Fate/strange fake Prototype -Another Player- 作:縦一乙
スノーフィールドから人影が消え、およそ六〇時間が経過した。
早朝前のもっとも冷え込むこの時間帯であっても街のあちこちから腐った匂いが漂い始めている。その多くは電気の通わぬ冷蔵冷凍庫からだが、中には戦闘に巻き込まれ死んでいった一般人もいる。運が悪かったとしかいいようがないが、今しばらくはそのまま放置されるままだ。今スノーフィールドを支配している《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》改めレギヲンもそんなことに人員を割くことはできない。人がいない以上、公衆衛生に気を遣う必要もないからである。
だがそんな物言わぬ彼らだからこそ、役に立つこともある。
市内においてそこは間違いなくもっとも賑やかな場所だった。スノーフィールド八〇万市民を操り地下シェルターへ待避させた《笛吹き男(ハーメルン)》であるが、生きた人間だけをターゲットとしたため畜生は放置されたままだ。故に、この場に野犬や野鳥が餌を求め集まるのも当然だった。
眼球を失った死者の眼窩にその嘴を突き刺し中身を啜る鳥の傍らを、フードを被った赤髪の男は十字を切りながら通り過ぎていった。そのことにカラスはまるで気付いた様子はない。唯一その赤髪に気がついたのは、普段は地下で過ごしている筈のドブネズミ。早い歩調で歩む赤髪の足に器用にしがみつき、するすると肩にまで駆け上がる。
「周囲に敵はいないな?」
『確認できる範囲にはいない。念のため後方警戒を密にしている』
赤髪の質問に、肩に乗ったネズミが毛繕いをしながら答える。
見る者が見れば分かるが、このネズミは使い魔だ。鳥などの使い魔と比べるとその探索範囲は数百メートルと狭いが、その小さい体躯はわずかな隙間に潜り込み探査や破壊工作に向いている。自然界の掟としてより大きな獣に襲われることはままあるが、幸いにもこの辺りの獣は腹を満たしているのであまり問題はない。
「ちっ、当てにならんな。鳥型なら上空からすぐに分かるだろうに」
『鳥は確実に把握されているという話だ。無理を言うな』
俄には信じられないことではあるが、この街を支配している奴らは鳥の一体一体まで正確に識別し、その上魔力の反応から使い魔かどうかも判別することができるらしい。迂闊に鳥を飛ばせばせっかくの隠れ家を発見される恐れがあるらしい。
木を隠すには森の中とはいうが、その木を全て把握できる能力は率直に言って脅威以外なんでもない。このドブネズミですら生息地から怪しまれぬよう現地調達し即興で使い魔としたものだ。
『四重に確認した。つけられていないようだが、念のため罠を張ってる迂回ルートを通ってくれ』
「罠って、あのネコイラズを撒いた地下道のことか?」
『トリモチも設置してある。俺が見落とすほど小さな使い魔なら飛び越えられないが、人間なら何とかなるだろ。引っかかるなよ』
「もっと魔術師らしい罠を作ろうぜ。魔術師として」
悪態をつきながらも、赤髪は指示通りの迂回ルートを取る。周囲にも気を配るが、そこにあるのは破壊の痕跡だけで怪しい気配はない。気配を発しない機械に対して無力ではあるが、そうしたカメラも事前にネズミの使い魔に囓られ念入りに壊されている。
ここは少し前に英雄王と黄金王が激突した場所だ。周囲には黄金化の魔力が未だもって漂い、背の高い建造物は悉く上層階が消滅している。それでいて上空からは看板や庇、崩れた建物で守られている。
そして赤髪の隠れ家は、そんな戦場跡地にある。
どこにでもある地下のバーへ続く階段の途中に、その入り口はあった。見た目こそただの壁だが、触れれば水面のように抵抗なくすり抜けられる。魔術師達にとって決して珍しくない入り口の偽装である。
だが珍しくないだけで、並の魔術師ではこの入り口を再現するのは難しいだろう。これは桃源郷や竜宮城、鼠の御殿に雀のお宿といった異界への扉だ。入り口の設置は異界の主の自由自在。人がいない今だからこそ固定化しているが、人が戻ればいつでもこの扉は消滅させることもできる。
入り口という境界を踏み越えれば、世界は異なっていた。位相をずらしただけの結界ではあるが、それを実現させているだけでも魔道の奥深さを思い知らされる。これを突き詰めれば噂に聞く平行世界に辿り着くことも不可能ではない。
「ただいま戻りました……何だ、我らがマスターは不在か?」
報告をしにこの世界の中央に聳える城に登城するが、そこにいたのは外へ使い魔を放ち操作している魔術師が数人いるだけだ。おざなりながらも対応してくれたのは先ほどまでネズミを使って指示をしてくれたネズミ顔の魔術師だった。ペットは飼い主に似るというが、彼の場合は逆らしい。
「偵察ご苦労さん。マスターならもうじき起きてくると思うぜ」
「ならここで待たせて貰おうか」
「急がなくていいのか?」
「急いで報告する内容もないんでな。それに怖いくらいマスターの予想通りだ。俺達がやるべきことに変わりはない。時間までゆっくりさせて貰おう」
体力的には全く問題はないが、気を張りっぱなしだったこともあって精神的に疲れていないといえば嘘になる。クシャっと丸まった煙草のソフトパッケージをポケットから取り出し、肺一杯に煙を吸い込んだ。動物を扱う以上そうした煙と匂いを嫌がりそうなものだが、ここにいる魔術師はこの程度で集中を乱すほど三流ではないらしい。
そうこうしている間に、目の前の通路を次々と他の魔術師達が通っていく。彼らの目的地はこの先にある大広間、集合予定時間より一時間も早い。血気盛んで結構なことだが、些か張り切りすぎではあるまいか。
「……俺はてっきり逃げ帰ろうとする奴らも多いと思ったんだがな」
周囲の気配に敏感であり、そうした魔術に秀でているが故に偵察など行っていたのだ。雰囲気だけでもこの場に集まろうとする人数くらい把握できる。
集まったばかりの時は烏合の衆に過ぎなかったというのに、今やどこの精鋭組織とばかりに誰も彼もキビキビと動いている。その様は神の名の下に集う教会の騎士団を彷彿とさせる。魔術師というのはもっと利己的な存在だと思っていたが、どうやら考えを改める必要があるようだ。
「恩義に報いようと思うのは当然じゃないか?」
赤髪の独り言にネズミ顔は律儀に答えてくれた。対応こそ雑だが実は良い奴なのかも知れない。
この結界内にいる魔術師は、そのほとんどが“偽りの聖杯”の相伴にあずかろうとした間抜け共だ。その内実も知らず、情報の真偽すらも確認できずに踊らされた愚か者。しかも武蔵によって出鼻を挫かれた結果、彼等は物語のエキストラにもなれぬ運命を背負わされた。
その令呪を狙った前科があり、それでいて戦況次第で裏切りかねない風見鶏な彼等を信じ保護してくれる陣営などいるわけがない。逃げ帰ることすら困難な状況、彼等の運命はただ無様に駆逐されるだけの筈だった。
目前にマスターとそのサーヴァントを見た瞬間、死を意識しなかった者は皆無だ。手をさしのべられたことさえ冗談だと自害を試みた者すらいる。あまつさえ、仲間として迎え入れられるなど一体誰が想像しようか。
時代錯誤にも恩義を感じ、忠誠を誓う者がいても不思議ではない。信じがたいことではあるが、それを納得させるだけの理由がそこにある。
「さっき確認もしたが、逃げ出した奴は皆無だぜ」
「……命をかける奴の気が知れないな」
これからのことを思えば命の保証などできはしない。だからマスターからも無理強いはされていない。むしろ逃げ帰ることすら推奨されたくらいだ。
「斥候なんて一番危険な任務をこなしている奴がそれを言うのか?」
「……俺はフリーランスで仕事として請け負っているからいいんだよ」
ネズミ顔がニヤニヤしながら斜めに赤髪を見る。
恩義をうんぬん語るつもりはないが、どうにもあのマスターを見捨てることはできない。令呪を無防備に剥き出しにしたまま休むし、明らかに敵対している者に対しても彼は涙を流して説得しようとする。しかもサーヴァントが傍らにいない状況でそれを実行するのだ。危なっかしくて見ていられない。
決して一枚岩でない……それどころか敵対関係にすらある彼等があのマスターの下に離反せずまとまっていられる理由は、そういうところにあるのだろう。
「しかし協会の連中もこの中にはいる筈だろ。そいつらは一体何してるんだろうな」
マスターに保護された者の多くは聖杯戦争に参加しようとした者だ。その場合目的は聖杯だが、協会の諜報員であるならその目的は情報収集にある。この場に留まる必要などどこにもない。むしろさっさとここから出て行くべきだ。
紫煙を宙に吐き出すことでさりげなく視線をネズミ顔から逸らしながら語ってみる。確認などはしていないが、ネズミ顔は協会諜報員に違いなかった。使い魔を現地調達し見事に使いこなす腕前や諜報員然とした癖から推測した……というわけではない。以前ランガル氏の諜報活動に協力した際に見かけたことがあっただけだ。
「……いや、彼等が動くことはないよ」
「断定的だな。理由を聞いても良いのか?」
これから一戦を交えようという時に余計ないざこざを抱える必要もない。これは個人的な情報収集だ。わざわざ蛇を出そうと藪をつついているわけではない。
だがそんな赤髪の気遣いは杞憂に終わる。
「もう報告済みなんだよ」
「――なんだって?」
冗談だとは思わない。だが現実味のないその話に聞き返さずにはいられなかった。
この地から脱出できた者は未だいない。逆に潜入できた者もいないことから硬度の高い情報だ。それでいて一般通信網は使用不可。魔術による伝送も強力なジャミングがかかっている。雄志諸兄がこれを破ろうと努力していたようだが、突破できたとは聞いていない。これで一体どうやって報告できたというのか。
「進退窮まって相談した奴がいたんだよ。そしたら、あっさりと送信だけならできた」
誰に相談したのかは敢えて聞くまい。
どこか遠くを見つめるネズミ顔。彼だってその道のプロであるが、そうした人間を頭数揃えて解決できぬ難問を、あっさりと解決させられると、立つ瀬がない。
世の中、歴史を変えるのはこういう人間なのだと思い知らされる一瞬である。
「事後承諾だろうが、今後の行動は協会承認の正規行動扱いになるだろう。俺ら、臨時の騎士団所属らしいぜ」
「マジかよ」
状況が状況だけに、協会がどう動くかは容易に想像が付く。ここで逃げ出すのは勝手だが、もし本当にこの状況が報告されていたとしたら、後々やっかいなことになる。逆に、逃げ出さずにマスターの下で戦えばその後の栄華は約束されたようなもの。
あのマスターがそこまで考えて動いていたとは到底思えないが、これで俄然旨みが増したのは確実だ。
「――それで、騎士団名はなんだ?」
念のためそこだけは確認しておかねばなるまい。旗印にしろ、赤枝騎士団や円卓騎士団とか空気を読まず付けられた日にはその功績よりも赤っ恥をかく可能性もある。あのマスターのことなのでその可能性は否定できない。
「ええと、確か――」
赤髪の不安にネズミ顔が答えた名は、彼が知るよしもないことだが、かつての聖杯戦争にもあった名称だった。
同時刻。ロンドン、時計塔の一室。
スノーフィールドとの時差は約二時間ではあるが、まだ陽が昇ったばかりでようやく人々が家の外に出始めた頃合いだ。だというのにこの時計塔は早朝とは思えぬ騒ぎに見舞われていた。原因は、あと一時間もしないうちに開かれる緊急会議にある。あまりの緊急ぶりに極秘の二文字を諦めたほどである。
もっとも、会議出席者の豪華メンバーを考えれば最初から無駄なのかも知れない。
「失礼します」
ドアをノックしつつも、返事を聞く間もなく召喚科学部学長室へロード・エルメロイⅡ世は足を踏み入れた。彼もまた緊急招集を受けた身であるが、会議の前にここへ足を運ぶようロッコ・ベルフェバン学部長から連絡が来ていた。
何か事態が動いたことだけは確からしいが、しかし様子がおかしい。
立場的にロード・エルメロイⅡ世はベルフェバンと派遣した魔術師との仲介役を担っている。報告があれば、まず第一に自分の下へ来なければおかしい。いくら責任者とはいえ頭越しに報告がいくことなど通常では考えられない。
その上、彼はつい先ほど予想外の人物と廊下ですれ違った。軽く挨拶くらいしたものの、本来であれば彼がこの場に来ることなどあり得ない筈だった。権威主義的魔術師集団である時計塔において、彼は実績はあれど新参であるエルメロイⅡ世よりも見下されやすい立場にある。その彼に頼らざるを得ない状況まで事態は進行している。
「来たか」
非礼を責めることなく迎えてくれたベルフェバンではあるが、顔に疲労の色は隠せない。何かがあったのはもはや確実だった。
「先ほど法政学部の幹部とすれ違いましたよ。一体何があったのですか」
魔術師のための研究機関としての側面が強い時計塔において、政治家を目指す法政学部は学部にすらカウントされぬ学部だ。そんな連中と会議前に会うことの意味は、もはや一つしか考えられない。
「“偽りの聖杯戦争”の背後組織が明らかになったのだよ。首謀者は、米国だ」
「それは以前から指摘されていたことなのでは?」
米国機関が一枚噛んでいることは空港での検閲体勢と魔術師の動員規模から確実視されていたことだ。調査は遅々として進んではいないが、資金の流れから相当大きな組織であることは伺えていた。
そんなエルメロイⅡ世の勘違いを、ベルフェバンは首を振って否定した。
「違う。違うんだよ、ロード・エルメロイ」
「何が違うんですか」
眉根を顰めながら何が違うか理解できない。以前からⅡ世を付けるよう言っているというのに、ベルフェバンにはその余裕すらもない。
「裏で糸を引いているのは米国の一機関などではない。米国そのものだ。陣頭指揮をホワイトハウスがとっている。報告書が本当なら、軍が爆撃もしたそうだ……」
「ちょ……ちょっと待ってください。話が突飛すぎます」
俄には信じられぬことには違いない。だが、ここまで話が大きくなってくると、逆にどんなに証拠があろうと信じるわけにはいかない。神秘の漏洩防止こそが魔術協会の目的であり、そこに例外などあろう筈がない。
確かに協会の歴史を紐解けばナチスの祖国遺産協会(ドイチェス・アーネンエルベ)を殲滅対象としたこともあったが、それも国家の一機関の位置付けだ。戦争というどさくさだからこそ可能であったのであり、そこがある種の限界でもある。
この平時に世界最強国家そのものを殲滅対象とするだけでも到底不可能。ましてや実行できるとも思えない。
「残念ながら事実だよ。それに、米国もそうしたことは理解している。我々が今の今まで情報を仕入れることができなかったのも、米国の完璧な情報統制によるものだろう」
神秘の漏洩に敏感な魔術協会が何の情報も得られない。それこそが米国の切り札だ。本来であれば協会が動くべきところを、自国で内々に処理できることを暗に伝えて動かぬよう圧力をかける。
事前に喧伝されたことが状況に拍車をかけている。あれもこうなることを見越しての策の一つと考えれば辻褄も合う。魔術師同士という極狭い範囲であっても、魔術協会が米国に対して有効な策を持てなかった、などと風聞が立てば面目は丸潰れ。協会の信用は失墜し、教会をはじめそれに乗じて動く者も大勢いることだろう。
それに最悪、国家としての強大さを利用して神秘そのものが暴露される危険性もある。そうなれば魔術協会どころか、魔術基盤そのものが危うくなる。普段通りのセオリーが通じるレベルではもはやない。
「協会はこの件を政治決着で片付けるつもりですか」
苦肉の策であることは承知の上で問うてみる。
そのつもりがなければ、法政学部など呼びはすまい。だが、それだけで済ませるにはあまりに事が大きすぎる。米国が全て内々に処理することで神秘の漏洩は防げたとしても、協会は根幹となる“偽りの聖杯”と呼ばれるシステムを無視することはできない。
「それが――問題、なのだ」
エルメロイⅡ世の思考を先回りしたベルフェバンが大きくため息をついた。
「米国はこの計画を実に子細に研究している。我々の動きも、そのための対策も、少なくない年月を費やし挑んできた。我々も彼等の努力が十全に発揮され、万難を排して貰えれば、政治決着も吝かではなかったのだよ」
「婉曲な物言いですね」
「つまりだよ、事が政治決着ですまなくなった、ということだ」
そのための手段を講じながら、ベルフェバンはその事実から導き出される結果を否定する。
いかに米国といえども交渉材料にするだけで実際に神秘を暴露する可能性は低い。その上で様々なカードを切り出し、より優位な立場を築こうとするだろう。政治的には険悪となるだろうが、これを機に直通回線を用意できれば対等な立場で様々な面から交渉しやすくもなる。協会としても、米国が強気に出ている以上、政治決着以外の着地点はない、筈だ。
「米国は致命的なミスをしでかした。我々は、例え基盤を失ってでも動く必要がある。法政学部の連中に動いて貰うのは、ただの時間稼ぎだ」
断言して――ベルフェバンは手元の資料に手を置いた。先の報告書とやらだろうが、遠目に見る限りどうにも体裁が整っているようにも見えない。協会の専属諜報員からの報告ではなかったのだろうか。
「ロード・エルメロイⅡ世。君は、英霊を簡単に召喚する方法は知っているかね?」
「そんな方法はありません。それができれば苦労はしないでしょう」
「では、質問を変えよう。英霊が簡単に現れ出てくる状況は知っているだろう?」
その問いの答えは、先の事実よりもよほど深刻だった。
召喚は、しかるべき手段によって行われる儀式だ。そこには人の意図があり、目的がある。だが人間以上の存在である英霊を召喚するとなると、その難易度は一気に跳ね上がる。ましてや、それが簡単に現れ出てくる状況など、一つしか考えられない。
「まさか――」
「その通りだ。奴ら、あろうことか抑止力を利用してサーヴァントを召喚している」
この世界には、破滅を回避するためのシステムが予め備わっている。集合的無意識によって作られた、世界の安全装置。世界が滅びの危機に瀕した時、抑止力として英霊が顕現することがままにある。
理論的には可能だ。世界を滅びの危機に陥れる“何か”さえあれば英霊は自然に召喚される。そこを上手く介入するシステムを用意すれば、英霊の認識を歪め聖杯戦争と誤認させることもあり得るだろう。
「荒唐無稽の絵空事――と切って捨てるのは簡単ですね。学生がそんなことを言い出したら問答無用で殴り飛ばしています」
だが、これを言い出しているのはその道の権威である召喚科学部長である。ここ数時間でいきなり呆けた可能性に賭けたいところだが、そんなことこそあり得ない。こんな時間に時計塔の幹部を全員呼び出さねばならぬ程度には信頼できる情報があるに違いない。
「“偽りの聖杯”、米国計画呼称クラス・ビースト。これが世界滅亡の原因だそうだ。現在は封印されているらしいが、いつ目覚めるかは不明ときている」
「各サーヴァントは本来そいつを倒すための抑止の守護者ってことですか。まさか聖杯戦争のシステムで抑止力そのものに干渉するとは。思いついた奴はアホか天才かのどちらかでしょうが、良い度胸しているのは確かですね」
だがこれなら大聖杯などを用意する必要もなく、実現するためのハードルは遙かに低い。それでいてクラス・ビーストとやらの封印を自在に操れるのであれば何度でもこの“偽りの聖杯戦争”を繰り返すこともできる。
米国の誤算はこの一点だ。リスクを管理できていると認識している米国に対して、協会はこのリスクを容認することなどできはしない。
「これからどうなされるおつもりです?」
「“偽りの聖杯”を確保。可能なら完全破壊、不可能なら厳重封印だ」
聞いてはみたものの、処置としては当然だろう。
交渉がただの時間稼ぎなら、すぐにでも大隊規模の戦力を派遣する必要がある。だが、現地は相変わらずの完全な隔離状態。結界は確認できたものの、その規模と強度は不明。調べようにも結界外周部に展開されている何者かによって少人数の斥候部隊ですら消息を絶つ始末。
問題は既に開戦から一〇日目だということか。事前に派遣した第二次部隊も現地へ到着するのは急いでも明日以降。もう決着がついていてもおかしくない頃合いだ。仮に部隊を派遣したところで到着より早くこの戦争が終わってしまえば、目的の“偽りの聖杯”はどこか手の届かぬところに移送されてしまう可能性がある。そうなってしまえば手遅れだ。
事の推移を思い返し検証するが、もはやどうやったとしても、現地にそんな戦力を送り込み、状況を完遂できる予想図を描くことができない。
いかにそうした連絡役を他人に押し付けていたとはいえ、そんな無茶なタイムスケジュールを目の前の御仁が組むとも思えない。
代替案……いや、あるいはすでに動いていると考えた方が良い。
「……質問してもよろしいでしょうか?」
「今更だな。私は今か今かと待っていたくらいだ」
「情報が些か正確過ぎます。米国での情報は担当たる私ですらほとんど把握できていない。現地情報なら尚更です。あの情報封鎖の中から一体どうやってその情報を得たのですか?」
エルメロイⅡ世の言葉に、ベルフェバンは今まで手にしていた報告書らしき紙の束を差し出してきた。
「これは現地から直接私に届けられたものだ」
「……直接、ですか?」
あの完全情報封鎖された現地から、というのも疑問であるが、わざわざ直接届けられたというのはおかしな話だ。ベルフェバンに直接、ということはメールなどの現代機器の介入はないと思った方が良い。そして魔術による通信は学部長という立場からフィルタリングにより検閲が入る。直接連絡を取ろうとするのなら、事前に決められた手順を踏む必要がある。
なんだか嫌な予感がしてきた。
この報告書を提出した魔術師は、スノーフィールドから未だ詳細も不明なあの結界をすり抜けられる程の腕前を持っている。おまけに時計塔の検閲魔術に関しても精通しているようである。
「スノーフィールドのシステムを解析。“偽りの聖杯”の本性を見抜き、サーヴァント本来の目的を示唆。背後関係を明らかにしたのもこの報告書によるものだ。裏は完全に取れてはいないが、九分九厘間違いないと判断した」
「優秀な調査員がいたようですね」
あのランガル氏でさえ手玉に取られたというのに、よくぞそこまで調査できたと感心――したいところだが、その異常な優秀さには非常に覚えがある。
「その上で我々が動くことを危惧までしている。協会が動いて米国と一触即発の状況になるのは好ましくない。であれば、これは向こうの提示したルールに則って、片付けることがもっとも望ましい」
「はは。まるで聖杯戦争で優勝するような物言いですね」
乾いた笑いを自覚する。
確かに報告者の言うとおり、協会が無理に動くよりもスノーフィールドの聖杯戦争に参加しているマスターが自力で解決するのが最良の策だ。これなら戦力・時間・場所・政治、全ての問題に対処することが可能となる。
米国と全面対決するよりは幾分マシな方策だろう。それでも、まだ夢見がちな様な気がする。全てが露見しておきながらそれでも尚ルールに従い解決しようとする愚直さに凄く心当たりがあった。
「まあ、これから反攻作戦するので学長の潜り込ませた諜報員も使いますと正直に書くのはどうかと思うがね。これから行う緊急会議は、この報告者が率いる集団を協会正規の部隊として取り扱うためのものだ。ここに至って戦後処理を見越して動くとは将来有望だな」
もうここまでくると自分の推測が外れて欲しいとすら願う。
だがしかし、エルメロイⅡ世は聞かねばなるまい。
その報告者が一体誰なのかを。
「……残念ながら、報告者及び作戦遂行部隊に君の教え子であるフラット・エスカルドスの名はなかったよ」
「そう、ですか」
「ただ、部隊“アイオニオン・ヘタイロイ”、部隊長“絶対領域マジシャン先生の弟子”とある。つかぬ事を聞くが、絶対領域マジシャン先生とは君のことかね?」
早朝の時計塔に名物講師の怨嗟の声が木霊する。
その後の会議において、協会は部隊“アイオニオン・ヘタイロイ”、部隊長“絶対領域マジシャン先生の弟子”を正規部隊として認定し、その作戦行動を承認することとなる。これは公式書類として半永久的に保存され、後世の人間に晒されることとなる。
その後、ロード・エルメロイⅡ世に新たな二つ名が付けられたとか付けられていないとか。それはまた別の話。
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この偽りの聖杯戦争においてフラット・エスカルドスの注目度はマスターとサーヴァント全てを含めた主要人物内において常に上位にあった。
時計塔出身にしてあのロード・エルメロイⅡ世の秘蔵っ子という経歴、そして街中でサーヴァント召喚に挑む大胆さと即座に《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の厳重な警戒網を撒いてしまう能力。
そして当初からバーサーカーを真名であるジャックと呼ぶことで、クラスを秘匿し、結果としてヒュドラをバーサーカーとして周囲に誤認させてもいる。更に本人は宮本武蔵と遭遇以降完全に姿を眩ましつつ、夢世界から繰丘椿とライダーを救出するという偉業を成し遂げ、現実ではバーサーカーの変身能力及び情報抹消スキルを駆使して各サーヴァントと平和協定を結ぶべく卒なく動いている。
致命的であったのは、フラットがこの戦争に参戦した動機が「英雄を友達にしたい」という恐るべきものだったことだろう。この願いが、一体どれほど“上”を焦らせたか本人には分かるまい。何せ、この戦争はサーヴァント全員を束ね“偽りの聖杯”に対抗させることで御破算となる。せっかく互いに争い合っているところを平和裏に団結されては元も子もない。
こうした他者を欺き利用する狡猾さ、“偽りの聖杯戦争”の根本を揺るがす動機、そして実際に行ってきたこの戦争での実績を考慮すれば、彼を誤解するには十分過ぎる材料ができあがる。彼を知る者ならこの高評価に一通り呼吸困難に陥るほどに笑い転げ、ゆっくりと立ち上がり肩を叩いて真顔で「偶然だ」の一言で片付けるのは間違いない。そしてその事実により深い疑惑の渦へと陥るのだ。彼は普段から昼行灯を気取り周囲を欺いていたのかと。
「少しだけ擁護させて貰うと、“上”がそう思うのも無理もない。あっちには世界を支配できるスノーホワイトの分析力があるわけだからな。たかが“偶然”などによってこの緻密な計算と莫大な予算によって計画された“偽りの聖杯戦争”の土台が揺らぐわけがない、そう判断してもおかしくはない」
そう言いながら、キャスターは行儀悪く足を組んで机の上に乗せた。その衝撃は机の上に置かれたゲーム盤にも伝播するが、駒は多少位置がずれたところでその役目を変えることはない。
机に足を乗せたことで自然とキャスターの視界は盤上から天井へと移っていた。この部屋の天井には星空の如く光る無数の光源。その大半は小さく淡いだけではあるが、中央に座す光だけは例外的に強く光り輝いていた。
かつて、ここには原住民が神と崇める“偽りの聖杯”があったと聞くが、今やその面影もない。ただ広い空間がそこにあるだけで、荘厳さはどこにもなく、大部分は闇に呑まれている。このどこかにティーネ・チェルクがいるらしいが、未だにその姿をキャスターは見ることができなかった。
チラリ、とまた盤上へと視線を移す。キャスターの次の手を読もうと必死になっている繰丘椿はそこまで気が回っていないようだった。随分と時間をかけて次の手を打つが、キャスターは足の指で器用に駒を動かし即座に応手する。その表情から察するに、次の手を打つにはまた時間がかかりそうだった。
「――けれど、実際にただの“偶然”によってその土台が揺らいでしまった。全容の一端しか知らなくとも、少なくともフラットにそんな計画性などないことは実際に出逢った私がよく知っています」
闇の奥から、ティーネの声が響き渡る。
この状況を作り出す元凶を無理矢理導き出そうとするならフラットの他にいないだろう。容疑者が一人だけなら、犯人と怪しむのは定石である。
「だからこそ――これは神の御手によるものなのさ」
「抑止力が働いている、ということですか」
実にあっさりと、その解答にティーネは辿り着いてみせた。
キャスターがこの聖杯戦争のシステムを解説したつもりはないが、“偽りの聖杯”の巫女たる彼女であれば、何となく予想はついていたのかもしれない。
偶然と呼ばれる神秘。
その正体こそ、抑止力と呼ばれる力だ。
「おかしな話ですね。そのスノーホワイトやらがそれほど優秀であるとするならば、何故こんな安直な答えに辿り着けないのですか?」
むしろシステムとして抑止力を取り入れている以上、真っ先にその答えが出てしかるべきだ。
「簡単な話だ。スノーホワイトはこの問題に関しては大前提として抑止力を想定せぬよう設定されているからだ」
「……それはよくある政治の話ですか? 計画に予算がついた後で見つかった致命的なミスを隠そうとかいう」
「だいたいそんなところだ」
さすがは一組織のトップだけあって、キャスターの言い方からそうした利権がらみの柵に関して思いつきも早ければ、理解も早い。
抑止力はコントロールできる、それが大前提。それができないと少しでも疑念を抱かれれば計画そのものが泡と消えかねないし、動き始めた車輪を止めるには不都合な人間も数多かった。
勿論、そのための準備は万全にはほど遠くとも十全以上に用意してある。抑止力を必要としない予防策こそが、抑止力コントロールの要であると計画は謳っている。抑止力介入の隙間は予め存在していたのだ。
「――成る程。その間隙を利用してフラットを陥れたのですか、キャスター」
「……」
ティーネとキャスターの話の隙間を縫ってくるように、椿がまた一手、駒を動かした。ライダーによって椿はゲームに集中できるよう聴覚を閉じられている筈なので偶然であるが、ティーネの推測にキャスターは駒を間違った位置に置いてしまう。
盤の中頃を支えていた歩兵が椿の駒によって食い破られた。同時に何やら慌てる椿であるが、キャスターは特に何もしない。駒の動きこそルール違反ではないが、ミスであるのは明白だ。
相手のミスにつけ込むような手は気が惹けたのだろう。しかしこのゲームに「待った」はない。
この一手で趨勢は逆転した。
「これも抑止力ということか……」
「足でゲームなどするからです」
キャスターの負け惜しみにティーネのもっともな意見が突き刺さる。これまで注意しなかったのも、このタイミングを見計らっていたからなのか。邪推はいくらでもできるが、どうやらティーネはこのゲームを注視しているらしいことは理解できた。
この闇の中、果たしてどこにいるのか。
「――さて。話を戻しましょう。
キャスター、あなたがフラットを陥れた犯人ですね?」
ずばりと尋ねてくるティーネに刑事ドラマの取り調べを思い出す。ライトを犯人に照らし付けることで心の浄化を促し自白させる、心身医学学会注目の治療法である。だからだろうか、天井中央の光源が先ほどよりも輝きを増している。あとはカツ丼が出てくれば文句はない。
「……まぁ、否定はしねえよ。犯人は俺だ。正確には、俺とバーサーカーだけどな。もっと正確にいえば、バーサーカーだ」
「責任転嫁ですか」
「いやいや、実際俺が把握していないところでバーサーカーの奴、色々と暗躍してたからな」
「後期クイーン問題というのを御存知ですか?」
「俺がバーサーカーを操っていたってか? 俺を高く買ってくれるのはありがたいが、それについては否定しておくぜ。バーサーカーが切り裂きジャックだと知ったのも《ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)》以降だ。それを知っていたなら、もっと面白可笑しくあることないこと吹き込んでおいたってのにな」
残念がるキャスターに呆れたような視線が突き刺さる。
「スノーホワイトについても教えていたのでしょう?」
「ああ、いの一番に教えたぜ。携帯持ってると情報が筒抜けになるってな。それを逆手にとって偽情報を流したり位置情報を誤魔化してたりもしたようだな。外に出られない俺じゃそんなことはできなかった」
勿論キャスターはスノーホワイトの防諜活動網(シギント)に触れることなく活動できるように、アサシンに渡したものと同様の通信機をバーサーカーにも渡している。
後から考えると、バーサーカーはわざと自分が狙われるように動いていた。ファルデウスが初手でバーサーカーを仕留めたのも実はバーサーカーの思惑通り。
あの時点でスノーホワイトの能力を専有していたのは“上”だけだ。バーサーカーの行動に危機感を抱けるのも“上”だけ。バーサーカーの目的は、そんな“上”に連なる者をこの舞台に引っ張り上げることにあった。
「何故そんな回りくどいことを?」
「俺達サーヴァントが一致団結するためには明確な敵が必要だったんだよ。古来より危機的状況に陥らなけりゃ人間ってのはまとまれない生き物だからな」
キャスターの言葉にティーネは押し黙る。だが押し黙ったのは皮肉を言われたからではない。
「……解せませんね」
「何がだ?」
盤上では先の悪手が致命的となり、キャスターの敗色が濃くなりつつある。さすがに足の指で駒を操作するのはもう止めておいた。
「聖杯戦争のシステムに詳しいあなたが扇動する、というのなら理解できます。しかし、バーサーカーの行動はそうしたものではありません。不自然です」
本来なら真っ先に嘘を疑われるところだが、ティーネのその口調にキャスターはそうした疑惑を感じとることはできなかった。
信用してくれるのは素直に嬉しいが、少々こそばゆい。
「あの冬木から来たっていう東洋人、だ」
「――?」
「奴が召喚したサーヴァントが宮本武蔵。そして直後にアサシンに遭遇した。該当クラスが明らかに被っていれば疑いもする」
そしてキャスターが裏切った理由はバーサーカーからこの話を聞いたからである。署長がああもあっけなく寝返った理由も、東洋人が持つ別系統の召喚システムが存在したからだ。
セイバーのクラスを補完する存在などと説明されていたようだが、そんなものを設定しているわけがない。規定外のサーヴァントの召喚は盤石とされたシステムに穴があることの証明だ。
「俺や署長も含めて、抑止力が働いてもその力は弱いと考えていた。それだけ精緻に計画されていたからな。万が一にも抑止力が働くとすれば、それはバグにまず働きかけるように仕向けられていた」
「バグ、というのは東洋人のことですか?」
「バグってのはつまるところフラット・エスカルドスだ。繰丘椿であり、銀狼であり、ジェスター・カルトゥーレであり、そしてティーネ・チェルクでもある。東洋人は確証を得るためのきっかけにすぎない」
「マスターそのものがバグだと?」
「この“偽りの聖杯戦争”に願いを叶える聖杯は存在しない。故に選ばれるのは聖杯に願いを持たない、魔術師として欠陥(バグ)を持つ者だけだ。そうしたバグ同士を聖杯戦争の名目で潰し合わせることで従来の向けられるべき矛先を逸らし、本来のシステムに気付かないように仕向ける。
つまり――」
キャスターが言葉を句切る。
ゲームの勝敗は結局覆ることはなかった。
バチン、と椿の手にした駒が、盤上を強かに打つ音が響き渡った。
繰丘椿が、不安げな眼差しのまま、勝利宣言にも似た言葉を放つ。
「――王手、です」
「俺達は、チェスをやってるつもりで、実のところ将棋で遊んでいたようなものさ」
獲った駒を自軍の駒として利用できる。それに気付くことができれば、見いだせる事実もあるだろう。その背景に、思惑に、流れともいうべき運命を見いだすことも可能かも知れない。
確率的に起こり得ないことがこの聖杯戦争は起こり過ぎている。奇跡のバーゲンセールのようなものだ。例を挙げれば切りがないが、その最たる存在が、キャスターの目の前に暗闇のベールの中から現れる。
夢世界に捕らわれ能力を活かせないながらも現実に帰還し、
ファルデウスに捕まりながらも殺されることなく乗り切り、
デイジー・カッターの直撃に巻き込まれながらも生き残り、
敵に囲まれ重体でありながら見捨てられることをされなかった。
ティーネ・チェルク、スノーフィールド原住民の長。
彼女は間違いなく、その身を抑止力によって守られている。
「お姉ちゃん!」
もはやその身に掠り傷一つ残すことなく復活したティーネに、椿が叫びながら抱きつき、そのまま泣き始めた。その様子は何とも温かいことだが、残念ながら悠長な時間はあまりない。
「完全回復したようだな?」
「お陰様で」
天井の光は、原住民の数を表している。そしてその輝きは強さの証。現時点でティーネの強さは際立っているが、それは他の原住民がティーネに追随する力がないことも意味している。
「現状は分かっているな?」
「無論です」
前回は、一人で突入し、そのまま虜囚の身となった。同じ間違いを繰り返す愚を犯すことはできない。
つい先ほど斥候からの報告によりアイオニオン・ヘタイロイとか名乗る魔術師集団が基地に攻め入ったとの一報が入った。その数、確認できただけでも一〇〇名余り。人数こそ多いが、拠点防衛を行い遅滞戦闘を繰り返すファルデウス達プロの軍人相手に決定打を与えることはできないだろう。
それを打破するためには一刻も早い援軍が必要だった。それも魔術を解し、軍の訓練も受けたことのある、この状況に通じた練度の高い即応部隊が。
「投了だ。何なりと望みを言ってくれ」
キャスターと椿の将棋対決は、その実互いの望みを叶えるための真剣勝負。
キャスターはチェスなら嗜んだことはあるが、将棋は初めてである。対して椿は将棋の経験こそあれ殊更秀でているわけではない。一見すると一長一短で良い勝負をする可能性もあったが、人生経験において両者に差がありすぎる。実際のところ敵の手を読むことに長けたキャスターが圧倒的に有利であった。
これは実験だ。
もし、抑止力がここで働かず椿が負けていたのなら、キャスターは手を貸すつもりなどなかった。もしここで椿が負けるようであれば、最初から抑止力など働いておらず、本当にただの偶然だったとすら思う。
結果は御覧の通り。
足掻くことは可能だが、あの最悪手(ブランダー)で取られた歩兵が決定的だった。どう先を読んでも最後に歩兵を打たれて詰んでしまう。冗談ではなく、あれは本当に抑止力だったのかもしれない。
椿をなんとなしに眺め見る。気の効いた言葉のひとつでもかけようと思っていたが、椿の顔には何か焦りが見えるように感じられた。
そんなキャスターが何か言う前に、椿は先んじて口を開く。
「では、キャスターさん。お姉ちゃんに、あなたの部隊を貸してください」
やや早口。その行動に疑問こそ覚えるが、もはやこうなってしまっては些事であろう。勝てば官軍というやつだ。敗者は勝者に傅くべきだ。
「仰せのままに」
キャスターがパチンと弾かれた指の音を合図に。
背後でじっと待機していた部隊が一斉に立ち上がる。
あの南部砂漠地帯での戦闘で助けた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》。その数は皮肉にもその名の通り、二十八人である。
獲った駒を利用することが将棋とチェスの最たる違いだ。
ティーネ・チェルクはそれを実践してみせる。
かつて敵としていた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を率い、彼女は最後の戦場へ立ち上がった。
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追尾欺瞞。
この時点でスノーホワイトは復旧中なので完全に無駄だったりする。
教会。
原作では何やら色々と出ているのだが、本作に教会は介入できなかったということになってます。
法政学部。
時計塔の一二学部にカウントされていない学部らしいが、よくわからない。けどここのロードは月姫2 the dark six(仮名)の前日譚で死徒二七祖を二体も撃破したと語られる女帝。そんな人が率いるところを格下に見ていいのだろうか?
祖国遺産協会(ドイチェス・アーネンエルベ)。
そういう組織が大戦中あったとかなかったとか。「11eyes」や「ディエスイレ」をプレイした影響がここにある。個人的には「3days」がオススメ。
基盤を失ってでも。
魔術基盤のこと。神秘は知る人が増えれば力を失うらしいので、それくらい切羽詰まっているとベルフェバンは考えている。
絶対領域マジシャン先生。
フラットがエルメロイⅡ世に対して付けようとした二つ名。プロローグで書かれてます。
フラットの脅威度判定。
中身については誤解も多々あるのだが、冷静に考えると確かに脅威でしかない。しかし実際にシステムを解析して協会に連絡をつけているので、あながち間違いではない。
防諜仕様の携帯。
そのバーサーカーの携帯は今はジェスターが持ち去っている。そのためジェスターがどういった情報を持っているのかファルデウスは実は把握出来ていなかったりする。ジェスターが地味に優位に動けているのはこのためである。しかも本人はそのことに気付いていなかったり。
一致団結するための明確な敵。
バーサーカーが死んだ理由。以前ティーネがランサーと話していたが、全員を一致団結させるのが最善の方法である。バーサーカーも“上”の存在をキャスターから聞かされて同様のことを考えていた。
城平京作の「ヴァンパイア十字界」というマンガに強く影響されている。機会があれば
是非読んでもらいたい。
チェスではなく将棋。
将棋棋士・升田幸三の「チェスは取った駒を殺すが、将棋は人材を有効に活用する合理的なゲーム」という趣旨の言葉を参考にしている。
ちなみに実は麻雀という案もあった。
椿「――リーチ、です」
キャスター「ロン。国士無双」
ティーネ「ロン。大三元」
ライダー「ロン。小四喜」
椿「ライダーまで!?」
……なんてことを夢想してましたが、当然なしに。