Fate/strange fake Prototype -Another Player- 作:縦一乙
アイオニオン・ヘタイロイ。
それはかつて、英雄王に挑んだ征服王が持つ宝具の名である。
彼と彼の臣下の英傑達、その絆の象徴を指して、《王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)》。数多の存在を嘲笑い、雑種と蔑む英雄王であろうとも、彼等の絆を笑うことなどできよう筈もなかった。
しかし、この名にそんな意味があるなどと、名付け親たるフラットが知る由もなかった。
彼はただ、師がよくネット対戦ゲームで使っていたチーム名を使っただけ。そこに深い意味はなく、これを使えば師が気付いてくれると思ったからだ。更に分かり易いように代表者名にも気を遣ったが、果たして師は気付いただろうか?
最初に、空間が揺れた。
それは空間と空間が繋げられた証拠でもある。
小石を投げた水面のような波紋を生じさせながら、その人物は現れる。
宙より最初に飛び出してきたのはフラット・エスカルドス。彼なりに格好を付けた登場の仕方ではあったが、薄暗いこともあって蹈鞴を踏む。何とか転倒だけは避けたが、幼い英雄王から「挫きませんでしたか?」などと心配される始末。
「準備は本当に大丈夫ですか?」
「ああ、もうバッチりだよ」
怪訝そうに確認する英雄王にフラットは親指を立てて応える。
突然のフラットの登場に、さすがファルデウスも驚きを通り越して視線が釘付けになっていた。噂の当人の登場程度に、彼が注視する価値はない。彼が注視するのは、フラットに引き続き揺らぎより現れ出でる人影に、である。
一人、二人、三人、四人――……数えようとするのを止めたのは、虚空にうねる波紋が辺り一帯を包み込む程拡がったからだ。それは正解だ。人の目で数えるにはその数は多すぎる。
その数、実に一六三名。
その全員が、即戦力となり得る一線級の魔術師だった。
その全員が、溢れんばかりの魔力を秘めた宝具を持っていた。
アイオニオン・ヘタイロイ、その正体は宝具を装備した魔術師軍団である。
「これは……一体いつから魔術師を集めていたというのですか!?」
ファルデウスは完全に見誤っていた。
何者かが、魔術師を手当たり次第に狩っているという情報は事前に入ってきている。武蔵が暴れた時にだって行方不明者が七八名も出ているし、スノーフィールドを離れラスベガスに行こうとする人数にも確認できるだけでも大きな差があった。
知ってはいたのだ。だから基地を襲撃した部隊に驚きはしなかった。だがそれ以上の人数の本隊がいるなどとは思わなかった。行方不明となった人数のほとんどが生き残っていたなどファルデウスでも予想できるわけがなかった。
そしてこの事実はそのままヘタイロイを創設したフラットと英雄王にだって当てはまる。一体何をしたら彼等が必要とされる未来を予見できるというのか。
「フラット……ッ!」
前後不覚に陥っていたバーサーカーも、久しぶりに会う自らのマスターに焦点を取り戻す。見たことのない姿のバーサーカーであっても、その呼びかけにフラットもすぐに気がついた。
「ジャック! よかった無事で!」
駆け寄るフラットがバーサーカーの身体を調べる。マスターであれば、バーサーカーから変身能力がなくなっていることに気付いてもおかしくはないが、フラットはそんなことには気付かない。ただバーサーカーの傷だけを心配していた。
幸いにも、バーサーカーの正体をフラットは知らない。いや、知っていたとしてもそんなことに頓着することはないだろう。
「……いや、私は大丈夫だ。しかし、何故アーチャーが君とここにいる?」
彼等、と言いながらもその実バーサーカーの視線は幼い姿の英雄王に注がれていた。
彼もまたサーヴァントである。宝具で身を隠していないのであれば、この英雄王がかつて相対したアーチャーかどうかの区別は付く。
本物であることは確かだ。だが、本物ならばキャスターによって手にしていた《天の鎖(エルキドゥ)》以外の宝具を奪われている筈。だというのに何故こんな多くの宝具を持っているというのか。
いや、そのことについては何の不思議もない。
予め準備していただけのこと。
フラット・エスカルドスと英雄王ギルガメッシュ。この二人が手を組み、人を集め、宝具で匿っていた。蔵を奪ったところで、蔵から出していた宝具を失うわけではない。
「いやあ、ちょっと椿ちゃんを助けた後に死にかけちゃってさ。その時に英雄王に助けて貰ったんだよ」
「ボクも丁度ティーネ以外で正規マスターの協力者が欲しいと思っていましたからね。お互いの利害が一致したので一緒に暗躍して貰ってました」
この戦争で暗躍していたのはバーサーカーやジェスターだけではない。このアーチャーもティーネが倒れてからはむしろ彼等以上に暗躍していたのだ。特にジェスター達は調べることに主眼を置いていたが、アーチャーは戦力を整えることを主眼に置いて行動していた。
行き場を失っていた魔術師は数多い。そんな彼等をアーチャーは保護し、協力者として仕立て上げていた。
組織を形成していく上で、重要なのはトップの指導力と報奨だ。英雄王の恐るべきところはその財力であるが、もうひとつ挙げるならそれは呪いとも呼べる人類史上最大のカリスマを持っていたことだろう。
この時点で、アイオニオン・ヘタイロイの下地は既に形成されていたのである。これを更に強化したのが、フラットの存在であった。
実をいえば、予てよりフラットは他のマスターでない外野の魔術師達を気にかけていた。というのも、序盤から魔術師を捉えまくっていたアサシンの存在を知っていたからである。
アサシンの“構想神殿”は触れた者を異空間へと封印し、その魔力をゆっくりと吸い取る食虫植物のような宝具である。だがオリジナルでなかったおかげか、一度は捕らわれながらもフラットは持ち前の解析力であっさりと脱出。できることなら他に捕らわれた魔術師達もすぐに助けたいところであったが、その直後に今度は夢の世界に捕らわれてしまった。
それが逆に良かったのかもしれない。
フラットが救出を試みた時、アサシンに捕らえられた魔術師は二〇〇名近くに膨れあがっていた。これを全て救出しアーチャーに匿って貰うことで、被害を最小限に抑えつつ、その存在を表に出すことなく戦力を整えることができたのである。
「もっとも、あの森でのことはボクにとっても予想外だしたけどね。そこはティーネに感謝、かな」
ファルデウスがアーチャー消滅したとみていた根拠は四つ。
ほとんど奇襲に近いデイジーカッターの威力に耐えられる可能性は皆無、ティーネの令呪が消失しており、ランサーの気配感知スキルにも反応がなく、ファルデウスの諜報網をもっても痕跡すら見つからなかったことだ。。
付け加えるなら、この時アーチャーは宝具をキャスターに奪われており、ファルデウスが考える以上に進退窮まった状態にあった。
通常であれば考えにくいことだが、これらをクリアする方法がひとつだけある。
「令呪による強制時間跳躍……なるほど、道理であれだけ探しても反応ひとつなかった筈です」
アーチャーが助かる唯一の可能性は、ティーネと合流し、デイジーカッター投下に先んじて令呪の力で空間跳躍を行うしかあり得なかった。
そして、それらは見事に成就された。
いや、それ以上のことが令呪によって命令されたのだ。
「ボクも大人げなくってさ。あの状況に怒り狂っていたから、無理矢理にこんな身体にされたんだよね。令呪を全部使って、時間跳躍と、跳躍後に冷静でいられるように若返りの霊薬を飲まされたんだよ」
だからまだこんな身体なんだよね、と幼い英雄王は困ったように言ってみせる。
ここでのティーネの選択はこれ以上になく正しいものだった。時間ではなく空間跳躍を選んでいれば、アーチャーの生還はすぐさまファルデウスの知るところになっていた。霊薬を呑ませなければアーチャーはそのプライドにかけて強攻策を打って出かねないところだった。
「正気ではありませんね……普通に考えれば彼女がデイジーカッターの威力を耐えられるわけがないのですから」
もしティーネが自らを最優先とするのであれば、令呪で自らの守護をアーチャーに命令するべきであった。令呪で強化し、自らも全力で防御すればあの場で助かる可能性はずっと高くなる。
それをしなかったのは、ティーネがこの聖杯戦争終結に最も必要な存在は巫女であるじぶんではなく、英雄王だと判断していたからだ。アーチャーなら自分以上にこの戦争を上手く終結させられると信じ、託したのである。
「まったくだよ。これは一度サーヴァントとしてマスターとじっくり話し合う必要があるね」
両者とも確実に助かる方法がなかったとはいえ、マスターの犠牲となってサーヴァントが助かっていては英霊の名が泣いてしまう。
「おかげでボクとしてもプライドをかけてこのスノーフィールドを救わなければならなくなってさ。一から作戦の練り直しなんて柄にもないことをしちゃったよ」
それなのに彼女なんか生きてるし、と幼い英雄王はため息をつく。
「なるほど――では、あなたの目的は?」
「当然、この戦争を終わらせることさ」
ファルデウスの確認に、アーチャーは迷うことなく断言した。
ヘタイロイは“偽りの聖杯”を取り囲むように三日月型に展開し、こうして話している間にも三日月は細長く円に近付きつつあった。
「さてファルデウス。君はボクらが来ることを予測してはいたようだけど、どうやら用意できた切り札は一つだけのようだね?」
「ええ、私が土壇場で用意できたのはこの東洋人一枚きり。まあ、そうでなくとも英雄王相手の切り札なんて用意できる筈もありませんけどね」
ファルデウスは唯一のカードもバーサーカーの相手に既に切ってしまった。ホームズはアーチャーが名乗ったところで興味をなくし、さっさと勝手に退場している。いたところで役に立つとは思えないが、せめて令呪の効果がある内は現界して欲しいところではあった。本人の意志を無視したサーヴァントの召喚はできても、発動した令呪の止め方や新たに別のサーヴァントを喚び出す方法をファルデウスは知らないのだ。いないよりかは多少マシであろう。
降参ですと手を挙げるファルデウスであるが、その目に敗北の色は見えない。
フラットがバーサーカーを後方に引きずっていったので、この場で邪魔者はファルデウス一人だけ。ヘタイロイの攻撃準備はここに整っていた。即席の部隊であるために練度は低いが、それを補って余りある宝具の数がここにある。
後は、アーチャーの指示ひとつだけで開始することができる。
「下手な芝居は止してくれ。君はここに誰かが複数回襲撃することを予測していた。だからこそ、この脱出不可能な檻に自分から入ってきたんだろう? 襲撃が一度だけなら、そこの東洋人を置いてオートで対応できるようにすればいいだけだからね」
「まるで私にまだ奥の手があるような言い方ですね」
「あるだろう、その右手に、一つだけ」
言い放つアーチャーにファルデウスは視線すら動かさない。
ランサーの現マスターとして、ファルデウスには一度限りの絶対命令権がある。確かに奥の手と呼ぶべき代物だが、この状況で一体どんな命令をしようともアーチャーとヘタイロイを排除することはできやしない。
それに、現在ランサーはアサシンとの戦闘で消滅こそしていないものの、消耗が激しい。パスを通じてそれが分からぬファルデウスではない。
「これは奥の手というより定石というものでしょう。……ああ、そう言えばランサーは君の親友でしたね。なら、彼を人質に取るという搦め手もありますね」
「今ここで思いついたような手段を安易に取らないで欲しいね。ボクは退屈な時間が殺したいほど嫌いなんだよ。最初から君がしようとしていることは分かっている。君を殺さない理由は、それを使う時を待っているだけだと自覚して欲しいね?」
その視線だけで、アーチャーはファルデウスを牽制する。
殺そうと思えば、いつでも殺せる。ファルデウスを串刺しにすることは難しくはないが――それでも、面を向かって相対している以上、令呪を使う方がわずかに早い。
だから、早く使えとアーチャーはファルデウスを急かす。
令呪を使えと、脅しをかける。
「言っただろ。僕の目的は、この戦争を終わらせることだ。それこそ、次なんてありえないくらいに、徹底的に。君達に敗北というものを教えてやる」
それが、英雄王の決定。
署長は、勘違いをしている。アーチャーはプランBの続行など、欠片もするつもりはない。抑止力としてわざわざ召喚されてまでやることがたかが封印の強化などと、そんな自分を貶めるようなことを許すわけがない。
「仕方、ありませんねえ……」
やれやれ、と挙げていた右手を裏返し、そこにある令呪をアーチャーへ見せつける。
たった一画限りの命令権。アーチャーとしては友であるランサーを勝手に操られるのは腹立たしい限りだが、それは子供の姿となったことでなんとか押さえ込むことができている。
令呪の魔力が解放された。
「令呪を以て命じる――ランサーよ、“偽りの聖杯”を解き放て!」
その瞬間、ランサーの創生槍が分厚い岩盤を貫き現れ、《方舟(オリジナル・ノア)》へと突き刺さる。
《方舟(オリジナル・ノア)》が、砕け散る。
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奇しくもその瞬間、キャスターは何とかスノーホワイトの制圧に成功させていた。
ジェスターによって周囲は物言わぬ骸骨だらけ。そのジェスターの姿ももはやない。ランサーをけしかける真似をしてくれやがったが、ジェスターは最低限の仕事は約束通りに行っていた。ジェスターの協力がなければ、キャスターはスノーホワイトに辿り着けず、その制圧もできなかったのは間違いない。
だからそれはギリギリ間に合った、といっていいタイミングだった。
戦闘によって多くのモニターは半壊していたが、生き残ったモニターを埋め尽くすように赤色の『警告』が出現し、サイレンが警報を発した。スノーホワイトに何か仕掛けられていたのかとキャスターは疑うが、その可能性は意識せずとも分かるおぞましくも尊い神気の波動によって否定される。
同じサーヴァントであれば如実に分かる、格の違い。
これは、生半可な存在ではない。王であるアーチャーや神の宝具たるランサーだってこれと比べれば可愛いもの。
「これは《方舟(オリジナル・ノア)》が破られたな」
キャスターがその存在がある方向を睨み付ける。
瞬間、基地全体が大きく揺れた。
本来霊質(アストラル)にしか作用せぬ神気が、あろうことか物質(マテリアル)にまで影響を及ぼしている。震度こそ大したものではないが、震源のエネルギー量は半端ではない。
『――おいキャスター、大丈夫か!?』
「兄弟か。こっちは大丈夫だ。無事にシステム制圧完了した。それよりもこの状況、気付いているよな?」
『誰が兄弟だ。それはともかく、これはどうやら最悪の事態になっていそうだな』
署長が見ているであろう監視カメラに手を振りながら、キャスターはスノーホワイトの全システムを掌握するべくコンソールにコマンドを打ち込んでいく。
ファルデウスが予め仕掛けておいた自爆システム、通信システムを一瞬で復元。パワードスーツ部隊には緊急停止信号を送信。モニターを確認すればライダーと戦闘中の全パワードスーツが停止し、電池として利用されていた虚ろな瞳の搭乗者が緊急脱出(ベイルアウト)によって外へ投げ出されていった。
これでライダーは時間稼ぎの必要なく、脱出に専念することができる。
「フラットから聞かされた話だと、ヘタイロイ本隊が“偽りの聖杯”に突入してる頃合いだったな」
『だとすると私達は一杯喰わされたのかもしれん。奴らの目的は最初から“偽りの聖杯”の破壊か。“偽りの聖杯”の状況は分かるか?』
「残念ながらモニターはできんな。サーモセンサーによる熱源感知と振動感知が精一杯だが、どうやら《方舟(オリジナル・ノア)》は崩壊したようだな。資源観測衛星(ランドサット)からも高重力子の崩壊が確認されたようだぜ?」
スノーフィールド全域に関わる情報をスノーホワイトがすぐさま取得し偽装する。だがそれにだって限界はある。整合性を考えるとどうしても不自然さが残ってしまう。普段であれば問題にならないだろうが、今は“上”が全力で監視中だ。その眼からはいつまでも逃れることはできない。
『……聞かされていた内容とは異なるな』
「やっぱり気付いたか。この観測データはちょっと誤魔化せるレベルじゃねえな」
先の振動といい神気もそうだが、事前に“上”からもたらされていた封印方法とその出力数値が大きくかけ離れていた。
具体的には、三桁ほど。
《方舟(オリジナル・ノア)》による封印が強すぎる。いくら“偽りの聖杯”が世界を滅ぼしかねないとしても、この出力は明らかに異常過ぎる。ここまで過度な封印を施されれば、“偽りの聖杯”が封印解除の衝撃でそのまま壊れかねない。
こちらとしては望むべくもない展開であるが、“上”がそんなことを仕掛けているとは考えにくい。となれば、仕掛けた人間は一人だけ。
ファルデウス――あの男は一体何を考えている?
『悪いが“偽りの聖杯”と《方舟(オリジナル・ノア)》に対するログを転送してくれ、奴が何をしたのか確認が取れなければ動くに動けん』
「アイサー兄弟。なら、こっちもこっちで色々と仕掛けておくか」
スノーホワイトが手に入ったのなら、ありとあらゆることができる。肝心の“偽りの聖杯”には何の手出しもできないが、情報を仕入れ動きやすいようサポートはできる。万が一にも備え、基地からアクセスできるオンライン兵装システムのヴァージョンを最新データからアップデートを行っておく。
それと、既存のプログラムをひとつ呼び出し、少々設定を変更しておいた。
「それでどうする? プランBは引き続き継続か?」
『それは英雄王次第だが、プランCとDはいつでも実行できる状態にはしておく。基地内の脱出警報は煩わしいだろうがそのままにしておけ』
基地内モニターを確認すれば、ヘタイロイ陽動部隊は全力で後退し、ライダーは市民の脱出を手伝い、ティーネとアサシンが手足を失い黄金に輝くランサーを連れて脱出している最中だった。
うまくいけば、犠牲者は六〇万程で済むかもしれない。
二〇万人も助けられるのだ。これは奇跡と言っても過言ではない。
「ただし、その中に俺は含まれなさそうだな……」
ここをキャスターが離れれば、スノーホワイトはその制御を失いかねない。大まかな制御はできても微調整をするにはまだまだ人の手が必要なシステムなのである。“上”に却下されたが魔導書の精霊を利用した制御システムを準備しておくべきだったのかもしれない。
「せめて最終決戦を見られればまだ良かったんだろうけどな」
ぼやきながら、どうにか第九層の様子を見られないかセンサー類の調整を行うが、どう頑張っても観戦することはできそうにない。
もっとも、大まかな動きは分かるので戦況くらいは判断できる。熱源と振動から解析された九層の戦力図は静止画として数秒毎に更新されていく。全長五メートルほどの“偽りの聖杯”を取り囲み一方的に攻撃している様は、卵子に群がる精子のように見えた。
画像を見る限り、“偽りの聖杯”は反撃している様子がない。《方舟(オリジナル・ノア)》崩壊のダメージが深刻で動くことすらできないのか、自らの回復を待っているのか。このまま倒される可能性も否定できない。
これはもしかすると本当に倒してしまうのではとキャスターが考え始めた頃。
『キャスター!』
悲鳴にも似た署長の声が聞こえた。「どうした?」などとキャスターが応じる暇もなく、
『基地の自爆システムを起動させろ! 今すぐに、だ!』
最大級の措置をするよう命令してきた。
「どうした、何があった?」
そう言いながらもキャスターはマスターの言う通りにシステムを起動、起爆まで六〇〇秒のカウントダウンが開始される。本来ならもっと厳密な手順を踏むべきだろうが、スノーホワイトに任せればそんなモノは一気に短縮できる。
自爆システムと称されていても、ここは街中の秘密施設に過ぎない。第八層の柱を一斉起爆させることで自重により内部へ崩壊が伝達する仕組みである。周囲一帯を巻き込む派手な爆発はなく、地表部が大きく陥没するだけである。それでも、中にいる人間は助からない。
『こいつを見ろ』
相手が応じるわずかな時間で署長はキャスターに先ほど送った《方舟(オリジナル・ノア)》のログを指し示す。
方舟の断片から作り出した《方舟断片(ノア)》ならばキャスターはその機能までよく知っているが、肝心のオリジナルについて知っていることは少ない。何故ならキャスターに寄越されたのはその断片だけ。オリジナルについてはキャスター召喚以前から“偽りの聖杯”の封印に使われており、手出しができなかったのである。
故に、ログに「+4Y」などあってもその意味が分からない。
『《方舟断片(ノア)》は時間操作を限定化させることでその汎用性と使用を簡便にできるのが特徴、だったな?』
「ああ、時間停止を諦め、時間遅延のみを再現させた」
昇華というにはあまりに性能が落ちているが、それでも大魔術の域にあるものをこうも容易く行えたのはキャスターの功績である。これはこれで十二分にオリジナルを上回っている。
『反対に《方舟(オリジナル・ノア)》の特徴は出力がピーキーで使い勝手が悪い代わりに、時間の進み具合をどのようにも操れるというものだ。だからこそ、“偽りの聖杯”は時間の檻の中に入れられていると聞かされ納得していた』
「だが違ったと? なら何が行われていた?」
『そこにある「Y」は「year」の略だ。「+4Y」とあるなら、それは内部時間で四年の歳月が過ぎたことを意味している』
「時間停止でなく時間加速……? それに何の意味がある?」
ログを辿っていけば、つい数日前まで「+0S」とある。Yが年ならSは秒ということか。「+0S」が続いている限り、内部の時間は停止していることを意味している。それが、ある時期を境に急激に変化している。
丁度、ファルデウスがここの実権を握った頃合いだ。
「ん? いや、チョット待て。これ、単位がおかしくねえか?」
ログには「+2Y」や「+9Y」とその数字は安定していないが、これが一秒毎に行われている点においては共通している。
毎秒、数年間の時間が《方舟(オリジナル・ノア)》の中で経過していることになる。それがおよそ七〇時間に亘って計測されていた。
内部経過時間は、およそ――四〇万年。
その余りの果てしなき時間の流れにキャスターも絶句する。
いくら封印されその意志が奪われていようとも、四〇万年は余りに酷い。それだけの時間に身体が耐えられるとも思えないし、封印から解放されたところで現実との時間の齟齬は回避しようがない。こちらが何をするまでもなく、世界からの修正により“偽りの聖杯”は風化を通り越し一瞬にして塵と化しかねない。
『西暦四二八八九九年、だ』
「……一体それは何だ?」
『“偽りの聖杯”と呼ばれているその英霊が降臨する、と言われている時代だ』
その時代を指して末世(カリ・ユガ)。
言葉通り、世界の終末とされる時代。
そんな時代に合って必要とされる英霊が何をするのか、そんなことは決まっていた。
「成る程。世紀末覇者ならぬ末世覇者というワケか」
『これで、ファルデウスの狙いははっきりしたな』
キャスターは“偽りの聖杯”の中身について聞かされてはいない。
けれども、そんな運命を背負わされている英霊など、一人しかいない。
彼はヴィシュヌ一〇番目にして最後のアヴァターラ。
白い駿馬にまたがった白い馬頭の巨人の姿で現れる。
ヒンドゥー教においては乱れた身分制度(カースト)を正し、世界の秩序を回復する存在であり、仏教においてはカースト制を破壊し、衆生を救いシャンバラに君臨する聖王である。
末世(カリ・ユガ)の最後、西暦四二八八九九年に降臨し、この世の全ての悪を滅ぼして、黄金時代(クリタ・ユガ)をもたらす破壊者にして救世者。
その名を、カルキ。
世界を終わりに用意された英雄である。
『ファルデウスの狙いは、この世界を終わらせることだ』
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その一撃は、天をも貫く一条の光となって顕現した。
基地に施された九層の結界はひとつひとつが特別かつ超一級の城壁だ。九重に張り巡らすことで『宮中』と『九』『十』の二つの意味を含有させ言霊による結界増幅の役目を担っていた。例え聖剣クラスの対城宝具であってもおいそれと貫けるものではなく、最新式の地下貫通弾(バンカーバスター)であっても弾き返しかねない強度を持って設計されている。魔導建築学の新たな一面を感じさせるような設計者の涙ぐましい努力と考え抜かれた工夫がそこにあった。
そんな汗と涙と技術の結晶が、露と消えた。
蓄積された現代技術など役に立たなかった。
伝承された魔道の秘技も無為と消えていく。
その光景を見た者は一体何を思ったのか。
間近でこれを見ていたフラットは数分をかけてようやく立ち上がった異形の巨人がゆっくり剣を頭上に掲げたのを確認した。それから後に何があったのかは分からず、衝撃が感じられないのに強烈な光が迸ったことで一時的に視力を失った。
地上で脱出者を誘導していたヘタイロイの一人は光の柱が突如出現したように見えた。それが果たして上空から降ってきたのか地から沸いてきたのかすら判断がつかない。ただ神々しい光と呆然と立ち尽くす。
戦場となった基地から遠く離れた位置で待機を命令されていたレギヲンの狙撃手(スナイパー)は、この光の柱をSOL(Stallite in orbital laser-weapon)、衛星軌道から放たれた超高出力レーザービームと判断していた。やや現実味に欠ける発想ではあったが、彼は万が一の可能性に躊躇なく次に訪れるであろう衝撃と爆風に備え地に伏せた。
高度四〇〇キロメートルの衛星軌道上にある国際宇宙ステーション常駐の宇宙飛行士は、アメリカ大陸から一条の光が突き刺さるように放たれていることに気がついた。今まで見たこともない光景に彼は目を疑い、すぐさまヒューストンへと連絡を取ったが、気のせいであるとの結論に達した。軌道上から目視できるほどの光条であれば熱量を確認できる筈であり、大気にも無視できぬ影響がある筈だ。宇宙飛行士は首を傾げて再度アメリカ大陸上空を確認するが、雲の動きにも不自然な点を確認することは敵わなかった。
そして。
その現象を起こした英雄は静かに上空に掲げた剣を下ろした。
長さ三メートルはあろうかという大剣は根元よりも切っ先が太く、幅も広い。畸形ではあるが、それよりもその剣を使う英雄の方がもっと異形であった。
全高およそ五メートルはあろうかという巨人。伝承では白い駿馬にまたがるとあるが、ケンタウロスの如く馬の首から上が人間の上半身に置き換わっている。頭部も馬というよりはでき損ないのスライムのようになだらかであり、本来眼球がある筈の場所には漆黒の穴が空いているだけ。そこに知性があるようには思えない。
誰もが直視した瞬間に、この存在を理解する。
これが、世界に終わりをもたらすために用意された存在。
終末英雄カルキ。
「■■■■――!」
カルキが空へと咆える。
そう。空だ。
カルキの頭上にあるのは無機質な岩盤などではなく、空だった。
それは一体どんな理屈なのか。
一撃で九層の結界を打ち破るだけならば、アーチャーの乖離剣だって可能だ。威力という見地からみれば、可能であるに違いない。だが威力以外を考えれば、そんなことは不可能だ。
何かに何かが干渉する時、そこには必ず相互作用が生じる。一方が受ける力と他方が受ける力は向きが反対であり、その大きさは等しい。俗に作用・反作用の法則と呼ばれる原則である。
だが、その反作用がここにはない。
放たれた一撃は確かに九層の結界と厚い岩盤を食い破ったが、ただそれだけ。地下の閉鎖空間でありながら、強大な衝撃波が周囲を荒れ狂うこともなければ、消滅した空間によって生じる莫大な空気の流動すらもない。光の柱が大気圏外まで出現させたというのに空には未だ雲がある。
万象を切り裂きながら、破壊だけを行うわけではないのだ。破壊した後の再生までこの一撃には込められている。
これが、救世剣ミスラ。
友情と契約の神の名を冠する、破壊と再生を両立させる救世の力。
基地の切断面を見れば、綺麗な円を描いているのが分かる。基地の結界はまるで機能しておらず、物理的にも魔術敵にも完璧なその防御がまるで意味を成していない。今は頭上に放たれたが、平地でこれを横薙ぎにされれば見渡す限り均された平地ができ上がることだろう。
そんな破格の力を、あろうことかこの英雄は数百にも及ぶ宝具を身体に突き刺さったままに、天井に向けて放ったのである。
カルキは、傷ついている。
元より、彼は聖櫃から解放されたばかり。謂わば、生まれたての赤子に近い。そんな状態で《王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)》に囲まれ、《天の鎖(エルキドゥ)》により縛られ、《王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)》から射出される宝具を浴びせられる。加えて、カルキの身体は四〇万年という時間流の誤差から破滅そのものといえる“世界による修正”を受け続ている。
生きているのが不思議という段階ではとうにない。
存在していること自体が有り得ないレベルなのだ。
いつ消滅しても、おかしくない。
それなのに、カルキはその剣をアーチャーや《王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)》に向けようとは欠片もしなかった。
つまりは、カルキにとってヘタイロイの攻撃は何の障害にもなり得ない。英雄王という英霊の頂に立つ存在ですら、カルキから見ればそこらの塵芥と同列に扱われるべき存在に過ぎないのだ。
「巫山戯た、真似をしてくれる」
そんなカルキを憤怒に満ちた視線で睨み付けるのは、霊薬を飲み元の姿へと戻ったアーチャーである。
かつてない屈辱を感じながらも、アーチャーは動けない。否、自らの意志で動こうとはしなかった。
最初の英雄がギルガメッシュならば、最後の英雄こそがこのカルキ。その実力は互いに他の英雄英霊を圧倒している。常人から見れば共に見果てぬ雲の上の存在だが、雲の上であっても優劣はある。逆にギルガメッシュが居る高みだからこそ、カルキと己との実力差を如実に感じていた。
カルキの存在理由は世界を終わらせることである。そのためにカルキは想定される世界人口と真っ正面から相対できるだけの魂の総量を持っている。その量、およそ一〇〇〇億。現在は大幅に弱体しているとはいえ、それでも一億近い総量を持っている。ギルガメッシュですら数十万だということを考えれば、どれだけ絶望的な差であるかわかるというものだ。カルキがギルガメッシュを無視するのも当然であろう。
とはいえ、ここで乖離剣を抜き放てばさすがにカルキも無視はできまい。だが、それによってできることといえばそれだけに過ぎない。
乖離剣と救世剣がこの閉鎖空間でぶつかればどうなるのか分からない。出力負けするなどとは思わないが、直撃せぬ限りカルキを仕留めることは不可能。その上で周囲にいるヘタイロイは余波だけで確実に全滅する。
怒りが逆にアーチャーの思考をクリアにする。
頭上が吹き抜けになったことで戦場を移す選択肢が増え、状況的にはむしろ良くなった。救世剣の威力と特性が見られただけでも十分。カルキがヘタイロイを歯牙にもかけぬのならそれを利用してやれば良い――
「――? なんだ?」
こうしている間にも、攻撃の手は止んでいない。
カルキ本体にダメージはないが、その表面を覆う鎧のような体表には確実に罅が入りつつある。突き刺さる宝具が再生と共に体外に排出されるが、その傷口まで塞ぐまでには至っていない。
それでも何の反応もなかったカルキが、何かに気付いたように、動いた。
カルキが頭上を見上げる。
天井をわざわざ貫いたのだから、そこから外に出ようとするのは当然の行為であるが、カルキの行動にはそれ以外のものがある。
「――アレは」
アーチャーがソレを視認する。
驚くべきはアーチャーのクラス特性で強化された視力より、カルキの直感が優れていたことか。
カルキが、地を蹴った。
巨人の跳躍はただそれだけで周囲のヘタイロイを薙ぎ倒し、地下二〇〇メートルから上空一〇〇メートルまで軽々とその身を移す。この急加速にカルキの全身にまた罅が入り込むが、それを気にする様子もない。いや、気にしている暇などないのだ。
カルキにしても、アーチャーの乖離剣、ランサーの創生槍を前にすれば無視はできない。無視できないレベルの存在がそこにある。だからこそ、カルキは跳躍し、迎撃のために救世剣を構え、放ち、そして、
堕ちた。
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ヘタイロイ。
かつて征服王が英雄王に「ヘタイロイに宝具で武装させれば最強じゃね?」といっていたところからこの案はあった。まあ、本家には遠く及ばないだろうが、貸し与えるくらいならできるだろう。
アーチャー&フラット
実はフラットが椿救出後死にかけたいた時に二人は出逢ってコンビになってたりする。この凸凹コンビを書くのは楽しくて、その後の展開も無駄に書きまくっていたのだが、泣く泣く削ることにした。
フラットはバーサーカーとアサシンと契約してたりするのだが、こうして暗躍している時間を考えると、アーチャーとの時間が最も長い。
アーチャー死亡説。
ちゃんとスノーフィールドから退場してました。時間跳躍なので、一時的に、だけれど。
しかしこれで騙される読者はいないだろう。
カルキ。
その描写からも分かると思うが、サザンアイズで出てきたあの怪物がモデル。
六騎全員(しかもそのほとんどが破格の存在)がそろわないと勝てない怪物という設定にしてしまった以上、これくらいの英雄でないと釣り合いがとれない。というか、真っ当に戦って勝てるやつがいるのだろうか?
魂の総量。
ギルガメッシュの魂についてはSNで「魂の比重、実に数十万人に該当する」と書かれているので根拠はある。