Fate/strange fake Prototype -Another Player-   作:縦一乙

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「これは本当に実現可能なのですか……?」

 思わず声に出しながら何度も何度もその決して薄くない資料を読み返す。十分、二十分と時が無情に経過していくが、書かれている内容はちっとも変わってくれない。それどころか、細部まで読み込むことでこの計画の胆となる部分も見えてくる始末。この資料にリスクとリターンは具体的に書かれていないが、確かにこれはハイリターンだ。そしてある程度の知識があれば超ハイリスクであることも読み取れる。

 アメリカ国内にあるとある大学の秘密地下大図書館――その更に地下にある秘密書庫にて、青年は柄にもなく青ざめていた。従軍時代に紛争地帯で敵陣の只中に置き去りにされた経験もあるが、ここで知りえた事実の方が青年に与えた衝撃は遙かに大きい。

「納得してもらえたかね?」

 目の前にいる講師はじっくりと時間を掛けて青年を観察していた。それこそ、この部屋のドアを開けて一時間以上資料を読み耽っているその姿を子細に。愉しげに。

「納得なんて……」

 できるわけがない。

 それでも露骨に反論できないのは青年が駆け出しながらも魔術師であるからに他ならなかった。

 目的に対して貪欲であり、犠牲を顧みず、そのためならばどんなことだって行う魔道への歩み。

 まだその道に入って日は浅く、代も重ねてすらいないため魔術刻印すら持ってはいないが、彼には魔術とは全く関係のないところで生まれ持った才覚があった。しかもこの計画であれば青年は長年無縁と思ってきたその才覚を生かすことができ、駆け出しの魔術師でありながら大成することが約束される。

 命を賭けるという覚悟は必要ではあるが、リスクの大部分は他人が肩替わりしてくれるし、リターンに関しても人生を十回やり直してもおつりがくる。同時に、本来なら十代かけて積み重ねるべき血統すらもここで手にすることができる。これは並の貴族でも得られるモノではない。

 喉が渇いてしょうがない。

 こんなチャンス、今後あるとも思えず、そして断れば消されるだけ。消されるのが記憶か人生かは知らないが、資料を見せた講師は青年が引き受けない可能性を欠片も考慮していないことは明らかだった。

「質問をしてもよろしいでしょうか?」

「何かな?」

「何故、自分が選ばれたのでしょうか?」

「ふむ。魔術師にとって自惚れとは大切だよ? 自分に自信が持てなければ魔道を歩もうなどとは思わないからね」

 その言葉はまるでお前は魔術師に向いていないとでも言っているようにも聞こえるが、そうした他意は講師にはない。もとより青年に頓着していないようにすら見える。

「だが強いて言うなれば、君が候補者の中で最も選考基準を満たしていたからだ」

「選考基準について伺ってもいいでしょうか?」

「身元が確かであり、従軍経験もあり、一定基準の魔道を修めている。ああ、ついでにいうとそうした合格者は他にもいるが、計画中枢にいる人物として声をかけたのは君だけだ。最大の理由は分かっているとは思うがね」

「………」

 嘲るような講師の物言いに青年は何も言うことはできない。

 計画の第一段階において対サーヴァント部隊の育成が含まれている。そして青年が持つ才能とは、即ち魔術師の育成に他ならない。かの高名なロード・エルメロイⅡ世と比べると見劣りするのは確かだが、青年であれば『戦闘技能を持った魔術使い』に限った育成で彼をも凌ぐ実力を持つ。白羽の矢が立つのも当然であろう。

 既に青年はその歳で己より遙かに高位の魔術師を更なる高見へ送り出したことがある。それがかつての部下であったことも含めて調査は進められていた。というより、その元部下がこの計画に青年を推薦した可能性も高かった。

 若干の背景が分かってくると、余裕が少なからず出てくるものだ。落ち着いてこの計画を見直せばこれがどれほどの規模のものなのか予測もできる。

 スノーフィールドにおける“偽りの聖杯戦争”計画。元は別の計画に利用される筈だった“偽りの聖杯”を冬木の聖杯戦争を参考に作り替えた模造品。こんなことが計画されていると知れば協会と教会、双方が黙ってはいないだろう。よく今日まで騙し仰せたものだと感心すらする。

 寒いくらいの地下書庫だというのに、冷や汗が頬を伝って滴が落ちた。

「再度、お尋ねします。これは、本当に可能なのですか?」

「可能だからやるのだろう?」

 呆れたような物言いではあるが、やはり講師は青年を諦めさせるつもりはない。

「これは……世界を滅ぼしかねない――いや、世界を滅ぼすものです」

 もはや言葉を言いつくろっても仕方がない。願望機として世界の破滅を願えば世界を破滅させる、というものではない。これは、世界を滅ぼす機能しか持ち得ない。ありとあらゆる保険を掛け、その機能の一端を利用するだけにしても万が一の可能性で世界は滅びることになる。

「だから計画が立ち上がったのだろう? まあ、僕はオブザーバーとして、可能だ心配はないこの手に乗らない手はない、と美辞麗句を言っただけさ」

 そんな講師の言い方に一体“上”がどれほどリスクを理解しているのか疑問が残る。大方、この文字通り桁違いのリターンだけで押し通す腹づもりなのだろう。この様子では根回しは終了し予算も組まれていたとしてもおかしくはない。

「……先生は、この計画には参画されないんですか?」

 考えてみれば、この講師がただのオブザーバーというのも納得のいかない話だった。

「馬鹿かね君は。船名がタイタニックなんて豪華客船に乗るわけないだろうが。美味しいとこだけ戴いて不味いところは人に押しつける。それが世間の常識と我々魔術師の常識の共通点だろうに」

「先生らしいです」

 通用しない皮肉に嘆息して、もう一度資料に目を通す。これ以上この講師に質問したとしてもどれほどの答えが返ってくるのか逆に底が見えた。だからこそ、そのギリギリの質問は今のうちにしておく必要がある。契約書にサインしてしまえば、今後この講師と会うことはないだろうから。

「先生、契約をする前に質問しますけど」

「ん、何でも聴いてくれ。答えられる範囲ではあるがね」

「もし、自分が死んだり敵に捕まったりしたら、どうなりますかね?」

 そこで講師は一瞬だけ呆けた後、今まで一度として見たことない大爆笑を青年の前で数分間見せ続けた。

 青年としては至極まともな質問ではあったが、講師は一流の冗談だと思ったらしい。まあ、軍人崩れの魔術師が真面目な顔して問うてくるのだ。答えは知っていて当然だし、アメリカ国民なら子供に問うても模範的に答えるに違いない。

 曰く、テロリストとの交渉には応じない。

 曰く、アメリカはテロには屈しない。

 曰く、アメリカに敗北はあり得ない。

 

 

 

 そんな会話があったことを、署長はうっすらと夢の最中に思い出していた。

 あれが一体何年前の話だったのか定かではない。全ては自分の妄想で、ひょっとすると自分はこの計画のために造られたホムンクルスではないかとすら思う。滑稽だとは思うが、絶対にないと言い切れないのがこの業界の怖いところである。

 意識の覚醒は瞼の開閉よりも早かった。時間帯を腹具合や喉の渇きで推測しようにも昨今の疲れと不摂生が祟ってまるで分からない。だが幸いといっていいのか分からないが、ロープによって拘束された両手足の硬直具合から数時間以上、半日未満と推測できる。おそらく途中までは両手首と足首をくっつけるように縛って逆エビ状態で搬送していたのであろう。そのせいかどうにも背骨が悲鳴を上げてならない。

 重い頭を無理矢理動かし耳を澄ます。猿ぐつわも目隠しもされてはいない。自然な動作でわずかな音を出しその反響を頼りに部屋の大きさを推測するが、これはどうにもよく分からない。小さいようにも思えるし、大きいようにも思える。

 だがそれでも迂闊なことを署長はしない。慎重に慎重を重ねて周囲の情報を視覚を除いた四感で収集する。

 部屋の中には……誰も、いない。

 そう結論を出したのは約五分後。ゆっくりと薄目を開けて顔を動かさない範囲で周囲を探り、安全だと判断してからはまずは目に見える足首の縄を確認する。ロープの巻き数が多いほど緩めやすく縄抜けの余地が生まれるが、しかしこれはどうにも難しい。戦友の中には関節を外して脱出する雑伎団のようなやつもいたが、あいにくと署長にそんなスキルはない。

「ちっ、なら……」

 と、背中に位置する手首を縛るロープをベッドとの感触で確かめようと上を向くが、

「よう」

 実に自然な態度で、視界の隅でキャスターが椅子に逆座りしながら顎を背もたれに乗せ、右手を軽く挙げて挨拶してきた。街中で偶然出遭ったかのようなさり気なさだが、そんな偶然があるならこの世は即座に滅びた方がいい。

「……悪趣味な奴だな。いつからそこにいた?」

「多分マスターが起きる五分くらい前からだ。だから一〇分くらい前からかな?」

 いつ起きたのかもキャスターにしっかりと確認されていた。就寝時と起床時の見分け方として唾液の嚥下量というものがあるが、そんな喉の動きでも見ていたというのか。相当な暇人である。

「演技かどうかは見てりゃわかる。仮にも俺は劇作家だぜ?」

 普通の劇作家は現場にでて役者の見立てをすることはない。それは監督の仕事だ。

「……いや、嘘だろ」

「反応が遅いな。いつもならもっと早くに突っ込みが入っている頃合いだぜ?」

「おかげで目が覚めつつあるさ」

 重い頭を自覚する。これは魔術などではなく薬禍によるものか。だとすれば自己制御をいくら徹底しようが身体のどこかから必ずボロはでる。演技が無駄である以上、ここからは捕虜として動くべきか。

 ……だからといってジュネーブ条約に基づき認識番号を言ったところでどれほどの意味があるかは不明である。今までの経緯を考えれば無意味でしかない。

 署長が誘拐された以上、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は次席である副官が指揮権を継ぐことになる。元々猫の鈴として“上”に押し付けられた男である。反目せずとも信頼関係などあるはずもなく、署長を助け出そうと動く男ではない。むしろ今後発生するであろう責任問題を署長に押し付けるべく秘密裏に葬り去ろうとする方が自然だった。

 どっちに転んでも殺されることは確定した。

 味方は一気に敵になった。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》も一から署長が丹精込めて育てはしたが、あれは魔術師である前に軍人として教育してある。上官が替わったところでその根幹が揺らぐことなどあり得ない。秘書官を含めた腹心数名ならなんとかまだなるだろうが、逆の立場であったのならとっくに拘束するか餌として野に放つかの二択を考える。

 状況確認は終了した。

 もうこれ以上になく詰まされている。三手詰めというところだろう。初心者にも易しいレベルである。

「しかし、わからんな、キャスター」

「ん? 何がだ?」

 解せない、と署長はキャスターを睨み付ける。

 ――何故、裏切った?

 ――敗色濃厚だぞ?

 ――令呪はまだ一画残っているぞ?

 署長の脳裏に数々の質問が思い浮かぶが、その全ての答えにキャスターは笑ってこう答えるだろう。

 ――その方が、面白いだろ?

 そんな決まり切った答えを聴きたくて質問するわけではない。分かりきっている答えなど、聴く必要はない。

 署長が理解できないのはただ一つ。

「お前は、裏方でこそ活躍するサーヴァントだ。何故表に出ようとする?」

 劇作家は名声こそ手にすれ舞台に上がることはない。

 キャスターは組織という手足があって初めて活きるサーヴァントだ。例え他のサーヴァントと同盟を組んだとしても彼の実力が発揮できるとは到底思えない。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》がなくなれば、最終的にキャスターは足手まといとして切られる運命にある。

「あー……それか」

 痛いところをつかれたなぁ、とばかりに後頭部をかきむしるキャスターは教師に叱られる悪ガキの態度によく似ていた。

 痛む腰に力を入れ、足を振り上げ下ろす力で上体を起こす。これで視線の位置が同じになった。わずかではあるがキャスターにはプレッシャーになったことだろう。案の定署長から目線を逸らしてみせる。

 元から嘘吐きのキャスターではあるが、こうしたとき嘘をつかずに黙るのはまた珍しい。

「それについては、いずれ話す機会もあるだろうさ」

 そう言ってキャスターは自然に席を立った。そしてそのまま部屋を後にしようとするキャスターに思わず声が出る。

「おい、私に何か話が合ったんじゃなかったのか?」

「いや、今のところは何もねぇよ?」

 あっさりと告げるキャスターの言葉に嘘はない。では、何故ここにいたのか。何の意図もなくここにいたとするならば、それは大した演出だ。こちらを信用させる手段としては有効だろう。

「ただ、一応俺はサーヴァントでアンタはマスターだ。状況は変わっても関係が変わってないことは理解して欲しくてな」

 十二分に関係は変わったように思えるが、キャスターの中ではここで自らが上位に立ったとは思っていないらしい。

「俺が説得する必要もなく現状を正しく認識してくれているようだから、俺から言うことは何もねえのよ」

「私はまだ色々と聞きたいことがあるし、待遇の改善を求めたいのだがね」

 皮肉気味に足首に巻き付けられたロープを見せつけるが、キャスターとしてはこれ以上ここにいるわけにもいかぬらしい。

「そのロープはもうじき外すよ。その前に兄弟に会わせたい人物がいてな」

「誰が兄弟だ。……それで、一体誰に会わせてくれるんだ?」

 うんざりしながら署長は一応の突っ込みを入れつつキャスターに探りを入れてみる。

 キャスターは気分屋ではあるが、それでいて計算高い男でもある。裏でこっそり裏切るならともかく、ああも真っ正面から堂々と裏切る真似を簡単にする男ではない。その行動には必ず意味があり、意義がある筈なのだ。

 自然と、署長は身体が強ばっていることに気付く。

 これから会う者が誰かは知らないが、このキャスターをして裏切らせしめた者である可能性が非常に高かった。そんな者が只者である筈がない。

 いいだろう、と自由の利かぬ手足であっても背筋を伸ばす。舐められればそこで終了する恐れすらある。すでに向こう側には戻れぬ身、生き延びるためならなんだってするしかない。

 だがそんな署長の気構えも、キャスターによって粉砕される。

「ああ、気構えなくてもいいぜ。今から会うのは確かにこの聖杯戦争での重要人物かも知れないが、本人には自覚がないからな」

「……どういうことだ?」

「つまりは、こいつ、だよ」

 キャスターが開け放ったドアの先には、一人の……東洋人がいた。

「この“偽りの聖杯戦争”におけるイレギュラー。七番目のサーヴァント、宮本武蔵の元マスター様だ」

 キャスターの紹介に、署長は自らが何故誘拐されたのかを悟った。

 パワーバランスや、情報を引き出すために署長は誘拐されたのではない。

 この“偽りの聖杯戦争”の裏を知っている者として、現状を分析するアナリストとして、署長は誘拐されていた。

「は……、はは、……ははは、ははははははははははっ」

 思わず、笑いがこみ上げてくる。

 既に諦めていたとはいえ、これは想像以上のカードを引いてしまったと署長は込み上げる笑いを抑えることができそうにもなかった。これは“上”どころか、“偽りの聖杯”をもひっくり返せる大チャンスだ。

 全てを署長は納得した。

 聖杯戦争のシステムが根本から覆される可能性が出てきたのだ。そんな手札を見せられたのなら、キャスターが裏切るのも仕方がない。署長がその気になってしまうのも、無理はない。

「いいだろうとも東洋人――私は何だって答えよう。キャスター、長い話になる。茶菓子くらいは用意してくれるのだろう?」

 仰せのままに、と自らの高揚を押さえ切れそうもない署長に肩を竦めてキャスターは去って行く。

 この聖杯戦争の準備をしてきた段階から、署長はここまで歓喜に震えたことはなかった。これまでは軍人として必要とされたことはあっても、魔術師として必要とされはしなかったのだ。そんな己を不甲斐ないとすら思っていた。

 だがそうではなかった。群体の長としてではなく、個として署長が必要とされる場所があったのだ。

 もはや署長に迷いはない。自らがどういった立ち位置になるのか不明ながら、足元を確認するよりも先に駆け出すことに躊躇はなかった。

「時間がもったいない。私のことはどうせキャスターから聞いているのだろう。それで、君の名は何と呼べばいいかな?」

 署長の問いに、東洋人はしばし戸惑いながらもつたない英語で口を開いた。

 

 

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 その午睡を邪魔したのは例によってろくでもない喧嘩の仲裁のためだった。

 スノーフィールド南部砂漠地帯……というよりもはやラスベガス北部といった方が近い丘の上。スノーフィールドからラスベガス方面へ正規ルートを通らずに秘密裏に渡ろうとすればこの近辺を通らぬわけにはいかず、結果として何かしら後ろめたい人間を見つけるには都合のいい場所だった。

 起こされた時刻は午後の二時。日陰は涼しいがこれから最も暑くなる時間帯である。だというのに喧嘩は日向で行われていた。まったくもって正気を疑いかねぬ馬鹿野郎共である。

「どうしました?」

 溢れる怒りを欠片も出すことなく近付いてきた上官に敬礼をしてくるも、訓練所上がりの新兵はそれでもなお互いに睨み合いを続けてみせる。

 顔立ちからして粗暴さが目立つ馬鹿面だ。何度も上申はしてはいるがここに連れてこられるのは決まって前科のある悪ガキや使いようのない馬鹿ばかりである。人殺しに抵抗がないのは結構なことであるが、脳みそまで本気で筋肉が詰まっているのかという学習能力のなさと倫理観の欠如は本気でどうにかして欲しい。

「ふぁ、ファルデウスたっ」

「おおっと。私のことを階級で呼ぶのは禁止です。前にも言ったでしょ? ちゃんと覚えていますか?」

 にこやかな笑顔でファルデウスは無礼な新兵の首筋に当てたアーミーナイフを元の鞘へと戻す。一体いつの間に抜いたのか周りにいた全員が把握できてはいなかった。柔和なファルデウスがひとえにこの荒くれ者達の上に立てる理由は圧倒的戦闘力の差が大きい。特に初日に反抗的だった一人を永遠に黙らせたのが良かったらしい。

「それで、これは一体何の騒ぎですか?」

 本来であれば現場の全権責任者たるファルデウスがこんなただの喧嘩ごときに出向く必要はない。が、無視を決め込むにはこのベースキャンプは狭すぎた。

「あー……なるほど、つまり死体の数が足りてないってことですか?」

 これまた新任の女性副官の耳打ちにファルデウスが確認を取るように二人の新兵へ問い質してみると言いわけの嵐。聴かれたこと以外を喋るなと言う基本的なことも忘れているようである。

 いつまでもこの二人の言い分を聞いているわけにもいかないので二人を無視してファルデウスは死体を安置しているテントを覗き見る。数えてみれば、確かに報告された数よりも一つ足りていない。

 一応射殺死体は一体ごとに記録を取っている。ここでいなくなった死体は昼間日陰で休んでいたところを狙撃され殺された男のもの。足跡からどうやらラスベガス方面からスノーフィールドへ行く途中だったようである。これがどこぞの陣営の援軍だとしたら減点は免れぬだろう。

「こういうことがあるから“当たり”は油断ならないんですよ。無理をしてでも《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》から何人か引っ張ってきた方がよかったですかねぇ……」

 まったくもってつまらない任務だとファルデウスはぼやく。

 ファルデウス達が今受けている任務はこの付近を渡ろうとする人間の射殺である。射殺した人間の多くはただの一般人(臑に傷を持つ者が多いが)であるが、中には当たりもいる。

 つまり、魔術師だ。

 現在射殺したのは全部で八六名、その内魔術師らしき人間は九名である。そうした“当たり”かもしれぬ死体は他の死体を選り分けている筈なのだが、その死体袋はどう見ても八つしかない。

 死んだふりをしていたのかそれとも蘇ったのか。判断は付かぬが今更どうしようもない。あの馬鹿者共のことだと改めて他の死体袋の数も確認したが、やはり一人分の死体がなくなっている。

 いつまで続くか分からぬこの作戦に兵士達が“遊び”を取り入れたのを黙認したのがまずかった。誰が何発で何人仕留めたのか賭けがあったらしい。中でも魔術師の射殺死体はポイントが高いのだそうだ。

「こいつらにも魔術師の怖さを教えなければなりませんかねぇ……」

 スノーフィールドでランガルの人形を壊した時、その光景を間近で見た兵士達の衝撃は生半可なものではなかった。ここでの仕事は簡単とはいえ、いつ逆襲されてくるかは分かったものではない。むしろこのルートは通れないという認識を植え付けるための作戦なので進退窮まれば一斉に襲いかかってくる可能性も低くない。

 射撃ポイントは常に変えさせてはいるが、もうそろそろそのパターンも限界である。ここいらで何か手を打つ必要はあるだろう。

 と、

「タイミングがいいですねぇ」

 まるで見計らったかのようにファルデウスが事後処理をしようとパソコンの前に座ると同時に囲うようにして設置されている三台のモニターに電源が点る。だというのに映されているのは『SOUND ONLY』の無機質なロゴのみ。もちろん相手からはモニター上部に設置されたカメラを通してファルデウスの顔は見えている。

「まったく便利なシステムですね。いつから御覧になられていたのですか?」

 今まさに魔術師に逃げられたばかりだ。それ以外のことについては特段処罰されるものではないが、このポジションは軍事裁判を彷彿とさせて嫌になる。

『たった今だよ、ファルデウス君』

『君がパソコンの前に座ったようなのでね』

『君の手を煩わせぬようこちらで操作しておいた』

「ありがたいかぎりです」

 それなら事前に心の準備くらいさせてくれた方がよっぽどマシなのだが。

「報告書をこれから書こうと思っておりましたが、ならこの場をお借りして口頭で済ませてしまって構わないでしょうか?」

 冗談ではあるが皮肉を込めたファルデウスにしかしてカメラの向こうの御仁は信じられない言葉を口にしてみせる。

「――それは、本当ですか?」

 報告書を書く必要は本当になくなった。いやあ、冗談でも言ってみるものだと頭のどこかで混乱する誰かがいる。

『ああ、本当だとも』

『署長は、MIAと認定されたよ。キャスターが手引きしていることから事実上POWということだが……まあ、こうした事態になった以上我々が成すべきことは頭をすげ替えることだけだ』

「……それで、私に白羽の矢が立ったってことですか」

 あまりにも想定外の事態にあのファルデウスでさえそう返すことが精一杯であった。

 キャスターの裏切りによる署長の誘拐。それによって《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は事実上機能不全に陥り、早急な立て直しを要求されている。

 確か“上”の息のかかった副官が存在している筈だが、やはり“上”から見ても駄目であったらしい。一度会ったことがあるが、あの程度の男では《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は十全に機能しないだろう。

 いや、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の選抜と育成は署長の専権事項である。鈴としての役割を果たせるのがあの男しかいなかった段階で署長はこうした事態を読んでいたのかも知れない。

 そのおかげで自分は戦争の裏方から一陣営のトップに抜擢されたのだから感謝するべきか。

『すでに作戦は署長の独断でフェイズ5まで進んでおる』

『そこに君の責任はない。好きなようにやりたまえ』

『君の部隊も《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》とは別に使用しても構わんよ』

 次々とされるお膳立てに断る理由などどこにもない。

 運が回ってきた、などとは思わない。最終的に残った陣営を鏖殺するのが彼らの役目であったのだ。それが少しばかり早まっただけのこと。内心これを待っていなかったといえば嘘になるが。

「身に余る光栄です」

 心にもない世辞ではあるが、ファルデウスの顔に張り付いた喜色に偽りはない。

 魔術教会のスパイを止めてまで宣戦布告の大役を務めたのだ。これで戦場を遠くにただ無防備な人間を撃つだけの裏方で終わるなど、これ以上つまらないことはない。

 通信を追えた後、ファルデウスは念のためカメラの届かぬところへと身を置いた。五分ほど沈思した後、さてと立ち上がる。

 あと小一時間もすれば迎えが来る。その前に色々と準備というものがある。まずは散々殺してきた死体をトラックに詰めさせ、テントを片付け撤収準備。忙しさにかまけて忘れかけていた最後の片付けも処理しておく。

 丁度迎えが来た頃合いに大体の作業は終わらせることができた。

「ファルデウス殿、お迎えに上がりました」

 迎えにやって来たのはファルデウス本来の副官である口髭の似合わぬ軍人であった。

 軍靴を鳴らしながら背を伸ばすその口髭から差し出されたタオルを受け取ってファルデウスは額の汗と返り血をぬぐい取った。この気温でこの急な運動は鍛えた身体であっても堪える。空を見上げれば黒い雲の塊が遠くに見えた。湿度が高くなったのも少しは関係しているだろう。

「……今回は、全員不合格でしたか」

「まあ、ここで寝ている連中は私の部隊には必要ないかな」

 笑いながらファルデウスは血塗れになったアーミーナイフをその場へ捨てた。あれだけの人数を殺したというのに未だナイフの切れ味は損なわれていない。それは魔術などではなく単純なファルデウスの卓越した技量によるものだ。

「お言葉ですが、短期教育の連中をいくら扱こうとも実戦に投入できるとも思えません」

 新兵の息絶えた姿を見ながら口髭の副官は苦言を呈す。最初から分かりきった結果であっただけにわざわざテストをする意味もない。つまりは最初から使わない方が無駄がないということか。それに関しては社会のゴミは排除すべきと考えるファルデウスは何も言わなかった。論議するだけ無駄である。

「ここで副官を務めていた女性士官はどうでしたか?」

 口髭副官がここにある新兵八名分の死に顔を確認しても、ここに女性の死体はない。他の新兵はともかくとして、あの副官は正規訓練を経て配属された士官候補生だ。不合格だからと殺すには少々惜しいらしかった。

「ああ、あの娘に関しては見所がありましたね。私の一撃を何とか避けて他の新兵を盾にして一目散に逃げていきましたよ」

 あの窮地にあって混乱もせずに的確に生きるための最善手を打てるのはもはや才能としか言いようがない。

「この近くにまだ潜んでいると思いますから、三〇分ほど遊んでください。一〇分以内に捕まるようなら殺してしまっても構いません」

「了解しました」

 いつものこと、と口髭副官は連れてきた部隊員にレクリエーションを説明する。

 これはファルデウスの入団テストである。

 追ってくる敵から一〇分以上逃げつつ、三〇分以内に何らかの交渉があれば合格だ。

 もとより、ここで行われた作戦は無差別殺傷の非合法かつ非公式の作戦。表沙汰にできぬ作戦である以上口封じは最初から決められていたこと。だからこそ、逃げ切った場合にはファルデウスとは関係のない別の機関が追うことになる。

 ただ逃げるだけだと今後安穏とした日常生活に戻れることはない。それが分かっているのなら、この危機的状況であっても冷静に冷徹に正解を手繰り寄せる努力をすることが求められる。

 ファルデウスの部隊にいる全員はそうした洗礼を受けてきた者達だ。それだけに兵士としての個々人の技量は飛び抜けているし、メンタルコントロールも一流である。魔術師といった個を超越した魔道の相手であろうと彼らは怯えることなく対応し犠牲を怖れることなく隊に寄与してみせることだろう。

 連れてきた部下は全部で八名。その内の三名を連携も考えずに適当に選ぶ。一〇分前に逃げた獲物だ。全員で捕まえにかかれば五分で彼女は連れ戻されてしまう。それに試験であることを彼女に悟らせるにはこれくらいが丁度いい。

「では、レクリエーションを開始しようではないか」

 こうして、試験を称した愉しい愉しい“遊び”にファルデウスは選抜した三人を解き放った。彼らにしてもこの遊びで上手く捕まえればご褒美がもらえる。失敗しても特に懲罰もなく、相手が女となればわざと失敗するのも手である。そういうこともあってファルデウスの部隊にいる女性隊員は他の部隊員より技量と駆け引きにおいて実力者揃いという事実がある。

 だが見込みはあるのだろうが、ファルデウスの予想ではそれだけだ。彼女は数ヶ月後に誰とも分からぬ白骨死体として発見されることだろう。

「ご機嫌ですね」

「当然だろう? これでようやく私にも目がでたというものさ」

 これから本格参戦する“遊び”を思えば、どうにも顔が元に戻りそうになかった。

 

 

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 その廃工場には猿(マシラ)がいる。

 スノーフィールド近郊にあるいくつもある廃工場のひとつ。後は取り壊すだけなのが、取り壊すべき責任を持った者がいないため長いことこの工場は放置され続けていた。どれくらい放置されていたのかは分からない。スクラップにしかならない機械や錆だらけの鉄骨に積もった埃は少なくとも数年単位で人の活動がここでなかったことを意味していた。

 近所の悪ガキがたむろしてもおかしくない物件だが、住宅街とはかなり距離があったたために立地条件的に合わなかったのだろう。なので多少大きな音を立てても何の問題もない。

 そんな工場内を、猿は縦横無尽に飛び跳ねる。地面に足を付けるような真似はしない。工場内を血管のように張り巡らせている配管は手を掛けるには丁度いいし、錆びているとはいえ工場を支えているのは鉄筋だ。体重の軽い猿なら多少蹴ったところでびくともしない。

 まだ昼間。

 この工場内は窓に段ボールが嵌められているので薄暗くはあるが、それでも落日の遠さだけはわかる。

 猿が踊る度に屋根に開いた穴から舞い散る埃のせいで斜光が目視できる。もうここに来てからすでに二時間。猿は未だ飽きることなく遊び続ける。こうした廃工場というのはまだ幼い猿にとっては冒険島に等しい魅力を持つ。その気になればあと一日中だって遊び続けることだろう。

 だが、さすがにそろそろ休んだ方がいいだろうと、やはり錆び付いた工場の扉を叩いてフラットは猿に対して休憩を呼びかけた。

「椿ちゃん! ジュースを買ってきたけど、一緒に飲まない!?」

 夢中になって遊んでいた猿改め椿はその言葉に一瞬視線が目標物であった鉄骨から削がれた。

「ジュース!? 私アップぎゃ!」

 一瞬の油断で足場を見誤った椿は工場の鉄骨に頭からぶつかり実に痛そうな悲鳴を上げる。そしてそのまま五メートルを垂直落下。地面はとても固いコンクリートである。分厚い埃をクッションに椿は顔面からコンクリートに熱烈なキスをする。

「アップルジュースか。じゃあ僕はオレンジにしようかな」

 ガキリ、ととても日常では聞こえない音がしたが、フラットは特に気にした様子もなく紙袋からオレンジジュースの紙パックを取り出してみせる。

「あ、待って、私やっぱりオレンジがいい!」

 コンクリートにヒビを入れながら椿は何事もなかったかのように立ち上がる。そして急ぎフラットのもとに駆けつけようと低空を駆ける様は闘牛といったようだが、その攻撃をフラットはマタドールの如き体捌きで躱してみせる。

「ふふん。そう言うだろうと思って僕は二種類を二本ずつ買ってきたのさ!」

「すごいお兄ちゃん、天才だ!」

 闘牛並の突進をまたもやキャンセルできず、進路上にあった大木に頭突きを喰らわせることで椿は身体を止めた。あの大木を左右に激しく揺さぶる突進だったというのに椿は何事もなく、今度はゆっくりとてくてく歩いてフラットからまずはオレンジジュースを受け取った。

 汗と埃ですっかり汚れた以外に椿は掠り傷ひとつ負っていない。それでいて椿は工場の外で太陽を眩しそうに見上げながらジュースの味を堪能する。

 そう――ここは夢の世界ではない。

 夢にはなかった太陽がここには存在し、ジュースを味わうこともできる。不快とも思える工場内のオイルの匂いも何も感じることのできなかった夢の世界を思い起こせば新鮮この上ない。ほんの少しだけ伸びた手足と少し切りすぎた髪の毛も、自分という存在を椿に強く感じさせてくれていた。

「この調子なら問題はあまりなさそうだね」

「うん! ライダーのおかげで元気一〇〇倍だよ!」

 そんな二人の会話に椿の左手が携帯電話を操作する。ほら、と椿がフラットに見せる携帯画面には「私がいる限り問題は起こさせない」とある。

 傍目から見ればこれは椿の一人芝居にしか見えないだろう。この様子を医者に診せれば精神的ストレスによる自我分裂とかそういう結論に至りそうだ。

 しかし、そうではない。

 一年間身体を自分で動かさなかった椿が、人間離れした動きで遊び回り、今もまた即死してもおかしくない事故を無傷で耐えてみせる。今の医術や科学をもってこれを成し遂げるのは不可能だ。ならば残るは魔術に頼る他はないが、それですら一級の術者が人体操作と肉体強化を行ってもここまで精緻に椿の意志に沿った動きは到底できまい。

 魔術による精巧で精密な人体操作と常に変動し続ける最適値を再設定し続ける肉体強化、これを成し遂げるには人の手では不可能だ。もし成し遂げるとするならばそれは人間という枠を超えた英霊――そう、例えばペイルライダーとか呼ばれる規格外のサーヴァントくらい。

 つまるところ、ライダーはまだ消滅してはいなかった。

「けど、まだ意思疎通は上手くできていないようかな」

「そだね。私が視線を逸らしちゃうとライダーは上手く動けないようだし」

 それはどちらかというと視線を逸らした椿の責任であるのだが、ライダーとの意思疎通が進み身体が慣れていけば、ライダーも椿の視界を頼ることのない無視界作業にも慣れてくることだろう。

「ほんと、ライダーのおかげだよね、ありがと」

 椿の言葉に椿の左手は自動的に動いて「喜んでもらえて何よりです」とタイプしてみせる。

 そう、椿の肉体が今現在動けているのはライダーの力のおかげである。

 古今東西、ライダーのクラスに召喚される英霊がどれほどいるか定かではないが、宝具や幻獣などに騎乗するライダーはいても、マスター自身に騎乗するライダーはこのペイルライダーくらいだろう。

 他者の動きを自由に操る能力を持つライダーはその力を持って椿の肉体を操っている。だからといって、ライダーは椿の身体を好き勝手に操っているわけではない。ライダーの役割は椿の意志意向を正確にくみ取り、椿が日常生活を送る上で不自由ないよう介助しているだけに過ぎない。

 フラットが椿の現実復帰を考えたとき、障害となったのはいつ暴走するかも分からぬ椿の魔術回路と一年間寝たきりで衰えた筋力の二点である。

 脳内の魔術回路については椿の夢を一度消滅させることで強制的に沈静化させ、そこをフラットが調整することでなんとか片が付いたが、筋力についてはライダーの力に頼るしかなかった。

 椿とライダーの関係において最も致命的なのは二人の意思疎通に大きな齟齬があったことである。そのために一年ぶりに現実世界へと帰還を果たした椿に無理を言って令呪を使ってもらい、椿とライダーの認識の共通化を図った。

 結果は御覧の通りである。

 二番目の令呪の効果である「人を傷つけない」という命令も上手く機能し、加減の分からぬライダーも令呪の強制力から椿が傷つかない範囲を学習し、先ほどのようなアクシデントにも肉体強化か障壁展開か分からぬがライダーなりの対処をしている。

 本来のフラットが立てた計画では第一の令呪でライダーに脳内の魔術回路の暴走を止めさせ、第二の令呪で両者の意思疎通を図り、第三の令呪を念のための予防策として置いておく予定だったが、この調子であれば令呪なしでも椿とライダーは上手く付き合っていけることだろう。

「それで、これからどうするの?」

 オレンジとアップル、両方の紙パックを両手に持って交互に味を楽しみながら椿は実に自然な疑問を問いかけてくる。つい先日夢の中で出遭ったばかり(しかも一応敵同士でありながら)だというのにこの信頼感。フラットがいかに無茶なことを言おうとも椿は無条件に信じてしまうことだろう。

 それだけに、この脳天気男にしては珍しく視線を宙に彷徨わせることになった。

「そう、だねぇ……」

 曖昧な返事でお茶を濁すが、そう長くは続かない。実に自然な質問であるだけに、フラットもそのことについてはずっと考えてはいた。

 当初はティーネとすぐ会えると楽観視していたのだが、集合場所としていたスノーフィールド中央病院は近くにあった警察署がテロにあったとかで人目が激しくとてもではないが留まれる状況ではなかった。

 そして次に自らのサーヴァントであるバーサーカーに連絡を取ろうとしたものの、何度連絡しても一向に携帯電話が繋がる様子がない。魔力の流れから未だ健在なのは確かだが、バーサーカーはその性質上マスターであるフラットにも具体的にどの位置にいるのか分からぬ欠点を持っていたりする。そういう意味で実はかなり特殊なサーヴァントなのである。

「とりあえず、もうすぐ雨も降ってきそうだしこのまま中で身体を動かす練習でもしててよ。僕はもう一度街へ偵察に行ってくるからさ」

 そういって無策であることを誤魔化しながら遠くに見える雨雲を理由に無理矢理椿を廃工場の中へと誘導する。ついでに紙袋から食料としてサンドイッチやヨーグルトなども渡しておく。つい先日まで入院していた人間に食べさせるものではないかもしれないが、そこはライダーが胃腸を操作し上手く消化してくれることだろう。

 フラットの何か怪しげな気配に疑問符を浮かべる椿ではあったが、そのことを尋ねることはなかった。フラットが言うのだから、椿はただそれに従うだけで万事上手くいくという信頼によるものだ。それはある意味、フラットの思い通りでもある。

 椿と別れ、フラットは椿がいた工場と同じくうち捨てられた別の工場の中へと入っていく。ただ先の工場と違い少々手狭で、つい最近人の手が入っているという違いがある。少し奥に入れば、魔法陣とその上に敷かれた寝袋がある。

 街に偵察に行くというのは真っ赤な嘘だった。

 倒れ伏すように、フラットはその寝袋に俯せになる。紙袋から市販の強力な栄養ドリンクを取り出し、一本二本と無理矢理喉に流し込んだ。本当はもっとカロリーのある栄養食も取るべきなのだろうが、今はそれだけの気力もない。

 今、聖杯戦争においてフラットは脱落寸前にあった。

 バーサーカーのマスターは過去その殆どが魔力切れによる自滅で敗北したというが、フラットもその一例となりかけている。

 実はこの聖杯戦争で一番魔力効率が良く必要とする魔力も最も少ないバーサーカーではあるが、何故そのマスターであるフラットの負担が大きいのか。そこに疑問が入る余地などない。

 バーサーカーとアサシンの二重契約にティーネへの魔力供給とライダーとの戦闘、そしてトドメとばかりに一級魔術師が複数人でやるような繊細な儀式を準備もろくにせずに実施したのだ。どれだけ魔力量に自信がある魔術師であっても底をついて当たり前である。

 実際、この調子で魔力の消耗が続いたのならばフラットはあと数日……下手をすると明日にでも死んでもおかしくはない。もうバーサーカーのマスターとかが理由ではなく自業自得としかいいようのない敗北の仕方である。

 それなのに虚勢を張って椿の面倒をわざわざ見に行ったりしているのだから始末に負えない。

「けど……」

 けど、と呟きながらフラットはその手を宙へと伸ばす。そこには何もありはしないが、もうすぐ掴み取れそうな何かがある。

「もうすぐ、俺は英霊と友達になれるんだ……!」

 未だ持ってその子供じみた発想を捨てないフラットに救いの手をさしのべる者はいない。だが、当の本人の気力はそれだけを頼りに生き足掻こうとしている。

 ティーネとの約束を思い出す。

 ここを生き延びれば英雄王ギルガメッシュと会うことができる。それはこの世でどんなに憧れた存在に会うよりも胸の高鳴る瞬間であろう。

「たの……しみ……だな……」

 椿を心配させぬよう三時間だけ体力を回復すべくフラットは寝袋にくるまった。

 眠気は、何もせずともすぐにやって来た。

 シトシトと雨の音が近付いてくる。

 

 

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ファルデウス。
久々登場。実はずっと裏方に従事していたとは思うまい。

椿&ライダー。
話の中にも書いたが、マスターに騎乗するライダーというのはこのライダーくらいではなかろうか。
この設定のおかげで今後椿の活躍の幅が爆発的に増えることになる。

フラット。
実は死にかけ。しばらく出てきません。
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