Fate/strange fake Prototype -Another Player-   作:縦一乙

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 宝具、というものはなにも英霊一人につき一つなどという制約はない。そして、逆に宝具一つにつき英霊一人だけという制約もない。

 例えばギリシャ神話最大の英雄ヘラクレスが持つ宝具《射殺す百頭(ナインライブズ)》は、ヘラクレスの死後に共にアルゴー船探検隊に並んで参加したピロクテテスに受け継がれ、トロイア戦争の終結に一役買っていたりする。

 こうした一つの宝具が複数人に受け継がれることは決して珍しくはなく、そして《神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)》についても実は複数人が持ち主として受け継いでいる。一人はゼウス神に《神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)》そのものを捧げたゴルディアス王。そしてそのゴルディアスの結び目を断ち切り手に入れた征服王イスカンダル。主たる持ち主は確かにその二人だが、縁故こそ二人に劣るが三人目の持ち主ともいえる者がいる。

 それが、かのゴルディアス王の息子、黄金王ミダスである。

「なんつーもんを呼び出しやがる!」

 戦闘を開始しようというアーチャーとミダス王をライフルの光学照準器で確認しながらキャスターは叫んだ。すぐ傍らで同じくそのことを確認した署長も煙草の煙を燻らせながら叫ぶことこそしなかったものの同じ感想を抱いていた。

 《神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)》を確認できたことは僥倖だった。伝説通りの特徴的な紅い頭巾を被っているのだから知識さえあれば正体を推し量るのも難しくない。それだけに、あの英霊が聖杯戦争そのものにとって最大級の危険度を持つ存在であることも間違いはなかった。

 アーチャーは随分と距離を取っているが無闇矢鱈と撃ち放たれる宝具は当たる前にミダス王が周囲の壁を殴ってバラ撒く土煙にその軌道を曲げられてしまう。逆にバラ撒かれた土煙がアーチャーにダメージを与えている。

「噂通りの絶大な威力の呪いじゃねぇか」

 ミダス王自身が操る宝具で攻撃能力があるのは実のところ《神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)》ただ一つだけである。その代わりではないが、キャスターが言うとおり彼には自身すら制御できぬ絶大という言葉すら生ぬる過ぎる呪いを持っている。

 その一つが、黄金王の名をミダスに与える所以となった酒神バッコスの《黄金呪詛(ミダス・タッチ)》である。

 触れたモノ全てを黄金へと変える力。その力はありとあらゆるものに及び、木の枝や石は無論のこと、娘に触れば黄金の彫像と化し、果てには葡萄酒すらも黄金の氷と化す程。それ故に彼は飢えと渇きに苦しむこととなり、呪いが解けた後は黄金を強く嫌悪し、富と贅沢を憎むこととなった。

 今ミダス王が仕掛けているのは土煙の黄金化だ。それもただの黄金ではなく絶大な魔力を纏った黄金である。ただそれだけが無敵の盾と矛となり、アーチャーの攻撃を凌ぎきり、その上で着実なダメージをアーチャーに与えている。

 降りしきる雨もミダス王に触れれば跳ねた滴は即座に黄金へと変化し無敵の鎧へと姿を変える。この無敵の盾と鎧を突破するほどの宝具となれば、いかに英雄王の蔵といえども相当に数は限られる。だがその選ぶ、という行為がアーチャーをして射出までの時間を数瞬遅らせることになる。

 その瞬間を、ミダス王は見逃さない。

 ニタリと笑うミダス王は自らが持つもう一つの宝具を展開させる。その名は、《酒酔いの薔薇園(シレーニノス・ガーデン)》。優れた庭師としての側面を持つミダス王のこの宝具は大したものではなく、周囲一体に薔薇を生え茂らすそれだけの宝具。薔薇が目標を捉え拘束したり、薔薇の蔦が鞭と化すようなこともない。本来ならば戦闘などに用いられる宝具ですらない。

 ただこの状況でそんな宝具を使えばどうなるか。咲き乱れる薔薇は雨も相まってもはや完全にミダス王の姿を隠し通す。アーチャーが狙いを定めようにもこれではどうしようもない。

 事態は分かり易いくらいにミダス王優位にことが進んでいる。

「やばいな。これでは作戦どころの騒ぎじゃないぞ」

 ミダス王召喚の事情を知らぬキャスターは、一刻の猶予もないと作戦の中止を決断した。ミダス王の危険性は彼が生きている限り払拭できぬ最悪のものだ。そのタイミングはいつか分からないが、アーチャーがミダス王を瞬殺でもしない限り安心さえできない。いつ爆発するか分からぬ爆弾を抱えて今か今かとびくびく怯えていていいのは愚者だけだ。

 傍らの署長も同時にその決断へと至り、二人はなんの打ち合わせをすることもなくそれぞれ同時に携帯端末で連絡を取る。

 なるべくこうした連絡を控えたかったが、こうなってしまっては仕方ない。

「ってジャックでねーし! 何があったんだこんちくしょうめ!」

 ジャックへと連絡してもまったく出る気配がない。あのサーヴァントがこの状況に気付いていない筈もなく、故意にボイコットするわけもない。ここに来てジャックに何らかのアクシデントが遭ったらしい。

「アサシンには繋がった。幸い、というか逃げるので精一杯で誘導など不可能だそうだ。念のため二人にはそのままスノーフィールド市街、移動できるギリギリの範囲まで退避し隠れてもらうことになった」

 署長の指示にキャスターは何の異論もない。それ故にキャスターは今後のことを考える。

 作戦遂行は不可能である以上諦めるしかない。が、黄金王と英雄王との戦いの行方は何としてでも見届けたい。そんなことは許される状況ではないが、こうなってしまっては仕方があるまい。

「……なぁ、マスター」

「言うなキャスター」

 さすがはマスターとサーヴァントというべきか、先ほどから考えることが被ってしょうがない。リスクとリターンを合わせて考えれば同じ答えが出るのも当たり前だが、ここで一番リスクを被るのはマスターである署長の方である。

「ミダスの呪いが防げるかどうかわかんねぇぞ」

「他に選択肢がない以上、仕方あるまい」

 言って、署長が見つめるのは己の腕。そこに描かれた文様はもはや一画のみ。これを使えば、もう署長にはキャスターを統べる手段はない。署長が負うリスクとは、そういうことだ。

「私はなるべく遠くへと逃げる。その時が来たら連絡してこい。令呪を使ってやる」

 どこまで効果があるか分からないが、もし《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》のトップのままであっても署長の決断は変わらなかったであろう。

 無駄に令呪を消費させ《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》から引き離した元凶だというのに、今になってもこのマスターはキャスターを恨むことをしない。それが優しさとは全く別個のものだとは知っているが、これでは余りに薄情すぎる。

 自らの行動に呆れたくもなるが、できる限り貸し借りは作りたくない。それが対等なパートナーとしての正しい関係だろう。令呪という縛りがこれからなくなる以上、尚更である。

「……おい、兄弟」

「私はお前の兄弟では……っと、おい、これはなんのつもりだ?」

 この場を後にして逃げようという署長をキャスターは呼び止め、懐から金貨を一枚署長に放り投げる。突然に投げられた金貨を慌てて受け取る署長だが、その金貨を一目見ただけでこれが何を意味するのか悟る。

 この金貨は、年代物でそれなりの価値もあるが、そこに魔術的な価値はない。ごく普通に市場に出回っている珍しくもただそれだけの金貨である。

 だが、それは世間一般でのこと。キャスターにとってこの金貨は何物にも代えることのできない価値を持つ。キャスターの人生はこの金貨と共に有り、それ故に召喚の触媒にもなった縁の深い硬貨である。

「俺は金を湯水以上に使ってきた浪費家として有名だが、同時に吝嗇家であることも知っているよな?」

 キャスターは家を出てから大金持ちへとなり、そして最後には無一文となって死んでいった英霊だ。だが家を出る際に母から渡されたこの金貨にだけには決して手をつけようとはしなかった。

「……後で返せってことか?」

「特別に無利息にしといてやる」

 あえて期限を言わなかったのはキャスターなりの誠意であるが、元々これを手に入れたのは署長である。その意味では恩着せがましい行為ではあるが、署長は「わかった」と懐へと金貨を大事にしまった。令呪の代価としては少々安いが、やはり恩というのは金銭に換算できぬ価値がある。

 互いにそうした打算を抱きながらキャスターと署長はそれ以上の会話をすることもなく、それが被害を食い止めるための最小限の犠牲だと信じて、行動を別にする。

 爆弾が爆発する瞬間は、刻一刻と近付きつつあった。

 

 

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 この英雄王対黄金王の戦いを注視していたのは何もキャスターだけ、というわけではない。

 発端であるアサシンとの対決こそリアルタイムで把握はしていなかったものの、市内中央の巨大ビルの倒壊に引き続き、市内建物が連鎖的に倒壊すれば無視し続ける方が難しい。市民からの声も合わせて回線はパンク状態であるが、こうした混乱は想定の内。雨の勢いも増しているせいか慌てる市民を誘導する方が面倒ではあった。

 混乱する現場の警察官は上に確認を取ろうとするが市の上層部は以前に策定したテロ対策マニュアルを状況を考えることなく実行しようとした。避難所が更地になっていたり、以前のテロにより道路が塞がっていたりとしていたことを考慮もしていない。彼らは彼らで頭を悩ましているのだが、その必死さには温度差がある。

 そうした温度差は別のところでもあった。この事件を注視している当の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》でさえも外に出て雨に濡れながら状況を監視する者とオフィスで快適な空調のもと足を組みながらモニターを眺め見る者とでは同じ光景を見ていてもその緊張感には雲泥の差がある。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》本部に設置されているいくつものモニター画面からはこの戦闘の様子は市内各地に大量に配置されたカメラから秘匿回線を通じて少しの遅延もなくまさにライブ映像として観戦されていた。

『ふむ……やはりアーチャー相手にこういった作戦は有効なようだねぇ』

「はい、想定作戦事案の参考にはなりそうです」

 わざわざノートパソコンのカメラを通して本部のモニターを見ているのは安全地帯から戦場を見ている“上”の人間であり、それに生真面目に対応しているのはその“上”に従順な副官であった。

 現在、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は隊の再編成に全力で当たっていた。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の要である署長が誘拐されてしまった以上、それはある意味では仕方のないことだった。本来であればそのまま副官が署長代行として《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を率いればいいだけの話なのだが、あいにくと政治的な意図を持って据えられた副官では難敵であることが確実なアーチャーとランサーが生き残っているこの局面を打開するだけの能力はない。わざわざ別任務に従事していたファルデウスが急遽呼ばれたのもそうしたところが理由である。

 その様子を後ろから冷めた目で秘書官は眺め見ていた。

 署長の腹心である彼女はあっさりと署長を見限った“上”に対してはっきりと怒りを覚えていた。もちろんそれを表に出すことはしないが、彼女はもう《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》に貢献することをやめている。だからこそ、“上”も副官も未だ気付いていない事実を耳打ちする真似はしない。

 これから一体何が起こるのか、秘書官は薄々感づいている。この英霊が一体何者であるのか、アーチャーがどうせ勝つだろうと安易な推測をしている二人は興味を抱こうともしていない。これだけのカメラが捉えていることで分析をするなら後々で十分だと愚かしくも思っているのだ。

 ちらり、と周囲を見渡すと自分と同じく口を開くまいとしている者が何人か見られる。そのいずれも署長に心酔し、魔術師としても兵士としても忠実であろうとする者達だ。そして更に他の者の様子を見れば言おうか言うまいか厳つい顔をしながら悩む者が一人。これは何かアクションをしようとするなら何としても止める必要があるだろう。

 現行この情報部に与えられた任務はこの戦闘を細大漏らさず記録し、作戦本部が立てる作戦のための参考資料を収集することである。そして秘書官に与えられた任務は一時的な代行である副官の追従で、その副官はモニター越しの“上”へ対応することに忙しい。

 何か資料を確認するふりをしてペンを数回ノックする。やや不自然な行動ともいえたがそこを目ざとく見つけ出す副官ではない。ペンのノックに反応して同じく情報部の人間の一人が軽く咳払いをし、また他の一人は椅子の軋ませる音で反応を返す。魔術などに頼らぬ酷く原始的な意思疎通。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》全体から見れば少数派ではあるが、署長を見捨てるのではなく救出するために動こうという者達がいる。その先鋒が何を隠そう秘書官本人であるが、それを真っ当に上申したところで却下されるのは目に見えていた。

 だとすれば、残された手段はクーデターを始めとするやや乱暴なものばかり。実際、それをしようと相談に来た者すらいた。クーデターを起こすなら明確なトップの不在である今が一番のチャンス……ではあるが、今の秘書官の合図はクーデターの順延を意味している。

 再計算された《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の勝率は七割を切っている。だがその数字があったが故に“上”は条件付きではあるがいくつかの宝具の使用制限を解除してきた。その筆頭である《スノーホワイト》ですら今は使用限界まで全開放されている。1ポイント使用率を上げるためにどれだけ署長が骨を折ったのか分からぬほどの大盤振る舞いである。これで勝率は再び九割を超え、“上”も文句を言いながらも余裕を滲ませてもいる。

 それだけに、秘書官は署長の苦労を踏みにじる者を許せそうにない。最初からあらゆる制約を取り除き全てを署長に任せておけば、最小限の犠牲で最大限の戦果を上げていたというのに。

 時計を見る。概算ではあるが、戦闘開始から一〇分が過ぎ、ミダス王は優位ながらも膠着状態が続いている。薔薇に隠れて近付いての奇襲。アーチャーは宝具を盾にその一撃一撃を防いではいるが、その度に宝具は黄金と化してその固有の能力を失ってしまう。

 アーチャーは面制圧を得意とするサーヴァントではあるが、そのためには視界が開けている必要がある。その視界を奪われたことで効果的な宝具の射出ができず、後手に回り続けるはめに陥っている。

『アーチャーは何故距離を取らないのだ?』

 軍人ですらない“上”からもアーチャーの戦い方に疑問が出た。

 アーチャーは戦士である。自ら剣を取り戦場を駆け抜け敵の首を刎ねる者。対してミダス王は戦士ではない。基盤を築いた父の後を継いだ二代目であり、刃物の扱いも庭師程度のものでしかない。

 つまりは、素人に指摘されるくらいに戦い方はあまりに雑だった。

 動きも読みやすく、消耗される魔力にも無駄が多い。手数こそ多くはあるが決定打にはまるでなっていない。せいぜいが最初の一撃で英雄王のあの重厚な鎧を失わせたくらいである。

 ミダス王の戦法は自らの呪いを活かした優れたものではあった。敵の視界を塞ぎ間隙を突いて確実にダメージを与えていく。これは対アーチャー戦用に作戦部も立案したものでもある。しかしこの作戦は単純に距離を取ることで解決できる。ミダス王のあの動きなら隙を突くのに苦労はしない。

「戦っているのはあの英雄王ですよ。下民相手に距離を取るなど彼のプライドが許さないのでしょう」

 安易な答えを語ってみせる副官は、やはり状況を読めてはいなかった。

 彼はこの映像の何を見ていたのだろうと秘書官は思う。

 初期段階で既にアーチャーはこのミダス王からプライドを捨ててわずかながらも距離を取っている。そこからアーチャーがミダス王を危険視しているのは間違いなく、敵と認識して戦っているのも間違いなかった。

 防戦一辺倒でありながらアーチャーへのダメージは少ない。それでいて豪腕での空振りの多いミダス王の体力は圧倒的に消耗している。堅実な戦法を取るならばむしろ現状のままの方が具合が良い――

 いや、それもまだ違うか。

 英雄王がプライドをかなぐり捨てて戦っているのは間違いない。敵からの一方的な攻撃にあのアーチャーが我慢しているのがその証拠。素人である“上”が言ったように距離を取った方がアーチャーとしてもその能力を発揮できるのも間違いないのだ。

 だとすればアーチャーはわざとあの距離を保っていることとなる。迂闊に距離を取ることを忌避している。

 双方が距離を取ったその時が戦局が大きく動く時と考えても良い。

 瞬間、秘書官の脳裏を駆け巡る幾通りもの作戦プラン。いつ爆発するか分からぬ爆弾であれば、その爆発タイミングをコントロールすることで最小限の犠牲で済ませることができるだろう。

「代行」

「……なんだ?」

 秘書官の声に不機嫌そうに副官は応じる。大したものではないとはいえ、“上”との直接の会話中だ。秘書官に割り込まれることは遠慮願いたいのだろう。そうでなくとも、署長に心酔している秘書官と副官の仲は余り良くはない。

「御覧の通り、状況は拮抗しています。これを機会に、現場部隊の包囲網を縮めてはいかがでしょうか?」

 秘書官からの提案に不機嫌そうな顔ながらも、副官は眉根を寄せて思案する。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は現在迂闊に動かせぬ状況ではあるが、全く動かせぬというわけではない。現に偵察任務としてではあるが、フル装備の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が現場を包囲している。任務内容が変わればすぐにでも戦闘することは可能だろう。それができぬ理由は単純に指揮系統の問題だけ。

「……彼らの任務は偵察であり、カメラで補えぬ場所を補うのが役割だ。これ以上縮めて危険な行動を取る必要はない」

「失礼しました。しかし、これはアーチャーを葬るチャンスではありませんか?」

 他に聞こえぬように小声ではあるが率直な意見に副官は何か言わんと口を開くが、秘書官から目線を外して戦闘を観戦している“上”の様子を覗いてみる。

 副官としても、秘書官がわざわざ言わずとも最初の一言でそのことには気がついている。だが彼の役割は署長の首輪であってそれ以上ではない。あらゆることをそつなくこなす器用貧乏な彼の能力ではここまでが限界なのだ。

 そこに、秘書官はつけ込んだ。

 現場の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》がフル装備でいるのは偶然でも何でもない。こういう時のためのお膳立てとしてこっそりと秘書官が準備していたからに過ぎない。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が偵察以外の任務につくというのならその全責任は現責任者である副官が被ることになる。そしてもちろん、作戦によって得られた功績も、彼の物になる。

 副官は自らが小物であることを十分に理解している。だからこそ危険と感じれば即座に逃げ隠れ守ることには積極的。チャンスがあったとしてもリスクと見れば殻から出てこぬヤドカリと同じである。

「……そんな馬鹿なことを」

「するでしょう。少なくとも、署長であるならば」

 なおも動こうとしない副官に秘書官は「署長」の一言を付け加える。副官は確かに小物ではあるが、署長の功績を認めていないわけではない。むしろ首輪として身近で見続けた分、彼の実力を誰よりも見てきたのが副官という男である。今更署長の存在に張り合うつもりも彼にはない。

 署長なら、動く。それが秘書官からの言葉であるとはいえ、これが大チャンスであると暗に告げられた。リスクばかりに目を向けてしまう副官も少し目線を移せばチャンスの芽はあちらこちらに転がっている。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の現場部隊長はいずれも優秀だ。しかも現状で彼等に任せる仕事はミダス王への援護であり、直接戦闘ではない。雨は彼等の気配を消してくれるし、指示さえ出せば五分も経たずに攻撃は開始できる。

「……これが、彼らの装備です」

 端末に表示された内容を最後の一押しとして、無理矢理副官に差し出す。迷いのある副官はそんな秘書官の口車に情報を一つでも得ようと装備一覧に目を通すべく受け取った。急場のことで装備の選定は現場に一任してある。副官がそこに口出ししないことを見越してあらかじめ秘書官は指示を出していた。装備一式は対サーヴァント戦に用意されたものばかり。勝率が上がりこそすれ下がる可能性のあるものがある筈がない。

 これが署長であれば、喩え秘書官や周囲の者が何と言ったとしても端末を受け取ることすらせず《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を動かしはしないだろう。リスクとリターンを考え、そうした状況判断を自ら行い決断できるからこそ署長はマスターたり得るのだ。甘言などに耳を貸した時点で副官にその資格などあろう筈もない。

 もっとも、署長であれば現状を正しく認識する筈なのでこの場に暢気に立っている筈もないだろうが。

「……いい、だろう」

 観念したように呟きつつ、目の奥に欲という名の暗い炎が宿ったことを秘書官は確認した。確認して、副官に見えぬよううっすらと笑った。

「了解しました。全《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》に告ぐ。これよりアーチャー殲滅のため相対しているサーヴァントの援護を開始する!」

 副官の考えが変わらぬうちに秘書官は行動を開始する。

 これからは時間との勝負となるので作戦本部は大まかに指示を出すだけで現場は臨機応変に動くことになるだろう。そこで今後クーデターに荷担してくれそうな部隊とそうでない部隊との選別を行う。目先の餌に目を眩ませた副官は、秘書官に具体的な指示を任せたのは失態だった。秘書官はそうした副官の行動を見越した上で可能な限り有利な状況を作り出す。後で見返せばその不自然さは指摘されることだろうが、気付いた頃にはもう遅い。

『ん? 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を出すのかね?』

「これはチャンスですよ。アーチャーをここで倒せばその分我々は切り札を温存できます」

 これは私の手柄、とは言わないところが副官の副官たるところ。だが“上”はその言葉には満足したようだ。特に切り札の温存というのが心地よい。切り札ひとつで数億ドル節約ができるのだ。使わぬにこしたことはない。

『なら、司令官たる君の判断に委ねることにしよう。門外漢の私では何のアドバイスもできないからねぇ』

 言外に失敗したら責任を取れという含みを持たせた“上”の意図にどれほど副官が理解していたのか。“上”が彼に何を期待していたのか忘れたわけではないだろうが、その気になってしまった副官にそれ以上は何も言わなかった。普段なら気付いたであろう微妙なその顔にも、副官は気付けない。

 既に彼の視線の矛先は現場へと向いていた。

 

 

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「英雄王と黄金王の対決、ですか」

 車内から双眼鏡を取り出して眺める戦況は正直あまり分からなかった。雨で視界がそもそも悪いのと、距離がありすぎるのとではっきりいって何かが起こっているという程度にしかわからない。

 手にしたサンドイッチを口に放り込みながらコーヒーを口の中へ流し込む。冷めたコーヒーはお世辞にも美味しいとは言えなかったが、何もないよりはマシだった。

 スノーフィールド北東部丘陵地帯、街を俯瞰するのに丁度良い丘にワゴン車を停めさせてファルデウスはこの戦いを観戦していた。

 本来であればもう数時間は早く《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》本部へ出頭できたのだが、ファルデウスはあえてそれをしなかった。わざわざ南部の砂漠地帯から北部へ遠回りしながら移動したのは現場から離れたところでスノーフィールドの地を観察したかったからである。

 この北部を根城とする原住民の様子も見ておきたかったし、東部湖沼地帯で行われた戦闘跡も確認しておきたかった。そして何より、署長という軸を失った《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》にどういった変化が起こるのか見ておく必要があった。

 本来であれば即刻本部へ出向き辞令を受け取るべきなのかも知れないが、ファルデウスはこういう時だからこそどの陣営にも属さぬ者として戦場を見て回りたかったのである。そうした時間稼ぎはせいぜい半日とみていただけにその間にこうしたサーヴァント戦があったのはファルデウスには幸運だった。何せ、これで《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の様子を探ることができる。

「どうです? 繋がりましたか?」

「はい。侵入成功です」

 ファルデウスの隣でノートパソコンをカタカタ弄っていた部下が慎重な面持ちで何度もミスがないかを確認しながら返答してくる。

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

「しかし、こんなところにバックドアがあるなんて――罠の可能性も排除できません」

 部下にファルデウスがやらせているのは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》本部のメインサーバーへのハッキングである。

 組織の中枢ともいうべき場所とあって、その防壁は鉄壁を誇っていた。魔術の及ばぬ地である以上、そこにあるのは現代技術のトップを行くプログラマーが叡智の限りを尽くして築き上げた難攻不落の要塞であった。これを突破するのは至難の業であり、少なくとも多少の腕があっても部下一人だけでは千年経っても不可能だったであろう。

 だからこそ、成功してしまったこの事実が信じられない。むしろ罠であって欲しいとすら思っている。

「だから、大丈夫ですって」

 そんな部下を尻目に門外漢のファルデウスは適当に相手をしながらハッキング行為を続けさせる。

 実際、これが罠であるのは間違いではない。

 システムの盲点を突いた一穴――に見せかけてその奥にあるのは知られても良い程度の真実とある程度の難度で時間を稼ぐ防壁に過ぎない。この聖杯戦争で電脳戦などあまり考えられないが、万が一を想定しあえて作られた罠である。

 だが今回に限ってはその罠は発動しない。何故なら、この罠の存在を教えてくれたのは“上”である。どういう意図を持ってこうした複数の裏コードをファルデウスに渡したのかはさておき、仮に逆探知されたとしても《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の長として内定しているファルデウスにとってそれは大した問題ではない。ばれたところで崩れる信頼関係など最初からないのだからそこは思い切っていくべきであろう。

 程なくしてファルデウスの膝の上に置いたノートパソコンに多数のウィンドウが開かれる。いずれも戦闘状況のライブ映像ではあるが、ひとつだけは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》本部内の様子が映し出されている。

「雨でよく分かりませんから無人機からの航空映像はいりません。本部カメラと周辺で監視中の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》のカメラを四方向からそれぞれ一台分お願いします」

「分かりました――っと、どうやらその本部から《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》に出動命令が下ったようです」

「そうですか」

 部下の報告に素っ気ない返事を返すが、ファルデウスは目を細めて《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》本部の映像を眺め見る。秘書官と何やら話してから、副官にやおら変化が見受けられ、命令が下されている。

「愚かなことを」

 やや困った顔をしながらも反面、愉しげにファルデウスはその様子を見続ける。ファルデウスが嫌いなのは無能な人間で、もっと嫌いなのは無能な味方で、一番嫌いなのは無能で偉い味方である。その内どれか一つでもファルデウスの手にかからずいなくなってくれるのであれば歓迎すべきことだ。

 各部隊のカメラは指示を受けその包囲網を狭め始める。この様子だとあと数分で準備は整うことだろう。となれば、その数分後がターニングポイントとなる。

「君は、この状況をどう見ますか?」

「……率直に申し上げて、このまま見届けるのが正解だと考えます」

 ファルデウスの気軽な問いに今尚忙しくハッキングをし続ける部下は返答を遅らせながらもその問いに答えた。目をモニターから離さず数字の羅列を注視し、タイプする指には疲れの兆候も見られる。申しわけないことをしたかな、と思いながらもファルデウスは尚も続ける。

「何故かな?」

「アーチャーが距離を取らないのは十中八九相手の大技を警戒しているからです。そして、そこに《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を投入すれば、二人は距離を取らざるを得ません。相手サーヴァントの支援という意味では良いかも知れませんが、これでは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の損害が大きすぎます」

「君もそう思いますか……」

 少なくとも自分の部下があの副官よりも聡明であったことは確認できた。様子からしてどうも副官はあの英霊の正体に気付いていない節があるが、それを差し置いても致命的な判断ミスといえよう。

 あの《黄金呪詛(ミダス・タッチ)》の本質は汚染である。そして汚染とは得てして拡散すればするほど対処は困難となる。あのアーチャーにしてそれに対処できぬことはないだろうが、大人しく大技を凌ぎきるような王ではない。

 街の半分が吹き飛んだとしてもファルデウスは不思議とは思わない。

 そして――

 問題の瞬間は、すぐに訪れた。

 ミダス王の接近戦にアーチャーが相対し、また多少の距離を取る。その瞬間は、敵が目前にいることもあってアーチャーの注意は前方に集中している。そこを狙わぬ《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》ではない。

 最初の一撃は、アーチャーの右腕へと当たった。

 運の悪いことにアーチャーの上半身に鎧はない。それでもアーチャーの固有スキル対魔力はCであり、いかに対英霊仕様の銃弾であろうとそれ一発でのダメージは期待できるわけもない。

 一発、だけでは。

「あれが、例の宝具ですか」

 その様子をカメラ越しに見るファルデウスもこの光景にはさすがに圧倒された。撃ち続けられる銃弾はひょっとするとアーチャーに降り続ける雨よりも多い。マズルフラッシュで《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の位置はバレバレだが、アーチャーにそれを対処するだけの暇を与えはしない。

 現場の音声は切ってあるが、アーチャーの雄叫びがこちらにも届いてきそうなその気迫。以前の使用した際の報告書によると5秒もあれば原型を留めぬ程の威力であったそうだが、アーチャーはその前に自らの宝物蔵から盾を取りだしあの集中砲火を切り抜けた。

 ほんの1秒足らず。それが、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》がアーチャーにダメージを与え続けた時間であり、ミダス王に与えた時間の猶予だった。

 それだけあれば、ミダス王の準備は既にできている。

 この期に及んで、双方見ているのは互いの姿のみ。横槍を入れた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を見向きすることもしない。尚も銃撃は続いているが、盾に遮られた以上アーチャーの意識を逸らすことすら敵わない。

 ここに甘い見込みがあったとすれば、ミダス王が援護をしてくれた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》に配慮する、という可能性だろう。銃撃は明らかにアーチャーだけを狙っていたし、その目的は明らか。大技を出すのではと予想していた者は現場部隊には何人もいたが、まさか命令を出した副官がそれを想定しておらず、ただ秘書官に唆されていただけなどとは夢にも思わない。

 だから、最初の被害は《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》に出た。

 ミダス王の動きを追っていたカメラが次から次へとシグナルロストしていく。最もミダス王に近かった隊員のカメラは突如現れた巨大な影を前に何もできずに蹂躙され、それを最後に映像は途絶える。

 至近距離であればそれが何なのかすらも分からずとも、遠目から見ればそれは一目瞭然だった。

 神の呪いに苦しめられたミダス王はある方法により解呪することができた。川で身を清めることによって呪いを川へと移したのである。

 故に、今ミダス王が解き放ったのは神の呪いそのもの。

 ミダス王、最後にして最大の攻撃。

 

 それは、黄金に輝く津波だった。

 

「パクトロスの川を喚びましたか!」

 ファルデウスの叫びは半分正解で半分不正解である。

 川に呪いを移したということは逆に呪いが川となったという解釈もできる。ミダス王は川を喚んだのではなく、黄金の呪いを川へと強制的に変換させ、アーチャーに押し寄せる津波としたのである。

 津波の高さは周囲の建物よりも尚高い。押し寄せる圧力に鉄筋の建物ですら紙屑のように耐えきれず崩れゆき、為す術もなく《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は一人また一人と津波に呑み込まれ消えてゆく。

 助かる見込みなど、あろう筈もない。

 どんな英雄であろうと自然現象に勝つことはできない。時にこの自然現象を指して“神”などと称される理由はそうした無慈悲かつ平等な絶対的力故である。そうした意味では元々黄金化の呪いは制御不能であって当然の力であった。

 遠く眺めるファルデウスと直近で見上げるアーチャーも、考えることはこの時まったく同じであった。

 逃走。横幅も広く、横は勿論空へと逃げるだけの時間もない。

 制御。水を操る宝具は古今東西存在するが、あらゆる宝具の能力を散々穢してきたあの呪いに対抗できる宝具が果たしてあるのか。

 防御。水を防ぐには全方位に展開できるシェルター型防御宝具が必要となる。ないこともないだろうが、あの黄金化の呪いに対抗できるか不安は残る。

 ならば、残る手段は一つしか残されていない。

 いや、最初から分かっていたのだ。この大津波がミダス王の最後の一撃。終局の一手に対して興醒めするような真似ができよう筈がない。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》からの集中砲撃によってアーチャーの身体は血だらけと成り果て、積もり積もったダメージは馬鹿にはできない。そんな状態にあっても、かの英雄王は一歩も引くことはない。

 血反吐を吐き出し、背筋を正し、怯むこともなく、視線を逸らすこともなく、迷うことすらなく、宝物蔵から歪な形の剣を取り出した。

 それは無名の剣だった。

 ファルデウスの目にはその宝具に一体どういう効果がありどんな威力があるのかは分からない。しかし事前資料に英雄王が危険であると記された理由は二つ。一つがあの無限の財であるならば、もう一つがあの無名の剣に違いなかった。

 名剣、霊剣、魔剣、聖剣、ありとあらゆる剣を持ちながらも財の一つとして宝具にあるまじき仕打ちをしてきたアーチャーが、その剣だけははっきりと礼節を持って扱っている。

 対城宝具、聖剣エクスカリバーの威力は魔術協会の資料で閲覧したことがある。だがあの英雄王が真に世界中の宝具の原典を持ち得るのならば、聖剣の原典をも上回る威力の宝具だってあってしかるべき。

 あのプライドの高いアーチャーがこの場で無名の剣を出す可能性は低いと考えていた。伝説の聖剣で魚を捌く真似はしない。呪いの魔鎗を物干し竿に使う者はいない。無粋な力押しに対して果たしてどの程度までアーチャーが許容するのか、それはアーチャー本人にしか分かる筈もない。

 だがアーチャーはファルデウスの予想に反して、それでもこの剣を選んだ。この場に必要なのは対城宝具以上の威力を持つ広域殲滅宝具であるが、それ以上に必要なのはアーチャーからの信頼に応える宝具。

 その宝具を、アーチャーは黄金の津波を前に構えた。

 唸り狂う空間。遠くこの場にいても鳥肌が立つような魔力の渦。

 ふと、ファルデウスは世界が螺旋の渦であることを思い出す。ミクロならばDNAの二重螺旋、マクロならば恒星の公転軌道。そうした世界の原点を思い起こさせるあの宝具が一体何か、直感的に理解する。

 瞬間、

「総員、対ショック防――」

 ファルデウスの指示が最後まで聞こえることはなかった。

 陽は既に西へと落ち、主役の交代とばかりに現れ出る月も厚い雲に隠れてどこにもない。

 だというのに、その光の奔流は真夏の太陽を思わせる強烈な圧を伴ってスノーフィールドの夜を文字通り切り裂いた。もし射線上に月があれば新たなクレーターすらできていたことだろう。厚い雲に大穴が空き、その隙間からヒヤリとさせられたと月が顔を覗かせていた。

 だが月が綺麗だなどと風流なことは言っていられない。遅れてやってきた衝撃波はファルデウス達が乗っているワゴン車を数回転がす程度の威力はあった。ファルデウスがあと数瞬その威力に気がつくのが遅ければ首の骨を折って間抜けな死に様を晒していた可能性もある。

「――状況、報告してください」

「全員、無事です! 現在機材のチェック中!」

 ファルデウスが確認の声と同時に後ろの席で情報収集を行っているスタッフが声を上げる。隣でハッキングの最中だった部下も無事であった。と、いうよりもファルデウス以外の全員が安全ベルトによる固定をしていたので一番危なかったのはファルデウス自身である。

 手元のノートパソコンはさすが軍用性というべきかなかなかの耐久力を示してくれている。だがモニターに映る大半のウィンドウはノイズを撒き散らすのみ。周囲一帯のカメラは先の衝撃で残らず破壊されたらしい。

「生き残った無人機はありますか?」

「航行中の無人機は全滅です! しかしたった今ドローン六機を飛び立たせた模様です。現場の確認まであと十数秒!」

 さすがは署長が手塩に掛けて育てた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》、対応が早い。

 大気が安定しないが、視界を邪魔する雨もない。こんな状況下で低空しか飛べぬドローンはさぞかし目立つだろうが、今はそうもいっていられる状況ではない。ファルデウスも車内から街を見下ろし確認するが、そこに黄金の津波はどこにもなく、ただ無残な爪痕があちらこちらに見られるのみ。大気の唸りは未だに響き渡っているが、これ以上の破壊はないだろう。

「これで、死んでくれていれば対処は楽、なんですけどねぇ」

 冷や汗を掻きながら気丈にそんな感想を述べてみるが、ミダス王が生きている可能性はかなり高かった。

 アーチャーの一撃は津波を狙ったもので、射角は上に三〇度といったところ。津波に隠れミダス王の居場所を確認することなどできなかったし、仮にミダス王が射線上にいたとしても距離的に直撃を受けたは考えにくい。生身の人間ならともかく、英霊であるならあの衝撃を受けても大丈夫に違いない。

「アーチャー、確認できました!」

「そんなことより、ミダス王が先ですよ」

 モニターを覗き見るファルデウスは上空より目を皿のようにして目的の人物を探してみる。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》本部からすると重要なのはやはりアーチャーなのか、どのドローンからの映像もアーチャーの姿が捉えられている。

 満身創痍といった様子のアーチャー。しかし、その血塗れの身体は血化粧の如く美しく、その血のように紅い眸も相まって喩え歴戦の勇者、いや、場を弁えぬ不埒者ですら王を前に立ち塞がる真似はすまい。

 だがアーチャーも心身共に消耗しているのを自覚しているのか、これ以上戦う気もないとばかりに、背を向け立ち去ろうとする。

 アーチャーも分かっているのだろう。ミダス王はまだ死んでいない。

 殺さない。それが、英雄王が下した裁定であった。

「いました! 五番カメラ、右端にミダス王らしき影を確認!」

 部下の言葉にすぐさま五番カメラを拡大して目を凝らしてみれば、確かに黒く煤汚れた男が一人。現場の状況からしてミダス王に間違いないだろうが、この姿ではさすがに判別ができない。

「ノイズが酷い。何とかなりませんか」

「画質を調整します」

 大気の帯電が通信障害を招いているのか、画質の精度が大幅に落ちている。気流が安定せずカメラも常に揺られているので尚更判別が付きにくい。もっと近づき観察することができればその骨格などからミダス王と判別もできるのだが、これではいくら可能性が高かろうと本人と断定することはできない。

 そんなファルデウスの心を読み取ったのか、その時一陣の風がその男の元で舞い踊った。もはや立つことが精一杯といった彼の足元に、紅い頭巾が風に舞い上がり、そしてそのまま地に落ちる。頭巾に守られていたおかげか、その頭部は汚れもせずこれ以上になくその存在感をアピールしていた。

「間違いありませんよ……ミダス王です」

 笑みすら浮かべて断定したファルデウスの台詞に、周囲の者は誰一人として言葉を上げることができなかった。

 ミダス王には強力な呪いが掛けられている。

 一つは、《黄金呪詛(ミダス・タッチ)》。

 そしてもう一つ、その呪いの逸話はこんな言葉で有名である。

 曰く、――「王様の耳は、ロバの耳」

 

 

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英雄王VS黄金王。
そもそもこの作品を書いたのはこの対戦カードを書きたかったから。あと一つあるのだがそれはまた終盤近くで。
ちなみに「ロバの耳」が発覚した後にミダス王はそれを恥じて自殺している(諸説あるが)。なのでアーチャーが彼を殺さなかったのはそういう理由。その耳を晒した段階でミダス王は死ぬより辛いめにあっているのである。

キャスターの作戦。
失敗ではなく不発。なのでこの作戦で使われるはずだった秘策はそのままキャスターの元にある。

アーチャーの宣言。
予定より早かったが、街を少し焼き払った。本当はもう少しど派手にやろうと思ったのだが、なかなかそういう機会に恵まれなかった。
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