Fate/strange fake Prototype -Another Player-   作:縦一乙

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 その一報が入った時、折しもスノーフィールド市警は混乱の最中にあった。

 通常であれば何ら問題もなくスムーズに情報が伝えられたことだろう。スノーフィールド市の治安はさほど悪いわけでもなく、警察機構が優秀と言うこともあって、警察署の電話交換手は久しく苦情処理以外の仕事が回らないこともあった。

 しかし今回はそれが裏目に出た。

 咄嗟の対応ができるよう指示は出されていたが、ほぼ同時刻に殺人・強盗・交通事故の報告が舞い込み、ついでとばかりに泥酔した自称アーティストが警察署内で暴れていた。間の悪いことにジュニアスクールの社会見学のために、署長は対応に出ていた。

 情報が錯綜する。治安が良い反面こうした混乱に弱い。混乱したのはわずかに十分少々ということを考えれば優秀であるとも言えるが、その間重要度が低い、と判断された事案は完全にストップした。

 タトゥーをした不審な外国人観光客がいる、という情報は本来であればキャスターのマスターたる署長の耳に直ぐさま入る筈だったが、本業を優先した対応者はそのことを署長の耳に入れることをしなかった。聖杯戦争を知らぬただの一般職員がそうした対処をしたことを誰が責められようか。

 結局、聖杯戦争の参加者たる署長にその件が報告されたのは魔術師としての弟子である直属の戦闘集団「《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》」の一人から直接の連絡があってからである。その時点で、すでに事は早急な対応が必要であった。

「――市街にサーヴァントが現れただと」

 その報告にわずかな苛立ちを滲ませながらモニターに映し出された映像記録を確認して署長は今後の対応を考え眉間に皺を作った。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の現時点での任務はサーヴァント及びマスターの発見にある。そのため魔術師としてではなく、あくまで警察官として行動するよう指示してあった。警察の中にマスターがいることを気づかれぬよう、宝具の所持を禁じ、魔術の使用も必要最低限に限るよう通達してある。

 とはいえ、これでサーヴァントやマスターが見つかると期待はしていたわけではない。監視カメラをはじめとする警察機構の情報網を利用できるとはいえ、サーヴァントはともかくマスターの情報についてはあまりに手がかりが少なすぎる。

 それこそ、無防備に令呪をむき出しにしていない限り、マスターの発見は困難だ。

 聖杯戦争のセオリーに則っていれば、そんなことある筈がない――そう考えても無理からぬこと。それが二人目ともなれば尚更だ。

「今度は一体どこのバカだ」

 周囲を慌ただしく動き情報を整理する部下へ一通り指示を出し終え一区切り。誰ともなく罵ってみるものの、それで過去の失態が帳消しになるわけでもない。

 キャスターのマスターである自分にもしもの時があった時に備えてマニュアルを作成していたことも裏目に出ていた。

 早急な判断を要する際にマスターたる自分と連絡が取れぬ場合、仕留めることが可能なら連携を取りながら通常火器にて対応するよう指示してある。今回の場合も魔力の濃度から令呪が本物であることを現場の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が確認し、マニュアル通りの対応が行われた。

 その結果、白昼堂々市街地でサーヴァントが暴れる事態となった。

 この偽りの聖杯戦争においてはこうした事態に備える監督役が存在しない。事後処理をどうするのか正確には聞かされていないが、責任の一端を警察署長としても、戦争に参加するマスターとしても取らされることは間違いない。最悪、事後処理の対象そのものになる可能性すらある。

 どちらにしろ事態を早急に収める必要がある。

 ちらり、と時計を見る。指示を下して二分と少々。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》といえども数と装備を整えねばサーヴァントと相対させることはできない。待機状態にあった《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》をフォーマンセル3チームで急遽現場に向かわせたが、これ以上の増援はあと半時間は必要だ。後は一般の警察官を大量動員して対処していくことになるだろう。災害時の退避マニュアルをどこまで適用できるかが鍵となる。

「ここまで大胆に動かれた以上、他のマスター達も黙ってはいまい……」

 と。

 不意に今まで署長として使っていた電話とは別の、窓際に置かれた別の電話が音をたてる。

 この聖杯戦争のために署長用の電話とは別に用意させた電話である。二つの電話には盗聴を防ぐための技術的な処理を施してあったが、この電話はそれに加え魔術的な処理も施し、回線も巧妙に隠してある。この存在を知る者は《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》と、あと一人だけ。

 必然、思い当たる人物はその一人しかいない。

 迅速な行動が求められる職種の長としては、いささか手を伸ばすのに時間がかかっていた。

『おいおいおい、おもしれぇことになってるじゃねぇか! なんで俺に連絡よこしやがらねぇ! 俺はシンデレラじゃねぇんだぜ?』

 回線が接続されると同時に聞こえてきたのは一般アナログ回線からデジタルの秘匿回線に切り替わるノイズ音。それと、今この場で一番聴きたくなかった男の声だった。

 思わずどなりつけたくなる衝動を眉間に皺を寄せることで抑え、一応ではあるがマスターとサーヴァントである関係を思い出す。どこで知ったのか知らないが、確かに無関係ではない。

「……キャスター。お前はお前のやるべきことをこなせ。すでに《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が出動している。早晩事態は解決する。何の問題もない」

 署長自身も騙しきれない嘘をついてみる。どれもこれも問題だらけで、事後処理も含めれば「解決」なぞ当分先の話だ。

『はっ! 何の問題もないだと! わかってねぇな。ようやく聖杯戦争が開幕したってのに暢気にしていなさる! このままじゃあつまんねえ結果になっちまうからこうしてわざわざ電話したんだぜ?』

「私は忙しい。用がないなら切るぞ」

『いい案があるんだがなぁ? 後で聞いておけばよかったって、後悔するハメになっても文句言うんじゃねぇぜぇ?』

 キャスターの挑発的な発言に半ば本気で切りたくなるのを何とか堪えてみる。怒りにまかせるのは簡単だが、キャスターの機嫌を損ねたことで「昇華」の作業が滞るのも馬鹿馬鹿しい。

 錠剤型の胃薬を一つ、苦虫を噛み潰すようにして飲み下した。

「……早く言え」

『まずは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を引かせろ。警察もだ』

 案という割には、その口調は命令だった。

 キャスターは巫山戯た英霊ではあるが、マスターがサーヴァントたる自分に何を求めているのか理解していないわけではない。それ故に「昇華」作業以外に口を出すことは少なく、それが命令となれば初めてである。

「……理由をきいてやる」

 普段の虚言なら即座に切って捨てるところだが、傾聴に値する言葉をキャスターは持っているらしい。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を出さない、という選択肢は実のところ最初に見当している。

 序盤での傍観は聖杯戦争(バトルロワイヤル)のセオリーであるし、その方が《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の存在を秘匿できる。一般警察官を大量に現場へと投入し、そしてあえて逃げ道を用意しておけばそれで一応の解決もできよう。むしろ警官という立場上現場を押さえることで漁夫の利を得ることも期待できる。

 だが今後のことを考えると、早い段階で《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》に対サーヴァント戦闘を経験させることには意味がある。準備万端に相対できる敵でない以上、日中の市街地での混戦はかなり好条件とすら言えよう。地理的優位もあり、支援も期待でき、それでいて既に敵サーヴァントの情報も得ている。次の機会などが来る保証もない。

 何より、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の目的は「人間による英霊の打倒」だ。傍観を続けて最後の一体だけを倒しても意味がないのである。

 それが分からぬキャスターではない。当然のようにマスターの疑問にサーヴァントは解答を用意してみせる。

『前にも言っただろ。俺は本来できの悪い台本を直すほうが得意だってな。

 ……なぁ兄弟。お前さんは俺以上に現場を知っていると思うんだが、状況を簡単に教えてくれねえか』

 今度は頼みというより確認。兄弟について訂正する時間を惜しみ、入ってきた情報を簡単にまとめる。

 スノーフィールド市内において令呪を持った外国人旅行者を《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の一人が発見。令呪が本物であることを確認した段階で現場の一般警察官四名と共に旅行者を包囲、通常火器による射殺を試みた。が、射殺直前になってサーヴァントが召還され、同時に令呪のひとつが反応したことからサーヴァントは旅行者のものとみて間違いない。

 名乗りが本当なら、真名は新免武蔵藤原玄信――東洋のサムライらしい。クラスは不明。サーヴァントによって《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》も含め警察官全員が負傷。未確認ではあるがその後に町で潜伏中の魔術師多数と交戦している模様。現在確認されただけでも負傷者が十三人、倒壊した建物四棟、火事が一件、死者は確認できていない。

 詳細な場所などは伏せて署長はキャスターの要望通りに説明する。キャスターがいらぬ好奇心で現場に出かけることを防ぐためだ。だがそんなことを追求することなくキャスターは大人しく署長の言葉に耳を傾け、何かを思案――いや、納得している様子であった。

『はん。予想通りだぜ兄弟。こいつぁできの悪い台本だ。これを仕組んだ奴はとんだ三流だぜ』

「仕組んだ奴だと?」

 意図的にキャスターは署長の興味をひく言葉を使っている。それが分かっていながら、この事態においては聞き返さずにはいられない。

『言葉の綾だ。いるかもしれねぇし、いないかもしれねぇ。運命の女神は俺のセフレだが、もし仕組んだのが奴なら今度ヒイヒイ喘がせてやる必要がある。知ってるか? アイツ首筋が弱いんだぜ』

「お前の下劣な嘘はどうでもいい。だがこの事件、裏で誰かが糸を引いてると何故言える?」

『確証はねえよ。だがもし俺がこの聖杯戦争の脚本を書くなら、同様の展開にはなっているだろうよ』

 これじゃあせっかくの役者が台なしだ、とキャスターはぼやいてみせる。端役には端役の役割があるんだぜ、とも。

 受話器の向こう側でキャスターが笑みをこぼす気配が感じられた。キャスターにしてみれば、ここで署長がその可能性に辿り着くことが、脚本の修正なのだろう。

「――他勢力の一掃が目的とでもいうのか」

 本来ならば一笑に付す結論ではあったが、キャスターはそれを否定しなかった。

 かつての聖杯戦争はそれぞれのサーヴァントを擁する陣営が戦い、共闘し、裏切り、策謀を尽くして争い、それに教会が神秘を秘匿するべく監督役として乗り出してきた。結果としてそれ以外の勢力はサーヴァントを擁するいずれかの陣営を援護することはあっても直接開催地である冬木へと乗り込むことを抑えられていた。

 だがこの偽りの聖杯戦争はそれぞれの陣営が争うことまでは今まで通りだが、教会の監督役は存在しない。そしてマスター以外にも令呪を奪取できるという事実が、いつの間にか多くの魔術師達に知れ渡っていた。

 おまけに協会に宣戦布告する真似までしてしまい、結果として驚くほど多くの勢力がそれぞれに優秀かつ命知らずな愛すべき馬鹿野郎をスノーフィールドの地へとバックアップクルーを含めて大量に派遣している。

 となれば、令呪に選ばれなかった他の魔術師達が漁夫の利を得ようと考えるのは自然な流れというものだ。

 現在、百人を超える武闘派の魔術師がスノーフィールド市内に潜んでいることが確認されているが、実際にはその数倍の魔術師が入り込んでいることだろう。スノーフィールド全域まで拡大すれば関係者含め確実に四桁に達している。

『繰り返すが、確証はねえ。確証はねえが、俺はいると睨んでいるし、現状を見てもその通りになってる。

 ――お前さんがもし令呪を持たぬただの魔術師なら、この機会をどう捉える?』

「…………」

 キャスターの言うとおり、この機会は令呪を持たぬ魔術師からすれば千載一遇のチャンスだ。

 サーヴァントは確かに強力な戦力だが、多対一ではその能力は十分に活かせない。令呪の転写に時間はさほどかからない。直接的な戦闘を行わず、ただマスターとサーヴァントを分断し時間を稼ぐだけならば、リスクに見合う釣果を得られることだろう。マスターが魔術に対して無知であれば尚のこと時間は少なくてすむ。

 自分であれば、この機を逃さない。勝利に越したことは無いが、負けたとしてもその実戦経験は今後の糧となる。どちらに転んでも《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を投入する意義はある。

『時間は、もうないんじゃないか?』

 そうキャスターは言い残して、電話は切られた。少しの間、音声の切れた後にプーッと音の流れる受話器を見つめた後、署長は静かに受話器を置いた。

 時計を見る。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》はもうすぐ現場に到着する頃合いだ。

 口に手を当て、視線は宙を睨み付ける。

 かつての聖杯戦争において何も知らぬ第三者に令呪が宿ることはままにある。だがそれは他に候補がいないためであり、今回の聖杯戦争においては候補はスノーフィールドにいる魔術師の数だけあると言ってもいい。

 入ってきた情報によると、旅行者は一般人である可能性が高く、また聖杯戦争についても知らない可能性が高い。だというのに、他の魔術師をさしおいて令呪をその身に宿している。

 畢竟、本件が偶然である可能性は非常に低い。何者かが意図的に旅行者へ令呪を与えたと考える方がよほどしっくりとくる。

 とは言えキャスターの言うことをそのまま信じているわけではない。状況からしてキャスターの言うことはもっともであるのだが、あれは劇作家としての意見だ。現実的に考えればこんな序盤で令呪を持つ貴重なマスターをそんな目的のためにリスク覚悟で放り出すわけがない。

 理性は告げる、キャスターの言葉は無視するべきだと。

 キャスターはあくまで《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が潰されないよう連絡をしてきたのではなく、脚本を修正するために連絡してきただけだ。聖杯戦争の勝敗など彼には何の興味もない。

「……キャスターめ」

 部下へ連絡すべく受話器を再度取りながら誰ともなく呟いてみる。市街で暴れているマスターとサーヴァントの後ろに誰かいるのかいないのか分からないが、少なくとも《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を率いる自分を操ろうとしている劇作家は存在する。

 そんな皮肉を感じながら署長が新たな命令を下したのはすぐのことだった。

 

 

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 スノーフィールド市内、その路地裏は昼間だというのに薄暗く、腐った水と放置された生ゴミが異臭を放っていた。

 市の発展と共に無秩序に形成されてきたこうした路地裏は広範囲にわたって犯罪の温床となっている。その気になれば駆除することも容易であるが、どんなものにもゴミ箱が必要とされる場面は多い。スノーフィールドの治安が良い理由がここにある。

 人気もなく、また目も届きにくい。土地が空くたびにビルを建てるという無計画な開発っぷりで、路地が複雑に入り組んでいる。市内地図はかろうじてこの路地裏も掲載してあるが、ゴミで塞がっていたり建物の取り壊しや違法建築やらのせいで地図を作成して三日もすれば改訂が必要となるだろう。

 そうした世界から、街から、日常から切り離された空間は、その上更に常識と呼ばれるものまで失おうとしていた。

 アートと称する壁の落書きに新たな赤い彩りが加えられる。

 絵筆の如く振るわれる二刀は狭い路地裏であっても十全にその威力を発揮していた。

 路地裏を疾風の如く駆け抜け、足止めせんと出現する魔術師達を次々と切り刻んでいる鎌鼬の正体は、東洋のツインソードサムライ、サーヴァント・新免武蔵藤原玄信――宮本武蔵その人である。

 江戸時代初期の兵法者であり、二刀を用いる円明流、後の二天一流の開祖といわれ、生涯に六十余りの試合を行い、その全てに勝利したと云われる極東の剣聖。

 偽りの聖杯戦争、その第一回戦はその七番目のサーヴァント・宮本武蔵と令呪を狙う魔術師達という変則的なカードで始まった。

 わずか十分足らずでこの戦闘に参加した魔術師達は三〇チームを超え、そして今なおその数は増え続けている。聖杯戦争序盤でなければ共闘する手もあったろうに、この突発的な乱戦ではそれも難しい。

 戦場は混沌としている。しかし目的ははっきりしているだけにその後の推移を考えるに難しくない。狙いとなる令呪を持つマスターが一人である以上、勝ち残るのはただの一チームのみ。それ以外は悉く敗者となることだろう。

「――っ!」

 再度、二刀が振るわれる。

 不幸にも餌食になった魔術師は一体何が起こったのか分からぬまま、意識を刈り取られた。仲間が倒されたことに気づけた者が一体何人いたことか。集団のど真ん中に突如現れたサーヴァントに咄嗟に対処できた魔術師は一人としていない。

「御免」

 必要であれば人を斬ることに躊躇いはない。だが本意でもない。わずかばかりの謝罪を胸に宮本武蔵は一息の間に残る魔術師達を戦闘不能に追い込んでいく。

 実を言えば、宮本武蔵は決して強いサーヴァントではない。否、この聖杯戦争においては弱いと言ってもいい。

 敏捷さこそ目を見張るパラメーターではあるが、その他の基礎能力値はかなり低く、魔力を秘めた分かり易い宝具を所持しているわけでもない。聖杯戦争の召還とは異なる召還方法をとっているため対魔力や気配遮断といったクラススキルも所持していない。外国という地にあっては政治経済に影響を与えていない剣聖はマイナーな部類であり、知名度の恩恵も皆無に等しい。

 だがそんな武蔵だからこそ、たかが魔術師と侮ることもない。

 実際、この場で争う魔術師のクラスは決して低いものではない。さすがに代行者クラスの魔術師はいないようだが、数で補った強さは戦い方次第でサーヴァントと相対しうるものである。

 なればこそ、武蔵に後手は許されず、狙うべきは先手必勝。敵より早く居場所を察知し、初撃で混乱させ、各個撃破へ持ち込む。敵に先を取られぬよう個としての機動力を活かして動き回り、相手の土俵では決して闘わない。

 おおよそ英雄英傑に似つかわしくない戦い方ではあるが、これにより六チーム二十余名の魔術師があっさりと脱落している。武蔵の後ろ姿にうまく誘導され、他の魔術師とかち合い戦闘となったチームも少なくない。結果だけ見れば最小の労力で最大の成果を上げているようにも見える。

 ただ――

 その事実に、当の武蔵は決して喜んでいるわけではない。

 いかに常人離れした魔術師といえど、スタンドプレイが基本である集団など関ヶ原を落ち延びた武蔵の敵ではない。当時のことを思い起こせば、この状況がお遊戯にすら感じられる。そんなものを誇る気になれるわけがない。

 サーヴァントと相対できるのはサーヴァントのみ。

 その事実に早々に気がついた――気付かされた武蔵の心境は如何程のものか。強者との戦闘を渇望するのは強者として自然のこと。武蔵とて例外ではない。

 この戦場に他のサーヴァントが直接介入してくる可能性は皆無に近い。彼らにとって外野の魔術師は腐肉に群がる蛆のようなものだ。それが自分以外の餌へと食らいつき、その上相食もうとしているのだから文句の出よう筈がない。座して見るだけで漁夫の利を得られるなら、動くマスターなどいるわけがない。

 故に。

 武蔵は考えていた。

 この戦場で武蔵に求められる役割は二つあると考えている。

 一つ目の役割は、マスターを安全な場所へ離脱させること。召還された状況が状況なだけに当然とも言えるが、戦場からの脱出だけを鑑みれば他に適した英霊はたくさんいる。あえて武蔵が召還された――選ばれた理由は、それとは別にあると見るべきだろう。なればこそ、二つ目の役割は、マスターへの貢献にあるべきだ。

 幸いなことに、二つの役割について武蔵は何の制約を受けていない。自ら考え実行することが許されている。

 武蔵召還より25分――弱い故に魔力効率の良い武蔵であればあと15分はなんとか現界可能である。戦場は武蔵の手によって十分以上に混沌としている。あとは賞品となるマスターが不在であっても互いに勝手に殺し合うことだろう。

 ここが境界線。

 これ以上戦闘を続ける必要性はあまりなく、

 これ以上戦場に居続ける意味もさほどない。

 つまり、この引き際である七度目の襲撃は唯一、武蔵個人の意思によるもの。

 これを武蔵の我欲ととるのはいささか早計であろう。何せ、武蔵は最後の最後で当たりを引くことに成功したのだから。

「――ほう」

 思わず、感嘆の声を武蔵はあげた。

 七度目にして武蔵が狙った獲物は三匹の怪物だった。一人は怖気るような気配を振りまく魔術師で、一人は怪異の如き殺意を抱く娼婦のような黒い少女、そして最後の一人はそんな二人に囲まれて平然としているだけの青年。

 狭い檻の中で二匹のライオンは互いに威嚇し合い、ウサギは隠れもせずに暢気に遊んでいる――そんなちぐはぐな印象が相応しい。一見しただけの武蔵にとってこれがどういう状況なのか皆目検討がつかなかったが、まずは明らかな脅威であるライオンを仕留めようとするのは自然なことだろう。

 そして七度、狭い路地裏を武蔵は一息に駆け抜け――そして目標を見誤ったことに遅ればせながら気がついた。

 武蔵の一撃によって、魔術師が倒れ伏す。白目を剥いたその相貌からして既に意識はなく、その怪我の有様は即死していないと言うに過ぎない。放置しておけば程なく死ぬだろう。そしてその魔術師の背を踏みつける形で武蔵は尚もこの状況を信じられずに――その余韻を楽しんでいた。

 武蔵が振るうは二刀――故に同時に相手にできるのも刀の数と同じである。だというのに、計算が合わない。二刀を振るったというのに、倒れたのは、ただの一人。

 武蔵のもう一刀は、どこにでもあるようなナイフ――それも女子供が果物相手に使うようなナイフによって受け止められていた。切っ先はナイフの半ばまで食い込み、もはや武器としてどころか食事用のナイフとしてすら用をなさない。幾人もの魔術師を違わず斬り裂いてきた必殺の一撃が、かような少女の細腕に防がれた事実に、武蔵は歓喜せずにはいられない。

「その技、誰に指南されたか」

「身体が自然と動いただけよ」

 武蔵の歓喜に黒い少女は素っ気なく、応じてみせた。

 防御というものは、素人が考えるよりもはるかに難度の高い技術である。先んじて放たれた一撃を何の工夫もなく正面から受け止めるだけでは、純然たる物理学に則って弾き飛ばされるのがオチだからである。

 武蔵の持つ武器は確かに宝具ではない。しかしながら、切れ味鋭い日本刀であることに変わりはない。下手な――というよりよほど上手く衝撃を受け流さねば、ちゃちなナイフで日本刀を受けることなどできよう筈もない。

 名残惜しみながら、武蔵は魔術師を貫いていた剣を引き抜き黒い少女を横に薙ぐ。これを受け止めるのは黒い少女の力量からすれば難しくないが、刀を濡らす魔術師の血糊が少女の顔めがけて飛び散った。

 視界を奪われることを黒い少女が嫌ったことで両者の拮抗は崩れ、黒い少女は大きく後ろへと後退した。間髪入れず一刀を投擲することでその追撃とするが、黒い少女はあっさりと片腕を盾にその一撃を防ぎきる。この近距離、鋼鉄すらも射貫くであろうその威力をもってしても、どうしてかその華奢な繊手の掌から肘までしか貫けない。

 更にその身をもって吶喊をしかけることで三撃目とすることもできるが――武蔵はあえてそれを選ばず、その場に留まることを選択した。

「……情けをかけたつもり?」

「いやなに、ここで追い打ちをかけるのはさすがに無粋に過ぎる」

 黒い少女の背後、そこには武蔵がウサギと例えた青年がたたずんでいる。一連の攻防についていけていないのか、この状況に合って未だに構え一つ取ることもせず、それどころか危機感を抱いている様子もない。黒い少女が武蔵の投げた一刀を受け止めねば、今頃青年の首は胴から落ちていたかもしれないというのに。

「フラット、治療を頼む」

「え? あぁ、うん」

 黒い少女は掌から肘まで貫通した刀を無造作に引き抜き捨てると、ものの数秒で元の状態へと再生が果たされる。さすがにここまで無茶な回復となると、生身の人間であるとは考えにくい。

「随分と珍妙な業を持っているようだ」

「……慧眼、恐れ入る限りだ」

 ただの人間ではそうそうお目にかかれない技巧と、異常な回復力、加えてわざわざ庇いだてした背後のマスターらしき人間――ここまで状況証拠が出そろえばこの少女の正体がサーヴァントであることは確実。

 問題は、この近距離であっても、黒い少女を武蔵はサーヴァントとしてはっきりと認識できていないことか。ステータスを隠蔽する偽装能力というのも過去にあったと言うし、そもそもサーヴァントと認識させない能力があってもおかしくはない。

(しかも、それだけでもない)

 武蔵は目線を逸らすことなく黒い少女と周囲に七対三で気を配る。戦闘になればこの配分は致命的ともなりえるが、仕方がなかった。

 この偽装能力だけでも大した能力であるが、最低でもあと一つ、この黒い少女は何らかの宝具やスキルを用いている。でなければ、あの完璧な奇襲に先んじて防御姿勢を取ることなどできるわけがない。

 黒い少女はもはや使い物にならなくなったナイフを捨てて、懐から新たなナイフを取り出し両手に構える。武蔵も空となった片手に新たな得物を手にすべく壁に這っていた鉄パイプを斜めに寸断して即席の短槍を拵えた。

 武蔵が持つ一刀は別として、両者が構える得物は聖杯戦争にしては珍しい、殺傷能力の低い武器である。常人を遥かに超えるサーヴァントの肉体に対して、致命打を与えにくいナイフは戦闘向きでなく、元が鉄パイプである武蔵の短槍は錆によってその強度すら怪しい。

 黒い少女が左足を前に出し、ナイフを胸の前で構える。敵に晒す面積を減らし、身長差を意識した防御の構え。準備は整ったぞ、と姿勢で示す。後は、武蔵が攻めるのを待つばかり。これはあからさまな挑発であろう。

「面白い――」

 思わず漏れ出た言葉に、武蔵はつい背中の荷物を忘れそうになる。

 目的すら忘れて、戦いに没頭したくなる。

 

 ならば、許される範囲で楽しむことにしよう――

 

 思考と同時に、武蔵の足が、地面を噛む。

 既に初撃で武蔵は手の内を晒してしまっている。これではもう意表を突くことは難しいだろう。達人相手に二番煎じは通用しない。むしろ愚策とすら言える。

 だからこそ、楽しむにはもってこい。

 武蔵の愚策に、黒い少女の動揺が空気を介して伝わってくる。黒い少女の視線が、武蔵を追ってわずかに角度を上にとる。

 かつての聖杯戦争では高層ビルの壁面を舞台とした戦いがあったらしい。サーヴァントといえども重力の影響を受ける筈だが、垂直であれ逆さであれ、腿力を込めて踏める足がかりさえあれば、何の問題もない。人を圧倒するパワーを持つサーヴァントにとってその程度のこと、得手不得手はあるにしろ、決して不可能ではないのだ。

 だが、ここは鉄筋が幾つも入った高層建築の固い壁面ではなく、路地裏の汚く脆い違法建築だらけの襤褸屋である。足場を探すのに困ることはないが、少し力を入れただけで穴が空くこと請け合いである。

 スピードを得るため力を込めれば足場を壊しかねないし、かといって力をセーブすればスピードが得られずとても戦闘どころの話ではない。避けようのない空中で闘おうとするより、盤石な地面を支えに全力を出した方がサーヴァントにとって遥かに闘いやすいといえよう。

 こんな場所で戦闘を可能とする程の三次元機動を行うサーヴァントなど――

 

 宮本武蔵をおいて、他に誰がいようか。

 

 足場となりうる場所を瞬時に判断する見識眼、肉体への力配分を最適値に設定する制御能力、移動に伴う空気抵抗を殺しながら逆に利用すらする三次元機動――並のサーヴァントであれば選択肢にすらあがらぬ下策。

 これにより武蔵は多くの魔術師を無防備な頭上から奇襲することに成功していた。黒い少女には防がれたものの、頭上の優位に変わりはしない。思い出して欲しい。第五次聖杯戦争時、武蔵のライバルと名高い佐々木小次郎は、地力で圧倒的に勝るバーサーカーをして地形の優位とその技量だけでついに突破せしめぬ快挙を成し遂げていたことを。

「――参る!」

 一声叫び、さながらピンボールが壁に跳ね返るが如く、跳躍と飛翔を織り交ぜた立体的な疾走をもって人の形をした稲妻は黒い少女へ襲いかかる。

 ……もし、ここで無理にでも二人の勝敗を占おうとするならば、それは両者とも切れるカードに何があるのかによる。

 武蔵の奇襲を黒い少女は一度防ぎきっている。しかも今度は奇襲ではない。

 武蔵にとっても、先と今では事情が違っている。対象は二人ではなく一人である。

 そして両者とも、鬼札を出していながらその実は伏せられたまま。

 果たして、勝利の女神は誰に微笑んだのか。

 最後まで地に立っていた者か、

 漁夫の利を得たつもりの者か、

 全て目論見通りと笑った者か。

 決着は――

 

 

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 武蔵の勝利、となる筈だった。

 少なくともバーサーカーはこの勝負、最初から負けるつもりであった。

 戦闘的職種である騎士や武士などと違い、殺人鬼というものは職種ではなく生来の志向である。故にバーサーカーが戦闘を目的とし勝敗に拘泥することはない。戦闘は手段であって目的ではあり得ない。

 この戦場でのバーサーカーの目的は己が主に危機感を植え付けることにある。前線に出張ってくるような魔術師達の殺意を浴びれば、いかなフラットといえど現状を認識せざるをえない。仮に、これで何の変化もないとしても、戦場での彼の動きを把握することで今後の戦闘方針を練ることができる。

 状況を鑑みれば他のサーヴァントが出てくる心配も少なく、地形からしてバーサーカーはその能力を最大限利用することもできる。保険も三重に用意しており、これだけあれば命の保証だけは出来る。初陣としては格好の戦場と言えよう。

 ……奇しくもその思考はキャスターのマスターと同じモノであるが、そのようなことをバーサーカーが知るわけもない。知っていたとしても、同じ結論を出すとも限らない。この戦場の異常性に気付くだけならばともかく、その核心に迫れる者などどこにもいはしないのだから。

 遅まきながらこの戦場の異常性に気付いたバーサーカーであるが、その遅さが必ずしも損失であるとは限らなかった。

 衝突の半瞬前に、爆発があった。

 威力は小規模。まだわずかに距離があったためにその衝撃は咄嗟に反転したバーサーカーにとって大したものではない。問題は爆心地にいた武蔵の方。

 すでに武蔵の身体から勢いは殺されている。重力をも伴い、稲妻のごとき落雷を彷彿とさせる突進は今や影も形もない。宙に漂うその姿は重力に縛られ、ただ凡庸に地へと落ちていく最中にあった。

「ジャック! 受け止めて!」

 一体どうして、あのマスターにしては機敏な命令だと感心しながらバーサーカーは武蔵と路面との間に割り込みその衝撃を相殺させる。華奢な少女の身体に戦士の肉体は相当な負担となる筈であったが――その戦士の肉体が元の半分以下になっていれば、そう難しいものでもない。

 宮本武蔵の右半身は、頭部も含めて欠損していた。

 右手は完全に喪失し、右足も千切れて足首から先が傍らに落ちているのみ。むき出しの肌は裂傷と火傷で赤く爛れている。体幹も半分近くなくなり、鮮やかな色を放つ臓物が零れ落ち、辺りに死と血の匂いが撒き散らされていく。

 爆発の中心地はおそらく武蔵が右手に持っていた急拵えの短鎗。見覚えのある錆びた破片が残った武蔵の左半身のあちこちに突き刺さっていた。たとえ手足を失おうともそれだけで安心できぬのが英霊という存在であるが、武蔵の損傷はその域を軽く超えている。

 どうしようもなく、致命傷。

 流れ落ちる血は地に落ちるより早く散っていくが、それはまだ存命の証。動くことすら儘ならぬその身体ではあるが、末期の言葉を残すくらいの時間はある。

 ならば、と。

 少しでも有効な情報を引き出すべく、バーサーカーは頭を回転させる。

 実を言えば、バーサーカーには何が起こったのかさっぱり分かっていない。一見して武蔵の短鎗が爆発したように見えたが、元が鉄パイプなだけに爆発するようなものでもない。武蔵が鉄パイプを爆発させる能力を持っていれば話は別だろうが、寡聞にしてそんな能力は聞いたことがない上に、そんなミスをする筈もない。

 元凶は武蔵ではない。当然、バーサーカー自身でもない。

(ならば、この一騎打ちに水をさした者がいるということか)

 思考と同速にバーサーカーは戦闘行動のため抑えていた自らの宝具を周囲へと急速展開させる。本来の用途とは別に使われた宝具であるが、この場においての効果は絶大。気配遮断スキルでも持っていない限り隠れ過ごせることもない。

(やはり、反応がないか)

 攻撃を受けてからまだ数秒、この絶好のタイミングに追撃もないことから敵は近くにいない可能性が高かった。

 しかしそうすると敵はどうやって狙いをつけたのか疑問が残る。この場は狭い路地裏である。陽もろくに差さない曲がりくねった裏通りは当然、遠方からの観測には適さない。千里眼や使い魔と視界を共有するなど遠見の法はいくらでもあるが、いずれもこの場に相応しくないし、その反応もない。

 名探偵や警察としての可能性を持つバーサーカーではあるが、現状のままではその解答に辿り着くことはかなわない。有力な仮説すら導き出せていない。

 頼みの綱は武蔵の証言のみ――その口をどう割らし何を聞き出せばいいのか、バーサーカーが悩むのも無理からぬことだった。

「武蔵ッ!」

 武蔵を受け止め思考を巡らしたのはわずかに二呼吸。先んじて武蔵に声を掛けたのはフラットだった。

 武蔵の左手にはまだ刀が握られたまま。瀕死の身であっても決して近づいてはならぬということをこのマスターは知らないらしい。

 苦い顔をしながらバーサーカーは、武蔵の顔をフラットに寄せることでさりげなく武蔵の刀を封殺する位置取りをする。話を遮ることもできるが、邪念のある自分より無垢で真摯なフラットの方が武蔵も口が滑りやすいだろうとバーサーカーは試算した。

 ただ、フラットの一言はバーサーカーの思惑を遙かに超えた結果を生み出す。

「――後は、僕に任せて」

 フラットのその一言に、武蔵の身体は動かなくなった。

 武蔵は重傷だ。ただの一時でも意識を繋ぎ止める努力を怠ればそれだけであっさりと死ぬ。大きく呼吸をし、全力で生気を身体中に漲らせる必要があった。

 それを、武蔵は止めた。

 それだけの衝撃を、武蔵は受けた。

 この状況であっても武蔵は残った右手右足をどう使うかを考えるのをやめていなかった。残存する選択肢はバーサーカーからみてもろくなものが残っていなかったが、可能性だけはそこにあった。

 バーサーカーが武蔵の顔を盗み見る。残った武蔵の右目はまっすぐにフラットへ突き刺さっていた。地獄の淵にあってなお諦めぬというその眼光が、そこにはもうない。

 武蔵の義務を、フラットが受け継いだ。

 宮本武蔵は、フラットの一言を疑いなどしなかった。それ程までに真摯な言葉を、フラットは紡いでいた。

 こうして、フラットはバーサーカーにできないことを平然とやってのけてみせる。

「――気をつけられよ。あれは種子島に相違ない」

 礼をする時間も惜しみ、フラットに、この聖杯戦争を勝ち残る値千金の情報を武蔵はもたらす。

「しかもあの弾は、頭上より降るように拙者の短鎗に着弾してきた」

「頭上――」

 フラットが上を見上げるが、そこには切り取ったような空が広がっている。

 武蔵の言葉をそのままに取れば屋上に射手がいることになるが、その可能性はバーサーカーの索敵によって潰している。武蔵にしても、頭上に何者かがいれば気付いていた筈である。

 それよりも、武蔵の言葉は銃弾という正体のみならず、その運用が跳弾でも曲射でもないことを示している。しかも、命中したのは武蔵が急遽拵えた短鎗――

「標的に対して自動で軌道修正する弾丸……!」

「おそらく」

 バーサーカーの呟きに武蔵は同意した。そしてそれだけでもない。

「拙者の宝具は拙者が利用したものを望んだ時だけ宝具化する“二天一流”というもの。あの着弾する瞬間、あの短鎗はただの錆び付いた鉄筒などでなく、立派な宝具で御座った」

 武蔵のあり得ない三次元機動や、英霊相手の効果の薄い武器の選択はこの宝具の恩恵によるもの。武器を握ればその強度が上がり、足場であれば強固な土台と化す。

 本来であれば使い勝手の良い、敵からは脅威となり得る宝具であるが……それが仇となった。そこそこの強度があれば弾き返すこともできただろうに、やはりパイプを宝具化してもその強度には限界がある。

 ここまでくると攻撃手段は魔術ではなく宝具の域にあるもの。敵は在野の魔術師でなく、サーヴァントと確定した。

「宝具を狙う宝具、ということか」

 これなら狙撃手はそもそもの標的を見つける必要もない。どんなに入り組んだ場所であろうとも、銃弾が通る隙間さえあれば必中の呪いは成就する。

「あれが確実に宝具を狙うとも判断はつきかねる。それこそ、サーヴァントそのものや――令呪も対象になる可能性も高かろう」

 対サーヴァント用とも言うべき弾丸であるが、これを少し拡大解釈すると対聖杯戦争用とも読み取れる。とするとますます安心できぬ状況と言えよう、ここにはサーヴァントと宝具のみならず、令呪を宿したマスターが“二人”もいるのだから。

 いよいよ時間が迫ってきたのか、武蔵の身体からは流れ出る血もなくなり健在だった右足も消えつつある。

「しからば――後はお頼み申す」

 御免、とその頭を垂らし、極東の剣聖は静かに何処かへと消え去っていった。最後までその手から離さなかった武蔵拵と有名な彼の刀も、主人の後を追うように消えていく。

 後に残ったのは、彼が背負っていた荷物だけ。

 否。その背にあったのは武蔵がマスターとしていた東洋人の姿。

 武蔵が一体如何にして己がマスターを守っていたのか。その正体がこれである。確かにサーヴァントの傍らがこの戦場で最も安全な場所ともいえるが、あの機動を行う武蔵についていけるわけもなく、完全に気を失っている。

「フラット――」

「ああ、わかってるよ。急いで手当てしないとね」

「……そう言うと思ったさ」

 東洋人の手の甲には令呪を使用した痕跡がある。そして令呪はまだ残っている。それが何を意味しているのかフラットは理解しているようで――まるで理解していないのだろう。

 溜息をついて、フラットに見えないよう握ったナイフをバーサーカーはそのまま懐にしまい込んだ。最初から予想していたとはいえ、万に一つもフラットが「殺せ」と命じる筈がないのである。

「とはいえ、さすがにここでの治療は後回しだ。急いでこの場から離れる必要がある」

 この場を巡る危機的状況に変化はない。むしろ気絶した人間という荷物がある分、悪化したともいえる。それぐらいは理解しているのか、フラットは進んで気絶している東洋人に軽量化の魔術を掛けて背に負ぶる。別にバーサーカーが負ぶっても良かったのだが、見た目少女のバーサーカーに背負わせるのはフラットも嫌だったらしい。

 それくらいはいいか、とバーサーカーは判断した。

 

 そしてそれは間違いだった。

 

「では、私が先導しよう。幸いにも宝具を狙う宝具とやらば私には無意味だ。安全快適なルートを――」

 その時のバーサーカーとフラットの彼我の差は数メートル。

 しかし、フラットのすぐ後ろには黒いローブを纏った女がいた。それこそ、手を伸ばせば触れられる距離に。

 瞬間的にバーサーカーは思考する。先の索敵でこの周囲に敵影がいないことは確認している。

 もし、ここに敵がいるとするならば、それは――

「アサシン!?」

 気配遮断スキルを持ったアサシンに他ならない。

 思わず先ほど懐にしまい込んだナイフを取り出してみるが、投擲するにはフラットとの距離があまりに近すぎる。

 踵を返し、ならばと腰を屈め上体を低くしてアサシンへ突貫しようとするが、既に有効な選択肢は悉く塗りつぶされた後。バーサーカーが一歩踏み出すよりも先に、

 

【……回想回廊……】

 

 女の唇が、そう動いた。

 紡がれたのは、力在る言葉。女の中の魔力が周囲の空間に解き放たれるのが分かった。善意も悪意もない無色の魔力。ただ消費されるだけの純粋な願い。魔術ではなく、それは宝具による奇跡の行使。

「ぐッ――」

 突如として発生した突風に、バーサーカーの身体が押し戻される。大した風ではないが、この一瞬においては命取りともなりかねない。

 果たして宝具はいかなる奇跡を成就させたのか――

「……消えた?」

 宝具の効果を確かめんと、バーサーカーは一瞬たりとも目を離しはしなかった。だというのに、女の姿はどこにもない。

 ただの見間違えかとも思いたくなるが、まさかそんなことがある筈もない。

「まさか。いや、しかし……!」

 自問自答してみるが、確かにあのサーヴァントは消えていた。油断無く辺りを見渡し、自らの宝具を使って今度こそ徹底的に周囲一帯を捜索する。それでも、バーサーカーはアサシンの気配を発見することができずにいた。

 アサシンの姿は影も形もなく、霊体化したわけでもない。存在そのものがその場から綺麗に消え去っている。

 彼女だけでなく。

 二人のマスターと共に。

 

 

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 場所は同じながら、時間はほんの少しだけ経過する。

 黒いローブのアサシンと二人のマスターが消え去り、残されたバーサーカーもあの手この手を尽くした後、ようやくこの場にいても無意味だと悟り立ち去った頃。

 武蔵が消滅した場所の側、自らの血に伏していた屍に変化があった。

 先ほどバーサーカーと立ち会い、武蔵の不意打ちによって為す術もなく倒された魔術師である。左肩から入ってきた刃は鎖骨を砕き、左肺にまで達している。今も傷口から血が流れ落ち、程なく死ぬという見立て通りにその人生を終わらせようとしている――筈なのだが。

 もぞり、とその身体が動いた。

「クァハッ」

 邪気だらけでありながら、無邪気な笑い声が路地裏に響き渡り反響する。

「クァハッ! クハハハハハハッ!」

 子供のように、心の底から愉しそうな、それでいてどこか歪んだ笑いが木霊する。

 それは。

 わずか数日前の再現だ。

 スノーフィールド東部、湖沼地帯の別荘地の出会いと別れ。

 出会いと別れ――それは召還と殺害だ。そして再会と別離も、召還と殺害によって繰り返された。

 なれば、と屍は過去を踏襲する。

 そこに意味はない。そんな気分に浸りたいだけだ。

「惜しむらくは彼女に殺されず、別のサーヴァントに殺されかけてしまったことだがな!」

 アサシンのマスター、ジェスター・カルトゥーレは歓喜に噎びながら二度目の復活を果たそうとしていた。

「ふむ! やはり同じサーヴァントでも彼女に殺されるのと別人に殺されるのとでは勝手が違うな! やはり彼女はスマートだ! 殺し方一つとっても美しい!」

 上着のボタンを外して左胸部分にある紋様を見てみれば、数日前と同様にまたも黒く変色している。だがその色は彼女に殺された時のようにどす黒くはない。もうどうにもならず再生が不可能な点は同じだが、概念核が完全に機能停止するまで少しばかり猶予があるのだ。

 数日前と同じく黒く変色した紋様を回転させ、新たな概念核を装填した。身体つきや顔つきも変化し、まったくの別人へと変身する。同じなのは性別と、その鋭すぎる犬歯くらい。

「ふむ。しかしさすがは噂に聞く聖杯戦争。この調子で死に続ければ概念核も足りなくなる」

 今回の死亡はジェスターにとっても予想外であった。

 ジェスターも例によって武蔵の召還に引き寄せられた一人だ。だがその目的は他の魔術師達とは異なり、異端たる魔術師を一人でも多く排除しようとするアサシンの探索にある。令呪を持つ東洋人を狙う魔術師達を狙ったアサシンを追いかけてジェスターは動いていたのだ。とんだ捕食関係である。

 しかしここで思いがけずジェスターは、バーサーカーを引き連れたフラットを先に見つけ出してしまった。ここで欲を出してしまったのが良くなかったのか、何とか交渉をしようという時に、あの有様である。さすがの吸血種も薄暗いとはいえ、日中サーヴァントから問答無用の奇襲を受けては他の魔術師同様に抵抗のしようもなかったわけである。

「まさか、マスターとも知られることもなく殺されてしまうとは……」

 運命の悪戯を感じずにはいられまい。

 ジェスターがマスターであることに、現時点ではアサシン以外誰にも気付かれていない。以前とは姿形も変わっているし、内情を多少なりとも知る弟子達もアサシンによって殺害されている。フラット達とも接点を持ってしまったが、こうして殺されたことでフラットの認識から外れることにもできた。

 可能ならもう少し派手に動いた後で大勢に死んだことを認識させたかったが、それはさすがに高望みが過ぎるか。

 惜しむらくはアサシンを取り押さえる機会がありながら見過ごしたことだが、ジェスターはこれを前向きに解釈する。

「まだその時ではなかったというだけか。彼女を捕まえなかったのも、存外悪いことばかりでもない」

 あのままアサシンを捕まえれば、陶酔のままにうっかり殺してしまう可能性もあった。それでは本末転倒――彼女は全てにおいて汚れて貰わなければ面白くない。

 それに、とジェスターは一連の出来事を思い返しながら自ら出した結論を追想する。この混沌とした戦場で四つの勢力が交叉した事実。各々の断片情報であっても、統合すれば各陣営の内情も見えてくるというものだ。

 他に目的ができた以上、アサシンについては傍観を決め込むのも、悪くない。

「クハハハハハハッ」

 先のことを考えると、どうにも笑いが止まらない。

 楽しみで楽しみで、仕方がない。

 ジェスターが笑いながら胸を確認してみれば六連弾倉は残り四つ。つまりは二回しか死んでいない計算だ。アサシンは、やはりジェスターを再度殺してなどいない。姿形が変わっていたとはいえ、魔力供給のパスからマスターであると分かっていた筈だというのに。

 ジェスターは、この聖杯戦争の中にあってアサシンが消滅する可能性をまるで考えていない。――それも当然。彼女の記憶を覗いたジェスターであれば、その強さは手に取るように分かる。

 元よりあのサーヴァントは狂信者。逆境であればあるほど、制約を科せば科すほど、その真価を発揮するタイプである。

 手綱を握るマスターがいない。他のサーヴァントならば致命的な条件だが、アサシンに対しては到底もの足りぬ制約だ。彼女に対してもっと制約が必要なのだ。目を隠し耳を閉じ手に枷を嵌め足を鎖で繋いでやらねばならない。このスノーフィールドの地に相応しいくらいに、彼女の存在を貶めてやる必要がある。

 それでようやく、彼女はその身にあった黄金にも勝る輝きを得ることができる。

 幸運なことに、そのための手段は既に確立してあった。イレギュラーだらけのこの聖杯戦争であるが、やはり基本は抑えているようである。

「令呪が効いている確認がとれただけでも良しとしよう!」

 そういって笑いながら立ち去るジェスターの手に令呪の輝きは――

 すでになかった。

 

 

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東洋人・プレイヤー
これを書き始めた当初は東洋人視点でのストーリーを模索してました。が、群像劇の法が面白そう、という理由で御覧の通りその方針は放棄しました。
この時点で結末をいくつか考えて、それに沿うように色々と伏線をはっていたんですが、大半は排除。この作品終盤くらいで、この時武蔵が狙っていた策が炸裂する、という展開は結局お蔵入りしました。

バーサーカーの少女姿。
バーサーカーが少女姿なのはアポクリファの元ネタ設定集を読んだから。まさかこっちのボツネタも復活するなんて思いもしなかったぜ。

バーサーカー&フラット VS ジェスター。
このシーンは魁クロマティ高校の第一巻をイメージしてます。「ライオンの檻の中で一匹だけ兎が混じってたら、その兎は怖くね?」的なことを狙っていたけど見事に滑ってます。

宝具・二天一流
運用方法はまるで違うが、四次バーサーカーの宝具化能力の亜種と解釈してください。武蔵はこれで周囲の建物を強化することで足場としていた。
ところで以前の聖杯戦争で壁を足場に、という下りは五次のセイバーVSライダーを想定しているのだが、時系列が分からないのでああいう書き方をした。多分他にもそういう戦いがあったのさ。きっと。
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