正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

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絆レベル上昇目的の遠足気分で黄金探索に行ったら、唐突に出てきたハーゲンになぶり殺しにされたので令呪使いました。
心臓ぶち抜かれたすまないさんも盾を振り回して殴り倒すレベルに怒り心頭ですわ。


第二十六話

 二人の使徒を打ち倒したジークフリートは、墓守り人の宮殿に侵入を果たしたところで一度足を止める。

 上には儀式場があり、今まさに世界を崩壊させんとする魔法儀式が執り行われているところである。全世界の命運を賭けたこの戦いの、最終的な目的地である。一方で、下層ではナギたち『紅き翼』がプリームムら造物主の使徒と死闘を演じている。

 空に浮かぶ宮殿には似つかわしくない地響きが断続的に発生して、大魔法の行使と思しき魔力の奔流が吹き上がってくる。

 援護するべきか、あるいは先行して儀式を止めるか。

 十秒ほど考えてから、ジークフリートは上を目指すことに決めた。

「『紅き翼』の力ならば、負けることはないだろう」

 この世界に生まれた究極の戦闘集団と言ってもいい。現代のおける円卓の騎士やシャルルマーニュ十二勇士。その時代、その地域にあって最大の戦闘能力を持つ者たちが奇跡的に志を同じくして集ったもの。近い将来、伝説に名高い騎士団と同じように人口に膾炙することだろう。

 それもまたよし。

 もしかしたら、遙か未来。どこかの世界の聖杯戦争で凌ぎを削る間柄になるかもしれない。

「それもまたいいか」

 むしろ、それはまた面白いことになりそうだ。

 「座」のジークフリートと、今まさにこの世界で生を謳歌するジークフリートが同一に扱われるかは不透明だ。もしかしたら、ここでの記憶は残らないかもしれない。あるいは、別のジークフリートとして登録されるかもしれない。だが、いずれにしてもあの好青年たちと戦えるのであれば、誇りを持って剣を手に取ることができるだろうと確信できた。

 走るうちに、さらに魔力が色濃くなっていく。

 もはや神代を再現したかのような魔力量だ。ジークフリートの生きた五世紀にあっても、ここまで魔力が濃かったことはない。

 ここから先はジークフリートにも未知の世界と言うべきか。

 回廊を駆け抜けると、ひと際大きな空間に出た。

「ここは……」

 四方に通じる廊下があり、中央には祭壇と思しき物体がある。また、四つの廊下の中で一つだけが上層部に通じる階段となっている。

 階段の上から、青紫色の明るい光が注ぎこんでいる。その魔力、空気の流れから考えて、この上の階こそが目的の儀式場なのだろう。

「ここは、儀式を安定させる場か?」

 魔法には疎いジークフリートには、この空間が何のために存在しているのかは分からない。

 だが、もしも儀式の発動に必要な空間ならば破壊しても損にはならないだろう。祭壇のような物体があることも手伝って、如何にも魔法の儀式に使いそうであった。

 では、まずは祭壇を破壊することから始めようかと、ジークフリートが幻想大剣の柄に力を込めたとき、恐るべき魔力の気配を感じて飛び退いた。

「――――なんだ」

 と、言うのが精一杯だった。

 階段を下りてくる何か。真っ黒なローブに身を包み、フードで頭部を隠した人型の何かがやって来た。

 恐るべきはその魔力。

 セクストゥムやノーヌムが可愛く思える魔力量であり、まさしく格が違う。この世界に来て、初めて怖気を感じてしまった。

「それは違うぞ、ジークフリート」

 言葉を話す。

 若い女のような、高めの声である。

「それは儀式とは関わりがない。ここは初代女王の墓所でな、そこに置いてあるのは主なき棺に過ぎない」

 遂にジークフリートと同じ高さにやってきた何者か。

 問う必要もないだろう。

 この次元違いの力を持った何かは、まさしく完全なる世界の大元締め。世界を今まさに破壊せんとする黒幕に他ならない。

 その名は――――、

造物主(ライフメイカー)か?」

 セクンドゥムが主と思しき人物を示唆する言葉をいくつか残している。その中にある呼称。造物主。命を作る者。プリームムやセクンドゥム、さらにその他の使徒たちを生み出した魔法使いだ。

「セクンドゥムが漏らしたか。調子に乗って全パラメータをマックスにしてみたが、あんな風になるとは私としても予想できなかった。今後の参考にする他ないな」

 向き合うだけでビリビリと響くものがある。

 どこかファフニールと対峙したときにも似た、強大な敵。敵意すらなく、ただそこにいて、気まぐれに力を振るうだけで敵対者を殲滅する絶対的な力の持ち主だ。それゆえに、ジークフリートと相対していながら今になっても敵意自体を感じないのだ。

「ジークフリート。……抑止の環より来たりし竜殺しか」

「貴公……」

 僅かばかりの動揺をジークフリートは押さえ込む。

 このレベルの相手には僅かな隙が命を脅かす。ダーナと出会っていたことで、この世界でも抑止力の存在を認識している者がいることは分かっていた。

「抑止力がまた邪魔をする。幾度もの挑戦の果てに辿り着いたこの儀式すら、彼奴らの目を欺けぬ」

「このようなことを、これまでに幾度も繰り返してきたというのか」

「ふふ、二千六百年の試行錯誤の末に辿り着いたこの計画。今度ばかりは決して邪魔はさせぬ」

 造物主のローブの裾が舞い上がる。

 左右に長く伸びるローブから湧き出すように、漆黒の魔法陣が展開された。空間を埋め尽くさんばかりの大魔法陣が幾重にも重なり、莫大な魔力が充填される。

「ッ……!」

 ジークフリートはその危険性を肌で感じ、多く距離を取った。

 同時に宝剣に魔力を込める。

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 真名の解放と極大魔法の射出はほぼ同時であった。

 どす黒い光と黄昏の光が食らいあって激しく輝いた。

「おおッ!」

 捻じ込むように突き入れる宝剣に導かれ、黄昏の光は黒の光を相殺する。

 絶大なエネルギーの激突は、部屋の中心にあった初代女王の棺ごとその周囲を焼き払い、黒色に輝く床石を真っ赤に融解させていた。

「凄まじい威力だな。それが、伝説に謳われるバルムンク。ニーベルングより簒奪した聖剣の光か。まさか、この目で見ることになるとは思わなかったが……」

 驚いたように言う造物主ではあるが、それはジークフリートも同じである。

 よもやA+ランクになる大威力対軍宝具と相殺するほどの威力の魔法を扱おうとは。

 並の魔法使いとは比較にならない。ナギですら、造物主の前には霞む。

「一体何者だ……」

 この圧倒的な力。

 宝具の真名解放に匹敵する魔法行使とは。

「さて、私のことは好きに呼ぶがいい。始まりの魔法使いだの、不死の魔法使いだのと呼ぶ者もいれば、セクンドゥムのように造物主(ライフメイカー)などと呼ぶ者もいる」

 再び、魔法陣が展開された。

 黒色の魔力球は属性を帯びない純粋な魔力の結晶でありながらも、一発一発が宝具の真名解放に近い威力と神秘を帯びている。

「貴様は何故、私の邪魔をするジークフリート?」

 あたかも武器を相手の首筋に当てているかのような余裕すら見せて、造物主は語りかけてきた。

「我等と共に世界を救済するために剣を執るということはできぬか?」

「何だと? 世界の救済?」

「そうだ。貴様はこの世界の真実を知らないだろう。知っていて、それでその聖剣を振るうことができるのか? この滅びの定まった世界の未来を、貴様が左右することができるか」

 バチバチと黒の魔力球が閃電を発した。

 それすらも、ジークフリートは気にならなかった。

 それ以上に問い質すべき言葉があったからだ。

「貴公の目的が世界の救済だというのか? ならば、何故このような真似をする?」

 世界を抹消しようという大儀式。それに間違いはなく、このままでは数時間以内にこの世界は消滅する。

「破滅を救済だとでも言うのか?」

「人それぞれではある。が、私は破滅を良しとしない」

「……何を言っている? 貴公らが世界を滅ぼそうとしているのではないか。その発言は矛盾を孕んでいる」

「確かに、それは否定しない。私はこの世界に終わりをもたらそうとしている」

「ならば――――」

「だが、私が手を下さずとも、遠からずこの魔法世界は滅びる」

 その言葉にジークフリートは声を失った。

「知らぬだろう。この世界はまやかしだということを」

「まやかし?」

「そうだ。この世界は魔法によって形成された幻想世界だ。精霊や妖精が持つ異界創生魔法を極大化したものだと思ってくれ」

 ジークフリートには縁がなかったが、それは精霊種や悪魔が有するという空想具現化に近い現象だろう。この世界にもそういった魔法や能力があるのは理解している。

「ジークフリート。貴様が接してきた多くの人間たちは、この魔法世界の魔力によって存在している。無論、それだけでなく、現実の、地球から渡ってきた魔法使いたちもいるがな」

「地球から渡ってきた、魔法使いだと?」

「ああ、そうだ。もう気付いただろう。地球から渡ってきた実存する魔法使いたちを祖とするのがメガロメセンブリアであり、魔法世界の住人、つまりは幻の命を授かった者たちがヘラス帝国を中心とした亜人たちなのだ」

 話を聞く限りでは、ヘラス帝国とメガロメセンブリアとの確執の疑問も解消する。

 この世界に元々いた人々の国がヘラス帝国で、旧世界から渡ってきた移民たちの国が北部に生まれたメガロメセンブリアを初めとするメセンブリーナ連合であると。

 だが、それだけならば世界を消し去ることで救済などとはいえまい。

「今、この世界を維持する魔力が枯渇してきているのだ。このままでは魔法世界は崩壊する――――そうなれば、どうなるか。当然、この世界で生を謳歌する魔法世界人はこの世界の崩壊と共に消滅するしかない。命を繋ぎ止めるものがなくなるのだからな」

「な――――ッ」

 それは、さすがに聞き捨てならなかった。 

 その話が本当だとすれば、完全なる世界を倒して万事解決とはいかない。

「ああ、魔法世界人だけではないぞ。人間も魔法世界の消滅と同時に大半が死滅するだろう。この世界は、火星に形作られた世界だ。ならば、仮初の宿が消え去り、不毛の地に投げ出された人間の中で無事地球に降り立つことができるものはほとんどいないだろう」

 火星は人類の移住候補となりうる惑星の一つではあるが、西暦1983年現在の科学力では移住は愚か有人探査機を送り込むことも難しいという程度でしかない。魔法使いたちはその技術的課題を魔法という奇跡によって達成したが、その奇跡が解れつつあるというのである。

 当然ながら、如何に魔法使いといえども火星の環境に即座に適応するなど不可能だ。

「私がしようとしているのは、この魔法世界を滅ぼすだけではない。この世界の総ての魂を残らず夢の世界――――完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)に送ることだ。今はそのための儀式をしている。邪魔立てすることは、魔法世界人を見殺しにすることだぞ、ジークフリート」

 敵の首領の言葉を鵜呑みするほどジークフリートは愚かではない。彼が真実を語っている保証はなく、もしも嘘であれば、即座に斬り伏せて儀式を止めねばならない。

 だが、それでも一抹の疑念が躊躇の感情を呼び起こす。

 もしも、それが真実であれば、彼らがしていることは人類を延命させるための必要悪なのではないかということだ。

 世界を滅ぼすだけならば悪と断ずることもできるが、その滅亡によって世界に生きるすべての人が別の世界で安住できるというのならば、或いはそれが魔法世界の人々の新たな光となるかもしれない。

「その是非は、俺にとっては少々重いな」

 ジークフリートは苦笑する。

 世界の存亡を賭けた戦いであるはずなのに、ここに来てもしかしたら自分たちこそが世界を滅亡させてしまうのではないかという可能性を突きつけられた形になる。

「二千六百年もの間、このようなことを続けてきたのか?」

「破滅は必然だ。魔法は時が来れば解けるもの。ならば、確定した未来を覆すために新たな魔法をかける必要があるだろう」

「なるほど、それが完全なる世界か」

 謎の組織完全なる世界。

 世界を滅ぼす悪であると自認しながら、同時に世界を救済するために死力を尽くす怪物の巣窟。いや、実質的にはこの造物主(ライフメイカー)一人で運営してきたと言えるだろう。もはやそれは、願いではなく妄執、執着といっても過言ではない。

 あれは、正しく永遠を追い求める概念と化している。

 その在り方はジークフリートの知る魔術師のようだ。

「貴公の目的はよく分かった。だが、残念なことにその真偽を判じうる力も情報も俺にはない」

 ジークフリートに『ルーラー』のような『啓示』のスキルがあれば別だっただろう。あるいは“赤”のランサーのようにあらゆる嘘を見抜く眼力があれば、造物主の言葉の真偽は即座に判明した。だが、残念ながらジークフリートにそのようなスキルはない。

 ならば、自分の頭で考え、答えを出さなければならないだろう。

 この場で敵の考えに乗ることは容易い。

「貴公の言が正しいものと仮定して、俺は貴公の話には乗らない」

「ほう……」

 造物主の声が一段と低く冷ややかになった。

「俺はもう安易な道は選ばないし、お前ほど人に絶望もしていない。何よりも、お前が世界を二つに割り、多くの人々に不幸を押し付けた事実は変わらないだろう」

 静かにジークフリートは告げた。

 造物主の提案は、確かに魅力的な話ではあったのだ。滅亡が回避できないというのならば、破滅の運命にある人々を別の世界――――ここでは夢の世界だったが――――に移し変えてしまい、擬似的な永遠を約束する。それはまさしく『魔法』と呼ぶに相応しい奇跡であって、この世の誰にも不幸が訪れることのない楽園なのだろう。

「この組織の力があれば、戦争などしなくとも世界を救えたはずだ。正しく人々を救うことができただろう。俺はこの世界の人々に広く機会を与えるべきだったと思うがな。少なくとも、彼らにはその権利がある。お前が与えるべきは結論ではなく、選択肢だったのではないか?」

 世界中に根を張っていた全盛期の完全なる世界ならば、人々に世界の真実を浸透させることくらいは簡単にできただろう。魔法世界の存続のために研究を推し進めるのみならず、この完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)の術式の是非を問うことも不可能ではないのだ。人が人の力で自らの道を定める。その機会を造物主は与えなかった。それは、きっと人間に絶望しているからなのだろう。

「不可能だ。総ての人間が、同じ結論に至ることはなく、(ソラ)に辿り付くこともない。仮初の不死、仮初の永遠こそが、人間の手に届く範囲での最善だ」

 二千六百年の間に何があったのか、ジークフリートには推し量ることはできず、考え方も根本からずれている。ならば、後はもうぶつかる他ないだろう。

「手を取り合えんか。世界の滅びを肯定するとは、地球のみが世界ではないだろうに、……いいだろう、抑止力に踊らされた古の英雄が相手だろうと、私は私の目的を遂行する」

 黒い魔法陣が輝きを増し、増幅された魔力球が膨れ上がる。

 今まさに咆哮を上げようとした魔法陣に向けて、ジークフリートの背後から無数の雷撃を浴びせかけられた。

「なるほど、勢ぞろいということか」

 造物主が微笑を浮かべたように思えた。

 ジークフリートの背後から勢いよく飛び出してきた赤毛の魔法使いとその仲間たち。一様に怪我をしてはいるが、かといって重傷というわけでもない。治癒魔術で戦闘に支障のある部分は治してきたのか。それとも、使徒を相手に軽症で済ませたのか。いずれにしても、『紅き翼』は五人一人も欠けることなくこの場に辿り着いた。

「なんか、ごちゃごちゃ話してたが、何の話だ?」

 ナギがジークフリートに尋ねた。

「この世界の行く末について、だな」

「……ああ、その話か」

 ナギは面倒そうに頭を掻いた。

 この反応を見て、ジークフリートは驚く。

「なんだ、知っていたのか?」

「世界が滅びるとかそんなんだろ。くだらねえことを並べ立てやがって、マジで人間舐めすぎだっての」

 本当に、心底迷いなく断言しているのだろう。

 ナギは単純な男だ。真っ直ぐで純真な、言ってみれば、まだ幼いところもある。この我を貫く考え方は、未来に希望を見出しているからこそできることである。

「で、お前はどうなんだよ、ジークフリート」

「俺か。さてな」

 剣を担ぐ。

 敵は強大な魔法使い。幻想大剣と同等の魔法行使が可能となれば、竜の鎧とて突破する可能性を具備している。有体に言えば、自分を殺し得る怪物である。

「とりあえずは、テオドラ姫との約束を果たすところから始める」

「ハッ、上等。いっちょ、ぶっ飛ばしてやろうぜ」

 ナギの言葉で全体が戦闘態勢に入った。

 ジークフリートだけではない。ナギも詠春もラカンもアルビレオもゼクトも目の前の存在が次元違いであることを正しく認識している。

 二千六百年という言葉が誇張でもなく真実ならば、その歴史はジークフリートよりも遙かに古い。

 魔術の世界に於いて古いとはそれだけで力を持つ。元々強大な魔法使いである造物主ならば、その存在は神獣以上にまで階梯を上げているだろうし、英霊すらも上回る力を行使できても不思議ではない。

 黒い魔法陣は依然健在。ナギの一撃で僅かに揺らいだものの、すでに魔力の装填は済んでいる。

 黒き砲門が一斉に六人に向けられる。

「下がれ」

 ジークフリートが前に出て、幻想大剣を振るった。漆黒の光と黄昏の光が相殺し、空間の中央で圧縮されるようにして消える。

 その派手な一撃が開幕の狼煙であった。

 対消滅する光の中に『紅き翼』の五人が踏み出していく。

 造物主の力の程は今の一撃で嫌と言うほど分かったはず。それでも、誰一人として臆したりはしなかった。

「ラカンインパクトッ!!」

「極大雷光剣ッ!!」

 凝縮した気の砲撃と雷光の斬撃が同時に黒のローブに襲い掛かる。僅かに遅れてアルビレオの重力球とゼクトの水竜が左右から挟みこむようにして食らいつく。

「ぬおおおおおおお――――雷の暴風ッ!!」

 そして、山をも吹き飛ばすナギの砲撃がトドメとばかりに解き放たれた。

 どの攻撃も須らく敵を打倒するべき必殺の威力を込めたものだ。この局面に来て出し惜しみなどありえない。艦隊すらも吹き飛ばさんばかりの魔法を受けて、しかし造物主は身じろぎ一つしなかった。

 湧き立つ黒き魔力が伸びたローブの裾に引き摺られて渦を巻き、造物主の身体を包み込む。『紅き翼』の魔法は、尽く黒き魔力に阻まれてしまった。

「んだとッ!?」

 信じられないとばかりにラカンが目を剥いた。が、そこまでだ。次の言葉は続かず、気付けば宙を舞っていた。

「ぐはッ!?」

 ラカンだけではない。

 『紅き翼』の五人が、ただの一撃で跳ね返されて壁や床に叩きつけられたのだ。

「あ痛ってぇー……!」

 ゴロゴロと転がったナギが頭を押さえながら立ち上がる。

「やれやれ、途方もない力ですね。今のでかすり傷一つないとは」

 アルビレオもいつもの余裕を感じさせない表情で冷や汗をかいている。

「チマチマやってもダメだな、ありゃ」

「あれは古代から生きる大魔法使いじゃ。小手先の技は通じんだろうの」

 ラカンとゼクトも大きな怪我もなく受身を取れたらしい。

「だが、どうする。はっきり言って、桁外れの怪物だぞ」

 詠春の言うとおり、大魔法クラスの攻撃を容易く防ぎ、その上で反撃までしてくる相手だ。下手に攻めてはこちらが墜ちる。

「とはいえ、攻め立てる以外にないだろう」

 小技によって隙を作る手は使えず、力攻めも難しい。だが、敗色濃厚というわけではないのだ。ジークフリートからすれば、ファフニールに匹敵する怪物であると感じられはするが、だからといってあのときほどの絶望感はない。それだけでも十二分に戦える。

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 振り下ろす剣が黄昏の剣気を解き放ち、津波と化した魔力の奔流が造物主を飲み込まんとする。

 造物主もまた下手に防御をしようなどとはしない。幻想大剣の真名解放は、その威力、神秘共に現代の大魔法を遙かに上回っている。故に、この一撃を受けるには造物主をして最大級の攻撃手段を以て迎撃するしかない。

 黒の波動が急速に高まり、無数の光線と化して幻想大剣に喰らい付く。

 ギシリ、と空間が捻じ曲がるかのような魔力の激突の中でナギが呪文を唱える。

「千の雷ァ!!」

 ジークフリートの攻撃と拮抗している今ならば、造物主の守りは手薄となっている。そこにナギの大魔法だ。黒き障壁が幾重にも重なり、千の雷を散らしていく。

「くっそ、まだダメか!」

 ナギが舌打ちをして、さらに魔力を練り上げる。

「いえ、効いていないということはないようです! 障壁も完全に防いでいるわけではない――――逸らしているだけです!」

 造物主の障壁を読み解いたアルビレオが叫ぶ。

「確かに強力な守りではありますが、如何に造物主であろうとも処理能力の限度があるはずです!」

 アルビレオは言いながら重力球を造物主の頭上に展開。そのまま落下させ押し潰しにかかる。

「ようするに防ぎきれないだけの攻撃を叩き込めってこったろッ!? 分かりやすくていいぜ!」

 こんな状況にあっても笑みすら浮かべてラカンは得意の気砲を放つ。

 詠春が、ゼクトが、それぞれの得意分野における最大規模の魔法でこれを援護する。ジークフリートの真名解放が合わさって、造物主の黒き障壁が確かに軋んだのが見て取れた。

「面白い」

 造物主がそう言ったのが耳に入った。

 それは錯覚だったのかもしれない。色とりどりの大魔法が飛び交う中で、小さな呟きなど聞こえるはずもないからだ。

 が、それはジークフリートの戦士の勘を盛大に刺激した。背筋を走る怖気と共に、彼はさらに前に出る。

「全員、下がれ!」

 ジークフリートは五人の前に躍り出て、幻想大剣の出力を押し上げた。

 黒き波動がその範囲を拡大したのはまさにその瞬間であった。

「ッ」

 途方もない威力の魔力が吹き荒れた。

 事もあろうに対軍宝具の真名解放すらも、部分的に押し退けて造物主の魔法は『紅き翼』とジークフリートに牙を剥いたのだ。

「防御を最大展開せよ! 最強防御(クラティステー・アイギス)!」

 風系統最強防御魔法をゼクトは咄嗟に張った。

 グレートブリッジにて、ジークフリートの宝具を防いだときと同じように、五人全員で同時に造物主の魔力を押し戻しにかかる。

 音が消え、光が満ちた。

 視界を覆う輝きの中で、ジークフリートは吼えた。

「ぬぅ、おおおおおおおおおおおおおおお!」

 果たして、造物主の魔法はジークフリートたちを討ち果たすには至らず、初代女王の墓所を徹底的に破壊するだけで終わった。

 柱が消し飛び、壁は跡形もなく崩壊した。

 四方八方に飛び散った魔力は宮殿そのものを貫いて、雲海に巨大な穴を穿つ。その下の大地、小規模な爆発が相次いだ。

「く……!」

 膝を突きそうになる身体を鞭打って、ジークフリートは立ち続ける。

 幻想大剣と竜の鎧によって、傷らしい傷はほとんどない。瞬間的な魔力の消費が、一瞬だけ立ちくらみにも似た虚脱感を生んだだけだ。それも呼吸するだけで補える。が、それはジークフリートだからできることだ。 

 屈強な肉体、最強の防御、強大な魔法を駆使しても、命を永らえるのが精一杯だ。

 攻撃範囲があまりにも広すぎて、ジークフリート一人では庇いきれなかった。

 分散していたこともある。黄昏の光の恩恵が薄かった場所にいた詠春とラカンは全身に大怪我を負っているようだ。

「おい、アル!」

 そして、ナギが叫ぶ。

 ジークフリートが視線を向けると、ナギの前に立っているアルビレオがゆっくりと崩れ落ちるところだった。

「アル! しっかりしろ、馬鹿!」

「あまり大声を出さないでください。怪我に響きます」

 口から血を吐きながら、アルビレオが言った。顔面は蒼白で、今にも最期のときを迎えそうなほどである。

 駆け寄るジークフリートにも打つ手がない。

「ははは、さすがは名にし負う竜殺し――――モノマネだけで一秒と持ちませんか」

 アルビレオは力なく笑い、一冊の本を取り出した。

 古びた本は、その端から青白い炎を上げて燃え始めていた。

「あなたの人生は余にも重い。まさか、一瞬使用するだけでアーティファクトが耐えられないとは」

「無理をする。俺の人生そのものを憑依させるに等しい行為だ」

 話だけは聞いていた。

 アルビレオのアーティファクトは、他者の人生を記録し、時にその外見や能力を自分の身体で再現することができると。

 ジークフリートの能力は、確かにいざというときに役に立つ。

 一応、忠告はした。

 英霊の能力を一時的とはいえ再現するのは極めて危険で肉体に負荷のかかる行為であると。

 だが、アルビレオはそれを承知でアーティファクトを使用したのだ。完全再現には至らず、いくらかこの世界の基準に落としこみはしたものの、最低限の目的は果たすことのできるジークフリートとして僅か一秒の時間を稼いだのだ。

 ナギを庇う、というただそれだけのために。

「ちくしょう、あの野郎ッ」

 ナギが歯を食い縛り、飛び出ていこうとする。

 そのフードをジークフリートは掴んだ。

「何しやがる!」

「感情任せに飛び出るな。死ぬぞ」

 ナギを引き戻したジークフリートは剣を構えたまま、自分が前に出た。

「防御では俺が上だ。俺が道を作る」

「お前……分かった。任せるぞ、ジークフリート」

 竜殺しの英雄は、任せろと口元に笑みすら浮かべて言った。

 アルビレオは、重傷ではあるが命に別状はない。彼自身が魔法で応急処置をしたためだ。それでも、この状態で長く放置することはできないだろう。

「行くぞ、造物主(ライフメイカー)

 正真正銘、これが最後になるだろう。

 残された時間は少なく、自分自身も仲間も消耗し、傷ついている。短期決戦こそが、唯一の打開策。頭の悪い極めて単純な戦い方だが、その我武者羅さが未来に繋がることもある。かつて、ファヴニールを相手に剣を執ったときのように、今一度ジークフリートは圧倒的な魔に挑む。忘却の果てにある感覚。絶対死の絶望を乗り越えるために、必死になって剣を取った少年時代に戻ったような気持ちで、ジークフリートは巨大な積層魔法陣を掲げる造物主に決戦を挑むべく足を踏み出した。




ヒポグリフ「お辞儀をするのだアストルフォ!」


モーさん最終降臨達成。ただ、九十までがまた遠い。

造物主さんは二千六百年も存在しているので型月的に言っても馬鹿強い。ナギは、ルゥに挑んだ青子状態。
二千六百年前で既出の宝具はバビロン空中庭園とかかな。fateでは虚栄だけれども。

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