Fate/strange fake Prototype -Another Player- 作:縦一乙
中央作戦司令室の占拠はさほど時間がかかることもなく、容易く迅速に成し遂げられた。
敵本部といっても過言でない場所であるが、残念ながら戦力に違いがありすぎる。
レギヲンの主戦力は前線である第四層に引きつけられ、後方の守りはないに等しい。バリケードの構築もなく、敵兵装はせいぜいが携行用対戦車榴弾(RPG-7)くらい。それに対してこちらには《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の数だけ宝具があり、そして並の攻撃は跳ね返す《王の服(インビジブル・ガウン)》とアーチャーの猛攻にも耐えた《我が人生は金貨と共に有り(アレクサンドル)》を持つキャスターがいた。司令室のある第七層に密かに辿り着かれた段階で、既に彼等は詰んでいたのである。
「被害は?」
「《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》全員に目立った被害はありません。しかし壁抜きに爆薬は全て消費、弾薬もここまで来るのに使いすぎました。宝具の魔力も尽き欠けていますし、兵にも休息は必要かと具申します」
「助けられた身でそれらについて文句は言えんよ。警戒は密に。わずかだが休める者は食事をとってなるべく休ませろ。ただしすぐに動けるようにだけはしておけ」
恥じるような部下の報告に署長は制圧したばかりの司令室へと足を踏み入れる。
もの言わぬ骸が七。その内六人までが銃かナイフを握り締めたまま壮絶な最期を迎えていた。
レギヲンのメンバーはクレバーな戦闘狂ばかり集められていたと聞く。中にはデルタやシールズといった特殊部隊から引き抜かれた者も数多く、この場でオペレーターを務めていた者もその例に漏れていなかった。
宝具で守られている以上、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を撃退するには接近戦しか道はない。そこに勝機を見いだせば躊躇いなく死地へと飛び込む連中だ。魔道を囓っていても彼等の行動に恐怖したのも無理からぬこと。オーバーキル同然に叩き込まれた銃弾がそれを証明している。
そして唯一武器を持たずに死んでいった口髭の似合わぬ男も、ただで死ぬようなことはしていなかった。殺される寸前まで彼はシステムに細工を施し続け、ある意味ではこの口髭男が最も《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を苦しめていた。
「どうだ、何とかなりそうか?」
「無理ですね……システムの初期化こそ食い止められましたが、制御権限をスノーホワイトに委譲されています」
床に倒れた死体をそのままに、未だ血糊がこびり付いたままのコンソールを操りながら部下は署長に首を振る。
この司令室をスノーホワイトより先に制圧したのはここから基地全体を操作できるからである。上手くいけば隔壁を解放し、電子欺瞞(ジャミング)も解除することができる。基地内カメラから全体を把握することも容易となる。
筈だった。
「キャスター、スノーホワイトはどうだ?」
「ん、ん~……やっぱこっちもダメだな。ここからスノーホワイトへのアクセスそのものができてないみたいだ」
キャスターが打ち込んだパスワードは認識されているが、スノーホワイトからは何の反応も返ってこない。ネットワーク管理画面を呼び出し接続状態を確認すれば、スノーホワイトと繋がっている筈の専用ケーブルの断線が確認できる。
「迂回はできるか?」
「メインとサブ、共に断線しているので無理だな。交換するより他はない」
「やっかいだな。事実上何もできんということか」
スノーホワイトに制御権限が委譲されたということは、この司令室で何かをコントロールすることはできないということだ。権限の優先処理設定から取り返すことは可能だが、それには専用ケーブルでのアクセスが前提となる。悠長に交換する時間はなく、それ以前に予備の専用ケーブルがそもそもあるのかすら分からない。
「電子欺瞞(ジャミング)装置を壊しちまえばいいんじゃねえの?」
「あいにくと電子欺瞞(ジャミング)装置はスノーホワイトの傍にある。後々のこともあるし、スノーホワイトを確保した方が手っ取り早い」
唯一の救いは、有線接続されている基地内のカメラはリアルタイムで把握できることくらいか。署長が仕掛けた先日のスノーホワイトによる通信欺瞞対策をしたのか、スタンドアロンのシステムとして切り替えられている。
こちらとしては好都合である。
「キャスター、お前はこれからどうする? 予定通りスノーホワイトを確保しに行くか?」
「それしかないだろうさ。それに、少々ジェスターの奴には文句を言わねばならないようだ」
基地内をモニターしたことで各所の戦闘状況が明らかになった。
第四層でレギヲンとヘタイロイが鬩ぎ合い、メインシャフトから基地外縁施設へと侵入した重装甲パワードスーツ部隊がライダーと交戦中。あのジェスターだと聞かされた金髪赤眼の少女が予想よりも遅いながらもスノーホワイトに辿り着き、周辺の敵を掃討している。
そして第八層。
そこで先程署長と同じく開放されたアサシンとティーネが、ランサーと対峙していた。
「ジェスターの奴、わざとランサーの存在を教えていなかったんだろうぜ」
「ランサーがわざわざ敵対するとも思えん。これは銀狼を人質に取られたか、令呪をファルデウスに奪われたか。あるいはその両方か」
何か裏があると睨み、スノーホワイトを後回しにして司令室を先に抑えたのは正解だった。ジェスターがこちらと同行せずに一人動いていたのはランサーをぶつける腹積もりだったからに違いない。
「銀狼の令呪は確か残り一画だった筈だ。銀狼さえ保護できれば交渉材料になるかもしれねえぜ?」
「その可能性は高いな」
キャスターの案に署長も同意する。
銀狼の令呪を奪ったとしてもランサーが素直にそれに同意するとも思えない。無理強いするなら令呪を使う必要もあるが、一画だけではそれも無理だ。だからランサーがファルデウスの思惑通りに動くことはない。
その証拠に、この危機的状況にあってランサーは後詰めにしては意味のない場所で待ち構えている。
ランサーがいる第八層は“偽りの聖杯”が眠る第九層への緩衝のための層。神殿めいた巨大な柱が立ち並ぶ広大なだけの空間がそこにある。
ここまで侵入されれば重要施設である司令室やスノーホワイトが制圧されてしまう可能性が高い。事実、司令室は制圧され、スノーホワイトは制御こそ奪われていないもののジェスターによってスタッフは排除されつつある。
ランサーには交渉の余地がある。戦闘に発展しなければ時間稼ぎくらい付き合ってくれるかもしれない。
「ふむ。ならばここは隊を四班に分けるか」
「おや、俺はてっきりここは放棄すると思ってたんだがな」
署長の考えにキャスターは意外そうな顔をした。署長が戦力を四分するのはやるべき事が四種類あるからだ。
第一班はスノーホワイトの制圧。
第二班は銀狼の探索、そして保護。
第三班はこの司令室を堅持。
第四班は司令室から各所へ有線通信網を構築。
妥当な目標設定であるとは思うが、あいにくとそれを実践するには戦力が足りない。
この場にいる戦力はキャスターと署長を除いて二八名。これを仮に四等分すれば一班七名となる。戦力の分散は部隊の危険度を上げることに繋がる。当初の優先順位を考えるなら、この何もできぬ司令室は放棄して第三、第四班をなくすべきだ。
「優先すべきはスノーホワイトだろう。俺としてはいっそのことこの場の全員で制圧に向かうべきだとすら思うぜ」
「装備が万全ならそれも考えるが、魔力も弾薬も心許ない。やはりあの強行突破で無理をしすぎたな」
署長とキャスター達がこの場に短時間で来ることができたのは、ジェスターからの情報で手薄となっている場所が分かったからだ。そこをティーネとアサシン、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の宝具によって無理矢理突破して来たのである。
こうした強行突破はアサシンと署長の救出前にも何度も行われている。基地内を時折揺るがす衝撃はそうした《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の宝具全力使用によるものだ。そう何度もできるものではないが、その対処に応じる戦力から敵規模も推測できるし、何より味方の健在を確認できるので士気が上がる。
「幸いカメラは生きている。ここから連絡が取れれば援護にもなるし、市民の脱出もよりスムーズになる」
これ以上の攻勢に出るには現状でも戦力不足。だからこそサポートに回るべきだと署長は言う。しかしそうすると、先ほどの班分けでウェイトが大きくなるのはむしろ第三、第四班となる。
「……もしかして、さっきの質問は今後の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》ではなく、俺がどうするのかを聞いていたのか?」
「言ったろ。『お前は』どうするのかって」
署長の案だと、スノーホワイトの制圧人数はキャスター一人だけとなる。
やはり救出するべきではなかったと、キャスターは半ば本気でそう思う。
スノーホワイトには既にジェスターが敵を蹴散らしているし、キャスターには防御専用宝具がある。人員配置を考えれば途中レギヲンに襲われる心配は少なく、ただ辿り着くだけなら問題はない。心配なのはキャスターがスノーホワイトへかかりっきりになる瞬間にジェスターが何をするか、だ。
キャスターが全員でスノーホワイト制圧へ向かうのを提案した理由のひとつがジェスターに対抗するための保険である。
いっそのことスノーホワイトを諦めるべきだとすら思うが、署長が敢えてそれをしなかったのは、ジェスターの牽制は必要だと判断したからだ。
つまり、キャスター一人でジェスターを抑えろということらしい。
「今ライダーと戦っている重装甲パワードスーツ部隊はヴァルキリー構想とかいう時間経過と共に成長する戦域支配システムだ。スノーホワイトを操れるお前でないとあれは止められん」
「お前も少しできるだろうが!」
「この慣れない腕で細かな操作はできん」
署長に取り付けられた人形の右腕は確かに良い仕事をしている逸品ではあるが、負傷から時間が経っていることもあって神経接続が不完全である。銃に手を添える程度はできるが、その程度の戦力でしかない。
「せめて護衛をつけくれ」
「ジェスター相手に護衛など何人いても無駄だ。諦めろ」
ついに泣きついてきたキャスターににべもなく署長は無情にも首を振る。
「それに我々の目的は“偽りの聖杯”そのものだ。そのためには邪魔が入らぬよう全サーヴァントと令呪を持つマスターを探索するのが優先だろう」
作戦の立案にこそ携わっていないが、計画を遂行する現場指揮官として署長の判断は正しいといえた。
ティーネと別れる際に署長は《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の指揮権を受け取り、同時に各作戦プランを簡単ながら説明を受けている。基準となるのは“偽りの聖杯”に対する処理方法とその過程における犠牲の多寡。犠牲を最小限に抑えるためのミッションフェイルドのタイミングは署長に一任されている。
状況は《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の介入により優勢となりつつある。そして“偽りの聖杯”へ至る第九層が充填剤を注入し完全に封鎖されたことによって突破は想定通り不可能となった。
通常戦力によって穏便に“偽りの聖杯”を確保するプランAは破棄。“偽りの聖杯”に強固な封印を施すプランBへと移行する。
当初遂行していたプランAで邪魔となるスノーホワイトも、第九層封鎖によって手出しができなくなるのならその意味では脅威とはなり得なくなった。その代わりに、危険度が増しているのはこちらに協力的でないマスターとサーヴァントである。
それを睨んだ上で署長がティーネに任されたのは司令室の占拠、そして危険人物の所在確認、そして排除である。
「ファルデウス。我々はまだ奴の姿を確認すらできていない……!」
この司令室を襲撃した時には、既にファルデウスの姿はなかった。指揮を執っていたのは口髭の男で、周囲の痕跡からはかなり前からここにはいなかったようである。
ここでファルデウスが無目的に動くとも考えられない。
署長が最も力を入れなければならないのは、ファルデウスの確認だ。そのためにはこの司令室は確保し続けなければならない。有線で各員と連絡つけるのも戦況を有利に運ぶというより眼の数を増やし発見を容易にさせるためである。
ここでランサーを視認できたことは僥倖ともいえた。やや“偽りの聖杯”に近いことがネックだが、ここでならランサーの動きは逐一確認できるし、何かあったとしてもアサシンとティーネがすぐに対処することができる。
「すぐに隊伍を編制する。キャスター、魔力は十分にあるな?」
「待て、話を進めようとするな。俺は行かねえぞ」
「よし、問題ないようだな。ルートを確認させるから二分待て。」
「聞けよおい」
――などと今後の戦況における意見交換を行っている署長のキャスターの間に、一つの報告が飛び込んでくる。
「マスター、状況に動きがありました!」
「どうした?」
問う署長に対し、戦況監視を続けていた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は緊張した面持ちでただ事実だけを告げる。
「ジェスターが電子欺瞞(ジャミング)装置を破壊しました! ジェスター発、ランサー宛の通信を確認、現在暗号解読中です!」
「ジェスターからランサーへ?」
訝しむキャスターであるが、しかし署長はジェスターの真の狙いを理解する。
ジェスターはアサシンを慮りながらも、その現状には満足していない。ジェスターはアサシンのためなら世界さえも犠牲にする。
ジェスターの狙いは、アサシンに最後の試練を与えることだ。
「ランサーはどうしたっ!?」
脳裏に巡る最悪の予想を裏付けるかのように最悪の報告は行われる。
「ランサー、アサシンと戦闘を開始しました……!」
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同じファルデウス陣営に組みしているランサーとジェスターは立場的に味方ではあるが、ただそれだけの関係でしかなかった。
その思惑と立場の違いからファルデウスも含め、三者に仲間意識があるわけもない。せいぜい、敵ではないという程度。ランサーに交流の意志はなく、ファルデウスも両者の仲を取り持つ真似をするわけもない。そのまま没交渉が続けば互いに死ぬまで会わぬ可能性もあった。
故に、交流があったのはジェスターの意志だった。
「随分と浮かぬ顔をしているではないか、ランサー」
「そういうあなたは随分と楽しそうですね、ジェスター」
初対面ながら自己紹介はなかった。
マスターをすげ替えられた間抜けなサーヴァントと、マスター権を早々に放棄した酔狂なマスター。同じ基地内にいれば意識せずとも情報は耳に入ってくる。
それにジェスターはランサーがこの通路を通ることは調べていた。でなければこんな広い基地で偶然出逢うなどあり得ない。通路の壁に寄りかかり待ち構えているのだ、隠すつもりもないようだった。
「……僕に何か用ですか?」
無視してこの場を立ち去りたい気持ちを殺してランサーはニタニタと笑うジェスターに言葉をぶつける。ジェスターの思惑に乗るのは癪だが、ここは乗るしかなかった。乗らざるを得ない状況にされていた。
「クハハッ! いやなに、私も似たような立場であるからな。君と銀狼の話を聞いていても立ってもいられなくて駆けつけたところだ」
「あなたと同類だと? 冗談も休み休み言ってください」
「いやいや、相手に死んで欲しくないという点では同じではないかね?」
その言葉を本気で言っているのだから、呆れるより他はなかった。
ジェスターがアサシンにしていることは周囲に無関心なランサーとて聞き及んでいる。殺さぬように傷つけることと、死なぬように癒やすのでは、悪魔と天使ほど違う。
「それでランサー、君の大事な大事な“元”マスターは、まだ生きているのかな?」
土足で人の領域を踏みにじるジェスターは心から愉しそうに聞いてくる。
そう、銀狼は死にかけていた。
ただでさえ短い合成獣の寿命を更に犠牲にして産まれてきた銀狼だ。ランサー召喚前に受けた銃弾や夢の中での戦闘によって肉体や魔術回路に小さくない罅が刻まれている。時間経過と共にその罅は大きく、そして決定的なものへとなっていた。
もはや銀狼は戦うどころか生きることさえ難しい。皮肉なことにファルデウスが令呪を奪わなければ、ランサーへの魔力供給で死んでいてもおかしくはない状況ですらあった。今は夢の中で微睡むことが精一杯な状態である。
ファルデウスに対しランサーが面と向かって反抗しない理由も、そこにあった。
「私も死徒という身の上だ。そういう研究は散々してきたからな。聞きかじっただけでも大方の予想は着く。テロメア領域の最低ループ分は使い切ったと聞くが、本当かね?」
「……それをあなたに言ったところで問題解決に繋がるとは思えませんね」
溺れる者は藁をも掴むと言うが、ランサーはそんな真似はしなかった。
ある意味で数百年の時を生きるジェスターはその筋の専門家ではあるが、それを踏まえても銀狼を助ける手段などあるとは思えない。銀狼の症状は怪我や病気ではなく、寿命なのだ。これを根本的に解決するには、それこそ聖杯が必要となってくる。
「ほう、その様子だと私の推測も当たりのようだな。となれば、細胞死の促進による新生細胞を活性化するような回復手段は逆効果か。ここの施設では崩壊を止めるのが精一杯……ヘイフリック限界でも操作して冬眠状態にでも保つのが限界だな」
ランサーの答えを聞くまでもなく、勝手に結論を出し納得するジェスター。自らが通ってきた道だけあって、その推測は気持ち悪いくらいに正解だった。
微かな希望を臭わせる台詞ではあるが、その程度で期待することなどできよう筈もない。
「おっと。期待されても困るので予め言っておくが、いくら私でも末期状態にあってはどうにもできんよ。吸血鬼らしい手段をとっても、無駄だろう」
「私はあなたに何も期待していませんよ」
最後のは冗談だと笑うジェスターにランサーは我知らず苛立っていることに気付いた。さすがに創生槍を取り出す真似はしていなかったが、ここでジェスターが仕掛ければ殺さずにいられる自信はなかった。
「……クハハッ、ようやくマシな顔になったではないか。さっきまでの白けた顔よりずっと良い。人形相手に喋っているつもりはないからなぁ」
表情を変えたつもりはなかったが、ジェスターの眼からは明かな変化であったらしかった。泥人形から人間に近付いていったランサーだ。その振り幅で彼の強さは大きく変わってくる。
ランサーを苛立たせることで人へと近付かせ力を削ぐ算段か。しかしジェスターがそんなことをする意味が分からない。
「貴様の逸話はよく知っている。なかなか皮肉の効いた展開ではないか。朋友を残して先に逝った貴様が、今まさに残されようとしている。アーチャーがもういないことが悔やまれてならんな」
「……話は、それだけですか?」
「それだけ、と言うと嘘になるな。確認がしたかったのだよ。果たして、貴様はどうしてここにいる?」
ジェスターの言葉は、確かにランサーの身を貫いた。
マスターの危機に令呪で呼ばれるまで気付くこともできず、切り札を使いながらライダーを消滅し損ね、無様にもその後も敵の罠にかかり封印され、敵を出し抜いたと思いながらその実手のひらで踊らされていただけ。あまつさえ、朋友と同じ戦場で散ることもできず臆面もなく生き残り、最後の寄る辺すら失おうとする今、英霊としての本分を果たす意志も放棄して文字通りの奴隷(サーヴァント)に身を窶している。
これのどこが英霊なのかと。
これのどこが英雄王と肩を並べる存在なのかと。
なんと無様。滑稽なことこの上ない。
「……何を僕にさせたいのです?」
「クハハハッ。その殺気、その怒気。実に結構ではないか。去勢された畜生だったらどうしようかと心配していたぞ」
売り手と買い手があってこその商売だが、ジェスターはランサーの考えなど介することなく、愉しそうに虚空に未来を幻視する。ランサーの返事など必要ない。モノを与えれば、ランサーが何を考えようと無視することなどできないのだから。
「代価は戴く。その代わりランサー、貴様に英雄としての場を与えてやろう」
――そんなことを思い出しながら、ランサーは創生槍を構え駆けだしていた。
「このタイミング……ッ! ジェスターの話を聞いてはなりません、ランサー!」
突然の攻勢に一瞬でファルデウスではなくジェスターの仕業と判断したのはさすがだが、そんな説得をするくらいなら距離をとる方が賢明だろう。
数十メートルの距離をランサーは一瞬で詰める。尚も説得を続けようとするティーネ・チェルクには申しわけなかったが、ランサーはここで止まるつもりは微塵もなかった。
ファルデウスの味方をするつもりはない。かといって敵対するわけにもいかない。妥協の産物としての役立たずの後詰めを選択し、結果、愚かにも説得を試みるティーネとアサシンをこの場に留めてしまった。
ファルデウスが指示に従わぬランサーに何も言わなかったのはこうなることを見越していたからかと邪推する。今ランサーは、確かにファルデウスに利する行為を取っている。戦わずとも敵主力となりうる二人を足止めする行為は立派な戦果となる。
だがその選択肢すらも、ジェスターからの一報が全て奪った。
送られてきたのは一通のメール。ただし、その添付ファイルにある画像はランサーを動かすには十分な理由となった。
画像に映し出されているのは檻の中でぐったりとした姿の銀狼。一見するとペットの犬を鎖に繋ぐ、家庭でも珍しくもない光景だが、銀狼の様子をよく知るランサーはこの状況を看過できない。
銀狼から、生命維持装置が外されていた。
呼吸一つですら今の銀狼は死に直結する。一刻も早い処置が必要となる。それだけにメールの指示を無視するわけにはいかなかった。
戦闘は、止められない。
「下がりなさい、ティーネ・チェルク!」
ランサーの創生槍を受け止めたのは、アサシン。魔力を秘めた現代風の大振りナイフ二本を交叉させてランサー渾身の一撃を受け止めた。それだけでナイフに罅が入るが、突風めいたランサーの動きは完全に止まってしまう。
「手加減はできません、ランサーッ!」
説得を試みたわりに攻撃の機をティーネが逃すことはなかった。
ティーネの叫びと同時にランサーの全身が燃え上がる。衝撃を逃し斬撃を殺す《天の創造(ガイア・オブ・アルル)》であるが、こうした純粋属性による攻撃は程度の差こそあれ低減させるだけで無効化はできない。ランクB相当の宝具であっても耐えられる自信はあったが、ティーネの一撃はそれ以上の威力を持つ。
惜しむらくは、ランサーがその程度で怯む相手ではなかったことか。
鋼鉄をも蒸発させる焔に舐められながらもランサーは構わず創生槍を繰り出し再度の前進を開始する。長柄の武器にあって間合いを詰めるのは自殺行為だが、近付くことでアサシンは後退せざるを得なくなる。ティーネの火炎に巻き込まれればランサーはともかくアサシンはただで済まない。
ランサーをアサシンが抑えることができたのはほんの数瞬。その間にティーネは大きく後退し、安全圏への退避を確認したアサシンも限界に近付いたナイフを投擲しながら大きく後退する。
否、それだけでは済まない。
全身が黒焦げになって尚燃えながら、その頭部をナイフで貫かれ視界を閉ざされながら、ランサーは神速と呼ぶに相応しい渾身の一撃を無防備になったアサシンへと繰り出していた。
創生槍に込められた魔力は過去最大。形状の定まらぬ創生槍は魔力の多寡によって威力も異なる。宝具開帳による《天命渦巻く混沌の海(ムアリダート・ギムリシュン)》に及ぶべきもないが、直撃すれば跡形も残らぬし、穂先を掠っただけでも命の保証はできない。
まさしく必殺の一撃を前にアサシンは、
【……幻想御手……】
【……伝想逆鎖……】
その一撃を逆に利用して見せた。
第八層は広大で何もない。直径数メートルの柱が乱立しているだけで、中心部から外殻まで一キロ以上ある。だというのに、中心部にいた筈のランサーの体は冗談のようなスピードで馬鹿みたいに外殻の中に埋もれることになった。
途中にあった柱は緩衝材にはなり得なかった。あまりにランサーが高速過ぎて運動エネルギーを柱に拡散させる前に貫通してしまう。音速超過の衝撃波が強靭無比な外殻を抉り、衝撃波に吹き飛ばされた床の一部が火を吹いた。
何があった、などとは思わない。
これでは話が違っている、とは思った。
「切り替えが早過ぎる……それでいて応用力もあるじゃないですか……」
冷静に状況を分析してみるも、さすがのランサーも原型も留められぬ状態ですぐに起き上がることはできなかった。
事前情報としてアサシンは経験不足から状況判断が遅い、とランサーは聞き及んでいた。
そのためにランサーはわざと定石を外した前進をおこなったのだ。アサシンが判断に迷い生じた隙を突くつもりであった。
そんなランサーの予想をあっさりと裏切り、アサシンは迷うことなく槍に対して悪手である後退を選択、耐久限界を迎えた武器を見切り、ランサーの視界を奪おうともしている。後退することで槍に最適な間合いとなり、武器がなくなることで防ぐ手立てすらなくしている。
一見するとこれらはランサーとの実力差を計り間違えたアサシンの苦し紛れの手にも見えるが、全て計算の上での行動であった。アサシンの目的はランサーに最高の一撃を放たせ、宝具によるカウンターで仕留めること。
しかもこれは増幅と反射による宝具の重複起動か。ランサーの攻撃はその威力を数倍に膨れ上がらせた上でベクトルを一八〇度返され、山をも穿つ破壊力をここに示した。単なる衝撃であれば流し殺すことも可能だが、瀑布の如き流れはランサーの体内へ留まり続ける。アサシンによって誘導された破壊力はそのまま圧縮され、ランサーの体躯を《天の創造(ガイア・オブ・アルル)》ごと消し飛ばそうとしていた。
ランサーが知るよしもなかったが、アサシンに関する情報は少々古い。アーチャーへの奇襲から見切りの遅さを自覚させ、椿を庇った超距離射撃から秒速一五〇〇メートルの弾丸の精密カウンターを経験し、ジェスターによる一方的な蹂躙で宝具の応用を知ったアサシンはその天才的な才覚をもって急成長を果たしていた。
もっとも、この程度のことでランサーが動揺することはない。ランサーが戦ったライダーだって、急成長どころか進化の域に達していたのだ。驚嘆すべきことかもしれないが、ただそれだけのこと。
「……なるほど、“代価”にしては安すぎると思いましたが、これは意外に適正価格だったのかもしれませんね」
手加減というのは性に合わなかったところだ。
これぐらいの強さの方が、ランサーには丁度良い。
銀狼を人質に取るような真似はしていたが、そのことに触れることなくジェスターがランサーに要求したのはかつて約束した“代価”だった。内容は、アサシンを痛めつけ窮地に陥らせること。
アサシンのこの強さなら手加減することもなく、そして本気を出す必要もない。
実に全身の半分を今の一撃で吹き飛ばされながら、それでも尚ランサーは微笑み、疾駆して目前に迫ろうとするアサシンを出迎えた。
宝具の重複起動など初めてだろう。相手の攻撃を利用するとはいえ、そのための魔力が必要ない筈がない。コンマ一秒の狂いも許さぬタイミングに気力体力の消耗も激しくないわけがない。
そんな状態にあって両の手に先と同じようなナイフを持ち、呵責ない追撃をアサシンは行おうとする。その様は獲物を捕らえようとする大鷲を彷彿とさせた。
これで仕留めたと過信することなく機を逃さなかったことにランサーは高評価だ。
「だから君に敬意を表して、忠告しよう」
舐めていたことを詫びるべく、ランサーは外殻にめり込み動けぬままに上から目線でアサシンに告げた。
「この程度で、僕を倒せると本気で思ったのかい?」
瞬く間に距離を詰め、先とは真逆の状況でアサシンのナイフがランサーへと迫るが、その切っ先がランサーを貫くことはなかった。
逆に貫かれたのは、アサシンの方。
「――……ッ?」
全身を貫かれ動けぬ事実にアサシンは受けいることができずに意外そうな顔をする。吐血しながら自らを貫いた正体を探るべく周囲を見渡せば、そこには撒き散らされたランサーの身体――否、宝具《天の創造(ガイア・オブ・アルル)》の一部から細長く鋭い針が伸び出ていた。
思い出して欲しい。彼は人間に近くとも人間ではない。神の宝具であり、泥から産まれた人形だ。その器は泥であり、形は定まっておらず、全体と部分の区別すらそこにはない。
アサシンが狙ったランサーは、単純に最も大きい塊というだけだ。周囲にグラム単位で撒き散らされた小さな欠片を、彼女はランサーとして認識していなかった。そこに意志があり、自由に動くことができるなどと想像だにしていなかった。
全身を四〇以上も貫かれながら、アサシンはまだ生きている。単純に一つ一つの威力が低いことも理由だが、何よりランサーはあえて重要器官を外していた。
「僕を倒そうと思うなら、塵一つだって残してはダメですよ」
事実上アサシン最大の攻撃手段が直撃しながら、ランサーのダメージは全体の三割にも届いていない。
よく健闘したと、ランサーはアサシンを讃えた。ランサーの奥の手を出させたのだ。その事実だけでも大したもの。いかに成長しようとも彼我の戦力差は、恐竜と蟻よりも大きいのだから。
だから、ランサーはアサシンを侮る。
たった今、その蟻に奥の手を出させた事実を忘れ去る。全てはアサシンの計算尽くの行動であったと分析しながら、それ以上を考えない。自らをこれ以上傷つける方法をアサシンにはないと慢心してしまった。
アサシンの手から、ナイフが落ちる。ナイフの代わりに、針となって全身を貫く《天の創造(ガイア・オブ・アルル)》を掴み取る。
そして、その口角が上がったのをランサーははっきりと見た。
後悔してももう遅い。このアサシンは、忠告という贈り物をありがたく受け取り、平然と実行してみせる。
【……瞑想金色……】
唱えた奇跡の名は、アサシン自身すらも知らぬもの。
歴代のハサンが極めた業に、そんな名のものはない。
使うのも初めてなら、その効果も遠目に見ただけ。
それでも、音に伝え聞く業よりもよほど再現は簡単だった。
アサシンのその手が、黄金の輝きを解き放つ。
否、その輝きは黄金そのもの。
「《黄金呪詛(ミダス・タッチ)》――!」
ランサーの解答にアサシンは正解とばかりにその手の魔力を解放、この世で最も忌むべき黄金がランサーの《天の創造(ガイア・オブ・アルル)》の浸食を開始する。その侵攻はゆっくりと、だが確実にランサーへと迫りゆく。
「何故君がそれを扱える!?」
これは、宝具でも奇跡の業でもない、神の呪い。
一介の暗殺者如きが扱って良いものではない。
あまりに非現実的な光景を突きつけられ、ランサーはアサシンに問わずにはいられない。
「私の本質は、どうやら模倣にあると気付いた。ただそれだけのことです」
何とでもないように、アサシンは神に迫る己の才覚を告げてみせた。
考えてみれば、彼女の素養は明かであった。奇跡を生み出せぬと言われながら、彼女は過去に存在した十八の秘技を『伝聞のみ』で修得するという奇跡を完成させている。その才のどこが奇跡でないというのか。
それが猿真似であることは認めねばなるまい。見た目ばかりで極意を解さぬ以上、その業は張り子の虎。しかし『真似る』とは『学ぶ』ことでもある。このままいけば、その極意を得るのも時間の問題だった。
暗殺教団が最も恐れたことは、そんな彼女が異教の秘技を得てしまうことだった。異教の奥深くに眠る秘技は経典の教えに勝る真理を保有している。教団が彼女を外に出さずにいた理由は、異教を解する可能性を恐れたのである。
なんてことはない。暗殺教団が真に疑っていたのは狂信者である彼女の信仰心そのものだったというオチ。
それが分かっていたから、ジェスターはアサシンにランサーをぶつけたのだ。ランサーの《天の創造(ガイア・オブ・アルル)》を攻略できる可能性がある業は、この聖杯戦争では《黄金呪詛(ミダス・タッチ)》のみ。
直に目にしているのだ。真似るだけならアサシンの能力なら容易いこと。後はアサシンの覚悟次第となる。己が才覚を自覚した今、異教の真理はアサシンの意志とは関係なくその信仰心を蝕むことになる。異教の業、それも神性の呪いを扱うということは、アサシンにとって毒杯を呷るに等しい。
かくして、ジェスターの目論見通り、アサシンは黄金の呪いをもってランサーを追い込んでいく。今更ながら、ランサーはジェスターの求める“代価”がぼったくりである事実に気がついた。
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第八層。
都市の地下にある雨水を溜める空間をイメージしてください。
アサシンのナイフ。
どこで手に入れた!?と後で読み返して気付く。しかしナイフくらいならどっかで手に入られるだろうということで敢えて修正せずにいた。たぶん助けたクラン・カラティンから貰ったのだろう。一体何本貰ったのかは定かでないが。
慢心。
意図していたわけではないが、ランサーの標準装備となりつつある。
模倣。
アサシンの本質。教団が彼女を拘束していた理由。上手く伏線を回収できたと思ったのだが、いかがだろうか?