Fate/strange fake Prototype -Another Player- 作:縦一乙
ミダス王が持つ第二の呪い《ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)》はオリュンポス十二神の一人アポロンによる耳がロバとなってしまう呪いだ。
そのロバの耳を持つミダス王の秘密を知ってしまった理髪師は秘密を誰にも打ち明けることはしなかったが、地面に穴を掘り囁いてしまう。その後穴を掘った場所に群生した葦がその秘密を暴露する、という逸話である。
つまりこの呪いは秘密の暴露という性質を帯びている。
聖杯戦争においてこの能力は致命的である。
サーヴァントという性質上この“偽りの聖杯戦争”に関する秘匿情報は全て世に流れることだろう。各陣営サーヴァントの正体、宝具、能力、パラメーターは勿論、作戦内容や秘匿事項、ありとあらゆる秘密は外部へと漏れ出てしまう。
一説には理髪師は涸れ井戸に叫んでしまったため町中の井戸からその秘密が漏れた、という記述もある。これを現代に置き換えてみると、どうなるか。
「クハ、クハハハ、クハハハハハハッ!」
ジェスターは嗤いながら狂風の如き素早さをもってその施設を踏破していく。バーサーカーから奪った携帯端末には先ほどから凄まじい勢いで秘密の暴露が続いている。その中からこの施設の防壁解除パスコードを探しだし、ジェスターの力を持ってしても開かなかった隔壁をかくも容易く突破してみせる。
そう、全てはジェスターの計画通り。
聖杯戦争に限らず、幾多の生存戦略においてもっとも有効な方法は“群れる”ことだ。それは家族であり、村であり、國であり、社会であり、そして文明でもある。人類が生態ピラミッドの頂点に立っていられるの理由の一端は少なくともそういうところにあるだろう。
だからこそ、そこを突く。
ジェスターはこの聖杯戦争における主立った組織は四つあると睨んでいる。
一つは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》とその背後にいる聖杯戦争を仕組んだ組織。
一つはスノーフィールド原住民。
一つはバーサーカー達のサーヴァント同盟。
そして最後に東洋人を送り出した何者か。
最後に限っていえば未だに不明な点が多いが、少なくともこれで他の三勢力の情報は流出したことになる。特に、この聖杯戦争を仕組んだ組織の情報はこれ以上になく貴重である。
「クハ、クハハハ、クハハハハハハッ!」
嗤いがどうにも止まりそうになかった。
スノーフィールドは周囲から隔絶された地区にあるにも関わらず大きな街だ。そのため街を維持するためのガス・水道はともかくとして電力だけはラスベガスからの供給に頼っている。その送電線をこのタイミングで遮断してしまえばどうなるか。混乱に拍車がかかるのは間違いないことである。
非常用電源にはすぐに切り替わるが対応が遅い。嬉しい誤算ではあるが、この施設には電力を馬鹿喰いする設備が数カ所ある。そのため自家発電に切り替わっても施設の警備網は後手に回っていた――後手に回らざるを得ない状況にまで陥っていた。
この隙を、ジェスターは最大限に利用する。
そのためにわざわざスノーフィールドを離れて砂漠の単独横断を行ったのだ。途中何故か射殺されたのは計算外だったが、それに見合うだけの成果は得られている。
周囲には《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》と思われる武装した兵士が意識を手放した状態で横に転がっていた。
別にジェスターが何かしたわけではない。これは強力な宝具による強制睡眠によるもの。使用された宝具は《笛吹き男(ハーメルン)》と呼ばれるレベル2の規制対象宝具、と漏れ出た情報に記載があった。これでこのスノーフィールド一帯にいる八〇万人を一斉に眠らせたようである。本来なら奥の手の一つだったであろうに、こういう状況にあっては使わざるを得まい。
おかげで鉄壁の守りである筈のこの基地が全てフリーパスで通れてしまう。
スノーフィールド中央十四番地に存在する巨大地下施設。元々地下にあった大空洞を利用したシェルター構想からこの施設は核の直撃に耐えられるよう設計されている。有事の際にはお題目通りに機能させることだろうが、この様子を見る限り、この施設の在り方は全くの逆であろう。
中のモノを外から守るのではなく、中のモノを外へと出さぬ監獄施設。
そしてここのの一番奥に封印されているものは間違いなく“偽りの聖杯”そのもの。
「クハハハ――おっと、さすがにこれだけ時間が経てば対処もするか」
想定よりも早い対応にジェスターは更新の止まった端末を懐へとしまう。恐らくメインシステムを停止させたのだろう。これで流出は防げたが、すでに必要な情報は手に入れてしまっている。
「肝心の“偽りの聖杯”そのものの肝心な情報はない……ようであるな」
勿論、この《ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)》にも事前と事後において対処方法はある。
事後の対処方法はそれこそ今やったように街の人間を暴露中眠らせてしまうという強制的なものもあるし、情報口となるサーバーを停止させてしまえば呪いはかなり限定的にしか発動できない。
そして事前の対処策とはそもそも秘密をこのスノーフィールドの地で呟かない、ということである。そういった意味ではジェスターのような単独行動であれば秘密をそもそも呟かないので情報の漏れようもなく、また秘密であってもこの地から離れてしまえば呪いの範囲外として暴露は不可能となる。
偽りの聖杯もこうした理由によってその内情が暴露されないのだろう。つまり、内情を知っている筈の“上”とやらはこの地にはいない、ということになる。これは事前に市内にいる“上”の人間を襲って確認を取ってみたので最初から期待していなかったが、ここまで徹底しているとはある意味予想外である。
『偽りの聖杯。クラス・ビースト。奪われし神。終末の英雄。番外のサーヴァント。設定資料処分。封印処理済。十番目の化身。崇められる者。奪還対象物』
「……これはどう判断していいのかわかぬなぁ」
何しろ漏れ出る情報は形式の決まった資料などではない。単語の羅列など珍しくなく、情報を引き出すにも一苦労。そんな中で唯一見つけたこのこれらの言葉はそれなりに興味の引く内容ではある。特に、途中にある「設定資料」というのがなんとも胡散臭い。ババ抜きをやってるのかジジ抜きをやっているのか分からなくなってくる。
しかし、これ以上漏れ出た情報をあてにするのも難しいということだけはよく分かった。
予想以上に計画が上手くいったために現在ジェスターのタイムスケジュールよりも20パーセント以上余裕が出てきている。
タイミングのいいことに今現在《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の実働部隊は動けない状態で、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の指揮者も更迭となり混乱に拍車をかけている。
アーチャーに動ける余裕はない。ランサーは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が封印中で、バーサーカーは動けぬようにしておいた。アサシンは東洋人と二人で街から遠ざかり、キャスターはジェスターの予想だと令呪によって眠らされている頃合い。正体不明のライダーもランサーと戦い消滅もしくは大幅に弱体化したかのような記述があちこちで見受けられている。そして、この施設の場所を事前に知る者は少なく、仮に知っていたとしても近道がない以上追いつくのにも時間がかかる。
つまり、今この場で邪魔者が入る可能性はゼロと判断していた。少なくとも、ジェスターを相手取れるほどの魔術師はもうスノーフィールドにはいない。死徒であるジェスターであればそれこそ代行者クラスでもなければ相手にすらならないだろう。
「さて、そろそろ予習は終了して本番と行こうではないか」
第十三隔壁を前に8桁のパスコードを入力していく。情報さえあれば掌紋、網膜を偽ることは容易い。機械相手に騙しても張り合いはないが、この厳重さからもこの中が一体どういった扱いをされているのかよく分かる。
馬鹿でかい扉上部に設置されたセントリーガンをはじめとする自動警戒システムは機能していない。主電源のみならず副電源にもジェスターは細工しておいたし、予備電源となる雷神の名を冠した宝具も処分しておいた。おかげで施設の電源は今や完全に落ち、非常電源が最低限の明かりを照らすのみ。そのためやるべきことはあと一つだけ。
「ふんっ!」
この分厚い扉を一人で開けるだけである。
厚さは優に五〇センチ以上。重量は軽く数十トン。とても人間一人が自力で開けることなど不可能だが、あいにくとジェスターは人間ではなく死徒であり、それも一線級の魔術師ですらある。
とはいえ、それであってもこの扉を開けている間はどうしても反応が遅れてしまう。身体中の全筋肉と魔力を用いるのだ。地に足をつけ一方向に力を込めればどうしたって隙ができてしまう。
例え敵となり得る者がおらずとも、そうした可能性を考え、穏便にジェスターは扉の開閉作業をするのだが。
「――っ!」
何とか子供一人が通れるくらいの幅ができたところで、ジェスターは振り返ることもせずに真横に大きく跳んでみせた。そのまま二転三転移動し、元来持っていた肉体のポテンシャルを活かすことで天井まで一〇メートルはある高さを一息で跳び上がる。手に吸盤を付けたかのように、そのまま壁に張り付いて地面に落ちることはない。
これらの挙動を一瞬のうちにやってのけたジェスターではあるがその全身は黒く焼け焦げ、盾に使った右腕は代償として炭化し崩れ落ちた。
荒い呼吸のままにジェスターは全神経を集中させ現状を見極める。
周辺への警戒は怠っていなかっただけに、対処が遅れるほど高速の攻撃が来るなど、
「これは――予想外」
ジェスターの呟きに応えるように次撃が加えられる。爬虫類の如く壁を左手と二本足で移動してみせるが遮蔽物のないこの空間では逃げ続けるのは不可能に近かった。立体的に動くことで直撃を受けることなく躱してみせるが、それも時間の問題だった。
一分。
あの圧倒的火力の前にジェスターが耐え切れた時間だった。
最初の奇襲で右腕をなくさねばまだ善戦できたのだろうが、手数はそれほどでもないのに一撃の範囲と威力が通常では考えられぬほど広く強い。反撃をするにもそんな隙はどこにもない。
どさり、とジェスターがチタン合金の床に落ちる頃にはもはや人相すら分からぬほど全身黒焦げとなっていた。焼死体同然の有様ではあるが、あの攻撃を一分間も喰らい続けて原型を保てているのはジェスターならではの手腕といえた。
とはいえ、この身体はもう限界。両足は吹き飛ばされて逃げることは敵わず、防御に費やす魔力が追いつかない。再生をしようにも馴染むまでの時間すらなくピンクに盛り上がる肉はあっという間に炭と化す。
幸いにも床に落ちた段階でこれ以上の攻撃はなかった。オーバーキルも同然の状態にあってはそれも当然だが、ジェスター相手にこの攻撃程度ではまだ生ぬるい。
ジェスターがまだ何とか動く左手でもはや黒ずんで何が何やらわからぬ胸に指を突っ込み、その概念核を入れ替える。ここまで派手にやられた以上、いくら蘇生可能といえど完全復活までは数十秒はかかる。
まずい、とジェスターは危機感を募らせる。
この期に及んでこの状況で奇襲を仕掛け、なおかつ自分と互角に戦える存在など想定していなかった。最初の一撃で力量は把握したが、まともにぶつかって負けるとは思わないが、勝てると断定することもできない。
概念核は既にセットしてあるが、まだ起動はさせていない。というのも、未だもって襲撃者の視線はジェスターに向かれたままだからである。
「下手な芝居はよしなさい、ジェスター・カルトゥーレ。あなたの気配はまるで死ぬ様子がない」
その一言に、ジェスターは襲撃者がこちらの手の内を知っていることを悟った。ハッタリかもしれないが、ここで無視するにはあまりに危険すぎる。
「これはこれは……原住民の族長自らが私のような小物退治とは、お忙しそうですなぁ、ティーネ・チェルク」
ジェスターを前に、ティーネは襲撃時からただ一歩だって動いていない。腕を組んで睨み付ける双眸はどこかアーチャーを彷彿とさせていた。
こうなってしまった以上隠す必要もないとジェスターは概念核を起動させる。焼け焦げた肌は見る間に崩れ落ち、その下からは肉ではなく直接肌が蘇る。燃やされた右手と両足も時間が逆行したかのように生え揃い、ものの十数秒ですっかり別人へと生まれ変わったジェスターがそこにいた。
その間ティーネは何をするでもなく、ジェスターの復活を見続けていた。この復活途中のジェスターは無防備に近いというのにあえて攻撃しないのは格の違いを見せつけるためか。
これで五回目の死亡。つまりこれが最後の概念核となるわけだが、最後であるだけにその能力は過去五体の概念核よりも数段上の強度を持つ。初見とはいえど、それが分からぬティーネとも思えないだけに、ジェスターは復活した後も迂闊に動くことができずにいた。
「さて、最初に聞いておきたいのだが、族長様は何故私がここにいることを知っているのかな?」
ジェスターは常に単独行動だ。ジェスターに関しての秘密が《ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)》によって漏れ出ているわけがない。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》に怪しまれていたことは確かだが決定的な証拠はない筈であり、唯一心当たりがあると言えば――
「途中、親切な御仁がいましてね。今ジェスターが“偽りの聖杯”を盗りに向かっていると忠告してくださいました。ついでにあなたが蘇生できることも。とどめを刺さなかったのは失敗だったようですね?」
「それは……返す言葉もないですなぁ」
つまらぬミスをしたとジェスターは舌打ちする。
ジェスターとしては丸一日は意識が戻らぬ程度に痛めつけたと思ったが、想像以上に早くに目が覚めてしまったらしい。今後のことを考え消滅させるわけにもいかなかったが、少なくとも迂闊な発言をするべきではなかったようだ。
「しかし、だとしてもどうしてこの場所が?」
ここは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》内部でも機密レベルの高い場所。入り口一つにしても見つけ出すのにジェスターは苦労していた。そしていくら情報がダダ漏れしていようともあの情報の海から必要な情報だけを抜き出すには相当な時間がかかる筈だ。予め準備していたジェスターでさえ、それなりの苦労をしてここへと辿り着いている。まして、こうした情報処理に疎そうなティーネであれば尚更だろう。
「いいえ、“偽りの聖杯”の居場所だけなら既に知っていました。後は、――まぁ、子供らしい発想でここに来ただけです」
ティーネはジェスターに笑いかけるが、その笑みにジェスターは年相応の可愛らしさを見いだすことはできなかった。ティーネの周囲には彼女の命令を今か今かと待っている莫大な魔力が渦巻いている。
以前から機械的に動く少女ではあったが、どうしてだろう、今のティーネはそれに輪をかけて作り物めいていた。
「穴を掘った、ただそれだけです」
その言葉だけでジェスターはティーネを相手取ろうとすることは諦めた。
かつて入り口が埋まったピラミッドに潜入しようと爆破を試みた者がいたらしい。結局ピラミッド外壁の厚さに諦めざるを得なかったわけだが、ティーネはそれと同じ行動を取り、そして見事内部に到達する偉業を成し遂げていた。
「出鱈目だな」
「否定はしません」
確かにこの地下施設の正確な場所さえ知っていれば可能なことではある。だが乱暴この上ないし、ここの深度は数十メートルはある。力まかせにしたって限度があるだろう。それを単独かつ短時間で行うなど非常識を通り越して不可能だ。
以前に見かけた時のティーネの未熟な顔をジェスターは思い出す。その顔つきこそ変化はないが、醸し出す雰囲気はまるで違っていた。確か情報では数日間寝込み、夢の中でライダーと戦ったらしいが、その詳細は不明。一体何があったのかは分からないが、何かがきっかけで彼女が羽化してしまったのは確からしい。
いや、それだけ、というわけではない。
彼女が纏うこの魔力量は、ハッキリ言って異常過ぎる。
先に調べておいたことが役に立った。あの単語の羅列の中にあった「奪われし神。崇められる者。奪還対象物」という言葉の意味が繋がった。
「――これで、合点がいった。スノーフィールドの民が、この地を取り戻したがっている真の理由が」
ジェスターの言葉にティーネは反論しなかった。
ティーネ達スノーフィールドの原住民はこの地の霊脈を利用した魔術を使用する、といわれているが、それは半分だけ正解であろう。地域限定の魔術など珍しくもない、とろくに調査もせずにいたが、これはもっと調査するべきであったかも知れない。
「君達原住民は、この土地を取り戻そうとしているのではなく、“偽りの聖杯”そのものを取り戻そうとしていたわけか」
彼らにとって“偽りの聖杯”は祀るべき神そのもの。同じ一族にしては血筋の異なる者が多いと思っていたが、それは当然だ。彼らは同じ神を崇める信徒を指して“一族”と呼んでいるにすぎない。ユダヤ教徒を指してユダヤ人と言っているのと同じ考え方であろう。
「そう、だからこそ、我々はずっとこの場所を探してました。助かりましたよ、大まかな場所が分かったとしてもあなたがいなければ私はここのセキュリティに阻まれて辿り着けなかったでしょうから」
この地を侵されて約七〇年。政府によって巧みに原住民達は謀られ、祀っていた筈の神は祭壇ごと動かされ、気付いたときにはもう既に手遅れであった。
「では、ティーネ・チェルク。君はこの中に一体どんな神が祀られているのか知っているのかね?」
「いいえ。詳細については我々も知りません。ただ――」
ジェスターの言葉を否定しながらも、彼女は己の手を見やった。その手に溢れる魔力は未だ持って上限を持たず、それでいて溢れ出すということもない。それだけでそれ以上彼女が何も言わずとも言わんとしていることは理解できた。
族長の立場が“選ばれた”者であることは既に調査済みである。漠然とスノーフィールドの地に選ばれたと解釈していたが、この“偽りの聖杯”を目の前にすれば何によって選ばれたのかは明白であろう。
彼らはただの信徒ではなく、眷属だ。族長は司祭であり、巫女であり、時に生け贄となるべき依り代なのであろう。
だからこそ、“偽りの聖杯”に近付けば近付くほど彼女の力は際限なく増大していく。ここまで“偽りの聖杯”に近付けば並のサーヴァントでも彼女を突破することはできないだろう。少なくとも、ジェスターにこれを突破できる自信はない。
七〇年間、彼らはこの機会を狙っていた。聖杯戦争についても十数年前から調べていると聞く。だとすれば十二歳である彼女が自然に生まれたわけがない。“偽りの聖杯”に愛される要素を数多に埋め込まれ、怨念にも似た祝福に抱かれながら、本人にも自覚のないまま用意された最終兵器。
そして、ティーネはジェスターに背を向け分厚い扉の向こうへと歩を進めていった。明かりがないためわかりにくいが、あの扉の向こうは馬鹿でかい空間だ。その中央に安置されているのが“偽りの聖杯”なのだろう。
これで、この偽りの聖杯戦争は終了する。
ジェスターは早い段階からこの“偽りの聖杯戦争”を怪しみ、この“偽りの聖杯”を探していた。本来ここに来たのも何かをするため、ではなくどちらかというと調査をするためだ。“偽りの聖杯”が何なのかを確認し、あわよくば確保していくことで全体をコントロールする腹づもりだった。
しかし、ジェスターと違いティーネは“偽りの聖杯”どころか原住民の神が具体的に何なのかすらもろくな知識を持っていない。それでありながら、ティーネに埋め込まれた数々の因子は何をするでもなくティーネの思い通りに“偽りの聖杯”をコントロールしてみせるだろう。
そして彼女が願うのは戦争の終焉と神の眠り。“偽りの聖杯”をただの墓石へと貶め、この地を元の自然な形のスノーフィールドへと戻していく。願いが叶わぬと知れば各陣営が争う必要もない。そして魔力源を失ったサーヴァントはそう遠くないうちに勝手に消滅していくことだろう。
「ちっ、つまらぬなぁ」
ティーネの姿が完全に見えなくなって、ジェスターは耐えきれぬように愚痴をこぼしてしまった。
つい五分前にあったこの胸の昂ぶりは一体どこに行ってしまったのか。目前のオモチャを没収された幼い頃を思い出す。それに似た悔しさと憤りは確かにあるが、それを上回る敗北感はどうしようもない。こうして殺されていない時点でティーネがジェスターを眼中に入れていないのかよく分かる。もしくは、こうしてこの場の露払いしてくれたお礼のつもりなのかも知れない。
ティーネを止めるための戦闘は無意味だ。ならば言葉で、と思いバーサーカーから奪った携帯端末を拾い上げる。ジェスター自身は全身ズタボロと化したが、攻撃に巻き込まれ壊れぬようさりげなくティーネの死角に落としておいた携帯端末はあの攻撃の飛び火を受けることもなく無傷である。
無駄と思いつつも漏れ出た情報を閲覧する。情報は莫大であり、重複したものも多く、暗号化されているものも多い。索引性など期待することもできず、唯一電子端末の利点は検索は可能ということだけだ。
では一体、何を検索すれば良い?
ティーネ・チェルク、偽りの聖杯、スノーフィールド、神、などと検索を入れても出てくる情報はろくなモノがない。もっとピンポイントの単語でなければ期待できる情報は出てこないだろう。
「聖杯……聖遺物……不朽体……?」
ダメ元で連想ゲームの如く挙げて行くが、そこでふと頭の中を過ぎったモノがある。
ジェスターは死徒だ。まさしく夜の眷属であり、そのために明かりのない場所であっても問題なくその視界は全てをさらけ出す。当然、扉を開けた時にジェスターはその“偽りの聖杯”そのものを見ていた。
その形は巨大な直方体。一目で分かる複雑かつ緻密な回路がその全体を覆っていたそれは、一見箱のようにも見える。たが、死徒という吸血種たるジェスターにそれはまるで寝所にしか見えなかった。
吸血鬼の寝所と言えば、一つしかない。
それは奇しくもティーネが夢の中で“偽りの聖杯”に抱いた感想と同じだった。
聖杯と同様の魔力を秘めるだけの――棺桶。
「まさか……聖櫃(アーク)?」
我ながら現実味のない言葉に震えが来る。
ピラミッドなどの墓所であるならともかく、こんな巨大な聖櫃(アーク)など見たこともなければ聞いたこともない。それが本当なら、中で眠っている不朽体の正体は一体何だというのか。
だがそれでもおそるおそる検索をかけてみれば、ヒットした項目は数件ながら確かにあった。そのいずれも重要機密の判が押された《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の資料である。
資料の内容に肝心の中身についての記述はないが、いくつかの資料を総合して考えるにその内容はジェスターの予想通り。原住民との関連性もある程度書かれているが、それと同時に物騒な言葉の羅列が所々に並んでいる。敵性勢力の接触項目の最終段階には「本部自爆決議」や「戦術核の使用」といった殲滅手段が大真面目に講じられていた。
これが本当であるならば、ジェスター含めこのスノーフィールドの街はもうすぐ核の炎で灼き尽くされることとなる。大抵のことは経験してきたジェスターといえど、そんな経験はさすがにない。
「……いや、」
笑ってしまうような自分の言葉に、ふとジェスターも違和感に気付く。
周囲の状況を見回してみる。屈強な警備兵に、侵入者を返り討ちにせんとばかりの銃火器の設置、そして何重にもかけられた物理的・魔術的結界の数々。
「この程度のセキュリティで核攻撃などする筈もない……!」
慌てるジェスターも当然。いくらここが秘密施設で厳重な要塞であるとはいえ、先ほどの黄金王ミダスの能力にあるような無差別かつ広範囲に影響を及ぼすような宝具があればあっさりとこの要塞は崩れゆくことだろう。これがアーチャーであるなら尚更簡単に突破されるのは明白である。
このスノーフィールドを消し飛ばすほどの重要性があるなら、もっと他に対策をしている筈だ。資料を次から次へと流し読みをし、そして程なく、ジェスターは目的の書類を探し当てた。
“偽りの聖杯”、その接触が禁忌であるならば、それに対する対処策は障害となる警備が眠り、施設の電源が根こそぎ落ちた今であっても、今尚稼働し続けていることになる。この場を守る仕掛けはこの扉が最後などではない。
「宝具開発コード《ノア》……?」
添付された書類はキャスターが念入りに昇華し最高傑作と呼んだ特殊宝具の一つ。数ある防御宝具において最硬を誇る強度と何者にも拒めぬ絶対不可侵領域――
ジェスターがその先を読もうとしたとき、奥へと一人進んでいったティーネの声が周囲に響き渡った。
それはジェスターが予想していた神へと捧げる歌などではない。
それは苦痛に喚くだけの、ただの叫びだった。
-----------------------------------------------------------------------
宝具《笛吹き男(ハーメルン)》はかつて1284年6月にハーメルンの街で起きた子供の集団誘拐の逸話に出てきた笛を発掘し昇華させた宝具である。
鼠や子供といった一定の対象物を無差別に惹き付けるこの宝具をキャスターはひたすら強化し、狙った対象を自由自在に操る宝具へと仕立て上げた。当初の予定ではこれを用いて即席の人形兵団(マリオネット・イェーガー)を用意し予備兵力とする手筈だったが、今回はそうした細かい操作を犠牲にしてスノーフィールド市民八〇万人を強制的に眠らせるだけに急遽使用されることとなった。
この無茶苦茶な規模の宝具使用により《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が事前に貯蔵していた魔力は完全に底を突き、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》部隊も半壊、電力の供給がストップされたことで市内各所のカメラも機能停止となった。
ミダス王もつい先ほど魔力切れから消滅し、アーチャーも光る黄金の船でどこかに飛び去っていった。
つまり、今市内で何があったとしても、誰にも気付かれることはなかった。
遠慮のない銃声が市街地で響き渡った。
もはや何発放たれたのかバーサーカーは数えるのを止めている。追っ手が一人や二人であればそれもまた有効な情報なのだろうが、こうもあからさまに組織だって追い立てられると装弾の隙を突くことも不可能だ。
ジェスターに殴られ目覚めてからバーサーカーは息つく暇もなく逃走を繰り返している。四肢に突き刺さったままの杭は相変わらずバーサーカーの動きを阻害し、抜き取る暇も余裕もない。キャスターから貰った携帯端末もジェスターに奪われ助けを呼ぶこともできない。
逃げ足が自慢の殺人鬼だというのに殺すどころか逃げることすら覚束ない。まったく情けない限りである。
激痛と疲労に自然と顎が上がり、目映い星明かりがバーサーカーの視界に映る。アーチャーの一撃により雨雲が消し飛ばされたことが唯一の救いだが、それだけで突破できる状況とも思えなかった。
相手が一体何者かすらバーサーカーは分からない。継続的に《笛吹き男(ハーメルン)》による強制催眠の魔力波が放たれているが、追撃者達がそれを意識しているようには思えない。魔術師ならば己の魔術回路を少し起動させるだけで抗うことは簡単だが、この追撃者達はわざわざ対魔呪符を用いて魔力波に抗っている。
装備こそ魔道に則った物であるが、それを操る兵士は間違いなく魔道を解さぬ一般兵。今までスノーフィールドのあちこちを調べて回ったバーサーカーではあるが、こんなちぐはぐな組織など初めてである。
とはいえ、《笛吹き男(ハーメルン)》に対抗する手段を準備しているところからキャスター陣営の情報を正確に掴んでいる部隊なのは間違いない。となるとこれが署長が言っていた“上”の運営直轄部隊というやつか。
「どうやら表舞台に出すことには成功したようだな」
これを逆にチャンスと捉えてしまうのはバーサーカーの悪い癖なのかもしれない。どの陣営も今夜は消耗しきっているし、《ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)》による情報漏洩を精査するのに必死である。己の危機においてすら邪魔が入らぬことを逆に好都合とすら思ってしまうバーサーカーである。
相手が銃器である以上見通しのよい直線道路を避け、裏町を必死になって逃げ回っているが、頭の中で地図を広げればバーサーカーの行動が意図的に誘導されているのは間違いなかった。
途中何とか敵を欺こうと策を練ってはみたが、敵はツーマンセルで一定距離を保ち連携を崩す様子はない。壁を壊したり登ったりとルート外への逃走も試みたが、その度に予め配備されていたとばかりに立ち塞がる敵兵がそれを許さない。
ならば、選択肢はもう一つしかなかった。
バーサーカーの体力・魔力共に疲労の蓄積は無視できなかったが、まだ限界ではない。バーサーカーの戦闘能力では敵勢力を強引に鎮圧できぬ以上、手のひらで遊ばれている様を装いながら、相手の虚を突く他はなかった。フラットのために意味のある死ならここで死ぬのも悪くないが、進んで死ぬ真似はしたくない。
ここに至ってもバーサーカーは勝算を持っていた。
この異常な練度を誇る兵であれば、無理に誘導などしなくともバーサーカーを仕留めることは不可能ではない。最終的に敵が何らかの交渉を仕掛けてくるのは間違いない。
……その、筈だった。
「お目にかかれて光栄の至りです。稀代の殺人鬼、ジャック・ザ・リッパー」
そう言って、誘導された場所で待ち構えていた男はバーサーカーへ対サーヴァント用の弾丸を容赦なく撃ち込んできた。
相手を威圧するべく堂々とこの場へ現れたことが災いした。映画でよく見るこうしたシーンでは奇策を用いて避けたり防いだりということをするものだが、あいにくとこの場はフィクションじみてはいるが、現実であった。
問答無用で打ち込まれた弾丸にバーサーカーは為す術もなく倒れ伏す。バーサーカーの計算は根本から誤っていた。交渉など、敵は最初からするつもりなどなかった。敵はただ、バーサーカーを相手に力尽くで攻めるより、こうして交渉の可能性を匂わせた方が効率的だと判断したに過ぎなかった。
バーサーカーは生きていた。だがそれは即死を免れているだけで、致命傷には違いない。だがサーヴァントの致命傷と人間との致命傷ではその意味は大きく異なる。
「……何故、一思いに殺さないのかね?」
呻くように、疑問を吐き出す。
これまで何度となくフラットにも言ったことがあるが、瀕死のサーヴァントこそ近付くべきではない。できる限り遠くから、ただ力尽きるの待つべきであり、その場に留まり殺す手段があるなら、速やかに首を刎ねるのが正しい在り方だ。
まだ可能性がある――などとは思えなかった。敵の首魁たるその男は、油断なく更に銃弾をバーサーカーに放ち続けてきたからだ。
「安心してください。ちゃんと殺します。助けるつもりなどありません」
そうして、再度銃弾がバーサーカーへと撃ち込まれる。
「今、何発ですか?」
「右手五発、左手二発、左足二発、右足二発、胴に三発、計十四発です」
「そうですか」
部下の報告にそっけなく答えて引き金を二度引いた。既に動けぬバーサーカーの両足にそれぞれ一発ずつ撃ち込まれる。
これは、ただの実験だった。
元々ヴァチカンで対死徒用にチューニングされていた弾丸が、一体どれだけサーヴァントに通用するのかを確認するための実験。そのための素材として、男にとってバーサーカーは丁度良いモルモットであった。
「クラス・バーサーカー。真名はジャック・ザ・リッパー。対魔スキルはなし。宝具は《暗黒霧都(ザ・ミスト)》――」
手持ちの端末から漏れ出たであろう情報を次から次へと読み上げてみせる男。そしてその話が宝具へと移った段階で、バーサーカーは男の言葉通りに全力でその宝具を展開してみせた。
宝具《暗黒霧都(ザ・ミスト)》。
バーサーカーがかつて暗躍していた時代、産業革命により大量排出された石炭の煤煙がロンドンに大災害を引き起こしていた。この宝具はその“死の霧”を再現する宝具であり、一度結界内に閉じ込められれば脱出は難しく、それでいて着実にダメージを与え続ける代物である。
だが、バーサーカーはこの宝具をこれまで何度となく使用してきたが、こうした本来の使い方をしたことはない。そしてこれに関してはマスターであるフラットやキャスターにも話していないのでその秘密が漏れ出ていることはない。
ここには雨も風もない。
敵は周囲を囲んでいる。
我が宝具の餌食となる条件は整った。
即座に首を刎ねなかった事を後悔させてやるとしよう。
「ではご覧に入れようではないか、我が宝具を――」
「必要ありません。もう、観察は終わっています」
そんなバーサーカーの最後の抵抗を男は鼻で笑ってみせる。
バーサーカーから立ち上る漆黒に、男は焦ることもなく余裕を持って背後にある車の後部扉を開け放つ。そこに用意されたそれは神秘や奇跡ではなく、どこにでもあるような現代技術の塊に過ぎぬモノ。
それはただの、業務用の巨大送風機。
「気付かれていないとでも思っていたのですか? 宙に飛散し周囲を取り囲む結界型宝具。最小限度で発動すれば微弱な反応に使用者以外にはそこいらの土埃と見分けは付かない――そういえば、空間を削り取る能力者に砂使いの能力者が立ち向かうという話を聞いたことがありましたね」
あれを参考にでもしましたか、と男の嘲笑にバーサーカーは告げる口を持たなかった。
本来、この宝具は全力展開させることで周囲一帯の敵を捕獲し弱体化させる効果がある。しかしそれでは目立ってしまうし、展開するまでに時間もかかる。
そのためにバーサーカーが考え出した運用方法がこれだ。バーサーカーはこの宝具を最小限度で周囲に展開させることで即席のレーダーとしたのである。これによって周辺地形を把握し敵を認識し、武蔵との戦闘においても奇襲を防いでいた。
ただし、この宝具は展開時に邪魔な雨や風がないことが条件である。魔力の塊とはいえ霧という認識には違いなく、十分な魔力濃度が維持できない状況では結界も意味を成さない。バーサーカーがキャスターの前で《暗黒霧都(ザ・ミスト)》を見せた時も、換気扇ひとつで宝具を収めたのはそういった理由があったからである。
送風機が働き、風があっという間にバーサーカーの《暗黒霧都(ザ・ミスト)》を消し飛ばす。事実上これがこの状況における最後の切り札であったというのに、その希望の糸は実にあっけなく切り捨て――いや、吹き飛ばされた。
「……一応言っておきましょうか。我々はバーサーカー、あなたを最も警戒していたのですよ」
パン、とまた一発、薬莢が宙を飛ぶ。
「それは、光栄だ……」
「いえいえ。これは本当です。あなたが街中で何の準備もなく召喚された時から注目してました。最も、当時はあなたというよりマスターであるフラット・エスカルドスの戦略に注目していたのですが」
男の言葉にバーサーカーは何が言いたいのかよく分からずにいた。フラットの魔術師らしからぬ思考と天然さは外から観察する分には不可解すぎるようである。
そんなバーサーカーの内心を知ってか知らずか。男はせっかくです、と軽くその右手を挙げて合図を送る。今度は狙撃でも来るのかと覚悟を決めるが、放たれたのは銃弾などではなかった。
放たれたのは、電気信号。
「――ッ」
この場にそぐわぬ間抜けな音楽が、周囲に鳴り響く。
だがバーサーカーには聞き覚えがある。これはフラットに連絡用として用意して貰った携帯電話の着信音。着信音一つで気分も盛り上がるとフラットがわざわざ有料ダウンロードまでした日本の国民的お笑い番組という触れ込みのオープニング曲。
潜入や尾行といった調査業務の多いバーサーカーがマナーモードにしていない筈がない。それより何より、バーサーカーは事前に携帯電話の電源を落としていた筈だ。
この事実に思わずバーサーカーはわずかに顔を歪ませるが、すぐにまた元に戻した。一瞬のことだったためか、その事実に目の前の男も気にとめていない。
「あなたの行動は最初から我々に筒抜けだったのですよ。御存知でしょうか? 最近の携帯電話は電源を切っていても勝手に再起動もできるし、位置情報も抜くこともできるんです。もちろん、盗聴も」
男の言葉が本当であるのなら、これまでのバーサーカーの行動は全て把握されていたことになる。
となれば、バーサーカーの不自然な行動にも気付いて当然。
「あなたはマスターから各陣営に不戦協定を結ぶよう要請されていましたね?」
「……」
男の言葉に何も応えずにいると、またも無造作に弾丸がバーサーカーの胸を抉ってくる。バーサーカーではなく、自らの携帯電話を取りだし、バーサーカーに宛てた筈のフラットのメールをその証拠とばかりに読み上げる。
「しかしおかしいですねぇ。あなたがアサシンと会ったのは別として、ランサーと不戦協定を結んだのは、マスターからの要請の『前』でした。つまり、あなたはあなたで別の思惑があって不戦協定を結んでいたことになる」
パンッ。
「それでいながら、マスターからの一番の要請であるアーチャーとの不戦協定を実行していない。しかも夢から戻ってきたマスターにすら未だ会いに行っていない……どうしてなのですか?」
パンッ。
「……まあ、黙秘権を行使するのもいいでしょう。そうした分析は後ほどじっくりやるとします」
そうして、男は無造作にバーサーカーへと近づき、その頭部に銃を突きつける。連続した発砲により銃身は熱を帯び、バーサーカーの眉間を焼きつけた。
「……貴様らは」
「はい」
バーサーカーの最後の抵抗など考えもしていないような柔和な笑みで、男はバーサーカーの言葉に応じてみせる。
「貴様らは、一体何者だ?」
「……あー」
その言葉には、男は想像以上に困った顔をした。
そして、困った顔をしながら、バーサーカーの問いかけに答えることもなく、無造作にそのまま引き金を引く指に力を込めた。
サーヴァントといえど頭部を打ち抜かれては末期の声を残すことも適わない。そしてその中身も人間同様にグロテスク。鬼も人も違いなどありはしない。
返り血に汚れた頬を指先で拭いながら、男は光となって消え逝くサーヴァントに背を向ける。そしてふむ、と頭を掻きながら思いもよらぬ事案に頭を巡らせる。
「そういえば、まだ我々には呼び名がありませんでしたね」
秘匿部隊という特性上、記号的な部隊名は確かにあるが、それを公言するにはあまりに虚しいし、これから改めて『新生《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》』などと名乗るのも気が進まなかった。ここで気付いていなければいざ動いた時に惰性で《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》と名乗りそうである。
「まあ、おいおい考えておきましょう。では皆さん、撤収準備。第一班は退路を確保、二班は護衛をお願いします。三班は現場を清掃、バーサーカーが確実に消滅したことを確認してください。明日の朝までに《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》本部へ出頭できるよう急ぎますよ」
実に気軽な口調で、ファルデウスは率いてきた部隊に対して命令を下した。
夜明けまで後六時間ほど。それまでに、やるべきことはたくさんある。
だが幸いにして、わざわざファルデウスが出て行かずとも指示一つで部下はその全てに応えてくれることだろう。手持ち無沙汰という程の暇はないだろうが、まあ、組織名を考える時間くらいはあるだろうと、ファルデウスは暢気に考えながら指揮車両へと乗り込んでいった。
---------------------------------------------------------------------------
《ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)》
情報漏洩の呪い…かどうかは知らないが、ジェスターが狙うのも納得の逸話。ジェスターの暗躍ぶりを途中で書きたかったのだがそれはこの瞬間のために置いておいた。
ジェスターVSティーネ。
マスター対決。一方的にティーネが勝利したのでお気づきだろうが、今までの対戦成績から、
ティーネ>ジェスター>バーサーカー>アサシン
という訳の分からない順番になっている。もちろんパラメーターや状況や奥の手にもよるのだが、実力的にはこういう順番である。
聖櫃(アーク)。
聖杯じゃなかったら聖櫃だろう!という安易な発想が根源にある。勿論ここで流れ出た情報は嘘か本当かも分からぬ曖昧なもの。なのでジェスターは読み流している。
ただし、クラスビーストといえばフェイトプロトタイプに登場した666の獣のことでもある。読者諸兄にはこのハッタリ感を楽しんで貰いたい。
宝具《笛吹き男(ハーメルン)》。
実はなにげに史実。当時の黒死病を揶揄しているとかいないとか。そうした関係からライダーの宝具にでもしようかと思ったのだが、《ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)》の尻ぬぐいを考えるとこうせざるを得なかった。
宝具《暗黒霧都(ザ・ミスト)》。
アポクリファでの公式設定。ただし、今現在に至るまでその内容を知らない。なのでかなり便利な能力として使用されている。ファルデウスが語ったように、ジョジョ第三部でのイギーをイメージしている。
バーサーカー死亡。
もちろんバーサーカーとしては自らの退場も含めて、色々と策を巡らしている。自らが死ぬことでマスターを有利にしようとするのは当初からの予定通りである。この辺りは後半くらいでキャスターに語って貰っている。
ちなみにこのバーサーカーが偽物で実は死んでない、という展開はない。ちゃんと殺されてます。