Fate/strange fake Prototype -Another Player- 作:縦一乙
その報告に、ファルデウスは思わず眉を潜めた。
キャスターの存在を確認。それは良いだろう。しかして彼が戦闘能力皆無のサーヴァントであることは間違いない。となれば、彼にできるのは全体の指揮を執るくらい。餅は餅屋、生兵法は怪我の元。それくらいのことは分かっている筈。
だというのに、そんなキャスターが《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が陣を構える場所からおよそ二キロ離れた位置で車を降りこちらへ歩き始めている。ファルデウスはこれは一体何の冗談かと思った程である。
何らかの策であることには間違いない。キャスターの傍らには小柄な少女の姿が見える。報告によると昨日の街中央拠点を潰したライダーのマスター、繰丘椿に間違いないという。
ならば注意するべきはキャスターではなく繰丘椿。情報によると近接戦闘では《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を圧倒し、不可解な能力を有するものの、狙撃に対応する能力はないらしい。
「D1、H1、時間差をつけて狙撃。弾頭はC。ターゲットは繰丘椿。狙撃後はポイントを移動。J1は念のため風下へ移動」
まずは様子見とばかりにファルデウスは容赦なく弱点を突く。
空中を浮遊させている観測機器からの映像は、ほんの数秒で狙撃される椿の様子を映像として流すが、この程度の攻撃は予想範囲内ということか。
『ターゲットに着弾。効果なし。二射目を行いますか?』
「必要ありませんよ。この距離で仕留めるには火力不足です」
淡々と結果を告げる狙撃手にファルデウスは待機継続を指示しておく。
これで、二人の役割ははっきりした。
キャスターが昇華した宝具は全て把握している。現在署長とキャスターがその中から持ち出した宝具についても同様である。
今の狙撃を防いだ宝具は、恐らく《王の服(インビジブル・ガウン)》。
アンデルセン童話で有名な『裸の王様』を原典とした宝具である。誰にも視認できず確認もできない服であり、周囲からの攻撃をある程度無効化する防御宝具。計画の要たる署長を狙撃などの奇襲から身を守るために用意されたのだが、今はキャスターが使用しているのだろう。
繰丘椿がオフェンス、そしてキャスターがディフェンス。正面切って相手取るには攻守の力量が不足しているのは明らかなので、目的は交渉か。
時間は、処刑開始一五分前。とはいえアーチャーが来るかどうかで作戦開始時刻は変化するのであまり余裕があるとはいえない。かといってキャスターを仕留めるために本番前に陣形を崩すこともしたくはない。
嫌なタイミングであるのは確かであるが、対アーチャー作戦の立案にも携わったキャスターである。あの時と計画は大幅に修正されてはいるが、前半部分についてはあまり変化がないので作戦が読まれたのだろう。その意味ではキャスターの狙い通りであるが、こちらに交渉する意志がない以上彼らに勝機はない。この状況を多少工夫したことで覆せる戦力でもないのだ。
ならば、アーチャーを相手にしている隙に人質救出でもするつもりだろうか? だが、《方舟断片(ノア)》の解除コードは変更してあるし、裏コードがある様子もなかった。時間前に人質を救出するには魔力を無効化する宝具か、解除コードを解読するようなスパコンが必要となってくる。そんなピンポイントなモノをキャスターが持っているとは到底思えないし、通告時間を過ぎればそんなものも必要なくなる。
「何が狙いですかね……?」
不可解なキャスターの動きにファルデウスは唸らざるを得ない。
現在、アーチャーも含めて全サーヴァントは《イブン=ガズイの粉末》によって強制現界させられている。見晴らしの良い砂漠地帯だ。幾つもの人の目と音波電波赤外線等の機械を欺きかいくぐって近付くことなどアサシンでも不可能だ。
真っ当な作戦を立てるなら、原住民と協力関係を結び、正面衝突の混乱を利用してアサシンを投入するくらいと予想していた。そうでないと可能性として例え一人だけであっても人質を助けることなど不可能だ。
「北部に動きは?」
「今のところはありません」
確認を取ってみても原住民が動き出すこともない。時間的に見て彼らが南部へやって来るのは不可能だ。
あと五分もすればキャスターは到着する。その頃には通信妨害も行うので外部との連絡もできなくなる。そうでなくとも、キャスターから何らかの電波が出ていることもないし、魔術を使って交信している様子もない。
あらゆる事態を想定してみるが、ファルデウスにはキャスターが行おうとする策が思いつかない。
「ファルデウス殿。アーチャーを確認。西部森林地帯から高速飛翔宝具で接近中。一分以内に到達予定です」
そしてこちらについては予想通り。
高速飛翔宝具での強襲。アーチャーらしいやり方ではあるが、リスクの少ない霊体化をしていないということは事前に《イブン=ガズイの粉末》が無効化されている心配は少ないということ。となれば、物理攻撃もある程度は有効となる。
「分かりました。……では、予定通りといきましょう」
アーチャーの確認によって作戦遂行の条件は揃った。事前準備に抜かりはなく、キャスターと繰丘椿以外は想定通り。一応その二人について伝達し注意を促すが、それ以上のことはしない。
「状況開始。各員、優先順位を間違えるな。狙うはアーチャーの首ただ一つ」
結局最後までファルデウスは特に何の対策もとることもなく、作戦開始を告げる。現時点をもって砂漠地帯一帯の通信を封鎖。内部にいる限り有線通信以外は役に立たない。
そして、同時に。
ファルデウスは直上からの轟音に耳を塞ぐことになった。
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上空から砂漠地帯を見れば、どこに人質がいるのかは一目瞭然だった。
真上に太陽がある時間帯だけあって影は少ない。その中にあって三つの真っ黒な箱がそれぞれ一辺数百メートルの三角形の頂点に位置する場所に置かれてある。中に何が入っているのかまでは分からないが、あの中に人質がいるくらいの見当はついた。
周囲に人の姿は見えないが、砂漠の中で息を潜め、アーチャーの《天翔る王の御座(ヴィマーナ)》を確認していることだろう。何となくではあるが、砂漠のあちこちから視線を感じている。
だが、視線を感じるのは下からだけではない。
宙を飛ぶ光の舟の更に上にはいくつもの気球と小さな航空機が確認できる。無機物からの視線を感じるのも妙な話ではあるが、これだけ雲一つない晴天であれば存在も隠しようがない。
視線というよりもその存在そのものにアーチャーは不快感を示した。
「フンッ」
鼻を鳴らしてアーチャーはその背後に幾つもの宝具が輝きを持って現れる。
アーチャーの視界に入った観測用の気球と航空機の数は四〇。その展開範囲は広い上に上空には強い風が吹いている。全てを撃墜することは難しい。人間であればほぼ不可能であるし、サーヴァントといえど簡単なことではない。
だが、英雄王のクラスはアーチャー。この程度の難易度でしくじるようであれば、アーチャーを名乗る資格などあろう筈もない。
「邪魔だ」
一機でも残ればいい。そうやって配置された無人機群だ。アーチャーが通り過ぎてしまえば攻撃される心配はない。それだけの十分な高度は取ってある。だというのに、アーチャーはそれら無人機群を一瞥しかしなかった。
放たれた宝具の数と、目標の数は同数。一度に四〇の標的を狙うのは宝具の能力などではなく、アーチャー自身の力量によるもの。三次元的に動く上に距離も大きさも風などの環境条件すら異なるとはいえ、所詮は機械。本気を出したアーチャーでは時間稼ぎにもなりはしない。
追尾や必中の呪いなど宝具には込められていない。ただ威力が高いだけの攻撃は、その全てをほぼ同時に標的へと命中させていた。
《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の予想は甘い。
アーチャーが事前にその資料を見ていればそう言っていたであろう。
そして、実際にその資料を見てそう言った者も、いた。
「――ほう?」
アーチャーの超絶技巧とも呼べる斉射であっても、それが罠ともなれば悪手でしかない。
無人機に仕込まれていたのは、カメラだけではない。射出された宝具によって真っ二つになった無人機から、数百、数千に及ぶ小型爆弾が周囲一帯に一斉に振りまかれる。ただ墜とされないために拡がっていたわけではない。アーチャーを確実に捉え離さぬよう計算尽くで無人機は配置されていた。
全て破壊されるくらいなら、いっそ有効活用しよう。そう言って、ファルデウスはカメラすら最小限の数にして無人機の中身をそっくり入れ替えていた。
それは、俗にクラスター爆弾と呼ばれている。
「小癪な真似を」
自らの攻撃を利用されたことにアーチャーは多少苛立つが、それで次の判断を誤ることはない。
《天翔る王の御座(ヴィマーナ)》は外から操縦席が丸見えである。この状態であのクラスター爆弾の中に突撃すれば《天翔る王の御座(ヴィマーナ)》の運動エネルギーも破壊力に加わり、例え一発でも当たれば無事では済まない。
宝物蔵から盾を取り出し身体を守る。その大きさゆえに《天翔る王の御座(ヴィマーナ)》はその美しい船体を傷つけられるが、墜とすにはこれでもまだ火力不足。下手な回避行動などはせず、そのまま真っ直ぐに人質の元へとアーチャーは突き進む。
だが、アーチャーは気付いていただろうか?
いかに宝具といえども、空中を進む物体が上から衝撃を受ければ、その進行方向は下方へと修正される。そして、アーチャーは防御のために盾を展開している。周囲どころか前方すら満足に見えている筈がない。
周囲の状況を、アーチャーは全く把握できてはいなかった。なまじ地形が把握できていたのが仇となった。
敵の射程圏内に入ったことに、アーチャーは気づけていない。
アーチャーの移動速度は通常の航空機とは比較にならない。いかに速度が落ち射程内に入ったとしても、通常の携行式防空ミサイルではレーザー誘導でもままならず、現代航空機のように熱源を持たぬ飛行宝具では当てることすら困難である。
だが、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》には宝具を狙う宝具《忠実なる七発の悪魔(ザミエル)》がある。かの宝具の形状は何も銃弾だけに限らない。火器という枠組みにおいて必中の呪いは十全に機能する。
それはミサイルであろうと例外ではない。
放たれたミサイルは上空を飢えた牙獣となって駆け上ると、目覚めさせられた《忠実なる七発の悪魔(ザミエル)》により誤ることなく《天翔る王の御座(ヴィマーナ)》の腹へと襲いかかり、食い破ってみせた。
クラスター爆弾にも対サーヴァント仕様に魔力が込められているが、このミサイルの威力は最初から《天翔る王の御座(ヴィマーナ)》を想定している。これで即撃墜というわけにはいかないが、操縦困難に陥ることは確実。
そして、これで終わりではない。
これはただの前座である。舞台を整えるためにアーチャーを赤絨毯の上でエスコートしているだけに過ぎない。
対応力の優れたサーヴァントである英雄王といえども、この物量の先制攻撃を受ければ防御一辺倒にならざるを得ない。クラスター爆弾の網を抜けたところで、気を抜かず改めて周囲を確認したアーチャーは更に上空から豪雨の如く降りかかってくるモノに気がついた。
それは一見するとどこにでもあるような木片に過ぎない。曲射砲により打ち上げられたそれは、この一キロ四方に高高度から襲いかかるが、威力だけをみるなら先のクラスター爆弾の方がよっぽど高い。アーチャーの盾どころか《天翔る王の御座(ヴィマーナ)》にすら傷一つつけることはできない。
代わりに、その木片は着地と同時に、一気に芽吹く。
世界には死した後に木々が芽吹く話はよくある。ただし、キャスターがその逸話を組み込んだのはルーマニアにてトルコ軍二万人を串刺しにした十字架だ。元となる遺物が大量に確保でき、かのヴラド三世の曰くを引き継ぐその木片は大樹となって血を求めるようになる。
当然、アーチャーに当たらず地に落ちた数千もの木片も、即座に芽吹いて一気に成長する。ものの数秒で広大な砂漠地帯に、半径一キロにも及ぶ森林地帯が形成された。
宝具《串刺大樹(カズィクル・ベイ)》三〇〇〇片による即席結界。
作戦呼称《茨姫(スリーピングビューティー)》。
これが、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》がアーチャーに対して用意した舞台である。
《天翔る王の御座(ヴィマーナ)》の上に落ちた《串刺大樹(カズィクル・ベイ)》はそのまま一気に船体を巻き込むように成長する。操縦困難な状態から操縦不可能な状態に悪化させ、舞台となる森林中央へとアーチャーを招き入れた。
「手荒い歓迎だな……雑種共」
成長した大樹をいくつもの薙ぎ倒しながら船と盾を蔵へと収め、アーチャーはその地に降り立つ。
いかにその飛翔宝具を墜落させたとはいえ、アーチャーそのものへのダメージは皆無。周囲の《串刺大樹(カズィクル・ベイ)》が高い魔力を感知しアーチャーを捕らえ血を啜ろうとするが、その枝葉が伸びきる前に宝具の一斉掃射に蹴散らされる。
アーチャーにとってこの魔の森も頓着するほどの脅威ではない。絶えず襲いかかってくる木々は面倒ではあるが対処できぬほどのものではない。厄介なのはむしろ攻撃力ではなく防御力の方。何せ大樹の枝葉を蹴散らすことができてもその影に潜む者に刃は届かないのだから。
「さすがは英雄王。我々の気配にお気づきでしたか」
英雄王の先の呟きは不機嫌から来る独り言などではない。周囲に隠れ、影から王を射んとする不敬の輩への牽制だった。
アーチャーの目前、一〇メートル離れた大樹の影から現れたのは緑色を基調とした野戦迷彩柄強化装備に身を包んだ男。ゴーグルのようなアイウェアとヘルメットによってその容姿は判らない。そして男の指にはそうした近代的装備とは不似合いな古びた指輪がそれぞれはめ込まれている。
「間抜けが。そこかしこに貴様らの影が丸見えだ」
心底侮蔑したアーチャーの答えに指輪男は軽く笑うだけに留まった。
成長する大樹の気配は濃い。そして血を欲する大樹が放つ殺気は生物が持つありとあらゆる気配を覆い隠す。しかしこの即席の舞台は全面を覆い尽くす壁などはない。例え木の葉に覆われようとも身体が全て隠れているわけではない。
アーチャーは単純に、隠れきれぬその姿を目視したに過ぎない。
だから、アーチャーには周囲に何名いるのか実は分かっていない。
確認できたのは四人。だがその様子だともっと周囲にいたとしてもおかしくはない。そして注意を引くように誤魔化したつもりだろうが、アーチャーの死角ギリギリの上空に目を凝らせばうっすらと煙が上がっている。完全な死角から上げられていないところから背後を取られているわけではないらしい。
「我らが名は《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》。皆才なき身なれど、これより英雄王に挑ませていただきます」
原始的手法ではあるが、狼煙が上げられたことからこの場にアーチャーがいたことを周囲に知らせたのだろう。指輪男の口上をただの時間稼ぎと見切って、アーチャーは周囲を見渡す。
この即席の森は明らかにアーチャーを意識して作成されたものだ。視界が利かず、《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》も木々が邪魔して展開しにくい。おまけに先ほど切断した大樹も既に回復して元通りとなっている。これでは火力に任せて焼き払ったとしても時間がかかりすぎるし、それをさせぬための人質だ。時間短縮に上空から対軍宝具で焼き払うことも考えるが、木々の枝葉がそれを妨害するだろうし、直前に撃墜されたばかりだ。その手への対処を講じていないわけがない。
状況は、明らかに劣勢。
アーチャーのクラス補正によってこうした森林地帯での戦闘は決して不得意ではないが、人質救出の目的がある以上悠長にしている余裕はない。
上空から見た人質の場所を思い返す。一体どこに誰がいるのかは分からないが、ティーネと銀狼の救出をするためにアーチャーはこの場に来たのだ。どこから回ったとしても二カ所は回らねばならない。
「チッ」
雑人輩(ゾウニンバラ)に剣を抜くのも癪ではあるが、このまま引き下がるという選択肢はない。舌打ちをして苛立ってみるものの、アーチャーの口角は自然と上がっていた。
かつて朋友と共に森の番人フンババと戦った時も、こうした森の中だった。
この場に懐かしむ過去がある。たったそれだけのことに柄にもなくアーチャーの胸が高まる。こんな状況だ。もしかしたら、朋友に出会えることもあるかもしれない。
「良いだろう。せいぜい余興を愉しませろよ雑種共!」
尚も時間稼ぎの長広舌の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》に一喝し、周囲へ展開できるだけの宝具を狙いもつけず解き放つ。これで仕留められるとは到底思えぬが、号砲としては十分。
両の手にそれぞれ剣を携え、アーチャーは一番近くの人質の元へと駆け出した。
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「本当に砂漠に森ができちゃったね、ライダー」
『そのようですね、椿』
椿のそんな感想に骨振動スピーカーを通してライダーはその言葉に同意した。
事前にキャスターから作戦を聞かされてはいたものの、椿には到底信じがたい現実だった。目の前に現実として森ができていたとしても、思わず頬を思いっきりつねって確認してみる。
「痛くないっ!」
『痛覚遮断をしています。肉に爪を立てる程つねらないでください』
椿の突飛な行動にも慌てることなく対処するライダーではあるが、力加減というものを教えておかねば将来的に大変になりそうだと今後の課題に挙げておく。その行動はサーヴァントというよりも保護者じみていた。
現在、椿はキャスターとは別れ、単独で森の中へ踏み入っている。
森の中は狂気と凶器で満ち溢れた異界だった。
血を欲し自立活動をする宝具故に彼らは貪欲だ。その枝葉は触れただけで人の柔らかな肉を削ぎ落とす威力を持ち、その全てが意志を持って行動する。獲物を捕獲できねば数時間で魔力切れを起こし枯れ果てる大樹であるが、逆にいえば芽吹いた直後の今が最も活動的な時間だ。
キャスター曰く、イメージしたのは腑海林アインナッシュとかいう死徒だとか。森を形成するほどの大量投入を前提としていた運用方法のおかげでキャスターが昇華した宝具の中で最もコストパフォーマンスが悪く、そして使い捨て。しかも大気中のマナを吸い取り続けるのでこの森の中でそうした魔術は行使できない。こうした砂漠の枯れた地でもなければうかつに使用することもできぬ宝具である。
ここで戦闘をするには、事前に魔力を注ぎ込んでおいた宝具を用いるか、他方に魔力源を用意している者だけである。
そして繰丘椿の場合は後者だった。
廃工場での肉体操作技術の練習が役立っていた。椿が手に掛けるにはやや大きい幹ではあるが、握力を強化することで問題なく樹上を生活の場とするオランウータンのようにこの森を移動することができる。手が届かねばあり余る魔力でもって大樹を蹴り上げ、その反動をもって移動してみせる。
「あははっ! ライダー! 楽しいねっ!」
楽しげに森を突き進む椿であるが、並の者ならとっくの昔に死んでいる。
血を求める大樹が椿へとその幹を伸ばすが素早い椿には追いつかない。進行方向の葉が急激に生い茂るが椿が軽く両手で払っただけで葉はその幹ごと四散する。本来の目的を忘れていなければいいと思いながらライダーは椿の思考に従ってその身体を機敏に動かしていく。
椿とライダーの目的は、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の排除にある。封印されたティーネ達を解放する術を持たぬ椿は救出には役立たず。そのためにできる限り派手に暴れ回り、キャスターを援護するべく彼らを引き寄せる囮とならなければならない。
作戦を聞いたときに椿は無邪気に頑張るなどと言っていたが、ライダーとしては一体どうやって《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を呼び寄せたものかと頭を捻っていた。
猫を集めるならマタタビでも使えば良いだろう。砂糖を使えばアリが集る。香水を撒けば男が寄ってくるとも聞く。血を撒けばその匂いに殺人鬼がやって来るかも知れない。いや、その前にこの辺りの大樹が根こそぎ吸い取ることになるか。
そんなことをライダーが考えていると、上からひっそりと伸びてきた蔓が宙を飛び交う椿の足へと巻き付いてきた。この森の中でライダーの粒子は木々に吸収されて役に立たない。完全に椿の視覚外であるが故にライダーも気づけない奇襲。どうやらこれら大樹にもある程度の知能があるらしい。
「あっ」
調子に乗りすぎた、という顔で反省する椿ではあるが、本来ならこの状況から逃れる術はない。足を掴まれた以上、次から次へと襲いかかる蔦は四肢を拘束し、椿の血を一滴残らず吸い尽くすまで離しはしない。
『油断するからです』
ライダーは窘める言葉と同時に魔力の刃を紡ぎ上げ蔦を切ろうとするが、その前に絡みつく蔦はまるで興味を失ったかのようにその力を緩め、あっさりとそのまま解き放ち椿を地面へと落とした。
昨日までの彼女であれば頭から落ちているところだが、廃工場で落ち慣れたおかげか、ライダーが何もせずとも着地姿勢を取れるほどに椿も自身の身体を動かすことに慣れつつある。
着地の衝撃にすぐ傍の根が椿を捉え動き始めるが、これもまた何かを感じ取ったような気配と共に興味を失い大人しくなる。
「キャスターさんの言うとおりだね」
そんな大樹の動きを確認しながら、一歩間違えれば死にかねぬ状況を暢気に椿は眺め見る。
この《串刺大樹(カズィクル・ベイ)》は血を欲する性質をもつ宝具ではあるが、無差別に襲いかかるわけではない。ヴラド三世とて領地を治める領主である。故に、ヴラド三世の加護を持つ者にこの宝具は無闇に襲いかかることはしない。
「虫除けスプレーでも効果があるんだ」
『時間経過と共に効果は薄れるようです。油断は禁物ですよ椿』
椿の言葉をライダーは訂正せずに注意だけをする。
ルーマニアの地より湧き出た古い聖水を魔術加工し波長を合わせ、不眠不休(しかも消滅しかけた直後)で苦労しながらキャスターが作った加護ではある。とはいえ、子供の目から見れば虫除けスプレー程度の認識でしかない。
キャスターの説明によると、《串刺大樹(カズィクル・ベイ)》は対アーチャー用に調整された宝具である。特定の魔力の波長にのみ大人しくなり、それ以外には問答無用で攻撃する。いかに強力な原典を持とうとアーチャーがこれに対応することはできないようにしているのだ。
その分、この急造の加護では周囲の魔力を吸い尽くし飢餓状態に陥った《串刺大樹(カズィクル・ベイ)》には通用しないので、そうなる前にさっさと作戦をすませて椿を脱出させたいところである。
椿はこの《茨姫(スリーピングビューティー)》における危険性を理解していない。事前に恐怖麻痺の処置をしていたのが仇となったかもしれない。恐怖で動けぬよりかはマシであろうが、このハイテンションではいざというときにライダーのフォローも通じぬ事態もあり得る。
念のため、とライダーはこっそりと先日手に入れたばかりの固有宝具《感染接続(ワン・フォー・オール オール・フォー・ワン)》を常駐させる。これを椿の無意識領域に接続すれば、椿の認識限界は天井知らずに跳ね上がる。つまり、情報を正しく精査できるようになるのでパニックになる可能性は低くなる……筈だ。
ライダー自身もこの宝具の可能性を把握していないので“念のため”の域を出ないが、喩え最小限度にその機能を限定させても人の手に余る宝具であることに違いはない。この選択が今後どう影響を椿に及ぼすのかライダーが知る由もない。
『ひとまず、目的である《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を捜しましょう』
《感染接続(ワン・フォー・オール オール・フォー・ワン)》の制御を片手間に、ライダーは椿の視界から見えないものかと探すが、残念ながら人影らしきものはない。
いや、手がかりなら、あった。
『――椿、上を見上げてください。狼煙が上がっています』
「? 煙なんて見えないよ?」
視界を共有する二人であっても、その見解は別である。
自由に目線を動かし目的のモノを捉える椿と違い、ライダーは椿の視界を映像情報として解析し、焦点が合っていなくとも画像処理の要領でそこに何があるのかを認識してみせる。
椿の肉眼で見えないことはないが、見分けることは難しい。改めて視覚を調節し、うっすらと狼煙が上げられているのをライダーは確認した。これは魔術によるものではなく、科学によるもの。特殊なゴーグルでもつけて波長をずらせばこの森の中でもその狼煙ははっきりと確認できるのだろう。
となれば、あの下には《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》がいる。
そして、アーチャーも。
『椿、ここから直進して――』
ください、と言おうとしたところでライダーは背後の気配を敏感に感じ取った。そして、ライダーが応対するよりも先に気配の主は分かり易く声をかけてきた。
「動くな」
そしてカチャリと分かり易い金属が構えられる音がする。
狼煙があるということは、その場に向かう《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》もいるのは当たり前だ。そして狼煙を前方に向いていれば、狼煙を目指す《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が後ろから現れるのも当たり前。
よくよく考えれば、一〇メートル以上の高さを落下したのだ。純粋魔力の放出や肉体機能増幅(フィジカル・エンチャント)を行うライダーではあるが、重力軽減といった魔術は習得していない。あんな大きな着地音を響かせておいて悠長に分析などをしてしまった。結局、ライダーも椿のハイテンションに引きずられていたらしい。
『動かないでください。やつらの言うとおりに』
咄嗟に逃げようと足に力を込める椿をライダーは制止する。椿の姿勢は着地し立ち上がろうと左手と左膝が地面に着いたままだ。こうした状態で、人間という生物は機敏に動かない。蚊に例えれば、警戒を解いて口を動物の皮膚に突き刺し血を吸っている状態だ。平手一発で容易く叩き潰せる。
それに、この近距離で背後から狙われているのだ。この対アーチャー作戦に参加している者がただの銃弾を装備している筈がない。椿が下手に動けばその瞬間に蜂の巣となりかねない。
幸いにも椿の格好は街中を出歩くようなそれと同じだ。動きやすい短パンと半袖という武装の施しようもない軽装。装備と言えば、左手首に巻かれた意思伝達装置とそれに有線で繋がれた耳裏の骨振動スピーカーくらい。医療器具に詳しくない者なら不可解な機械であるが、武器に見えることはない。
武装をしていたら警告なく即座に撃たれていた。
「子供、だと?」
「例の繰丘椿という元マスターか」
三種類の声と、四種類の足音。どうやらフォーマンセルの小隊と遭遇してしまったらしい。
敵が一人でないことで椿の思考にノイズが走る。そこに恐怖がないことが救いだが、何をして良いのか判断がついていない。やはり“念のため”程度で宝具をしようしてもあまり効果はないようである。
ライダーとしてもここで明確な殺気を感じれば取るべき手段が限定され即決即断もできるのだが、何故か彼らからはそうした気配を感じない。むしろ、戸惑いの気配を色濃く感じる。
「……隊長、優先順位は理解しているつもりです」
声の方角からして銃を構えているであろう《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が中でも特に戸惑っている。
この作戦上、アーチャー以外の存在については可能な限り無視、そして作戦上脅威になりうると判断されれば排除されることになっている筈だ。戦力を集中させる上で別段珍しいことではない。ライダーもそれを承知で乗り込んでいる。
全方位対処可能な防御宝具を持つとされるキャスターは戦力的脅威になりにくいが、子供ながら先の中央拠点襲撃でその戦闘能力が露見した椿は積極的に排除される条件を満たしている。それは打ち合わせ通りで、むしろ望むべき展開ですらある。
だが、何故撃たない?
ヘッドショットをされればさすがに防がなければならないが、心臓程度なら撃たれた後で即時回復も可能だ。ライダーは死んだふりをしてやり過ごすつもりである。
「お前の言いたいことは分かっている。だが、無視はできん」
歩み寄り、椿の目の前に来たのは近代装備に身を包んだ初老の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》。様子からして彼がこの小隊の隊長なのだろう。腰の後ろでX字に組まれた二振りの剣から隠しようのない魔力が漏れ出ている。メインを抜きやすいように少し斜めになっているところから、相当な腕と判断できる。
しかし、その手に持っているのはそんな剣呑な雰囲気の宝具などではなく、警察官であれば珍しくもないただの手錠だった。改めて彼らの本職が警察官だとライダーは認識し直した。
「これで十分だろう。あとは、彼女の運次第だ」
殺すつもりはないが、この森の中で自由を奪われることはそれだけ死の危険が高まることを意味する。
なるほど、彼らは直接椿を殺すつもりはないらしい。
その迂遠さについてライダーの理解は及ばないが、これはチャンスということだけは理解する。
『……椿。私に自由をください』
声を潜める必要はない。骨伝導によってライダーの言葉は四人の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》に気付かれることなく椿へと伝わった。ライダーの要請を受諾し、椿はそのための呪文を口にする。
先日のスノーフィールド中央拠点での戦闘を反省し、ライダーはフラットが施した安全装置はその一部をキャスターに外して貰っている。
「ユーハブコントロール」
呟いた椿の言葉をこの小隊長は聞き取れたのか。椿の右手首を掴み、その手に素早く手錠をかけようと動くが、それでもまだ遅かった。
『アイハブコントロール』
椿の許可に、ライダーが応じる。
そして手首を握られたまま、軽く前へ押すようにしてライダーは椿の身体を立ち上がらせた。
これが通じるかどうかはライダーにとっては賭けだった。もちろん賭けに負けた場合のことも考えていたが、今回は勝ってしまったようだった。
「――ッ!?」
不可解な事態に小隊長の身体が一瞬強ばる。
何故なら、椿の右手を握った手が動かなくなったのだから。
対サーヴァント戦闘に特化した部隊に囲まれているのだ。こんな状態で新たに魔術などを使えば気がつかぬ筈がない。実際、ライダーは椿と身体の主導権をスイッチしただけで魔術などは一切使っていない。
なまじ強者との多対一の戦闘訓練を積んできただけに、こうした弱者からの奇襲に《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は弱い。そして不可解な現象を全て魔術の一言で片付け、宝具を頼りにするのも《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の悪い癖。
魔術を使っていないのだから、これは単純な技術なのだと当たり前の発想を小隊長は思いつけなかった。
ライダーはただの人体の構造を利用しただけだ。何かを握った状態で相手からこうした動きをされると筋肉と靱帯が反射的に硬直し、握った手は開けなくなる。直後に小隊長が取るべき行動は手錠を手放し宝具に手を伸ばすことではなく、握った手を自ら殴って手を開かせるだけでよかったのだ。
椿が立ったことで背後で銃を構えていた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は小隊長の動きを把握できず、すぐに射殺される心配はなくなった。他二人の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》も隊長が手錠を落として宝具に手を伸ばしたことで異変に気付くが、ライダーを牽制できても殺せる姿勢ではない。
そして、立ち上がったことでライダーと《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》小隊の勝敗は決していた。
固まった腕を軸に腰を回す。小隊長と椿の体躯は一目瞭然。だというのに小隊長の身体は椿を軸に円を描くように回転し、背後に銃を構えている隊員からの盾とする。大樹の根がうねってただでさえ足場が悪い場所だ。小隊長の重心は完全に崩され、その勢いを利用してライダーは小隊長の顔面を地面へと叩きつける。ゴーグルをしているとはいえ、その衝撃は脳を揺らし頸椎を痛めつけた。
これで一人。後は三人。その中で最大脅威なのは背後から銃を構えていた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》。しかし小隊長を盾にして半回転したおかげで今は正面から相対できてるし、その距離は二歩で辿り着ける。
よくよく顔を見れば、まだ若い。この部隊はルーキーとロートルの組み合わせのようである。そしてこの距離にあって銃を握る手に力が入りすぎている。さっさと撃つか、ナイフを取り出せばいいのに、これでは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の中でも落第だ。
小さな椿の身体を活かしてライダーはほぼゼロ距離にまで入り込む。簡易強化外骨格に身を包まれている彼らは素早い動きと高い防御力を有している。本来なら素手で相手などできるわけがない。
椿の身体は軽い。ただでさえ小柄な上に一年にも渡る入院生活が無駄な肉どころか必要な筋肉まで削ぎ落としている。残された筋肉を強化することで軽量化された身体は俊敏な動きを可能とするが、リーチは短いし、悲しいくらいに打撃力はない。だから、ライダーは懐に入り込み、拳を強固なボディーアーマーに当てはするが、殴りつけるような無駄なことはしない。
そして、わざわざ魔力で強化する必要もない。
ライダーは、その技が何と呼ばれているのかは知らない。ただ、椿という身近なサンプルから人間の肉体構造を把握し、こちらの動きを最適化しつつ、効率の良い攻撃方法を模索し、人体の急所へと攻撃を当てるだけに過ぎない。
このライダーの理論は中国武術においては発勁と呼ばれている。つま先を始点として運動量を発生させ、接触面のボディーアーマーすら利用して力を導く勁道を開かせる。人体の急所へその威力を爆発させるその技は、俗に寸頸と呼ばれる絶技である。
かつて第四次聖杯戦争の折りに言峰綺麗はこの技で大木をもへし折って見せたが、ライダーが使ったこれは威力においては大きく劣っている。厳しい修練から得た極地と、ただの理論から得た解答で威力が違うのも当然。それでも人体に対する威力としては破格の域にある。
残り、二人。
血を吐き白目を剥いて倒れる仲間を見て躊躇してくれればいいのだが、一瞬で二人も倒された事実に今更手加減などする筈もなかった。折しも残り二人はライダーの左右に位置している。両者とも武器はどうやら中距離タイプらしく、挟撃するにはうってつけ。
そして、迎撃するのにもうってつけだった。
カメレオンの如く椿の目を左右別々に動かし二人を観察。散眼という多方面からの攻撃を捌く目の動きだが、またもライダーはそのことを知らずに実践してみせる。間合いを把握し、攻撃モーションを予測。素手で二人を倒したことからライダーには近接戦闘技能しかないとみたのだろう。間合いの外から大振りに構えるその所作が隙となった。
トス、と挟撃する両者のボディーアーマーの隙間に五カ所ずつ、合計一〇カ所の刃が突き刺さる。急所こそ守られているが、傷口からライダーに直接“感染”した以上、もう戦闘能力は失ったも同然だった。
突き刺した刃を引き抜いても大した血は出てこない。だが完全に意表を突かれた二人は足をもつれさせて倒れ込んだ。手にしている宝具がどういった効果を発揮するのか結局分からなかったが、発動前に使い手を倒したことでその魔力は拡散していく。
これで四人。少し場所を移動して周囲を観察するが、五人目が出てくる様子はない。火器も宝具も使わせていないので直接見られていない限り援軍が来ることはないだろう。
戦闘終了を確信して、ライダーは警戒を解く。
『ユーハブコントロール』
左手の装置を操作してライダーから椿へ身体の制御キーが返還される。
「アイハブコントロール……って、ライダー、大丈夫!?」
『大丈夫ですよ、椿』
椿を安心させるためだけに虚勢を張るが、ライダーにとってこの戦闘はかなり辛いものだった。
人を傷つけてはならない。
令呪によってそう縛られている以上、そのペナルティをライダーはしっかりと受けている。こうした短時間の戦闘ならば耐えられるが、もっと効率を考えねば作戦のタイムリミットより先に限界がやって来かねない。
『……それより身体に無理をさせてしまいました』
「えっと、……うん、まぁ、大丈夫じゃないかな。この爪はちょっと邪魔だけど」
そういって、最後の二人を倒した血に塗れた刃を椿は不気味がることなく眺め見る。
一〇本の刃。それは、伸ばした椿の爪である。肉体操作ができるのだから、ライダーにとって髪や爪を伸ばすことは難しくない。強度を高めれば剣として通用するかも知れないが、この森においては邪魔になるだけだ。
ライダーが根元を軽く腐食させると一〇本の爪はあっけなく地に落ちた。敵に見つけられると警戒されるかと思ったが、落ちた爪は反応した木の根が即座に捕食し跡形もなくなる。バキバキと爪を咀嚼するその光景は想像以上にグロテスクだった。
「えっと……殺しちゃったの?」
『大丈夫、息はあります。感染させたのでしばらく動けないだけです』
現実から目を逸らすような椿の質問にライダーは感染具合を確かめながら答える。爪で感染させた二人は軽傷。あとの二人も命に別状はない。
『それよりも、少し調べたいことがあります』
ライダーの要請に「近付いても大丈夫だよね?」と何度も念を押しながら、椿は恐る恐る倒れた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の装備を確認していく。爪が食べられた光景に恐怖麻痺の効果が薄れてしまったらしい。それでもはやることなく冷静さを失わないのは宝具の影響だろうか。
ともあれ一度戦闘を行ったのだから、そろそろ臆病なくらいが丁度いいだろう。兵が死ぬのは初陣よりも二度目だとも聞く。戦闘が人を殺すのではなく、無謀が人を殺すのだとか。これならば椿に関しては大丈夫なのかもしれない。
だがそれよりも先に確認しておくべきことがある。
重体である小隊長の装備を怪我を負っている首に力がかからぬよう慎重に調べる。
《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の装備は簡易強化外骨格に近接戦闘用宝具、対サーヴァント仕様の中距離支援火器。通信装備はあったがノイズが酷く使い物にならない。その代わりのように彼ら全員が煙弾を所持している。ゴーグルを通してみれば肉眼では見えにくくとも、木々の上で伸び上がる煙はライダーの予想どおりはっきりと認識できる。
連携を取る以上通信装備は必須の筈。だというのに電子欺瞞(ジャミング)を広範囲に仕掛けているようである。数種類の煙弾程度でその代用が完全に務まるわけもない。連携が命の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》にとってこれは自殺行為に近い。
だとしたら、これはキャスターの想像が当たっている、と考えて動いた方が良い。
『あと四小隊くらいは感染させておきたいですね』
「それはいいけど、どうやって見つけるの?」
この広い森で誰かを早急に見つけるのは難しい。時間制限があるのだから何か工夫が必要だ。椿の問いはもっともなことだが、目の前に煙弾があってどうするも何もないだろう。答えは一つだけだ。
『簡単です。その煙弾を上げてください』
「いいの? そしたらみんなが一斉に集まって来ちゃうよ?」
四人を相手に苦労したというのに、それ以上の人数となると作戦上は都合良くてもライダーの限界が椿としては心配である。
『安心してください。彼らの弱点を発見しました』
「弱点?」
鸚鵡返しに問い返す椿であるが、冷静にあの戦闘を考えれば《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》にとって椿は天敵ともいえた。
武装していないだけで、何故殺されなかったのか。
明らかに無効化できる状況で、何故自由を奪うだけに留めたのか。
答えは簡単。彼女が繰丘椿だからである。
人を殺すことには相当なストレスになる。対サーヴァント部隊といえど、殺す対象がサーヴァントと人間とではそのストレスには大きな差がある。軍人でさえ人を殺してストレスを感じない者は一〇〇人いてもせいぜい数人だ。つまり人殺しのプロフェッショナルというのは貴重なのである。
そして《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は人殺し専門の軍人ではなく市民の安全を守る警察官。
警察官の仕事は、弱者を守ることにある。
『椿は可愛い、ということです』
「どういうこと?」
サーヴァントを殺す覚悟はあっても、幼い少女を殺す覚悟を彼らは持っていない。
その弱点は、聖杯戦争序盤で署長が指摘したものだった。
彼らは中途半端なのだ。軍人として命令に従って人殺しになれないし、魔術師として目的のために手段を選ばぬ狂人にもなれない。それでいて警察官としての正義感を持ち合わせてしまっている。
同情の余地のない繰丘夫妻は見捨てられるのに、残酷な仕打ちを受け長期の意識不明に陥った不遇な娘は見捨てられない。
これを弱点とするのは酷であるかもしれないが、ライダーは、この隙を逃さない。
椿の生い立ちと可愛いさを、この場において最大の武器に仕立てあげる。
念には念を入れて、椿の足首を紫色に腫れ上がらせる。端から見れば骨折しているかのようだが、実際には何の支障もない。軽傷の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》二人はそのまま隠れて周囲を警戒するよう命令して、動けぬ二人には餌となって貰う。小隊長の装備だけを調べバラした理由は、その方が彼を介抱しているように見えるからである。
これで、足を骨折した少女を守り傷ついた二人の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》という状況が演出された。
煙弾が上げられる。
ライダー監督、椿出演のアドリブ劇が、今開始されようとしていた。
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宝具《王の服(インビジブル・ガウン)》。
以前署長が出かける際に大丈夫、と言ってた理由がこれ。
馬鹿には見えない服だと騙され、最後には子供に事実を知らされる哀れな男の話であるが、実は本当に見えていたというのであれば話は別である。
それはともかくとして、普通の服の上からさらに王の服を着ていたとしたら、署長は相当暑かったに違いない。
宝具《天翔る王の御座(ヴィマーナ)》。
ゼロでも使ってたギル様お気に入りの舟。これを見た時「上から丸見えじゃん!」と思った人は多いと思う。空気抵抗がないことを考えると、多分バリアーが張られているんだろうけど、クラスター爆弾は防げなかった、という設定でお願いします。
宝具《串刺大樹(カズィクル・ベイ)》。
エクストラやアポクリファでも登場した極悪宝具。逸話としては有名だが、よくよく考えれば数万人を串刺しにしているのでその破片も大量にある筈。良く分からない逸話より実物があった方が“昇華”もしやすいのでは、と思い立った。
雑人輩(ぞうにんばら)。
雑人輩とは具足などを付けていない雑兵のことであるが、これはアーチャーの勘違い。昔の人が着ていたような重くて動きにくい鎧なんて現代では誰も着ないのが普通です。
よく「雑種」とか言ってる人なので誤植と勘違いされるためフリガナを付けておいた。
腑海林アインナッシュ。
.Talkという作品で登場。作中の描写も似たようなもので、森の中でオドを利用した魔術が使えないのも一緒。キャスターがどうしてアインナッシュという存在を知っていたのかは謎である。
《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》戦。
色々とあるが、特に多対一に秀でた英霊には弱い。本当は《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》VS宮本武蔵というカードを想定していたのだが、武蔵が退場してしまったのでライダーに代わってしてもらった。
寸頸。
なんちゃって八極拳。その場の勢いで書いてしまったが、近接技を使用するというのであれば、型月ワールドならこれしかあるまい。