GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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ガメラと言えば、ボロボロになっても人、特に子どもを守る為に立ち向かう無骨ながらも献身なる勇姿ですが、ギャオス、レギオン、イリスとの激闘を戦い抜いたガメラ――朱音では、今さらノイズに苦戦するのは締まらないので、そこを描けなかったのですが………今回はこういう形で描けました。

いくら熱エネルギー操作が上手いガメラだからって、Gより先んじてこんなことやっていいのかと言われそうですが(大汗


#16 - 血に染まる ◆

「ネフシュタンの………鎧」

 

 月夜の下、未だ歩み寄れぬことのできず、それぞれ〝守りし者〟としての未熟さを露呈させている響と翼、二人の装者に現れた……失われた完全聖遺物――《ネフシュタンの鎧》を纏う銀の髪の少女。

 

「へぇ~~~よく覚えてたな〝こいつ〟のこと」

 

 バイザーに覆われた少女の顔は、よく見れば愛らしく整われていたが、その容姿とミスマッチな不良の如き粗暴さと、相手を小馬鹿にした口調で返す。

 

「あんたにとっちゃ思い出したくないトラウマなもんだから、てっきり頭から消し飛ばしたと思ってたのによ」

 

 少女は底意地の悪い笑みを浮かべ、自らが纏う鎧の名を口にした翼へ、不敵に、挑発的に、彼女の傷(トラウマ)ごと抉り出さんとする響きで、続けてそう言い放った。

 

「忘れぬものか……」

 

 信じがたいと言う表情で一時凝固していた翼の容貌は、少女が投げつけた言葉(ひばな)で点火した〝怒り〟へと染められていき、アームドギアを握る右手を中心に、酷く全身を震え上がらせえる。

 吊り気味な双眸はより吊り上がり、額は怒れる皺が集まり、苛立だしく唇を噛みしめ。

 

「私の〝不始末〟で奪われたその鎧を………私の〝不手際で奪われた命〟を………風鳴翼がどうして忘れられようかッ!」

 

 大量の怒気に満ちて時代掛かった語調で、吐き捨てる勢いから叫び上げた翼は、大剣形態のアームドギアを雄牛の構えにし、切っ先をネフシュタンの少女に向けた。

 胸に装着されているマイクからも、翼の意志に応じて、複数の女性コーラスを交えた《絶刀・天ノ羽々斬》の前奏が流れ始める。

 態度が挑発的なのに目を瞑れば、少女がどういう目的で完全聖遺物を纏った状態で彼女たちの前に現れたか、まだはっきりしていないにも拘わらず、翼は敵意をむき出しにし、戦闘態勢となっていた。

 朱音が揶揄していた通り、その様は〝鞘なき抜き身の刀〟と呼ぶ他ない。

 刃を向けている相手どころか、自分すらも切り捨ててしまいかねない荒れ模様であった。

 

 

 

 

 よくも、ずけずけと踏み入れたなッ!

 私の、決して消えることのない〝生き恥〟に――土足で!

 忘れるわけがない………絶対に忘れられようもない。

 二年前の〝あの日〟から、一日たりとも、一時たりとも、一秒たりとも、一度たりとも………あの〝生き恥〟を忘れたことなどない!

 

 あの日……私は何一つ為しえなかった………何一つ守れなかった。

 勇気づける為に設けられた歌の〝舞台〟に来てくれた人々に地獄を突き落とし。

 呼び覚まそうとしたネフシュタンの鎧を宥めることができず、暴走を許し。

 私が戦士として、防人として未熟で、弱かった余り………覚悟が足りなかった余り………多くの〝犠牲〟を出すことを許してしまった。

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!〟

 

 挙句………挙句の果てに、その弱さと甘さで、奏までも死なせてしまった。

 なのに………私は、あの〝地獄の舞台〟の演出役を担っていたと言ってもいい自分は、おめおめと生き延びてしまった………無力の恥を晒しておきながら、生き長らえてしまった。

 なのに今日まで、人々に希望を与える〝偶像〟の仮面を被ったまま………今日(こんにち)まで〝歌女(うため)〟の自分に縋り続けてしまっていた………そんな資格など、とうに無いと言うのに。

 腸(はらわた)をかき乱そうとする旨が糧となり、胸のマイクが奏でる演奏の音量が、大きくなる。

 

 そして今………奏の残したシンフォギア――ガングニールと、失われた筈の完全聖遺物――ネフシュタンの鎧が、時を超え、再びこの場で巡り合った。

 

 私にとって、悪魔の業以外の何ものでもない、残酷なる運命(めぐりあわせ)。

 

 だが今の私の心は、悲観も、絶望の情に苛まれるどころか、むしろ……高揚している……この胸の内にて、昂ぶりが膨張している。

 全身に走る震えは、今や〝武者震い〟であり、それは甘美なる快感すらも覚え、このまま酔いしれてしまいそうだ。

 

 ああ、そうだとも………むしろ今の私には―――心地いい!

 

 眼前にて、傲然と立ちはだかる―――この〝残酷〟はッ!

 

 

 

 

 

 雄牛の構えを取る翼から、先鋭ながら荒々しい、〝抜き身の刃〟そのものな闘気が発せられ。

 ネフシュタンの少女も、不敵な笑みのまま、マゼンタ色な三日月の刃が連なった蛇腹状の鞭型の武器を手に持ち、戦う意志を見せる。

 余計な〝言葉〟など、必要ない。

 佇まいと闘気に満ちた眼光で、翼と少女は互いに戦う〝旨〟を伝え合った。

 既に翼の戦闘歌の前奏が響き渡るこの公園は――〝戦場〟と言う舞台と化している。

 このまま、聖遺物を身に纏いし少女たちの、戦端が開かれようとしているところへ――

 

「ダメです翼さん!」

 

 ――横槍が、入り込んできた。

 今にもネフシュタンの少女へ斬りかかろうとした翼に、響が縋るようにしがみついて止めようとしてきたのである。

 

「相手は人です! 同じ人間なんです! ノイズじゃないんですよ!」

 

〝戦う〟以外の現状における選択肢を放棄していたにも等しい翼を必死に引き止める響の声音は、悲観的で、悲愴的で……弦十郎からの協力要請を受けた直後のノイズ出現時の際の独断専行を思い出させる〝強迫観念〟を帯びていた。

 だがこれから戦う気でおり、闘志で精神が昂られていた彼女たちにとって、響の行為は不躾に水を差してくる〝邪魔者〟以外の何ものでもなく。

 

「「戦場(いくさば)で何を莫迦なことをッ!」」

 

 なんと、全く同じタイミングで、一言一句違わず、翼と少女は全く同じ言葉と表現を発して、割って入り込んだ響の行為を糾弾した。

 しかも戦場を〝いくさば〟と読んでいる点まで同じである。口調に古風さがある翼はともかく、

白色人種の血を引く少女までそう読むとは、余程この世界では〝いくさば〟がポピュラーと見た。

 勿論、当人たちにとっても意図せぬ偶然な波長の一致(シンクロ)であった為、驚きを隠せず互いの目を合わせあった。

 

 

 よくもまあ……そうぬけぬけと!

 アタシは風鳴翼とハモっちまったことに一瞬呆気に取られたが、すぐさまガングニールのシンフォギアを纏えるだけの〝鈍くさいノロマ〟の小奇麗な言動と行動に、舌打ちをしたくなった。

 何が〝相手は人〟だ………〝同じ人間〟だ………さも当然って感じに〝私たちは戦ってはいけない〟とばかり綺麗ごとを吐き出しやがって。

 この……何にも知らねえ温室育ちの良い子ちゃん振った〝偽善者(ヒポクリット)〟がッ!

 さっきまで激情剥き出しにノイズへ八つ当たりして、シンフォギアの力に呑まれて暴走仕掛けて、その暴走をよりにもよってノイズに止められてやがったてめえが言っても、説得力がねえよ。

 そうとも人間さ……てめえがほざくその〝同じ人間〟どもの為に………地球の裏側で……パパは、ママは………そして私は〝地獄〟を見せられたんだ!

 

 い……いけねえ……危うく……〝仮面〟を脱いじまうところだった。

 あいつが……〝地球(ほし)の姫巫女〟がこっちに来る前に、片をつけねえと。

 あいつの戦闘センスと、呑み込み具合の速さは、度を越してやがる………初陣でアームドギアを具現化しただけでもとんでもねえのに、ひと月の間にどんどんバリエーションを増やしやがるし。

 公園に呼び出した最初のも、二度目な足止めに召喚した分も、あっと言う間にあいつのプラズマ火炎で全滅、多分……あいつが戦ってきた〝怪獣〟に比べりゃ、ノイズなんて〝骨なし〟だろうよ。

〝ダチョウ型〟でひっ捕らえれば、それも無駄骨かもしれねえ、地上の生き物な人間を捕まえる為だか知らねえけど首が余り上に上がらねんじゃ、飛べるあいつを捕まえられない。

 正直……この鎧(ネフシュタン)を纏ってても、真っ向から勝負はしたくない相手だ。

 きっと………あいつの強さは、センスと、修羅場を潜ってきた経験だけじゃない。

 

 

 

 

「むしろ、貴様との方が気が合いそうだ」

 

 敵対する相手との思わぬ気の合い様に、翼は双眸にこそ敵意と戦意を込めながらも、少女に笑みを送り。

 

「だったら仲良く――」

 

 内心響への〝苛立ち〟を抱える少女も、彼女なりにシンパシーを感じている様子で翼の笑みを受け取りつつ。

 

「じゃれオォォォォーーやッ!」

 

 お返しの開戦の火ぶたを上げる先手――蛇腹の鞭を振り上げ、上段から振り落としてきた。

 翼はしがみつく響を突き飛ばすと言う、少々乱暴ながらも一応の配慮を見せると同時に跳び上がって迫る鞭の牙から逃れ。

 

「―――♪」

 

 宙を一回転して歌唱を開始、稲妻混じりにエネルギーを迸らせたアームドギアを振り下ろして、三日月の刃――《蒼ノ一閃》を放つ。

 大型ノイズさえも一撃で真っ二つ両断せしめる光刃に対し、少女は蛇腹の鞭を横合いに振るって、逆に両断させた。

 二つに裂かれた刃は、園内の木々の方へと激突し、爆発を上げる。

 苦を全く見せずに自らの技を打ち破り、不敵に見上げるネフシュタンの少女に驚愕の表情を浮かべるも、直ぐに次なる攻撃を仕掛ける。

 落下しながら上段より大剣を斬りつけ、さらに脚のブレードの《逆羅刹》と組み合わせることで大振りなゆえに小回りが利かず隙が出やすい大剣の短所をカバーしつつ、連続で攻撃するも、少女は翼の連撃を難なく躱し、さらには胴薙ぎの斬撃を、鞭で受け止めた。

 

「何ッ!?」

 

 斬撃を止めた鞭には傷一つなく、少女は物理衝撃を受けて呻いた様子もない。

 自分の攻撃が全く利いていない………その事実にさらなる衝撃を受ける翼。

 対して少女は余裕ぶった笑みから大剣を払い、同時に翼の腹部にストレートキックが繰り出される。

 スレンダーな翼の身体が、宙へ打ち飛ばされた。

 軽いフットワークと、それに反した重い蹴りの打撃に、翼の容貌が苦悶に染まる。

 

〝これが……完全聖遺物!〟

 

 パワーも、防御力も、翼の想像を凌駕していた。

 現代にまで破損せず生き残っていた完全聖遺物の一つだけあり、ネフシュタンの鎧が齎す身体強化は、刃の一部分でしかない天ノ羽々斬のそれを遥かに上回っていたのである。

 

「この程度でびっくらこいてんなよ! まだまだこんなもんじゃねえんだ―――」

 

 慣性の法則で足が地面を抉らせながらも、どうにか踏ん張って体勢が崩されるのを防いだ翼に。

 

「―――私の、実力(てっぺん)はな!」

 

 少女から振るわれる鞭の猛攻が襲う。

 速度と機動性、唯一ネフシュタンの鎧より勝っている天ノ羽々斬の特性と、翼自身の身体能力と反射神経、実戦で研ぎ澄まされた〝戦士の勘〟で荒ぶる龍の如き荒々しい少女の攻撃をどうにか避け、逃れる翼。

 しかし防戦に転じてしまった中、少女の攻勢を掻い潜って反撃に転じさせる機会を掴めずにいた。

 

「翼さん!」

「おっと、ノロマはこいつらの相手でもしてんだな」

 

 少女は鞭を振るいながら、腰に付けていたあの銀色の杖を手に取り、中央の光沢部から光線を発した。

 光線は地面に接触すると。

 

「ノ、ノイズ!?」

 

 一瞬の閃光から、ノイズが姿を現した。

 赤が中心の体色と、長い首に嘴と、ダチョウに酷似する外観なタイプが計四体。

 その全てが、響を睨み下ろし、嘴から乳白色の粘液を放ってきた。

 

「うそっ……」

 

 人間を無慈悲に無差別に襲う筈のノイズが、人の手によって召喚され、操られている事実を飲み込めきれずにいた響は、逃げることもできずに粘液の網(シャワー)を浴びてしまい、十字架に磔をされたような体勢で捕えられてしまった。

 ダチョウ型の粘液は粘液らしく、粘着性が強い上に、力で千切るのは困難なほどの強度と柔軟性も持っており、ギアの恩恵を受けた身体能力でもその網から脱するのは困難。

 ほぼノーモーションで周囲に飛び道具を生成できる朱音や翼ならともかく、それを持たぬ響では自力で抜け出すことは絶望的だった。

 

「その子にかまけて――」

 

 響に気を向かせていた隙を突こうと。

 

「――私を忘れたかッ!?」

 

 翼が大剣で斬り込んできた。

 パワーでは向こうが勝っていると、先程〝痛み〟を以て思い知らされたにも拘わらずである。

 当然、斬撃は鞭と鎧そのもののパワーに防がれ、殺された。

 それでも翼は防がれた刹那、足払いで少女の体勢を崩し、続けざまに二打目の蹴りを打ち込も。

 

「お高く止まるな―――」

 

 その攻撃すら、少女の前腕一本で阻まれてしまい。

 

「―――アイドル首相さんよ!」

 

 少女はそのまま翼の脚を片腕で掴み上げ、力任せに投げ飛ばした。

 今度は受け身を取ることもできず、芝生の大地に叩き付けられる。

 

「行けよッ!」

 

 少女はあの銀色の杖を構えて緑の光線を幾つも発し、ノイズの群体を召喚。

 杖を持つ少女の〝支配下〟に置かれているノイズどもは、翼へと進攻を開始した。

 

 

 

 

 

 

 未来を緒川さんら二課のエージェントに保護させてもらった私は、律唱の中心市街地から大分離れた山間に連なる道路上にてノイズと交戦している。

 ここまでどれくらいの数のノイズを相手にしたか………も少なく見積もっても六十体以上は撃破している感覚がある。

 私を挟み込んだ形なダチョウ型のノイズ二体から放出された捕縛用の粘液を、垂直に高速上昇して逃れ、互いの網が付着し絡み合ったところを、ハンドガン形態なアームドギアの銃口から奴らの頭部めがけ40S&W弾二発を発射。

 弾は対象の体内でプラズマ化し、ダチョウ型は頭部から爆発し、仰向けに倒れ込んで炭素化した。

 

「友里さん、戦況は?」

『翼ちゃんは苦戦中、響ちゃんは朱音ちゃんが今相手にしていたタイプに捕われているわ』

 

 やはりあの女の子が装着した鎧は、ネフシュタンの鎧だった。

 しかも私が推測していた通り、ノイズを呼び出し、使役できる〝完全聖遺物〟らしきものまで持っていると言う。

 でもあの銀髪の女の子………目的も気になるが、どこかで見たことがある気もするんだけど、曖昧な記憶を探っている場合でもなかった。

 

「もしかするとですが……力任せの戦いをしているのでは?」

『ええ』

「急行します!」

 

 スラスターを点火させて飛翔した私の内には、焦燥感が動き回っていた。

 案の定だ……あの人の本来の力量なら、完全聖遺物の使い手とノイズ、同時に相手をしても遅れを取る筈がない。

 なのに苦戦していると言うことは、天ノ羽々斬と彼女自身の特性(もちあじ)を殺した戦法を無理やりとって、自分で自分を窮地に追い込ませてしまっている。

 それに今のあの人の心には、いつ本格的に起爆してしまうか分からない〝爆弾〟を抱えている。

 その上、相手は因縁のある〝ネフシュタンの鎧〟を使い、同時に〝ガングニール〟を纏う響もいる………あの人のトラウマの根源が、戦場で同時に存在しているのだ。

 

〝奏はもういない………いないと言うのに………他に……… 他に何を縋って―――何を〝寄る辺〟に、戦えと言うのだッ! 〟

 

 一戦交えた時に見せたあの〝激情〟がフラッシュバックし、嫌でも〝嫌な予感〟が頭の中に過って来る。

 

「世話を焼かせる〝先輩〟だ………」

 

 らしくなく、そんな言葉を口から零してしまう。

 前に風鳴翼当人にも言ったが、誰もそんな〝生き方〟……望んでいない。

 

〝翼さんを、助けてあげて下さい………一人ぼっちにさせないで下さい! 〟

 

 貴方は……決して〝独り〟で戦っているんじゃない!

 貴方を想っている人たちは――ちゃんといるとと言うのに、それすら目を逸らして!

 

 固いだけの荒んだ〝剣〟で、誰とも繋げようとしないその〝手〟で、どうやって守ると言うんですか!?

 

「馬鹿野郎が……」

 

 自分も似たような生き方をして……完全に〝折れかけた〟経験があったからか、異形相手でもないのに、またらしくなく、口調を荒立だせてしまった。

 

『朱音ちゃん、新たな位相歪曲反応、気をつけて』

 

 おまけに、新手の飛行型まで来る始末。

 

「邪魔だ!どけぇぇーーそこをッ!」

 

 進行を妨害している奴らに叫び上げるとともに、ホーミングプラズマを生成、射出した。

 響たちのいる公園より離れた地点にノイズを呼び寄せたといい、あのネフシュタンの子は余程、自分との戦闘を避けたいらしい。

 

「藤尭さん、近くに旅客機の類は?」

 

 上空の状況を確認。

 

『大丈夫です、民間人の避難も完了していますし、撃てますよ』

 

 よし、なら一気に殲滅する。

 

 

 

 

 朱音はアームドギアを、ハンドガンとの区別の為にガン形態改めライフル形態にし、銃身を伸長させてプラズマ集束用の三つの爪を立て、左腕に銃身を乗せる形で構え、銃口と爪から、稲妻を迸らせるこう高圧縮プラズマエネルギーが球状となって集まり。

 戦闘経験の蓄積で、初戦の時よりもエネルギー集束の効率が高められていた。

 

「――――♪」

 

 朱音の歌――フォニックゲインによってプラズマの輝きは増し、ライフリング状に回転。

 

〝ブレイズウェーブシュートッ!〟

 

 チャージ完了と同時にトリガーを引いた。

 上空を震撼させ、まさしく〝太陽〟の如き超放電の光を発する膨大な橙色のプラズマ火炎の奔流が、雲海と、夜の闇を払って突き進み、空中型の群れを飲み込み、炭となる間もなく消滅。

 火炎流の直撃を免れた個体も、周囲に発生した大気のイオン化による灼熱地獄に焼かれていった。

 初陣の時よりも洗練され、破壊力も増した《ブレイズウェーブシュート》は、一発で群体を殲滅せしめた。

 

 マナより生まれたシンフォギアとの親和性の高さもあって、人の身であり、装者となった今でも、ガメラとしての〝進化能力〟は健在であると頷かせる戦いぶりの一端であった。

 

〝津山さん、あなたとの約束は、無下にはしません!〟

 

 次なる新手が来る前に、朱音は全速力で地上の戦場に急ぎ飛んだ。

 

 

 

 

 森林公園は、市民の娯楽施設としての体をように為さなくなっていた。

 木々はいくつも折られて倒れ、芝生も大きく抉られている箇所が多数見受けられた。

 《逆羅刹》と《千ノ落涙》で、ネフシュタンの少女が召喚したノイズたちを次々と滅する翼は、少女に、もう一度《蒼ノ一閃》を放つ。

 射線上にいたノイズたちを巻き込んで進む刃は、やはり少女が振るう鞭で払われる。

 

 

 

 

〝朱音ちゃんがまだ他の場所で戦ってるなら、私がどうにかしないと……〟

 

 ダチョウ型の粘液に捕われたまま響は、どうにかこの状況を変えようと、アームドギアを実体化すべく、手にエネルギーを集めようとしていた。

 ギア固形化の訓練も、何度か朱音から受けていたものの、エネルギーを一か所に集めることすら達成できていない響。

 

「お願い!出てきてよ! アームドギアッ!」

 

 それでも、プラズマの炎を武器へと変える朱音の姿と、大振りの槍を手に戦っていた奏の姿を必死に記憶から手繰り寄せ、それを糧にアームドギアを形にしようとする。

 

 願いは虚しくも………響の手に〝槍〟どころか、武器が現れることはなかった。

 

「そんな……」

 

 響はまだ、自覚できていない。

 自分がアームドギアを手にできないのは、今の自身の未熟さ以上に、彼女の心――〝潜在意識〟が阻んでいると言うことを。

 

 

 

 大剣と鞭が火花を散らして激しくぶつかり合い、戦い合っているのがティーンエイジャーな少女たちであることを忘れさせる勢いで拳も蹴りも交わる白兵戦が繰り広げられる。

 この期に及んでも、翼は時折彼女のセンスの高さを窺わせる〝技〟を垣間見せつつも、力による真っ向勝負に固執してしまっていた。

 この現況における最善は、天ノ羽々斬の速さを最大限に生かして相手を翻弄しつつ、一撃離脱の戦法で攻撃を加えながら攻撃力に秀でる朱音の加勢を待つことであるが、今の翼に冷静な判断ができる思考はほとんどない。

 朱音の見立ては当たっており、翼が心中〝残酷〟と表したガングニールとネフシュタンが同時にこの場にある状況は、彼女を依怙地の袋小路へと追い込ませていくばかりだ。

 固執が過ぎる余り、ギアはまだ演奏していると言うのに歌うことすら忘れ、〝力〟主体の攻めに傾倒していた。

 少女はまだ余力がたっぷりあると言うに、反対に翼の体力は確実に消耗していっている。

 

「ハァッ!」

 

 太腿のアーマーに内に収納されていた小太刀を、指に挟む形で三つ取り出し、投擲。

 

「ちょっせえ!」

 

 少女は独特の語弊を発しながら弾いて跳び上がり、鞭の先端に宵闇より濃い黒色な雷撃状のエネルギー球を生み出し、打撃武器であるフレイル型モーニングスターよろしく振るって投げつける。

 翼は大剣の刃を横にして、あろうことか正面から受け止めた。

 

〝天羽奏と言う名の剣になろうとしている、違いますか?〟

 

 朱音のこの言葉を証明していると言えよう。

 確かにパワータイプだった奏なら、Linkerの効力がまだ続き、体力に余裕が残っていればしのぎ切れただろう。

 だが翼でそれを為しえず、高威力なエネルギー球は爆発。

 至近距離から受けた翼は吹き飛ばされ、大地に打ち付けられてうつ伏せに倒れ込んだ。

 ギアから流れていた演奏が止まる。

 今受けたダメージも大きく、立つことすらままならなくなっていた。

 

「ふん、まるで出来損ない」

 

 少女はそんな満身創痍の翼を鼻で嗤い。

 

「将来有望な後輩がいんだ、これ以上恥晒すくれえなら潔くっ―――何ぃ!?」

 

 捨て台詞を吐いて本命の〝目的〟を遂行しようとして、自分が〝金縛り〟に遭っていることに気がづいた。

 月光でできた影に、先程翼が投げた小太刀が刺さっているのを少女は目にする。

 

《影縫い》

 

 百姓の出よりのし上がったかの天下人に仕えた忍の一族の末裔である緒川から伝授された、相手の動きを封じる忍術である。

 朱音には彼女の精神力と震脚、そして歌を前に破られてしまったが、一度封じられれば完全聖遺物の使い手でも逃れるのはそう容易いことではない。

 あの小太刀の投擲は、これを見越してのものだった。

 

「ああ、出来損ないさ……私は……」

 

 一糸報いた翼は、疲労が蔓延した声音で、自らを嘲け始める。

 

「この身を一振りの剣に鍛え抜いてきた筈だと言うのに………あの日、無様にも生き残ってしまった………〝出来損ないの剣〟として………生き恥を晒し続けてきた………だが、それも今日までのこと」

 

 アームドギアの刃を地面に突きたて、それを支えに疲労困憊な自らの体を翼が立ち上がらせた。

 

「その鎧を取り戻すことで……我が身の汚名を、注がせてもらうぞ」

 

 直ぐにでも倒れ伏しそうな痛ましい姿な翼の両の瞳には、悲愴な〝覚悟〟の色に塗りつぶされている。

 

「まさか……あれを……お前」

 

 その〝覚悟〟を突きつけられた、碌に身動きのできぬ少女は、不敵な笑みを顔から消し、代わりに戦慄の表情を浮かべ。

 

「月が覗いている内につけるとしよう………決着を」

「〝絶唱〟………歌う気なのか?」

 

 翼が行おうとしている〝禁じ手〟の名を、口にした。

 絶唱――装者の肉体への負担を度外視して、限界以上にまで高められたシンフォギアのエネルギーを一気に放つ〝禁忌の歌〟を。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal ~♪〟

 

 そして翼は奏で始めた。

 

〝Emustolronzen fine el baral zizzl ~♪〟

 

 片翼(あいぼう)の命を燃やし尽くすにまで至った……かの歌の詩を。

 

「やめて下さい!それを歌ったら翼さんだって!」

 

 弦十郎たちからその〝歌〟のことを聞き、生死の境を彷徨っていたがゆえにその時はおぼろげな意識だったものの、実際に奏が歌い、そして命が散らされる様をこの目で見ていた響は必死に呼びかけるも、翼は歌うのを止めず、アームドギアを手放した。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal ~♪〟

 

 本来絶唱は、アームドギアを介して発動するもの。

 それを手放して解き放とうなどとすれば、装者に掛かる負荷は、牙を向くまでに増大されてしまう。

 正規の適合者ならば、ある程度肉体を襲うダメージ――バックファイアを軽減させることができるが、アームドギアを手放したとなっては、その恩恵はほぼ……受けられないだろう。

 

「くそ……こんなもので……」

 

 少女は自由の利かない体で、どうにかノイズの召喚機な杖を持つ右腕を動かし、ノイズを呼び出して歌唱を止めようとするも、翼の全身から発せられるエネルギーフィールドは攻撃を通さない。

 

〝Emustolronzen fine el zizzl~♪ 〟

 

 なけなしの抵抗もむなしく、絶唱の詩を翼が歌い切ろうとしていたその時だった。

 絶唱で高められた翼の全身から、溢れんとばかりの多量のエネルギーフィールドが弱まっていく。

 

 その波動を受けるところだった少女も、傍観以外に為す術がなかった響も、半ばこの身を贄にしようとしていた翼も、絶唱エネルギーの〝減圧〟と言う現象に、驚愕で我を忘れかけた。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal ~♪〟

 

 夜天から―――同じ禁忌の詩を静謐の奏でる、澄み渡った歌声が、響き渡る。

 

〝Emustolronzen fine el baral zizzl ~♪〟

「あ……朱音ちゃん!?」

 

 この現象を引き起こしていたのは、上空にて佇み、ロッド形態のアームドギアを持った右手を夜天に掲げる朱音であった。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal ~♪〟

 

「絶唱のエネルギーを………吸い取ってやがる……だと?」

 

〝Emustolronzen fine el baral zizzl ~♪〟

 

 そして、歌い終えた朱音の体と、アームドギアから―――膨大な波動の衝撃が、暴風と一緒に広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 視界をホワイトアウトさせるほどの輝きを持った吹き荒れる絶唱の嵐は、この場にいたノイズ全てを、薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 閃光の眩しさと、荒ぶる風によって閉ざされた瞼を、響はそっと開ける。

 一転して静寂となった………少し前まで戦場となっていた公園。

 辺りを見渡すと、力なくその場で座り込んでいる翼を目にし。

 

 続いて、何が大地に落ちた音が聞こえ、目をそちらへと移すと。

 

「朱音ちゃん……」

 

 空より落ちて、仰向けに倒れる朱音が――

 

「朱音ちゃぁぁ~~~ん!」

 

 響は横たわる級友の下へ、急ぎ駆け寄り。

 

「朱音ちゃん!しっかり………」

 

 朱音の体を抱き上げた響は、意識のない彼女の姿に愕然とする。

 閉じた両の目から、血涙がそれぞれ一筋流れ、口からも同じ色の赤い液体が零れ。

 ギアのアーマー含めた全身が、血に塗れていた。

 

「ああっ………はぁっ………」

 

 丸く大きな瞳をより大きく開かせる響は、自分の手を見る。

 五指も掌も、朱音の赤い血に染められていた。

 

「あやねちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーん!!」

 

 夜天が引き裂かれそうな…………響の悲痛なる叫びが、轟いた。

 

 

つづく。

 


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