GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ 作:フォレス・ノースウッド
実在する音楽学校のカリキュラムを調べてみたら、数学ならⅠかA止まりなのにGXでのクリスちゃんの心象風景にて数学Ⅲの教科書が。
期末テスト前日に「いっそぐっすり寝た方がいい点取れるって」なんて発言も納得だな(汗
私立リディアン音楽院は、地方より入学してきた学生たちの為に寮も設けている。
外見は大型マンションとそん色ない規模で、何百人ものの生徒を住まわすことができ、基本二人共用で割り当てられる部屋はリビングと寝室はほぼ一体となったワンルームながら、学生寮としては破格の広さを誇っていた。
「ほら響」
五月後半な頃の日の夕方、寮の一部屋に住む同郷で幼馴染な響と未来は、畳が敷かれたリビングフロアのテーブルにて、各々勉学に――
「寝ちゃったら間に合わなくなるよ」
「う、うん……」
正確には、睡魔の猛威を前に今にもうたた寝しかねない響と、それを注意する未来である。
「レポート出せなかったら追試決定なんだから、書けるまでは起きてないと」
高校生活一度目の中間考査で、お世辞にも良い成績が取れなかった響は、いつも彼女の人助け癖に手を焼かされては雷を降らせる担任から、追試免除の条件としてある課題のレポートの提出を突きつけられ…………まだ三、四行分しか進めていない中、期日が着々と迫っていた。
ちなみに課題内容は「認定特異災害ノイズについて」である。
シンフォギアの特性上、全くとまではいかないが………音楽学校なのに余り音楽と関係ない内容なのは気にしないでもらいたい。
「あっ……」
どうにか書き進めている中、容赦なく襲う眠気にシャーペンで書かれた文字は途中でゲシュタルト崩壊を起こし、慌てて書き直そうと消しゴムを擦ったら力入れすぎてうっかり用紙を破ってしまった………書き直し決定。
「はぁ……私呪われてるよ……」
また一から書かなければならない、状況に響は溜息を吐いて顔をテーブルに突っ伏した。
「だから……寝てる場合でもぼやいてる場合でもないんだってば」
「ねてないよ………ちょっと目を瞑ってるだけ」
その台詞を吐く人間は、大抵眠りかけている状態に陥っていると突っ込むのは野暮だ。
「何だか最近お疲れだけど……大丈夫?」
「へいき……へっちゃら………」
「どう見てもへっちゃらじゃないよ……」
実際、響の体は溜まった疲労で重くなっており、机に突っ伏してなどいたら、そのまま眠り込んでしまうのは避けられない。
それでも響の瞼はどうにか開かれたまま、意識もどうにか目覚めている状態をキープさせていた。
〝わたしだけの………戦う理由……〟
級友であり、人を守る戦士としては〝大先輩〟である朱音から出され、未だに解答を導き出せずにいる〝宿題〟によって。
一月前に時間は遡る。
深夜の横浜ベイブリッジ上での戦闘より数日前の日曜のリディアン高等科の校舎内で、響は屋上に繋がる階段を登っていた。
〝~~~♪〟
道中、上段の方から馴染みのある歌声が響いてきた。
どうやら彼女は、今日も屋上を舞台にして歌っているらしい。
入学してから一か月、度々朱音が行う屋上公演は、すっかりリディアンにおける名物の一つとして定着し始めている。いくら音楽学校な学び舎の校内と言えど、屋上で堂々と歌われるのは教師側からは目くじら立たされてもおかしくはないのだが、幼い頃から〝好き〟を原動力に磨き上げた彼女の歌唱力が幸いして、黙認どころか明言されていないだけで了承されている恰好である。
響は階段を登り切り、フェンス際には小柄な緑たちが生い茂り、市街を一望できる屋上に踏み入れると、律唱の街並みを眺めながら歌う、朱音の横姿が瞳に映される。
曲は、入学式の日の時と同じ――《逆光のフリューゲル》であった。
響にとってあの日の朱音の歌う姿と、歌声はとても忘れられないものだった。
上手く言葉にできないのだが………〝あの日〟初めて大勢のファンたちと一緒にツヴァイウイングの歌を直に拝めた時に匹敵するほど、心に強く響き渡ったのである。
入学式の日と負けず劣らす、あの名曲をさざ波のように緩やかに、しなやかに、それでいて高らかと抒情的に奏でていた朱音は、ふとその歌声を止ませると、本物の翡翠に勝るとも劣らない透明感のある翡翠色の瞳を響に向けた。
「いや~~今日も見事な腕前だったんで、なんか、話しかけるタイミングが見当たらなくて」
「気に病むことはない、こちらから呼んでおいて歌に耽っていたのは私の方なのだし」
あはは、と片手で後頭部分の羽毛と似通う癖っ毛を書きながら少々バツの悪そうに笑い上げ、朱音も微笑みを返す。
「響、今日君を呼んだ理由は言うまでもない……」
一時何とも言い難い独特の緩みを持った屋上の空気は、戦闘の時とはまた違う凛とする朱音の一声で、一瞬にして堅さを帯び。
「あの戦いで、ずっと装者として戦ってきた風鳴翼がどれほど辛い思いをしてきたか、身に染みた筈だ、それでも君は………胸(ここ)にあるガングニールで、人を助けたい意志に―――変わりはないんだな?」
朱音は自分の胸の、丁度響の〝傷痕〟がある部分に手を当て、改めて響に、ノイズと戦う〝意志〟があるのか否か、問いかけた。
対して響は、弦十郎より要請された時よりは、少し黙って間を置いたものの――頷き、それでも、ノイズとの戦いに踏み入れる意志はあるのだと朱音に示した。
「そう………分かった………」
〝やはり君は、踏み込む方を選んでしまうのだな………〟
響からの〝答え〟を受けた朱音は、翡翠色の瞳に〝せつなさ〟が張りつかせ、友が二年前の惨劇から生き残ったことで背負ってしまった〝歪さ〟にやりきれなさを覚えながらも。
「けど、条件………と言うよりは〝宿題〟と言うべきかな」
「どういう……こと?」
気丈な態度を維持させつつ、予め響が自分の問いを肯定した場合に切り出すと決めていた〝条件〟を〝宿題〟と言う形で表現した。
「これからひと月、風鳴翼の出撃停止の期間が終わるまでに、君だけの〝戦う理由〟を見つけてほしい」
「戦う……理由?」
「そう」
自分では、曲がりなりにも戦う力を手にしてしまった響を引き止めることはできないと思い知らされた朱音であったものの、だからと言って容易く戦わせる気もなかった。
シンフォギアを纏えるだけでしかない現状の響では、とても実戦には出せられないほど心技体ともに装者として〝未熟〟ではあるし………そんな今の彼女を翼がともに戦う〝仲間〟として認められるわけがないとも踏まえていたからでもある。
装者としてはしばし〝一人〟でノイズに相手をしなければならない朱音には、一歩間違えればあの夜にて確実に確執と言う〝溝〟を作らせてしまっていたのは必至だった二人の装者を取り持たなければならない〝課題〟も背負っていた。
それをクリアする為には、少しでも響が実戦でもシンフォギアを使いこなせるだけの力量を持てるまでに鍛えるだけでなく、響自身が見いだせなければならない〝題目〟もあると。
「もし翼(あのひと)が戦線復帰するまでに見つけられなかったら、悪いけど………二度とガングニールを纏わないで……」
「え?」
かつてギャオスとの戦いで自分を見失ってしまった経験で、戦場には戦士を心身ともに摩耗させる〝魔物〟もしくは〝悪魔〟が潜んでいることを嫌と言うほど思い知っている。
「人を助けることに理由はいらない、助けたい気持ちだけあればいいと響が考えているのなら、私も同感だ………だが戦場(せんじょう)と言う〝悪魔〟にそんな理屈は通用しない、その悪魔は君の心とその想いを打ち壊して嘲笑しようといつでも待ち構えている………いつも君がやっている〝人助け〟の次元で、踏み入って良い世界じゃないんだ」
突き放した声色で発せられる言葉に、響は少々萎縮した様子を見せ、朱音の心にも震えが現れるが、彼女が〝厳然〟の仮面が外れぬよう律した。
彼女を想い、同時に彼女の意志を尊重するのなればこそ、鬼とならなければならない。
「だから………忘れないで―――」
朱音は響の手を両手で包み込むように握る。
「戦場でも、〝助けたい想い〟を捨てずに戦い続けるには、君だけの〝理由〟が必要だ………せめて今は、それだけでも分かってほしい」
「う……うん」
響は朱音からの〝忠告〟に、戸惑いを隠せずにいながらも、こっくりと頷くのだった。
かの日響に宿題を言い渡した私は、当然だけど一方的に出したまま放任するつもりはなかった。
装者としての今の響に必要なのは〝二つ〟。
一つ目、戦場が持つ呪いから打ち勝ち続ける確たる〝信念〟………ただこればかりは、あの子自身の手で見つけ出さないと意味がない………他者からの受け売りだけでは呆気なく〝悪魔〟に負けてしまう。
私が今してやれることは、その二つ目、シンフォギアを使いこなす技術と、戦場で立ち回る技術の習得。
私は宿題を提示したその日から、響の特訓を開始させた。
二課の地下本部は装者向けの訓練施設も充実しているので、一般人に見られる問題はない。
市の運営する総合体育館並の広さを誇る訓練施設の一つなシミュレーションルームで最初に行ったのは、響の技量の再確認。
〝響、ギアを纏った状態で私を殴ってみて〟
〝ちょっと待って………朱音ちゃんはノイズじゃない、人間だよ………同じ人間なのに〟
〝大丈夫、生身でも避けられるくらいには鍛えてるから〟
〝そういう問題じゃないよ!〟
いわゆるパワードスーツを着た状態で生身の人間を殴ることに躊躇うのは良心があれば無理ないことなのだが、妙に過剰に拒否反応をこちらに見せつつも、どうにか渋々了承させると、響は震え上がる全身から右手を突き出してきた。
「ふあぁぁぁぁーーー!!」
結果どうなったか、あっさり私は躱しつつ分厚い籠手が装着された腕を掴んで背負い投げ、床に叩き付けられた響はギアで身体が強化されているにも拘わらず両目をグルグルとなると状に回してノビてしまった。
「はぁ~~」
まさか現実に、仰向けに倒れた人の顔の上に指で摘まめるくらいの小鳥がぴーぴー鳴きながら飛び回る様を目にするとは思わなかった。絶対アニメオタクな弓美はちゃっかりその鳥を撮るだろうなんてことは置いておいて………投げのカウンターに至ったあのパンチ、目は瞑る、へっぴり腰、足に踏ん張りは入っておらず手の力だけで振るってる………絵に描いた素人らしい素人のものだった。
拳打は無論、格闘技の体技はそれこそ、肉体のあらゆる部位(がっき)たちの演奏が生み出す調和によって形作られる合奏だとも言え、その観点で言えば響はまさしく〝音痴〟の一言。
これではやはり当分、本人にいくらやる気があっても実戦には出せそうにない………ギアの力で炭素分解と位相差障壁を封じられてしまえば人間と同等またはそれ未満なノイズの個体の単体の戦闘力は低い、つまりギアを纏えば今の響のへっぽこパンチでも実は充分撃破できるのだが………それは道具への依存だ。
兵器に限らず道具は道具から隷属同然に〝依存(つかわれる)〟ものじゃない、特性を把握して〝使いこなす〟ものである。
指導に関しては弦さんから教えを受けさせると言う手もあったが、あの人の指導法は変化球と言うか、実際教義を受けていた時は結構楽しめはしたものの………少なくとも素人の響には色んな意味で上級者向け過ぎるので、基礎の段階は私が叩き込むことにした。
しいて内容(テーマ)を明文するとしたら―――〝自分の身を守る〟。
レスキュー隊、自衛隊、海上保安庁等々の〝救助活動〟を担う隊員たちが日頃から厳しい訓練に励んでいるのは、勿論災害に巻き込まれた人たちを多く、迅速かつ確実に救う為でもあるが、同時に自分自身の命も守る為である。
かつての私や天羽奏が〝命を引き換え〟にした行為はギリギリの瀬戸際に立った際の最終手段であり、救う側である自分自身の生存も掴むのは、その手の仕事に携わる者たちが持つ義務。
〝私の力が―――誰かの助けになるんですよねッ!?〟
残念ながら、特にあの時の恐怖心をアドレナリンで押し潰していた響は、その意識すらも希薄であった………命を賭けるからこそ、覚悟だけでなく自分の身も守る意識を捨ててはならないのだ。
そのテーマを芯とした主な指導をいくつか上げると。
腕立て、腹筋、スクワットといった基本中の基本のトレーニングによる体力作り、歌いながら戦う性質上、消耗も激しくなるから。
「はい、Bコースもう一周!」
「は~~い……」
「だらっと答えない!」
本部内をコースにしたランニング、高等科の体操着た私が、ホイッスルを吹いて同じく体操着姿の響に走るよう促す様が地下の長く広い回廊で見られるようになった。
「1,2、3、4! ほらもさっとしない! 今の段取りもう一回!」
「は、はいッ!」
体捌きの無駄をそぎ落とすべく、ダンスも取り入れ。
「喉から声が出てる! 戦闘中に枯らしてしまったらどうする! 歌唱が途切れたらバトルポテンシャルが下がると博士から説明を受けたのを忘れたのか!?」
「すみません!」
「今のぐらいの声をキープさせろ!」
シンフォギアを扱う上で歌は文字通り〝要〟なので、ボイストレーニングも盛り込まれている。
余りに具体的に述べていくと長くなるので、省かせてもらうが、私は決して長くない限られた時間の中で、響をどうにか翼が戦線復帰する日までに素人の域から脱しようと扱きに扱き倒した。
なにせ私たちは学生、日中は授業に費やされるし、予習復習と言った勉学もおろそかにできない。
おまけに、響が寮生活で未来と〝二人暮らし〟しているのもネックだった。未来にもギアのことは守秘義務で話せないので、下手に不信感や疑惑を与えるほど平日は夜遅く、休日は一日中響を訓練で拘束させておくわけにはいかなかったからだ。
こんな事情の為、授業のある日の訓練は、下手すると運動部の部活動時間よりも短い中で行わざるを得なかった。
そんなタイトな環境下、白状すると内心響には〝無理だと根を上げてほしい〟なんて想いも抱えつつの特訓の日々は、あっと言う間におよそ一ガ月が経過した。
この日の私は、借用しているマンションの部屋の中、机の前で勉強中。
集中を阻害させない程度の音量でラジオ番組が流れている部屋にて、今は数学Ⅰの問題集の問題を、教科書の範囲と照らし合わせながら解いている。
この五月の間も、東京都民が一生の内で通り魔と鉢合わせるより低い遭遇率なんてデータがゴミ屑になりかねない頻度でノイズは出現し、その度に自衛隊のバックアップを受けつつガメラを纏った私が連中を掃討する流れが繰り返されていた。
装者絡みの事情で、喩えれば映画を構成する上で欠かせない〝ダレ場〟を入れる尺が設けにくいまでな程に忙しい毎日となってしまったし、四月の時と比べると創世たちの誘いを断る頻度が多くなってしまったが、私に不満を零す気はない。
そんなもの、シンフォギアを手にした時点でとうに纏めてノイズどもに喰わせてやったし、かのウルト○マン先生も仰天ものな風鳴翼の歌手、学生、装者の〝三重生活〟に比べればまだ温い方だ。
集中力が断絶させぬよう、数学はこの辺にして一旦休憩を取ることにした。
冷蔵庫からはちみつ果物入りの自家製グリーンスムージーの入ったガラス瓶を取り出し、ガラスコップに注いで飲み入れる。
今の一杯でそろそろ空になりかけの量になったので、予め切りまとめて保管しておいた材料から追加分を作っておくことにした。
冷蔵庫から食材の入った保存容器を取り出し、中身をジューサーに入れ、機械は材料を勢いよくかき混ぜていき、ほどなくして緑色の青汁(スムージー)の出来上がり。
それをガラス瓶に注いで冷蔵庫に入れ、使ったジューサーを洗浄し終えた直後、机に置いておいたスマホから、ガメラとしての自分とは結構似た者同士な〝超古代の光の巨人〟の戦闘用劇伴曲が流れた。
「もうそんな時間か……」
私は『映画同好会定例会議 17:30』と表示された画面をタッチして演奏を止める。
今のスケジュールアラームの内容は、機密を漏らさない為のカモフラージュであり、実際は二課の定例会議だ。
装者である私たちもちゃんと出席する決まりとなっているので、私は黒のタートルネックとジーパンの組み合わせな私服からリディアンの制服へと着替えて部屋を出、急ぎリディアンへ向かった。
「すみません! 遅くなりました!」
司令室の自動ドアから開かれ、慌て気味に響は走って入り込んできた。
十七時三十分より何分か経ってしまっている、つまりは微々たるものとは言え遅刻だ。
事情を知らない同居人に外出理由を言い繕うのに苦労したのが原因ってところか、こちらで未来への言い分を考えておいた方がいいかもしれない………響は隠し事が下手な口だから、碌に出かける言い分を取り繕えずに寮から出てしまっただろう。
円を描くように置かれた談話室のソファーでは、私と弦さん、翼が座り、彼女の横に姿勢を正した緒川さんが立ち、フロアの中央部分を櫻井博士が陣取っていた。
響は友里さんの淹れた茶を黙々と口にしている翼に、少々バツの悪そうな表情を浮かべた。
「では、みんな揃ったところで、仲良しミーティングを始めましょう♪」
櫻井博士はいつもながらのマイペース具合で場を仕切り始める。
本人にそんなつもりはないのだけれど、場の空気を踏まえると、今の博士の一言はちょっとばかり〝皮肉〟に聞こえてしまう。
響と翼、この二人には、まだギクシャクとした気まずさのある重々しい空気が流れたままだ。それ以前に片や多忙な歌手活動(ライブも迫っている上に、海外の大手レコード会社からご指名があるって話もラジオのニュースで耳にした)に追われているのもあって、まともに同じに場に居合わせること自体、あの夜以来今日が初めてだ。
津山陸士長と交わした〝約束〟もあるので、どうにか手打ちをさせたいところだけど、焦って下手に手を打つと余計に溝を深ませてしまいかねないのが困り処、この二人、強情さで言えば〝似た者同士〟だったりする。
なのでここひと月は、様子見に徹するしかなかった。
談話室内の宙に、リディアンを中心軸とし、幾つも赤い点が明滅する律唱市の俯瞰図が表示されたモニターが浮かび上がる。
「こいつを見て、どう思う?」
「はい、いっぱいですね」
弦さんからのクエスチョンに対し、やや緊張感の欠けた言い方でほんと見たまんまの解答をした響に、私はちょっとばかり吹きそうになり(逆に翼は一瞬おすまし顔をムスッとさせた)。
「ッははっ!、全くその通りだ」
弦さんも破顔してそのまんまな響の解答を笑い飛ばしてくれたが、質問の答えとしては正解と言い難いので、補足しておこう。
俯瞰図の赤い点たちが何を表しているかと言えば――
「ここ一か月に現れたノイズの出現ポイントを表した分布図、ですよね博士?」
「そういうこと♪ ノイズの発生率はそう高いものじゃないことを考えると、ここ最近の出現頻度は明らかに異常事態よ」
そう、この一月の奴らの動きは、やけに活発で不可解で異常としか言いようがない。
律唱市を起点として、短期間に何度も首都圏に出現しているだけでも異常であるのに、出現地点をこうして纏めて表示された分布図をみると、やっぱりリディアンを包囲しているかのように見える。
「となると、このノイズの一連の動きには、何らかの〝作為〟が働いていると考えるべきでしょうね」
「それって、誰かの手によるものって……ことですか?」
〝作為〟、つまり〝人の思惑〟が隠れ潜む………〝天災〟の皮を被った〝人災〟と言うことだ。
私も、横浜ベイブリッジの戦闘の直後に感じた〝気配〟もあって、あながち絵空事でもないと考えている。
「響ちゃんせ~いか~い♪ まだはっきりはしてないんだけど、狙いは恐らく……本部(ここ)の最下層(アビス)で保管してある第五号完全聖遺物――〝デュランダル〟」
「デュランダル?」
「フランスの叙事詩、『ローランの歌』に登場する聖剣のことだ、響」
名の意は〝不滅〟、その叙事詩の主人公で使い手たるローランが誇るほどの切れ味を有し、柄には聖母マリアの衣服の一部と、キリスト教にまつわるものとしての〝聖遺物〟がいくつも納められ、天使より遣わされたと言う聖剣。
実在していたことはシンフォギアを手にした時点で感づいていたけど、それが〝完全聖遺物〟として現代にまで残っていたとはな、不滅の剣と言われるだけのことはある。
聖遺物の破片の一部より作られた正規のシンフォギアは、適合者でないと扱えない代物だが、完全聖遺物は一度起動すれば、その力の一〇〇%を常時発揮でき、装者以外の人間にでも扱えると、櫻井博士たちの長年の研究でそう結果が出ているらしい。
二年前のネフシュタンの起動実験は失敗に終わった為、まだあくまでも現状は〝理論上〟の域を出ていないのだが。
「なるほど、そのデュランダルの代価が、EUの不良債権の肩代わりだったのですね」
「今日も冴えているな、朱音君のご推察の通りだ」
ギリシャの財政破綻より端を発したEUの財政危機は二〇二〇年代になっても解消できず、現在はすっかり経済破綻に至ってしまっており、日本はデュランダルの管理を代価にその借金の一部を代理で払わされていた。
何とも世知辛い世界情勢と言うか政治事情だが、これだけではなかったりする。
「でもせっかく得た虎の子の一つなんだけど、中々政府から起動実験の許可が下りなくてね」
「しかも日米安保を盾に、アメリカから何度もデュランダルの引き渡しを要求されてるもんだから、余計に慎重に扱わざるを得なくてさ………下手打てば国際問題だ」
「まさか今回の件………米国政府が裏で糸を引いてっ……はぁっ……ごめんなさい朱音ちゃん」
友里さんは口を両手の掌で覆ったかと思うと、私に謝ってきた。
藤尭さんも「堪忍な」とばかり、合の手をこちらに向けている。
二重国籍でアメリカ人でもある私の前で、失言を零してしまったと思ったのだろう。
「気にはしていません、そう思うだけの〝根拠〟もあるのでしょう?」
「ああ……調査部の報告によれば、ここ数か月の間に何万回に及ぶ本部のコンピュータにハッキングを試みた形跡が見つかったそうだ、それを短絡的に米国政府の仕業だと断定はできないが………勿論痕跡を辿らせている、本来こういう諜報活動こそ、俺たちの本分だからな」
一億二千万年前から、とうに分かり切っていたことだが………ノイズと言う脅威を前にしても、中々人類は手を取り合うことができずにいる。
それはマクロな視点で見れば、地球の国家群を指し、ミクロな視点で言うならば………私たちシンフォギアの装者だ。
いやそれどころか………〝特異災害〟すらも利用して、陰謀と言う代物が裏で進行している事実が、今回の定例ミーティングで明らかとなった。
私たちを取り囲む〝脅威〟は、ノイズだけではない。
いや………もしかしたら―――
「心配に及ばないわ、なんてったってここは、この私が設計した〝人類守護の砦〟よ、先端にして異端のテクロノジーが、悪い奴らなんか寄せ付けないんだから♪」
胸の中に疑念が渦巻き始めた中、今度はちゃんと、櫻井博士の陽気さはうまい具合に緩和剤となってくれたのであった。
つづく。
話の展開は良い意味でぶっ飛んでいる一方、設定面ではやけに生々しいシンフォギア世界。
国家間の外交も然り。