Fate/strange fake Prototype -Another Player-   作:縦一乙

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「え? これマジですんの? この量を? 一人で? この俺様が?」

「はいはいそうですよ。他に誰がやるんですか。はい、これチェック表。後で確認しますからサボらないでくださいよ」

 もうキャスターの言うことにいちいち反応するのも面倒と言わんばかりに《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の技術スタッフ二名は容赦なく稀代の英霊に分厚い資料とチェック表を差し出した。古の英霊からして電子ボードでも使った方が効率がいいのではないかと思うのだが、ものがものだけに改竄防止措置のためには「紙に手書き」というアナログが一番らしい。

「えー。俺超忙しいのに」

「つべこべ言わないでください。俺達だって忙しいんですから」

 穴蔵でジャパニメーション見ていながら何言っているんだという視線がキャスターに突き刺さるも、キャスターは目前の仕事量に呆然として気にしてはいられない。

 久方ぶりに出してもらえた穴蔵からやってきたのはやはり穴蔵。しかもキャスターが居た部屋よりもよっぽど厳重だ。普通こういうのは“生み出した物”より”生み出した者”の方の扱いを上にするべきではないかと思う。

 いや、別にこれ以上拘束されたいというわけではないのだが。

 見上げるほどにでかいこの宝具はその実体のほんの一部に過ぎない。

 宝具開発コード《スノーホワイト》。

 キャスターが作った三つの最高傑作の中でも最高と賞賛しうる究極の名にふさわしい宝具である。

 基本となる部位は元々ある程度作られていたのでキャスターがやったことといえば昇華による機能強化くらいであるが、予想外に反応が良すぎて予定スペックの軽く一〇〇倍以上の出力をテスト段階でたたき出した暴れん坊である。

 それだけにメンテナンスは24時間欠かすことができず、そして不安定でありながら拡張作業を続けているので常に未完成。キャスターが前に見たときと比べスペックが少なくとも二割は増強されている。ここの技術者はバランスというものを考えていないに違いない。ここまで拡張するなら相談の一つは合ってもいいのではなかろうか。

 俺って相変わらずマスターに信用されていないんだなぁ、とため息をつきながらダラダラとシステムチェックに突入する。キャスター以外にもできないこともない作業であるが、作業効率は専門スタッフがきびきび動くよりもダラダラキャスターがやったほうが良いというどうしようもない事実がある。

 信用していなくても使える者は使えということか。何かしら急がざるを得ないことがあったことがよく分かる。

「いやこれ誰が拡張したんだよ。パワーばかりで効率下がってんじゃん。システム面も見ようぜ? てかここのバグも放置するなよなー」

 資料にパッチ追加必須と書いて一ページ終了して時間を確認。一枚に必要とする作業時間×資料枚数を軽く計算。予定完了時刻はあと二時間ほどではあるが、とてもじゃないが終わりそうにない。さりげなくそのことを告げてみたら作業時間が追加された。もうこれはサボれという神のお達しではなかろうか。

「ああくそ! 地獄に落ちろマスター!」

 それでも生来の気性はそうさせない。どんだけサボろうと決意しても一目見れば些細なミスも見つけてしまうし、些細であっても放置できない。修正作業をメモしながら、改善案が思い浮かべばそれも書かずにはいられない。思い切って何もしなければ先の作業を無意識に思い出しふと新たなアイデアが浮かび上がることだってある。

 これは困った。

 自分はいつから仕事大好き人間になったのだろう。

「って、おい! A68とF42Dに配線ミスががあるじゃねぇか! 2-5-24基盤は使えないから交換して廃棄! ついでに第3層の比率を一対九から三対七に調整しろ!」

「ついでの方が面倒じゃありませんか!?」

 現場で悲鳴を上げる技師のケツを蹴りつける。どういう扱いであろうと彼等はアシスタントとして制作者たるキャスターの指示に従わざるを得ない。そして短くはあるが一緒に働けば妙な連帯感と仲間意識が芽生えるというものだ。

 そしてそこが、隙となる。

 キャスター一人となった現場で黙々と作業すること数十秒。技師の走る音が遠くなった頃にキャスターはうつむきながらもハッキリと言葉を紡ぐ。

「これで、人払いは済んだぜ?」

 作業スピードは緩めない。あくまで自然に動く。作業時間から計算すると配線ミスでせいぜい一分、基板の交換には二人がかりで三分、ついでに指示した比率操作は二人が別々に担当しながら調整するので安定するまで五分はかかる。ここに戻る時間を考えれば更に二分。安全マージンを考えると余裕があるのはせいぜい一〇分といったところだ。

「……いつから気がついていたのかしら?」

「いや、軽いハッタリだ。居ないなら恥ずかしい思いをするだけだった」

 後ろから聞こえた声ではあるが、作業をしながらキャスターは決して後ろを振り返らない。キャスターの行動は監視カメラによって常に観測されている。怪しげな行動は取れない。うつむいて口を隠しているのもそのせいだ。

「だが可能性は高いと思ってたぜ。ジャックが姿隠しの宝具を欲しがってたからな」

 恐らくキャスターが他の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》とここに同行した時点からずっとついてきたのだろう。この宝具を使えば、認証を必要とするドアも一緒に入ることで回避が可能だ。女風呂に是非一度使いたい宝具である。

「ええ、重宝しているわ」

「《石ころ帽子》と名付けてる」

「単純にスカーフと呼ばせてもらっているわ」

 キャスターの命名にはアサシンは断固として拒否した。「石ころ」は分かるが、なぜ「帽子」なのだろうか。

「それで、お前さんがアサシンか」

「ええ。私が本物のアサシン。宮本武蔵はアサシンなんかじゃない」

 情報の共有。ジャックの言っていることを全面的に信じていたわけではないが、宝具を使いながらとはいえこの気配遮断スキルは紛れもなくアサシンそのもの。

「眉唾物だと思っていたが、これで俄然真実味が帯びてきたな」

 このメンテナンスもいささか急すぎた。資料にはいかにもなことを書かれて誤魔化されていたが、宝具を実戦投入――一体誰と戦ったというのか。

 マスターが何かを隠しているのは予想していたが、おそらくはジャックから聞き及んでいたイレギュラーなサーヴァントにでも遭遇したのだろう。先日フェイズ5に移行したばかりでこの状況。脚本の修正もあのマスターでは間に合わない。

 いっそのこと全てを任せてくれたなら上手くできる自信があるとキャスターは思うが、マスターの頭の中にキャスターの名前はどこにもないのだろう。

「……それで、ジャックはお前さんに何をしろと言ったんだ?」

「いいえ。私はお眼鏡に適わなかったみたい。一方的に色々と言われただけよ。だから、あなたに会いに来た」

「すげぇな。あいつ生前は策士とかか?」

 それについてアサシンは何も応えなかったが、キャスターにしても内心興味はないのだろう。唯一興味があるのは、キャスターがこのアサシンとの会合を期待してジャックと同盟を結んだ点だ。

 こちらの期待以上に応えてくれる。

「先に忠告しておくぜ。ここで俺から情報を仕入れたら誰にも気付かれないように脱出、しばらくは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》から距離を置け。できれば街を出た方がいい」

「命令?」

「忠告だっつってんだろ」

「それは残念ね。ここであなたを殺してこの怪しげな宝具を壊せば事態が動きそうだけど?」

 何やら首筋に冷たいものが当たる感触がする。察するに、ナイフか何かで脅かしているのだろう。

 しかし舐められたものである。キャスターを殺すのにアサシンなら素手で一秒もかからない。弱さについては定評がある。

「命が惜しいから止めてくれ。それに俺を殺せばここからの脱出は不可能になる」

「あら。ここの宝具については何も言わないの?」

「それについては俺の苦労がパーになるから止めて欲しいって程度かな?」

 常日頃から嘘をついているキャスターではあるが、この嘘がアサシンにどれだけ通用するのか甚だ疑問である。わざわざキャスターが出向き整備調整を行う必要のある巨大宝具――怪しいことこの上ない。

 いっそのこと、壊したら大爆発するとでも言っておけば良かったか? あのマスターのことだから本当にそうしている可能性も高いし。

「まぁ、いいわ。時間の無駄だしね」

 キャスターの葛藤は顔に出したつもりはなかったが、アサシンはどうやら見逃してくれたらしい。もしくは気付かなかったのか。

 同時に首筋から冷たさがなくなる。

「まず一つ確認するわ。この聖杯戦争、裏で暗躍する者がいるのは本当?」

「おっと。そこからか」

 できればジャックから全て聞いておいて欲しいが、ジャックはそこらへんからキャスターに丸投げするつもりらしい。

 アサシンの質問にキャスターは返答を濁す。さて、ここはどう答えたものか。答えることは簡単だが、これは中々に入り組んでいる。

 ふむ、と数秒ペンを走らせる手も止めて考える。

「……お前さん、競馬ってわかるか?」

「知識としては」

「この聖杯戦争を競馬に例えるなら、俺達サーヴァントは馬だ。そしてマスターは騎手。そして馬券片手に応援してるのが協会や教会の連中だ。そこにコースを作り障害物を用意する運営員会ってのもあって当然だよな」

 本来の冬木の聖杯戦争であれば審判が教会で、聖杯が運営となるわけだが、スノーフィールドにおいては審判不在で運営は人間である。そして運営はその存在をひた隠しにして見守るばかり。はっきりと審判として名乗り出てもよさそうだが、事後処理をキャスター陣営、いや、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》に任せていることからその組織の有り様はキャスターから見ても異様である。

「その運営が暗躍してるってことかしら?」

「いいや、運営はまだ何もしてない。たぶんマホガニーの机で葉巻を咥えてふんぞり返ってるだけだろう。奴らにとってこの状況は動くに値しない事態ってことさ」

 口を出すことはあるようだが、何か具体的な支援があるわけでもない。確かに《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》に肩入れはしているが、それにしては積極性がなさ過ぎる。そして、他の勢力に何かするわけでもない。恐らく彼らの仕事はスノーフィールドの外にあるのだろう。

 キャスターとして探りも入れてみるが、あらゆる手を尽くしても立ちふさがるのはマスターたる署長だ。全容を把握したければ署長の口を割らせる必要があるが、そんなことができれば苦労はしない。

「運営が何もしていないのを信じるとして、では一体誰が暗躍してるというの?」

「それこそ、俺よりも実際に暗躍してる本人に聞いた方がまだ真実に近いと思うぞ?」

 アサシンの疑問にキャスターは呆れたように答える。最初に「そこからか」と言ったのはそういう意味だ。

「さっきの喩えで言うと、出場馬が六頭なのに、七頭目八頭目がレースに参加してる。それが暗躍者だ」

「……あれが?」

 顔こそ見えないが、恐らく怪訝な顔をしているのだろう。とてもそういう風には見えない、というところか。

「付け加えておくと、本人は馬だから走ることに夢中でそれ以外のことを知っている可能性は低い。真に暗躍しているのはその後ろにいるオーナーだろうが、どれだけ知っているか怪しいもんだな」

 事実、バーサーカーはそうしたことを分かっていながらアサシンと共に居る筈の東洋人と会いはしなかった。会っても無駄。むしろ、何か仕掛けられている可能性がある以上迂闊な接近は禁物である。必要とする状況が生まれなければ接触することは今後もないだろう。

 そういったところもアサシンとバーサーカーが同盟を結ばなかった理由でもある。

「今は別行動中だよな? ジャックには保護を頼んだと思うんだが」

「いざとなればどうにでもなるからこその別行動よ。それにすぐ戻るわ」

 一体どうやってすぐ戻るのかは聞かないが、できる限り穏便に。力任せに出て行くのだけは止めてもらいたい。

「じゃ、もう一つだけ聞くわ」

「もう時間がない。手短に願おうか」

 時間を見ればもう余裕はない。モニターに第3層の比率を表示させれば、既に調整が終わりつつある。これが安定すれば作業員も戻ってくることになる。

「聖杯は、どこにあるの?」

「……俺は知らされてないな」

「そう、わかったわ」

 そう言って、あっさりと背を向け立ち去る気配がする。含みを持たせて食いつくよう会話を誘導しようというのに、この女は実に駆け引きが分かっていない。

「いや、おいおいおいおい」

 ついカメラを忘れ思わず振り向いてしまい、慌てて背伸びをしようと失敗して椅子から転げ落ちたような演技で誤魔化してみる。大根役者だなと自分でも思うが、これくらいのことでいちいち見咎められるとも思えない。

「これから何をするつもりだ?」

「あなたのマスターを捕獲、尋問する」

 こともなげに言い放つアサシンの(見えないが)後ろ姿に待ったをかける。

「お前、俺ですらどこにいるのか分からない人間をどうやって浚うつもりだ?」

「……」

 キャスターの一言に押し黙る気配が感じ取れた。内容を吟味し今後の策を考え思いを巡らせるくらいの時間があった。

「一応言っておくが、警察署に突っ込むなよ。絶対いないし罠があるからな?」

「……なら、調べておいて」

 出した結論は他人任せだった。暗殺者というのは身体を動かすのはともかく頭を動かすのは苦手なのだろうか。

 しかし自らのマスターといい、同盟相手といい、そしてこの考えなしの暗殺者といい、どうしてこうも自分で解決するという手段を使わないのだろうか。利用しているというよりされている感が半端ではない。

 だがこれも全てを相手取るための布石だ! と自らを鼓舞してそんな役割を喜んで引き受けてみせる。

「顔面が引きつってるわね。何を企んでるの?」

「……分かったから、後は全て俺に任せて大人しくしとけ。ジャックから通信機はもらっているんだろうな?」

「この宝具と一緒に受け取ったわ。使い方が分からないけど」

 そこは自分で調べろ、と怒鳴りたかったが、立ち上がり口元がカメラに写るのでキャスターは何も言わなかった。だがこのキャスターの顔だけでアサシンは全てを判断してもらいたい。

「ひとまず、俺のマスターの令呪が邪魔だ。だからそれをどうにかできる算段がつくまで大人しくしておいてくれ」

 転げた椅子を直し、その上に座って作業の続きをする真似をしながら、頭をかきむしる。やるべきことが山積しているのに、どうしてこうも必要のない作業が降りかかってくるのだろうか。

「そう。なら一画分は何とかしてあげる」

「……あん?」

 ここでようやく、一方的な情報提供からの変化があった。

 令呪一画分を何とかするとアサシンは言った。奪う、消去するなどという意味だろうが、それにしては一画というのは随分と中途半端だ。

「そんなこと、どうやってするっていうんだ?」

「それは企業秘密。難しいことではないわ」

 けど二度は無理、と告げながらアサシンは今度こそ立ち去る気配を生じさせる。

「いや、ちょっと待て――」

 もっと詳細が聞きたいとまたも大根役者で後ろを振り向くが、頬を風が撫でるだけでそこには何もない。

 この閉鎖空間で風など起きるわけがない。おそらく宝具の使用による瞬間移動。これについてはジャックから聞き及んでいた能力だ。だがこの場所に来るために姿を隠して付いてきたところからどこにでも移動することができるものでもないらしい。

「……これはなかなかにやっかいな宝具じゃねえか」

 目の前の馬鹿でっかい宝具を見上げながらもキャスターはアサシンの宝具を評価する。もしここに瞬間移動できるなら、いつでもこの宝具を破壊できることを意味している。もしかしたら手を誤ったのかもしれない。

 嘆息しながらキャスターは頭をかきむしる。

 キャスターの目的は三つ。

 ひとつは、この聖杯戦争の行く末を見届けること。

 ふたつは、そのために何としてでも生き残ること。

 最後は、舞台を面白可笑しくするために動くこと。

 署長についていけば最後以外の目的はほぼ確実に達成できる。けれどそれでは駄目なのだ。署長についていけば、至極つまらない結果が目に見えている。最後の目的は確実に遂行できない。

 なにせ彼は希代の浪費家としても有名なのだ。舞台に上がる全てのキャストにはそのあらん限りを出してもらわねばならない。六体のサーヴァントに六人の魔術師、暗躍する東洋人も、それを操ろうとする者も、まだ動き出そうとせぬ運営も!

 そのためには、まず――

「作業終わりました。これでいいですか?」

「ご苦労さん、それとさっき気付いたんだが、ここの200番台から500番台まで新たに作り直してもいいか? こう、もっとスマートにできそうなんだ」

「構いませんが、意外と凝り性なんですね」

「こういうのはほっとけない質なんでなぁ」

 千里の道も一歩から。

 ひとまず地道な作業からキャスターは開始した。

 

 

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「やはり、そう簡単に尻尾を掴むことはできませんね」

「まあ手がかりくらいは見つかってるだけ一歩前進じゃないかな?」

 舞い戻ってきたスノーフィールド中央病院をティーネとフラットは歩き相談していた。

 一日中夜であるこの世界において時間の感覚はどうしても希薄となるが、それでもほとんどまる一日かけて二人で調査した結果は限りなく黒に近いグレーであった。

 事務所から失敬した設計図を元に歩き回ったが、どうにも歩いた距離と図面の距離とに誤差が生じている。正確に測ったわけではないから何とも言えないが、これが単なる設計ミスとも思えない。秘密の通路なんて露骨なものは見つけられなかったが、どこかにあるのは間違いない。

「何かあるとすれば地下だけど……そんな通路は見つからなかったし、人除けの魔術の痕跡も見当たらないね」

「何か仕掛けでもあるのでしょうか?」

「エレベーターのパネルでも調べてみる? カードリーダーが隠されてたりするかもよ?」

 冗談ではあるが、可能性としてはなくはない。だが、あまりに広すぎる敷地には数多くのエレベーターがある。その全部調べるのですら一日仕事だ。最悪、この真下に何かがあっても入り口は敷地外、ということもあり得る。

「……それで、椿と銀狼はどこです?」

「ここの二階だよ。どうやらそこが元々椿ちゃんが眠っていた場所らしいんだ」

「休めるなら、この際どこでもいいでしょうに」

 休むのならば動きやすい一般病棟の方が都合がいいのだが、椿がそれを望むのなら多少の不便さには目を瞑る。

 この同盟の中でもっとも注意せざるをえないのは何を置いてもライダーが常に傍にいる椿である。危険性は低いが何がきっかけで暴走するか分からず、そしてそれを御するためには椿の冷静な判断が必要だ。少なくとも、ティーネの言葉を理解できるだけの余裕は持ってもらわねば困る。

「……人が増えてきました」

「時刻が午後の十一時だから、現実世界で就寝する人が増えたんだろうね」

 窓の外で無言で何か遊び始める人の数が急速に増え始めている。かと思えば廊下を徘徊していたりベッドに横になっているだけの人も居る。遊ぶ人間と遊ばない人間とに別れ始めているのだ。

 一体どうやってライダーがこの世界に人を招き入れているのかは一向に分からないが、その目的は恐らく椿を楽しませること。ということは、この事態はひとつの事実を浮かび上がらせる。

 つまりは、ライダーの処理能力に限界がきている。

「このまま人が増え続けたらどうなると思いますか?」

「単純に遊ばない人が増える……ってだけでもないか。たぶん、現実世界に戻れない人が増えて、その全員がライダーに魔力を吸い尽くされる」

 この世界が椿の夢であることは既に周知の事実である。これだけの規模の別世界が長時間現実に構築されることは不可能であり、椿の脳内にある魔術回路の働きと椿自身の証言から間違いない。

 物の修繕といった体外への魔術は発動しないのに視力強化といった体内への魔術が発動するのもそう考えれば辻褄が合う。

 そうすると、困ったことに椿の魔術とライダーの能力は一見相性がいいように見えて実はまったくの正反対であったりする。

 無機物はただそれだけでは動かず、状態を維持し続ける。しかし人間はそうもいかない。動いて物を動かし、時に壊し、時に創造する。それは椿の中の世界を改変するということだ。端的に言えば、ライダーの能力は、椿が作り出すこの世界に過度な負荷をかけ続けてしまっている。

 その証拠に最近の椿の動きはどこか精細さを欠いている。頻繁に休んでいるし、歩くことにも銀狼に乗って楽をする。車での移動中も寝てばかり。体力がないとかそういう話でもない。これは明らかに不調である。

「時間はあまりないようですね。この調子ですと椿がこの世界を維持できるのはあと一週間で限界……いえ、その前にスノーフィールドがライダーの手に落ちてしまう」

 先日までこの世界の人口はせいぜい数百人だった筈。しかし、今日は一気に数千人近くにまでその数が増やしている。この調子で増え続けるならあと二、三日でライダーはスノーフィールドの全住民をこの世界に連れてくることとなる。そうなるともう椿を含めて全滅以外の道はない。

「お先真っ暗ですね」

「ジャックがうまく動いてくれるのを祈るしかないかな」

 フラットは自らの手のひらを握り締める。

 この世界においてはその手は宙を掴むだけだが、現実世界ではその手には携帯電話が握り締められている筈だ。体外は無理でも体内への魔力干渉が可能なら、意識のない自分の身体を強制的に操り、携帯電話を操作することは十分に可能。ただし、視覚情報が得られていないのでうまくメールを送れているのか確認は取れない。バッテリーの問題もあるので恐らく外部との連絡をとる方法はもうなくなったとみていい。

「ジャックさんにうまく動いてもらっても助かる可能性は良くて四割、といったところでしょう」

 そして全滅する可能性が六割である。

 極端な話ではあるが、椿一人を生け贄に捧げれば他三人はほぼ確実に助かる。夢の世界とはいえ術者を殺せばその影響は現実世界の術者本人にも影響するだろう。そうすると魔術は解け、マスターを失ったライダーも消滅する。椿を守るライダーを出し抜く方法だけなら、いくらでもある。

 けれども、フラットがそれをすることはあり得ない。そしてティーネもその選択肢を受け入れない。同盟を組んだ以上、彼女は同胞であり、族長である彼女は同胞を裏切る真似は絶対にできない。

 確実な犠牲で生き残るより、全員が助かる可能性を選択したい。それが、二人の共通の考えである。

「問題はライダーを弱体化させる方法が見つからないってことだよね」

「あなたのサーヴァントでは不向き、アーチャーでは火力が強すぎますね」

 体内に対しての魔術の行使が可能であれば、令呪の機能に支障はない。令呪でサーヴァントを召喚しライダーにぶつけるのが目下のプランであるが、肝心のライダーへの対抗手段が分からない。バーサーカーではライダーを相手にできないだろうし、アーチャーだと周囲一体を焼き尽くして対処しそうだ。それではさすがに困る。

 椿に令呪を使わせるのが一番現実的だが、椿を現実世界に戻すためには令呪が二画必要である。そして何かあったときの保険に残り一画もできれば残しておきたい。ライダーの弱体化に令呪は使えないのである。

「最後まで情報を集めるしかないね。もしかしたら他のマスターもこの世界に来ているかもしれないし」

「期待は薄いですが、それしかないでしょう」

 それでも駄目なら、二人ともがサーヴァントを召喚し数に任せて追い込むしかない。だがあの英雄王が果たして素直にこちらの要望を聞いてくれるかどうか。

「――あれ?」

 考えを巡らすティーネの隣で、フラットは何かに気づいたような声を出す。

 こういうことは時たまある。通常の感性を持たぬフラットのこと、「この通りの信号ほとんど赤なのにあそこだけ青だ!」とか「あのおじいさんの腕のタトゥー、漢字が間違ってる!」とか「あの人パット無茶苦茶入れてるよ!」など枚挙に暇がない。ちなみに最後のものはどうやって見抜いたのかは分からない。

「どうしましたか?」

「声がする」

 口に人差し指を当てて静かに答えるフラットにティーネの警戒レベルが一気に跳ね上がる。

 声は、確かに聞こえている。前方、十数メートル先の「TUBAKI KURUOKA」と刻まれたプレートがある除菌室の中。中には椿がいる筈だが、椿の舌足らずな英語とは明らかに違った流暢な英語。

 これまでこの世界で声を出す存在は三人と一匹だけだ。ライダーがカタコトを喋ったことはあるらしいが、あいにく二人ともその現場を見たことはない。となると、必然的に声の主は見知らぬ誰か、ということになる。

 ライダーが傍に居る以上滅多なことが起こるとは思えないが、何かがあってから動いても遅い。

 除菌室はスライドドアで閉じられている。足音を立てずにドアまで接近し、中の様子を窺う。声の様子から女性が一人、しかし話の内容はわからない。

「フラット、確保します。突っ込みますよ」

「まず話し合わないの!?」

 ティーネの即決即断にフラットは抗議の声を上げるが、それに取り合うことなくティーネは躊躇なく行動に移った。フラットに奇襲を掛けた際にはあっさりと返り討ちにあった彼女ではあるが、だからといって実力がないわけではない。

 幼少時より族長となるべく育てられたティーネは武芸だって幼少時から鍛えられている。まだ身体が成長しきっていないため大した力にはならないが、それでも積み重ねられた鍛錬は街中のチンピラ程度なら瞬殺できるレベルにまで到達している。

 呼吸を整えると同時に、スライドドアを解放。目標を視認すれば後の行動は早い。

 ドアから目標まで五メートル。途中にある空のベッドを踏み台にティーネは天井近くまで舞い上がり、そのまま目標である女性の両肩に膝から突き刺すように体当たり。女性が床に倒れ伏すまでのわずかな時間にも両手で女性の手を捻り上げ、受け身も取らせない。

 ティーネの体重は軽いとは言え、その運動量による衝撃はかなりのもの。だというのに、女性の喉から悲鳴の一つも聞こえない。

「ごめんなさいっ、すみませんでしたぁ!」

 遅れて室内には行ってきたフラットは謝罪の言葉を吐き出すが、ティーネはため息をつきながらも女性の上からどいてスカートの汚れを叩いて落とす。

「謝罪は必要ありませんよ」

「そういうわけにもいかないよっ!」

「しても意味がない、ということです。フラット」

 慌てるフラットに落ち着くよう声を掛け、フラットの顔を強制的に女性に向けさせる。床から起き上がる女性は何やらぶつぶつと呟いているが、その焦点はフラットに合っているようで合っていない。

「予測していた事態ですが、予想よりも早い展開でしたね」

 先にも二人で話していたライダーの支配が二極化してきたという話。ティーネがフラットに言った予測とはこの世界に喚び出された人間が三極化することを意味している。

 この世界に喚び出された者達はティーネ達マスターのみを例外としてライダーに意識を奪われている。その上で操られているかいないかという違いがある。そこに第三極として、ライダーが支配しきれなくなった人間の中から自らの意志で動き始める者が現れ始める。

 最初は恐らく夢遊病のように、そうした人数が次第に増えていけば意識をはっきりと持つ者も出てくる筈だ。

 しかしこれは僥倖だ。こうした第三極の人間を早い段階で確保することには意味がある。

 ふむ、とティーネは女性を上から下に眺め見る。

 聴診器と白衣という見かけと理知的な顔つきからして職業は医者。そして椿が今現在眠っているベッドの傍にいたところから、もしかしたら椿の担当医かと当たりを付ける。

「強い衝撃を与えても覚醒しないということは操るまではいかずともまだライダーの支配力が強いようですね。話を聞き出すには好都合です」

「計算通りみたいに言われても君がやったことは許されることじゃない――って、好都合?」

「この世界は一年前であっても、この人物は現在の人間です。つまりは情報源として有効と言うことです。

 ――さて、あなたはこの病院のお医者様でしょうか?」

「……ええ、そうです」

 やや焦点があっていないながらも女医はふらふらと起き上がり、ベッドで眠っている椿の脈をとり、検査を始める。眠りについている椿は現実と違い起きることはある筈だが、よほど消耗しているのか目を覚ます気配はない。

「最近、何か変わったでき事はありましたか?」

「……テロが、最近多いようですね。私の元にも数人怪我人が運ばれてきました」

「この二、三日ではどうでしょう?」

 ティーネの言葉に女医はしばし考え込むように宙を見上げる。目線の先にライダーがいるが、女医もライダーも特に変化は見当たらない。

「確か……昨日どこかでまたテロがあったとか。山狩りをしたとか聞いたような気がするわ」

 女医の言葉にティーネは落胆した。もちろんそこまで期待したわけじゃないが、一般市民レベルであれば、その程度の情報であろう。

 だがこれではっきりした。まだ聖杯戦争は現実世界で続いている。ここに四人のマスターとサーヴァントが一体いるが、他のマスターとサーヴァントは現実世界で健在なのだ。いつ自陣に攻勢をしかけてくるか分からない。

 ここで悠長にしている暇はない。

「他に変化はありますか、身の回りのこととかで」

「そう……ね……忙しく、なったわ」

「忙しく?」

 ティーネの予想ではガソリン価格の高騰や消耗品の確保といったところでスノーフィールドの流通を探ろうと思っていたのだが、思いもよらぬ方向の情報が入ってきた。

 医者が忙しいのは当たり前ではあるが、あまり大っぴらに動けぬ聖杯戦争で大勢の死傷者が出ることはあまりない筈……いや、そういえばここに一体、そういうことを考えないサーヴァントがいた。

「風邪が流行ってるのかしら。抵抗力が落ちている患者が大勢いるの。もう病室は満杯で、私も風邪気味だから椿ちゃんの診察にいけないの……」

 病室が満杯、ということは既にこの地方医療のキャパシティを超えている程ライダーの影響力が広がっているということになる。保険制度が整っていないアメリカ社会でこんなことがそうそうあるわけもない。ライダーの影響下にある人数は数千人と考えたが、もしかしたら数万単位で広がっているのかも知れない。

 いけない。そう考えるとタイムリミットは数日などではなく明日にでも来てしまう可能性が出てくる。

 ティーネがそんな戦慄に沈黙をしていると、ティーネの後ろからフラットも女医に質問してくる。

「随分と椿ちゃんに親身になってるんですね」

 もう椿に関する情報は収集し終わり、これ以上役に立つ情報を得られる可能性もない。しかしわざわざ診察に行けないことを悲しそうに語る女医の姿に打たれたのか、聞かずにはいられなかったのかも知れない。

「もう一年のつきあいだし……ご両親もああなってしまったから特に、ねぇ」

 そして女医は髪を掻き分け椿の顔を慈しむような目をしながら「いつもより顔色が良さそうね」などと呟く。現実の椿より少し違っている筈だが、そうした細かな差異には気付いてはいない。

 うぅん、と椿が女医の行動に反応した。できればこのまま寝ていてもらいたいところだが、こうした第三極の人間に物理的ではなく精神的なショックを与えた場合の反応も見てみたいと、ティーネは判断した。

 それが、大きなミスに繋がるとは気づきもしないで。

「ご両親もああなったって、何があったんですか?」

 椿が起きかけていることも知らずに、フラットは再度問いかける。それは自らの好奇心や聖杯戦争の情報という以上に、椿個人の身を案じるための質問だった。だが、それは決して聞くべき質問ではなかった。

 特に、この場においては。

「ああ、殺されたのよ。ここの地下で解剖されたようだし」

 あっさりと、女医の口から残酷な事実が告げられた。

「椿ちゃんの身体から虐待の痕があったし、死んで本当に良かったわ」

 女医の言葉は全てが本音である。催眠状態とも言うべきこの状況では嘘をつくということはできない。心にあったそのままの言葉を強制的に紡がせる。

 女医が持つ椿に対しての愛情も、繰丘夫妻に対しての憎しみも、全て、本物。

 ピ、と音がした。女医が椿の耳に当てた体温計が結果を出したのだ。結果を見るために振り向いた女医の視界に、目を覚ました椿の顔が合った。

「あら椿ちゃん、おはよう。良かったわね、ご両親殺されたようよ。これで大きな病院に移れば目覚めることもできるかも……あら? 目覚める?」

 椿が起きた、という事態に女医は軽い混乱状態に陥る。椿は目覚めないという今までの認識と椿が目覚めているという現在の認識に齟齬が生まれるが、今の女医の処理能力は著しく低い状態にある。理解するには時間が必要であろう。

 だがこの場で最も混乱したのは女医ではなく、椿。そして最も慌てたのがティーネである。

 女医の発言は今最も注視しなければならない椿の精神を揺るがして当然の告白。まだ短いつきあいではあるが、椿が両親に対しどういう思いであったのかティーネは知っている。そして、実際に両親がどう椿に接したのかも、おおよそ検討がついている。

「椿!」

 ティーネが叫ぶよりも早く、ライダーが椿の心の動揺に敏感に反応していた。

 実際にライダーが何をしたのかは分からない。傍目からはただ女医に触れただけにしか見えないが、その瞬間、女医は瞬時にしてこの場から消滅する。現実世界に強制的に戻されただけなのだろうが、そんなことはどうでも良かった。

「――嘘」

 急な出来事に椿は混乱する。これではまるでライダーが女医を殺したようにも見える。だがそんなことを後回しにする程椿の心に占めていた疑問があった。

「ね、ねぇライダー? パパとママを、出して……出してぇ!」

「椿! 止めなさい!」

 ベッドの上の椿にのしかかり、抱きしめるティーネではあるが、それよりも先にライダーは椿の目の前に両親を出現させる。

 否。両親だったモノを、並べて用意して見せた。

 そこには手があった。足があった。皮膚があり、筋肉があり、爪がある。乳房もあり、性器もあり、舌もある。五臓があり、脳があり、眼球が転がった。解体された人体はこれが一体誰なのか分かる筈もないが、これら全てを合わせれば繰丘夫妻の形をなすに違いなかった。

 繰丘夫妻は魔術師だ。そして、おそらくライダーに最初に捉えられ、そして敵方に最初に捕らわれた人間でもあるのだろう。原因究明のためならば、これくらいのことは想定してしかるべき。

 だがそんなこと、まだ十歳の子供に理解できるわけもない。

「あ……あ……ああっ――!」

 すぐにティーネが椿の顔を隠すも、もう遅い。

 現実を突きつけられ、椿の心は、完全に拠り所を失った。

「い、いやだ。ねぇ、いやだよ、ねぇ!」

「椿、お願い、黙って! 落ち着いて!」

 ティーネの言葉は椿には通じない。フラットもこの状況がまずいことを察して椿に暗示の魔術をかけようとするが、生体を対象としても体外への魔術行使は無効化されてしまう。これまでの実験で散々証明されたことだが、なら出力を高めれば暗示は利くかもしれないと、フラットは自らの魔術回路を励起させ、更にそれに応じて魔術刻印もフラットを補佐するべく働き始める。いつも使用している魔力の数百倍の出力であれば、この現象に打ち勝つ可能性は少ないながらもあるかもしれない。

 だが、結果としてフラットが暗示を使うことはなかった。

 これがあと一秒でも早ければ、結果は違ったものになったであろう。

 椿の言葉を、意志を、早急に封じ込めることに、ティーネとフラットは失敗した。

「もう嫌だ! 嫌だよっ!」

 涙を流しながら、椿はその言葉を口にした。口にしてしまった。

 

「こんな世界、なくなっちゃえばいいんだ!」

 

 瞬間、椿の手に輝きが生まれ、そして弾けた。

 マスターであれば誰もが持つ絶対命令権、その一画が、今ここで永遠に失われた。

「――――――――――!!!!!」

 その音がなんなのか、分かる者はその場にいない。だが、それは間違いなくライダーが命令を受諾した咆哮に違いなかった。

 

 

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スノーホワイト。
スノーフィールドというんだからスノーホワイトとかあるだろ、という安易な発想で生まれた宝具。名前先行で思いついたわけだが、蓋を開けると白雪姫の原作とかけ離れてまくってしまった。

キャスターの苦労性
冒頭だけのfakeとはいえ、キャスターがマスターの予想の上を行き面白可笑しく引っかき回す展開は誰しも予想したことだろう。しかしその通りになってはつまらないので、引っかき回すけど本人は本人で色々苦労してるんだよ、という感じを出したかった。この章だけのつもりだったのだが、結局全体を通してこんな感じの役回りになってることに書いた後に気がついた。
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