Fate/strange fake Prototype -Another Player-   作:縦一乙

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 たった一層しか違わないというのに、第八層の激闘は第九層には何の振動も伝わっていなかった。

 単純に間にある岩盤が厚く、周囲に繋がるルートが悉く完全封鎖されているのも理由のひとつだが、それ以上に異常なまでに執念深く張られた結界がそうした外界から隔絶させていることが大きい。

 第九層、“偽りの聖杯”が祀られているこの祭壇は、薄暗い闇の中で完全に閉じていた。

 第八層同様に広大な空間の中央に巨大な“偽りの聖杯”は座している。その神体を《方舟断片(ノア)》よりも尚強力な封印結界宝具《方舟(オリジナル・ノア)》が球状に光を逃さぬ極黒で覆っていた。

 目に見える安全装置が一つだけとはなんとも頼りないかもしれないが、この基地そのものが物理的にも魔術的にも強固な結界の役割を果たしているのは明らか。その上スノーフィールドの霊脈そのものも“偽りの聖杯”を封じるよう人為的に流れを変えられている。

 これほど大規模な封印は、世界中のどこを探しても見当たるまい。それだけの処置を執られながらも、これでもけっして過剰とは言い難い。

 この封印が人為的に弱められたことでこの“偽りの聖杯戦争”は開始されたのだ。現行の封印を八割にまで弱めたわずか数秒で、世界は自らの危機を感じ取った。すぐさま封印を元に戻したことで何事もなかったかのように装ったが、世界はこれだけの封印であっても無視できぬことと判断したのだ。

 六騎のサーヴァントの本来の目的はこの“偽りの聖杯”をどうにかすることにある。最善は完全破壊、次善は弱体化、次々善は封印の強化。

 だがそうした本来の目的を偽ることがこの“偽りの聖杯戦争”の妙。六騎全てがそのことに気付き、力を合わせぬ限り“偽りの聖杯”を破壊することは叶わない。一騎でも失えばそれを補う力がない限り、最善や次善を捨てなければならなくなる。

 だから、第九層に突如として実体化したサーヴァントは、次々善の封印強化を目的として送り込まれていた。

 本来であれば、あり得ぬこと。

 正規に召喚された六騎のサーヴァントは全て《イブン=ガズイの粉末》を受け霊体化はできない。だからこそ物理的な封鎖は有効であり、ファルデウスがそう指示したのも頷ける。そうした想定があったからこそ、彼は今まで温存されていたのだ。

 黒い霧を纏って顕現したのは、金髪赤眼のサーヴァント。

 その姿、その形、かの英雄王ギルガメッシュに他ならない。

 だが残念かな、この姿の英雄王は、すでにない。このサーヴァントは英雄王に似ているだけで、中身はまるで違っていた。真鍮を黄金と偽るには土台無理だということだ。

 このサーヴァントはかつてキャスターが南部砂漠地帯でアーチャーと対峙した際に用いた偽者である。

 だがサーヴァントは偽者であっても、その宝具は本物以上に本物だった。

 背後の空間で、目に視えぬ“扉”が開く。

 背後に浮かぶ数十にも及ぶ武具の数々は、確かに英雄王の所有物。

 キャスターが奪ったバビロンの鍵は、この偽者が持っていた。

「さて、では始めようか――」

 一つ小さく呟いて、黄金改め真鍮のサーヴァントは、その宝具の的に“偽りの聖杯”を定めた。

 全てはキャスターの策。

 本物でない以上、その齟齬にかかる軋轢は偽者への負担となる。予め注ぎ込まれた魔力では現界もままならず、一度だって戦闘をすることは危うい。かといって《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》を扱えるのはアーチャーの記憶を持つ偽者のみ。他に選択肢はなかったのである。

 故にキャスターの策は“偽りの聖杯”が安全に確保できなくなった時点で可能な限り不確定要素を排除、もしくは“偽りの聖杯”から遠ざけ、この偽者をこの場へと招く道を作ることにあった。

 まずは試しに一つだけ、ランクの低い宝具を偽者は射出する。自動迎撃システムの類がないかを確認するためである。念入りな様子見ではあるが、宝具はあっさりと“偽りの聖杯”へと辿り着き、そして予定通りにそのまま静止する。

 これが、封印の強化の方法である。

 “偽りの聖杯”を封印する《方舟(オリジナル・ノア)》は触れたものの時間を停止させる静止機能を持つ。偽者が投射した宝具はその切っ先が表面に触れた瞬間に時間が止まり、さながら選定の剣の如く誰も抜くことの適わぬ飾りと化した。

 この宝具が真価を発揮するのは、時間停止の機能が解除された瞬間である。

 つまり時間停止の最中であれば世界は危機に陥ることはなく、時間停止が解かれても《方舟(オリジナル・ノア)》表面で静止し留まっていた宝具が“偽りの聖杯”を串刺しにすることで始末する。

 キャスターの計算では“偽りの聖杯”を四〇〇本の宝具で串刺しすることで機能不全に陥れるだけの威力を出せる筈だった。

 残り三九九本――だが念には念を入れ、その倍の数の宝具を《方舟(オリジナル・ノア)》表面に貼り付けておきたい。作業は単調であり、邪魔が入らぬよう露払いもされている。脱出は考えないので、消滅するその瞬間まで宝具を射出し続けるつもりだった。

 注意すべきは宝具同士がぶつかり邪魔し合うことだ。そのため狙いは慎重に定める必要があった。

 球状に展開されている《方舟(オリジナル・ノア)》を上下に別ち、縦に十字に切り取って八区画に分ける。単純計算で一区画当たり一〇〇本。本物と違い偽物が一度に放てる宝具は多くとも一〇程度。それも精度に難がある。これは気が遠くなる作業だと偽物は思い、目標へと集中する。

 だが、狙いが一区画に偏ったことで視野は狭まった。

 偽物でありながら、本物と同じミスをしていた。

 隙が、できる。

 銃声が響いた。

「……な、に?」

 宙で第二斉射に装填されていた宝具が消え去る。

 ダメージはある。だが消滅に至るほどではない。全身を駆け巡る衝撃に、集中を乱し暴発を恐れて蔵を閉じただけ。

 だがそれ以上の衝撃を、背後を振り返った偽者は感じ取ることとなった。

「何故……何故貴様がここにいる!?」

 第九層の封鎖は完璧に行われている。ここは完全な密室だ。秘密の通路などある筈もなく、エアダクトすらもない。霊体ですら結界に阻まれ、侵入も容易でない。だというのに、その男は確かな肉体を持って、ここに存在していた。

 どうやってここに辿り着いたのか、密室トリックにしては余りに陳腐な手法だろう。

 あろうことか、最初からこの場で待っていたのだ。

 勿論、侵入が不可能であれば脱出も不可能。救助は早くとも一月はかかり、水や食料も用意されている筈もない。この中で待っているのは無慈悲で確実な孤独死だけである。そこに勝敗を論じる意味があろう筈もない。

 だが、偽者が問うたのはそれだけではない。

 現場の最高司令官が、何故そんな役回りをしているのか理解ができない。

「答えろ、ファルデウス!」

 偽者の後方数メートルという近くに、最大排除対象となる者がいる。

 左足を前に出した基本に忠実なウィーバースタイルでファルデウスは偽者に狙いを付ける。間髪入れず、二発、三発、四発、五発、六発と、撃ち続け偽者へと叩き込む。しかも使用されているのはホローポイント弾と呼ばれる貫通力を落として通常よりダメージを増加させる弾頭だ。

 人間相手に使用するなら十分すぎる威力だろう。だが対サーヴァント仕様であったとしても、この程度の火力では不十分。

「ああ、やはりこの程度では殺せませんか」

 その場から動くことすらせず、余裕たっぷりにポケットから弾丸を取り出して回転式拳銃に弾を込めるファルデウス。火力が足りぬと理解しながらその行為を止めることはない。

 そんなあまりに無意味な光景を前に、偽者は隙だらけのファルデウスを殺すことはできなかった。

「貴様は一体、何がしたいのだ?」

「知れたこと。ここに現れるであろうサーヴァントを倒す為に決まっているではないですか」

 つまりあなたを倒すことですよと、さも当然のように答えるファルデウスは弾を込め終える。

 再度発射された弾丸を、偽者はわずかな動きだけで全て避けてみせた。威力ばかりで遅い弾など、不意打ちでもなければ役に立ちはしない。いかに偽者といえど、偽物がサーヴァントである事実に違いはない。

 またも全弾を撃ち尽くすファルデウス。ポケットの中を探ってみるが、取り出すことができたのはたったの一発だけだった。肩を竦めて弾を込めることすら諦め、ファルデウスは拳銃を放り投げた。

 これではどうやっても勝つことはできない。

 最初の不意打ちだけが、ファルデウスが唯一勝機を見いだせる機会だったのだ。それを逸した以上、如何に訓練を積もうと彼の実力だけで現状は打破できるとは到底思えなかった。

「射撃は苦手なんですよ。どちらかといえば、私はナイフが専門でして」

「ならばその腰のものを抜け。私を倒すのだろう?」

「遠慮しておきましょう。サーヴァント相手に接近戦など人間がやることではありません。けれどご安心を。あなたのお相手は、ちゃんと別に用意しています」

「その右手の令呪でも使うのか?」

「はは、あなたを相手にこんなもの必要ありません」

 笑って否定しながら、ファルデウスは傍らの操作盤にあるスイッチをオフからオンへと切り替える。そんなことで警戒することはない。配線からそれがただの電灯の電源スイッチであることは分かっていた。

 案の定、スイッチと同時に壁際一〇メートル頭上に人工の光が点る。それが第八層と繋がる貨物運搬用エレベーターの明かりだった。

 目を凝らす必要がある程距離は離れてはいない。相手を用意しているというファルデウスの言葉は嘘ではなかったが、それにしては様子がおかしかった。

 瞳の焦点は失っており、弛緩しきった唇からは虚ろな笑いと涎を垂れ流し、床にへたり込んだその身体はひくひくと痙攣していた。どう見てもサーヴァントを相手にすることなどできるとは思えない。それどころか放っておけばそう遠くない内に死にそうですらある。

「どういうつもりだ、などと言わないでください。ああ、しかし少々恥ずかしくもありますね。どの陣営も考えることは同じのようです」

「一体何を――ッ!?」

 ファルデウスの言わんとしていることに偽者は気付く。

 エレベーターにいる者の手にある、ただ一つ輝く令呪の存在に。

 そのトリックは、既にこの聖杯戦争でも扱われている。

 例えば、《忠実なる七発の悪魔(ザミエル)》。七発と銘打っているにも関わらず、その実鋳造された弾丸は全四〇発である。

 例えば、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》。二十八人とありながら、その構成人数は全体で一〇〇名を超えている。

 これは具体的な数字を挙げることで意図的に誤解を招くよう仕組まれた例だ。

 そうした思い込みを利用したトリックは、何もキャスター陣営だけがやっていたことではない。

 テレビゲームにもよくあるシステムだ。プレイヤーはゲーム開始時に操作するキャラクターをセレクトする。ゲームに登場するのはプレイヤーが選んだキャラクターで、選ばれなかったキャラクターが登場することはない。

 けれども、それはただの思い込みだ。選ばれなかったキャラクターが登場しない保証などどこにもない。プレイヤーが一人だけだという保証もどこにもないのだ。

「アインツベルンが投入した五つの令呪を持った東洋人。作戦呼称は“プレイヤー”もしくは“A氏”だそうです。私が知る限りでは、年齢性別体格バラバラの八体が確認されていますね。

 その内勝手に戦って死亡したのが三体、ティーネ・チェルクやキャスター達に確保されているのが一体、我々レギヲンが確保したのが四体――内二体まではライダーにやられてしまいましたが」

 ファルデウスの言葉が本当ならば、このエレベーター内にいる東洋人がその最後の二人の内の一人なのだろう。

 その事自体に、偽者は驚かない。

 何せ、過日にこの基地を襲撃した原住民を撃退し、昨夜に北部原住民の要塞を襲ったのは複数人のサーヴァント。そして、それを操っていたのが令呪を持った東洋人であることはとっくに確認が取れている。

 交戦したライダーからの情報と、当初より協力関係にあった一人との情報を統合し整理したことで、彼等にある四つの制約は明らかにされている。その内の一つが、『エレベーターのある建物に入れない』というものだ。

 この制約によって、この地下基地攻略における東洋人の脅威はないものと推定されていた。排除すべき不確定要素の中に東洋人の項目はなかったのである。

 だからこそ、偽者はそのことに驚愕する。

 ファルデウスはキャスターの策を読み切った上で、東洋人を切り札に仕立て上げていた。

 物理的に考えれば、人間が『エレベーターのある建物に入れない』なんてことはあり得ない。入れない理由は強固な呪詛が、あるいは単なる精神障害か。どちらにせよ、自力で入れないのであれば、他力を使えば良いだけの話。

「色々と実験してみたのですよ。制約のどれか一つでも解決できればより有意義な切り札になり得る。おかげで一人は使い潰してしまいましたが、もう一人はこうして無事に生かすことができました」

「惨いことをする」

「自覚しています」

 平然とファルデウスは自らの罪状を肯定した。

 詳細は不明だが、東洋人の様子は普通ではない。何らかの薬剤によって“処置”を施されている。ロボトミー手術をされていたとしても、おかしくはない。

 この様子で切り札として機能していると断言するのだ。ファルデウスはやはり“プレイヤー”が持つ令呪について熟知している。既にそうした実験も終えているのだろう。

 これが事実であれば、状況は最悪だった。

「なら、無条件に英霊を召喚できないことも知っているのか? 召喚に応じる英霊側にも拒否権がある。この英雄王を相手にする英霊がそう簡単に喚べるわけがない」

「あなたの実力が英雄王と同等程度にやっかいであることは認めましょう。しかし、アーチャーは既に退場していますし、その雰囲気からしてもあなたは偽者です。であれば、こちらが選ばずとも喚ばれる英霊はいくらでもいます」

 あっさりと、ファルデウスは偽者を偽者と断じてみせた。外見と宝具から見破れる筈はないのだが、やはり問答無用で反撃せずにいたりと、英雄王にしては大人しすぎる性格が拙かったか。

 偽者の最後の悪足掻きも限界だった。

 ここいらが、潮時だ。

「ならば、君達を殺すより他に道はないな」

 戦闘は可能な限り控えたいが、それは無理であるらしい。

 罪もない“プレイヤー”には悪いが、ここでファルデウス共々殺すしかない。

 宝物庫を再度展開させようと偽者は動くが――

「何を戯れたことを。私が一体何のためにこんな時間稼ぎをしていたと思っているのですか」

 嘲笑するファルデウスの傍らに、いつの間にかパイプを片手にこちらを見つめる鷲鼻の男が佇んでいた。

「言い忘れていましたが、“プレイヤー”の令呪はその魔力によって英霊を現界させるため、令呪の魔力が尽きるまで消えることはありません。申しわけありませんが、私が君を撃った時にはもう召喚は終了していたのですよ」

 一体何度驚き、そして踊らされるのか。

 ファルデウスの言葉に、鷲鼻の男はゆったりと前に出る。

 目の前で見てみれば、男の持つ魔力は微々たるものと分かる。ただでさえ結界が張り巡らされた場所だ、これなら召還時の魔力に偽者が気付かぬのも無理はない。どこの英霊か知らないが、英雄王の蔵を前にして堂々としたものである。余程の自信があるのか、それとも命知らずなだけか。この程度の魔力でどうにかなるほど英雄王の蔵は甘くない。

 出鼻を挫かれたのは確かだが、何か攻撃を受けているようにも思えない。

 そう判断して、偽者は迅速に蔵を開く。これ以上の会話は相手のペースに巻き込まれるばかりだ。鷲鼻の男が今から何をしようとも、もう遅い。できることなど、末期の言葉を残すくらい。

 だから、鷲鼻の男は残された時間で言葉を操る。

 己にできる、唯一にして絶対の力を、行使する。

 

「             」

 

 魔術の発動、言霊の蛮名化――などではない。

 男は、たた暴いただけ。真実を告げてみせただけ。一切の魔力を使うことなく、ただ数分にも満たぬ観察と召還時に仕入れた知識だけをもって、偽者の正体を、そして本性までを暴いてみせた。

「な……な――……ッ!!」

 その言葉に偽者は震えるより他はない。

 同時に、バビロンの宝物蔵はここに消失する。

 カランと、偽者が持つ鍵剣が床に落ちて転がっていった。

 偽者が王の財宝《ゲート・オブ・バビロン》を扱えたのは、偽者が英雄王の知識と原住民が保存していたアーチャーの召喚媒体である鍵剣を持っていたからだ。だが、今の偽者にそんな知識はなく、そして鍵剣を起動するだけの魔力も資格も失っていた。

 確率という砂漠の中にあった砂粒ほどの可能性は、今ここで鷲鼻の男が消滅させたのだ。

 自らの手を汚すことなく彼は全てを終わらせてみせる。

 男は、世界の真理をただひたすらに暴くだけの存在だ。

 魔術など頼らずとも、知性のみによって過去を見通す。

 パイプを片手に、知識の深淵を彼は覗き見る。

 

 男の名は、シャーロック・ホームズ。

 ベーカー街221Bの諮問探偵――。

 

「さて、己の願いを叶えた気分はどうだ、切り裂きジャック?」

 正体を暴かれた殺人鬼を前にして、名探偵はつまらない質問をしてみせた。

 

 

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(ライダー、これって、もしかして)

 絶え間ない銃弾の嵐をかいくぐり、地形を利用して何とかパワードスーツの動きを抑え込みながら椿とライダーは敏感に第九層にいるバーサーカーの状況を確認していた。

「そのようです。バーサーカーがしくじりやがりました」

 ライダーにしては珍しく語気を荒げるのも無理からぬこと。

 何故なら、このプランBの要たるバーサーカーに莫大な魔力を供給しているのは他ならぬライダーなのだから。

 バーサーカーの能力は、“誰にでも無条件に変身できること”ではない。彼の能力の本性は、“切り裂きジャックとしての可能性の具現化”である。

 バーサーカーは切り裂きジャックとしての“確率の霧”の中から好きなように変身でき、変身後はその知識と能力も限定的に使用することができる。軍人ならば戦闘能力が上がり、医者ならば医療知識を得られる。そして複数犯という可能性を呼び出せば、バーサーカーは己の存在すら分割することができるのだ。

 そうした能力を駆使してバーサーカーは最初から自らを複数の個体へと分割して活動をしていた。《イブン=ガズイの粉末》によって強制的に現界させられたのもその内の一体だけであり、これをライブベイトにすることで敵の動勢をコントロールすらしてみせる。ファルデウスにその一体が殺された後も暗躍を続け、南部砂漠地帯ではキャスターの嘘を本物にみせるべく偽アーチャーとして戦ってもいた。

 そんな反則級の能力と抜け目ない策略を駆使するバーサーカーであるが、それが本人だけで実現できる筈もない。

 バーサーカーの能力の弱点は、切り裂きジャックとして可能性がなければ変身できぬことにある。英雄王に化けているバーサーカーであるが、それは英雄王が“当時の倫敦で召喚され凶行に及ぶ”という限りなくゼロに近い可能性を強引に引き寄せたからである。

 この無茶を実現させているのがライダーの魔力だ。

 ライダーが現在戦闘に使用している魔力を五〇とするならば、バーサーカーに供給している魔力は一〇〇〇に近い。これでただ現界しているだというのだから宝物蔵の宝具を全力投射して戦闘するともなれば、一体どれほどの魔力を消費するのか。市民の大半に感染することで謀らずとも聖杯戦争史上最大の魔力を手にしたライダーであるが、こんな出鱈目な供給量は相当の負担である。

 その負担が、つい先ほどなくなった。

 バーサーカーに供給していた時間はわずか数分。これで目的を達したのであれば何の問題もないが、いくらなんでも供給時間が短すぎるし、想定よりも少なすぎる。それに、こうなる直前に魔力消費が瞬間的に高まったのも感じ取れた。

 戦闘状態に入った可能性は高い。

 そして、瞬殺された可能性も高い。

 ライダーとしてはこのまま尻尾を巻いて逃げ出したいところだが、そうもいくまい。

(私が代わるから、署長さんに連絡して)

「分かりました」

 ライダーの考えを見透かしたような椿の指示にライダーはパワードスーツ部隊と一度距離を取って魔力の制御キーだけを椿に委譲する。

 少々時間はかかったが、周囲に散布し続けた魔力の粒子は部屋中に溢れ飽和状態にある。これだけあればパワードスーツの関節部分や銃口を魔力で固めることで、その機敏な動きと問答無用の火力をある程度封じることができる。

 椿と交代し、ライダーは通信回線が正常に機能するか確認する。つい数分前に電子欺瞞(ジャミング)は解除され、司令室を占拠した署長から通信も届いていた。ライダーの魔力で編んだ回線と急造ながら基地内に張り巡らされた有線ケーブルを用いれば、スノーホワイトが介入する心配もない。

「署長、拙いことになりました」

『どうしたライダー。残念だがスノーホワイトはまだ確保できていないぞ』

 ライダーが戦っているパワードスーツ部隊は、スノーホワイトのコントロールによるものらしい。電子欺瞞(ジャミング)が解除されたことで、署長と連絡がとれるようになったのは良いのだが、スノーホワイトも電子欺瞞(ジャミング)に邪魔されることなくパワードスーツ部隊を動かせるようになり、動きも機敏になりつつある。相性の悪さもあって、時間稼ぎもいつまでできるか保証もできない。

「それも早急に行って欲しいですが、もっと拙い事態です。バーサーカーはどうやら失敗した様子」

『――それは本当か?』

「確かです。魔力の供給量からバーサーカーはまだ生きているようですが、反応が弱すぎます。蔵どころか自身の宝具も使っていないのは間違いないでしょう。となれば、」

『……これは変身能力が裏目に出たようだな』

 ライダーの推測に署長も同意してみせる。

 切り裂きジャックという箱の中身は、様々な存在確率が平等に存在する霧みたいなものだ。そんな“確率の霧”も箱を開けて観測されれば、ひとつの確率に収斂し確定されてしまう。

 つまりは、バーサーカーは誰にも変身することができなくなる。変身することのできないバーサーカーがプランBで役に立つとは思えない。それどころか、今後彼が役に立つ機会があるかどうかすら怪しい。

 一体誰がそんなことをしたのかは気になるが、バーサーカーを無力化した存在は、少なくとも真っ向から相対する戦闘能力の持ち主ではなかったらしい。それが救いになるかどうかは知らないが。

「プランBは事実上失敗したとみて間違いありません」

 司令室であっても第九層の様子をモニターすることはできぬよう回線は切られている。それもファルデウスの策なのだろうが、こうしてライダーが魔力供給をしていたことで図らずもその様子を伺い知ることができた。

 先んじて次の手を打つことができれば、まだ最悪は回避することできる。

「署長、私はプランDの遂行を進言します」

『……お前はそれでいいのか?』

「ここで何とかできる、などと甘いことを考えてはいないでしょう?」

 一体どうやって英雄王の宝具を持ったバーサーカーを撃退したのか不明だが、ファルデウスは確実にこちらの手を潰してきている。プランAですら初手から充填封鎖されなければ余裕を持って完遂できた筈なのである。ここで順当にプランCを選ぶには不安がありすぎる。

 作戦プランは“偽りの聖杯”という目標こそ変わりはしないが、その手段とリスクに違いがある。それぞれを一言で言い表すとすれば、プランAが“確実性”、プランBが“保険”、プランCが“先送り”、そしてプランDが“他人任せ”である。

 プランCは、この基地を自爆させることで“偽りの聖杯”を年単位で誰も手出しできぬよう時間稼ぎをするプラン。自爆方法にもよるが、まず間違いなく基地深部にいる者は生き埋めとなるし、脱出途中の市民も巻き込まれる恐れがある。

 プランDは、外部――より正確には“上”である米国政府と連絡を取り、予め用意されている安全装置を起動させようというプラン。勿論、安全装置の起動は米国大統領の判断による。衛星軌道上の《フリズスキャルヴ》を使いピンポイントで“偽りの聖杯”を破壊するのか、それとも熱核攻撃でスノーフィールドそのものを焦土とするのか。さすがに後者はあり得ないと思いたいが、それに近いことをされる可能性は大いにある。

 どちらを選んでも、リスクはプランAやBの比ではない。

 そしてそのリスクは、そのまま椿の生存率と同義でもある。

 椿を危険に晒してでも“偽りの聖杯”をどうにかしたい……などという自己犠牲めいた考えをライダーはしない。単純に、椿の身と今後を守るための最善と思った手段を口にしているだけだ。それだけに、ライダーがいかに現状に危機感を抱いているのか署長にも如実に伝わったことだろう。

『地表付近にいるお前さんより、地下深くの俺の方が死ぬ確率が遙かに高いんだが、それについてはどう思う?』

「か弱い市民を守るのは警察の義務です」

『給料分は十分働いたつもりだがな……』

 軽口を叩く署長の声に思案の呼気がひとつあった。

 まかりなりにも元軍人。散々部下も殺しておいて、ここで命を惜しむような人間ではない。ひとつ懸念があるとすれば、戦後を踏まえたまとめ役がいなくなることか。いずれのプランにしろ、署長かティーネ・チェルクのどちらかは生きていて貰うことが好ましい。

「この会話は椿には聞こえぬよう処理しています。ティーネ・チェルクに何かありましたか?」

『……第八層にいる。あそこはモニターができても通信はできていない』

 椿に聞かれたくない話かと気遣うライダーに、署長は現状を伝える。

 元から署長の生存は絶望視されていただけあって、ティーネ・チェルクの優先度は高い。それを何より推したのが繰丘椿である。このまま第八層に留まるようなら、脱出には間に合わない。

「……それでも、私はプランDを進言します」

『了解した。ひとまずオブザーバーとしてライダーの意見は聞こう。しかし幸か不幸か、CとDのどちらを実行するにもまだ時間がかかる』

「どうするおつもりですか?」

『自爆と通信、どちらであってもこの基地にある既存のシステムを利用することには違いない。ファルデウスの手が入っている可能性が高い以上、システムチェックの時間は必要だ。だからその時間を利用してプランCとDの両方を同時進行させる』

 それはライダーにとってもティーネの脱出時間が稼げる以上願ってもないことだが、人手を割けば割くほど効率は悪くなる。いくら時間がかかるとはいえ、本来であればプランを絞り戦力を集中させ一分一秒でも時間を短縮するべきところ。

 署長とは思えぬ及び腰に、ライダーは違和感を覚える。

「署長、バーサーカーを仕留めた者や、先に私達を襲った男もこの基地にいるのです。悠長なことをしている場合ではありません」

『……ライダー、だからこそ、俺はプランCとDを同時進行させようというんだ』

 ライダーの揺さぶりに、時間の無駄と署長は割り切った。

 ライダーの主は椿であり、椿が信頼するのはティーネである。ティーネであれば重ねての進言などすることはなかっただろう。署長にはまだ味方としての信用がない。それが分かっていたからこそ、署長は自らの行動理由を告げてみせる。

『プランBは今現在も継続中だ。失敗の可能性が出てきたから、念のためにサブプランを走らせているに過ぎない』

「――失敗の可能性? バーサーカーは行動不能なのですよ?」

 失敗の可能性ではなく、それは失敗そのものではないか。

 そう反論するライダーに、署長は言った。

『ああ。だからバーサーカーに代わり、お前を襲ったあの男が引き継いでいる』

 

 

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「実に――興味深い内容ですね。よければその真相とやらをボクにもお聞かせ願えないでしょうか?」

 突然現れた第三者を驚愕をもって出迎える者は不在だった。

 ファルデウスは視線を動かすだけでその態度に変化はなく、同じくホームズもパイプを口に咥えただけで見向きもしない。正体を暴かれたバーサーカーにそんな余裕はなく、エレベーターの上にいる東洋人については語るまでもない。

 なんとも張り合いのない観客ではあるが男は諦めた笑顔で肩を竦め、カラカラと床に転がる鍵剣を拾い上げる。

「随分と早いお着きですね。どこから聞いていましたか?」

「ついさっき到着したばかりだよ。だからバーサーカーの正体に驚いているところだ。謎解きはもう終わってしまったのかな?」

 鍵剣を弄びながら親しげに話す男とファルデウス、しかしその場で男は立ち止まる。その立ち位置は、明らかに相手を意識したものだった。

「なら問題ないでしょう。私もホームズ氏から聞いたのはそれだけですから」

「名探偵皆を集めてさてと言い――そんな場面に巡り会えるとは、ボクはやはり運が良い」

 互いに隙を伺いながらも暢気な会話にここでようやくホームズは呆れたように睥睨する。

「……君達はどうやら守秘義務とやらを知らないとみえる。探偵に説明義務があるとは思わないで欲しいな。答えは、そこのバーサーカーが示している。それで十分ではないかな?」

 知りたければ私の伝記作家に言ってくれと、名探偵の態度は変わらず冷たいまま。犯人が言い逃れするからこそ、そうした真相暴露の場面が必要なのであり、犯人が認めてしまっては真相を確かめる推理の披露は必要ない。

 犯人たるバーサーカーは、必死になって身体を変化させようと努力しているようだが、それも無駄なこと。本人が認めようと認めまいと、その身体が誰かに変化することはない。

 切り裂きジャックは、その正体を確定させてしまった。

 殺人鬼は、名探偵に屈してしまった。

「まあ待ってくださいよ、名探偵。幸い君の現界時間にはまだまだ余裕があるではありませんか。私も真相を知りたいと思っていたところです。このまま何もせぬまま消えていくのもつまらなくはないですか」

 依頼主同然のファルデウスの言葉に、ホームズは眉間に皺を寄せる。

 召喚の要請内容は“バーサーカーの正体を解き明かす”こと。そしてホームズが召喚に応じたのは“答え合わせをする”ためだ。そのどちらも達成した以上、彼の役割は終わっている。そのまま消え去ろうかとホームズは思ったが、せっかく現界したのだからさっさと消えるのも確かにもったいない。

 エレベーターの上にいる東洋人をホームズは仰ぎ見る。令呪に強制命令権がない以上、ホームズが東洋人をマスターと認識することはない。目的を達したのだから依り代としての価値すら東洋人にはない。ましてや、薬漬けのあの状態である。長くないとはいえ、さすがのホームズも早々に“止め”を刺すのは気が咎めた。

 小さく嘆息して、ホームズはパイプを口から離す。

「私としては、こんなつまらないことを説明するのは恥ずかしい限りなのだがね」

 召喚されたばかりで証拠集めも何もない。ホームズが持つのは召還時に提供された情報のみ。その情報も裏付けがないので全てが推測の域を出ない。これが裁判なら証拠不十分で棄却されるところだ。

 もっとも、時間と協力さえあれば確認を取る方法はいくらでもある。

「……この“偽りの聖杯”は、サーヴァント召喚のためのただの餌。偽りの情報を召喚されるサーヴァントにインストールするシステムこそがこの“偽りの聖杯戦争”の正体。だからこそ、この戦争に参加する全マスター全サーヴァントに求められるのは聖杯を必要としない願い、だ」

 そのために聖杯そのものに望みを託そうとする者は排除、もしくはその願いを修正させられる運命にある。実際、アーチャーの召喚者はティーネに殺され、ジェスターはアサシン召喚により心変わりしてしまっている。

「その中にあって、バーサーカーだけが唯一、聖杯を求め続けていた。それなのに、世界から、システムからもバーサーカーには何の排除も修正も行われていない。それも当然だ。バーサーカーが介入を受けなかったのは、単純に――」

 未だ蠢き足掻くバーサーカーを見ながら、ホームズはパイプを咥える。すでにその身体は一人の人間へと固定してしまっていた。英霊としての側面はなくなり、無理な変身の反動によって、全身は狂うほどの痛みが襲っている筈だった。

「聖杯を必要とせずに、願いが叶う条件が出そろっていたからだ」

 バーサーカーの願い。それは、自らの正体を知ること。その願いの答えはバーサーカーの内側にこそある。それこそ聖杯などに頼らずとも、フラットの令呪に頼れば済むほど、その願いはあまりに小さかった。

 そのことにフラットが気付かぬのは当然であるが、聡明なバーサーカーが気付かぬのは解せぬ話でもある。それこそが、この“偽りの聖杯戦争”のシステムの妙であろう。

 この“偽りの聖杯戦争”には二つの異なるシステムがある。

 ひとつは、世界の脅威を取り払おうとする抑止力。もうひとつが、互いを争わせようとする“偽りの聖杯戦争”のシステム。この両システムの狭間にあって、もしバーサーカーが願いを叶えてしまえば、他のサーヴァントと戦う動機がなくなる上に、こうして抑止力としての意味を為さなくなるほど無力になってしまう。

 両システムは、その意味でバーサーカーにとって救済措置を執っていた。

 真実など知らない方がよっぽど幸せなことがある。あらゆる可能性を内包しているバーサーカーだからこそ、その中にある絶望という可能性を考慮するべきであった。追い求めなければ、希望は希望のままであり続けられたというのに。

「ではその条件とは、何なのかな?」

 しばし沈黙するホームズを促すように男が問うてくる。

「知れたこと。君は、ただのレプリカで切り裂きジャックが召喚されると本気で思っているのかね?」

 聖杯戦争において狙った英霊を召喚するために必要となるのが英霊と縁の強い魔術触媒だ。だというのにフラットが用意したのは、偽物と証明されているジャック・ザ・リッパーの銘入りナイフ。

 これで狙った通りの英霊が召喚できるなら、戦争参加者は事前準備に金と時間と労力を投入する必要がない。それこそ最初から聖杯のレプリカで聖人でも喚べば良いのだ。それができないから聖杯制作に秀でたアインツベルンは、聖杯戦争を仕掛けたのではなかったか。

 しかし、実際にフラットは狙い通りにジャック・ザ・リッパーを召喚してみせた。それこそ、街の広場の中心という祭壇や魔法陣や供物といった補助も必要とせずに、だ。いかに天才であろうとも、物事には限度がある。

「触媒なしに召喚したとも考えられるのではないかな? 実際、バーサーカーとフラットには共通点があるだろう」

 互いに“聖杯戦争の理念とは最も遠いところにいる存在”であることには違いない。それを見越したように、ファルデウスの疑問にホームズは逆に問いかける。

「では、具体的に何が共通しているのかね?」

「それは――……」

 バーサーカーは殺人鬼として人間の倫理観が欠如し、フラット・エスカルドスには魔術師としての合理性が欠如している。これは立派な共通点ではないのか。

「常識がない、というだけでは浅いのだよ。特にバーサーカーは殺人鬼などと称されていても、殺した数などたかが知れている。人が人を殺すのに理由などさほど必要ではない。ファルデウス、君ならよく分かるだろう?」

 ホームズの皮肉にファルデウスは苦笑いした。

 ファルデウスは何でもない顔をして右足を半歩下げている。胸の前で無造作に腕を組んでいながら、その間には隙間がある。

 ボクシングはプロ級、バリツという日本式格闘技の心得があるとされるホームズである。知識だけでなく、戦闘経験からもファルデウスの技量はそうした所作だけで簡単に推し量られていた。殺した人の数だけなら、確かにバーサーカーよりファルデウスの方が多いのである。

「もっと単純に考えてみれば、彼等にはもっと身近で当然の共通点がある」

「それが――倫敦ということか」

 既に正解を知っている二人だ。その共通点に納得もいく。

 一般人がその共通点を指摘されれば呆れたことだろう。同じ倫敦に住む人間なら時代を遡れば何百万といる。そんなもので納得しようもない。

 だが、それは一般人の考え方だ。

 倫敦には何があり、フラットは一体何者なのか。

 倫敦には時計塔があり、フラットは由緒正しい家系の魔術師である。

 さて、それらを踏まえてこの切り裂きジャックの正体を考えてみれば、ひとつの可能性に辿り着く。

 

 ――バーサーカーの正体は、フラットの祖である魔術師だ。

 

 ジャック・ザ・リッパーが何故切り裂き魔と呼ばれているのか。それは犯人が被害者の切り裂き、その臓器を持ち帰っていたからである。

 時計塔お膝元の倫敦市街でそんな猟奇殺人があれば、魔術師が関わっていると考えるのも不思議なことではない。魔術研究の一環として人を解体するのは決して珍しいことではない。

 ついでに言えば、フラットの魔術師らしからぬ思考はジャック・ザ・リッパーの劇場型犯罪とも一致している。協会の極秘会議を簡単にハッキングしてみせ、アナログ・ハイテク問わず見ただけで暗号を解読。そうしたフラットの解析能力が優れている要因も、彼の祖先による研究にあったりするかもしれない。

「だとすれば、バーサーカー召喚の触媒は、」

「そう、フラットの――エスカルドスの血統だ」

 ここまで推測ができるのであれば、確認することは難しくない。エスカルドス家の歴史を調べてみるのも良いし、もっと手っ取り早くフラット自身に刻み込まれた記録を覗き見てもいい。

 あいにくとホームズの推理ならぬ推測では、エスカルドスの血統に連なる者という以上のことは分からない。仮に五代から七代前までその血筋を遡ったとすればバーサーカーの候補者は二二四名である。これで稀代の殺人鬼を特定したなどと到底言えないだろう。それも、ジャック・ザ・リッパーが起こしたと言われている一連の事件のどれか一つの犯人、という程度。

 しかし、それだけ分かれば十分なのである。エスカルドス家が生み出した最高傑作がフラットという人間だ。その礎となった者がその傑作以上である筈がない。

 バーサーカーの無力化は果たされた。今なら弾丸一発で労することなく、ファルデウスでも屠ることもできる。

 屠る必要性がないほど、弱っている。

「――さて。こんな穴だらけの説明で十分かな」

「ええ、ありがとうございます」

「ボクも十分です。中々に新鮮ですね。ボクの時代には推理小説なんてなかったものですから」

 ホームズの説明にファルデウスは頭を下げ、男は拍手をしてみせる。

「それでは、そろそろお暇するとしよう――が、その前にファルデウス」

「何でしょう?」

「この男についての推理は披露しなくても良いのかな?」

 ホームズの視線の先に、男の姿がある。

 親しげに会話はしたが、ファルデウスはこの男のことを全く知らない。ファルデウスにあったのは、この“偽りの聖杯”を狙って最低一回、おそらく二回、何者かが来るという予測だけ。正体など、知るわけがない。

「ああ、それは必要ないよ、名探偵」

 そんなホームズの言葉を、にべもなく断ったのは、当の男だった。

「せっかくの舞台だ。いい加減黒衣に徹するのも飽き飽きしていたわけだからね。名乗りは、ボクの口から言わせて貰いたいね」

 そう言って、男は自らの服を脱ぎ捨てる。否、その正体を破り捨てる。

 宙に舞ったのは、姿を欺くマント状の宝具。これを巻き付けることで、周囲に違和感を与えぬ姿となる。その効果は、警戒心の強い動物にだって気付かれぬほど。

 その姿にファルデウスは素直に驚き、ホームズは自らの推理と違わぬ正体に鼻を鳴らす。

 そこに現れたのは、金髪赤眼の――少年。

「ボクは、アーチャーのサーヴァント、英雄王ギルガメッシュ。そして――」

 金髪赤眼の少年は、せっかく手にした鍵剣を、使わない。

 彼はこの状況にあっても、バビロンの宝物蔵には頼らない。

 そんなものは、必要ない。

 彼が今頼るのは。

「これがボクの策、《王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)》だよ」

 

 

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真鍮のサーヴァント
「竜†恋[Dra+KoI] ぎんいろアクマときんいろオバケ」というニトロプラスのドラマCDで聴いて以来、いつか使いたいと思っていたフレーズ。ミニADVなのにあのインパクトは忘れられない。

プレイヤー。
この物語の核。序盤以降出番を敢えてなくしていた理由がこれ。実は複数人いる、という設定は構想段階から考えていた。エクストラで男主人公と女主人公を選ぶシステムを見て、両方とも選んじゃだめなのか? という疑問をこうして解消してみた。
ヒュドラ召喚のタイミングや街外れでのどっかの英霊の対決など、伏線は張っていたつもり。ライダーとプレイヤー三人との対決は描きたかったけれど、状況的に無理だった。

鍵剣。
プロローグに出てきたアイテムは出来る限り作中で回収するという縛りを入れていた。なのでアーチャーの召喚媒体もその中に当然入っている。しかしアーチャーが持つ鍵剣と召喚媒体は同一のものなのだろうか? ここでは無理矢理に同じものとして描いている。

ホームズ対切り裂きジャック。
本作を書くためだけに無茶苦茶な数の本を(無駄に)読んだけれど、この有名な「ホームズ対切り裂きジャック(マイケル・ディブディン著)」は読んでいない。けれどタイトルだけは知っていたのでこのカードは最初から決定していた。というか、ミダス王とホームズがいたから本作を書いたと言っても過言ではない。

バーサーカーの能力。
なんか原作でも似たようなことを書かれていた。けど腕時計ってのは正体としてどうなんだろう?
まあそういうわけで実はバーサーカーは全く描写されなかっただけで、途中からずっとキャスター達の傍にいたというオチ。読者の皆様を騙せたとは思っていないが。

ホームズ。
言わずとしれた名探偵。しかし明らかに架空の人物なので無理がないか……と思ったが、そこは勘弁して貰いたい。

推理。
この推理無理がある!と友人にもつっこまれたが、個人的にはそうでもない。
SNでイリヤの中にあるアインツベルンの記憶を士郎が見て宝石剣を作成したりもするので検証自体は簡単にできるはず。
というか、作中でも言っているように、イミテーションで本物が喚べれば苦労はしない。これくらいの理屈がないと喚べはしないだろう。フラットの無駄に高い解析能力もこのための伏線である。決してその場の勢いで書いていたわけではない。

姿を欺くマント状の宝具。
以前街中で魔術師をうろつかせたのはこの宝具を事前に出しておくため。一応伏線は張ってある。
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