正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

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第五話

 メセンブリーナ連合は、魔法都市メガロメセンブリアを盟主とする都市国家連合である。最大勢力を誇るメガロメセンブリアは、旧世界から渡ってきた「新しき民」を中心に構成された人間の国であり、集積された知識と技術は「古き民」の国であり、魔法世界の半分を支配するヘラス帝国にも匹敵するという。

 メセンブリーナ連合の大艦隊が、敵の手に渡ったグレートブリッジを強襲したのは五日前のことだった。

 全長三〇〇キロを誇る大要塞たるグレートブリッジは、堅牢で連合の大艦隊をして容易く崩壊せしめることはできない。だが、搭載された魔法障壁の類は帝国の手に渡る前に破棄しており、短期間のうちにこの広大な要塞全域をカバーできるほどの強固かつ広範囲の魔法障壁を準備することなど不可能だ。

 今ですら重要な場所を中心に、強化魔法がかけられているものの、障壁となるとその範囲が限定されている。

 反攻作戦を急いだのは、帝国がグレートブリッジを自分たちに都合のいいように改良、修繕されないようにするための苦肉の策でもあった。それと同時に、いずれ反撃に出るときのために仕込んでいた仕掛けがいくつか帝国側に発見されずに発動、それによりグレートブリッジの物理的防御力も激減した。

 ところどころから煙を上げているグレートブリッジを遠目に眺める赤毛の少年が、つまらなそうに林檎を齧る。行儀の悪さを指摘する剣士はこの場にはいない。

「帝国側の抵抗も激しいですね。帝国も援軍をこちらに向かわせているようですし、今夜辺り、勝敗を別つ決戦になるでしょう」

 物腰の柔らかい黒髪の青年が、赤毛の少年に話しかけた。

「俺たちも出るってことか?」

「そうなるでしょうね。敵の守りも薄くなっています。次の一戦でグレートブリッジを落とせるとは思いますが、相応の反撃を覚悟しなければなりません。長期戦になれば、国力に勝る相手が有利でこちらは不利ですからね」

「つってもつまんねーぜ。相手にジャックくらいのヤツがいてくれればもう少しやりようもあったんだけどな」

「それを望むのは無理があるでしょう。あれは生きる反則ですよ。もちろん、あなたもですが。――――ナギ」

 ナギ、と呼ばれた少年はにやりと不敵な笑みを浮かべる。

「ふん、そりゃ俺は最強の魔法使いだからな。グレートブリッジくらい落としてやるさ」

「ふふふ、その気概があれば何も問題ないでしょう」

「おめえもサボるなよ、アル」

「さて、どうでしょう」

「おい」

「冗談です。この一戦を勝利で終えれば、形勢を逆転できます。現状を打破するには、これしかありませんしね」

 淡く笑むアルビレオにナギは念押しをする。

 どこかサボり癖のあるアルビレオは、これでもかなり長い時を生きた大魔法使い。単純に大砲として桁外れの力を持つナギとは異なり、正しく数多の知識を修めた強大な魔法使いなのだ。その知識量と冷静さから『紅き翼』では軍師のような役回りになることもある。

「なあ、アル」

「何でしょう」

「ここを落とさなくちゃならねえのは分かってるけどよ。それだけで形勢逆転なんて言えんのか? 前線基地が一つ陥落するだけだぜ?」

 グレートブリッジは帝国領の外側の外側。大規模転移魔法で一気呵成に攻め落とした元連合の要塞だ。ここが連合に落とされたとしても、それは取り返されただけであって帝国側の領土が脅かされるわけではない。振り出しに戻るだけだ。

 だが、それは見かけ上の話でしかないとアルビレオは言う。

「勝利を目前にしてグレートブリッジを取り返されるというのは、帝国側の士気を大いに挫くことに繋がります。『ああ、あんなに頑張って取ったのに……』という無力感が漂うだけでなく、市民レベルでは上層部に対する批判の声も出るでしょう。この一戦で勝ったほうに戦争の流れがやってきます」

 連合は不意を突き、大艦隊で攻勢をかけている。現在は小康状態とはいえ、散発的に小競り合いが繰り返されているところだ。

 最も過激だったのが五日前の最初の大攻勢。

 これによって敵側の鬼神兵や巨大兵器の半数を撃滅することに成功している。その後は相手が亀のように篭って出てこなくなり、こちらも戦力を結集するために時間を割いたために、両者が砲撃を繰り返す魔法合戦に終始しているのが現状だった。

『紅き翼』(われわれ)の強みは人型でありながら艦載砲クラスの攻撃を放てることです。至近まで接近すれば、如何に強固なグレートブリッジの城壁であっても障壁や強化魔法ごと破壊できるでしょう」

「まあ、それで戦争が終わるんならそれでいいけどな」

 ガリガリと林檎食い荒らしたナギは、芯だけとなった林檎を放り捨てた。

 それから、後ろ視線を移す。

 刀を背負った、長身の男がやって来るところだった。

「どうだった詠春」

「予定通りだ。作戦の決行は今夜。上層部は、これで片付けるつもりだ」

 それを聞いてナギは上等とばかりに笑う。

 敵の士気はすでに低下しきっている。

 相手は撤退を視野に入れているという情報もある中で、連合の士気は鰻上りだ。総合的な兵力は互角で、要塞に篭っているだけ向こうが優位かもしれないが、それは数値上のものでしかなく、戦争を実行する人間が弱気になっていれば最大限の力を出すことなど土台不可能である。

 相手が弱っている今こそ、グレートブリッジを叩く絶好機に違いない。逆に言えば、今を逃せばグレートブリッジを攻略することは不可能ということでもあった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 艦内に警報が鳴り響いた。

 耳を劈く不愉快な音は、継続して鳴り続ける。

 日が沈みグレートブリッジの南方二キロという近距離までやってきた帝国艦隊は、その前衛が砲撃戦に入ったことでいよいよ騒がしくなった。

 ほんの十数分前まで水を打ったかのような静けさだったのが信じられないくらいだ。

 すでにここは戦場。 

 かつて一度たりとも足を踏み入れることのなかった空という舞台にあって、ジークフリートの精神はむしろ昂ぶった。

 遠くの空がチカチカと輝いている。

 艦載砲の応酬。こちらの魔法障壁を食い破り、一隻、二隻と撃沈されていく。対して、帝国側も連合の船を次々と沈めている。

 魔法障壁を全面に押し出し、他の船と干渉させて防御力を増幅し、敵艦の砲撃を弾き返す新技術を惜しげもなくつぎ込み、帝国艦隊はグレートブリッジに迫った。

 敵を倒すのではなく、撤退のための殿。

 それが、この艦隊の使命であり、同時にグレートブリッジに篭る兵卒を収容し運び出す役目を帯びた艦を護衛する任に就いている。

 ひたすらに弾幕を張っているのは、敵艦を近づけないようにするためだ。撃沈できれば御の字だが、そこに拘ってはいない。

 赤紫色の光が淡く輝き、グレートブリッジの全面に浮かび上がる。

 立ち上がる三体の巨人は、全長一〇〇メートルはあろうかという帝国鬼神兵。

 鬼神兵は連れて帰れない。ここで、敵軍にぶつけて少しでも時間稼ぎに使おうというのだ。

「凄まじい力だな」

 窓の外で暴れる鬼神兵の働きぶりにジークフリートは感心する。

 艦載砲の直撃を受けて倒れず、その腕の一振りで近付いてくる歩兵(魔法使い)を跳ね返す。物理的にも魔術的にも鉄壁と言っても過言ではない帝国の兵器の一つ。

 意思なき人形ではあるが、それが人の形をしているからであろうか、どこか感情移入を誘う。全身に無数の砲撃を受けて前に進み、身体を張って敵を押し返す様は絶望に立ち向かう戦士の姿に他ならない。

 その鬼神兵の一体が不意に活動を停止した。

 艦載砲でも止まらない巨人が、ビルを思わせる巨大な剣に貫かれているのだ。

 ――――出たか。

 直感した。

 その巨大剣の威容。まさしくジャック・ラカンのアーティファクト『千の顔を持つ英雄』に他ならない。

 資料で見るのと実物を見るのとは大違いだ。

 やはり、彼を失ったのは帝国にとって大きな痛手だったと言う他ない。

「『紅き翼』が出た!?」

「ジャック・ラカンだ!」

「落ち着け! 当艦の職務は敵艦の牽制と味方撤退支援である! まずは己が職責を果たすことに力を注げ!」

 雷光。続いて爆音が響いた。

 鬼神兵がさらに一体、激しい雷光に包まれて爆発したのである。

 艦載砲にすら耐える屈強な鬼神兵も、超至近距離からの雷系最大呪文には耐えられなかった。

「『千の雷』か。ナギ・スプリングフィールドが得意とする雷の魔法。攻撃範囲、威力共に対軍宝具に匹敵するな」

 面白い、と思った。

 これ以上、彼らに暴れられると帝国の戦線が瓦解するという危惧も正しかろう。

 あれは、英雄と呼ぶに相応しい力だ。

 であれば、自分が出るべきだ。

 それこそ、ジークフリートの職責なのだから。

 

 

 転送魔法というのは便利なものだ。

 狙った座標に、いつでも移動することができるのだから軍事利用しようと思うのは至極当然であろう。ジークフリートが統治者だったとしても、この戦争に際して魔法を積極的に用いたであろう。

 グレートブリッジを陥落させた際の大軍を纏めて目的地に転送する大規模転移魔法を帝国は用いた。

 理論は同じだが、今回はジークフリート一人を地上に落とすだけの簡単な魔法だ。

 派手に暴れてくれているから、『紅き翼』の居場所は手に取るように分かる。

 グレートブリッジ上に転移したジークフリートは戦場を遙かな高みから俯瞰する。下は海。飛行術を持たないジークフリートが全力で『紅き翼』を相手にするのならば、敵を対岸に追いやらなければならないと思っていたが、その必要はないらしい。

 海に浮かぶ無数の瓦礫。

 鬼神兵の残骸。

 それらが、足場として十全の機能を果たしてくれると直感する。

「まずは性能を試すところからだな」

 ジークフリートは大剣を振り上げた。

 自身と同じ竜殺しの称号を持つゲオルギウスの宝具と同じ名で呼ばれるアーティファクト。その能力は魔力の集束と放出だ。極めて単純かつ高燃費。およそジークフリートのような規格外の魔力がなければ使いこなせない欠陥兵器ではあるが、条件さえ満たせば極めて強力な破壊を撒き散らせる。

 斬撃を、落とす。

 『紅き翼』の頭上に向けて。

 

 

 

 ■

 

 

 

 水面が沸騰したかのような衝撃が『紅き翼』の五人に襲い掛かった。

 ちょうど、三体目の鬼神兵が倒れたときのことであった。

「何だ!?」

「上じゃ!」

 白髪の少年ゼクトが叫ぶ。グレートブリッジの上から、明確に『紅き翼』を狙って大規模攻撃は放たれる。真っ白な魔力砲撃とも言うべき閃光だ。

「兵器じゃねえ。人間だぞ、アイツ!」

 ナギが叫ぶ。

「あなたは元帝国の人間でしょう。ご存じないのですか」

「いんや、まったく」

 アルビレオに尋ねられたラカンが屈託のない笑みを浮かべた。

「俺たち五人に一人で喧嘩吹っかけてきたのはアイツが初めてだな! よっし、相手になってやるぜ!」

「この鳥頭! 勝手に突っ込むんじゃない!」

 ナギが高みの人影に飛び掛る。距離にして数百メートルは離れているが、彼にとっては大した距離ではない。もっとも、それは近づければの話。グレートブリッジからの妨害、人影からの大斬撃が簡単に近付かせてくれない。

「めんどいぞ。手っ取り早く吹き飛ばす!」

 流れるような呪文詠唱。

 目を見張る莫大な魔力。

 吹き荒れる雷と風がナギの右手に集い、そして一気に解き放たれる。

雷の暴風(ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンス)!!」

 数多の帝国兵を恐れさせるナギの真骨頂。

 規格外の大魔力とそれを惜しげもなく注ぎ込む大魔法で、敵対する人影をその周囲ごと打ち抜く。破壊の閃光は一直線に突き進み、グレートブリッジ上部を抉りぬいて空を駆け上っていく。

「なんだ、思ったより大したことねえな!」

 消し飛んだかに見えて、ナギはさらに前進しようとする。そのナギを引き止めたのは詠春だった。

「馬鹿! 上から来るぞ!」

「何!? お、どぅおお!?」

 爆発的な衝撃と共に何かが空から落ちてきた。ナギは詠春に引っ張られて後ろに投げ出されたことで事なきを得た。

「詠春!」

 その代わり、詠春が着弾点から逃れられなかった。水煙が上がって彼の状態が見えない。詠春の無事を確かめようとしたとき、水煙が内側から膨れて弾け飛んだ。

 魔力の豪風が吹き乱れて、詠春と何者かが鍔迫り合っている。

 長い白髪を風に漂わせる屈強そうな剣士だった。

「青山詠春殿か」

 男が尋ねる。

「如何にも。『紅き翼』所属神鳴流剣士青山詠春だ」

 名乗ることに違和感はない。

 名乗って困るようなものはないからだ。

「やはり、こうでなくてはな」

 と、男が呟く。何かしらの感慨の篭った言葉だった。

 そして、魔力が爆発する。足場となっている鬼神兵の背中が軋むほどの魔力が男の剣から溢れる。

 詠春の日本刀は気で極限まで強化されているとはいえ、その構造から鍔迫り合いには向いていない。速く、強く、引いて斬る。力ではなく技によって真価を発揮する剣だ。故に、この魔力を受けた詠春は、これ幸いと後方に跳ぶ。

 相手は追って来なかった。

 仁王立ちになり、切先を五人に突きつける。

「流浪の傭兵剣士ジークフリートだ。貴公らを足止めする任を受けて参上した」

 ジークフリートと名乗った男は、その名に違わぬ威圧感で以てナギたちの前に立ちはだかったのだった。

 

 

 

 ■

 

 

 

 『紅き翼』と相対したジークフリートは、表情には出さないもののこの対戦に感謝していた。

 戦争は悪である、と理解した上で。

 それでも、強者との戦いに打ち震える自分がいる。

 強い、と確信する。

 特に赤い髪の少年。まだ十四かそこらだというのに、あらゆる運命を打倒せんとする強い意思を感じるのだ。

 他の面々もタイプこそ違えど強力な戦士である。

 このレベルまで至ると対面しただけで分かるものもあるのだ。

「流浪の傭兵剣士ジークフリートだ。貴公らを足止めする任を受けて参上した」

 実に久しぶりに名乗りを上げた。

 やはり、これこそが己の名だ。

 聖杯大戦では、その性質上真名を名乗ることを禁じられていた。“赤”のランサーと互いに真名のやり取りをした上で戦いたかったと言うのが本音だったので、ここで何の制約もなく、誰に憚ることもなく己が名を口にできたことにある種の感動を覚えていた。

「ハッ、なんかよく分かんねえけど……いつも通りの刺客ってことだろ。押し通るぜ!」

 ナギが瞬動で一気にジークフリートの懐に飛び込む。

 雷を纏う必殺の右拳。

 鉄を打ち砕き、戦艦の外殻にすら穴を開ける一発をジークフリートの腹部に打ち込む。

 雷光が炸裂し、空気が焼ける。

「な……!」

 驚愕したのはナギだった。

 一発KOを期した右の拳は、しかしジークフリートを打ち倒すには至らず、屈強な腹筋で完全に受け止められていた。

「いい拳だ。その歳で、よくぞそこまでの力を練り上げたものだ」

「クッ……!」 

 賞賛しながらも、ジークフリートはアスカロンを振るった。轟然と振るわれる大剣を、ナギは咄嗟に伏せて躱す。赤毛が数本、宙に舞った。ギロチンを思わせる上段切りが、ナギに襲い掛かる。

「やっべ……!」

 焦るナギを救ったのは、ゼクトの水流操作の魔法だ。水面を爆ぜさせて、ナギを弾いたのだ。

「敵を侮るからそうなるのじゃ!」

「すまねえ師匠!」

 謝罪しながらも抜け目のないナギは、吹っ飛びながら魔法の矢を放ってくる。

 雷の一〇一矢が空を埋め尽くす綺羅星となり、ジークフリートに降り注ぐ。

「ぬ……」

 驚くべき威力だ。

 魔法の矢は攻撃魔法の中では初級。基礎魔法に位置づけられるもので、魔法学校でも最初に教わる魔法の一つだと聞いている。しかし、ナギほどの才ある魔法使いが使えば、戦略級の威力を誇るものなのか。

 ジークフリートの肉体を突破するにはまだ足りない。

 粉塵が晴れる前に、追撃とばかりに詠春が飛び込んでくる。

「雷光剣!」

 光り輝く雷撃の剣。溢れ出る気が名剣夕凪の刀身より灼熱の雷撃を解き放った。

 その強大な剣術を、ジークフリートは右腕一本で受け止める。

 雷撃と斬撃の双方が、ジークフリートの表皮を貫けない。

 アスカロンの横薙ぎの斬撃を詠春は瞬動で躱す。

「さすがに冷静だ、詠春殿」

 と、ジークフリートは詠春をそう評する。

 ナギの攻撃でジークフリートの防御力を理解していたからこそ、雷光剣を素手で受け止めるという信じ難い光景に即座に対処できたのだ。

 体勢を立て直した詠春に、ジークフリートは斬りかかる。

 爆発的な踏み込みであった。

 アスカロンの魔力集束と魔力放出を組み合わせて、ジェット噴射のように扱っているのだ。そのまま剛剣が振り回される。

 まともに受ければ、夕凪ごと両断されるのではないか。

 そう危惧せざるを得ないほどの力を感じる。

 何よりも厄介なのは、この桁外れの防御力だ。こちらの攻撃は例え急所に当てたところで通らないのに、向こうは圧倒的な力でねじ伏せにかかるのだから。

 移動要塞。

 そう形容するしかない。

 おまけに、剣の腕もかなりのものだ。不安定な足場を物ともせず、詠春を防戦に追い込んでいる。

 けれどもそれは賞賛に値することなのだ。

 ジークフリートに彼と同じ剣士(セイバー)としてここまで打ち合えていることそのものが、青山詠春という剣士の力量の高さを物語っている。

「詠春! 跳べ!」 

 声と共に詠春が大きく跳躍する。逃すまいと鬼神兵の残骸を踏みつけた瞬間、火山の噴火かとも思える莫大なエネルギーの奔流がジークフリートを打ち抜いた。

「羅漢適当に右パンチ!」

 反応が遅れたのは、慣れ親しんだ魔力ではなくこの世界の法則である気を使われたからだろう。詠春のそれも気ではあるが、ラカンが打ち放った気弾はジークフリートのアスカロンによる大斬撃と同じエネルギー放出だ。術に加工する手間がないために発動が速い。

 大砲の如き一撃でジークフリートは遂に後方に圧し戻される。

「羅漢素早く左パンチ!」

 追い討ちをかけるようにラカンの左ストレートが突き出される。

 拳が射抜くのは虚空。

 しかし、その腕を砲身として災害の化身とも思える気弾が海を割る。

「アスカロン」

 ジークフリートの魔力を吸い上げたアスカロンが咆哮を上げる。

 集束と放出は瞬時に行われ、巨大な魔力斬撃がラカンの気砲を相殺する。

「先ほどよりも軽いぞ、ラカン殿」

「ハッ。なんつー固てえ野郎だ。渋い顔して、殴り合いも上等ってか」

「機会があれば、受けて立つことに異存はない」

 などと、言葉を交わしながら(具に、備に、悉に)敵を見る。

 ――――一人いない。

 ズン、とジークフリートの周囲が黒く染まった。

 魔法陣が周囲に展開されたのだ。

 ナギでも詠春でもラカンでもない。彼らはこういった細かい魔法を駆使した戦いをしないからだ。となれば、ゼクトかアルビレオとなる。

 いないのはアルビレオ・イマだ。

 彼は四人から少し離れた後方で宙に浮きながら魔導書を広げている。

 恐らくはこの魔法陣を制御しているのが彼なのだ。

「ナギ、今です!」

「おうッ!!」

 水面を蹴って跳びあがったナギが、空に掲げる右手に激しい稲妻を呼び寄せる。

「契約により我に従え、高殿の王。来れ、巨神を滅ぼす燃え立つ雷霆。百重千重と重なりて、走れよ稲妻――――」

 莫大なエネルギーだ。

 それまでと比較にならないほどの、高密度の雷撃魔法。

「ぬん!」

 ジークフリートはアルビレオの重力拘束をアスカロンの一薙ぎで消し飛ばす。

 もとより一定ランク以下の干渉は一切通じない肉体だ。物理攻撃のみならず、それは魔術(魔法)をも対象とする。

「アスカロン」

「――――千の雷(キーリプル・アストラペー)!!」

 音が砕けて光が舞い上げる。

 ナギの大呪文はジークフリートの大斬撃を押し退けて彼自身に届いた。周囲一帯がその一撃で炎に包まれ、海水が沸騰する。雷の暴風の十倍の魔力を消費するとまで言われる千の雷。個人で発動させることのできる魔法としては最大規模となる。本来、それは軍団規模あるいは巨大な生物に対して用いるべきもので、一個人に使用するのは過剰火力だ。

 しかし、それは常識に生きるものの尺度での話。

 ある水準を突破した一部の猛者は、最大呪文を打ち合うような規格外の戦闘すらも視野に入れる戦いを演じる。無論、人類種の頂点に辿り着いたジークフリートもまた、最大呪文の一つや二つで音を上げるような柔な身体をしていない。

 

 

 

「今のを耐えたぜ、アイツ」

 ナギは口笛を吹いて、呆れたように言った。

「異様な防御力です。魔法障壁ではなく彼自身の肉体が固いのですね」

「ジャックみてえなもんだろ」

「いえ、あれは気や魔力による強化というよりは彼個人の超能力のようなものですね。後天的なのか先天的なのかは分かりませんが、いずれにしても正体が掴めない以上は魔法による弱体化は難しいでしょう」

 アルビレオは涼やかに言うが、それはつまり魔法理論の範疇にない存在ということになる。

 極めて希少価値の高い個人技能として超能力が認められているところである。

 魔法理論の外側にあり、多くは先天的に獲得する異能だ。理論化していないが故に往々にして魔法の天敵にもなりうる存在である。

 防御に特化した超能力というのも、ありえなくはない。

 そしてその場合は障壁突破も障壁解除も意味を成さない。

「どうすんだ?」

「そうですね。まあ、力技で何とかするしかないんでしょうね。現状」

 アルビレオは他人事のような口調だ。しかし、そうは言っても内心は驚愕に包まれている。ナギの天賦の才と反則的な強さは共に旅をしてきたアルビレオはよく知っている。この歳で、完成された強さを持っているのだ。そして、ここに集う五人は何れも一軍を相手にできる猛者ばかり。それをたったの一人で互角に戦っている相手は一体何者なのだと。

 ジークフリートと名乗った青年。

 伝説の竜殺しと同じ名で、しかも不死身の肉体というおまけつきだ。

「武器がアスカロンというのがまた面白いところですけどね」

 もしも機会があれば、彼の人生も収集したいものだとアルビレオは自分の悪い癖が鎌首を擡げているのを自覚した。

「さて、どうする」

 と、詠春が太刀を構えながらもアルビレオに尋ねた。

「彼は一人です。どれほど強くとも同時に相手にできる人数には限りがあります。そして、私たちの役目はグレートブリッジの自動防衛機構の破壊。それには最悪一人いればいい」

「なるほど、つまり……」

「リスクを取るのならば、ここで二手に分かれるのが賢明でしょうね。ひたすら固い相手を打ち倒すのに、どれだけ時間がかかるか分かりません」

 グレートブリッジの帝国兵は刻一刻と撤退しているはずだ。

 それでも、ここがいまだに激戦地となっているのはグレートブリッジに自動防衛機構があるからだ。これを止めなければ、連合はグレートブリッジを落とせないとは言わないまでも苦労を重ねることになるだろう。

 外から壊せないものを内部から壊すのは歩兵の強みだ。

「ま、この状況ならば筋肉馬鹿二人がお似合いじゃな」

 とゼクトがナギとラカンに言う。

「ハッ……端からそのつもりだぜ、師匠」

「まあ、機械を相手にやるよりかは百倍楽しいしな」

 ナギもラカンもジークフリートと戦うことに否やはない。

「俺も残ろう。馬鹿が二人では、ひょんなところで首にされかねんしな」

「んだと、詠春。おめえ、剣士のプライド的なので残りたいだけだろ」

 ナギが青筋立てて茶化すように言った。

「そうだな。まあ、それ以上にあの剣にもっと触れていたいという気持ちもあるんだがな」

 詠春はこちらを冷厳に見つめるジークフリートを見て、夕凪を強く握り締める。

 剣士として感じ入るものがあったのだろう。それは、剣の道に生きている詠春のみが持ちえる感情だ。

「気をつけてください。アレは、今までの帝国兵とは次元が違います」

「分かってるって。アルこそ、向こうに行く途中で打ち落とされんなよ」

 ナギがこの場に残る三人を代表して言った。

 あくまでも時間稼ぎ。

 受けに徹するジークフリートは、こちらの様子を眺めたまま動かない。

 それを幸いと『紅き翼』は要塞攻略組とジークフリート打倒組みに分かれて行動を開始したのであった。

 




聖杯戦争関係ないところにいてクラス名を名乗る意味もないのでうちのジークフリートふつうに名乗るのです。
原作でも名乗れないのが歯がゆいとか思ってるサーヴァントもいるし、自分の名前には誇りがあるだろうから……
それに“黒”のセイバーとしては大して活躍できなかったという負い目もある、のかもしれない。

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