GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~   作:フォレス・ノースウッド

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またまたお待たせいたしました(汗

12月中には出したかったのに年を跨いでしまいましたが最新話です。

のっけからサービスシーンなのは私の趣味だ(コラ

美女がふと意図せず無意識に見せるエ○スとか最高じゃないですか(マテマテ


#34 - 雨の日に

 眠りの中にいた彼女の耳に響いてくる音色。

 正確に表するとスマートフォンのアラーム音に設定していた振動音と一緒に流れる音楽で、仰向けに眠っていた朱音の意識が目覚める。今回チョイスされたのは南北戦争下の西部で三人のアウトローが20万ドルの金貨を追い求めるイタリア西部劇のクライマックス、卑劣漢が金貨の眠る墓を見つけようと広大な墓地の中で生き生きと走り回る場面にて流れた名曲だ。

 瞼越しの瞳の視覚が、微かな明かりを感じ取った。

 

「うっ……」

 

 起きたばかりの翡翠色の瞳に負担が掛からぬよう少しずつ瞼を開け、起き上がりながら肩にかかった髪をかき上げる。

 

「はぁ……あぁ………んんっ………」

 

 艶かしい息を吐いて、ロフトに隣接し、明かりを寝床に通すロ窓の外をまだ半開きな双眸で見ると、無数の透明の水玉たちがガラスに付着していた。

 ガラスの向こうの空は明るくなってはいるものの、淡くも鈍い灰色な曇り空で、昨夜とほとんど変わらない勢いの雨が、地上に降り注いでいた。

 両手の指を絡め、背筋と二の腕を真上の天井の方へと伸ばしてあくびを発する、肩のラインに沿うシンプルな黒のタンクトップの紐が、今の弾みでするっと落ちた。

 意識は少しずつ寝惚けから抜け出し、窓から目線を落とすと、一晩ここで一緒に寝ていた筈の未来の姿がいないことに気づく。

 梯子でロフトから降りると、キッチンの前のテーブルに置いていたお皿に乗せて、ラップにくるませていた三つのおにぎりが無くなっていた。

 

〝やっぱり、か〟

 

 さすがに朝食までご馳走になるのは忍びないと思った未来が、自分が起きる前にこっそり部屋を後にすると踏んでいた朱音は、彼女が眠りについた直後にこっそりと作っていたのである。

 未来を起こさずにとなると余り手の込んだものが作れなかったので、おにぎりとなったものの、だからこそ朱音は手を抜かずに作り込んでいた。

 

 

 代わりに皿の下に抑えられたメモ用紙を手に取って、紙面に書かれていた文字を読む。

 

〝先に学校行ってます、今度はちゃんと響と向き合ってみるね、本当色々とありがとう〟

 

 友からの置手紙の文面を見た朱音は、まだ現状〝ひとまず〟であるのだと自身に言い聞かせながらも、ほっと一息して微笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 朝食を作る前に、日課の一つであるトレーニングを一通りこなすと、朱音は朝のシャワーの為に洗面所に行き、異名に〝戦乙女〟と言う単語がつくのも頷かされる類稀な女体美に彩られ、鍛えられた肢体を一糸まとわぬ姿にすると浴室に入り、始めに冷水の状態で、ヘッドから降り注ぐ雨を浴びた。

 水を吸った長い黒髪は、波を描いて彼女の絹肌と密着し、朱音は前髪を両手でかき上げて頭部をオールバックにする。

 いつも彼女は早朝のシャワーの際、あえて最初は冷水で心身を完全に呼び起こし、続いて適度なお湯で全身を洗うように心がけていた。

 ふと、朱音は腕をさすっていた手の指を口元に持っていき、慎ましく開いている唇を人差し指でそっと、口紅を塗るように、なまめかしく撫でる。

 温水が滴る朱音の美貌は、心情が生む熱で赤味を帯び、瞳は流し目に似る放心として、悦に浸る様な眼となっていた。

 彼女の様相を端的に述べると、いわゆる……〝女の顔〟と呼べるものである。

 

〝どうして……また……〟

 

 起きたての時は忘れていた夢の内容が――〝キスの味〟――とともに、急に再生される。

 昨夜、未来の唇と重なりかけた影響なのだろうか?

 朱音が見た夢は、記憶、それも前世の、超古代文明人だった頃のものだった。

 ほとんど摩耗してしまっている記憶の中で、数少ない、はっきりと彼女の脳に刻まれている一頁。

 それは、彼女が愛した者との――

 

 

 

 

 

 昔も昔、それも大昔の記憶(こと)を夢で見て、ちょっとしたどころじゃない郷愁に駆られるなんて体験をしながらも、私はリディアンへの通学ルートを歩く。

 家から出た時は一時止んでいたけどまた降り出してきて、差した傘の布地に落ちてきて弾かれるたくさんの雨が、音色を鳴らす。

 私は雨玉たちが傘を楽器に演奏する音楽が気に入っているのもあって、よほどの豪雨や台風並みでもなければ雨の時の天気も、梅雨の季節も好きな方だ。怪獣並みに巨大なクスノキに住み、千年以上生き、夜にオカリナを吹き、この雨音(メロディ)にうっとりしてしまった森の主にシンパシーを覚えるくらい。

 

〝~~~~♪〟

 

 二〇世紀の中頃に公開されたアメリカを代表するミュージカル映画の主題歌でもあり、外は雨でも心の中は晴れ晴れとしている様を詠ったかの歌を口ずさみ(さすがにタップダンスは控えた)、空を見上げると、上空を埋め尽くす密集具合で雨を降らしつつ、常に姿形を変えながら行進する雨雲らが見える。

 ラジオのニュースで聞いた天気予報によれば、午後からは晴れてくるそうなんだけど、逆を言えば午前中一杯はこの本降りの雨が続くと意味しているわけで。

 昨日未来らの寮部屋から着替えを取ってくる際、翌日の天候を見越して傘も一緒に持ってきたのは正解、でないとコンビニでビニール傘を買うなんて余計な出費をさせるところだった。

 

「あっ」

 

 気がつけば、目の前にリディアン高等科の校舎がそびえ立っていて、私は昇降口の前にいた。

 

「はぁ……」

 

 自分への呆れで溜息が出てくる。

 また我を忘れて夢中に歌ってしまった……夢中になってたからうろ覚えなんだけど、途中からスキップもしていたような気がする………十代の折り返しな齢とは不釣り合いで全く可愛げのないルックスな身で何をやってるのやら……私と言う奴は。

 生涯〝歌〟への慕情、もっとはっきり言えば〝愛〟を貫き続ける気はあるけど、せめてこの困った我が悪癖はどうにかしないと、と自分に戒めをかけて、校内に入ろうとすると。

 

「はぁ~~はぁ~~ギリギリセーフ……」

 

 背後から馴染みのある声が響く。

 

「それだけ濡れてたらギリギリでもアウトだ、響」

 

 どうも一晩泊まった二課本部を出てから昇降口前まで、傘を差すどころか持ちもせず、雨がやんでいる間の隙を突こうと全力疾走してきたらしい響だった。

 濡れ鼠なくらいびしょびしょとまではいかないものの、ひな鳥の羽毛を浮かばせる癖っ毛も、リディアンの中間服にも、雨の水っ気がしみ込んでいた。幸い学生鞄は中身の教科書やノートまで濡れてはなさそうだけど。

 

「あ、朱音ちゃん? あはは、やっぱり?」

「そう、やっぱり」

 

 無意識の産物である響の処世術な〝愛想笑い〟のものではない笑みに、こちらの笑みを投げ返す。

 様子を見る限り、響も昨日より、大分精神(こころ)の温度は上がって落ち着きを取り戻しているようだ。

 翼の、先輩としての面目躍如ってところかな。

 これなら、なまじ〝相互依存〟でお互いに近寄り過ぎてしまった余り、シンフォギアの存在を中心とした因果をきっかけに大きくすれ違って、離れてしまった二人の距離が、良い具合に縮まりそうだと期待も沸いてきた。

 

 二人で校舎に入り、日本のスクールでしかお目にかかれない下駄箱の前での履き替え、教室へ向かう為に廊下を通っていると。

 

「あ、あのね」

 

 階段に差し掛かったところで、横並びに歩いていた響が立ち止まり、少しよそよそしい雰囲気で、さっそく本題に入り込んできた。

 

「未来なら、私が起きる前に先に学校に行った」

 

 私も響と顔を合わせた時点で本題に真っ先に入る気でいたので、まず先に通学して行ったことと――

 

「心配ない、少なくとも響と面と向かって、腹を割って話せるくらいには、落ち着いている」

 

 未来の方も、涙とともに響に拒絶の言葉を突きつけてしまうほどの不安定で揺れ動いてた心は、大分安穏を取り戻せていたと伝えておく。

 

「そっか、また朱音ちゃんにも世話かけちゃったけど………ありがとう、私一人じゃ、未来になんであそこまで言われちゃったか………分かんないままだった」

「礼を受けるのはまだ早いかもしれないが、受け取っておく」

 

 せっかく笑顔と一緒に感謝を示してくれたのだから、それをちゃんと丁重に受け取る。

 それに正直………色々と響に対して拭えぬ不安も抱えているのもあって、ちょっと嬉しくもあった。

 響の内罰的過ぎる性分が歪みに歪んでしまい………〝自己否定〟の領域にまで陥ってしまっていることを思えば、ここで私に〝謝る〟だけでは止まらず、また過度に自分を攻め立て、自傷の袋小路に陥りかねなかったからだ。

 だから私としては、今みたいに笑みを見せてくれた方が、ずっと――喜ばしかった。

 けど――その気持ちは胸の奥に秘めておき、周囲には他に人がいないことを確認しつつ、自らの面持ちを引き締めさせようとした中。

 

 

 

〝~~~♪〟

 

 

 

 私のスマートフォンが、振動(バイブレーター)による独特のリズムを奏で始めた。

 周囲を確認し、鞄からスマートフォンを取り出して〝演奏〟を止める。

 響のスマホからも、ほぼ同じタイミングで振動が流れていた。

 今のバイブは腕に付けている二課支給の携帯端末(スマートウォッチ)に搭載されている機能の一つであり、二課本部から通信の催促が来ていることを知らせるメッセージだ。

 国家最重要機密に関わり、その〝秘匿〟を義務づけられている身ゆえ、当然ながら学生たちが行き交う校内及び公共の場の真っただ中で、機密を駄々漏らすも同然に堂々と本部と連絡し合うわけにはいかない。

 その為この二課に所属する人員に与えられている一見一般普及されているのとそん色ないスマートウォッチは、電波を受信した際に、周辺の環境をスキャンし、その場所が通信に適した場所でなかった場合、予め特殊なアプリをダウンロードしてあるスマートフォンとリンクして、メールやSNSの通知の体裁で私たちに報せてくれる仕組みとなっている。

 ちなみにと言うか、私のは〝モールス信号〟のリズムで通知されるよう設定してある。

 あのメロディは結構個人的な好みで気に入っており、小さい頃には信号を発信する電鍵を打つ仕草に対し、無性に憧れていた時期もあった。

 そうなった大元は巨大な雲海に守られ続けていた大空に浮かぶ伝説の城を巡るかの映画の影響だったりする。

 

〝ついてきて〟

〝うん〟

 

 アイコンタクトでやり取りした私たちは、、まず人気のない場所へと移動し始めた。

 通信場所に選んだのは、屋上のペントハウス。

 扉の向こうの外はまだ本降りの雨なので、わざわざ利用する生徒は誰もいない、私たちと除けばだが、状況が状況じゃなければ、暫く雨と建物が彩る演奏と風情を、五感の全てで味わっていたところだけど。

 端末の画面を確認すると、赤い色合いから緑に変わり、ここならば通信に適していると私たちに報せていた。

 

「お待たせしました司令、ノイズですか?」

『そうだ』

 

 スマートウォッチを操作して、受信を応じ、通信相手で車内にいるらしい弦さん――もとい司令の顔が表示された立体モニターが現れる。

 

『市街地第五区域に、ノイズの反応(パターン)が検知されてな、朝未明だったこともあり、人的被害こそ出なかったのは幸いだったんだが……』

 

 案の定、通信の理由はノイズが出現したと言うものだった。

 だが報せはそれだけではないと言うことを、通信が来た時間帯、司令の声と表情のニュアンスから読み取る。

 

「雪音クリスとの交戦の痕跡が見つかった――ですね」

 

 司令の様子を洞察して、最も〝正解〟に近い事柄を見いだした私は、それを彼に伝える。

〝豪胆〟の一言が似合う精悍な面持ちに陰が差し込んだ表情(かお)を更に曇らせる司令は、粛々と頷き返して、〝シンフォギア――イチイバルを纏った雪音クリスが、ノイズと交戦していた〟と言う事実を示す。

 彼のその顔と〝陰〟を私が目にするのは、これで二度目である。

 一度目は、入院中に〝ネフシュタンの少女が雪音クリスである可能性〟を本部に報告した時だ。

 

『朱音君の察しの通り、出現地点からイチイバルの波形パターンも検知された…………』

 

 仮に兵器として見做した場合、ノイズ殲滅に特化したシンフォギアとノイズ(たとえソロモンの杖による完全制御下にあっても)は、ギアの歌がノイズの特性を悉く無効化させてしまう根っこから天敵同士なゆえに、同時運用には全く向かない。

 この両者が一時同じ場所に存在していたとなれば、交戦があったと考えるのが自然だ。

 後は先日の戦闘の流れを思い返せば………何を示しているか、おのずと組み上がる。

 

「朱音ちゃん……」

 

 司令との通信が終わった直後、何か言いたげな響の声音を聞こえ。

 

「やっぱり………〝怒ってる〟の?」

 

 端末を見下ろしていた顔を上げて、向かいにいる彼女に目を向ける。

 

「その……クリスちゃんって、女の子のこと」

 

 一見唐突な響の質問だったが、別段私は不思議に思ってはいなかった。

 響なりに、私と雪音クリスとの戦闘を目の当たりにして、思うところがあったのだと、容易に想像できたからである。

 

「ああ………怒っているさ」

 

 響のその問いかけを、私は肯定する。

 だって、それは事実だからだ。

 私は今も、雪音クリスと言う少女に対し、少なからず――〝怒り〟の感情(きもち)を抱いている。

 

〝アタシはお前らの敵だ! 余計なお節介なんだよッ!〟

 

 響に助けられた時の態度と言葉を思い返せば……彼女は、いや私たちより一歳年上だから、一見攻撃的で直情過ぎるあの人の心根は、幼き日に最愛の肉親を失い、長年いつ死ぬかも分からぬ内戦下の渦中で、過酷で痛ましく、惨たらしくて悲しく、最悪女性としての貞操も奪われていてもおかしくはない、人間の尊厳を奪い尽くされた奴隷に落とされた地獄に浸かり続け、人としての生を狂わされ続けられてもても尚、心優しく慈悲深い人となりの持ち主だ。

 

〝戦争の火種くらいアタシが全部消してやる! そうすればあんたの言う通り人は〝呪い〟から解放されて、バラバラになった世界は元に戻るんだろ!?〟

 

 そしてあの言葉からも、あの人は心から、人の世の流れに巣食い続ける〝争い〟を心から憎み、根絶したいと言う願望(ねがい)を持っているのだと。

 

「雪音クリスは、自分が抱く〝願い〟を、自分で足蹴にして、己が憎むものを、逆にまき散らしてしまっている………」

 

 なまじあの人の気質を汲み取っていたからこそ、私は怒りを覚えずにはいられなかった。

 未来と子どもたちを、巻き添えにしたと言うのも……少なからずあるけど。

 

 口の中に広がっていく苦味。

 歌で以て戦うシンフォギア装者としての形で、再び地球(このほし)から災厄に立ち向かう守護者(ガメラ)の力を手にしたけれど………それでも父と母の形見に宿ったこの力は、万能ではない。

 

〝アタシらは一人でも多くの命を助ける、その中にはあんたも入ってんだッ! 簡単に諦めるんじゃねッ!〟

 

 奏さんが生前津山さんに投げかけたこの信念に彩られた言葉も、裏を返せば災いに晒された命の、その全てを助けられるわけじゃない、守りし者以前に人としての目を背けてはならない〝限界〟も、同時に表していた。

 覚悟と一緒に十字架を背負ったあの日は言うに及ばず、装者としての災いの影どもとの戦いの中で、どれほど救おうと尽力しても、掬いきれず零れ落ち、地獄の牙に為す術なく呑み込まれていく命を、何度も目にしてきた。

 

 あの人も、その地獄を………人同士の争いと言う形で、心が絶望で擦り切れるほど目に焼き付けられてきた筈だと言うのに。

 それは、イチイバルのアームドギアにも顕われている。

 

「博士も言っていただろう? アームドギアは装者の心象も反映されると」

「うん」

「現代兵器の形をした雪音クリスのアームドギアは、争いを憎む〝気持ち〟そのものなんだ」

 

 私のガメラを除く正規のシンフォギアのアームドギアは本来、元となった聖遺物に準拠した形態、つまりイチイバルの場合〝弓矢〟の形状となる筈なのだが、雪音クリスは、形態の一つに弓の一種であるクロスボウこそあったものの、後は同じ射る物に相当する〝飛び道具〟とは言え、ガトリングガンにミサイルと、現代の重火器ばかりだった。

 装者の心象――潜在意識の影響を強く受けるギアの特性を踏まえれば………自身の人生を狂わせた忌まわしい〝戦争〟の一部である現代兵器がアームドギアとなってしまうほどに、あの人の心の中で〝悪夢〟として住み着いていると。

 なのに……雪音クリスが終わりの名を持つ者の指示の下で行ってきた行為は、あの人自身が最も忌々しく憎み、その心に影として染みつき、今も尚苦しめている筈の〝地獄〟を、自分と同じ境遇に晒された命をこれ以上生み出したくない自らの想いに反して、逆に生み出している側に立っているに他ならなかったのだ。

 響と対峙している中、その響からの言葉で逆上して拒絶した姿など、人と人が起こす争いの縮図以外の何者でもない。

 それも………よりにもよって〝特異災害〟をも利用して………怒りが沸かない方が、私には無理な話だった。

 

 けど……かと言って単純に、それこそ響の身も心もボロボロにした魔女狩りに加担した連中も同然に、あの人を糾弾することはできない。

 

 

 身も心も疲弊して、追い込まれた人々は、時として極端な思考、思想に呑み込まれ、濁流にも等しいそれらに流されて過激な行動に移ってしまい、悲劇に繋げてしまうことがあるのは……歴史が証明している。

 現に私(ガメラ)も経験していた。

 あの頃の冷徹な守護者に固執していた自分は言うに及ばず……マナの枯渇によるギャオスの大量発生で人間社会どころか地球全体の生態系が脅かされる中、私が引き起こしてしまった罪。

 あの渋谷の過ちによって、一度は《ガメラ抹殺、ギャオス保護の方針》を取ったことでギャオスの急成長を許し、多くの人命が奴らに捕食されてしまう事態を招いてしまったにも拘わらず、その頃よりも多数のギャオスどもが無差別に生命を食い散らかす状況であったと言うのに、またしても〝ガメラ掃討〟に傾倒してしまう過ちに至らせてしまった。

 

 雪音クリスも、国連軍によるバル・ベルデ共和国の紛争介入で地獄の奈落からようやく解放された後も、その胸の内には、戦争と、その地獄を生み出し、己を同じ人と思わず虐げてきた〝大人たち〟への不信と憎悪、〝音楽〟で人と人を繋ぐ様を見せたかった親心が裏目となり、結果として戦禍の中に放り込むこととなってしまった肉親への愛憎が混濁した想いで渦巻き、荒んでいたと想像できる。

 そんな中で、天使に化けた悪魔の甘い口車(ささやき)を受け、同時に力を与えられてしまえば……世のテロリストと同じく極度に凝り固まったブレーンで………自由の国が行ってきたのと同じ――争いを無慈悲な力で一方的にねじ伏せる――過激な行為に走ってしまったとしても、おかしくはなかった。

 

「でも……」

 

 自分が怒りの理由の諸々を表した直後、響はその一言を口したが、その次に繋げる表現が上手く湧かないようで、俯いて口を閉じてしまう。

 幸いだったのは、私は響が何を言いたかったのか、ある程度汲み取ってはいたので。

 

「まあ私もできることなら、響がしたように言葉で、何とかしてあがったけど……」

 

 と、彼女に返してあげた。

 あれで三度目となった雪音クリスと対峙した際、響は未来を戦闘に巻き込んだ相手でもあるあの人に、言葉で以て説得しとうとしていた。

 既に一戦交え、戦場の中で響があの選択を取ったのは、元より争いごとを好まない気質と………やはりあの……人の悪意に呑み込まれた経験の影響もあるだろう。

 ただ響の〝影〟を知らなければ、響のあの姿勢と言葉は、現実を知らない甘ちゃんが振りかざす綺麗言、戯言だと一蹴されてしまうものだ。

 現にあの時の雪音クリスの聴覚と思考からは理想論にしか聞こえず、図らずも逆鱗に刺激を受け逆上してしまう格好となった。

 私が激情で平静ではいられなくなったあの人を叩きのめし、銃口を向ける荒いやり方を取ったのも、響への憤怒をこちらに向けさせつつ、敢えて私がその矛盾を写す〝鏡〟となってどうにか収める意図もあった。

 実際、響の言い方は………少々勢い任せの一方通行気味で、拙さがあったのは否めない。

 

「けど………〝言葉が通じる〟ことと、〝話が通じる〟ことは、同じようで違う」

 

 それでも、響のそのひた向きさを、否定したくはなかった。

 

「どちらも通じ合わせる為に努力し続けなければならないところは、一緒ではあるんだけどね」

 

 普段は女性的過ぎず、かと言って男性的過ぎない中庸なものになりがちな口調を、少し女性向にして、そう付け加える。

 

〝闘争〟が人間の本質の一つであるのは、どう足掻こうと否と叫ぼうと、否定することはできない―――〝真実〟。

 だけど、超古代文明人としての記憶を見たものあって、それだけではないと言う想いも、強まっていた。

 相争い、痛みを押し付け合う以外に、通じ合えるものはないなんて……やっぱり、悲し過ぎるものだ。

 

 そうだろう? クリス。

 

 どこかにいるあの人の頭上にも流れている雨空を見上げる。

 朝起きたばかりの時よりも、雨雲の密度も勢いも、段々と和らいで、雲の向こうにある青空が見えかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鮮やかな夕陽が差し込まれるルネサンス様式風の屋敷内の長々と伸びた回廊を、クリスは握り拳にした両腕を大きく振るい、荒々しく両足を踏み出しては駆け出し、我武者羅に走っていた。

 目を背けるように瞼を瞑らせ、何かを振り払うように首を振り、口からは、体力の消費の加減を端から考えてない走り方で乱れた息が絶えず零れ落ちていた。

 どこまでも続くように思えた回廊だが、道の果てとなる巨大な扉が走る彼女の前にそびえ立っていた。

 

 走る速度を緩めず、その勢いのまま、クリスは扉をこじ開け。

 

『神ならざる者が全てに干渉するなど不可能だ、それは他ならぬお前自身が最も理解しているのではないのか?』

 

 扉の向こうの広間の奥の操作卓の前にて、クリスに背を向ける形で腰かけ、ダイヤル式電話と英語で〝取引相手〟と腹の探り合いをする黒いロングロープとストッキングとヒールを除き肉体を晒す女性――フィーネに。

 

「アタシが〝もう用済み〟ってなんだよッ!」

 

 広間全体に響く声量で、クリスは自らを〝用済み〟だと切って捨てた〝終わりの名を持つ者〟に訴えかけた。

 

「もういらないってことかッ!? アンタまで結局〝あいつら〟と同類だったのかよ! アタシを………〝モノ〟同然に扱うのかよッ!」

 

 両手で銀色の艶を帯びた髪を掻き毟る姿は、いかにクリスの精神が混乱しているのかを語っていた。

 見れば目元は潤んでおり、今にも涙の雫が滴り落ちそうになっている。

 

「頭ん中グチャグチャだ………何が正しくて何が間違ってんのかもう分かんねえ………」

 

 行き場のない激情をぶつけてくるクリスに対し。

 

『Do you undersutand?』

 

 受話器を本体に置いて一方的に通話を切ったフィーネの後ろ姿は、見るからに冷ややかな様相を見せており、溜息までも吐かれた。

 

「どうして誰も………私の思い通りに動いてくれないのかしら?」

 

 失望が染みつく冷たい声音で呟くフィーネは、振り向きざまに、手に持っていたソロモンの杖から緑の光をいくつか照射させ、クリスを取り囲む形で、ノイズらを広間に召喚させる。

 クリスは本能的に首に掛けているペンダント――イチイバルを手に取るが。

 

〝これが、〝恐るべき破壊の力〟を持つ私たちが引き起こした、君が心から憎悪する―――〝争い〟の、惨状だ〟

 

 逡巡で、聖詠を奏でられず、立ち尽くすばかり。

 瞳が濡れて揺れるその表情(かお)からは、幼き日より悲惨な運命に抗えず翻弄され続けた………少女の姿が、剥き出しとなっていた。

 

「いいことを教えてあげる」

 

 杖による操作でいつでもクリスを襲える中、その美貌で彼女を嘲笑う目顔を見せる〝悪魔〟は、容赦なく突きつける。

 

「貴方の〝戦いの意志と力を持つ人間を叩き潰す〟やり方じゃ、争いを亡くすことなんてできやしないわ、せいぜい一つ潰すと同時に新たな火種を二つ三つ、盛大にばら撒くくらいが関の山ね」

「あ――アンタが言ったんじゃないかッ!」

 

 朱音が看破していた、クリスの願望と裏腹な、争いを生み出す〝矛盾〟を、皮肉と嘲笑をたっぷりに。

 

「そうね、だから星の姫巫女のように矛盾が孕んでいると気づくどころか考えもせず甘言に乗ってくれたことには、一応の感謝はしておくわ………でも――」

 

 笑みは消え、冷気を纏った眼差しを突き刺す。

 

「それ以上に、ほんと失望させられたわ………〝私の与えたシンフォギア〟を纏いながら……〝紛い物〟に地にひれ伏せられ、毛ほどの役にも立たないなんて………そろそろ―――幕を引きましょうか」

 

 フィーネの全身に、青白い光の微粒子が集まり、彫像の如き濃艶な裸身が輝きに覆い隠され

 

「私も……この鎧(ネフシュタン)も不滅……未来は無限に続いていくのよ」

 

 クリスの視界を、白銀一色に染める閃光が迸った。

 

 今日まで生き延びてきた少女の命を、奪おうとする、死の光を――

 

 

 

 

 

 

 

 ホワイトアウトした視界は、一瞬で黒一色の闇に変質し。

 

「はっ!」

 

 悪夢の体で、脳裏に刻まれてから一晩しか経っていない記憶を追体験していたクリスの意識は、瞼が開かれると同時に目覚めた。

 体のほとんどは汗で濡れ、荒れているくせにリズムのいい息遣いで口はまともに閉じてくれずにいた。

 差し込んできた明かりは暗闇に慣れていた瞳には刺激が強く、一度目は強く瞑られ、ゆっくりと開き直す。

 視覚の明度の調整が済む頃には、クリスの意識は、今自分が日本家屋の屋内にいるくらいにまで回復する。

 同時に、夜の闇にて降りしきる激しい豪雨の中、追手のノイズらを振り払いながら逃げ続けたもの、体力の消耗で路地裏にて倒れ込んでしまった自分が、なぜこんなところで眠っていたのかと言う疑問が過った直後。

 

「よかった………」

 

 ほっとした様子な少女の声が聞こえた。

 その声でようやくクリスは、ずっと傍らで自分を看病し続けていた少女――未来の存在に、気がついた。

 

つづく。


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