

 息せき切って走ってきたのは、小さな少女である。左右対称の角を生やした亜人種の少女はアリアドネーの戦乙女セラス。若輩ながらも、一部隊を任された有能な戦士である。

「混成部隊の配置が完了しました。いつでもいけるとのことです」

「あんたらが外の自動人形や召喚魔を抑えてくれれば、俺たちが本丸に乗りこめる。頼むぜ」

「は、はい」

 ナギの言葉にセラスは緊張した面持ちで頷き、敬礼する。

 ジークフリートはいよいよ戦いの火蓋が切られそうになっていると感じて心臓の鼓動を早めた。武者震いがする。高濃度の魔力に呼応するように、血流が早まっている感覚。

「出陣か」

「準備はいいか、ジークフリート」

「何を今更。この程度、今までに幾度も経験してきた戦いの一つでしかない」

 ナギに肩を叩かれ、ジークフリートは淡く笑って返した。

 絶望的な戦いなど、これまでに何度も戦ってきた。背負った命の重みこそ違えど、なすべきことに変わりはない。

「ハッ、だろうな。あんたともいつか決着をつけなきゃいけねえからな。変なとこでくたばんな」

「無論だ」

 最早、ジークフリートの目に映っているのは敵の本拠地のみである。

 今になって臆することなどありえない。何よりも、頼りになる仲間がいる。

 己が守るべき世界を守るために剣を振るう。それこそは、二十一歳の夏至の日、騎士として父から栄誉を賜ったときから変わらぬジークフリートの行動原理なのだから。

「ところで、ジークフリート。ここは空の上だが、あんたは大丈夫か?」

 そこに声をかけてきたのはラカンだった。

「前にやりあったときは、あんたは空中戦ができないように見えたが?」

 グレートブリッジでの抗争の折り、確かにジークフリートは空中戦を不慣れとしており、そこを彼らに狙われた。

 空を飛ぶのは魔術師の技術。あるいは、精霊や神々の加護を受けた英雄ならば可能か。いずれにしても、本来のジークフリートには存在しないスキルである。

 だが、この世界にやってきて、彼はさらなる成長を遂げた。一つは、この世界独自の技術である魔法。そして、もう一つは自身の肉体に備わる力の秘奥。サーヴァントではなく、肉体を持つが故にこの勇士はさらなる段階へと足を踏み出している。

「問題はない。欲を言えば地上であって欲しかったが、空の上でも変わらず戦えると断言しよう」

 その言葉に迷いはなく、一切の疑問の余地も残さない。

 如何にして空の上で戦うのか。

 その答えまではここでは語らなかったが、追々分かってくることだ。

 エンジン音が響き渡る。

 数千からなる連合大艦隊が、オスティアの空を埋め尽くす。魔法世界史上、これほどの数の艦隊が一同に集ったことがあっただろうか。

 小国ならば一日程度で滅ぼすことも、この戦力ならば不可能ではないだろう。

 もちろん、敵は小国は愚か、二大勢力すらも裏から操った秘密結社だ。対人戦闘でも、幹部級の相手となれば、戦艦を容易く屠れるだけの戦闘能力を有している。――――ジークフリートやラカンが証明してしまったように、ある一定ラインを超えた超越的戦闘能力を有する者が相手では戦艦は寧ろ大きな的である。魔法によって肉体を兵器に匹敵する頑強さにすることのできるこの魔法世界では、歩兵ですら機動力のある強大な兵器の一つとして認識したほうがよく、武器の性能差は個体能力によって塗り替えられることも屡である。

 だからこそ、完全なる世界に挑み世界を救う大役は、たった六人の精鋭に託されることとなった。

 メセンブリーナ連合とヘラス帝国の混成艦隊とそれらを取り囲むアリアドネーの戦乙女旅団が進撃を開始する。

 『紅き翼』とジークフリートは、いつでも出撃できるよう超弩級戦艦の背中(・・)に立った。

 そこは鯨の背中のように不安定な足場であり、かつ高度七千五百メートルという遙かな高みである。吹き抜ける風は、この日の気象条件もあったのだろう、暴風といってもいいくらいであった。

 それすらも、彼らにはそよ風でしかないのだろう。後ろに靡く髪、はためく衣服を見なければ、強風が吹き荒れていることにすら周囲は気付けないだろうと、そう思えるほど六人は至って普通の様子で鯨の背に立っている。

 

 

 

 ■

 

 

 

 墓守り人の宮殿内部。

 白髪の青年(プリームム)は、迫り来る連合艦隊を前に余裕の表情を崩さなかった。

 計画が世界に知られてから半年。その間、幾度となく『紅き翼』との戦いを演じてきた彼は、その力のほどをよく知っている。それでいて、敗北するなどということは露ほども思っていなかった。

 実のところ、このプリームムは人間ではない。人工的に生み出された生命体であり、神代の技術を駆使して生成された最高傑作のひとつである。

 彼の造物主(マスター)によって、世界最高峰の魔法使いとして設計されたプリームムには、その自負がある。

「ふむ、こうして見ると壮観だな。いずれ墜ちる光ではあるが、世界の最後を飾るには相応しい輝きだ」

 漆黒のローブを纏った男が、やってきてそのようなことを言った。

「デュナミス。準備は終わったのかい?」

「一通りは済んだ。儀式の遂行に関して私の出る幕はない――――後は、あの有象無象を打ち払うだけよ」

「そうだね。まあ、ナギ・スプリングフィールドたちはここに来るだろう。マスターの敵ではないとはいえ、儀式の邪魔をされては困る」

 それだけの力はあるだろう。

 人間にしては、彼らは強い。自分たちの創造主は、そのさらに上を行くものの儀式を止めるという目的を果たすのに、完全なる世界を壊滅させる必要もない。儀式場や術式の破壊、核となる黄昏の姫巫女の奪取などいくつも方法はあるのだ。

「ジークフリートなる者も要注意なのだろう? 私は彼奴を知らんが、手ひどくやられたと聞いているぞ」

「確かに、彼は強敵だ。ナギ・スプリングフィールドよりも遙かに厄介な相手だろう。が、弱点もあるらしい。一度、ノーヌムがそれで彼に勝利した」

「同じ手は食わぬだろうが」

「どうかね。何にしても、こちらも戦力の出し惜しみはしない。ジークフリートにはノーヌム以外(・・・・・)も当たらせるさ」

 と、言いながらプリームムは視線を右側にずらす。

 彼と同じ顔の白髪の青年が、ドアを乱暴に押し開けて入ってきたところだった。

 顔立ちはまったくといっていいほど同じなのに、雰囲気がまったく違う。逆立つ髪に、人を食ったような表情がそうさせるのだろう。理知的で落ち着きのあるプリームムとは性格が根本から異なるのだ。

「セクンドゥム。起動は間に合ったようだね」

「ああ」

 と、セクンドゥムと呼ばれた青年は頷いて、遠くに見える連合艦隊の光を見る。

「どうやら祭はまだ始まっていないようで安心したよ。せっかく、マスターに調整していただいたというのに、力を示す場がないのでは面白みに欠けるからな」

 頤に手を当てて、セクンドゥムは言った。

「風のアーウェルンクスはノーヌムと同じく速度に秀でる。ジークフリートを翻弄し、打ち倒すには最適だろうね」

 それが、プリームムが出した結論であった。

 以前の一戦で、ジークフリートを相手にした時の相性の悪さは痛感したのだ。技量、破壊力の双方で、プリームムは彼に及ばず、それ以上にあの厄介な防御を突破することができない。

 何よりも、プリームムの関心はナギに向いている。直接的な因縁であれば、赤毛の魔法使いのほうが強く、自分が相手をするならばナギのほうであると決めている。チームの司令塔として、最適な相手をジークフリートに当てるのならば、やはり風の系統の使徒に任せるべきだろう。

「それだがね、プリームム。にわかには信じられないのだが、そのジークフリートとかいう剣士は実際に強いのか? 我等はマスターによって世界最高峰の魔法使いとして設定されているのだぞ? 得手不得手はあるにしても、人間如きに後れを取るなどありえんだろう」

 ありえるとすれば、それは欠陥品だけだ。

 彼らの創造主は世界すらも創造した神とも言うべき存在だ。主の技術に疑いの余地はない。

「ジークフリートの弱点は『ニーベルンゲンの歌』の通り背中だそうだ。大方、伝説をなぞることで効果を発揮する特殊魔法でも用いているのだろう」

 プリームムに代わり、デュナミスがジークフリートの弱点を伝えた。

「負けるとは思っていないさ。だが、厄介な相手ではある。君が倒してくれるのならば、それに越したことはない」

 プリームムがセクンドゥムに言った。

「ふむ、まあいいだろう。プリームムがそこまで言う相手ということは、最強たる私の獲物に相応しいということだからな! ハッハッハ!」

 何が面白いのか、セクンドゥムは大きな声を上げて笑った。

 セクンドゥムには、さしたる興味がないのかプリームムは表情を変えることなく連合艦隊に視線を戻す。

 態度こそ大きいものの、全体的にバランスの取れたプリームムとは異なり、セクンドゥムのパラメータは尽く上限ギリギリまで引き上げられている。性格の変化はその影響ではあるが、それを差し引いてもこれから先の戦闘に於いて十二分に役立つはずである。

「じゃあ、デュナミス。始めようか」

 プリームムが声をかける。

 召喚士である同僚に向けて。

 それが、決戦の合図となった。黒衣の男から立ち上る魔力は、巨大に過ぎる魔法陣を幾重にも描いた。それはあたかも地獄の門のように鈍く光、その奥から異形の魔物が次々と這い出てきたのである。

 

 

 

 ■

 

 

 雲海の上を泳ぐ鯨の群れは、やがて漆黒の壁に行き当たる。

 こちらが鯨の群れだとすれば、あちらは魚の群れ――――大きさで言うならばそうなるだろう。このように表現すれば、捕食者と被捕食者の関係の出来上がりだ。こちらは向かってくる無数の敵影を一方的に蹴散らせばよい。だが、事はそう単純ではない。上位の魔法使いが、単独で戦艦を沈められるのと同じように、力のある使い魔もまた戦艦にとっては脅威である。

 大きさは戦闘能力を測る指針の一つとはいえ絶対ではないのである。

『前方、敵影多数。計測不能です!』

『数え切れません! ……概算で五十万以上!』

 戦艦の内部でも動揺が広がっているのが伝わってくる。

 それも仕方ないだろう。五十万もの召喚魔が押し迫ってくる光景は、世界の終わりを想起させるに相応しいものだ。

「敵さんも本気になってきたってとこか。そうでなくっちゃあなあ~」

「ラカン、気を引き締めろ。後五分もかからんぞ」

「分かってるって詠春。そう気張んなよ。なるようになるさ」

 ため息をつく詠春と至って楽天的なラカンの対照的な会話が、緊張感をそぎ落とす。けれど、それがちょうどいい。これほどの未曾有の危機にあっても、『紅き翼』は『赤き翼』のままなのだ。

『攻撃準備! いちいち狙いを定める必要もない! 突入部隊に道を開け! 目標、前方の召喚魔! 全主砲一斉射撃!』

 旗艦からの指示が飛び、光り輝く魔力砲が同時に火を吹いた。

 無数の光帯は絡み合って召喚魔の大群に吸い込まれ、その射線上にいた敵影を食い荒らしていく。

「おっほ、こりゃすげえ。このままぶちかましてりゃ、終わっちまいそうだな」

 ラカンが楽しそうに叫ぶ。

「いえ、よく見てくださいジャック。まだまだ来ますよ」

 半径数キロに達するかとも思える爆炎を押し退けて、召喚魔たちが向かってくるではないか。数を恃みにした突撃戦法だが、そもそも命を持たない影の魔物だからこそ惜しげもなくその身を盾にできる。

 そして、絶大なる威力を持つ連合艦隊の主砲であっても連発できるものではない。

『各艦、チャージが完了次第砲撃せよ! 斉射の合図を待つ必要はない! とにかく、数を減らせ!』

 連合艦隊各艦が、あえて隊列を崩して弾幕を張り始める。

 隊列は同程度の敵艦隊を相手にする際には有効ではあるが、今回は大小様々な召喚魔が相手となる。懐に入られた場合の迎撃を考えると整然とした隊列は寧ろ同士討ちを引き起こしかねないのである。

 そして、艦隊がこの変則隊列に移行したということは、敵軍が近接戦闘の間合いに入りつつあるということの証でもあった。

「アル、どのタイミングで行く?」

 戦況を見ながら、ナギが言った。

「ナギのお好きなときに」

「そうかい。じゃあ、今のうちに行っちまうか」

 ナギがいよいよ戦艦から飛び立とうとする。それを、ジークフリートが止める。

「待て、ナギ」

「ちょ、何だよ。いいとこで」

「突入するにしても、まだ敵の数が多い。ここは俺が先行し、敵の数を減らし道を作ろう」

「はあ? いや、数減らすって言ったってよ。主砲の一斉射撃でも消しきれてねえんだけど」

「まあ、確かにな。総てを消すとなると聊か骨が折れる。が、道を切り開くくらいはできるだろう。俺の幻想大剣(バルムンク)は、連発できるからな」

 と、珍しくふてぶてしく言うや、ジークフリートは勢いよく踏み切った。

「あ、ちょ、待ておい!」

 ナギの制止の声を置き去りにして、ジークフリートは一息に浮遊岩に飛び移り、そこを足場にして来る敵軍の眼前に剣を振るう。

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 その一撃は、戦艦の主砲をも上回りかねない大威力攻撃。黄昏色に染まった強大無比な神代エーテルは、対軍宝具の名を辱めることなく、空を駆け抜ける強風をねじ伏せて召喚魔を消し飛ばす。

 さらに一歩、踏み出して――――、

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 振り下ろした剣を振り上げて、その軌跡をなぞるように扇形に広がる黄昏が、より広範囲に広がっていく。

 それは人一人が扱うには過剰と言うべき大火力。

 遠く聞こえる爆発音が、戦場に木霊する。尚も続く宝具の連射によって、迫り来る召喚魔の軍勢の一画に穴が開いた。

「なんつー馬鹿火力だよ」

 ナギは呆れたように呟いた。

 視界に広がる黄昏の閃光に食い散らされていく召喚魔が寧ろ憐れにすら思える。

「もうアイツ一人でいいんじゃないかって感じだな」

「馬鹿言え、ジャック。これじゃいいとこ全部持っていかれちまうだろうが! おら、行くぞお前ら! ジークフリートに後れを取るな!」

 

 

 

 

 飛び出していく『紅き翼』を、旗艦艦長クリストフは眩しいものを見るかのような目で追った。

 こうして超弩級戦艦という考え得る限り最も安全な場所にいながら恐怖する自分がいるというのに、彼らは生身でこの戦場に飛び出していった。その勇気に、心からの賛辞を贈りたい。だが、今は目の前の難題を解決することに心血を注がなければならない。

 クリストフは無線機を手に取った。

『作戦は最終段階に入った。総員、突入部隊を可能な限り援護せよ! 彼らの手を召喚魔如きに煩わさせるな!』

 言って、通信を一度切る。

 光り輝く魔力砲がところ構わず撃ち出される。

 『紅き翼』とジークフリートがいる辺りをあえて避けて、その周辺に無数の砲撃が叩き込まれている。

 召喚魔との近接戦闘を直近に控え、クリストフは徐に通信機を手に取る。

『メセンブリーナ連合及びヘラス帝国、そしてアリアドネーの勇敢なる戦士諸君。最早言わずとも当然のことではあるが、今だからこそ敢て言おう。我々は愚かにも敵に踊らされ、共に憎み合って殺し合ってきた過去がある。真実はどうあれ、戦争をしてきた以上は互いに遺恨があるだろう。個人的な恨みもあるに違いない。それを水に流せとは言わん。……だが、今この時ばかりは、この戦場でだけは敵だった昨日を忘れて世界のために戦って欲しい。我々の祖国と愛する者たちのために――――通信は以上。諸君らの幸運を祈る』

 一言一言に万感の思いを込めた言葉であった。

 短いながらも、為すべきことを明確にしたその言葉がどれだけこの戦場にある戦士たちを鼓舞したか。それは、後世になってみなければ分からないことではある。

 けれど、少なくない者たちが国を越えて同一の敵に当たるという大前提を念頭に置いたのはこの瞬間からであった。

 強大な敵を前にして仲間割れなどしてはならない。心を一つにして当たらなければ、連携の取り様がない。これから先、主砲を使うことも儘ならない状況になるだろう。そうなったときに信頼できるのは、友軍との連携だ。

 アリアドネーの戦乙女たちが戦闘用の杖に騎乗し各艦の周りを取り囲み、直接掩護を開始する。大威力の砲が軽々しく使えない近接戦闘の間合いで、彼女たち戦乙女は大いに活躍してくれるだろう。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 先行するジークフリートは浮遊岩やそれらを遙かに上回る大きさの浮島を飛び移りながら宝具を解放していた。

 断続的に解き放たれる黄昏の波動を乗り越えられる召喚魔は皆無で、直撃したものはもとより余波を受けて墜落するものも後を断たない。

 破壊旋風と化して進むジークフリートを止められる召喚魔はなく、漆黒の召喚魔の群れの中を抉りこむようにしてジークフリートは突き進む。

「大分近付いてきたな」

 岩塊の影から飛び出てきた竜型の召喚魔の首を斬り落とし、目的地を見定める。

 残り、二百メートル余。猛烈な魔力の乱流が渦巻いていて、容易く近づけそうになかった。話に聞いていた魔力の乱流によるバリアーである。防衛機構も備わっており、要塞としての機能は語るまでもなく強力だ。

「やっと追いついたぜ、ジークフリート!」

 ジークフリートの背後に『紅き翼』が降り立った。艦隊からこの浮遊岩まで、ほとんど戦闘らしい戦闘をせずに駆け抜けてきたのは、ジークフリートが出鱈目な火力で道を作ってきたからである。その甲斐あって、彼らはほとんど消耗していない。

 彼らの力をジークフリートは高く評価している。この程度のことで、怪我をするはずもない。故に、安否確認などしない。

「ここからが正念場だ、ナギ。見ての通り、道は閉ざされている」

「やはり、ここですね。艦載砲の一点突破くらいでしょうか。あるいは……」

 アルビレオがジークフリートを見る。より厳密には、その宝剣を。

「ああ。俺の剣ならば、あの障壁を貫けるだろう。だが、魔力の乱流による障壁だ。穴を開けても、すぐに塞がってしまうだろう」

 できることならば、この城塞の侵入経路がはっきりしていればよかったのだが、この国の人間でもそれは知らないとのことだ。何せ、この乱流自体が発生したのがつい最近だというのだからそれも当然だろう。これは自然のものではなく、完全なる世界が組み上げた術式の一つと見たほうがいい。

「では、こうしましょう。まず、ジークフリートが穴を開け、私が中に飛び込みます。然る後、転移魔法で内部に皆を転移させる。これならば、あの障壁にも邪魔をされずに内部に侵入できます」

「なるほど。アルならば、障壁に穴が開いたタイミングにいつでも合わせられるということだな」

 詠春が頷き、アルビレオが魔力を心身に行き渡らせていく。

 ジークフリートは聖剣を掲げて、迸る魔力をその柄に込めて全霊の一撃を解き放つ。

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 柄に埋め込まれた宝玉から神代エーテルが増幅、加速して刀身から莫大な魔力が撃ち出される。

 砲撃にも似た音がした。

 淡く輝く魔力の壁が、あらゆる外敵を退けるはずの鉄壁が異世界の法則を叩きつけられて悶絶し、絶叫する。魔力を振り絞るジークフリートは、出力をさらに上昇させて剣を抉りこんでいく。拮抗はものの十秒ばかり。攻略不能であるはずの墓守り人の宮殿の魔力障壁は、一振りの聖剣の前に敗れ去る。

「アル!」

 ナギが叫んだときには、すでにアルビレオの姿は消えていた。

 準備していた転移魔法を即時起動。無防備に曝け出された穴の奥、安全地帯と判断した場所に跳んだのだ。後は内側に仲間を引き込めばいいだけ。外から入るよりも、中から引き込むほうが幾分か楽なのだ。

「いよっし、乗り込むぞ、お前ら!」

 ナギが手を打って喜び、アルビレオの転移魔法を待つ。まさにその時、頭上から幾重にもなる雷光が降り注いだ。

 五人の精鋭は、その程度で墜ちるほど柔ではない。飛び退いて回避し、上を見る。

「アイツ!」

 二人の魔法使いがこちらを見下ろしていた。

 ジークフリートはその二人を見て、呟く。

「一人は見覚えがあるな。テオドラを攫った者の仲間に違いない。だが、もう一人は初めて見るな。プリームムなる者と似ているが」

「何にしても奴等の仲間だろ。相手になってやらぁ!」

 ナギが好戦的な笑みを浮かべて挑発する。

 詠春が刀の柄に手をかけて、ラカンが拳を握り込む。いよいよ敵との本格的な戦いが始まったのだと実感して、

「当初の予定通り、貴公らは先に行くがいい」

 いざ、戦いを始めようというときにジークフリートは言った。

「今は時間が惜しい。アルビレオの術式に則り、敵地に乗り込むべきだ」

 幻想大剣を肩に担ぎ、ジークフリートは二人の敵を見上げた。

 相手も、ジークフリートを見ている。間違いなく、あの二人はジークフリートに差し向けられた刺客であろう。

「いいのかよ。相手は二人だぜ?」

「問題ない」

 ジークフリートは確信を込めて口にする。

「たったの二人だ。すぐに追いつける」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 『紅き翼』が魔法陣の中に消えるのを見送ったジークフリートは改めて敵を見上げる。

 やはり、二人の魔法使いは『紅き翼』を追いかけるそぶりは見せなかった。転移魔法とはいえ、彼らの速度ならば追いつくことも不可能ではないだろうに。

 となれば、ジークフリート狙いだろうという予想は当たっていたということだ。

「ふむ、何と言っていたかな」

 プリームムとよく似た青年が、こめかみに指を当てて演技がかった口調でジークフリートに声を届けてきた。

「何とも奇妙な言葉が聞こえたぞ。この私を、この造物主(ライフメイカー)の使徒の中でも最強に設定されたこのセクンドゥムを相手にして問題ないと言ったかな? ハッハッハ、本当に大きく出たなジークフリート! まあ、私の力を知らないからこそ、その大口が利けるのだろうが、愚かとしか言いようがないな!」

 ジークフリートは相手の挑発染みた口撃にはまったく動じず、一挙手一投足を見つめている。以前の戦いでノーヌムに背中への一撃を受けた。雷速という秘術は、ジークフリートをして脅威だったのだから。そして、逆立った白髪の青年は、ノーヌムと同じ能力を見える。身体中を駆け巡る雷光を見れば、雷に関わる能力者であろうと予想できる。

「私の力にひれ伏せ、ジークフリート!」

 雷光の煌きをまとって、セクンドゥムは落ちた。落雷。空気抵抗を斬り裂いた雷は一直線にジークフリートに殴りかかった。速度はそれ自体が脅威である。雷光と化したセクンドゥムは、ジークフリートに正面から殴りかかった。

「――――がッ」

 足場となっていた浮遊岩に亀裂が生じる。

 ジークフリートの踏み込みが、浮遊岩を揺らし、突き出した左の拳がセクンドゥムの右頬を打ち抜いていたのだ。

 雷速で突っ込んできたために、その反動は凄まじい。セクンドゥムは、自らの移動速度のままに、鋼鉄の拳に突っ込んだのである。

「ぷわらばッ!?」

 バットで打ち返されたボールのように、セクンドゥムは跳ね返された。

「ヤツの弱点は背中だと聞いていただろう。何故、正面から挑んだ?」

「フ、フン。今のは油断しただけだ。だが、私の速度に反応したことは誉めてやる」

 尚も自身の優位性に自信を持ったまま、セクンドゥムは飛ぶ。その後ろ、ノーヌムが追いかけた。二筋の雷光が、ジークフリートの前で左右に分かれる。

 雷速瞬動による挟み撃ちである。これは厄介だと、ジークフリートは片手で剣を操り迎撃する。驚くベきことに、ジークフリートの反応速度は雷速瞬動に適応していた。最早、光の筋としか見えないそれを適切に見切り、足捌きと体捌き、として剣技で以て跳ね返していく。

 敵の狙いは背中。

 この速度域での戦闘ならば、僅かな油断が背中を晒すことになる。

 対応はしているが、だからといって即座に斬り伏せられるほど甘くはないのである。今は防戦の最中。剣と拳で襲い来る雷を打ち払う。

「む……!」

 ジークフリートが瞳に警戒の色を浮かべる。

 ひと際高く舞い上がったノーヌムが、魔力を雷に変換しているのだ。

「百重千重と重なりて走れよ稲妻――――」

 雷系最大呪文か――――。

千の雷(キーリプル・アストラペー)!!」

 千々に分かれる大魔法。

 個人で扱う魔法の中では最高峰の魔法の一つにして、本来は多数の敵を相手に用いるべき広範囲殲滅魔法である。轟き亘る雷鳴が、オスティアの空を震わせる。ジークフリートの足場が融解し、浮遊岩が崩壊した。

「ッ――――」

 直撃を受けてもジークフリートに怪我はない。が、足場を失っては失墜するより他にないだろう。ふわりとした浮遊感の後に、重力の手が彼の身体を捉えた。

「ハッ、墜落死とは情けない! せめて、この私が散り様を飾ってやる!」

 セクンドゥムは落下したジークフリートに向かって落雷と化して迫った。

 箒もなしに空を飛ぶ術は難易度が高く、それを扱うことは一流の証でもある。ジークフリートは残念ながらその域には達していない。が、『紅き翼』に語ったとおり空中戦ができないというわけではない。

 胸に手を当てて、呼吸を整える。

 方法は身体が覚えている。意識するまでもない。幻想大剣と同様に、この心臓もまた彼の身体の一部であり戦前からずっと付き合ってきた友でもあるのだから。

 魔力を行き渡らせてしまえば、後は意思だけだ。

「霊基再臨」

 宙空を蹴ったジークフリートは反転しながらセクンドゥムの突進を躱す。のみならず、その回転のままに彼の横っ面に幻想大剣の柄頭を叩き込む。

「ぷおぉッ!?」

 駒のように回転して落ちていくセクンドゥム。五十メートルばかり落下して、体勢を立て直した。

「ぐ、お……なんだ、貴様、その姿は?」

 セクンドゥムが目にしたのは、竜の翼と角を生やしたジークフリートの姿であった。

 その血に宿る本来の力を完全に解放した姿――――もしも、背中を槍で貫かれず、その人生を鍛錬に捧げていたら辿り着いたであろう竜の力を発現した状態である。

 邪悪なる竜の莫大な魔力を身体の底から溢れさせるジークフリートは、その翼の性質か或いは別の何かなのか宙に足をつけている。

「時間もない。早々に決着といこう」

 ジークフリートは静かに宣言し、大剣を構えた。




わが軍には高ランクのアサシンがいないので★三アサシンジキルさんはありがたいのだ。

マタハリちゃんが最終降臨しました。

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