Fate/strange fake Prototype -Another Player-   作:縦一乙

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 必殺の意志を込められ創生槍が繰り出される。

 狙うは首、最速、最短で繰り出される一撃はいかに弱ったランサーといえど侮ってよいモノではない。

 点にすぎない槍の軌跡は光となって目標を穿つ。

 サーヴァントでもない標的にこれを躱す術はない。

 もしランサーに誤算があるとすれば、それは標的に躱すつもりがないということか。

 そもそも、彼女は躱す必要がないことを知っている。それは討ち手であるランサーの手元が狂うとか、自らの強度が創生槍を上回るとか、そういうことではない。

 彼女の危機に、彼女が間に入らぬ筈がないのだから。

 剣戟などと高尚な音はなかった。

 あるのはただ路傍の石を砕く音。

 そして衝撃を殺せず骨が砕ける鈍い音だけだった。

「……なんのつもりです、アサシン」

 ランサーの問いに、アサシンは答えられなかった。

 自らのしでかしたことがよく分からない。

 ランサーの創生槍を、あろうことかアサシンは咄嗟に拾った石を“二天一流”によって全力で強化し、標的と創生槍の間に手のひらを入れることで防いでいた。石は砕け散り、石を持っていた手もかろうじて胴にくっついている有様。ただでさえ少ない魔力を無理矢理に捻りだし、片腕が用を為さなくなったことでアサシンの身体には想像を絶する苦痛が奔っている。

 だがそんな苦痛など、この驚愕にあっては些事に過ぎない。

 何故。

 何故、私はこの者を守っているのか。

 殺す理由は山ほどある。

 生かす理由など塵ほどもない。

 なのに、アサシンはこの少女を守っていた。

「無駄だよ、ランサー」

 続けてランサーが繰り出す突きも掬い上げるように放たれたアサシンの蹴りに軌道を逸らされ、標的には傷一つ付きはしない。今度の一撃は先と違って大地を踏みしめ腰が入ったモノだ。アサシンといえど、意識を集中させずに防ぐことなどできはしない。呆けた顔で、防げるような甘いモノではない。

 これは――

「――令呪」

「ご明察」

 アサシンの反応からランサーは即座にその答えに辿り着き、今まさに殺そうとした赤眼金髪の少女――ジェスターが可愛らしくもパチパチと手を叩く。

「けど、よく私だと気付いたね、ランサー」

 自らの不詳に迂闊に動くことのできぬアサシンを蛇のように後ろから抱きしめ見せつけるように胸を揉みしだきながら、ジェスターは自らの正体に即座に気付いたランサーを褒めてみせる。

「あなたの醜悪な気配であれば嫌でも気付けますよ」

「酷いなぁ。この姿を見れば分かるでしょうけれど、実は私も女の子でね。醜悪と言われると傷ついてしまう」

 大袈裟に悲しむ素振りで目元を隠しながら赤い舌をチロリと出すジェスター。その仕草は外見相応の女子のものだが、そんな可愛げのある存在でないことはよく知っている。

 ジェスターが二人の前に現れたのは、アーチャー達が戦闘を開始し、剣戟が辺りに響き渡る頃合いだった。恐らくバーサーカーの《暗黒霧都(ザ・ミスト)》のせいか、まだ午前中だというのに周囲の空は急速に暗くなりつつある。直射日光が遮られたことでこの吸血種は怖れることなく外に出ることができていた。

 何故か男物のコートを羽織り、外だというのに裸足であるが、ここでそのことを追求するのも無駄であろう。

「――私に、何をしたのですか、ジェスター」

「うん? いい加減気付いていると思っていたけれど、もしかしてまだ気付いてないのかな?」

 アサシンはジェスターに抱きつかれながらも、己の状態を確認し続けている。その上で、先ほどからジェスターを一撃で仕留めるよう動こうとしているのだが、その行動が意志とは裏腹に悉くキャンセルされている。

 令呪で自害を禁じているのには気付いている。そしてジェスターを守るように命令されていたのだろうか。

「――クァハッ! なんだか見当違いなことを考えているようだね、アサシン」

「――……」

 思考を覗かれた感覚にアサシンの肌が粟立つ。

 そんなことは有り得ないと思いながら、疑惑に変わり、疑心暗鬼に陥りそうになる。

「心配せずとも、君の思考を読むなんて野暮なことに令呪は使っていない――私が命じたのはね、君をこのスノーフィールドの守護者にすること、だ」

「守護……者?」

「正確には、サーヴァントを除く戦争関係者を守護すること、かな。君が私を攻撃できないのも、君の守護対象に私も入っているからだ」

 思い返してみれば、そうした心当たりはある。

 つい先程ランサーと戦うのにアサシンはティーネを巻き込まぬよう、戦場を中央から端の壁際へと移している。署長と二人でジェスターと対峙した時、最後まで署長を守りもしている。椿が殺されそうになっていた時、危険を顧みず銃弾の前にその身を晒しもしている。

 合理的に考えれば、ティーネと二人がかりでランサーを相手取る方が確実性は上がる。署長を犠牲にすれば捕まることなく簡単に逃げることはできたし、本気でジェスターを相手取れば殺すことだってできた筈だ。椿だってアサシンがわざわざ助ける義理などどこにもない。

 もっと遡れば、何故アサシンは街中の魔術師を片っ端から捕まえていたのか。それは、そうすることで捕まえた魔術師達の安全が確保され、彼等が周囲に害を与えるのを防ぐため。

 自害の禁止は、アサシンが死ぬことで被る被害が大きいから。

「……この様子だと、どうやらアサシンがそれに気付かぬよう令呪も使っていますね?」

「またもご明察だね、ランサー。それは第三の令呪に使った。第一、第二の令呪の命令に気付かないように、と」

「第一、第二……?」

 呻くように呟いたアサシンに、ジェスターはアサシンの胸を揉みながら名残惜しげにその身から離れた。その顔は両親を驚かせるサプライズを仕掛けた子供のよう。

 ただし、そのサプライズは邪悪に満ちている。

「私が気付いていないことが、まだあると言うのですか……?」

「それをここで言ってしまっていいのかな?」

 絶望に満ちたアサシンのその顔にジェスターは興奮せずにはいられない。この光景はジェスターの胸に焼け付き、向こう一〇〇年は飽きずに愉しむことができる。許されるのなら、このままアサシンをベッドか地下室へと連れ込みたいくらいだ。

 だが、それは我慢しなくてはならない。

 今、アサシンは己の不明に気付きかけている。第三の令呪の効果はジェスターがその存在を告げたこの瞬間から消え失せている。あとはアサシンがその事実に向き合うのみ。

「……そのために、私をアサシンにぶつけたわけですか」

「おっと。興醒めになるので教えないで欲しいな。まあ、教えたところでどうなるものでもないが」

 結局、ジェスターがやったことはアサシンに世界の広さを見せつけることに終始する。狭い世界の神ではなく、広い世界の事実をその身に刻みつけ、己が役割の矛盾に気がつかせる。

 召喚されたばかりのアサシンは、赤子のように無垢だった。何も知らず、何も知ろうとしない。放置された赤子が辿る道は、獣でしかないという良い例であった。

 ジェスターはそんな彼女を教育する。そのために、行動理念はそのままに初志を忘れさせた。果たして他者を知り、異教を知り、世界を知った彼女は、今でも獣であるのだろうか。狂信者であり続けることができるのだろうか。

 その答えが出る瞬間が、ジェスターは愉しみで仕方がない。

「……いいでしょう。ですが、さっさと本題に入っていただきたい。そろそろ私も我慢の限界が近付きつつありますので」

「まあ、その通りだな」

 ランサーの言をジェスターは肯定する。

 アサシンを前後不覚に陥れながら、その実、ジェスターの目的はアサシンにはない。

 ジェスターは、最初からランサーにだけ、用があった。

「君が限界なのは、我慢“だけ”ではないのだろう?」

「……」

 ランサーの無言は雄弁に勝っていた。

 ジェスターが現れた直後くらいに、ファルデウスは死んだ。

 今は残りの魔力で何とか過ごしているが、あと五分もしないうちにランサーは自然消滅する。ランサーであれば、アサシンが守ろうともジェスターを仕留めるのにそう手はかからない。だというのにわずか二撃で諦めたのは、ジェスターのためにこれ以上無駄な魔力を消費したくなかったからだ。

「代価を払ったのだから、私も義務を行使せねばなるまいと思ってね」

「これは失礼。そこまで律儀な性格には見えませんでした」

 このまま誰かと再契約しなければ、カルキを相手にするどころか、ランサーは友と再び相まみえることなく消滅することになる。それを回避するには――契約をするより他に手はない。この目の前にいる、狡猾な吸血種と。

「盗人猛々しい限りですね」

 アーチャーが生きていたのは別にジェスターの功績などではない。それなのに、さも当然のようにそれを餌にランサーを動かそうとする。あまつさえ、銀狼に手を出しながらどうしてこの死徒は臆面もなくそんなことが提案できるというのか。

「これは善意の提案なのだが? 私とて、アサシンと君の二重契約は負担になる」

「ご謙遜を。あなたがその程度であれば何の苦労もありません」

 サーヴァントと直接単独で相対できるような者が何を言うのか。

 令呪の効果は長期間に渡るとその効力が落ちると言うが、アサシンの様子を見る限り、それはない。この一例だけでもジェスターは紛れもなく、破格のマスターなのである。六連男装などという偽りの仮面を全て脱ぎ捨てた今であれば、尚のこと余裕であろう。

 目的だけを考えるのならば、契約するべきだろう。

 目的だけ、であれば。

「残念ですが――」

 はっきりと言葉にしながら、ランサーは三度創生槍を構えた。

「僕にも英雄王の友としてプライドがあります。本来叶うことのない願いのために、あなたに屈する姿を、見せたいとは思いません」

「そのために世界が滅びてしまうぞ?」

「それも運命です」

 ランサーは己の矜持と世界を天秤にかけ、前者を取った。それは英雄が取ってはならぬ選択肢だ。

 だから、とランサーは言い訳をする。

 残り少ない魔力と現界できる時間を前にこの外道は仕留めなければならない。

「私を信じてくれないかなぁ」

 ニヤニヤと、ジェスターは余裕を持ってランサーを見下していた。ランサーとの間にアサシンがいる。それ以外にも、ジェスターは必ず何か手を打っている。ここで最悪なのは、ジェスターが強制的にランサーと再契約してしまうこと。

 それだけは何としても防がなければならない。

 故に、ランサーは次に放つ一撃に全てを賭ける。

 二撃目など考えない。一撃で必ず決着をつける。ジェスターを仕留め損なったとしても、ランサーは魔力が尽きて必ず消滅する。契約を結ぶ暇など与えない。

 後ろ向きだなあ、と呟くジェスター。強制的に守護せざるを得ないアサシンには申しわけないが、ここで手加減をする余裕などはない。せめて、消滅しないようにとランサーは祈った。

 瞬間、ランサーの周囲の空気が滞る。

 世界から陰影が消えてなくなり、色すら失われる。匂いや音は消滅し、必要な情報だけが選択される。

 人間が動作を意識するには、どうしても脳と身体の構造上、動作を始めた直後から、動作を後追いする形になる。それでは意識速度はどうしても遅い。だからこそ、鍛練を重ねた武術の達人は意識する情報を「軽く」して「立ち上がり」を早くする。

 泥人形であるランサーも、それと同じことをする。人間でないため興奮剤を分泌するなどのブースターはできないが、それ以上に徹底的に情報を遮断してみせる。普段から意識せずに使っている気配感知スキルですら、ランサーは必要ないと判断していた。

 見る必要があるのは、己の敵であるジェスターただ一人。アサシン介入が最初から分かっているのだから、それを見越した動きをすれば良いだけのこと。幸いにも、こちらの犠牲は考えずとも良い。

 ジェスターの唇が動こうとするのが分かった。それに合わせて瞬きする刹那を、ランサーは意図して狙う。

 敵を前にして愚か、などとは言うまい。ジェスターは己の視界など頼りになどしていない。しかしこれがフェイクであると分かりつつも、ランサーはこの機を逃すわけにはいかなかった。

 左足で大地を踏みしめる。ただそれだけで下にあるアスファルトが罅割れ砕け散るが、それも一瞬。わずか数メートルの距離。この距離は、槍の間合いだ。だから踏み込みはこれだけで良い。

 後は、右手を突き出せば、それだけ。

 次の瞬間に突き出された一撃を、ジェスターが回避することはできない。人としての機能を捨てることで、ランサーはより「神の宝具」へと近付きその威力を高めている。魔力が尽き欠けているアサシンが間に入ったとしても、先のようにこれを防ぐことなどできはしない。

 そして――。

 そして。

 放たれた創生槍は、次の瞬間に、地に突き刺さっていた。

 アサシンが何か仕掛けたわけではない。

 ジェスターが何か仕込んでいたわけでもない。

 ランサーが、この一撃を故意に外していた。全開の魔力を込める直前だったおかげで、魔力の消費も消滅ギリギリのところですんでいる。まさに寸でのところでからくもランサーは、

 

 己が主を殺さずにすんだ。

 

「がっ――!」

 ランサーが止まったというのに、悲鳴を上げたのは矛先を文字通り逸らされた筈のジェスターから漏れ出ていた。

 ランサーが知り得ぬことではあるが、血液が本体であるジェスターは身体の構造からして人間よりもどちらかといえば不定形であるランサーに近い。そのため眼球などに頼らずその身は周囲をつぶさに観察することができる。

 ジェスターに対して奇襲は通用しない。

 通用しない、筈だった。

 しかし、こともなげにその奇跡は成し遂げられた。

 何故、どうやって、などと言うのは無粋だ。如何にして奇襲を成し遂げたのか、それはランサーが一部始終を見ている。彼は近くに潜んでいたわけでも、高速でこの場に駆けつけたわけでもない。

 ただ、彼は突如としてその場に現れた。

 シュタッ、と彼は地面に華麗に着地し、喰い千切ったジェスターの喉笛を無造作に吐き捨てる。

 銀狼、だった。

 ジェスターにその救命装置を外され、いつ死んでもおかしくない、立ち上がることなど不可能である筈の銀狼が、そこにいた。

「ば、馬鹿なっ」

 銀狼に噛み千切られた喉笛は瞬時に再生するも、ジェスターの心に立った波風まではすぐさま収めることなどできはしない。

 奇襲を受けたことさえ驚愕。それを行ったが、あの銀狼であったことがジェスターの焦りに拍車をかける。

 分厚い窓越しに一秒毎に命が零れ行く様を見ていたランサーですら目の前の事実が信じられないのだ。殺していないとはいえ、殺すに等しいことをしていたジェスターがこの現実を信じられるわけもない。アサシンでさえ、その場から動くことすらできなかった。

「有り得ないっ! この私が手ずから確認したのだぞ! こんな、まるで――っ!?」

 自らの言葉に、ふと何かに気付いたようにジェスターは天を仰いだ。

 夜と見違えるばかりのその厚いスモッグから陽光が堕ちることはない。

 その光景を、ジェスターは聞いている。

 この光景に、ランサーは見覚えがある。

「この結界は――」

 ランサーが答えを出そうとする前に、『特撮ヒーローが変身を解いた後、何食わぬ顔で仲間の隊員のところに戻ってくる』ように無邪気に駆け寄る男が一人。

 いや、この男はいつだって無邪気であるか。

「ジェスターさん、アサシン、ランサー!」

「……フラット・エスカルドス?」

 妙なところで妙な人物が現れる。

 銀狼が突如として現れジェスターに牙を剥いている以上、これが偶然ではある筈がない。フラットが現れ出る時間差が、尚のことジェスターに焦りを産む。わざわざ一緒に現れなかった以上、フラットは何かを仕掛けている可能性が高まってくる。

「――やはりフラット・エスカルドス、もっと早くに処理するべきだったかっ!」

 状況を完全に飲み込めたわけではないが、ジェスターは己の不利を悟る。

 こうなった以上、ランサーが狼かフラットと契約するのは確実で、そこにジェスターが入り込む余地はない。フラットと銀狼を殺して黙らせるにしても、今度はアサシンがその凶行を阻んでしまう。それよりもジェスターですら気付かぬうちに取り込まれたこの結界から早く抜け出ねば、取り返しの付かぬ事態にもなりかねない。

「アサシンっ!」

 ジェスターが咄嗟に身を翻しアサシンを捕まえようと手を伸ばすが、その前にランサーがアサシンの身体を捕まえ抱き寄せる。令呪で守護者となったアサシンも、直接的にジェスターの支配下に入っているわけではない。傍にいる狼もそれを理解しているのか、むしろ積極的にジェスターとの間に入ることで、ジェスターが手出しし辛い状況を生み出していた。

 そして、アサシンも、ジェスターの手を拒絶していた。

 夢にまで見た光景であろうが、ジェスターはアサシンのその顔に愕然とする。

 その顔に、悩みはあろうと、迷いがない。

「ジェスター、私はこの現状を見過ごすことはできません。神のために――私を助けてくれた全ての者のために、私はここで立ち止まることは許されない」

 不意を突くアサシンの言葉に、ジェスターは呆然となる。

 アサシンは、神の存在と、自らを助けてくれた全ての者とを同列に語った。そして異教の教義に毒された自分の存在をも肯定している。狂信者たる自分が神に代わってこの地を救えることに、喜び色すらそこにあった。

 フラットが近付いたことで、アサシンは最初の出会いを思い出す。

『関係ないよ。他人が傷ついていて、自分には治す術がある。なら、僕は治してあげようって思うんだ。

 だって、痛いのってイヤじゃない?』

 実に、馬鹿馬鹿しい台詞だ。

 そんな愚かなまでの善意に、アサシンは突き動かされた。

 アサシンには、力がある。他人には決して実行できぬ、奇跡を行使する能力が。

 まずはそう、例え何があったとしても、できることがあるのなら、それをやってみるべきだ。それが神のため。神が使わした私の役割だ。

「ジェスター、あなたに感謝します。守護者として命じられなければ、私は要らぬ血を流し、神の名を汚すところでした」

 屹然と言い放つアサシンの言葉に、ジェスターはキッと振り返りフラットを睨み付ける。

「……――やってくれたな、小僧!」

「何で俺怒鳴られてるの!?」

 ようやくこの場に駆けつけることができたフラットにジェスターは罵声を浴びせるが、当の本人は何のことだか分からぬ顔をした。何をしても本人にその自覚がないので罵り甲斐のない男である。

 もちろん、フラットがジェスターに対して何かしたということはない。

 強いて言うなれば、基地の脱出途中に銀狼を保護したくらい。それでも、別に回復させたわけでもなんでもない。ランサーの危機に銀狼が駆けつけたのは、純粋に彼の意志であり、アサシンに至っては勝手にアサシンが立ち直っただけである。

「……アサシンが絶望に染まる時、もう一度私は会いに来る。それまでせいぜい生き延びておくことだなっ!」

 悪役が去り際に放つお決まり台詞をそのままに、ジェスターはそれぞれを睨み付けながら、その身を虚空へと退場していく。

 ジェスターは消えた。

 この場には、憑き物が落ちたようなアサシン、ランサーに擦り寄る銀狼と銀狼の毛並みを優しく撫でるランサー、そして何が何だか分からないフラットが残された。

「えっと……?」

「心配は要りませんよ。ジェスターはもうアサシンの前に現れることはないでしょう」

「どういうこと?」

 ジェスターは敵だという認識がないフラットに、ランサーが一々説明することはない。

 だから、結論だけをフラットに告げる。

「今暫く君がアサシンを支えてください。それだけで、アサシンは世界と向き合えます」

 やはり首を傾げるフラットをそのままに、ランサーは迷わず銀狼の手を取り、主従の契約を再度果たした。余分な令呪がないためその手に令呪が現れることはなかったが、確かにこの瞬間、ランサーと銀狼との間に魔力のパスが通る。それは両者の強い絆を表すように、強く太い確固とした道だった。

 魔力が、ランサーの身体に満ちつつある。

 銀狼が、今どういった状況にあるのか、ランサーは分かっている。この地であっても、銀狼の容態が良くなったわけではない。銀狼がこうして立ち上がり、ランサーと共に戦えるのは、消えかけた蝋燭の最後の輝きに過ぎない。

 銀狼を思うのならランサーは銀狼ではなくフラットと契約するべきだった。

 それでも、ランサーは迷わなかった。

「私達も急ぎましょう。戦闘はまだ終わっていません」

「フラット、早く私の怪我を癒やしてください」

 状況を伝えるべく走ったフラットであったが、そんなことは不要だった。

 アサシン、ランサー、フラット、銀狼が戦線へと復帰する。

 六柱の英霊が、戦場へと集まりつつあった。

 

 

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「――これで、私ができる仕事は終わりだな」

 結界を張り終え、黒く夜のように染まった空を見ながら、バーサーカーは己の身体から漏れ出る黒い霧の放出を止めた。

 直径一〇キロ四方を覆う程の超巨大結界《暗黒霧都(ザ・ミスト)》。気象学的には既に霧ではなく靄である。これをわずか数分で完成させたのはある意味凄いことであるが、残念なことにこの結界に本来の能力はない。適切な大きさと適度な魔力濃度であれば結界内の人員に多大な被害を与える大災害であるが、これだけの規模になるとコントロールなどできはしない。

 この結界は外界と遮断するためだけのために張られている。

 全ては、犠牲を最小限に抑えるために。

 中で戦う全ての者達が、心置きなく戦えるために。

「ありがとうございます、バーサーカーさん」

 精も根も尽き果てたバーサーカーに、労いの言葉がかけられる。そんな言葉が、バーサーカーにはこそばゆい。

「礼を言うのは私の方だ。こんな私が役に立てるのも、君の――君達二人のおかげだ。繰丘椿、ライダー。ありがとう」

 バーサーカーにはもう立ち上がる体力もない。魔力だってライダーから供給を受けることで賄われている。本来なら戦闘能力を失った殺人鬼など、何の価値もない。そんなものに魔力を供給するなど無駄遣いもいいところ。

 だからこそ、バーサーカーは椿とライダーに感謝する。

「そんなことないです。バーサーカーさんがいなければ、カルキさんをこの結界に捕らえることはできませんでした」

「それはフラットの手柄だ。彼のサーヴァントとして誇らしく思うが、それは彼に直接言ってあげて欲しい」

 椿の言葉にバーサーカーは力なく笑って否定する。

 バーサーカーの解析能力は、確かに秀でているものではあるが、それだけだ。対象を襲い、解体し、その眼で直接確認しなければその能力が十全に発揮されることはない。一目で未知を既知と化し触れずして相手を解体する天才を前にあっては、多少優秀程度では到底及ぶべくもない。

 バーサーカーがしたことと言えば、そのフラットを多少手助けした程度。結界を張るのに必要な情報だっただけに、もしかすると手助けどころか足を引っ張っていたかもしれない。

 けれどもわずか数分という短時間で、奇跡とも言える成果を得ることはできた。

 外界と隔絶させるバーサーカーの結界、カルキを巧みに誘導するフラットの解析能力、それらを下支えするライダーの魔力総量、多くの人を救おうと動いた椿、そのどれか一つでもこの場で欠けていてはカルキを嵌めるなどできよう筈もない。

 いや、これだけでは足りないか、とバーサーカーは最後の一人に声をかける。

 この場で最も多くの人命を救った大英雄を忘れてはいけない。

「改めて感謝します、大賢者殿」

「礼には及ばぬ。どんな形であれ、無辜の民を助けることに私が助力を惜しむことはせん」

 その大英雄は、額から角を生やした白髪の老人の姿で召喚された。

 角はともかく、一見すると穏やかそうな顔と苦労をしてきた皺に好々爺とした印象を受けるが、そのローブの下から時折垣間見える筋肉は伊達ではない。彼は指導者としてその名を馳せているが、同時にその肉体で死の天使サマエルと戦い勝利した逸話を持つ戦士でもある。

 彼こそが、旧約聖書の『出エジプト記』に記された古代イスラエルの民族指導者。神よりイスラエル人を乳と蜜の流れる地、約束の地カナンへと導く使命をうけた大英雄。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教およびバハーイー教など多くの宗教において、もっとも重要な預言者の一人。

 大賢者モーセその人である。

「君もこの地より立ち去るなら送り届けるが?」

「こんな殺人鬼にもったいないお言葉。ですが、頂戴するだけにしておきましょう。私はこの戦争の行く末を見届ける義務がありますので」

「ならばそうすると良い。悔いを残さぬようしっかり見届けなさい」

 約束の地を目前にしてこの世を去った大賢者はバーサーカーの言葉に一人頷いた。

 カルキ覚醒後の救世剣ミスラの一撃、そして神槍グングニルの衝撃はその付近の人間を全員殺してまだお釣りが来る破壊を周囲にもたらしていた。なんとか安全域に退避できていたのはおよそ二〇万人。本来であればこの時点でスノーフィールド市民の内、脱出に間に合わなかった六〇万人は全滅する筈であった。

 それを阻止すべく召喚されたのが、この英雄が持つ奇跡である。

 宝具《神火の導き(エクソダス)》。

 かつてエジプト軍に追い詰められた際に紅海を割って脱出路を作り出した奇跡が宝具となったものである。避難民に対して脱出路を形成するこの奇跡は、こうした状況であれば尋常ならざる効果を発揮していた。この宝具と椿とライダーの活躍によって、一般市民への犠牲者は奇跡のようにゼロである。

 とはいえ、その代償は決して小さくない。《神火の導き(エクソダス)》そのものには然程魔力が必要なかったとはいえ、六〇万人をスノーフィールドの外へ脱出させるのはいかにモーセといえど賄えきれる魔力量ではない。モーセが高位の英霊ということもあって短時間の召喚ながら東洋人は令呪を二画消費し、八〇万人に“感染”したライダーですらその総魔力の五割を消費することになった。

 そして今は残りわずかな現界時間を有効に活用するべく、東洋人と銀狼をそれぞれの目的の場所へと送り、戦い傷ついたヘタイロイを随時戦場から結界の外へと運んで貰っている。そんな細かな芸当ができるのもモーセだからであろう。

「しかし、君のマスターはそそっかしいな。私が送れば一瞬であったというのに」

 銀狼をモーセが送った瞬間に、フラットは「銀狼じゃ説明ができないよ!」と今更なことに気付き、引き留める間もなく慌てて駆け出していった。

 現状に絶望していないことは結構だが、もう少し緊張感があっても良いのではないかとこの場の全員が思う。

 このフラットの平常運転にジェスターがあらぬ疑いを抱き急ぎ離脱することになろうとは、いかな預言者といえど分からぬようである。

「ならば、そこのお二方はこれからどうしようと言うのかな?」

 その矛先を、モーセはバーサーカーから椿とライダーへと移した。

「私共に何かありますか?」

 平坦なライダーの口調ではあるが、心なしその声は疲れているようにも聞こえる。

「言葉通りの意味だ。既に君達の使命は果たされている」

 数多の試練に耐え抜きその使命を全うしたモーセはあえて戦の勝ち負けなどを論議しない。挑むことに意義があるのならそれも良い。ここで見届けたいというのならそうしよう。死して得られることもある。

 だが、椿とライダーに限ってはそれが許されるバーサーカーとは違う。

 椿の望みは、無用な被害を出さぬよう市民を外に逃がすことで、カルキを結界内に閉じ込めることだ。そしてそれは既に叶ってしまっている。現状、結界にこれ以上手を加えることはできず、結界を支える魔力を供給している以上、結界内から離脱することは許されない。

 椿とライダーはこの場に居ることが重要なのであって、こんな戦場近くに留まり見届けることは推奨されないし、戦闘に参加するなど無謀極まりない。最も賢明な選択肢は戦闘に巻き込まれぬよう結界の端でひっそりと隠れ過ごすことである。二人が死ねばせっかくの結界は崩壊し、避難した市民はその命を再び危険に晒すことになる。

 責任を感じ「何でも」すると言う者は多けれど、その中には「何もしない」という選択肢も含まれていることを理解せぬ輩は多い。幸いにして――不幸にも、聡い椿はそのことを理解していた。

 だから、椿は己の心を隠す。隠そうとしていた。

 それを預言者は見咎める。

 そしてあろうことか、椿の背中を押すような言葉を放ってみせた。

「これより先をどうしようとも、君達を非難する権利を持つ者は誰もいない。戦っても良いのだ。後になって悔やむと分かっているのであれば、尚のこと」

「……それは、許されることではありません」

 椿に代わってライダーがモーセの言葉を否定する。

 椿の心がどこにあるのか、それは周知の事実。だがこの場の状況がそんな私心を許すわけがない。椿はマスターとして、ライダーがこれ以上責任を被らぬようにする義務がある。ただの善良な市民としても、多くの市民を危険に晒すような真似は到底許されることではない。

「繰丘椿。あなたは動くことで罪を償おうとした。そして今は動かぬことで罪を償おうとしている。それは非常に正しい行為だ。私の眼からも、そう見える」

 予言者は椿の肩に手をかける。

「だが、あなたはあなたの心を犠牲にしてはならない。エジプトの初子を代価にファラオから許しを得た私だ。罪もない彼等に犠牲を強いたことは、私の後悔のひとつでもある。椿、君によって助けた民草がこれを知れば、きっと彼等は後悔し、その罪を背負うことになる。そんなことを、彼等にさせてはならない」

 正否の問題ではないのだ。

 釣り合うかどうかも問題ではない。

 問題ですら、ない。

「だから、椿。自らの心を偽らずに最善と思うことをしなさい。ライダー、椿を罪深き者にしたくなければ、死力を尽くして事に当たりなさい。その結果どのようになろうとも、きっと神はお許しになる」

 その言葉に、椿は逡巡する。

 ライダーに心を手に入れさせた椿が、その心を押し殺す。そんな皮肉にライダーは心躍らせる。結果は、もう分かりきっていた。

 椿の視線が、バーサーカーへと向けられた。

「結界の維持管理くらいなら今の私にもできる。気にすることはない」

「……――あり、がとうございますっ!」

 モーセに押された背中は、椿に新たな一歩を踏み出させる。

 一歩が出れば、二歩目は容易い。椿の傍らにはライダーもいる。共に歩み行くのであれば、これほど心強い者はいまい。

 小さな戦士が、戦場へと駆け出していく。

 そんな小さな背中を、バーサーカーは動かぬ身体で見送った。モーセは椿を激励した時のまま、動かない。

「……随分とこじつけがあったように思えますが?」

 あっという間に消え去った背中を未だに見つめるバーサーカーの言葉にも、モーセは動かなかった。

「物事に犠牲は付きものです。それは理屈だけで理解しきれるものではありません。人を殺しながら一度は逃げ出した私だって、納得できるものではありませんでした。そのようなものを、あんな幼子に全てを背負わせるとは余りに酷というものでしょう。犠牲になる者――いや、救われるべき者にだって順序があります」

 私はそれを正しただけです、とモーセは言い繕った。それで八〇万市民が納得するとは思えないが、知りようのないことを納得する必要はあるまい。

 この聖杯戦争の事実が外に漏れることはない。八〇万市民の意識は今も朦朧としており、事が終われば協会なり米国なりが適切な処置をどうせしてくれるのだ。他者の目など気にして躊躇するくらいなら、その枷を外してやった方が良い結果に結びつくというものだ。

「それで、わざわざ危険を冒して椿を激励したのです。戦況は芳しくないようですね」

「そこを見通せているのだから、君は指導者に向いているのかもしれないな」

「いえいえ、私などせいぜい詐欺師止まりでしょう」

 子孫がああも問題児であれば尚のこと。

 バーサーカーが戦況を推察したのは、単純に聞こえてくる剣戟の数が少なくなりつつあるからだ。アーチャーの一斉掃射に轟音は絶えず聞こえてくるが、その中にヘタイロイが奏でるものがない。

 モーセが犠牲を顧みずに椿を送ったのは、同じ犠牲を払うのならば、救われる者を増やしたいというシンプルな理屈。全滅しかねない状況にあって予備戦力を出し惜しみするのも馬鹿馬鹿しい。

 カルキを結界に閉じ込め、アーチャー、キャスター、ヘタイロイによって攻め続けてはいるが、これでもカルキを倒しきることは難しい。すぐに行き詰まるのは間違いない。事実、行き詰まった。

「それで、改めて聞きますが、戦況は?」

 バーサーカーの問いに、モーセは自分の役割が終わったことを告げた。

「今し方、ヘタイロイが――全滅した」

 

 

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アサシンの令呪。
長期間にわたる命令は令呪の効果が利きにくい、という話であるが、ジェスターは超一流の魔術師らしいのでクリアしていると思って頂きたい。
令呪で命じた内容は
1.サーヴァントを除く戦争関係者を守護すること
2.アサシン本来の初志の忘却
3.1と2の令呪の効力に気付かないこと
というもの。
プロローグと微妙にアサシンの性格が違う理由は令呪によるものだからである。原作でもアサシンの使いづらさは言及されてるが、実際に書いてみて、こうでもしないと上手く話に絡めることは難しかった。

ジェスターの正体
成田良悟著「ヴぁんぷ!」には全身が血液の吸血鬼というものがいるが、それは参考にしていない。

大賢者モーセ。
個人的には短気なおじいちゃんという認識がある。
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