Fate/strange fake Prototype -Another Player-   作:縦一乙

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 その聖櫃が発見されたのは西部開拓時代に遡る。

 ゴールドラッシュに沸いた当時、スノーフィールド北部丘陵地帯の岩場はすでに穴だらけであったこともあって、幸いにも好きこのんで手出しする者は少なかった。しかし道が開拓されたことでスノーフィールドに金以外を狙う者が現れる。それは魔術師などではなく、この地を欲したただの政府の役人であった。

 閉鎖的な環境の未開文明。狙いどころとしては格好の獲物であろう。

 当時のスノーフィールド原住民にとって不幸だったのは、彼等を明確な敵と認識していなかったことにある。彼等によってもたらされた現代文明の一端は魅力的であり、その瞬間が訪れるまで彼等は友好を結ぶべく努力すらしていた。

 そうして、彼等はスノーフィールド奥深くに封印され祀られている巨大な聖櫃を発見し、そして無知蒙昧なる彼等はあろうことか聖櫃を開けて中を確かめてしまった。

 ここでの被害は、記録に残されていない。

 ただ、原住民達が総出で封印に当たり、その大半が死亡した。

 抑止力とみられる存在が出現し、中の英雄を“どうにか”した。

 これらの事実を暴きながら生き残った恥知らずが政府へと報告した。

 その後、原住民を裏切り騙し欺いて、米国政府はこの聖櫃を手中へと収めた。聖櫃のための研究機関を秘密裏に設立し、方々手を尽くしてそのために調査と封印を専門とする魔術師を世界各地から見つけ出し、引き抜いてきた。

 計画は一〇〇年以上前からスタートしていた。

 それでありながら、彼等は結局何も理解してはいない。

 封じられた英雄が本当にカルキであるかのか確証すら得ることができていない。

 彼等が必要としていたのはこの聖櫃を利用することで英霊が呼べるという一点だけ。

 その中身の興味など、最初からなかったのかもしれない。

 だから、その英雄が聖櫃から解放された時、何が起こるのか米国政府は理解していなかった。

「――これは全て、君達の仕業かね?」

 砂嵐となったモニターをそのまま見ながら、大統領は静かに言葉を紡いだ。

 つい先ほどまで、彼は署長と直接連絡を取っていた。

 裏切り者と目されていた人物との直接交渉。本来ならしかるべき順番で報告は伝わってくる筈だが、事前に送られたデータからその手間が省かれている。青ざめた顔で報告してきた計画遂行の幹部連中は、場合によっては比喩としではなく物理的に首を斬る必要も出てきていた。

「あら、何のことかしら?」

 やはり優雅に紅茶の香りを楽しみながら、白い女は気付かぬ間にそこにいる。

 署長との通信も聞いていた筈だというのに、その表情には何の変化もない。

「惚けないで欲しい。これを聖櫃の破壊を仕組んだのは君達アインツベルンだろう」

 大統領の糾弾に平然と白い女は紅茶を一啜りする。

 署長からの通信によると、本計画でもっとも危惧すべき状況に陥りつつあるらしい。犯人はファルデウスなる現場司令官。彼はその権限から米国が後から施した封印である《方舟(オリジナル・ノア)》を悪用。発見当時から英雄を封印していた聖櫃を破壊し、中の英雄を解き放ったらしい。

 それ以上の詳細は通信途絶により不明。

 ヒューストンから光の柱が現れたとの報告もある。件の英雄が何かをしたのは明白だった。

「濡れ衣だわ。そのファルデウスとかいう者が暴走した。ただそれだけのことでしょう?」

「現場の創意工夫だけでどうにかなるものではない。事前の準備がなければそんなことはできるわけがない」

 実のところ、彼等がどのようなことをしようとも、聖櫃の機能に何の影響も与えることはできていない。

 聖櫃はあらゆる干渉を拒絶する。どのような方法をもってしても傷つけることは敵わず、蓋の開閉以上のことを許さない。それがどのような原理によるものかさえ、科学でも魔術でもついに解き明かすことはできなかった。

 これだけの年月をかけて何の干渉もできなかったというのに、それをあっさり成し遂げられれば疑って当然。

 おまけに《方舟(オリジナル・ノア)》はその断片を解析したキャスターでさえ詳細を解明できなかった宝具だ。そんな詳細不明であやふやなものを数十年も前から保険と称して使用していたとなれば、これは余りに不可解。

 この状況にあって聖櫃破壊に使われたと聞けば、最初から仕組まれていたと考えた方が余程しっくりと来る。

「このカラクリを仕掛けるには相応の協力者は必要だ。なら、その容疑者の筆頭が誰か、言うまでもないだろう」

 大統領はこの計画の後任に過ぎない。

 政府主導の秘密計画と言えば聞こえはいいが、魔術を解さずその時々の情勢に動かされる歴代大統領がこれに何か意見することができる筈もない。蚊帳の外に置かれた神輿という立場は、歴代大統領全員に当てはまる。

 その全員に、アインツベルンは秘密裏に接触してきたのだろう。

 自分と同じように。

「……仮に、ですが」

 カップをソーサーの上に静かに置き、白い女が冷たい――というより温度を感じられぬ視線を大統領へと移す。

「我々が犯人であったとして、何か問題でも? 契約違反だと騒ぎ立てますか?」

 まさか、と大統領は大仰に首を振る。

 既に抜き差しならぬ間柄。どちらが利用し利用されようとも、それは自己責任というものだ。ここを御せぬようなら大統領どころか政治家を辞めてしまった方が良い。

「我々は一蓮托生だ。私は君達アインツベルンを擁することで周囲に惑わされることなく動くことができる。君達は、私という駒を利用して大手を振って聖杯戦争の黒幕を演じれば良い」

 大統領の発言に白い女が反応することはない。しかしその視線は相変わらず大統領の顔に張り付いたままにある。

「我々があなたを惑わしている可能性を考えないのですか?」

「君達は私の期待に応えてくれた。成果について騙しているのなら考えるが、それ以外について何か制限をかけたつもりもない」

 大統領の言葉を最後に、互いに見つめ合う。

 探りを入れているというよりは、互いを確認し合う風でもあった。

 互いが裏切ることなど両者が考えていよう筈もない。

 最初から信用していないのだ。裏切りなど起こる筈もない。

「なら、大統領。これから如何するおつもりで?」

 試すようなアインツベルンの口ぶりに、大統領は窓の外を眺め見た。肉眼で確認することは敵わぬだろうが、もしかしたら大気圏突入の光くらいは見えるかもしれない。

 米国政府は英雄が聖櫃から解放された時、何が起こるのか理解していない。

 だが、理解していないことは、理解していた。

 だから、そのための手段は講じていた。

「では、アインツベルン。君はスターウォーズ計画というものを知っているかね?」

 

 

 

 一九八三年、時のレーガン政権より打ち出されスタートした米国の戦略防衛構想――通称、スターウォーズ計画。大陸間弾道弾を軍事衛星で打ち落とし、核の無力化を図ったこの大胆な計画は、冷戦終結と共にその意義を失い、技術的問題をクリアできずに自然消滅していった。

 ――と、言われている。

 確かに計画そのものは終結したが、それらの基礎技術は後世へと形を変えて受け継がれ、生き残っている。この“偽りの聖杯戦争”にも当然その技術は流用され、新たな形を得た衛星軌道兵器を完成させていた。

 宝具開発コード《フリズスキャルヴ》。

 キャスターが作った三つの最高傑作の一つであり、その名は主神オーディンが座す高座から取られている。

 だが、神話に描かれる全世界を見渡すことのできる、という機能はそこにはない。高座である以上そこに攻撃能力などあるわけもなく、衛星としての機能は全て現代技術によるものである。

 唯一、キャスターが《フリズスキャルヴ》に与えた機能は、持ち主を錯誤させる偽造認証の一点のみ。宝具というのは使用者やその状態によってその威力や性能が少なからず変動する。キャスターはその性質を逆手に取り、所有者を偽りながら高度に比例して神性が増すという認識をその宝具に与えている。

 《フリズスキャルヴ》には、ある宝具が搭載されている。発掘されはしたものの、この世の誰にも扱うことのできぬ宝具を使用するためだけに、この宝具は特化させられている。

 

 搭載されている宝具の名は、《大神宣言(グングニル)》。

 主神オーディンが持つ、必中の呪いを持つ神槍である。

 

 

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 例え現在がいつであったとしても、カルキ自身は四〇万年の月日を経てこの地に降り立っている。時間の齟齬は彼にとって斟酌するものではなく、己の使命を全うしない理由にはならない。また世界側にしてもカルキが用意されている存在である以上、聖櫃から解き放たれた段階で抑止力を働かせることはない。

 ここで世界の終焉は決定されたようなものだった。

 抗える手段など、本来ならどこにもない筈だった。

「■■■■■■■■■――ッ!!!!!」

 中天で《大神宣言(グングニル)》に貫かれたカルキが、始めて苦悶の聲を響かせた。

 衛星軌道上にある《フリズスキャルヴ》から投擲された《大神宣言(グングニル)》は通常弓なりに描く軌道をあろうことか直進していった。大気圏突入に赤熱こそするものの、そこに存在するあらゆる物理法則を神槍は嘲笑う。

 この神槍を防げる手段など、この世のどこにもない。

 おそらく最大威力で放ったであろう救世剣による迎撃も、迎撃不可能という概念を形とした《大神宣言(グングニル)》にあっては意味がなかった。再度放たれた極大の光の柱に包まれながら、神槍は目標を誤ることなく光の速度で打ち貫いていた。

 驚愕すべきは、カルキのその頑強さか。

 対界宝具である乖離剣と違い、《大神宣言(グングニル)》が対象とするのはあくまで個人。受けた瞬間に塵すら残さず消滅する威力でありながら、カルキは未だに原型を留めている。

 破壊の衝撃が再生によりキャンセルされる救世剣とは違うのだ。例え受け止め耐えていたとしても、神槍から伝わる衝撃はカルキを身体の中から打ちのめす。カルキの咆哮は体内で暴れた衝撃を外へと伝播させる意味もあったのだ。

 瞬間。

 爆音に等しい衝突音が大気を震わせた。

 空間の歪みをはっきり視認できる威力が全周囲に撒き散らされていく。

 上空一〇〇メートルとはいえ、ここはスノーフィールド市街地、しかも中心部である。カルキという緩衝材があったとはいえ、その威力は想像を絶して余りある。周囲のビルは衝撃に耐えきれず倒壊し、地面はクレーター状に抉れていた。

 弾道弾を確実に迎撃する防衛兵器として表向き設計されてはいるが、同時に核をも凌ぐ威力を備えた攻撃兵器であるのも周知の事実。スノーフィールドどころか、世界最大の人口と規模を誇る東京圏ですら一瞬で消滅させる威力も持っている。大量破壊兵器など、この神槍の前には霞んで見える。

 これが、米国が自信を持って“偽りの聖杯戦争”を実現させた理由。

 迎撃するには神槍を上回る神秘が必要であり、必中の呪いは誤差をミリ単位で許さず、神や巨人、最強の竜種ですら一撃で滅ぼせる威力がここにある。

 おまけに、この神槍は命中後、敵に奪われることすらなく自動で持ち主に帰る機能を持っている。

 この攻撃手段を、米国は何度だって使おうと思えば使えるのだ。

 一撃目で倒せないのなら、二撃目を出せば良い。

 二撃目で倒せないのなら、三撃目で仕留めれば良い。

 攻撃は理論上無限に行える。

 これに耐えられる存在など、この世のどこにも居はしない。

 カルキといえど、例外ではない。この威力の宝具をこの状態のまま再度受け止めれば、確実に消滅させられる。

 神槍を受け止めたカルキの身体は、無様に地へと堕ちた。ここまでくれば、もはや罅程度の損害では済まされない。大きく開いた傷口から血飛沫の如く肉片が撒き散らされ、身体の欠損は著しい。ただでさえ異形な姿が更なる異形へと歪められる。

 ここで、決着は付いた。

 カルキには、世界を終わらせるだけのありとあらゆる能力が付与されてある。

 救世剣の圧倒的な攻撃能力は無論として、あらゆる物理攻撃を凌ぎきる頑強さと神代の時代の魔術でさえ無効化する対魔力。どんな抵抗であっても即座に対処できる超直感とそれを可能とするスキル群。

 だがそれも限界だった。

 本来であればこうした事態に備えて瞬間回復めいた自己修復能力や蘇生能力も有しているが、それを下支えするための魔力が彼にはない。《方舟(オリジナル・ノア)》により強制的に加速された時間流では、本来なら蓄積されていた四〇万年分の魔力をカルキは得られていなかった。

 度重なる策に、最終英雄は敗れた。

 破格と評してもまだ生温い例外にして規格外の最終英雄が、ついに膝を屈した。

 この事実を知れば、大統領は喝采して喜ぶことだろう。協会と教会が手を組み総力を挙げたとしても、かの英雄を止めることなどできやしない。

 本計画は、失敗の代わりに十分すぎる成果を得た。

 米国は今後“偽りの聖杯戦争”を開催することは不可能となったが、世界を手玉に取れる情報制御能力と、最終英雄でさえ討ち滅ぼせる脅威を協会と教会に見せつけることに成功した。

 この成果で歴史に名を残せないのは残念だが、これを礎に数十年後に世界は合衆国にひれ伏すことに間違いなかった。

 もっとも、この判断には無視できぬ誤算がある。

 神槍がカルキの体内で蠢いた。

 その真価を存分に発揮させた神槍は、己の役割が全うされたことを正確に把握していた。迎撃を阻止し、確実に当たり、その威力を敵に打ち込んだ。後は、持ち主の元へと帰るのみ。

 だというのに。

 神槍は、動かない。

 否、動けない。

 神槍はカルキの胸を貫いているが、貫通しきっているわけではない。神槍が帰るためにはカルキの身体から抜け出す必要があるのだが、それをカルキは胸の肉を盛り上がらせ力任せに押しとどめる。神槍を壊すことこそできないが、このままカルキの体内にあり続ける限り、神槍は《フリズスキャルヴ》に戻れない。

 再度の攻撃をカルキは許さない。

「■■■■」

 カルキが動く。

 もはや立ち上がるだけで身体の崩壊は進んでいく。

 確かにカルキの消滅は免れない。あと一度神槍を放たれれば避けることもできず、受け止めることも敵わない。

 逆に言えば、この神槍を放たれなければ、あと一〇分は保つ。

 それだけあれば、世界を終わらせるのはまだ可能だった。

 

 

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 カルキに挑んだのは、一つの影だった。

 黒く暗い、闇底に堕つる影のように頭上よりアサシンは現れ出でた。

 回想回廊を用いてティーネとランサーを連れていち早く基地を脱した彼女は、その勢いのままにカルキへと挑む。

 召喚された六体のサーヴァントでただ一人だけ、最初から“偽りの聖杯戦争”を壊そうとしていたアサシンだ。元凶を目の前にして挑もうとするのに不思議はないが、そのタイミングと方法は誰が見てもあまりに無謀だった。

 救世剣の一撃と神槍の衝撃で周囲一帯に身を隠せるような遮蔽物などどこにもない。頭上であろうとも、直感だけで神槍を感じ取ったカルキがアサシンに気付いていないとも思えない。

 おおよそ全ての英雄英霊の頂点に立つアーチャーでさえ、無謀と断じ正面から相対するのを避けた相手を、あろうことか格下のアサシンが実行してみせる。

 彼女は暗殺者である前に、狂信者だ。

 機を窺うなど悠長なことはしない。カルキの強さなど関係ない。カルキが弱っていようとも関係ない。誰であろうと怖れる者などどこにもいない。神が造りしこの世界を壊し、神を崇める信徒を滅ぼそうというのなら、狂信者として神の敵を前に躊躇する暇などあろう筈もない。

 ここに至って、カルキは頭上のアサシンを仰ぎ見る。感情があるのかすら分からぬカルキだが、心なしその動きには苛立ちがあった。

 天地ほどの力の開きがありながら、今のカルキは弱り傷つき、そして時間がない。確かに塵芥程にしかアサシンを認識していないが、それでもここまで追い詰められれば無視するには大きすぎる塵芥である。

 カルキにとって今は一分一秒が惜しい。世界を壊すには救世剣を特殊な状態にして解き放つ必要があり、そのためには数秒の隙ができる。それを邪魔するだけの実力がアサシンにあるとカルキは判断した。

 だから、カルキは己の残り少ない寿命の内、貴重な一秒をアサシンのためだけに使う。

 終末に現れ最終決戦まで生き残る救世主だけあって、カルキはEXランクの戦闘続行スキルを持つ。核が傷ついた今もカルキが持つ本来の戦闘能力が失われることはない。アサシン相手であれば、一秒でも十分すぎた。

 重力加速も合わさって急速に接近するアサシンにカルキも応じてみた。地下より地上へと瞬時に移動した跳躍力を、足への負荷を考えることなく発揮してみせた。

 この巨体でこの加速と俊敏さは脅威の一言に尽きる。人間相手ですら満足な経験を積んでいないアサシンだ、巨人相手の間合いなど心得ている筈もない。案の定、急激に狂わされた彼我距離にアサシンは対応しきれず、彼女は必殺の一撃を入れるタイミングを完全に逸してしまった。

【……妄想心――】

 それでも、黒いローブからシャイターンの腕を取り出せたのはさすがと言うべきか。同時に写し取った武蔵の宝具“二天一流”で再度両腕に構えたナイフに過剰なまでの魔力を注ぎ込む。ナイフはすぐに壊れるだろうが、一瞬だけでも保てば良い。このナイフとシャイターンの腕で救世剣を受け止めるしかない。

 アサシンはその動体視力であっても銀閃にしか見えぬ一撃を、ナイフとシャイターンの腕は何とかかち合わせることに成功した。アサシンにとってそれは最善の防御方法であり、これより他に方法はない。

 だが、最大限魔力を込めたナイフも何の役にも立たなかった。本来の使い方ではないとはいえ、奇跡そのものであるシャイターンの腕ですら一瞬で消し飛ばされる。両の腕も一瞬で砕かれ、それだけの代償を払っても迫り来る剣はアサシンの身体を両断する未来を変えることはできなかった。

 わずかにできたことと言えば、剣の軌道を逸らすのが精一杯。

 胸を両断されるか、腹を両断されるかの違いだが、刹那であっても彼女は霊核の直撃を避け、その瞬間を生き延びることに成功した。

 成功しただけだった。

 ぐしゃり、と刹那の時が終わらされる。

 救世剣をカルキは片手で扱っている。片手でダメならば、もう片方を使うだけ。

 そこに卓越した技巧など何もない。力任せに行われたシンプルな方法に、アサシンは走馬灯を振り返る間もなくあっさりと、トマトを潰すようにその頭部を潰された。あまりに素早いその動きに気付くこともできなかったのかも知れない。

 時間にして、一秒未満。

 はっきり言って、時間稼ぎにすらなっていない。

 これが誰かとの連携というのであれば、あるいは役に立っていたのかもしれない。

 カルキは上空から襲いかかるアサシンに中空で迎撃した。胆力を込めるべき場所がないこの場にあっては機敏な動きはできず、両手はアサシンを仕留めるべく使われたことで次の行動には微かではあるがタイムラグが生まれてしまう。

 だが、その隙を突ける者はこの近辺には誰もいない。

 この場には、カルキとアサシンしかいない。

 カルキがそこまでを計算して動いたとは思えないが、直感的に最善の迎撃を選択している。正面衝突するように挑めば、どんな小細工を仕掛けられようとも圧倒的実力差だけで鏖殺できるのだ。

 彼女が狂信者で無ければ、こんな戦法など取らなかっただろう。

 しかし、忘れてはならない。

 彼女は狂信者であると同時に、暗殺者だ。

 正々堂々正面から、敵の虚を突いてみせる。

「■■■■」

 カルキが何を口走ったのかそれを理解する者はその場には誰もいない。

 果たして言語という概念があるのかすら疑問だが、それが“驚”を意味していることは確かだった。

 アサシンの割れた頭蓋から脳と脳漿が垂れ流れ、破裂し糸屑みたいになった目玉が揺れている。アサシンを仕留めたことは確かな筈。だというのに、その黒いローブから、更に二つの影がカルキの左右へ躍り出ていた。

 つい今し方倒した筈のアサシンが、同時に二体出現している。

 これが用意していた奥の手の一つ。

 アサシンが生前ついに習得できずにいた宝具“妄想幻像”。

 かのハサンは己が持つ多重人格をベースに複数個体の出現という奇跡を作り出したが、多重人格というベースを持たぬアサシンにそんな真似は不可能。狂信者がために己の強固な精神を分割する隙を彼女は持たない。自分には不可能だという思い込みもあって、アサシンは同時代に生きたハサンを目前にしながらこれまでその業を習得せずにいた。

 だがそれも過去の話。

 己の本質に気付いた彼女は、条件さえ揃えば“妄想幻像”は可能であると結論を出した。

 その条件とは、人格分裂。シャイターンの腕が無ければ“妄想心音”が実行できないのと同様に、この秘技は複数の人格を形成させなければできない。

 アサシンのように成長段階を終えた者が意識の分離を進めることは普通ならば有り得ない。ある種の記憶や自己感覚を変容させ、それを切り離すことなど、強固な精神の持ち主であればあるほど不可能だ。

 生前であれば不可能だった。だが、現代であれば不可能ではない。

 メスカリン系の幻覚剤を用いた自己洗脳。これによって人格分裂と類似する症状を意図的に発症させることができる。ライダーの“感染”を直に目にしてもいる。知識さえあれば実践できる。狂想楽園によりそういうことができることは確認済み。

 これから戦闘をするというのに意識を緩慢にする幻覚剤を摂取するとは自殺行為に等しいが、アサシンはこの無謀な特攻を、意義ある囮へと昇華させた。

 囮が機能し、術者が隠密状態になるのはせいぜい一秒。

 それだけで、十分な隙となる。

「■■■■――――!」

 カルキが叫ぶ。

 自らの知覚が及ばず、その上敵に背を触れられたことに危機を感じ取る。

 タイムラグがあるとはいえ、それでも限度がある。自らの背に沿わせるように返す刀でアサシンの身体を唐竹に両断してみせる。しかしそれできたのは一体だけ。

 

【……理想略取……】

 

 死の天使が、カルキの身体に刻まれた傷口から肉片を鷲掴む。

 そのまま肉片を抉り出そうと膂力を込めるがその瞬間に、アサシンの身体は突然に放たれた不可視の衝撃に宙へと弾き出された。

 これは魔力放出。

 自らの身体に直接手を入れられたことで、カルキの危機意識は最大限に達した。目視できず勘によって放たれているため直撃しても威力は低いが、それでも“即死しない”という程度でしかない。

 衝撃で内臓のいくつかが破裂した。だがアサシンにいくらダメージを与えようと、魔力放出はアサシンを利している。これによってアサシンが自力で離脱するよりも遙かに早く遠くへと行ける。アサシンを仕留めるためにはカルキは宙で身を翻し、全力で追いかけなければならない。

 アサシンが無様ながら墜落したのは、クレーターより離れたビルの瓦礫の中。剥き出しの鉄骨が突き刺さらなかったのは幸運と言えたが、目前には出鱈目な速度で迫り来るカルキがいる。

 カルキがアサシンに費やすと決めた一秒はもう過ぎている。その上、余計な魔力放出でアサシンを弾き飛ばし、宙での姿勢制御にも使用したこともあって無駄な消耗をしてしまっている。

 目標の危険度をカルキは引き上げた。再度の囮を考慮し、周囲一帯を力任せに吹き飛ばすことにする。目標にあるのは奇策のみで、最速の一撃であれば逃げることも、受けることはできぬと判断していた。

 この判断がアサシン迎撃前であれば、話は変わっていただろう。

 上段より振り下ろされた救世剣は、その軌跡にアサシンの身体を捉えていた。

 アサシンが逃げ切ることなど、不可能だった。

 アサシンだけで、生き残ることはできやしない。

 アサシン以外がいれば、生き残ることは可能だった。

 最速で振り下ろされる救世剣を、受け止める何かがあった。

 救世剣はカルキが使うだけあってその大きさは数メートルもある。単純な重さだけでも数トン。そこにカルキの膂力が加わるのだからその破壊力はちょっとしたミサイルにも匹敵する。

 爆発に匹敵する破壊力は確かにあった。しかしそれ救世剣の延長ではなく、その遙か下にある瓦礫の山で起こった。それはつまり、カルキの一撃が完全に受け流されたことを意味している。

 いかな宝具とて、カルキの一撃を受け止め流せるものなどそうありはしない。

 この場にあるとすれば、それはただ一つ。

 創生槍ティアマトのみ。

「死ぬつもりですか?」

「殺すつもりよ。私の役に立てる機会を上げるわ。感謝しなさい」

 非難の声を上げるランサーを相手に、血反吐を吐きながらアサシンは英雄王並の王様発言をしてみせる。

 不定の器である創生槍だからこそ、その形次第でいかなる威力を持つ武器であろうと万全に対応することができる。

 一見してランサーはカルキと鍔迫り合いをしているように見えるが、そう見えているのは瓦礫の上だけ。ランサーは創生槍を大地に根差させることで何とかカルキの一撃を凌いだに過ぎない。

「ああ、けど、ダメですね……」

 ランサーといえど、カルキと鍔迫り合いをするにはさすがに無理がある。カルキがあえて一度離れて次撃を放たぬのは、この状況が有利であると自覚しているからだ。下手に距離を取ればまた奇策を打たれかねない。このまま力任せに押しつぶした方が、より確実である。

 カルキの背から迸る魔力の噴流が救世剣に更なる力を与え続けている。対してランサーはこれ以上創生槍に注ぎ込める魔力がない。

「軟弱ですね」

「あなたのせいなんですけどね」

 先のアサシンとの戦いでランサーの魔力は著しく落ちている。絶好調の時を一〇〇とすれば、今はせいぜい二〇くらいの力しかない。そんな状態にありながらアサシンを助ける余裕などどこにもないが、ここでアサシンを失えば戦況は確実に悪化する。上手くいけばアサシンを助けて一時退避することもできるかと思ったが、想像以上にカルキの能力は高い。

「見誤りました。やはりあなたが殺される隙を突いた方が、まだ勝機はあったかもしれません」

「いいえ。あなたの行動は正解よ」

 後悔するランサーを慰撫するようにアサシンは微笑する。

 両手両足こそ無事だが、内蔵はぐちゃぐちゃだし、度重なる宝具使用に魔力も底を尽き欠けている。絶望的な状況にあって気が触れたのかとランサーは訝しむが、しかしアサシンにはちゃんとした秘策があった。

 その手に掴んでいるのは、先ほどカルキから奪ってきた血肉。

 それを、アサシンは徐に口に含んだ。

 同食同位という言葉がある。

 自分の肝臓が悪いなら、他の生き物の肝臓を食せば良い。血が足りなければ血を飲み、性欲がなければ睾丸を食す。つまりは、自らに足りないものを他者より補う東洋医学の考えである。

 別段珍しい考え方ではない。むしろ人体改造を積極的に行っていた暗殺教団では積極的に取り入れられていた考えだ。

 アサシンが行使した理想略取は、そのハイエンド。奪った血肉をその場で文字通り己の血肉と化す。補うよりも足すことを重視した移植の技術にして増設の技術。シャイターンの腕すら移植するこの御業は、下手をすると自己崩壊を起こしかねぬ危険性を秘めているが、そんなことを気にしていては暗殺者は成り立たない。

 奪ったカルキの血肉は微少。それでも喉を通る頃にはアサシンの五臓六腑は完全回復を果たし、胃に落ちた瞬間に魔力は全快、消化を始めた瞬間には身体中が破裂し血塗れとなった。

 薬も過ぎれば毒になる。

 それでも今のアサシンは過去最高の魔力の獲得に成功していた。

 尚も有り余る魔力を体外に出しながら、アサシンは鍔迫り合いを続けているランサーの傍らに立ち上がった。

 突如として爆発的に膨れあがったアサシンの魔力にカルキは更なる危機を感じ取り、反射的に最大限の魔力放出を行い剣に最大限の重さを加える。

 同じことを一度されただけに、ランサーもそれが悪手であると理解する。

 もっとも、今回のそれはあの時の比ではない。

「では、最終英雄。せいぜい、耐えてくださいね――!」

 アサシンの準備が整ったと判断し、ランサーはついにその態勢を崩した。

 ここでアサシンが何もしないのなら、そのままランサー共々跡形もなく吹き飛ぶことになる。

 幸いにして、そんなことは起こらなかった。

 アサシンの言葉に応じ、体内から最終英雄の肉片が爆発するかの如く駆け巡る。

 その瞬間、アサシンは己の身体を通して世界と繋がる。

 

【……無想涅槃……】

【……幻想御手……】

【……伝想逆鎖……】

【……仮想盤儀……】

【……連想刻限……】

 

 正気の沙汰とも思えぬ宝具の五重掛け。

 いかに最高密度の素材を自らに取り込んだとはいえ、そんなことは普通ではない。

 宝具の多重起動など、アサシンの才覚を以てしてもせいぜい二つまでだ。それ以上は身体が保てないし、サーヴァントという器にあっては限界もある。奇跡の一つや二つを扱うならともかく、それがいきなり五つともなると無茶苦茶である。いかに人の域にあらねども、確率がゼロではないというだけに過ぎない。

 それだけあれば――お釣りが来る。

 常人なら絶望にしか見えぬ無明の闇を、彼女は躊躇いなく踏み込んだ。

 忘れてはならない。

 彼女こそは、歴史に名を残すことのなかった救世主の可能性。

 不可能を可能にしてこその英雄だ。

 絶対不可能を可能にせずして、救世主とはなり得ない。

 生前に生み出されることのなかった雛鳥は、ここに来て世界をその嘴で貫いてみせた。

 世界を、アサシンは書き換える。

 ほんの一瞬だけ、アサシンの望む通りの世界へと改変させる。失敗し続けても、成功するまで繰り返す。何千何万何億何兆もの繰り返しの中で、たった一つの成功を得るまで世界をやり直す。ようやく引き摺り出した未来も、元の場所へと戻ろうと身を捩りアサシンの手から零れ落ちようとする。

 歯が割れ砕けるまで強く噛みしめた。暴走し溢れようとする魔力に全身を犯し尽くされるが、皮肉にも破壊と再生を両立させる最終英雄の血肉が、アサシンにここで倒れることを許さなかった。

 

 世界が、屈服した。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――!!!!!!!!!」

 最終英雄が、雄叫びを上げながら吹き飛んでいく。

 無事であった高層ビルがミニチュア模型の如く壊れていく。

 余りに現実味のない破壊を前に、ランサーですら呆然と立ち尽くしていった。

 ビルの倒壊が始まる直前に、遠くカルキが人形のように倒れ伏す姿が確認できる。

 そんな姿をアサシンは見ずに、

「不味い」

 口の中に残った英雄の肉片を、吐き捨てた。

 

 

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アインツベルンの暗躍。
プロトタイプfakeの話を組み立てる上で最も困ったのはアインツベルンの存在。プレイヤーを本編にあまり絡ませないようにしてたのでアインツベルンの気配を周囲に醸し出すことが出来なかった。苦肉の策でこうした登場のさせ方をしたわけだが、しかし考えてみると第四次や第五次の聖杯戦争でも似たようなことをアインツベルンはしているのでおかしくはない。

スターウォーズ計画。
よく使われるネタ。旧フェイトのショートアニメでギルガメッシュが終末剣エンキを発動させているのを見て中二病がくすぐられこうなった。原作者もくすぐられているのでおそらく多くの人も同様の感想を得たに違いない。

宝具フリズスキャルヴ。
スノーホワイト同様に本来なら「偽神認証」という二つ名を考えたのだが、お蔵入りとなった。理由は、直截すぎるから。
けど搭載しているものがモノなのであまりインパクトがないのが残念。

《大神宣言(グングニル)》
いわずとしれた主神オーディンの槍。さすがにこれを使える英霊はいないだろうということで、フリズスキャルヴというものを想定した。
しかしUBWで突き穿つ死翔の槍の一撃をエミヤが凌いだ際に「君のそれはオリジナル(大震宣言)を超える」という発言をしている。一体誰がどうやって放ったのかは不明だが、英霊がなんとか防げている段階で実は威力的にたいしたことないのではなかろうか。
ハッタリを利かせるために本編ではああいった描写となっている。

時間の齟齬。
ゼロで切嗣が何度も死にかけている固有時制御。わずか数秒でああなのだから、四十万年も齟齬があったらどうにもなるまい。けどここでカルキが死んでしまうと話がすすまないのでダメージを受けた、という程度になっている。

シャイターンの腕。
本当はもっとこの腕を活用させたかったのだが、諸事情(後でわかります)により結局活躍の場がなかった不遇の業。どうでもいいことだが、真アサシンのシャイターンの腕は右手で、本作のアサシンの腕は左手である。プロトタイプの時の挿絵からそうだったので、実は細かな指示があったのではと邪推している。

妄想幻像。
かつてアサシンが真似できないとか思っていた業。これを実行させるにはどうすればいいだろう、と悩んだ結果、狂想楽園などという業を思いついた。狂想楽園の耐性がない、というのをキャスターが嘆いていたが、あれはあれでちゃんとした伏線なのである。けっしてギャグだけでやっていたわけではない。

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