Fate/strange fake Prototype -Another Player- 作:縦一乙
かぐや姫や桃太郎の昔語りを聞いた時、物心ついた子供は真っ先にある疑問に突き当たる。どうして彼らは竹や桃を真っ二つにされながら無事に誕生できたのか。これは子供が現実という世界事象における物理法則を学び、それに反していることに気付いているからだ。答えに窮する大人が何と答えるかは別として、これにより子供はお伽噺と現実の違いを理解するのである。
何故そんなことを急に思いついたのかといえば、今現在ランサーが同じような行為をしていることにふと気がついたからである。
内部の時間経過が遅くなれば遅くなるほど光の侵入速度の関係で《方舟断片(ノア)》の内部は漆黒に染まってくる。この結界を豆腐のように切り裂くティアマトといえど、内部が見通せないためその侵入角度は慎重に期さねばならない。無闇に切り裂いて人質が真っ二つになってしまえば笑うに笑えない。
仕方がないので、立方体の《方舟断片(ノア)》を少しずつ刻み込むしかないかと突き刺してみれば、ランサーの心配とは裏腹に《方舟断片(ノア)》は切り口からあっさりと連鎖的に崩壊していき、中の人質はその場に崩れ落ちた。
なるほど、桃も竹も、切れ目を少し入れただけで割れるのであれば桃太郎もかぐや姫も真っ二つになる心配もない。薪割りの要領である。
自らも《方舟断片(ノア)》と基地を破壊してこの場に現れるのにランサーはわずか五分でこの場に辿り着き、救出を果たしていた。
この驚くべきスピード解決のヒントは、以前に出遭ったバーサーカーの大鷲の変身だ。自らの身体を自由に変形できるランサーは脱出と同時に一気に高度数百メートルの高さまで飛び上がり、高速飛翔に適した形へとその身体を変えていた。これもまた、夢の中でライダーと空中戦をした時の経験が活かされている。
この時にはすでに上空のカメラとクラスター爆弾は全て処理されていたため誰の目にも留まることはなくランサーは森への侵入に成功していた。森の形成も既に完了し、仮に誰かに見られたとしてもその後の動きを把握されることもない。突入するタイミングとしてはまさしくベストだったのである。
そして最高クラスの気配感知スキルを持つランサーにあって、森の中はまさしくおぞましき気配だらけだが、それでも三カ所だけ気配が全く感知できぬ場所がある。それだけ把握できれば、ランサーの視線が森の中に埋もれた《方舟断片(ノア)》の姿を枝と枝との間からはっきりと捉えるのに難しくはない。
そのまま上空からマッハを超える速度で森へとランサーは突撃していった。クレーターを作り出したその衝撃だけで目標となる《方舟断片(ノア)》周辺の樹木が景気よく吹き飛んでいく。すでに再生は始まってはいるが、その速度は遅い。よくよく見ればただ再生するだけでなくその密度を高めながらの再生だ。彼らも樹木ながらランサーをただ者でないと看破し、恐れるようにその対抗策を練っているようである。
この状況なら、しばらく話ができる程度の時間は安全だろう。
「……どうやら、助けていただいたようですね。ありがとうございます」
時間の檻から解放され外界からの急激な修正を受けたことで、ティーネの身体は悲鳴を上げていた。急ぎ治癒を施し外見上は取り繕ってはいるがその痛みまでも誤魔化すことはできない。それでも、そんな痛みを無視しながらティーネはランサーに謝意を示し、一礼をしてみせた。
「礼には及ばないよ。君に死んで貰うと僕が困るってだけだからね」
なんでもないように答えるランサーではあるが、その言葉は本心である。ティーネもその言葉の意味を違えたりはしない。
真にランサーが慮るのは、マスターである銀狼と親友だけである。単独行動スキルを要する親友であれば、マスターたるティーネの存在はもののついででしかない。必然的にその優先順位は低くなる。
助けられたのが銀狼であったのなら、ランサーは銀狼を連れて安全地帯へ移動するのだろうが、ティーネであればそんな過保護な真似はしない。ランサーがティーネに行うのはあくまで《方舟断片(ノア)》からの解放のみである。
「さて、念のために聞いておくけど、これから君はどうするつもりかな?」
ランサーと共に同行する、というのであればできる限り守るつもりはある。だが、まがりなりにもティーネはアーチャーのマスターだ。ランサーとしては親友と同様に気高い魂を持ってもらいたい。
率直に言えば、ランサーと同行しても彼女は何の役にも立たないどころか足手まといになりかねない。それならば、自力でこの《茨姫(スリーピングビューティー)》からの脱出して欲しい。ランサーがやるべきことは他にもあるのだから。
「これから、私はアーチャーの元へ向かいます」
そうしたランサーの都合を踏まえた上で、ティーネは酩酊状態から脱しながら今後の方針をランサーに伝える。
時間の檻から解放されどういった事情か分からぬティーネではあるが、自らの状態を鑑みれば、他に自分と同じような人質がいることは推測がつく。周りの樹木も尋常ではなく、罠に嵌っていることは間違いない。
幸いにしてアーチャーのマスターであるティーネにはアーチャーの居場所が分かるし、その動きから目的地の推測もできる。この場所からは随分離れたところへ向かっている。同じような封印宝具がそこにもあるのだろう。
目的はランサーと同じく人質の救出か。
ならば、ティーネの役割はアーチャーのマスターとしてアーチャーの援護に回るべきだ。援護とは別に武器を持って共に戦うだけではない。ランサーがこの森に駆けつけ別方向へ向かったと伝えるだけでも、アーチャーの行動を効率化することができる。
「それは助かります。人質はアーチャー、ランサー、アサシンのマスターらしいので、残る場所は二カ所。僕がもう一方にいけば全部回れることになる」
ティーネの無謀ともいえる行動指針に異を唱えることなく、ランサーは自らの行動を優先した。
確かに、ティーネの行動は全体の効率という面では正しい。ただし、その危険性はランサーと同行することに比べて大きな差が出る。
この《茨姫(スリーピングビューティー)》でティーネのように霊脈から魔力の供給をダイレクトに受ける魔術使いは力を十全に出すことはできない。自前の魔力こそ満ちているが、効率よく動かねばアーチャーと出会う前にガス欠に陥るのは間違いない。判断を少しでも間違えれば、森に吸血され殺されるのは容易に予想が付く。
しかしそれでもティーネに選ぶ余地はない。人質となったのはティーネのミスだ。そのミスを濯ぐためにも、そしてアーチャーにマスターとしての気概を見せるためにも、ティーネは自らの役割を全うしなければならない。
「なら、僕は失礼するよ。くれぐれも、気をつけるようにね」
「いいえ、ランサー。私からもひとつだけ聞いておくべきことがあります」
ティーネはアーチャーがいると思しき場所を正面に、反対方向へ行こうとするランサーを呼び止めた。
両者共に背を向けたまま、立ち止まる。
「ランサー。あなたは、この聖杯戦争の終着点を理解していますよね?」
「夢の中でアレを見たからね。そんな質問をするということは、ティーネ・チェルク。君はアレを直接見たのかい?」
「はい。情けなくも、無様に捕まってしまいましたが」
両者が共通して思い描く存在は、その強大さ故に《方舟断片(ノア)》によって守られている。
否、封印されている。
故にこの戦争の終着点は、全部で三つとなる。
ひとつは、このままこの偽りの聖杯戦争を続けること。
ひとつは、ティーネによって強固な封印を施すこと。
そして、最後のひとつは。
「……多分、君が思い描く最後の方法は夢物語だよ」
ティーネの思考を読み取ったランサーの答えは、素っ気ないものだった。
ランサーにとっての最大の目的は親友との再会と決着。それ以外は、どうでもいいものだ。邪魔するものは排除するし、聖杯すらも眼中にない。この森でティーネが死ねば、賢明な選択肢は最後の一つだけとなるが、それがどうしたというのか。
英霊として、その使命にランサーは気付いている。しかしそれに気付きながらも行動しないとなれば、後は第二次偽りの聖杯戦争が開催されるだけとなる。
それで良い、とランサーは思う。
それで良い、とティーネは思わない。
次に開催される偽りの聖杯戦争に、ティーネのような存在がいるとは限らない。ならば、このままこの聖杯戦争の真実に気付くことなく愚かなサバイバルゲームが続いていく可能性の方が非常に高かった。
この偽りの聖杯戦争の真実。
それは参戦する全ての目的に、願望機など必要ないということ。
これはあくまで推測ではあるが、ティーネは確信している。
彼女がその目的を把握している者はアーチャー、ランサー、ライダー、バーサーカー、銀狼、椿、フラット、それに自身を含めた八名。この内明確に聖杯を欲しているのはバーサーカーただ一人。この時点ですでに参加者の過半数が聖杯を目的としていないのだ。これではあまりに偏りすぎている。
そして残るキャスター、アサシン、署長、ジェスターの目的も実際に聖杯を必要とする類ではない。彼女の推測は的を射ているのだ。
そもそも彼らサーヴァントを喚びだした偽りの聖杯からして、願望機とはほど遠い存在であることをランサーとティーネは知ってしまった。優勝商品がないのだから、偽りの聖杯はこの場への参戦をもって代わりとしているに過ぎない。
参加することに意義がある、などとこの戦争の主催者は嘯いているに違いない。
欺瞞に満ちたこの聖杯戦争は、表向きの勝利条件を満たすことは重要ではない。敗北条件を排除することこそが正解だ。即ち、敵を倒さず争わず、命を大事に生き残る。手と手を取り合い協力関係を結ぶことこそが最善。
もちろん従来の聖杯戦争でそんなことが起こり得る筈がない。
願望機は必要なくとも、各サーヴァントの望みは聖杯戦争の過程によって叶えられるよう仕組まれている。己が欲望を叶えるためには、必然的に選ばれる選択肢は一つだけ。戦いの最中にしか見いだされぬ望みならば、誰も平和な手段を模索することもないだろう。
だからこそ、本来召喚された目的を全サーヴァントは忘却するよう仕組まれているし、ランサーのように気付いたとしても、協力的ではない。
ティーネは笑いたくなってくる。
畢竟、最善の選択肢が不可能ならば、最良の選択肢を持って終わらせるしかない。そしてその選択肢は、ティーネにしか選ぶことはできない。
ティーネの犠牲をもって、この聖杯戦争を終わらせてみせる。既に一度失敗しただけに、次こそは必ず成功させてみせる。
この命は、ここで散らせるためには使えない。
「……私は、ここでは死にません」
「良い覚悟だね。君の勇気は賞賛に値する」
そうして二人はついに目を合わせぬまま前へと歩き出す。再生し生い茂る木々がそれぞれ両者を襲いかかるが、ランサーはティアマトを一振りし、ティーネは無音詠唱の炎によってその枝葉を撃退した。
その歩むべき道は、真逆にあった。
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《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の戦闘において絶対視しているポイントは二つ。それは数の利と地の利である。
キャスターにより昇華された宝具を装備しその戦力は大幅に上昇したが、それもあくまで補助として利用されているに過ぎない。決して、宝具を絶対視しているわけではないのである。
この魔の森《茨姫(スリーピングビューティー)》が用いられたのは地の利を制するためだけ。隠れることはできても盾にすることはできない普通の森と違い、この《茨姫(スリーピングビューティー)》は宝具の一撃を受け止めるだけの強度がある。その攻撃性などはおまけに過ぎないないのである。
そして数の利。狼煙によってアーチャーの居場所を知らされた各《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の小隊は次々とアーチャーの元へと殺到し、波状攻撃を仕掛けることによってアーチャーをひたすらに消耗させ、着実に追い込んでいく。
以前にこの状況でアーチャーを仕留めるための戦力を試算したことがあったが、理想的条件下であっても最低五小隊が必要だと算出されている。現場運用を考えると小隊はその三倍は必要となってくる。事実上この作戦のために《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の総力を結集する必要が出てくるため、キャスターの原案をたたき台に作戦本部は十回以上修正を加えている。
どんな脚本が仕上がってくるのか、内心楽しみにしていただけに興醒めしたのは事実だった。
キャスターが事前に知っていた作戦内容と現状に然程変わりがない。地表への不発弾被害を考えずクラスター爆弾を使用したことは単純に驚いたが、兵の運用に工夫が必要な作戦だというのに、そこには何の意外性もなかった。
別に数えたわけではない。一部地域の兵員密度から森の広さを考えると、どうやっても《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》全戦力の六割以上が集結していることになる。黄金王との戦闘などでかなりの人数が戦線離脱状態に陥っている筈なので、事実上の全戦力が投入されているに違いない。
「こりゃ、ライダーには酷な作戦だったかな?」
目を凝らせばなんとか判る狼煙が遠くに判別できる。場所柄からしてライダーが奮闘しているのだろう。間引きをライダーに任せたわけだが、この調子だと想定以上の成果を上げているに違いなかった。
キャスターは手元の魔力針を眺め見る。東洋人から交換条件で手に入れたもので、強い魔力を察知できるらしい。名前も彫られており明らかに他人の者だが、それを無視してキャスターはこの魔具を昇華させ、宝具としてみせた。もっとも、その効果はアーチャーの魔力だけに反応する、という一点だけだ。《茨姫(スリーピングビューティー)》という悪条件下では不安もあったが、杞憂であったようである。
ライダーとこの魔力針のおかげで、キャスターは鈍足でありながらも何とか無事アーチャーに先んじることに成功していた。
その針は目の前の一点をぶれることなく指し続ける。徐々に近づきつつあるアーチャーの魔力に今にも壊れそうである。その反応を改めて確認し、キャスターは魔力針を懐へと仕舞い、漆黒の匣を背に腰を下ろしてアーチャーを出迎えた。
アーチャーの行く先は魔力針なしでは分からなかったが、その居場所だけなら遠くからでも分かる。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の狼煙もあるし、何より重戦車が地雷原を走り続けるような轟音が周囲を揺らし続けていた。そしてその音はもうすぐそこまで近付いてきている。
森の奥から周囲を丸ごと吹き飛ばしながら現れたアーチャーの姿は、赤く血に濡れていた。その大部分は返り血であろうが、その一部はアーチャーのものに違いない。古城並の防御力を誇っていた筈の重装甲の鎧はその一部が欠落し、凹み、そして薄汚れ、元の輝きを見いだすことはできない。
想定通りに気力・体力・魔力が大幅に消耗された状態。しかしさすがは英雄王というべきか、その疲れた姿にあって気迫があり、所作のひとつひとつに凛々しさすら感じ取られる。
劇作家として、アーチャーのそうしたオーラにキャスターは見惚れていた。アーチャーから放たれた一刀に対し瞬き一つもせずにいたのは、ただそれだけの理由である。
キャスターの真横をすり抜け、背後にあった《方舟断片(ノア)》にその一刀が深々と突き刺さる。投擲された宝具は魔力無効化の原典。その効果は突き刺さった直後から発揮していたらしく、漆黒の匣はあっさりと崩壊し、宙へと霧散していった。そしてその中身は聞くに堪えぬ悲鳴を上げてぐしゃりとその場へと落ちていく。
「ふん。外れか」
その光景にアーチャーは嘆息した。
《方舟断片(ノア)》に封じられていたのは通告されていたマスターなどではない。あらゆる可能性を詰め込まれた確率の霧を概念核として生み出された生体宝具、その名もシュレディンガー。
キャスターが初期に作成した制御不能の試作品にして《方舟断片(ノア)》の実験台となった文字通りの怪物。
並の幻獣では歯が立たぬ力量を備え、条件次第ではアーチャーを仕留める切り札となっていた筈だが、この状況下では使用に耐えることはできなかった。《方舟断片(ノア)》と共にその魔力を無効化されればその存在を確定できず、溶けたタコのような形でしか顕現できない。時間を与えれば復活の目もあったかもしれないが、外界との時間修正によってすぐに動くこともままならない。そうこうしている内に周囲の大樹に捕食され、欠片も残さずあっけなく退場していく。
随分と粗雑な罠だ。アーチャーを嵌める罠がこれでは通用せぬことぐらい理解できそうなものだというのに。
いや、とキャスターは考え直す。これは単に倉庫の奥に眠らせるよりかはマシ、という程度で使ったのだろう。だとすればいよいよキャスターの予想通りとなる。
そんなキャスターの思索の間にも、剣が、斧が、槍が、黄金の軌跡を描いて降りかかる。そのいずれも座ったまま動かぬキャスターに当たることはなく、もっぱら傍らに突き刺さり地面を抉り、大樹を貫通させるのみ。この距離でアーチャーが狙いを外すことなどあり得ないことだが、この現実をアーチャーは冷静に受け止めていた。
「貴様か。あの《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》とやらに紛い物を作った贋作師は」
近付けば自ずと分かるサーヴァントの気配に、先ほどまで戦っていた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》との関係を推察したのだろう。キャスターの予想とは裏腹に、アーチャーは特に不機嫌になる様子もなくキャスターに問いかけた。
その問いに、キャスターは即答せず、まずは目と鼻の先、大地に突き刺さった宝具をしげしげと眺め見ていた。これが全ての宝具の原典と謳われる本物。その姿形、秘めたる魔力は勿論のこと、オリジナルのみが持つ穢れなきその輝きは、祖を同じくした宝具であったとしても全く異なるモノだ。
なるほど、これは、美しい。
自然、キャスターはその歯をむき出しにして口角を上げた。
本人は笑っているつもりだった。しかし、もしここに第三者がいたらその感想は別物であった筈。それは、獲物を前に舌舐めずりをする肉食獣の顔だ。もしくは、欲しがっていた玩具を目の前に出された幼子の顔であろう。
「贋作とは失礼だな、アーチャー。俺の作品はあんたの原典を上回っていた筈だぜ?」
こんなつまらない宝具を、よくも恥ずかしげもなく使えるな、とキャスターは足元に突き刺さった小斧をアーチャーへと放り投げる。残念ながら筋力の足りぬキャスターではアーチャーの元へと届くこともなかったが、返礼としては満足していた。
「それは数の話か? 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》とはよくいったモノだ。人数が明らかに二十八人よりも多いではないか」
「はっ。残念ながらそんなもんはミスリードですらねぇよ。かの大傑作『三銃士』だって四人組だろうが」
「くだらん」
キャスターの物言いにアーチャーはその一言で切って捨てる。心底、言葉通りくだらないと思っているのだろう。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》にしろ、贋作宝具にしろ、どんな事情があろうと相手にする価値はない。
邪魔する者は排除するのみ。それだけだ。
その赤い瞳でアーチャーはキャスターを射貫く。そこに怒りはなく、ただその態度と能力を観察し、殺しておくべきか考えただけに過ぎない。並の者なら震えが止まらぬその視線であっても、キャスターは傲岸不遜にも、睨み返してみせた。
「へっ、これ以上雑種と語り合うことは何もないっていうのかい、王様よぅ」
キャスターの挑発に、アーチャーはその眼を猫のように細めると無言で《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》を展開した。森の中ということもあって確かに三つか四つを射出するので精一杯であるが、それは動き回り的を絞る必要があるからだ。立ち止まり木々の隙間を上手く使えば宝具の一〇や二〇くらいは射出できる。
今は一分一秒が惜しい。《方舟断片(ノア)》の中身が判明した以上、急いで次に向かうべきなのは理解していた。キャスターは明らかに戦闘態勢にはない。いかに重要人物であろうと今は安い挑発に乗って時間を浪費するつもりもなかった。それでも、わざわざアーチャーが宝具を大量に取り出し全力で相手をしようとしたのには理由がある。
キャスターを観察してアーチャーは気付いていた。
この男は、既に先手を取っている。
「おっと。言い忘れていたが、俺はキャスターのサーヴァント。戦闘能力では間違いなく最弱のサーヴァントだ」
話を聞くつもりなど、アーチャーにはない。その機会は既に逸している。
端から見ればアーチャーの先手なのだろうが、本人は後手に回ったと悟っていた。返答の代わりに、展開させていた宝具を、一斉射してまだ見ぬ先手を払い、キャスターを片付ける。
そのつもりだった。
「だからよ、最強。最弱が教えてやるぜ。敗北の味ってものを」
ここに生い茂っていた《串刺大樹(カズィクル・ベイ)》はキャスターを中心に全てアーチャーによって吹き飛ばされていた。ここに至っても、キャスターは何もしていない。相変わらず、ただ座り込んでいるだけだ。
浅黒く、やや肥満体であるキャスターはお世辞にも美しいとは言い難い。王気が目に見えるようなアーチャーと較べると見窄らしさすら感じられる。だがその全てにおいて、キャスターはアーチャーに劣っているわけではない。
キャスターがアーチャーよりも優れているもの。
それは、勝利への確信だ。
「俺の能力は“昇華”だ。原典を上回ることのできる宝具を生み出す能力っつー触れ込みだが、実際にはそんなに大したもんじゃねぇ。出力がピーキーだったり、制約が多くなったり、コストがかかったり、欠点も多い。そしてその代わりに、オリジナル以上に強力にもなる」
キャスターの“昇華”は確かに原典を上回っているかもしれないが、その分下回っているともいえるのである。
だからこそ、キャスターの作品は面白いのだ。
無垢な輝きなどよりも、キャスターは汚れた芸術を好む。
完成された過去よりも、キャスターは可能性に溢れた未来を好む。
キャスターは胸元のポケットの中にある自らの宝具を意識し、胸に手を当てる。以前バーサーカーに見せたときにはソードオフショットガンの形を取っていた《我が銃は誰にも当たらず(オール・ミス)》は、昇華され、その媒体も金貨へと移っていた。
その名も、《我が人生は金貨と共に有り(アレクサンドル)》。
自らの召喚媒体であり、マスターへと一時預けた、命よりも大事な金貨に、キャスターは惜しみなく持てる魔力と能力の全てを持って昇華してみせた。
《我が銃は誰にも当たらず(オール・ミス)》は標的として狙うと当たらなくなる宝具であるが、《我が人生は金貨と共に有り(アレクサンドル)》は標的として狙われても当たらなくなる宝具へと変わっている。謂わば、究極の弾避けの加護である。
アーチャーの《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》はキャスターに通用しない。それは初撃で気付いている筈だが、アーチャーは構わず宝具を展開し射出してくる。物量に押されれば、喩えどんな加護であっても最終的には英雄王にひれ伏すことになる。実際、あと何度か射撃を繰り返されれば、この金貨は砕け散り、キャスターは串刺しとなって消滅する運命となる。
「ハハッ。さすがだぜ、英雄王」
人質の処刑執行時間の差し迫ったこの状況で、自らの宝具を絶対視でき、無駄かも知れぬ選択肢を選べるアーチャーをキャスターはうらやましくさえ思える。
このアーチャーを打倒しうるこの機会に、感謝すらしたくなる。
「でも、これでチェックメイトだ」
キャスターのその一言に、アーチャーの有無を言わせぬ射出が、その瞬間にピタリと止まった。勿論、アーチャーはそんな命令をした覚えはない。
「何だ?」
射出しようとする自らの意志に反して《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》が動かない。宝具の鋭い矛先や剣先は既に出ている。が、それ以上の反応が返ってこない。
「こういう演出も、面白ぇだろ?」
「……一体何をした、雑種」
キャスターの先手。その存在に気がつきながら逃げなかったのはアーチャーのミスともいえた。不可解で認識できないのであれば、下手な対処をするべきではない。逃げていたのなら、まだ最悪の事態に陥る可能性は低かっただろう。せいぜい爪の先の垢程度の違いであったとしても。
「王様の攻撃は封じさせてもらった。ただそれだけだ」
そんな分かりきった答えに余裕を持ってキャスターは答える。そのわずかな間にもアーチャーは自らの知識を照らし合わせ現状を探ってみるが、心当たりはない。《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》を急ぎ再点検してみるも、原因は不明のまま。
ここに来て、初めてアーチャーに焦りが生じた。
何かを仕掛けられた以上、今更ここで撤退は許されない。
アーチャーは自らの最大の強みが莫大な財であることを自覚している。アーチャー自身の能力や、固有宝具である乖離剣ですら結局のところこの財を前にしてはおまけでしかない。どんなに火力があろうと、火力だけで打開できる局面というのは非常に少ない。この莫大な財によってそれがどんな敵や環境であっても圧倒的制圧能力を有するが故に、アーチャーは最強の名を欲しいままにすることができる。
その《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》が上手く機能しないとなると、これは放置できぬ問題だ。この場において早急に対応し、根本的解決を図る必要がある。
幾つか思いついた対処策のひとつとして、試しに自らが最も信頼している宝具《天の鎖(エルキドゥ)》を取り寄せてみせる。やはりその先端しか現れ出でぬ宝具であるが、掴めばジャラリとその姿を主の前へ見せてみせる。
「封じられたのは射出機能のみ……ということか」
「いいや、違うさ。《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》は戸惑っている。そう表現した方が適当だな」
アーチャーの答えを否定するようにキャスターは答える。アーチャーが実際に行ったのはただの確認であるが、キャスターはその考えを補足する。
宝具が戸惑う。それは一体どういう意味なのか。
その意味は、程なくしてアーチャーの理解するものとなった。
キャスターとアーチャーの中間地点に、一体どこにあったのか周囲から黒い霞が集まり出でる。黒い霞はその厚みを徐々に増していき、すぐにそれが人型であることに気付かされる。足があり、手があり、顔がある。細かいディティールが修正されると、それは鎧を着込み、その鋭い眼差しをもった男の姿をとっていた。
一言で言えば、それは黒いだけで、アーチャーと瓜二つの存在だった。
そしてその手にあるのは。
――鍵剣。
「ドッペルゲンガー、ダブル、離魂病……世界に同一人物が同時に二カ所以上に現れる自然発生的な呪いは数多い。それを意図的に作り出し、オリジナルにとって変わる。俺が対アーチャー戦に用意して置いた《王の入場(ドリアン・グレイ)》だ」
キャスターの勿体ぶった説明に、アーチャーは有無を言わさず手にした《天の鎖(エルキドゥ)》を偽物のアーチャーへと投げつける。その咄嗟の判断にはキャスターも感心する。
ドリアン・グレイの絵画をはじめとして、対象を実体化させる宝具や術は多い。英霊という格上の存在を無条件かつ即座にコピーするなど不可能である筈だが、アーチャーはそんな些事に拘泥しなかった。
より大切な事実は、アーチャーの目の前に顕現した黒いアーチャーが確かな敵戦力として在るということ。その手にある鍵剣が宝物蔵の制御に割り込みを入れている事実。
「安心しな。確かにこいつは偽物だ。本物の英雄王に匹敵はしない。けどな、その手にしている鍵剣はお前が持つ鍵剣と同じく本物だぜ」
キャスターの言葉にアーチャーは合点がいく。
あの鍵剣は、アーチャーがスノーフィールドに召喚された時の召喚媒体。アーチャー以外に扱えぬ代物だったためにそのままティーネの元に捨て置いたが、それがこんな形で徒となるとは。
瞬間、後悔の念がアーチャーに宿る。手にした《天の鎖(エルキドゥ)》こそ本物のアーチャーの支配が及んでいるが、その他については偽物のアーチャーの意志が介在している。この瞬間はいかな思いであれ油断すれば命取りになりかねない。
《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》は戸惑っている。何故なら片方は射出を要請し、片方はその射出の中止を要請しているからだ。結果として安全機構が働き中止を優先しているが、ここに新たな命令が付け加えられる。
新たな宝具を、射出せよ。
そのオーダーに《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》は即座に応えた。今度は、それを中止する命令が下されることはない。
本物のアーチャーが放った《天の鎖(エルキドゥ)》は黒いアーチャーが射出した宝具によってあっけなく防がれる。この行動からアーチャーはキャスターの言葉の意味を正しく理解した。《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》は二人いるアーチャーのどちらが所有者なのか判別できない。だから、両方の命令を忠実に実行してみせる。
そのルールを理解した瞬間、二人のアーチャーは同時に《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》を展開し、宝具を射出しようとする。そして射出されようという瞬間に、宝具の射出命令を中止させる。結果として宙に互いに向かい合って何百もの宝具が展開されるが、ただの一射たりとも放たれることはない。
これでは千日手だ。
確かにオリジナルのアーチャーの方が優れている筈だが、残念ながら一瞬で蹴りが着くほどに実力差は離れていない。もしこのまま宝具の射出だけで決着をつけようというのなら、千日と言わずともそれなりに時間はかかることになる。
だが、思い出して欲しい。キャスターはこう言ったのだ。
チェックメイト、だと。
既に、詰んでいる。
「この俺を、忘れちゃいないかな、アーチャー?」
ゆっくりと、キャスターは立ち上がる。
もはや慌てる必要はない。型に嵌まってしまったアーチャーがキャスターを避けて通ることなどできはしない。
キャスターはお世辞にも戦力と呼べる存在ではない。それはキャスター自身自覚しているし、アーチャーも看破している。喩え偽物のアーチャーに加勢したところで天秤の針は未だ本物に傾いている。
「褒めてやる。この我を前にこうも姑息な手段を用いるとはな」
アーチャーは激昂しながらも、尚冷静に対処している。《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》が通用しないとはいえ、既に射出された宝具は利用できるのだ。周囲に撒き散らされ突き刺さったままの宝具を手に取り、偽物へと斬り込んでいく。
その選択は、正解だ。《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》に固執していては敵を倒すことはできない。一般的なサーヴァントと同じく、自ら手にした武具をもって偽物を打倒するしか打開策はない。
罠に嵌められたと激昂し我を失えば偽物にも勝機はあったが、アーチャーは我を失っていない。その傲慢さは影を潜め、偽物を侮ることもない。
唯一アーチャーが誤っていると指摘するならば、キャスター自身はまだ、何もしないということのみ。
姑息な手段は、これからだ。
「宝具――開帳」
本物と偽物、両者がぶつかり合うその横で、キャスターは自らが持つもう一つの宝具をその手に宿す。
それは光り輝く巨大な腕だった。
キャスター自身の腕が単純に肥大化したというわけではない。巨人の腕だけが呼び寄せられた印象を与えるが、それと反比例するかのようにその腕が次第に目も眩む美しさをも併せ持ってくる。その輝きは何者をも寄せ付けぬ光を放ち、それが奇跡を成就させる神の御手だと誰もが一目で理解できる荘厳さ。
そもそも、キャスターが行う“昇華”とはスキルなどではなく、この宝具が持つ特性の一面に過ぎない。元となる宝具をその御手でもって使用者の思うがままに改変する。ただそれだけの宝具であるなら、片手落ちだ。
材料なくして、この宝具は役立たず。
故にその能力は、“奪取”と“昇華”の二面性を持っている。
「見るがいいさ英雄王。これがお前には決して持つことのできぬ我が神の手」
「――宝具《お前の物は俺の物(ジャイアニズム)》」
自らの宝具名すらシェイクスピアからの盗作。だがその名は確かにキャスターの宝具の名にふさわしいものだった。
元々、キャスターは盗作したことで一躍世間から原典を上回るアレンジ力を見せつけた英霊ではあるが、盗んだものは何も形のないアイデアだけではない。
劇作家としての名があまりに大きいためスポットが当たりにくいが、キャスターは実際に革命の最中に話術や偽造した命令書などによって敵陣へ乗り込み、その武器を大量に強奪した功績を持っている。
相手の武具を“奪取”する能力といえば確かに強力ではあるがその成功率はかなり低い。何故なら、多くの英霊はその宝具の担い手として結びつきが極めて強固であるが故に、奪い取ることは事実上不可能だからだ。署長が世界各地から材料を集めてくることによって“昇華”のみを今まで活かしてきたが、この地この時にあって、ついにその能力をキャスターは使用することが可能となった。
アーチャーと《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》の結びつきは強いものではない。それは単に捧げ物を入れておくための蔵であるからだ。蔵は利用するものであり、担うものでは、ない。
それでも英雄王という格付けはキャスターであっても手が届くことはない。だからこそ、その宝具と英霊との結びつきを弱めるためにキャスターはありとあらゆる策を用意した。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が用意していた対アーチャー作戦に横槍を入れ、椿を用いて止めを刺されぬよう戦力を間引き、アーチャーを消滅させぬ程度に弱体化させた上で、時間稼ぎに弾避けの加護を作り、秘中であった偽物で蔵との繋がりを弱め、この場を用意した。最初からキャスターの狙いは人質ではなくアーチャーの蔵にあった。
この瞬間だけが、唯一のチャンス。
全ての情報が暴露されながらも、マスターである署長や狡猾なファルデウスですらもあり得ぬ可能性として一度は切って捨てた勝機。それを今まさに、キャスターは掴み取ろうとしていた。
キャスターの巨大な腕が、王の蔵を掴み取る。この手は、奪う物が大きければ大きいほどその大きさを増していく。掴み取られた衝撃に空間が波打ち、歪曲した衝撃波によって並の宝具にも堪えうる強度を持った周囲の木々が根こそぎ薙ぎ倒されていく。
アーチャーが口元を噛みしめ血が滴り落ちた。自らの財が根こそぎ奪われていくというのに、当のアーチャーは為す術もない。何かをしようとするならば、その瞬間に鍔迫り合いを続けている偽物の自分が隙を突いて襲いかかってくる。そうでなくとも、周囲からアーチャーを狙ってくる枝葉は無視できぬ存在だった。
怒気を孕んだその表情は筆舌に尽くしがたい。だがそんな状況にあっても、この期に及んですら、アーチャーは無様に喚き散らすことをしなかった。口内を噛み千切り、その恥辱を確実に己の内へとため込んでいく。
それが、一体どれ程の役に立つのか、分かる筈もない。
周囲を覆い尽くすように育った樹木は、宝物蔵を失ったアーチャーを逃がしはしまい。偽物も、その攻撃を休めることなどしない。キャスターが、この期に及んで手加減する道理もない。
そこに奇跡は起こらない。
強奪の嵐は、程なくして消え行く。
かくして、この聖杯戦争における究極の番狂わせ、最強(アーチャー)対最弱(キャスター)の一戦はキャスターの《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》奪取により終結することとなる。
この《茨姫(スリーピングビューティー)》での役割の一つが、ここで終わる。キャスターによる終止符は予想外であろうが、アーチャーをこの場に留めておくという作戦は成功裏に終わっていた。
対アーチャー作戦は、これで終了。残る作戦は、事実上あと一つ残すのみ。
予定されていた人質処刑の時間まで、残り一分を切っていた。
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偽りの聖杯戦争の真実。
各人の願いを考えるとバーサーカー以外聖杯を望んでいない。この展開は初期の頃から変わらずあった。
ということで、悩むのはバーサーカーの願いの処置。実を言えばこの解答も初期の頃から変わっていない。
魔力針。
遠坂さんちの凜ちゃんの私物。というか父親の形見がこんなところにあっていいのだろうか。原作HPからの伏線回収。宝石翁のアドバイス通り、東洋人は早々にこれを手に入れて行動していたらしい。
アーチャーVSキャスター。
キャスターの逸話を知った時からこのカードは考えていた。アーチャーは正々堂々とした相手には問答無用の強さを有しているが、盗人の類には非常に弱いのではなかろうか。まあ、それなりの条件をクリアさせる必要があるので、この展開に至までの道のりは長い。以前不発に終わったキャスターの作戦がどういったものであるかはこれで分かるだろう。
実はまだこの場で隠していることがあるのだが、気付いた人はいるだろうか。
宝具《お前の物は俺の物(ジャイアニズム)》。
格好いい技名を考えていたのだが、今に至るまで思いつかないでいる。神の見えざる手、とでも名付けようかとも思ったのだが、これは経済用語だしなぁ。