正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

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無課金の誇りをかなぐり捨てて確定ガチャをまわしたら、ヴラドだったので真顔になってしまってすままい。
俺は沖田が欲しかったんだよ。
フレの沖田強すぎ反則。

あとマッシュルームちゃん可愛すぎ反則。
やっぱり先輩はいやらしい(マスター)ですねって言われて監視されたい。



第二十七話

 ニャンドマ上空

 ヘラス帝国北方艦隊は、巡航速度を遙かに超過した速度で北上していた。目指す先には、魔法世界の命運を握る戦いがあり、その戦端はすでに開かれている。開戦の報を受けたのが一時間ほど前のことである。旗艦に自ら乗船し、全体指揮に当たる第三皇女テオドラは、開戦に間に合わなかったことを酷く口惜しく思う。ジークフリートに大見得を切ったのだから、決戦には間に合わなければならなかったのに。

 とはいえ、それも無理からぬことではある。

 あまりにも時間がなかった。まともに敵軍とぶつかれるだけの戦力をヘラス帝国、メセンブリーナ連合、アリアドネーの三勢力で以て揃えられたことが一つの奇跡である。

 また、さらに北方艦隊には魔法世界を無に帰す儀式を封じるための封印術式を搭載しており、その術式を搭載するために、多大な時間を要したのである。失敗が許されない術式であるために、整備に細心の注意を必要としたのである。

 むしろ、事ここに至って戦場に向けて航行できていること自体が驚くべきことであると言えるだろう。

「墓守り人の宮殿まで、あとどれくらいじゃ?」

「この速度を維持すれば、三十分ほどで到着するかと思われます」

 三十分という時間はいつもであれば瞬く間に過ぎ去っていく僅かな時間でしかない。しかし、最終決戦を迎えた今となっては、その三十分で形勢が変わるということもありえる。時間が惜しい。速度は上げられないものだろうと思いながらも、無理を重ねるわけにはいかない。ただでさえ、帝都からここまで速力を可能な限り上げてきたのである。これ以上の負担は艦の戦力をそぎ落とすことになる。

 逸る気持ちと、遅参したという気持ちがますますテオドラの胸中に不安を押し広げていく。

 それをさらに飛び込んでくる凶報が加速させていく。

 戦場に集った連合軍の戦力は、まさしくこの魔法世界を焼き尽くすに等しい火力を搭載していると言っても過言ではないほどであり、並の軍隊が相手ならば瞬く間に蹂躙できるであろうものだ。だが、しかし。相手は数え切れないほどの数を揃えた召喚魔の軍勢だ。如何に艦隊の火力が高かろうとも、空中での三次元的な動きと数を恃みとして襲い掛かってくる召喚魔を艦載砲だけで抑えきれるものではなく、すでに少なからぬ被害が発生しているという。

「大丈夫ですよ、テオドラ様」

 テオドラの傍らに、アレクシアが歩み寄る。

「この艦隊はそもそも最後の最後、ダメ押しに用いる艦隊です。序盤から戦場に立つ必要はありません。それに、墓守り人の宮殿にはジークフリートが突入しているのですから、万に一つも心配することはありません」

 などと、珍しくジークフリートの実力への素直な評価を口にする。

 戦時中に最前線を共に巡り、テオドラ奪還作戦を成功させたアレクシアはジークフリートの規格外な戦闘能力を近くから目の当たりにしてきた。もはや次元違いすぎて憧れるような気持ちすら抱かない。あれはそういう存在なのだと割り切る他ない。

 ここでジークフリートには負けないと、努力を積み上げることができれば英傑にも届くだろうが、生憎とアレクシアは現実的に考えるタイプであり、その領域まで自らを鍛えぬく必要性は感じなかった。

 だが、感覚そのものは麻痺している。

 数十万の敵軍と聞いても、それをただの脅威とは捉えず、冷静な思考を維持することができるのは、これまでの経験が為せる技だろう。

「まあ、確かにジークが頑張ればそれで終わるかもしれないけどね」

「出番を取られることを心配するほうがいいです」

 アレクシアの後を追うように、ベティとブレンダが口々に言う。

 北方艦隊各艦には、近接戦闘を想定した魔法使いも搭乗している。アレクシア、ベティ、ブレンダといった『黒の翼』の面々は、テオドラの知己であり、高い実力と戦い慣れていることから旗艦の護衛に就いている。来る決戦に於いては、迫り来る召喚魔らを旗艦に近付けないように立ち振る舞うことが期待されている。

 もっとも、それも戦場に到着した段階で決着がついていなければの話ではある。

 三人の言うとおり、最前線で敵の中枢を叩きにいったジークフリートと『紅き翼』の計六人は、魔法世界の最高戦力であり、その力は人の形をした災害と同義であるともいえる。この面々で攻略できなければ墓守り人の宮殿を攻め落とすことは不可能であろう。

 なるほど、そう考えればジークフリートの活躍にこそ世界の命運が懸かっているようなものである。そして、疑うまでもなくジークフリートは最強だ。負けるはずがない。となれば、不安がっても仕方ないだろう。この一戦の勝利は間違いない。

 そこで、テオドラは相好を崩した。

 馬鹿な考えだというのは理解しているが、だからといって強ち間違いということでもあるまい。要するに、敵と味方のどちらを信じるかということであり、それならばテオドラは味方を信じる。

「ああ、だが、戦場には急がねばならんな。ジークフリートに活躍の場を奪われるのはそれはそれで困るからの」

 と、それまでよりも若干肩の力を抜いた様子でテオドラは呟く。

 ただ未来を託すだけでは我慢ならない。ジークフリートに共に戦うと誓った身だ。三十分後にどうなっているか分からないが、魔法世界の荒廃がこの一戦にあるというのならば気持ちも篭るというものだ。

 覚悟を決めたテオドラは不安ではなく希望で以て、世界の命運を決する戦いに赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 それはさながら太陽であった。

 空に燦然と輝く白熱の太陽ではなく、地の底で燃える昏き太陽だ。

 漆黒の炎は近付く総てを等しく焼き払う。

 馬鹿馬鹿しいまでに膨れ上がった魔力と、それを精密に制御するこれまた大きいと言うには大きすぎる積層魔法陣から放たれる魔力砲撃は一発で大地に大穴を穿ち、連合艦隊を沈めるだけの威力があろう。 

 宝具に換算すれば、低く見積もっても対軍宝具並の攻撃範囲を有するのは間違いなく出力も考慮すれば対城宝具にも届かんばかりの大盤振る舞いである。

 一撃の被弾が致死的な状況にあって、ジークフリートは大地を踏みしめて前に進む。

 竜血を浴びてから今まで、これほどの脅威を肌に覚えたことはない。

 神代の城壁もかくやとばかりの防御力を発揮する悪竜の血鎧が明確に削れていくのを感じる。数えるのも馬鹿らしい黒き魔力の閃光を、ジークフリートは避けない。その身に詰んだ防御力と剣術を恃みとし、愚直に前に出ているのだ。

 それは、背後にナギを庇うが故に。

 そして、それこそが敵を倒すために最適解であるとも思える。

 造物主を相手にするのならば、いっそ正面突破のほうがいいだろうと。

 回避していては敵には届かない。いつまで経っても、この剣の間合いに敵を入れられないのであるから当然だ。

「おおおおお!」

 ジークフリートは剣で魔力の弾丸を叩き、逸らし、打ち消して、止め切れない攻撃はその身に甘んじて受け止める。魔力を全開にして、強化魔法を肉体全体に行き渡らせ、可能な限りの防御を固めた結果、造物主の攻撃にすら耐えることができていた。

 そして、もう一つ。

 ジークフリートが世界の終わりとも思える猛攻に曝されながら、五体満足で前に進める理由――――。

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 対軍宝具の真名解放である。

 黒き魔力の波動の中に湧き上がる黄昏色の輝きは、瞬く間に漆黒の闇を駆逐する。

 ジークフリートの対軍宝具が造物主の大魔法を押し込め、時に圧し戻す。造物主の二千六百年という積み重ねられた神秘はジークフリートをも上回っているが、それでも彼は人々の願いを背負って立つ英霊であり、その手にある武具はニーベルング族の秘法である。並のアーティファクトなど話にもならない。かつて、邪竜を討ち果たしたときと同じように、この聖剣は正しくジークフリートに勝利をもたらしてくれるだろう。

 半円状に広がる宝具のエネルギーが造物主の大魔法を打ち消して、前方に道を開く。即座に造物主は積層魔法陣に魔力を通し、莫大なる魔力を砲撃に変換するが、その間にジークフリートはさらに前に出る。加えて、造物主に対して、ナギとラカンが極大の魔法と気砲を放つ。

「千の雷!」

「ラカンダブルインパクト!」

 事ここに至って両者の一撃はその威力をさらに高めていた。疲労困憊といった状況であろうに、衰えることを知らない。無尽蔵の力を有しているかのように、ナギはジークフリートが開いた道を押し広げる。

 激突する大威力攻撃の余波で、墓所が崩れていくのを感じる。足場が不安定になり、柱がいくつも倒壊した。

 崩れ落ちる天井が、逆に浮き上がっていく。

 この辺り一帯を覆う浮遊魔法が瓦礫を浮かせているのだ。ついには崩れ行く戦場そのものが、大小様々な瓦礫に変わり宙に舞いだした。

 空間そのものが螺旋くれているかのような幻想的光景の中に溶け込んでいくかのような錯覚すら覚える。

 造物主が片手を挙げた。

 はためくローブの裾が伸び上がり、そこから無数の光線が放たれる。黒き光線は直角に曲がりながら、ジークフリートたちを目掛けて襲い掛かる。正面からではなく、上下左右からの挟み撃ちである。

「む……!」

 手を変えた造物主の攻撃にジークフリートは僅かに意表を突かれる。回避、防御、あるいは迎撃か。選択肢はいくらかあるが、果たしてどうするか。

 造物主の攻撃は背後のナギとラカンにすら及ぼうとしている。

最強防御(クラティステーアイギス)!」

「神鳴流奥義――――真・雷光剣!」

 飛び込んできたゼクトと詠春がそれぞれの術技で造物主の無数の破壊光線に対抗した。

 折り重なる魔法障壁は黒い閃光の尽くを弾き返し、雷光の煌きを以て振るわれた剣は、その一撃で造物主の黒を塗り潰す。

「ぬん!」

 乾坤一擲の気合を込めて、ジークフリートが跳んだ。

 弾丸のような踏み込みは、造物主との距離を大きく詰めることに成功する。如何な造物主とて、ジークフリートの超速の踏み込みに対抗するにはそれなりの威力の弾幕を張るしかない。ナギをも脅威と認識し、手を変えた今、この瞬間は大きな隙となった。

 彼我の距離は十メートル足らずであり、次の一歩で斬りかかれるほどの近距離だ。

「さすがよ、竜殺し!」

 声と共に、ローブの内側から押し広げられるように空間に滲み出る黒の波動。これを前にして、ジークフリートは最後の一歩を踏み出すのを諦め、聖剣の煌きによって対処する。

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 最強の幻想種を撃ち滅ぼした黄昏の一閃。その特徴は何と言っても圧倒的なまでの発射速度である。およそ総ての対軍宝具が何かしらの魔力のチャージを必要とする中で、ジークフリートの幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)は僅かな魔力を増幅して撃ち出すという特性から、ほとんど魔力を込めることなく真名解放を可能とする。

 発射速度というアドバンテージは、近接での撃ち合いにあって戦況を優位に進めるだろう。

 解き放たれた対軍宝具は、造物主の魔法の完成に先んじた。

 魔法の発動に遅れた造物主は、辛うじて黒き破壊魔法を光の津波に叩き付ける。

「ぐ、ぬう……!」

 造物主が、苦悶の声を僅かに漏らしたのをジークフリートは聞いた。

 これならば押し切れる。

 ジークフリートは魔力を回し、聖剣の光で一気に造物主を押し流そうと出力を上げる。

 キン、と拍子抜けするほどあっさりとした音と共に両者の光は対消滅した。極大の魔力を受けて足元の床石が崩壊し、空間全体が魔力の乱気流で渦を巻く。

 ジークフリートは衝撃で三歩前に下がり、造物主は聖剣の余波を受けて宙に投げ出された。背後に背負う魔法陣の紋様が崩れている。魔法陣の一部を咄嗟に防御に回したのだろうか。

「ハハハ、惜しかったな英霊! ここまでに迫るとは、人間の足掻きもほとほと呆れる!」

 造物主は哄笑しながら魔法陣を再装填する。 

 巨大な魔法陣は、現代の魔法使いでは一生かけても編み上げることのできない精密さと大きさを誇る。それを、ほんの一呼吸で成立させる規格外の技量には、ジークフリートも舌を巻く。

 追いすがるジークフリートと魔法陣を再展開した造物主の砲撃が放たれるのはほぼ同時だった。

「絶望を知れ! 度し難き人間ども。その夢の結晶たる貴様は、なるほど私の大敵に相応しかろう!」

 人々を閉じた夢の世界に落とすという造物主にとって、人間の望みと希望を一身に背負った英霊は敵である。彼が実現する世界では、まやかしながらすべての人間が英雄であり庶民である。望むままに夢を見ることのできる完全なる世界にあって英霊は存在せず、故にジークフリートという英霊の存在は造物主にとっては目障りなものとなったのであろう。

 その存在のみならず、戦闘能力に於いても造物主に相対できるというだけで、計画に致命的なダメージを与えかねないとあって造物主の視線はジークフリートにのみ向けられる。

 それをジークフリートは失態と断じた。

「侮ったな造物主」

 その過ちを彼は後悔することとなるだろう。

 ジークフリートの後方で、ラカンがナギのローブを鷲掴みにしていた。先の戦闘で、膝に損傷を受けたラカンは素早く動くことができない。故にこうする。ジークフリートと造物主の規格外の一撃が共倒れしたその瞬間――――造物主の視線がジークフリートに注がれる一瞬を見計らって、ラカンはナギを投じた。

「思いっきりヤレ、ジャック!」

「おうよ、ぶっ飛ばして来い、鳥頭!」

 ラカンの投撃は大剣を正確に数十キロ先まで飛ばすことができるという。

 荒れ狂う魔力の乱流と宙に浮かぶ瓦礫の山の中を弾丸となったナギは一直線に突き抜ける。

「ぬ……!」

 造物主は気づくのが遅れた。

 ジークフリートの相手をしていた彼にはナギに対応する時間がなかった。

 一方のナギはこの一撃のために力を込めている。その右手には雷の魔法が充填されており、身体は限界まで強化されていた。咄嗟に張られた魔法障壁を――――艦載砲すら凌ぐであろう硬度のそれを打ち抜いて、ナギの拳は造物主の顔を強かに捉えた。

魔法の射手・(サギタ・マギカ・)集束・雷の1001矢(コンウェルゲンティア・フルグラーリス)!」

 ついに届いた一撃に、莫大な雷光のエネルギーが解き放たれて宮殿全体を大きく揺さぶった。練り上げられた千一の魔法を収束したナギの拳によって造物主は大きく跳ね上げられて宙を舞う。

「ハ――――ハハハハハッ! なるほど、私を倒すか人間! それとも抑止力か? 貴様等の足掻きが、この結末を呼び込んだとも言うか! 一時の栄光を得て、羊たちの慰めとなるのもよかろう!」

 魔法陣から撃ち放たれる多数の砲撃をジークフリートの聖剣の煌きが吹き散らす。

「足を止めるな、ナギ! ここが決め所だ!」

 珍しく声を荒げたジークフリートがナギを叱咤する。

「当然、だ!」

 無論、ナギとて一撃を入れただけで収める気は毛頭ない。

 不死の魔法使いだろうが関わりない。倒すべき敵と認識したからには、徹底して倒すのみ。

 魔法と魔法が交差する。

 ナギでは抗いようがないはずの古代の魔法が、撃ち落され押し込められていく。

 造物主の身体にナギの雷撃が届く。呻き、魔法陣の出力が低下していくのが目に見えて分かる。不思議な光景ではあった。どこからそれほどの魔力を引き出しているのか、ナギは造物主の攻撃にすら耐え、敵に喰らい付く。造物主が心底嫌う人間の悪あがきだ。

「すべてを満たす解はない。貴様もいずれ、私の示した策こそが世界を救う唯一の次善解であると知るだろう」

 黒の雨をナギとジークフリートは潜り抜け、造物主に迫った。

 幻想大剣の神秘が炸裂し、造物主の魔法陣を打ち消す。彼にとっては一呼吸で再展開できる程度のでしかないが、この状況ではその一呼吸が致命的だった。

「グダグダ、うるせえ!」 

 ナギの雷撃が造物主の胸を打つ。

「たとえ、明日世界が滅びようが、最後まで諦めねえのが人間だろうが!」

 ナギの叫びに呼応して、彼の愛杖が発光する。雷による武装強化魔法ではあるが、ナギのそれは戦略級の大魔法に匹敵する力を一点に集中する必殺技である。込められた魔力は雷となり、杖の先端に鋭い刃を形成する。

 果たして、一投必殺の雷槍と化した杖をナギは砲弾の如き速度で射出する。

 ジークフリートにより魔法陣を破壊されていた造物主は、ナギの常軌を逸した魔力を凌ぎきれない。長大な雷槍は誤ることなく造物主の胸に突き刺さり、雷光の電熱を放出する。

 力を使い果たしうつ伏せに倒れるナギは、最後の力を振り絞って叫んだ。

「決めろ! ジークフリートッ!」

 

 

「請け合おう、ナギ・スプリングフィールド」 

 漆黒の竜翼を羽ばたかせ、造物主の真上に舞い上がったジークフリートはナギの声を正しく聞き取った。

 すばらしい戦いぶりだったと、素直に感嘆する。ナギの力は英雄豪傑と呼ぶに相応しく、この戦いの中で自らの階梯を上に上げただろう。彼は座に迎えられるに相応しい存在である。であれば、先達として一つ力を示さなければならない。

 あれほどの気概を見せ付けられて、どうして平然としていられるだろう。

 その思い、覚悟、姿勢に報いなくて何が英雄か。

 ナギに貫かれながらも未だに抗う気配を見せる造物主。得体の知れない不死身の怪物を相手に、ジークフリートは聖剣を振り上げる。

「邪悪なる竜は失墜する。すべてが果つる光と影に、世界は今落陽に至る」

 柄に装着された青き宝玉が、ジークフリートの一言一句に反応して強く、激しく光を放つ。竜の心臓が生み出す莫大な魔力を神代エーテルに変換、即座に数百倍にまで増幅、加速して刀身を輝かせる。

 その魔力を感じて造物主が反転、大魔法を行使する。

 胸の傷を無視してでも、ジークフリートの暴虐を阻止せんがために。

 ナギに散々に打ちのめされながらも、造物主の技量は健在だった。即座に展開した五十の魔法陣は一瞬で黒色の光を放ち、砲撃魔法を起動したのである。

 だが、構わない。もともと、防御力に秀でたジークフリートである。強力であろうとも、即製の大魔法如きの直撃でどうこうなることはない。これまでの造物主との戦いで、ジークフリートは彼が攻撃に込める魔力量などから自分の悪竜の血鎧を貫く威力の有無を判断できるようになっていた。臆する必要もない。極めて簡単な、これまでに幾度も繰り返してきたことを行うだけ。

 振り上げた剣を、その真名と共に振り下ろす。

「撃ち落す――――幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!」

 直下、黄昏の輝きが世界を満たした。

 この世界にやって来てからこれほどまでに強大な真名解放をしたことはなかっただろう。文字通りの全身全霊をこめた一撃は、造物主の砲撃を意に介さず突き破り、黒きローブを飲み込む。

 全身を分子一粒残さず焼かれた造物主は声一つ残さず黄昏の中に消えていく。

 幻想大剣が生み出した、強大無比なる魔力の奔流は墓守り人の宮殿を斬り抉り、その遙か下方の雲海を蹴散らして地上に癒えぬ大穴を穿った。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 墓守り人の宮殿の内部に、雲海を見ることができるほどの大穴を生み出したジークフリートはゆっくりと舞い降りる。荘厳な墓所だったそこは見る影もなく破壊され尽くし、宮殿の内部であったはずが上を見れば太陽が眩く光り輝いている。

 造物主との戦いは終わった。かの魔人は倒れ、周囲を覆っていた魔力の乱流はかき消され、今は凪いだ状態となっている。

「終わったか」

 ジークフリートのところにふらふらとやって来たナギは、足腰が立たなくなっているだろうに気丈にも自分の足で立っている。

「ひどい有様だな」

 ジークフリートが言うと、ナギは笑みを浮かべて、

「あんたの頑丈さが羨ましいぜ。ま、これくらいの傷なら何日かすれば治るけどよ」

「貴公には再生能力でもあるのか?」

 ボロ雑巾のようになったナギだ。身体中から血を流していて、ローブのいたるところに赤が染み込んでいる。ジークフリートの記憶ではナギは普通の人間だったはずで、特異的な回復力は有していないはずだ。

「ばーか、治癒魔法だよ治癒魔法。俺は応急処置しかできねえけどな」

 と言いながらアルビレオを見るナギは、彼が自力で起き上がれるまでに回復しているのを見て安心したように吐息を吐いた。

「そうか。治癒魔法か」

 すぐに思い至らなかったのが恥ずかしい。

 この世界の治癒魔法は致死に至るほどの重傷であっても治癒することができる。腕を失うくらいならば、何の問題にもならず回復させてしまうほどである。命さえあれば、多くは障碍を残すことなく日常に復帰できる。ナギも大きな怪我をしているが、言葉のとおり数日以内に傷を塞ぐことだろう。

「おう、何とか全員生きてるみてえだな」

 やってきたラカンが言った。

「足は大丈夫か?」

 ジークフリートはラカンの膝に目をやる。確か、造物主の攻撃を受けて膝に怪我をしてしまったはずだ。

「ゼクトの爺さんが何とかしてくれたぜ。つっても、繋いだだけだけどな」

「下手に動かせば風穴が開くぞ。ワシとて、準備もなしに万全の治癒はできん」

 少年としか思えない外見のゼクトはこれでもナギの師であり、見た目通りの年齢ではない。アルビレオに匹敵する術師であり、戦闘魔法のほかにも多種多様な補助魔法を高いレベルで習得しているのだ。

「って、姫子ちゃんは!?」

 ナギが慌てて上を仰ぎ見る。

 上層階。

 そこにある儀式場に、ウェスペルタティア王国の姫が幽閉されている。極めて希少な魔法無効化能力を持ち、その能力を魔法世界全域に及ぼすことで、この世界を支える根幹たる力を打ち消す大魔法の触媒にされているという。

 ナギたちは傷ついた身体に鞭打って、儀式場に這い上がる。

 すでに大穴が穿たれた墓守り人の宮殿にあって、未だに儀式場は健在だった。

「あの戦いに多少は巻き込まれただろうに、まだ無傷なのか」

 詠春が驚いてそれを見る。

 床も壁も天井も崩れて穴だらけだ。すでに、建物としての意義は喪失している。しかし、それでも部屋の中央に設置された大魔法陣は傷一つなく緑翠の光を放っているではないか。

 宙に浮かぶ光る球体。

 精密精緻な術式が球の外面を覆い尽くしており、その内部、中心に黄昏の姫巫女が浮かんでいた。

「姫子ちゃん! おーい、俺だ! ナギだ!」

 ナギは足を引き摺るようにして球に近付き、握り締めた両手で球を叩き、声をかける。 

 幾度も声をかけるが、内部の少女にはまったく届いていないらしい。眠ったままピクリともしない。

「くそ、完全に遮断されてやがる!」

 ナギは悔しそうに舌打ちをする。

「ぶっ壊すか」

「力づくしかないということだな」

 ラカンと詠春が共にそれぞれの武器――――拳と剣を構える。

「行くぜ、オラァ!」

「神鳴流斬魔剣!」

 気を凝縮した拳は巨竜をも倒す一撃であり、詠春の斬撃は人を斬らずに魔のみを断つ秘剣である。およそ、あらゆる魔法はこの二人を前にして無力。しかし、――――。

「ぐ……!」

「く……!」

 二人の攻撃は球体に触れた途端に弾き返されてしまったのだ。

 その表面には傷一つなく、信じ難い強度で内部を保護している。

「まさか、斬魔剣を弾くとは」

 詠春が驚きを禁じえないとばかりに呟く。

 神鳴流の上位者は、斬るものを選ぶことができる。魔法障壁をすり抜けて魔法使いのみを斬り付けることもできれば、悪霊に取り憑かれた人を斬らずに悪霊のみを斬り裂くこともできる万能剣術である。とりわけ詠春は神鳴流の宗家筋の者であり、実力は最高峰の一人である。

 だからこそ、というべきか。

 詠春が斬れないということが、この物体の異常性を如実に示していた。

 直後、球体がひときわ輝きを増し、周囲に魔力の風が吹き荒れ始めたのである。

「これは……!」

 ゼクトが息を呑む。

 術式が起動を始めたのだ。儀式が始まり、世界の崩壊が秒読みとなる。

「世界の始まりと終わりの魔法! いけません! 早く黄昏の姫巫女を助け出さなければ、世界が消えてしまいます!」

 アルビレオの言葉に、いよいよ危機感が募る。

 正体不明の頑強な結界に守られた術式は黄昏の姫巫女を捕らえて放さない。

 敵の黒幕を倒しておきながら、その本来の目的を阻むことができないなどというのは笑い話にしては最悪だ。

「極めて強力な概念の守りです。内側を外側から保護するためだけに存在する大結界とも言うべきモノですね」

 アルビレオが冷や汗を浮かべてそう言った。

 造物主が仕込んだ究極の守りである。黄昏の姫巫女と儀式を守るために、二千六百年を生きた大魔法使いが編み上げた究極防御結界。それは強度の問題ではなく、概念の問題。強さという尺度の外にあるが故に、攻撃では絶対に壊れない。

「おう、どうすんだよ アル!」

「大魔法をどれほど使おうとも、この結界を突破することは叶いません。正直、何も思いつきません!」

 アルビレオは焦りながらも手出しを控えている。ナギ、ラカン、詠春が必死になって結界を破壊しようと試みるが、その尽くが弾き返されて無為に消える。

「斬ればいいのか?」

 そんな中でジークフリートがアルビレオに尋ねた。

「それは確かにそうですが――――斬れば、と言いますが、いくらあなたでもそう簡単には」

「いや」

 ジークフリートはそう言って、幻想大剣を振り抜く。

 両刃の刃が球体表面と接触し、激しい閃光を放つ。それを無視して、ジークフリートは刃を左下から右上に一閃した。

 ギチリ、と音がして球体は真っ二つに両断された。

「斬れたぞ」

 何と言うことのない顔でジークフリートは言った。

「いや、あの……」

 さすがのアルビレオも唖然としてその光景に目を疑い、口を噤む。

 非常識だ。魔法理論では決して破壊できない究極の結界を前にして剣の一振りでそれを断つとは。

 だが、これは驚くに値しないのだ。

 造物主という術者を失った術式であることもあるが、何よりも概念という土俵はジークフリートの土俵でもある。そして、概念同士の激突ならば、概念の結晶にして人類のユメの形である宝具と英霊は滅法強い。今、まさに紡がれたばかりのルールなど、平然と無視して余りある重さが彼には宿っている。

「いよっしゃー! ジークフリートでかした!」

 ナギが球体の内部に臆せず、侵入し黄昏の姫巫女を抱えて飛び出した。

「よし、これで……て、うおわ!」

 ナギは慌てた様子で飛び上がる。

 安心しかけたところを、球体の中から伸びる触手が襲い掛かってきたのである。

「なんだ、これ! 気持ち悪りいな!」

 ナギは大きく飛び退きながら雷を放って触手を迎撃する。

 閃光が緑色をした無数の触手を焼き払い、浄化する。しかし、数があまりにも多かった。

「黄昏の姫巫女を取り戻そうとする防御術式じゃな。念入りなことじゃ」

 呆れた様子のゼクトが、指を鳴らす。

 周囲に湧き上がったのは、大量の水だった。

 ゼクトが水流を操作して球体を水で包み込み、終いには凍らせてしまう。凍結封印魔法だ。

「これで、多少は時間が稼げるじゃろう。今の内に」

「さっさと撤退だ!」

 異口同音にナギの言葉に賛成し、黄昏の姫巫女を連れた六人は一斉に宮殿の外に飛び出した。

 破壊され尽くした宮殿から飛び出すのは難しくない。何せ、儀式場そのものが最上階にあり、壁が崩れ落ちてほぼ外と言ってもいい状態だったからだ。飛行できるジークフリートたちにとって、雲の上の城から飛び出すことに何の不安もなかった。

 近くの浮き島まで移動して、黄昏の姫巫女を横たえたナギは改めて戦場を見回した。

「ああ、一先ずは落ち着いたか」

 戦況はこちらが優勢となっていた。 

 圧倒的多数を占め、空を埋め尽くしていた召喚魔たちは今やほとんどいなかった。術者が倒されたことで魔力が供給されなくなり、弱い個体から消えていったからだ。今は残存勢力に対する追撃をしているところのようだが、それもじきに終わるだろう。

「まさか、あの恐るべき造物主を討伐し果せてしまうとは。まったく、信じ難いことです」

「なんだ、アル。アイツのこと知ってんのか?」

「ええ、まあ小耳に挟むくらいですけどね」

 太古から存在する伝説上の大魔法使い。その詳細はまったくの不明で、伝承もそう多くのこされているわけではない。数多の魔法に精通するアルビレオでさえ、その存在を知識として有しているというだけであってそれ以上の何かを知っているわけではないのだ。

「じゃ、後はもう帰るだけ」

 そう言いかけた瞬間、背後から爆発的な閃光が立ち上った。

「な……!?」

 驚愕したのはその場にいた全員だ。

 光の柱は儀式場から発生している。それが、周囲の魔力を飲み込んで、光の球となるのに時間はかからなかった。

「んだよ、これ!?」

 ナギが叫ぶ。

「まさか、アスナ姫は確かに……」

「おいおい、どうなってんだ!? 終わったんじゃねえのかよ!?」 

 詠春とラカンが動揺を隠せずに警戒心を強める。

「アルビレオ。これは、いったいどういうことだ?」

 ジークフリートはこの中で最もこの状況を説明できるはずのアルビレオに尋ねた。

 儀式の中核である黄昏の姫巫女を取り戻し、術者を倒した。常道であれば、これで儀式の発動は防げたはずである。

「分かりません。ですが、これはまさしく終わりと始まりの魔法! おそらく、儀式は中断しましたが、中途半端な形でも発動させようとしているということではないでしょうか……?」

「中途半端な形? それで、どうなる?」

「詳しくは何も。ただ、本来は世界すべてを消し去る魔法です。それが局所的に発生するとなると、この辺り一帯が消えるというだけでは済まないでしょうね。文字通り、世界に穴が開きます」

 その言葉の大半がジークフリートには理解できないことだった。

 物理的に巨大なクレーターが生まれるというわけでもないらしい。世界の穴。虚無の空間が発生するということだろうか。

 たとえば、そこからこの世界の触媒となっている火星の大地と繋がってしまったら、連鎖的に魔法世界全土が崩壊していく可能性もあるのではないか。

「どうやって、止める?」

「ダメじゃろうな。少なくとも、ワシ等にどうこうできる状況ではない。もはや、ここまで来れば個の力など無意味じゃ」

 達観しているゼクトは半ば諦めているようにも見える。年の功か、あるいは自分の手を離れた問題であり、後のことは流れに任せるしかないと思っているのだろうか。

「んなこと言ってる場合じゃねえだろ!? ここまで来て儀式発動させましたじゃ、情けなくて仕方ねえぞ!」

 とは言うものの、ナギも手出しができない。光の正体が分からず、迂闊に手出しをすれば状況を悪化させることにもなりかねない。

 この時点で、武の英雄の出番は終わったと言っていい。

 ナギはおろかジークフリートですら手出しできない状況となった。座して静観するほかない。しかし、それは諦めというよりも希望に近い。

 少なくとも、ジークフリートはこの光に対して大きな危機感を抱いてはいなかった。

『ジーク! 無事だな!?』

 魔法通信で聞こえてきたのは、聞きなれた第三皇女の声であった。

「ああ。敵の親玉はどうにかした。だが、儀式は不完全ながらも発動しつつある」

 端的に、ジークフリートは状況を説明する。

『どうやらそのようじゃの。仕方ない! 後は妾に任せよ! この時のために、ヘラスから出張ってきたのじゃからな!』

 通信が切れた直後、雲を割って飛び出てきたのは無数のシュモクザメと鯨であった。青を基調とした艦隊――――ヘラス帝国北方艦隊である。

『ヘラス帝国ばかりにいいところは持ってかせねえぜ!』

 轟き渡る豪快な男の声。初めて聞く声ではあるが、それはジークフリートだけであったらしい。

「リカード艦長ですか」

『ハハハ、ボロボロじゃねえかアルビレオ・イマ! それに『紅き翼』諸君、無事で何よりだ! おっと、帝国の竜殺し殿とは初めてだな! こちらメガロメセンブリア国際戦略艦隊旗艦スヴァンフビート艦長リカードだ。助太刀するぜ!』

 言うや、雲を突き抜けて現れた白磁の艦隊は帝国北方艦隊に比する大艦隊。メガロメセンブリアの正規軍であった。

 さらに、続いて響いたのはアリカの声だった。

『『紅き翼』にジークフリート。そこで休んでおれ! 後は、こちらで処置する!』

 戦場に現れた多数の艦影が、光の球を取り囲む。

 数百からなる大小様々な艦が、まったく同じ文様の魔法陣で光を囲み、押さえ込んでいく。

『魔導兵団、大規模反転封印術式展開! 魔法世界の荒廃はこの一戦にあり! 各員全力を尽くせ、後はないぞ!』

 アリカの号令と共に魔力無効化術式に対する対抗呪文が生成され、瞬く間に光が押し潰されていく。

 大規模な封印術式が、造物主の生み出した光を消し去るのに五分とかからなかった。

 いともあっさりとした終わりだった。激しい戦いに兵は疲れ、地上には艦の残骸がいくつも落ちている。それを見れば激戦だったということは理解できるが、それでも戦いが終わった瞬間に、それまでの激戦がうそだったかのように世界が静まり返ったのだ。

 本当にこれで終わったのだろうかとすら思えた。まだ、敵の隠し玉があって、戦いは継続するのではないかと誰もが脳裏に描いただろう。

 けれど、そのような気配はまったくなく、勝利したという実感が小波のように戦場に広がっていき、やがてそれは大きな歓声となってオスティアの空を満たしたのだった。

 

 




29巻を見ると、リカードが実は怪しい。

まったく関係ないけれどグレースとミコトとナナリーとシビラを二人ずつ覚醒させてみた。

まったく関係ないけれどプリヤがイリヤと関わりないところで非常に面白くなってるというか英霊に変身して聖杯戦争とか新しい切り口。だけど、人間に刺さるわけだからゲイボルクが猛威を振るうよなと思った。

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