Fate/strange fake Prototype -Another Player-   作:縦一乙

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 その違和感にランサーがハッキリと確信したのはこの場に立ち初めて三日目の朝だった。

 西部森林地帯にある見晴らしの良い丘は、朝陽を浴びるスノーフィールドの街並みを遠くながらも眺め見ることのできる場所である。見張るには丁度いいポジションであるが、同時にこの場で立っていれば遠くからでも目立つ場所でもある。

 それだけにランサーは自らを囮に敵の出方を常に窺っていた。相性が良かったのか最高位の気配感知スキルはその能力を森林地帯全域でいかんなく発揮し、遠くに見えるスノーフィールド市街の一端まで感じ取ることができる。

 そして違和感を感じ取ったのはそのスノーフィールドの街の気配。丸々二日間は瞬き一つせず眺め見ていたこともあってか、その違和感はこの時になってハッキリとしたものとなっていた。

 最初は人の気配が減っているのだと勘違いしていた。しかしそれは大いなる誤解だ。感知できないことで減ったと勘違いしていたが、これは減ったのではなく、気配を感じ取れないまでに人の命が弱まっている。

 一人二人といった人数ではない。おそらくは数万単位で気配が弱まっている。原因こそ分からないが、どこかのサーヴァントが吸精を行っている可能性もある。そうなるとこれだけの魔力、ランサーといえど決して馬鹿にできた量でもない。

 街に出かけ調査するのは簡単だ。だがランサーの能力は他者を圧倒するものの、街中での調査に慣れているわけもなく、またマスターたる銀狼を放置して街中に繰り出すわけにもいかない。状況は気になるものの、現状を考えればこうして座して見守るより他はない。

 現状はすでに長期戦の構えをとっている。敵の手の内を晒させるためにわざとこうして身を晒してはいるが、感じ取れるのは遠方からの視線だけ。偵察かあるいは挑発か、二キロ程度まで何者かがこっそりと近付いたこともあるが、そのラインを踏み越えることはない。

 持久戦はこちらの望むところだが、銀狼がいるのでそうそう付き合い続ける訳にもいくまい。マスターの傷も既にかなり癒えている頃合い。あと一日待ってそれで何も釣れないようなら改めて考える必要もあるかもしれない。

 と。

 ランサーの肩に留まっていた小鳥が四方に慌てたように飛び去った。

 小鳥が気付けたのだ。ランサーだってその存在に気付いていない筈がなかった。何のことはない街の方から大鷲が旋回しながらこちらへと向かってくる。こうした猛禽は逆にランサーのような存在を嫌う傾向にあるが、そうしたことには意に介さないはぐれ者らしい。長時間指一本、瞼一つ閉じずにいたのだ。もしかしたら死骸と判断したのかもしれなかった。

 結局ランサーの視界から逸れることなく、大鷲は近場の大木の枝を掴みランサーを睨み付ける。ここまでくれば、ランサーもその大鷲の異常にも気付くというもの。

「あなたが、ランサーのサーヴァント、エルキドゥ殿かな?」

 大鷲の口から漏れたのは間違いなく人の言葉。そして微かに漏れる魔力の波動。使い魔の一種かとも思ったが、それにしては感じが異なる。

「反応しなくて結構。あなたの口元は確実に見られている。余計なことを喋って情報を与えることもない」

 大鷲のランサーへの配慮に敵対心は感じられない。だが大鷲の心配は無用である。

「心配ご無用です。私の身体は泥ですからね。声など身体のどこからでも出せますよ」

 視線すら動かさず、端からは大鷲など眼中にないという風体でありながらランサーは器用に大鷲と会話して見せた。

「こうも監視されているとお互い会釈も難しい。礼を失した行為を許しください。確かに私はランサーのサーヴァント、エンキドゥと申します。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「これは失礼を。私のことはジャック、とお呼びください」

 クラス名ではなく、敢えて名前を言うところにひっかかりを覚える。どの陣営にも属さぬ魔術師かとも思うが、その割りにはエルキドゥの真名や遠くからの定点観測のカメラ位置にも詳しい。

 少なくとも親友の陣営でないらしいことで少なからず落胆する。

「それで、ジャックさんは何用で来られたのですか? 脅すようで申しわけありませんが、場合によっては私はあなたをこの場で斬らねばならなくなります」

「いやはや、話し合いができるとは思わず、一方的に話しかけるつもりだったのですが、これは僥倖」

 バーサーカーの言葉が一度句切られ、大鷲の顔がニヤリと笑う。

「“お願い”というやつをしたいと思って参った次第です、ランサー」

「お願い、ですか」

 なんだ、と内心では嘆息する。別段交渉事に長けているわけではないが、無理難題をふっかけられることには慣れている。それでいて、今現在ランサーはこの場を動くつもりはない。ランサーにできることは現時点では何もないのだ。

「僕にできることは限られていますが、内容を伺いましょうか」

「私からのお願いは二点です」

 大鷲は鳥ながら器用に姿勢を正す。

「まず一点目は、これ以上争いをしないで欲しい、ということです」

「これまたずいぶんなお願いですね」

 思った以上の無理難題にさすがのランサーも無反応ではいられない。自然と漏れ出た言葉に、疑問を接がねば判断もできない。

「それは、聖杯戦争で争うな、ということですか?」

「そうとってもらって構いませんな」

 ランサーの拡大解釈にバーサーカーは首肯する。それだけ大きなことを口にするのだから、その説明責任は当然あるだろう。ランサーの無言の催促にバーサーカーはコホンと一息入れる。

「この“偽りの聖杯戦争”は現在イレギュラーな事態に陥っているのを御存知で?」

「さて。多少いざこざはありましたが何とも言えませんね。具体的に言ってくださると助かるのですが?」

 心当たりだけならなくもないが、何者かも分からぬ者に無駄にヒントを与える必要はあるまい。

「そうですな。具体的には、規定数以上のサーヴァントが数度に亘って召喚され街のいたるところで激突している模様です。正規参加者以外の何者かがこの戦争に介入しているのは明か」

「それら全てのサーヴァントを蹴散らせば良いのではありませんか?」

 バーサーカーの物言いにランサーは軽く返してみせる。

 自分で言うのも何だが、ランサーはかなり高位のサーヴァントである。これに匹敵するサーヴァントと言えば親友か、もしくは神に近しい英霊だけだろう。どんなサーヴァントが何人来ようとも、自分が負ける姿を想像などできはしなかった。

「無論、その通り。ですが、このイレギュラーな事態によってこの戦争には裏があることが確認されましてな」

「裏、ですか」

 新たな新事実。信じる信じないは別にして、うさんくさいことには違いない。

「それで、その裏とは何ですか?」

「それは……不明のままですな」

 大鷲の首が項垂れる。申しわけないというアクションにも取れるが、目を逸らし真実を隠しているという風にも取れる。

「私が気付いたきっかけは極々単純な疑問。この“偽りの聖杯戦争”とは、“偽りの聖杯”の戦争なのか、それとも偽りである“聖杯戦争”のどちらなのか」

「それは意味のある問いかけなのですか?」

 こうして実際に召喚され、そして戦争についてのルールを得たサーヴァントとしてその事実は変わりない。ここで禅問答をする意味などいくらもない。

「前者であるならば我々を召喚したのは聖杯ではない、ということになる。後者であるなら、元となった冬木の聖杯戦争の形だけを真似た紛い物、与えられたルールには人為的な意図があると考えられる」

「前者ならば勝利しても聖杯は手に入らず、後者ならば我々を裏で操る何者かがいる、と?」

 ならば我々はどうやって召喚されてどうして戦っているのか、そうしたことをあえて問いただすようなことはしない。

 ゲーム盤の駒であるのに違いはない。背後で誰が蠢こうと己の道を進むのみ。ランサーの目的がそんな事実で揺るぐことは有り得ない。

「少なくとも一人のマスターはその裏側と交渉している形跡がありましてな。いや、直截に言えば、その裏側が送り込んだ駒らしいのですが」

 バーサーカーの言い方からすると、後者の可能性はほぼ確実なのだろう。そして前者も真である可能性も高い。となると、バーサーカーはそもそもサーヴァントが何によって喚ばれたのか、何のために喚ばれたのか、その理由を探っていることになる。

「……興味深くはありますね。が、にわかには信じられませんし、あなた自身も確証を得ていないようだ」

 ランサーの言っていることももっともだ。全ては状況証拠であるし、ランサーにとってはバーサーカーが怪しい存在であることも確か。

「それに、僕には既に敵と定めた者がいる。あなたに何を言われようと、その者をおいそれと見過ごすわけにはいかない」

 ランサーが敵と定めた偽りの宝具を持つ集団。アーチャーは無論のこと、親友たるランサーも彼らを簡単に見逃してはプライドに拘わる。

 だがバーサーカーとしても、そうした事態は織り込み済みだった。

「ですから、それらを補うために情報を提供しましょう」

「大盤振る舞いではないですか」

「それだけ私も本気だと言うことですよ」

 そういって大鷲は少しばかり後方を見やる。ランサーが感じる視線もそちらにあるが、おそらく大鷲の動きは枝葉に隠れて視界に入っていない。

「今、監視している集団の名は《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》。キャスターを擁する陣営です」

「僕も一度は戦いましたからね。恐らく宝具を作る能力を持ったサーヴァントなのでしょう?」

 それが許せない、とその声には我知らず怒気があった。そんなランサーの質問にバーサーカーは敢えて答えない。

「マスターの居場所は分かりませんが、スノーフィールドの警察署長と聞いています。キャスター本人の戦闘能力は低くまた好戦的でもない。ランサー、あなたが倒すべきは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》であり、サーヴァントではないと考えるが、どうだろう?」

「……まるで、サーヴァントは倒すな、と聞こえますね」

「先ほどの戦わないで欲しい、というお願いは撤回しましょう。代わりに、サーヴァントを倒さないでいただきたい」

 わずかに変わったお願いのニュアンスにランサーは触れはしない。

「そのお願いの範囲にマスターを含めなくていいのですか?」

 サーヴァントを倒さなくともマスターを倒せばほどなくサーヴァントは消滅する。いかにルールが怪しいと言っても、パスが繋がっている以上それは確実だ。

「そこまでは面倒見切れませんな。各自で対応をお願いするとしよう。とはいえ、無抵抗の者を無闇に殺して欲しくはありません。降伏勧告くらいはして戴きたい」

「降りかかる火の粉は払いますよ?」

「それで結構」

 大鷲の顔では微笑んだかどうかわからないが、どうやら本人としては満足したようだとランサーは判断した。

 だがやっかいなのはこれが一点目だということ。最初に高いハードルを掲げ、譲歩したところで二つ目の要求を呑ませるのは常套手段だ。

 だが無視するわけにもいかない。ならば、この大鷲から切り出されるよりかはマシと考えランサーは先手を取る。

「それで、二点目の“お願い”とは何ですか?」

「しかるべき時が来たら、我々と同盟を結んでください」

「……それは、また判断に困る内容ですね」

 案の定……いや、それ以上の内容に辟易する。

 一点目の不戦の約束。あれは一方的にランサーが他陣営に攻撃を仕掛けないというだけの意味ではない。少なくともバーサーカーが組みし交渉を行った勢力は逆にランサーへ攻撃を仕掛けないということにもなる。

 随分曖昧で実効性に疑問の残る口約束ではあるが、ランサーにとっては決して損にはならぬ有利な内容である。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》とランサーをぶつけさせようという意図が見えなくもないが、このまま闇雲に長期戦をするよりもよっぽどマシな選択肢である。

 だが二点目についてはそうした損益の考慮は無駄である。

 常に流れつつある趨勢を見定めて互いの距離を測りながら行うのが同盟だ。ましてや今現在の趨勢すら分からぬのにいつの時点かも分からぬ将来同盟を結ぶというのもおかしな話。

 しかも同盟を組むのは“我々”らしい。真っ当に考えれば、この同盟に乗る者が他にいるとは思えない。

「それは、先に言っていたこの戦争の裏側と対決するためですか?」

「………」

 やや呆れながらもした質問にバーサーカーは答えない。答えられる答えがないのか、それとも答えあぐねているのか。大鷲の顔ではその顔色もよくわからない。

「最終的には、六騎のサーヴァント全員で同盟を組みたいと考えているのですよ」

 それこそ聖杯に願うしかないような大願である。

 だが逆に言えば、六騎そろわねば敵わぬ敵がいるとバーサーカーは睨んでいるということになる。一点目の要望は二点目に対する予防策というわけだ。一騎でも欠ければ、六騎のサーヴァント同盟は成立し得ない。

 しかし、極論ではあるがギルガメッシュとエルキドゥの二人だけでも十二分に強力強大すぎる力を有している。それこそ、ギルガメッシュ単体でも真祖を相手取ることができるし、二人が組めば世界を滅ぼすことも夢物語ではないだろう。

 それを、あろうことか六騎全員を集めるとバーサーカーは語った。子供が語る将来の夢の方が、まだ現実味があり、そして可愛げもある。

 親友ならば鼻で笑って相手にすまい。もしくは道化と詰り、笑い転げたところで殺すか褒美をくれてやるに違いない。そんな真似はできないなぁとランサーは親友の性格を羨んだ。

「その時になったら、考えましょう」

 実に無難な解答でお茶を濁す。いやしかし、それ以外どう言えばいいというのだろうか。

 だがそんな役所的解答であっても当のバーサーカーは満足のようである。

「感謝しようランサー。その言葉を忘れぬことを切に願おう」

 そしてバーサーカーは枝から飛び降り、滑空してランサーの傍を通り過ぎると、風に乗って上空で旋回する。視界の隅を横切る大鷲を確認するが、まだここから離れる気配ではない。

「最後に、ひとつだけ情報だ!」

 高所故に叫ぶバーサーカーの声が辺りに響き渡る。集音マイクの類はない筈だが、随分危険なことをする。

 陽が昇り、大鷲の影がランサーの顔と重なる。

「呪いは、もうすぐ解ける! 時が来たら動くといい!」

 ランサーの瞳孔がわずかに開いたのを遠く監視していたカメラは確かに観測していた。しかしその理由は大鷲の影によるものだと観測主は判断した。そうした判断を怠慢などと指摘するには少々酷だ。

 遠く去って行く大鷲の背をランサーは眺め見る。

 ランサーには強制的に現界させる《忠実なる七発の悪魔(ザミエル)》の呪いと、位置情報を常に把握される《捲き憑く緋弦(アリアドネ)》の二種類の呪いがかけられている。その内のどちらとバーサーカーは言わなかったが、相手の意表をつけるとすれば、それは後者だけだ。

 今のところその呪いに変化はない。が、発動してから時間経過によって解除される呪いなど意味はない。と言うことはこの宝具の制作者は最初から宝具に小細工していたということになる。

「……大きな借りを作ってしまいましたね……」

 時が来れば、バーサーカーの言葉の真偽は判明することだろう。その時にこのバーサーカーの“お願い”は非常に大きな強制力を持つことになる。一方的な施しは英霊に対する侮辱でしかない。

 相手の思い通りになるのは癪ではあるが、考慮しておく必要はある。

 どこか遠くで雷音が響いた。湿気はまだ然程でもないが、ランサーは近く雨が降る気配をはっきりと感じ取った。

 嵐が、来る。

 

 

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 繰丘邸は魔術城塞である。

 別にこれは大袈裟に表現したものではない。繰丘邸はれっきとした城であり、広大な敷地内にも砦とも称すべき建物が二重三重に築かれている。ただこの規模の建築群でありながら、ここに当時暮らしていたのは繰丘一家だけ。これだけ広大になると、暮らすにはあまりに不便である。

 人の動線を無視した建築設計。工房と住居は分厚い壁で隔離され、壁材もただのコンクリートかと思いきや触れればそれと分かる対魔障壁が神経質に張り巡らされている。その結界一つみても頑丈かつ入念な手入れ。それが全部で五層。聖杯戦争が始まる一年前でこの堅強さは些か以上に異常だろう。平時からこれでは明らかにコストが高すぎて見合っていない。

 と、繰丘邸に入るまでは疑問で仕方なかったが、それもこうして入ってしまえば思わず手を打ち納得する答えである。

「なるほど! 細菌研究をしてるなら当然の処置だね!」

 素人であれば一体何かもわからぬ機材群を一目で見て取りフラットは一目で答えを得た。フラットの後ろからついてきたティーネにはせいぜい顕微鏡ぐらいしか判別つくものはないが、見る者が見ればわかる施設らしい。

「ほら、扉を開けると冷蔵庫を開けるみたいな空気の抵抗があったでしょ?」

「ええ、まぁ」

 曖昧に応えるティーネではあるが、確かに扉の向こうに吸い込まれるような妙な感覚はあった。

「つまり、ここの気圧が外より低いってことだよね。だから中の空気が外に出られないんだ。ここは典型的な細菌研究所ってことさ!」

「はぁ」

 興味がないことをアピールするべく曖昧な返事をするが、子供よりも子供らしくはしゃぐ青年はそのことに気付くこともない。

 よくよく天井を見ればスプリンクラーと似てはいるが、それとは異なるガスを送り込むような装置も確認できる。後ろのドアも三重で間にはエアシャワーがあった。ここが敵地だったかと思うと、気分は収容所のガス室に近いものがある。その感想はあながち間違いではない。

「けどここには資料はないっぽいなぁ……奥の部屋が資料室かな?」

 この短時間によくもそこまで調べられたなあ、とティーネが感心するほどフラットはテキパキとプロの泥棒よろしく効率よく資料を漁っていた。資料をパラパラと捲り始めて五分も経っていないが、資料内容の傾向から目的のものはないと判断したらしい。

 この部屋の奥には明らかに重要機密と思しきドアがある。先ほど調べた別棟は異様に清浄な手術室と検査室があっただけで、それらしい部屋はなかった。ここにあるドアは実験室用の重厚さと違って薄くはあるが床の開閉痕から使用頻度が高いと分かる。

 ティーネがドアノブを回してみるもやはりちっとも動かない。

 つまりはそう、フラットでなければ開かない扉である。

「今度も認証コードですか」

 ドアの脇に備え付けられているテンキーの電源が入り、わずかに光がともる。ここに部屋の本来の持ち主しか知らない数字の羅列を入力しなければこのドアが開かれることはない。指紋や虹彩認証でないのは実験に手袋やゴーグルが必要だからだろうか。

 ティーネの言葉に個人的な興味で眺め見ている資料から目を離すこともなく、フラットはテンキーに指を走らせる。よくある四桁の番号を入力すれば開く、というものではない。それであれば非効率ではあるが時間を掛けて総当たりすれば開閉させることは可能だろう。

「……これ数回くらい入力しないと駄目っぽいね」

 一度入力するとパネルに「NEXT」と表示される。その事実に時間を掛けて総当たりという選択肢は不可能と同じ意味のものとなった。仮に三回入力するとなると単純計算で一万パターンの三乗で一兆パターンあることになる。これはもう力任せに扉を壊した方が早いだろう。ただしその場合中の資料も焼却処理されるパターンもある。迂闊には手を出せない。

 しかもこの部屋は使用者と管理者が同一人物だ。これが別人ならアプローチの方法に幅も出るというものだが、それもこれでは難しい。

「仕方ないなぁ」

 資料をテーブルの上に放り投げてからフラットはじっとテンキーを睨み付けながら数字を入力してみる。

 案の定試しに打ってみた数字ではブーという音と共にパネルには「ERROR」と表示された。

 ブー。

 ブー。

 ブー。

 ブー。

 ブー。

 ピー。

「……ピー?」

「あっ、開いた」

 パネルには「OPEN」の文字。トライし始めて一分も経っていない。

「……一体どんな魔法を使ったんですか?」

「え? 別に何もしてないよ?」

 こうしたことが二度三度と続けばもはや感心するよりも呆れもする。ティーネの言葉に何が不思議か分かっていないフラットは首をかしげるばかりである。

 この魔術要塞においてフラットは遺憾なくその天才性を発揮している。

 椿が同行しているとはいえ認証が自動解除された結界は三層まで。残り二層はフラットがものの数秒で解除して見せた。解除に失敗すれば相当なペナルティもあるというのに、実にあっさりと。同じ魔術を扱う者として同じことをしろと言われたらティーネとてできなくもないが、ああもあっさりと躊躇いなくできる自信はない。

 それどころか、このフラットの異常なまでの解析能力は魔術だけに及ばず、先のように電子機器すらも同様に突破してみせる。これはもう十分に魔法と呼ぶに値するものではなかろうか。

 ちなみに魔術工房に椿を連れて行くことは表向き危ないという理由から住居施設で椿と銀狼は大人しく休ませている。そして裏向きの理由はここで何をされたのか椿に感づかれないように、である。

 先の手術室の様子から、椿の両親は“丁寧”な処置を繰り返し椿にしていたことがうかがえる。この事実を告げるのは簡単だが、それを受け止めることは今の彼女にはできないだろう。

「うーん、やっぱり椿ちゃんの魔術回路はご両親の手によるものらしいね」

 扉の向こうはやはり資料室を兼ねた仕事場だったらしく、質素ではあるが使い古された机が置かれている。壁の棚にはご丁寧に「TSUBAKI」とラベリングされたファイルが十冊以上並べられていた。

 ティーネもフラット同様にその中の一冊を手に取る。記述言語は日本語なのでティーネにその内容はさっぱり分からないが、図や写真を追っていけばそれが一体何をしているのか想像はできる。これが一般的な成長記録であればどれだけ気が楽なことか。

 ティーネが横を見れば、さすがのフラットも眉を寄せながらも凄い勢いで資料を読んでいた。これ以上の内容はティーネには荷が重いし、二人いるのだから役割分担をするべきだろう。

 他に手がかりはないかと部屋の中を眺め見る。壁には恐らく魔術によって生み出されたと思しき異形の虫の標本が数点。そして細菌の写真も数点。ロッカーの中には私服と白衣の他に細菌用の防護服。机の中も開けてみるが、どれもよく分からぬ覚え書きのようで、本人以外には整理もできぬ代物。拳銃と実弾も見つけたがこれはそのままにしておく。机の上にあるパソコンはデスクトップではなくノート型。必要であれば後で持って帰ればいいだろう。

 そうすると残るは、壁に埋め込まれた明らかに怪しい金庫だけ。ためしに金庫に手を掛けてみるが、ダイヤルを合わせるだけでなく鍵も必要なタイプ。マジックにハイテクときて最後にアナログ。この繰丘という人物は実に徹底的である。

 さすがのフラットもこれにはどうにもならないだろうと思いきや、

「ちょっと借りるよ」

 この短時間に資料を全て読破したであろうフラットはティーネの髪からヘアピンを抜き取り、約十秒。カチリと音が鳴って金庫の扉はゆっくりと開いた。

「もう何でもありですね……」

 ヘアピン一つで解錠される金庫とは一体いつの時代の代物だったのだろうか。テレビで見る聴診器で音を聞いていた様子すらない。

「これは土地の権利書に、株、現金、魔術協会の特許登録証明書……あまり関係なさそうだね」

 金庫の奥から無造作に床にぶちまけると、一個人の財産としてはなかなかのものが現れる。だがこの世界においては何の価値もないし、目的とする椿に関する資料はこの傾向を見る限りなさそうである。

「そのようです……いえ、これは……」

 フラットが無闇に落としたせいで古いものが上に、新しく置いたものが一番下へと順番が逆になる。早々に見切りをつけていればこの存在に気付くことはなかっただろう。

「手紙……?」

 多くの重要な紙切れに封書が混じっているのを発見しティーネは手に取ってみた。消印からして今から十数年前。差出人の名前を見れば、ティーネの無表情な顔でも自然と険しくなった。

「知っている人?」

「市議の一人です。このスノーフィールドの大地主でもあります」

 そして、ティーネ達原住民の明確な敵の一人。

 切られた封から中身を出せば、それは誓約書だ。とある重大事業へのアドバイザーとして参入してもらいたい、といった内容である。他にも目を通せば秘密保持契約も同封してある。

 他にも探せば似たような封書があと二通。

 一人は確か州議会議員に名を連ねている大物だ。内容はどうということもない挨拶であるが、「例の件をよろしく頼む」という意味深なことが書かれている。

 そして最後の一通は――名前ではなく組織名が書かれていた。このスノーフィールドの近くにあり、怪しさでいうなればアメリカ最大級の組織の名前が。

「グレーム・レイク空軍基地――」

 声に出して読んでも現実感に乏しいのは何故だろうか。

 グレーム・レイク空軍基地、俗にエリア51と呼ばれるアメリカで最も有名な立ち入り禁止区域である。ロズウェル事件に関与しているとか宇宙人がいるとかそういったゴシップにことかかぬ色物基地である。

 内容は先と同じような重大事業へのアドバイザー。秘密保持契約も同様である。しかし同盟国とはいえ外人の、しかも魔術師をアドバイザーとするのは少々ピンポイント過ぎる。

 これら三通の手紙が別々の案件であるわけがない。

 空軍はともかく、他二人はこのスノーフィールドの開発推進派である。恐らく末端であろうが、政治的派閥を考えれば一体誰が糸を引いているのか推測することができる。そして手紙の時期を考え、その頃に行われた公共事業を考えると、怪しい建物も自然と思い浮かんでくる。

「フラット、椿の情報は掴めましたか?」

「どんな経緯でどうなったのかは把握したよ。解決策は思いついたけど、ハードルは高い、かな?」

「それはここでないとできないことですか?」

「鍵はライダーだ。ここである必要はないよ」

「わかりました。では、移動しましょう」

 一方的に宣言し、持ち出そうと思っていたノートパソコンもそのままに外へと出る。

 今後の趨勢を考えれば、一人で行動するべきだろう。一人で動き、調べ、確証を得るべきだ。この情報は他勢力に対して圧倒的なアドバンテージとなる。

 ティーネはそのまま足早に研究所の外へと出た。今すぐ建物の影に隠れれば、フラットをまけるだろう。あとはフラットに椿を任せれば、きっと何とかしてくれるに違いない。無力なティーネの助けが必要とも思えない。

 元来聡明である彼女の理性は実に簡単に答えを出す。だがメリットとデメリットの差は小さく、天秤は少し何かあるだけであっさりと逆の答えを導き出すことだろう。

「……ああ、もぅ!」

 恐らくここ数年叫んだことのない同世代の少女らしい叫びは、幸いにも誰の耳にも届いていない。

 もっとフラットが魔術師らしくあれば!

 もっと椿がライダーを扱っていれば!

 もっと銀狼が獰猛であったのなら!

 組みし難しと判断することもできたというのに!

「フラット! 椿! 銀狼! 街に戻りますよ!」

 居住施設に大声で叫べば、中からドタドタと動く音が聞こえてくる。後ろからもフラットがいくつかの資料を持って追いかけてくる。それらを待つことなく、ティーネは表に駐車してあった車の助手席に乗り込んだ。

「ティーネちゃん、どうしたの!?」

「お姉ちゃん! どこいくの!?」

「わうん」

 フラットと椿が車に乗り込みながら問いかけ、場の雰囲気を察して銀狼までもがおずおずと吠えてみせる。反応はないが、車の周囲にライダーも纏わり付いていた。

 だがそんなことは関係ない。すでにティーネの心は決まっていた。

「いいですか、我々は同盟です。仲間です。一心同体です。死なば諸共です」

「どーめい?」

「ええと、我ら三人と一匹は生まれし時は違えども、ってやつかな?」

「そうです」

 桃園の誓いをティーネは知らなかったが、勢いに任せてとりあえず頷いてみせる。フラットと椿が目を合わし首を傾げ、こころなし銀狼までも不安そうにしているが、そんなことは関係ない。

 そう、何度も言うが、関係ないのだ。

「フラット、あなたの目的は何ですか?」

「え?」

 唐突なティーネの質問に戸惑わずにはいられないが、それでもフラットはこの地に降り立った理由を忘れたわけではない。

「僕は、英霊と友達になりたくてこの地に来たんだよ」

 魔術師であれば正気を疑うような――というか信じることすらできぬ戯れ言を、しかしティーネは疑うことはなかった。

「分かりました。では、元の世界に戻ったら我が主であるアーチャーのサーヴァント、英雄王ギルガメッシュと会う機会を設けます。ついでに殺されぬよう配慮はしましょう。それでいいですか」

「え? ……ええぇぇっ!」

 驚くフラットではあるが、英霊の真名を聞いて驚いているわけではないだろう。フラットに異論はないと判断して、ティーネは次に椿へと向き直る。

「椿、あなたは何か望みがある?」

「え、え、え?」

 フラット以上に聖杯戦争が分からぬ椿のこと。勝ち残れば望みが叶うなどと言われても、そんな大それた望みを持ったことがない。そして即答できるだけの知力も判断能力も彼女にはない。

「では、ひとまずはこの世界からの脱出に手を貸します。望みについてはできる限り譲歩します」

「あ、はい。わかりました」

「銀狼、……は、別にいいですね。あなたの安全とあなたのサーヴァントにできる限り協調することにします。証人はそこの二人。構いませんね」

 ティーネの剣幕にこくこくと思わず首を縦に振る二人。内容は分かっていないが、何かしら言い聞かされているのが分かるのか、銀狼も大人しい。

「私は一人では戦えない。フラットはこのままではいずれ殺される。椿はこのままでは変われない。銀狼はいずれ狩られてしまう。

 利用しようではありませんか。何よりも自分自身のために、我々は力を合わせましょう」

 柄にもなく、車内の中心にティーネは利き手をさしのべる。この男にしては素早くことを察知してフラットはティーネの手の上に自らの手を乗せた。どうすればいいのか分かったのか椿もその上に手を乗せる。もはや一番空気の読める銀狼が最後に椿の手の上に前足を置いてきた。

「私達はこの世界を脱出する! 私達は生き残る! えい! えい!」

「おー!」「お、おー」「お?」「わふん」

 ややしまりとしては悪いが、音頭としては決して悪くなかった。

 警戒心のないフラットやまだ子供で世間知らずすぎる椿にとってティーネはすでに仲間であるが、それはちゃんと宣言をしておかなければならないことだ。

 殺し合いであることを、戦争であることを、意識していないと、ティーネはこの二人と一匹と今後付き合っていくことはできそうにない。

「それで、どこに行けばいいのかな?」

 エンジンをかけながらフラットは目的地を聞いてくる。他の二人と一匹では運転はできないので、必然的にドライバーはフラット、ナビゲーターは地形を熟知しているティーネだ。

「目的地は、スノーフィールド中心部、十四番地」

 すっ、と指先をスノーフィールドの中心へと指し示す。ここからだと遠いが、その印はなんとか目にすることができた。

「スノーフィールド中央病院、そこに、この戦争の手がかりがあります」

 

 

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「すまないが、もう一度言ってくれないかね、ロード・エルメロイⅡ世」

「何度でも報告させて頂きますよ。援軍が送れません。もう一度言います。我々の手の者はアメリカ大陸に上陸することができません」

 長い黒髪を伸ばし、いつにも増して不機嫌そうな時計塔の名物講師は必要以上の怒気を込めて重要であることを強調してその老人に報告した。

 召喚科学部長ロッコ・ベルフェバン。今回のスノーフィールドにおける偽りの聖杯戦争の事態収拾を任された彼は、自ら打った手が全く機能していないと告げられた。

 今座っている時計塔の椅子は彼自身の成功によって積み上げられたものだ。それが、こうも露骨に失敗したということは初めての事態だった。

「……何故だね?」

「当のスノーフィールドが原因です。連続したテロに空港が過剰反応した……ということになってます」

 指に挟んだ葉巻を口に咥えるが、怒りのせいか味が全く分からない。

「その程度で何故上陸できない?」

 仮にも、送り込んだのは一線級の魔術師だ。イレギュラーな事態をクールに対応し、土壇場にあってもさも当然のように逆転してみせる。常に考え相手の裏をかき、十全な用意を怠らず、実力以上の実力を持って目標を達成してみせる。

 そんな連中が、空港で足止め?

 一体これは何の冗談だ?

「もちろん彼等だって偽造パスポートも用意しているし、魔術を使わずその場を凌ぐ心得も持っていますよ。けれど、」

 葉巻の煙を部屋の中へと吐き出す。

「何故か送った魔術師の悉くが空港内で引っかかる。そしてその荷物一式全てが没収です。無理をして強行突破しようにも装備を調え乗り込む頃には事態が終わっている頃でしょう」

 そして装備を調えることも難しいに違いない。

 派遣した魔術師全員が全員とも空港から一歩も出られない。連絡はあの人数を送り込んだのにも関わらずわずかに二回だけ。彼らの実力でこれくらいしかできないというのも腑に落ちぬ話。

「米国国内の魔術師が絡んでいるのは間違いなさそうだの」

「場合によっては国の機関が絡んでいるのも考えた方が良いでしょう」

 ランガルをはじめとして歴史の浅い国と馬鹿にして侮る者も多いが、米国が世界最強の国である事実には違いない。面子が大事なお国柄である。スノーフィールドのことももしかして既に掴んでいるかもしれない。

 米国にはロサンゼルス支部、ニューヨーク支部を中心に派遣された数十名からの魔術師が事前に乗り込んでいるが、ほとんど初日に壊滅状態に陥り、大半が行方不明。何とか残った者も傷を負い、ろくに現状を確認できぬまま安全圏に退避したので状況は分からぬまま。

 各支部に残ったバックアップメンバーも陸路で移動しているが、スノーフィールドに直接乗り込ませるには戦力が不足している。彼らができるのは負傷した魔術師達の移送に徹することくらいだ。

 だからこその援軍だったのに、これでは何もできていないのと同じである。

「なら現地のフリーランスを」

「雇おうとしましたよ。けれどこの戦争で役立ちそうなめぼしい一線級の魔術師は皆仕事に忙しいと断ってきました」

 言葉を遮って結果を告げる。当初は依頼料をつり上げるための方便かとかなり思い切った交渉もしたが、連絡した魔術師が悉く忙しいと断り、子細を聞いてみれば事情は変わってくる。

「何者かが裏で別件の依頼をしています。しかも破格の報酬です。前金だけでも我々が用意した金額の三倍ですよ。どうにもなりません」

 金が基準のフリーランスだ。協会に恩を売るべく先に舞い込んだ依頼をキャンセルする可能性もこれでは低い。無理をすれば一人か二人は投入できそうだが、数を投入する必要があるのに連携も取れぬ少人数を送り込んでも意味はない。

「お主のことだ。金の流れは追っているのであろう?」

「しましたよ。まあかなり怪しく複雑ではありましたが、睨んだ通り追った先にスノーフィールドがありました」

 そしてまた一度煙を宙に吐く。

「スノーフィールドの財政は市の規模を考えれば極々一般的です。数年前まで誘致を推し進めていましたがリターンも少なくプール金の類も見当たらない。これはどこかに金のなる木があるのは間違いないでしょう」

 一応、そういった資料をベルフェバンの机の上に放り投げる。空港の税関で魔術師を抑える費用から多方面での妨害工作、先のフリーランスへの依頼料、そしてランガルを倒した部隊等の運営費用。門外漢ではあるがまかりなりにも部門長だ。内容を理解するだけの知識はある。

 一枚二枚と資料を斜め読みし、結論となる数字で数秒止まる。

「……私はもう引退した方が良いかね?」

「大丈夫です。私も四度、計算し直し数字の桁も確認しました。裏取りもしたので確実ですよ」

 目をこすって何度も桁数を確認するベルフェバンにエルメロイⅡ世はそれが事実だと断言する。

 資料には下手な国家予算すら遙かに超える金額が記されている。しかも、これが最低限。実際に動いている金は恐らくその数倍に及ぶことだろう。

 魔術というのは兎角金のかかるものだが、これだけの金額だと、大貴族三家合わせたって太刀打ちできるものではない。当然、これほどの金額が動けば普通市場も大きく動くことになる。

「市場に目立った動きはありません。敵はよほど上手く動いているようです」

 エルメロイⅡ世はこれを仕掛けた者を明確に“敵”と呼んだ。これ程金を広く浅く秘密裏にバラ撒かれたとなれば、それはもう明らかに敵対行為であろう。それでいていざとなれば言い訳ができるのだから質が悪い。

 乾いた笑いが部屋に響く。それはもう、経済的優位さにおいて圧倒的大敗していることにようやく気づけた自虐的笑いである。もう、笑うしかできることがない。他に何ができるというのか。

「……それで、今後を見越して既に動いているのだろう?」

 戦争が始まる前の情報戦で敗れ、開戦にもろくな戦力を送れず、その後の援軍も無理となった。となると、後は事後処理部隊の派遣しかない。

「リストを作っておきました。この中から選抜したメンバーを非正規ルートで投入しましょう。上手くすれば最終日くらいには間に合うかもしれません」

 リストアップされたメンバーは明らかに第一次メンバーよりも質で落ちる。そんな連中を派遣してどうなるものか分からぬが、何もしないよりかは多少マシであろう。少なくとも牽制くらいには役立つ。

 話すことは話したと多忙な名物講師は時計を見る。次の講義には早足で行く必要があるだろう。席を立ちながらそういえば、と残された話題をふってみる。

「ああ、少し探りを入れてみましたが、教会も似たような反応です」

「敵は強大にして正体不明。そして援軍も後れず現地の情報も皆無に等しい。となると、我々が少しは有利、ということか」

「そこについては、何とも言えませんがね」

 この場で教会と張り合うことにエルメロイⅡ世は意味を見いだせない。最初からスタートラインに立とうともしていない者相手に競争してどうするというのか。それに、教会は「失わない」が、協会は「失う」かもしれないのだ。

 協会最後の切り札にして、唯一の希望。

 そして最大級の不安材料。

「フラット……せめて生きて帰ってきてくれよ」

 小さく呟き、窓の外に広がる青空を見上げる。キラリと親指を立てて光るその顔は想像の中だというのに非常に鬱陶しい。エルメロイⅡ世は帰ってきたらその顔を全力で殴り飛ばすことを強く心に刻み込んだ。

 

 

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銀狼の呼び方。
なんでティーネは銀狼を銀狼と呼べるのか。普通に考えて犬とかだと思うのだが、面倒なのでそのままにしておいた。作中での会話は全て英語のつもりなので、翻訳する過程でそうなったと思って頂きたい。
………なんか凄く賢くなっているような気もするが、気のせいである。

繰丘椿の冒険。
実はこの章の中に「繰丘椿の冒険」なるものもあったのだけれど、あまりにブラックかつ惨いので割愛。これに関してはエピローグで少しだけ語ってる。

フラットの天才性。
友人曰く、「フラット出鱈目過ぎ」。
狙ってやってるので仕方ないんですが、筆者のフラットへのイメージは徹頭徹尾こんな感じです。この設定がまさかあんなところで活かすとは思いもしなかったぜ。

魔術協会の特許登録証明書。
遠坂時臣氏も取ってたらしいので、きっと繰丘夫妻も取ってるはず。なんかの伏線で使おうかと思ってたが、そもそもどうやって発展させるのか途中で忘れてしまった。

市議の一人。
ティーネの知る由もないが、ジェスターによって無力化されたあの人です。

グレーム・レイク空軍基地。
初めてスノーフィールドの設定を読んだ時、「これ近くにエリア51があったよな。成田ならこれを絡めてきてもおかしくないんじゃね?」という感想を抱いたのでそのまま使いました。原作でも使うに違いない。

十四番地。
これはプロトタイプ版できのこが十四番地に何かある、という伏線を回収した物。なので根拠はある。あまり意味はないけど。

現地のフリーランス。
ZEROの画集にアメリカを舞台にした東出祐一郎のアナザーストーリー「Heart of Freaks」というのがある。ナタリアと幼い切嗣が活躍している。おなじアメリカだということでこれも盛り込もうと思ったのだが、結局使う機会はなかった。

経済的優位性。
アポクリファでユグドミレニアが資産の三割を投じてゴーレムの材料をかき集めたりしていた。戦争は何かと金がかかるし、こっそり動くにしてもなかなか難しい。戦争はずっと前から仕掛けられていたというのを伝えたかった。
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