Fate/strange fake Prototype -Another Player- 作:縦一乙
その戦闘は何の打ち合わせもなく行われた。
これが騎士同士の戦いであれば互いに名乗りもあっただろう。街中のチンピラであっても、陳腐ながらも口頭による礼儀作法に則って殴り合いへと発展するだろう。獣ですら、互いに威嚇し合い相手の力量を探ったに違いない。
ここに互いに礼儀礼節を必要としない自然現象としての戦闘があった。磁石のS極とN極が近付けば互いに引きつけ合うように、その場に顕現した瞬間から一切合切の事情を抜きに両者は全力の一撃をお互いに叩きつけ合った。
スノーフィールド中央病院、その隔離病棟の屋上。
周囲の建物もあるので軽く跳躍すれば隣に移れるこの場所は、狭い屋上であっても両者にとっては広いグラウンドと然程変わりない。むしろこの場所より高い場所が少ないので大技を放ちやすく、また正面衝突以外の選択肢を取らせない、実に互いの理に適った環境であった。
両者は互いに力任せの一撃を放つ。そこに技量は関係なく、込められた魔力は絶大。一方の斬撃はその余波で敵どころか遙か後方にあるビルをも左右に両断してみせる。もう一方が放った魔力は濁流の如く敵を呑み込みながらその飛び散った魔力の飛沫は周囲一帯に小さなクレーターを幾つも穿ってみせる。
片や身体が左右に別たれ、片や魔力弾で身体はズタズタ。見る限り両者の一撃は致命傷で、相打ちのようにしか見えない。互いに知性を感じさせぬ戦闘であるならば相打ちの結末など珍しくもない。自らの勝利や敗北よりも敵の殲滅を第一義とするなら、むしろこれは自然な流れともいえよう。
だがそんな自然などここには存在しない。両者とも原型留めぬ身体でありながら方や横に敵を薙ぎ払い、方や先と同様濁流の如き魔力の放流。先と違ったことといえば、遠方のビルが倒壊したことくらい。
このままではまずイタチごっこだろう。同じことを同じように繰り返し、どちらが先に力尽きるかの根比べ。互いに追い詰められるところまでこない限り、この勝負に変化はない。
もしくは、
「お願い、止めてライダー!」
「矛を収めてください、ランサー!」
第三者の介入でも、ない限り。
「ツバキ」
再度放とうとした魔力を発射直前にキャンセルできず明後日の方向へと向けて飛ばしたライダーは十字に斬られた身体を再び集結させる。一瞬歩み寄ろうと戸惑いが見られたが、ライダーが椿の元へ行くことはなかった。
「――愚かなことを。これで僕が引かなければあなたの命はありませんでしたよ?」
このわずかな時間に元の端麗な顔立ちへと復元されたランサーは手を広げ立ちふさがったティーネに苦言を呈する。事実、ランサーはライダーが止まっていなければ容赦なく槍を振るうつもりであった。
「ああ、もしかしてあなたがジャックさんのマスターですか?」
「その根性なしは今頃この下であなたのマスターを介抱中です」
ややフラットについて怒気を込めながらティーネは説明する。
「私はアーチャー、英雄王ギルガメッシュのマスターでスノーフィールドの原住民の族長をしております、ティーネ・チェルクと申します」
ランサーに対しティーネはスカートを両手に摘んで一礼する。アーチャーから聞いてはいたが、その顔立ちと手持ちの武器からランサーのサーヴァント、エンキドゥに間違いないと判断してのことだ。そうであれば今後のことを考慮して名乗らぬわけにはいくまい。
「それは危ないところでした。では、あなたを殺すわけにはいきませんね」
「ありがとうございます」
予想通りの解答を得てひとまずティーネは安堵する。一体どこまでティーネの価値を高く見積もっているのかは不明だが、意識に留められたということはそれだけランサーの行動を鈍らせることも可能ということ。全員の身の安全を約束されなかった以上、この身を呈せば躊躇するだけの時間は生めるだろう。
そんな事態になるのは御免だが、しかしそれとは別に確認すべきことはある。
「ジャックさんから話は聞いていただけましたか? 彼を通じて不戦協定を提案された筈です」
それはフラットが予め用意していた保険の一つ。
携帯電話でフラットがジャックに現状を伝え、同盟を組んだ全員が現実世界に戻れるよう可能な限り他サーヴァントに不戦協定を結んでもらうよう依頼していた。
特に事情を知らぬアーチャーが召喚された場合、ティーネがいるとはいえ問答無用で殲滅しそうであるし、万が一にでも銀狼がサーヴァントを召喚する状況になった場合、一体どのサーヴァントが召喚されるか分からなかったからである。
「ああ、あれは君達の策ですか。条件付きで承諾はしましたよ。無抵抗の者であればマスターやサーヴァントでも、僕に傷つけるつもりはありません」
こういう事情だったか、とランサーは頷いた。事情は知らぬようではあったが、何にせよこれでここからの脱出計画はまた一歩前進したことになる。
「ただし――」
ティーネが安心したのもつかの間。ランサーの整った容貌に殺気が生まれる。
「このサーヴァントだけは例外、かな」
槍を宙で回転させ、ランサーは明かに戦闘スタイルで槍を構える。明かな戦闘意志を見せつけるライダーに対して、バーサーカーと約束した不戦の条件はクリアしていない。しかし、例えそれをクリアしたとしても例外であるとランサーは告げてみせた。
「大丈夫です! 私のライダーはもう人を傷つけません! そう命令しました!」
ライダーの前でティーネと同じくランサーへと手を広げ立ち塞がる姿は、椿にとって実に勇気が必要な行動だったに違いない。先ほどまで自分を殺そうとしていた者の前で背後を見せるのもそうだし、殺気全開で構えるサーヴァントを前に意見すらしようとするのだ。
その椿の手に令呪はもはや一画しか残っていない。
椿が助かるために令呪は使ってはならないと約束させられてはいたが、椿は自らの意志でその約束を破った。これ以上仲間が傷つく姿を見たくなかったし、それよりもライダーの意志を尊重したかったのがその理由だ。
そのために、椿は自身にかかるありとあらゆるリスクを許容している。己の死はもちろんのこと、また一人でこの世界に取り残される覚悟すら椿はしていた。それは他人を知ってしまった今の椿には死よりも恐ろしいことの筈だったが、そんなことが些事だと椿は令呪を使ってみせた。
その覚悟は椿とパスで繋がっているライダーも感じ取っていた。だからこそ椿を助けたいとライダーは必死になって解答を模索し、そして結論を出していた。
ライダーには「人を傷つけるな」という令呪の強制力が効いている。だがその範疇にサーヴァントは含まれない。
第一の令呪、第二の令呪、両方共に逆らわず椿を助ける手段は、もはや目前のサーヴァントに頼るしかないと、ライダーは判断していた。椿には申しわけないが、ライダーにとってランサーとの戦闘は互いの存在意義を抜きにしても必要不可欠。
「――――――――――!!!!!」
それは先にも聞いた咆哮。だが先と違うのは叩きつける相手が自らの意志で選べたことだろう。それは相手となったランサーも十分承知のこと。
「悪いけれど、僕は親友以上にこういった手合いが嫌いなんだよ。一ついれば際限なく増える存在なんて、さ」
そう言って、ランサーは立ち塞がる椿とティーネを軽く飛び越えライダーへと立ち向かう。ライダーも黒い霧を凝縮させ応戦の構えをとった。
実を言えば、このライダーに対して勝利できる可能性のある英霊は非常に少ない。そしてその少ない英霊の中で、この聖杯戦争でそのまま立ち向かい斬り結ぶことのできるサーヴァントはこのランサーだけである。
あの英雄王でさえ実際に戦えば絨毯爆撃による全面火力制圧か対界宝具によって空間毎消失させるかの二択しかなく、それでもなお確実に殺しきれる自信はないだろう。
しかし、ランサーは違う。
ランサーが保持する宝具、創生槍ティアマトはこの世のあらゆる生命の原典であり原点である。あらゆる物理攻撃を無効化し魔力攻撃をも耐え凌ぐライダーではあるが、その本性は“死”を振りまくペイルライダー。そんなライダーの性質は古の城塞以上の強度であろうと“生”の象徴たる創生鎗ティアマトの前には紙切れほどの意味もない。
生前の因縁があるとすれば英雄王だけではあるが、その在り方についてはランサーとライダーは“生”と“死”の対極関係にある。それこそ、互いの存在意義を考えればぶつかり合うのも道理。
そして、両者が交じり合うことはあり得ない。
「――――――――――!!!!!」
そして三度、ライダーは咆える。
互いに都合の良かった筈の屋上は椿とティーネの登場により御破算となった。新たな戦場に移ろうかというランサーが跳躍する最中、地に足を付ける必要のないライダーは空中をもって新たな戦場に選んだ。
桁違いの魔力を持ってはいるが魔術そのものを習得していないライダーには必殺宝具たるものはない。ライダーができることは魔力そのものを材料として加工し投げつけることのみ。初歩魔術としての魔力弾と原理は同じであるが、しかしその威力は桁どころか位すら異なる。
空気を圧縮すると熱を持つ。それは物理学の基本のひとつではあるが、これを同じような要領で魔力を圧縮するとどうなるのか。空気を極限まで圧縮すれば数千万度の温度を内包するプラズマと化す。では、魔力では?
ライダーが打ち出した魔力弾は野球ボール程の大きさが四つ。速度もそこまで大したものではなかったが、空中という身動きできぬ位置取りがランサーに全弾回避の選択肢を与えない。
四つの魔力弾のうち二つは創生鎗によって弾かれ、防がれた。残り二つのうち一つは身を捻ってなんとか回避はできたが、それがランサーの限界だった。
あの《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が様々な手を尽くし、最終的に大規模爆発を引き起こしてすら涼しい顔をしていたランサーが、受けた一撃に苦悶の表情を浮かべる。
左肘から当たった魔力弾はそのままのスピードで左脇腹からランサーの体内を経由して右肩付近から出て行った。泥人形である彼は衝撃を受け流すことでダメージをなくすことができるが、今受けた魔力弾はその泥人形の泥そのものを削り取っていく。ランサーの身体である《天の創造(ガイア・オブ・アルル)》はAランク相当の攻撃も無効化する宝具であるが、ライダーのあの魔力弾にはそれ以上の威力があったということになる。
「なかなか、やるではないですか」
泥を破壊したのならその破片を回収すれば元通りとなるが、削られた以上は元に戻すことは不可能。それだけランサーの戦闘能力が低下したこととなる。だがダメージはランサーの全質量の3パーセント程度。この程度であればまだ許容範囲内。
「いいでしょう。あなたの挑発に乗ってさしあげます!」
本体の質量が更に減ることを承知でランサーは背中から大きな翼を生やし、一気に上空へと飛翔していく。その速度は既に遠くとなったティーネや椿の視界に映りながらも視線が追いつかないほど。そしてライダーにしてもその緩慢な動きではうまくランサーを捉えることができない。
「お返しですよ」
その速度のままに創生鎗を振るうランサーにライダーは碌な抵抗もできずに再度真っ二つとなり、返す槍で四等分に分割される。すぐに再生を果たすが、しかし創生鎗での一撃はただ受けるだけでかなりの魔力を消費していた。
結局は互いの身体を削りあう戦闘がここでも繰り広げられる。だが先みたいな無様な攻撃の応酬ではなく、そこには簡単ながらも戦術が練られはじめていた。
元来、「生」と「死」の強弱は「生」の方が圧倒的に強い。増えると言うことは「生」が「死」を上回るからだ。そういった意味で「生」のランサーは「死」のライダーよりアドバンテージがある。
周囲をランダムに旋回しながらランサーはゆっくりと削ぎ落とすようにライダーの身体を削りとっていく。そのたびにライダーは身体を修復し反撃しようとするが素早く動くランサーにライダーの攻撃は悉く当たらない。
「コレハ……ヨクナイ」
その光景を誰よりも冷静に見ていたのは何を隠そうライダー本人である。
魔力弾の威力は高いが、その分魔力消費も高く命中率は限りなく低い。それでいてライダーの処理能力では一度に放てるのは無理をして五つまで。再生をしながらだと三つ作るのが精一杯。
唯一の救いは未だもってライダーの魔力は潤沢であること。人を傷つけることを禁止はされているが、傷つけないと判断できるところまでの魔力吸収はライダーの中では禁止とはなっていない。事実上八万人分の魔力を得ているライダーをこの調子でランサーが削るにはあと数時間以上かかることだろう。
しかしランサーとの短い戦闘の中でもライダーは更なる進化を得た。
同等以上の敵の登場にライダーは己の最適化を行い、自らに何があるのかどういうことができるのかを再検証する。
肉体を持たず、ただ疫病という概念を得た魔力の塊は動くことには不向きであり収束させることにも効率的ではない。一番正しい選択肢は反撃もせずにただ薄く広く潜伏することである。疫病においてもっとも恐ろしいのはパンデミックに違いなく、これによりいかにランサーといえどライダーを消滅させることは不可能になる。ただし、その場合英霊とは名ばかりの悪霊にすら劣る雑霊となることは避けられない。復活には相当な時間が必要となるだろう。
マイナス要素ばかりが列挙されるが、そんな中にあってライダーはようやくその存在に気付いた。
「イヤ、マダ、リヨウデキルモノガアッタ」
それは、概念としてはあり得ても実験する者などいない禁忌の御業。
――現代知識を参考に可能性を検証。
――理論上では不可能ではないと判断。
――魔力パスによる仮想モデルを構築。
――ローカルエリアネットワークの存在を認識。
――実験素体をランダム抽出、実験開始。
――無意識領域の部分的確保に成功。
――集合的無意識を断片的に確認。
――原型への接続には失敗、ただし低レベルでの電気信号変換コードを入手。
――リスク許容値を再定義。
――容量、メモリ、ハードの安全を確認。
――素体のセキュリティを全解除、疑似回路を作成、書き込み開始。
――実験終了。
――成功事例の検証開始。
――自壊抑止のため制御システムを構築開始……構築終了。
――創生成功。
――命名、固有宝具《感染接続(ワン・フォー・オール オール・フォー・ワン)》。
――《感染接続(ワン・フォー・オール オール・フォー・ワン)》起動常駐開始。
「……なんですか?」
ニヤリ、とライダーが笑ったようにランサーには見えた。
ライダーの攻撃は実に単純であり、こうして中距離での交戦で油断さえしなければ何ら怖いものでもない。脅威となるのはその魔力量だが、いいだろう、持久戦を望むのならこちらとしても構わない――
「なっ!」
すっかり持久戦を覚悟してしまったランサーにとって、油断すまいと思った瞬間にその言葉を思い返すことになる。
それが魔力弾であったことには違いない。大きさも速度も威力も、先と変わりない。しかし、放たれた魔力弾は四つどころか、
「この数は一体!?」
もはや豪雨にも似た弾幕にランサーは驚きを隠せない。ライダーの姿が視認できなくなる量の魔力弾が、今一斉に放たれた。
姿を隠せぬ上空ではこれでは格好の的でしかない。回避仕切れず両翼に空けられた穴を見ながらこれを機に垂直降下してライダーの魔力弾の射線の外へと逃れる。再生させた両翼により低空を飛べば、ビル群が邪魔をしてライダーの魔力弾は効果を発揮できなくなる。
――いや、その程度で済むのか?
ランサーの疑問は一瞬。そして従来より備わっている最高クラスの気配感知スキルによってこれがまだ終わりでないことを悟っていた。
数は少ないが、いくつかの魔力弾がフォークボールのように遅れて下へと落ちてくる。それがただの変化球である筈がない。
己の直感に素直に従い、ランサーは重力加速も付与して一気にスピードを上げて引き離す。みるみる魔力弾との距離は開いていくが、案の定魔力弾はこちらへとその進路を変更して見せた。近場の魔力源に反応するようプログラムされているのだろう。
距離を離すことは簡単だが、いつまで追ってくるか分からない以上不安要素は排除しておかねばならない。
ライダーから見えぬビルの影で変化球を創生鎗で薙ぎ払う。こうなってしまっては、今までの戦法は通用しない。戦術そのものを練り直さなくてはならない。ランサーがビルの向こうにいるライダーを睨み付けながら思考を巡らすが――
「!?」
あの数の弾幕をビルに向けて放てば必ず倒壊する。それ故に前兆を感じ取るのは容易である筈だったが、またもそれが油断となってランサーは再度自らの肉体を欠損させることとなった。
大きさはわずか数ミリ。威力はその分多少落ちているが速度は比べものにならず、残光によるそれはレーザーと呼ばれるにふさわしい攻撃。小さいが故にビルそのものに被害は少なく、結果としてビルを貫通してきたそれにランサーはまたも対応が遅れてしまう。いや、今この段階にあってもランサーはライダーの攻撃に対応できていなかった。
レーザーの回避は難しいと判断し創生鎗で即席の盾を展開させる。軌道の読みやすいレーザーであれば回避はできずとも防御は難しくない。そしてそれをライダーも見越して既に次の手を打っている。
ランサーがそれを確認したのは盾を展開した直後のこと。レーザーのような極小サイズとは対極の極大サイズの魔力弾。それがビルを迂回し、左と右からふよふよとこちらを目指してくる。そしてランサーの気配感知スキルは更に上にも同じような極大サイズの魔力弾を認識した。
瞬間。
音よりも早く眩いばかりの光の衝撃波が周囲一体を粉砕しへ拡散していく。周囲一帯のビルはそれに耐えきれず、倒壊すら許されずそのまま吹き飛ばされる。同時に起こる急激な減圧によって、流れ込む空気の渦はそれ以上の衝撃を爆心地へと叩き込んでいく。
濛々と舞い上がった黒煙が風で吹き払われれば、そこにはもはや残骸すら残らぬクレーターしか残ってはいまい。
「ワタシ、ハ、ココデマケルワケニ、イカナイ」
――既定限界値に接触。
――宝具《感染接続(ワン・フォー・オール オール・フォー・ワン)》常駐解除。
疲れを知らぬ筈のライダーではあるが、心なしかその声には疲れがみられる。
わずか一分にも見たぬライダーの連続攻撃。費やした魔力は全魔力量の半分以上。事実上あれが通常戦闘におけるライダーの最大威力である。
だが、これを進化の一言で言い表すには非常に無理がある。
以前にフラットが試算したが、ライダーの処理能力はNPCであれば千人程度、はっきりとコントロールするとなれば百人程度が限界だ。そしてその限界は多少増減することはあっても急激に増えることはあり得ない。
事実、ライダーはランサーに通用する威力の魔力弾を生成するのに処理能力を限界まで使用しても五発が限度だった。だというのにいきなりその生成数を増やし、大きさも大中小と揃え、追尾に拡散といった機能まで付与してくる。ついでにフラットとティーネがライダー仕掛けた連鎖術式による威力増強プログラムも参考にしていきなり魔力弾に導入してきた。ここに至るともはや魔力がいかに強大であろうと解決することのできる問題ではない。
サーヴァント一体でできる能力の範囲ではないのだ。
だから、ライダーは借りてきた。
自らの力の処理を、他人の力によって補った。
具体的には、ライダーが支配下に置く八万人の感染者の脳を使って。
「まったく、無茶苦茶、ですね」
よろり、とクレーターと化した爆心地でやや小さくなったランサーが創生鎗を杖に立ち上がる。
ダメージは相当にあるのか、立ち上がることすらようやくといった感じである。そしてライダーがいかにして処理能力を得たのか予想できたのだろう。ランサーの言葉はこの攻撃ではなく、ライダーが行った無茶苦茶な処理方法を意味していた。
コンピューターの連結による情報処理速度の向上は今や世界中で行われていることであるし、処理能力を上げる方法としては至極真っ当であり簡単でもある。人間だって一人でできないことをしようと思えば複数人で作業する。ここまでは決しておかしな話ではない。
問題は、コンピューターを連結するのと同じように人間の脳を連結させて情報処理能力を上げようという発想である。
差異はあれど、ハードウェアとしての人の身体は基本的には同じ構造で造られている。となれば、個々人で扱えるフォーマットとインターフェイス、インストール機構を用意すればコンピューターと同じように処理能力の向上は行われる筈だ。
理論上、では。
だが当然のことながらそんなことは不可能に限りなく近い。何故なら言語や経験や性格といったフォーマットとなるソフトウェアは個々人で全く異なるからだ。インターフェイスとインストール機構そのものはライダー自らの“感染”によって成立しているとはいえ、このソフトウェアだけは既存のものをただ利用するだけではどうにもならない。
八万人いれば八万通りのソフトウェアがある。それを分析し、共通基盤を見つけ出し、そこに新たな回路を書き加えるというのは一歩間違えれば八万人を一斉に殺しかねない綱渡りにも等しい所行である。
だがこれをライダーはこのわずかな時間の間にやってのけた。八万人に共通の回路を書き加え、ライダーがやろうとする処理を八万人に肩代わりしてもらった。言っていることは簡単だが、技術的には数百年経っても不可能だろう。
まさしく、無茶苦茶である。
「けれど人を傷つけない、という約束は本当だったようですね。もう一度あれを行えばいかに僕でも消滅は免れない」
その言葉に応じる余裕はライダーにはない。
再テストを繰り返せばもっと効率よく使えるかも知れないが、そんな余裕はもはやどこにもないし、代理処理をした八万人はゆっくりと休養を取らせない限り使い物にはならない。
ライダーに残されたカードはあと二枚。一枚は時間稼ぎで、一枚は博打。この期に及んで勝算があるというだけマシであろう。
残った魔力を使って最後まで温存しておいた伏兵をクレーターとなった場所の周囲へ配置する。その数は五。本気のランサー相手なら時間稼ぎにもならないだろうが、弱った今ならまだ希望がある。
「ツバキ、モウイチド、アナタノソバヘマイリマス」
そう言ったライダーの言葉には、強い決意が込められていた。
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椿とティーネはその光景を瞬きもせずにずっと見続けていた。
衝撃から身を守るためティーネは椿の上に覆い被さり、腹ばいになりながら状況の推移を見守り続ける。
ティーネがこれまで調べてきた聖杯戦争の記録においてもここまで被害範囲の大きい戦闘はない。ここが夢の世界であることを幸いに思うが、もし現実世界であればこの時点で数万単位の死者が出たことに違いない。
「これが――サーヴァント同士の戦い」
倒壊どころか吹き飛ばされるビルの轟音にかき消されるが、ティーネは我知らず呟くことをせずにはいられなかった。
ティーネがこの聖杯戦争に参加した理由はこのスノーフィールドの地を我らが原住民の手に取り戻すこと。これ以上余所者にこの地を穢されないための聖戦であった筈。
しかしそれは、もしかしたら早計であったのかも知れない。
英霊とは言え個という縛られた存在であるサーヴァントは、その戦い方からして本来であれば対人宝具が最も戦闘に適した宝具である。対軍や対城を想定する宝具など真っ正面から向き合わなければ手段などいくらでもある。要は、使い勝手の問題である。
では、このライダーとランサーの戦いはどうかというと、これはもう互いに戦争としか言いようのない攻防である。ライダーについては言うまでもなく、ランサーにしてもその槍がどうしても対人を想定した宝具には見えない。あの一撃の威力と余波は明らかに対軍レベルである。
限定的ながら不戦協定を結んだということだが、それを無視する状況になればスノーフィールドの地そのものがただでは済まない。それこそ、今のうちに令呪を使い同じ高位のサーヴァントであるアーチャーを縛っておいた方が安全かもしれない。
この夢の世界にやってきて、ティーネは実に多くのことを学んできた。
無力な自分でもできることを探し、協力関係を築き上げ、次へと繋げる行動を率先して行っている。それでいて、彼女は自らの無力さと傲慢さを噛みしめ、如何に自分が周囲を信頼していなかったのかという事実も突きつけられた。
今なら英雄王がヒュドラを退治した時、何を言いたかったか分かる。英雄王を崇めながらも信じることをせず、それでいて表向きの忠誠を示したつもりになっていた。油断などしていない、と思いながらも油断しかせぬ愚か者だった。
令呪のある手を握り締める。
「滑稽、ですね」
この令呪はアーチャーを縛るために使わないと決意する。そしてスノーフィールドのために使おうとティーネは誰ともなく誓った。
令呪が何故彼女に宿らなかったのか、そう思えば簡単であった。
聖杯は、彼女が令呪を持つにふさわしくないと最初から見抜いていたのだ。資格がないと、お前では力不足だと最初から言われていたのではないか。
「椿」
「あ、え、うん? 何?」
ティーネの下で同じようにライダーとランサーの戦闘に見入っていた彼女に声を掛け、衝撃が収まったことを確認して立ち上がらせる。
彼女の両親を差し置いて椿に令呪が宿った理由がよく分かる。ライダーは令呪に苦しみながらも最後まで椿を慮っていた。ライダーのあの成長は紛れもなく椿による教育の賜だ。
ティーネはライダーに追い詰められ殺されかけてはいたが、だからといってそこに恨みはない。ティーネはライダーが負けることを望まない。そして椿が殺されることを許さない。
ふっ、と自嘲気味にティーネは笑う。以前の彼女であれば、間違いなくすることのなかった笑い方だった。そして、ティーネはランサーとライダーの戦いをよそに椿に向き合い話しかけた。
この状況でこんなことを言うのは間違っているのだろう。戦いの趨勢を見守り、状況が一段落するのを待つべきだ。冷静に考えれば誰にでも分かる理屈。それでも、ティーネは戦況から敢えて目を逸らし、椿の目を直視する。
今この時、ここで言わねばティーネ・チェルクは必ず後悔する。
だから、口にする。
「椿。あなた、私の妹になりなさい」
「え? え?」
意味が分からないのか、椿はティーネの顔をまじまじと見つける。見つめることしか彼女にできることはなかった。
「今の私とあなたの関係は同盟よ。当然、状況が動けば最終的に破棄されるあやふやな関係。それこそ、ただの口約束である以上、今この場で椿が私を裏切ったとしても仕方がないことなの」
「そ、そんな……私は、お姉ちゃんを裏切らないよぅ」
「えぇ、あなたがそんな子でないのはよく分かっている。それはフラットも、そして銀狼も一緒。それに、一番みんなを裏切りそうな人間は間違いなくこの私」
何故、という椿の顔をティーネは優しく撫でる。
「私には目的がある。このスノーフィールドの地を解放するという、原住民の長としての目的が。そのために障害となる者は全て排除しなければならない」
「私とライダーはそんな邪魔はしないよ!」
「ええ、分かってる。けれど、私はマスターである以上、直接手を下さずともあなたのご両親の死について責任の一端がある。それについて私はあなたに謝ることはできないし、別の理由であってもあなたが私の前に立ち塞がるのなら、私はあなたを殺さねばならない」
「む、難しすぎて……お姉ちゃんが言っていることがよく分からないよ」
まだ幼く、成長過程でありながら一切の勉強もしていない椿からしてみるとティーネの言い方は非常に難しかった。だが面と向かって、誰かがやらなければ私が直々に椿の両親を殺していた、とはさすがのティーネも言いづらかった。
しかしもし、将来時間が経ってこの言葉を思い返すことがあったのなら、この時のティーネの気持ちは必ず椿に伝わる筈だ。
「理解しなくてもいいわ。今、私はあなたに求めることは、身内……つまり家族になりたいということ」
「それは……ドーメイとどう違うの?」
同盟の意味をよく分かっていない椿にとって、家族と同盟は全く別物でありながら共通点を見いだしにくいものなのだろう。そして家族となる、という意味も椿には理解できていない。
「私は、スノーフィールドの族長……最終的には、必ず一族のためになる行動をしなければならないの。だから、椿。あなたが一族にとって障害になるなら、私はあなたを倒さねばならない」
「だから私はそんなことしないよ!」
「いいえ。違うのよ、椿。私は、一族の不利となるのなら、例えあなたが窮地となっていても助けることはできない。見捨てることしかできないの」
ティーネの告白に椿は次の言葉を紡ぎ出すことはできない。
幼い彼女にそういった状況を想定するのは無理だし、そういった状況に陥らぬよう動くことも難しいだろう。だが困惑こそすれ、ティーネの指摘はこれから起こりうることであることは椿でも理解はできた。
だからこそ、椿は何も言えない。
つい先ほども両親の死のショックでライダーを苦しませ、みんなが苦しむのがイヤで約束を破って二つ目の令呪を使ってしまった。それが幼さ故の仕方のないことだとしても、おいそれと許されるというものではない。責任を取れるものでも、ない。
何を言っていいのか分からず俯く椿とは逆に、再び戦場を見据えるティーネの視線がブレることはない。
もう先ほどのような大技同士の戦いは一旦終了したのだろう。ライダーはどこかに消え、代わりにランサーを囲むようにして傀儡が五人、互いに連携しながら戦っている。
ティーネが知るよしもないが、この時ランサーを相手にしていたのは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の部隊員達である。対サーヴァント戦を想定して訓練していた者達をライダーは経験や判断能力をそのままに魔力で強化して戦わせていた。
だがこれは事情を知っていたとしても彼らが時間稼ぎ以上の役割が果たせるとは思えない。消えたライダーがどこに行ったのか分からぬが、何らかの大技を仕掛けてくるであろうことは容易に予測がついた。
それも、あと数分以内に。
「椿。今すぐ答えを聞きたいとは思わないわ。だから、じっくりと考えなさい」
そう言って、ティーネは椿の身体を抱きしめながら、周囲をゆっくりと見渡した。
一日中夜であるこの世界であっても光源は多いが、それでも埋め尽くせぬ闇は確かに存在している。そしてティーネはその闇が、徐々に広がっていくのをハッキリと確認していた。
ランサーもそのことに気がついたのだろう。やや手こずりながらも何とか五人の傀儡を無力化して、慌てて上空へと飛翔していく。月をバックに槍を持つその様はまさしく天の御使いであり、反対に地面に蠢くライダーは地獄の亡者を彷彿とさせる。そして両者の関係はさほど間違ってはいなかった。
そしてはっきりと、両者が漲らせる魔力が遠く離れたティーネ達にも伝わってくる。
先に仕掛けたのはライダーだった。
ティーネには町が海と化し波がうねったように見えた。
極玄の塊。普段は霞となって宙を漂うだけというのに、その濃度が最大限に圧縮されると、こうも粘性を持った重油へとライダーは変質する。重油の例え通り、そこに火を放てば燃え盛らんばかりの本性が発揮される。
これこそがライダーの本性にして本能。小細工など元より考えず、ただ死を振りまくだけの単純な機能にのみ特化した、ただの物量。街全体を呑み込む圧倒的な魔力量を力任せに相手にぶつける宝具ですらない突撃。
ライダーが震える。ただそれだけで、それを眺めるティーネの全身は自然と瘧がついたように震えが止まらない。別にライダーは何もしていない。これは、人類のDNAに刻まれた“死”が自然と表層に表れただけに過ぎない。
顕現しただけで世界を浸食するライダーは、全てを捨て去りながらも標的となる存在だけは忘れはしなかった。
消耗したとはいえ、未だライダーの魔力量は桁違い。そして迫り来る魔力の波は数十センチの飛沫などではなく高さ数十メートルにも及ぶ大津波である。故に受け止めるにはやっかいであり、全方位からの強襲はランサーに回避を許さない。
これは単なる魔力による攻撃などではない。魔力そのものが本体ともいえるライダーにとって、これほどの魔力を動員した強引な手法は最終最後の自爆攻撃。攻撃が成功してもしなくても、残った魔力がゼロに近ければライダーはただではすまない。
「ショウブダ、ランサー」
「ははっ! 君の声を初めて聴いたよ、ライダー」
どこから放った声なのか、全方位から聞こえるライダーの声にランサーも応える。
「やはり君との決着はこんな形になると予想していたよ」
そんな危機的な状況に合って、ライダーは涼しげな顔で自らを取り囲む黒い闇を一瞥する。途中視線がティーネと椿に合うが、その瞳に感じ入ったものはなかった。彼の興味としては彼女達がいる隔離病棟内のマスターを思っていたことだろう。
「その物量こそ君の最たる武器だ。だが、それは僕も同じこと――!」
そして、ランサーは自らの宝具の封印を解いた。七つの頭を持つ不定なる竜の槍がその姿を白き輝きへと変えていく。
封印を解かれ主の命令の声を今か今かとその槍は猛っていた。余りにも巨大なその身を無理に縮め、狭きこの隠れ身から現世へとその姿を顕現させてゆく。
最初に零れ落ちたのは小さな一滴。
だがそれは決壊するダムの最初の一滴に過ぎなかった。
「――さあ、始まりの時間だ。全てを呑み込め、ティアマトよ!」
主人の声にティアマトは声なき歓喜の咆哮をあげる。
これこそがあらゆる生命の原典、生命の記憶の開始点。
我ら生命が一体どれほどの年月を掛けて今日まで生きてきたのか、その記録は全てティアマトへと保存されている。
滴の一粒一粒がその記憶。その力は確かに積み重ねられた有限なれど、それは確かに全ての魔術師が欲して止まぬ“根源の渦”と同質の存在。
原初の海水は進化の歴史に連なるありとあらゆる生命を内包する。この水に触れた存在は地球上の生命である以上、決して抗うことを許されず、最終的に触れた存在を自らの一部と化す強制権を持っている。
それが今ここに、振り翳された。
「――《天命渦巻く混沌の海(ムアリダート・ギムリシュン)》!!」
ティアマトから決壊するように放たれる濁流は、ランサーを呑み込まんとするライダーと拮抗する。
だが所詮はただの魔力。そしてただの疫病。全ての生命全ての進化を内包したティアマトは、全てにおいてライダーの上位存在。例えどんなに強化し魔力を集めようとも、ライダー如きちっぽけな存在が受け止められるほど小さなものではない。
時間が止まったかのように拮抗したのは、ほんの一時に過ぎなかった。ライダーという器に注がれたティアマトの濁流はあっけないほど簡単にライダーの器にヒビを入れ、次々と決壊させてゆく。
街を呑み込むライダーではあったが、世界を埋め尽くすランサーに勝てる道理などどこにもなかったのだ。
押し負け倒れゆくライダーに追い打ちを掛けるようにランサーはライダーをティアマトが放つ原始の海の底へと押し沈めていった。
周囲を見渡せばティーネ達がいる隔離病棟以外は全て混沌の海へと還った。海から時折巨大な暗闇が立ち上がり、ライダーが最後の力を振り絞って抵抗しているのがわかるが、それもまた時間の問題。
スノーフィールド全体を覆い尽くさんばかりの暗闇は、その最後の力すらも尽き、混沌の海原は静かな凪が訪れていた。
決着は、ついた。
これ以上にないほどランサーの勝利であり、
ライダーの完膚無き敗北だった。
「――やれやれ。僕としたことが、意外と手こずってしまいました」
翼を収め、ティーネと椿の傍に降り立つライダーは当初見た時よりも幾分小さくはなっていたが、それでも二人を一瞬で屠るだけの余力はあった。
「いやだな。警戒しなくても結構ですよ」
にこやかな顔ではあるが――その視線はライダーのマスターである椿に向けられている。その手にはまだ令呪一画があり、つまりはまだこの混沌の海の底でライダーが完全に消滅していないことを意味している。
「この子を殺すのは、止めてもらえますか」
「それが一番手っ取り早い方法なのは御存知ですよね?」
ランサーの確認にティーネは黙って頷く。ティーネの服を握り締める椿のその手を、ティーネは優しく包み込んだ。
「見逃してくれたのなら、多分、いい物を見せられると思います」
「へえ?」
ティーネの言葉にランサーは興味津々と言った風に頷いてみせる。
「では、つまらないものであれば、斬り殺してもいいということですか」
「………」
ランサーの冗談とも本気とも取れる発言を無視しながら、それでも虚勢を張ってティーネは視線の先を海となったスノーフィールドへと向ける。
ティーネとフラットによって既にこの病院の地下付近が怪しいことは発覚している。あとはどこから侵入し何があるのか確認するだけだが、ランサーとライダーの戦いでその確認の手間が省けた。
上層にあった建物がなくなれば、あとは地下だけ。その地下もランサーの一撃に浸食されてもうじき底部を露出させることだろう。
おそらく地下に設置されているのは――この偽りの聖杯戦争を開催することになった“偽りの聖杯”そのもの。
さすがにこの海の中に飛び込み調査するわけにはいかないが、地下施設を軒並み浸食していった海水は程なくして地下に広がる大空洞に安置される“それ”を三人の元へ伝えてくる。
「――は、こ?」
最初に感想を述べたのは椿。直方体のその形は大きさこそ一〇メートル近いものだが、確かにそれは箱と呼べる代物だった。だが声にこそ出さなかったが、ティーネはその箱がまるで棺の様だとも思った。
ティーネには心当たりは、あった。だがそれがこの箱なのかと問われれば、分からないとしかいいようがなかった。
椿に至ってはそれが一体何なのかまるで分からず、ただその様子に見入るだけ。
二人して詳細を掴めぬ中、そうではない者がここに一人いた。
「まさか……いや、そんな……ありえない!」
先ほどまであれほどの強さを誇示してランサーだというのに、その動揺具合は見ているティーネが不審に思うくらいに酷いものだった。
「ランサー、あれが何か、知っているのですか?」
「……あれは、……“終末”、ですよ」
もうこれ以上直視に耐えられないとばかりに踵を返したランサーは吐き出すようにティーネの問いに答えた。そのまま階下にいる筈のマスターの元へランサーは歩き始める。すでに落ち着いてはいるようだが、その背中にはあらゆる思いが交錯しているのが分かった。
「……ちなみに、この世界から出るのにはどうすればいいのかな?」
「もうすぐですよ。この夢の世界をあなたの海が満たしました。飽和状態になったこの世界は後数分もすれば維持できずに崩壊することでしょう」
「そうですか」
ただそれだけ頷いて槍のサーヴァントはティーネと椿の前から姿を消した。性格からしてマスターの介護について礼を言うかと思ったが、それを相殺しても余りある仕事だったらしい。
もしくは、未だ動揺しているだけなのか。
「お姉ちゃん……もうすぐ、いなくなるの?」
「ええ、そうね。フラットは、この世界を飽和させるものがあればすぐにでも、と言っていたわね」
恐らくライダーもそのことを狙って最後の大勝負に出たのであろう。あれでランサーに逆転の目がなければ自らがこの空間を埋め尽くしこの世界を壊そうとしたに違いない。第一の令呪、第二の令呪、それぞれに逆らうことなく椿の命令を遂行しようとしたからこそ、あんな無謀な賭けに出たのだ。
生き残るだけなら、もっとマシな選択肢などいくらでもあるというのに。
この混沌の海のどこかに、まだライダーは生きている。が、それも時間の問題。椿が作り出したこの世界が崩壊するまでライダーが生き残れる保証はない。
「もう、会えない?」
「いいえ。現実に戻ったらフラットがあなたを起こしに行くからすぐ会えるわ。そうね、できればその時にでもさっきの答えを聞かせてくれると嬉しい」
「家族になるってやつ?」
「そう。私の妹になってくれると嬉しいわ」
そういって抱きしめるティーネに椿はまだ困惑したままであったが、椿の両手はティーネの腰にしっかりと抱きついていた。
この椿の夢の世界が消失するほんの数分ではあったが、二人はそうして抱きしめ合っていた。
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ランサーVSライダー。
創生槍ティアマトの能力を先に設定していたため、このカードの対戦は初期の頃から構想していた。原作ではランサーは戦うどころか逃げて(?)いたりする。
やや淡泊な戦闘だったので加筆しようかと思ったのだが、あえてそのままにしている。
宝具《感染接続(ワン・フォー・オール オール・フォー・ワン)》。
宝具、と呼んで良いのかわからないが、とりあえず一定以上の奇跡を起こせるなら宝具というくくりにしている。技といった方がいいかもしれない。
能力の一極集中という意味合いでライダーは命名したのだが、後日キャスターから、
「あの意味は『みんなが一人のせいで。一人がみんなのせいで』だぜ?」
と言われたとか。
姉妹の契り。
残念ながらマリ見ては読んだことがない。とりあえず場の流れからそうした提案をしたわけだが、まさか返事をラストまでひっぱることになろうとはこの時思いもしてなかった。
《天命渦巻く混沌の海(ムアリダート・ギムリシュン)》。
とりあえずアーチャーのエアに対抗できるだけのハッタリを利かせようと頑張った。成功したかどうかは微妙。
“終末”。
ランサーが忌避したもの。“偽りの聖杯”そのもの。この時まだ結末を迷っていたのだが、これを登場させたことで今後の展開は確定したりする。