Fate/strange fake Prototype -Another Player-   作:縦一乙

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 戦況は誰もが予想した通りに推移していた。

 数で囲み、数で押す。最低でもスリーマンセルで敵に当たり、常に一対多で行動することを心掛ける。そもそも質で劣る彼等に一騎打ちという概念はない。キャスターの三銃士とアーチャーの宝具で制空権は確保され、戦場は完全に支配されていた。

 並の軍ならこの一方的展開に為す術もなく全滅するところであるが、あいにく相手は最終英雄カルキその人。そのカルキから生まれ出てきた《九界聖体(ダシャーヴァターラ)》も一体で一軍を相手取れる化け物揃いである。《王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)》が一線級の魔術師で構成され、数多の宝具で武装しようとも、本質的な戦力差は如何ともし難い。

 結局、《王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)》は時間稼ぎに終始するのが精一杯。《九界聖体(ダシャーヴァターラ)》の突進を食い止め、その隙にアーチャーが思い出したかのように上方より串刺しにする。傷ついた者はモーセによって移動させられはしたが、彼等の全滅は避けられない運命にあった。

 《王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)》の全滅に止めを刺したのは、カルキが《九界聖体(ダシャーヴァターラ)》に新たな使い方を覚えたことによる。

 自らの肉体を切り離すことで生まれる《九界聖体(ダシャーヴァターラ)》を、カルキは高速で射出する。その巨体は近・中距離を制圧することに長けているが、長距離攻撃手段には乏しい。それを補わうために編み出した使い方である。

 文字通りの生きた弾丸は、ただの一斉射で弱まった《王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)》を残らず食い破った。庇うようにキャスターのボルトスが咄嗟に間に入りはしたが、それでも運命は変わらなかった。鋼鉄の身体を容易く食い破られ、ボルトスは再度立ち上がることができず、崩れ落ちた。

「■■■■■■――――!!!」

 周囲を囲む蟻に加え、鬱陶しい蚊蜻蛉も一体落ちたことで巨人は歓喜の声を上げる。

『すまん、しくじった!』

「構わん。奴に有効な攻撃手段として認識させただけまだマシだ」

 キャスターは自らの選択ミスを謝るが、アーチャーはそうは捉えない。《九界聖体(ダシャーヴァターラ)》によってカルキは分裂すれば分裂するほど、カルキ本体の質量を削られ弱くなる。厄介ではあるが、やり過ごせればそれに見合った釣果はある。

 とはいえ、元からいた《九界聖体(ダシャーヴァターラ)》もまだ数体は残っている。これらを捌きながらカルキに救世剣を使わせないよう攻めるのは、アーチャーであっても難しかった。

 ヘタイロイが全滅し《九界聖体(ダシャーヴァターラ)》を抑える者がいなくなれば、面倒なことになりかねない。まずはこの多勢を何とかする必要がある。

「キャスター、我を護れ。乖離剣を使って奴らを駆逐する」

『アイアイサー!』

 アーチャーの命令にキャスターは瞬時に応じる。乖離剣のデータはキャスターにもある。構えて放つまでのタイムラグは無視できるものではない。それにカルキが乖離剣を確認すれば、救世剣を使うのは確実だろう。

 そう何度も使える手ではない。ならば出し惜しみはなしだ。

 キャスターはアラミス、ダルタニアンをアーチャーの左右を侍らせて《九界聖体(ダシャーヴァターラ)》を押しとどめ、残ったアトス一体でカルキへ無謀な特攻を行わせる。ここで確実にアーチャーに先手を取らせねば、次がない。

 キャスターの判断は、正しかった。

 アーチャーが虚空から乖離剣を取り出した瞬間、カルキの反応が一変する。

「■■■■■■――――ッ!!!」

 カルキは同時に二つの脅威を検知する。一つは特攻するアトス。そしてもう一つが遠くでアーチャーが構える乖離剣。より脅威度が高いと認定されたのは後者だ。

 真っ正面からスラスターを全開にしてぶつかるアトスを受け止めながら、慌てたようにカルキは救世剣を構える。邪魔するアトスを《九界聖体(ダシャーヴァターラ)》を至近距離から滅多矢鱈に撃ち出して排除しようとするが、もう遅い。《方舟断片(ノア)》は“剣”から“盾”へとモードチェンジさせてある。“鎧”でないため全体のダメージをゼロにすることはできないが、それでも数秒の時間稼ぎはできた。

 過去のデータから、乖離剣と救世剣では発動までの時間に大差ない。

 出遅れたカルキが先制することはもはやできない――!

「仰ぎ見るが良い、《天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)》を――!!」

 英雄王が、その歪な剣を解き放つ。

 目標すら必要としない対界宝具であっても、その矛先はカルキをはっきりと捉え離さない。虚空を穿ちながらカルキ迫り来る暴風は、それだけでアーチャーの狙い通りに周囲から襲いかかろうとする全ての《九界聖体(ダシャーヴァターラ)》を奈落の渦へと呑み込んでいく。

 救世剣を構えながら、わずかでも距離を取ろうと背後に跳ぼうとするカルキであるが、しかしその足を死に体のアトスが掴んだ。

 直撃は免れない。

 不安定な足場のまま、カルキは救世剣を解き放つ必要に迫られた。

 それはどうしようもない選択肢。避けることも、先制することも許されない。ならばもう、防ぐための手段を講じるより他はない――

 

 ――筈だった。

 

 他に選びうる選択肢があるなど、一体誰が思おうか。

 確かにカルキは万能である。あらゆる事象に対して対抗策を練れるだけの頑強さと柔軟性がその肉体に宿っている。だが、神ならぬ英雄であれば全能ではない。付け入る隙は必ずある。

 それが、この一撃。

 回避は不可能。防御も無駄。

 予定通りに、カルキは救世剣を確かに撃ち放った。両者の間で破滅の刃は互いにぶつかり合い、天は干上がり、時の流れもせき止められ、銀河の形すらも変えかねぬ、究極すらも生温い極致を見せつける、筈だった。

 誰もが脳裏に思い浮かべたそんな瞬間は、見事に裏切られた。

 救世剣から光の柱が解き放たれる。極大威力の《天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)》とそれは真っ正面からぶつかり――そのまま素通りした。

 何が起こったのか、誰にも分かるまい。互いにぶつかりながら、ぶつからない。そんな矛盾がここに起こる。

 アーチャー、そしてキャスターは完全に見誤っていた。

 乖離剣であれば、カルキは救世剣を使うという推測。それが正しいことは証明された。が、何故救世剣をカルキは使うのか。そこに大きな誤りがある。

 失念していたのだ。救世剣ミスラは、望んだ対象にのみ、その影響を与える。中和、拡散、均質化、圧縮、相殺、歪曲、その他どんな手段を取っても救世剣はカルキの思考を読まぬ限りは迎撃することができない。

 その特性は、《天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)》にだって通用する。

 あろうことかカルキは、救世剣を迎撃などに使いはしなかった。

 目標は、乖離剣を放つアーチャーそのもの。

 最終英雄は、防御の代わりに攻撃を取る。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――ッ!!!」

 巨人が叫ぶ。

 本日三度目となる極大の威力の攻撃をその身に受ける。迎撃をしないのだ。解き放つタイムラグがある限り、救世剣より乖離剣の方が早く相手に届く。三度受けたからといって慣れるというものではない。

 乖離剣は、その威力を言葉で語れるほど生易しいものではない。森羅万象の悉くを崩壊させる以上、威力を論じるなど馬鹿馬鹿しい。

 当たれば消滅は免れない。

 この決定に、異論を唱えられる者などいよう筈もない。

 カルキも異論は唱えなかった。

 特級の宝具ですらろくに傷つけることもできなかったカルキの身体を、《天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)》は容易く両断し、破砕し、灼き尽くし、塵と化してみせた。

 完全消滅――いや、まだその場に残っているモノがある。

 その場に、ドシャリと落ちるモノがある。

 カルキの頭部、そして救世剣を持ったままの右手である。

「■■■■■」

 この状態であっても、まだ最終英雄は動きを止めない。

 よくよく周囲を見渡せば、再起不能である点では同じであるが、まだまだ塵と呼ぶにはやや大きい程度の滓もある。そしてカルキの身体があった場所より後方は、明らかに被害が小さくなっている。

 全てを平等に呑み込む必滅を体現しながら、最終英雄の身体は無視し得ぬほどに強大であった証である。いやさ、世界よりもなお深く、広く、遠い存在であった証左ともいえよう。カルキがもし完全な状態で乖離剣を受け止めることができたのなら、あるいは原型を留め耐えきることもできたのかも知れない。

 こうして、《天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)》の直撃を受けながら、この最終英雄は生き残るという快挙を成し遂げてみせた。

 もしカルキにまともな思考があったのならば、ここで喝采していたことだろう。共に絶死を免れぬ一撃同士、互いに直撃しながら生き残ったということはそれ即ちカルキが勝利したことに等しい。

 もっとも、カルキにまともな思考は存在しない。

 乖離剣を持ったアーチャーがまだ生き残っていることを前提に、その身を集め形を整え、慢心して周辺観測を怠るようなことはしなかった。

 そしてそのカルキの行動は正しかった。

 カルキが最初に見た光景は、覆い被さるように展開された黒く黯く暗い塊。見る者が見れば、それが本来は形を持たない混沌の塊であることに気づけただろう。それは原始の海とも呼ばれる生命の記憶そのもの。

 

 創生槍ティアマトの生命爆発。

 ――《天命渦巻く混沌の海(ムアリダート・ギムリシュン)》に違いなかった。

 

 カルキが犯した失敗は、救世剣の消滅対象設定を“生命存在”にしていたこと。次元断層という純粋エネルギーでは救世剣を防ぐことはできないが、生命の原典を解き放つ創生槍であれば救世剣から放たれる光の柱を受け止めることはできる。

 少し離れたところで、ランサーがその創生槍を繰り出す姿勢で膝を付いている。

 銀狼と再契約したことでランサーの魔力は多少回復しているが、それでもこの短時間に大技を放てるほどには回復していない。今の《天命渦巻く混沌の海(ムアリダート・ギムリシュン)》にしてもかなり無理を要したが、それでもかつてライダーへ向けて放った一撃の一割にも届かぬ量でしかない。

 全力であれば互角に耐えることもできたのであろうが、蓋を開ければ拮抗できたのは、わずかに一秒足らずでしかなかった。

 アーチャーが居た場所を覆い被さるように展開された混沌の塊には、大穴が空いている。大穴が空いた向こうに、乖離剣を放ち終えたアーチャーの姿はどこにもなかった。

 これはカルキにとって嬉しい誤算だった。

 乖離剣に引き続き創生槍を防御ではなくカルキに向けて解き放たれていれば、いかに出力が落ちていようと、カルキに抗う手段は残されていなかった。特に、今の状態であれば、避けることすらままならない。波状攻撃こそ、今のカルキが最も忌避すべき戦法であろう。

 その可能性が、ここで潰える。

 アーチャーをその両側で護っていたアラミス、ダルタニアンの両機も乖離剣で大気がかき回されたことで通信障害に陥っている。所詮は試作機ということもあって、スノーホワイトのサポートなしでは自律制御で動くこともままならない。その手にある《方舟断片(ノア)》も空間座標が固定された“檻”へと戻っている。

「■■、■■■!」

 それはもしかしたらカルキが大笑している声なのかも知れない。

 残ったカルキの肉体は右手と頭部のみ。

 それであっても元の大きさが五メートルを超えるような巨人である。多少の欠損があってもその肉の量は再度身体を構成するのに十分すぎる量がある。

 自ら残された血肉を材料に、最終英雄はその姿を人間大のサイズに一新する。破壊と再生はこの英雄のお家芸みたいなもの。自らを対象としてもそれは変わることはないらしい。その気になれば、土塊からパンを作り出し、泥水をワインに変えることだって不可能ではない。

 多大な魔力を消費し再構成された身体は人間の形を模していた。

 大きさは一般成人男性程度か。形を模しているだけで、そこに鎧どころか服や装飾すらもなく、黒々とした硬質な肌が剥き出しとなっている。その顔も目鼻耳口などは余分とばかりにどこにもなく、当然そこに表情などがある筈もない。ストリートのウィンドウに立っているマネキンだってもう少し表情は豊かに、動きだって生き生きとしている。

 マネキン以下の姿と成り果てても、それでもカルキはカルキだった。巨人サイズにあってようやく釣り合いの取れていた救世剣をその手は軽々と持ってみせる。軽く振り回して感触を確かめ――

 

【……回想回廊……】

 

 背後に向けて全力で救世剣を振り回す。

 以前の巨体ならまだ対応できなかったであろうが、サイズが小さくなったことでパワーは落ちつつも俊敏性は遙かに上がっている。

 奇襲に飛び出た直後に目の前に迫る大剣を、アサシンは避けることも防ぐこともできずにいた。

 だから、アサシンに代わって共に奇襲を仕掛けたアーチャーが手にした乖離剣で救世剣を受け止めてみせた。

 並の宝具なら衝撃だけで耐えきれず砕け散るところであるが、さすがは乖離剣、その能力と共に頑強さも桁違いである。

「貸しは返したぞ」

「その程度では利子分にすらなりません」

 受け止めた救世剣をそのままアーチャーが押さえ込み、アサシンが両手にナイフを持って接近戦をしかける。アサシンのナイフはリーチが短く重さがないため一撃必殺には向かないが、変幻自在な軌道と手数の多さはここでは何よりの長所となる。

 嵐のようなアサシンの連撃ではあったが、それでもカルキを焦らせるには至らない。

 片手で児戯のようにアサシンを精密且つ正確にあしらい、片手で玩具のようにアーチャーを救世剣で弾き飛ばす。アーチャーが弾き飛ばされる直前にアサシンの襟首を掴んでいなければ、アサシンの身体はそのまま素手で解体されていたことだろう。両者の距離が、一気に五〇メートル以上も離れる。間髪入れずアーチャーは宝具を驟雨の如く投射するが、その全てをカルキは精緻且つ確実に迎撃してみせる。

「奇襲にも、我が生きていることにも驚いた様子はないな」

「そもそも彼にそうした感情があるとも思えませんが?」

 襟首を引っ張られた情けない姿のままにアサシンはアーチャーの一言に疑問を呈す。たった一度の接敵で使い物にならなくなったナイフを放棄し、次のナイフをローブの下から取り出した。一体何本あるのか気になるところである。

 乖離剣と救世剣、どちらも互いに互いの主を直撃していた。

 カルキは自らの肉体で乖離剣を耐え抜いただけだが、救世剣を拒絶するような類の盾や鎧はいかにアーチャーといえど持ってはいない。アーチャーが生き残れたのはランサーの《天命渦巻く混沌の海(ムアリダート・ギムリシュン)》による時間稼ぎとアサシンの回想回廊によるもの。アーチャー単独であれば、どうにもならず消滅するより他はなかったことだろう。

 惜しむらくはこのせっかくのチャンスを活かしてカルキが形を整える前にケリを付けたかったところだが、アサシンもランサー同様に魔力不足が深刻になっている。こうしてランサーと駆けつけたところで宝具を乱発することは難しい。

 アーチャーとランサーは、カルキを挟み一〇〇メートル以上も離れながらもお互いの姿を認識した。これが何も知らぬ者であれば礼の一つでも考えないこともなかったが、相手が朋友であるのならば、今はする時でないとアーチャーは判断した。

 それはランサーも同じ事。だから二人はこうして面と向き合っても話しかけることはしない。

 彼等が真に語り合う場は、ここではない。

「それで、どうするつもりですか?」

「ふん。業腹だが、ここまで追い詰めてもまだ奴の方が上だ」

 立ち上がってそのまま突進しようとするアサシンの襟首からアーチャーは未だ手を離さない。しかたなくアサシンはアーチャーに策を問う。

 乖離剣によって周囲数百メートルは遮蔽物のない完全な平地と化し、数の利を活かしやすい。幸いにして、アーチャーは朋友たるランサーと一度戦ったアサシンの技量も把握している。これらを踏まえてカルキの実力と特性を冷静に見比べれば戦術を組み立てることは十分可能だ。

 撤退戦術は選べそうにないが。

「キャスター、聞こえているな?」

『……――何とか聞こえてはいる。お前らの状況もモニターくらいならできている』

 ノイズ混じりではあるが、再起動したダルタニアンからキャスターの声が出力される。共にアーチャーの防衛に当たったアラミスも目立った被害があるように思えないが、胸部の一部が歪に歪んでいた。これが致命傷らしく、再起動できる様子もない。

「動けるか」

『そっちも何とか、だ。だが、主機出力が思ったよりもあがらねえ。アラミスを捨ててバックアップ演算をダルタニアンに集中させるが、戦力比は七割ダウンしていると考えてくれ』

 各種スラスターを軽く噴かして調子を確かめるキャスター。機体を軽くするため増着装を排除したわけだが、高機動戦闘ができないとなると、一気にこの機体の利用価値が低くなる。四機でようやく牽制できたというのに、一機ではまともに相手もできないだろう。無駄と承知でオプション兵装も積んでおくべきだったか。援護するにしても選択肢がなければ適切に動くこともままならない。

「ならば相応に動いて盾となれ」

 キャスターの報告にアーチャーはにべもない。ダルタニアンが持つ《方舟断片(ノア)》はカルキにダメージを与えられる数少ない武器ではあるが、当たらぬ武器に意味はない。無人機であれば遠慮の必要もない。

「それより、“荷物”は届いたな?」

『確認したかったのはむしろそっちか。もちろん届いたぜ。今スノーホワイトに接続して仕組みを解析させているところだ』

「ならば演算処理とやらはそっちに集中させていろ。貴様は貴様にしかできぬ仕事を優先しておけ。片手間にできることではあるまい」

『ありがた過ぎて涙が出そうだ。その意味が分かって言ってるんだろうな?』

「忖度する必要はない。早くしろ」

 苛立つアーチャーにキャスターは軽く応じてみせる。キャスターに指示を出したことでダルタニアンの機動力が更に低下することは避けられない。戦局そのものに大した影響がないとはいえ、それでも戦力が落ちたことには変わりない。

「何を企んでいるのですか?」

「戦後処理だ」

 いぶかしげに問うアサシンをアーチャーは一言で片付ける。

 今後があるマスターであればこうしたことに東奔西走するのは理解できるが、後を気にする必要のないサーヴァントが一体どんな戦後処理をするというのか。

 多少興味は引かれたが、そんなことを気にしても仕方がないとアサシンはすぐに諦めた。どうせこれ以上聞いてもアーチャーは答えないに決まっている。

 ただ、アーチャーがカルキに対し勝利するつもりでいることは理解できた。

「それで、作戦は決まったのかしら? いつまでもアレが大人しく待っているとは思えないのだけれど?」

 アサシンが言う通り、救世剣を構えるカルキがこうしていつまでもこちらの出方を待ってくれる保証はなかった。

 こうしている間にもアーチャーは秒間六〇もの宝具を全方位から投射し続けている。これだけの宝具の連射に足止めできているようにも見えるが、実際のところカルキにはまだ余裕がある。その証拠にカルキの頭部にある眼と思しき窪みは絶えずアーチャーを見続けている。

 時間が指し迫りつつあるというのに、カルキは先のように力任せに突撃を仕掛けてこない。ここまで追い詰められたことで先程以上に不用意に動けないことを理解している。先程はまだカルキの肉体の質と量も十分であったし、《九界聖体(ダシャーヴァターラ)》もあって死角から襲いかかられるということもなかった。

 だが今は乖離剣と創生槍という無視できぬ得物を持った二人がカルキの前後を挟んでいる。一撃で相手を倒せぬ上に一撃で倒されかねぬ状況では、さすがのカルキもこれを何とかするべく考え始める頃合いである。

 このままでは、アーチャー達が選択できない撤退戦術をカルキが取ってしまう可能性もあった。本格的に逃げられると追撃は困難を極める。そのためにはどうしてもこの場にカルキを釘付けにしてしまう必要がある。

 ここいらが限界か、と考えた頃に、ようやくその兆候をアーチャーは感じ取り、宝具の投射をストップした。

「貴様とランサーが前衛、我が後衛。この木偶が盾だ。奴が殴られた瞬間に一斉に仕掛ける」

「……殴られたら?」

 順当な作戦――というより配置だが、合図というには少々不可解な指示がアーチャーの言葉にあった。アサシンの猛攻を片手で捌くような猛者を相手に、一体誰が殴り飛ばすというのか。

 アサシンの疑問は程なく解消される。

 頭上より、それは来た。

 スノーフィールド全域を覆う漆黒の結界はバーサーカーの宝具《暗黒霧都(ザ・ミスト)》。その結界の一部が、大きな塊となって、頭上より降り注いでくる。

 直径は小さいもので数センチから大きいもので二メートル程度。数は大小合わせて一万を超えている。そんな黒色の雪が隕石よろしくカルキの元へと降り注ごうとしていた。

 勿論それらは虚仮威しに過ぎない。《暗黒霧都(ザ・ミスト)》の正体は石炭の煤煙であり、それを凝縮させて落下させているだけ。最も大きいものが直撃したところでダメージを期待できるような攻撃ではない。

 その程度のこと、一目でカルキも見抜いている。

 カルキはその場で救世剣を構えたまま、降り注ぐ《暗黒霧都(ザ・ミスト)》を無視して動かず、目前のアーチャーと背後のランサーに気を配る。アーチャーの投射が止んでいる今こそカルキが攻勢に転じる好機なのだが、あからさまな罠の気配にカルキも動けずにいた。もしくは単純にとまどっているだけか。

 とはいえ、カルキの判断は間違っているものではない。

 降り注ぐ《暗黒霧都(ザ・ミスト)》もこれだけの量にあってはそう長い間降り続くことはできない。足元を覆い隠す程に降り積もる黒色の量からもそれは明らか。だから、降り終わった瞬間こそが両者が動き始めるタイミングだった。

 それまで誰もがそこを動けない。動かない。

 標的が動かないのだから、それを思いっきり殴り飛ばすことは、思いの外簡単であった。

 降り注ぐ《暗黒霧都(ザ・ミスト)》に紛れて上空よりソレは接近していた。極大の塊であればカルキも多少警戒したかも知れないが、直径一メートルも満たない塊では隠れようもないと高を括っていたのかもしれない。

 成人ならば、確かにこの大きさではどうにも隠れようがない。

 ならば、子供であれば。それも発育が送れた女児であれば。

 繰丘椿。

「――うわあああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!」

 そこに技術などという高尚なものはない。

 拳を強く握り込むぐらいのことは出来ていたが、握り方は拙いので指を確実に痛める。フォームは滅茶苦茶だし、脇が空いて腰は入っていない。地に足を接着せずに放ったのだから、むしろ当てただけでも大したものであろう。

 だがその小さな拳に、山をも砕く魔力がライダーによって瞬間的に乗せられていた。

 やや斜め上方からカルキの左頬に向けて放たれた一撃は、見事その身体でクレーターを作り出して沈めてみせる。

 その瞬間を待っていたかのように、周囲に舞っていた《暗黒霧都(ザ・ミスト)》が一斉に人の形をとる。魔力こそ少ないが、姿形はこの場にいる全員を似せていた。遠くにいながらも、バーサーカーは全力で囮を務めてみせる。

 ここに、六柱のサーヴァントが、それぞれの形で戦場に馳せ参じた。

 最終決戦、その第二ラウンドが始まる。

 

 

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「■■■■■――――!」

 カルキが雄叫びを上げる。

 ダメージはあったが、身体はまだ動く。クレーターにその身を沈ませながらも、カルキは自らを殴り飛ばした椿に向けて救世剣を奔らせる。

 アスファルト混じりの固い地面であっても、カルキには何の障害にもならない。地面を紙のように切断しながら、あっけなく、カルキは華奢な少女の肉を裂き骨を断ち、胴を両断した。

 そのことにカルキが疑問を抱くには少々遅かった。

 救世剣の切れ味はお世辞にも高いモノではない。刃引きでもされたのかと思える愚鈍な鉄塊であるが、これは意図して行われたもので、これが完成形である。何故なら救世剣は罪深き者の処刑を執行するための処刑刀(エグゼキューター)でもあるからだ。

 この剣に必要とされるのは全てを両断する切断力などではなく、全てを圧倒する莫大な破壊力。だから処刑刀の先端に望まれるのは遠心力を増すためのバランス狂いの超重量である。

 神が用意したものにしては些か物理学に則っているが、おかげでカルキはその魔力を消費することなく自身が持つ肉体ポテンシャルだけで、複数のサーヴァントを相手取ることができていた。

 しかしそんな剣だからこそ、サーヴァントならともかく、人間の少女などという矮小な存在を斬ったことに手応えなど伝えるものではない。カルキは少女を斬ったのか、霞を斬ったのか、手応えだけで判別がつかない。斬ったことを目視しただけで、少女を殺したものと勝手に判断し、次なる目標を周囲に探す愚を犯した。

 斬られた少女の顔に、笑みがある。

 バーサーカーが無理をして大量に《暗黒霧都(ザ・ミスト)》を降らせ、無茶をしてそれをこの場の人間に似せて形作った理由。カルキ相手に児戯にも等しい行為だが、上首尾に運んだ。

 これは、囮。

 本物は、カルキの真下に既にいる。

「――もう、いぃっぱあぁぁつぅぅぅっ!!!」

 今度の殴打は、地に足が付いている。

 大地を言葉通り「踏み砕く」強烈な震脚。先の奇襲ではライダーはその気配を消すため肉体操作を行わなかったが、ここまで接近し密着すれば関係ない。椿の拳は既に血塗れとなっているが、あと一発くらいなら問題なく放つことはできる。

 寸頸。

 爪先から始まって、足首、膝、股関節、腰、肩、肘、手首。すべてをひねりながら、その力が拳に集約されていく。気合いを込めた椿の叫びに喉が傷ついた。この最終英雄相手に通用する技かは不安であるが、幾度となく放ってきた技は精錬され威力は当初の数倍に跳ね上がっている。そこに、ライダーは再度山をも砕く――否、山をも消し飛ばす魔力を練り込んだ。

 かつての巨人の姿であったのならあるいは効かなかったのかもしれない。

 恐竜が蟻を怖れる理由はないが、しかし熊と犬程度にその距離は縮まっている。

 

 空間すらも軋み砕ける一撃を、カルキの体内で解き放つ。

 

 これで勝てるなどとは思わない。

 けれども、これが椿とライダーに出来る最後の力だった。

「■、■、■、■、■、ッ――――」

 悲鳴などはない。

 嘔吐くように漏れる音だけが、カルキから漏れ出てきた。

 この近距離にあって未だカルキから反撃を受けない事実が、何よりの成果を物語っている。とはいえ、それも時間の問題には違いない。

 離脱は無理だった。

 古の城壁どころか城塞そのものを吹き飛ばせる出鱈目な拳だ。力を伝導していった両足から右手まで、残らずその負荷に耐えきれてはいなかった。骨は粉砕され肉は寸断。痛みはカットするまでもなく脳が拒絶していた。

 無事なのは左手一本だけ。

 これでは脱出などできよう筈もない。

 だから、

「あとは、お願いします」

 椿はこの瞬間を逃さず近付いたランサーとアサシンにバトンタッチした。

 カルキの動きは精彩を欠いていた。未だ動かぬ足を引き千切るように無理矢理動かしてアサシンの刺突を躱し、救世剣を盾にランサーの創生槍を受け止める。

 カルキの悪癖か、カルキは己の肉体ダメージを無視して動こうとする傾向にある。それはあの巨体があってこそ成り立つ荒技だ。ここまで身体が小さくなれば、それももはや限界。

 この機を、逃すわけにはいかない。

 畳みかけるようにスラスターを噴かし、ダルタニアンも《方舟断片(ノア)》を大上段に掲げて襲いかかる。その上でマシンガンのように宝具を投射するアーチャーもいる。

 こうした窮地にもなれば、カルキがしでかす悪癖がもう一つ。魔力放出。

 暴風のように一帯に放たれた魔力を、しかし全員読んでいた。ランサーはその場で創生槍を円錐に展開して留まり、アサシンは椿の身体を掴んで離脱。ダルタニアンは咄嗟に上へ跳んで難を逃れる。素早く動けぬバーサーカーの《暗黒霧都(ザ・ミスト)》が幾つか逃れられずに霧散し、軌道を逸らせぬ宝具が魔力放出に弾かれ地に突き刺さる。

 唯一今までと異なっていたのは、その魔力放出が一瞬で済まなかったこと。十秒以上も四方に魔力を放出し続け、誰も寄せ付けぬ即席の防御結界を作り出す。体勢を整えねばこのまま押し切られてしまうのをカルキも自覚していたのだ。

 アーチャーやキャスターの見立てではあと数分でカルキは活動限界を迎える。この魔力放出で、更に一分はその寿命を縮めていよう。次にこんな激しく燃えるような状況になれば、その蝋燭は確実に尽きることになる。

 暴風が収まった後には、最終英雄が佇んでいた。

 残り少ない寿命と引き替えに、椿とライダーに与えられたダメージからカルキは立ち直っている。

 魔力が底を尽き欠けた今であっても決して油断できる相手ではない。その膂力だけでサーヴァントを倒せる実力は健在なのだ。

 それに、救世剣は最後の一撃を残したままだ。

「アーチャー、乖離剣は使えないのですか?」

 その方が手っ取り早く方がつく。催促するようなアサシンの視線にアーチャーは首を横に振った。

「次を撃てばこの結界は確実に壊れる。相殺されぬと分かっていれば、おいそれと使えるものか」

「役に立ちませんね」

 アーチャーの出した結論にアサシンは不平を言うが、アーチャーにしてもそのことを不甲斐ないと思う。魔力供給がない今、アーチャーが放てるのは後一度限り。決定的場面でなければ使うことは許されない。そしてその一撃は恐らくこの場で使うことはできないと直感していた。

「では、作戦は今まで通りということですか」

 言いながらアサシンは傷ついた椿の身体をボールでも放るようにアーチャーへ投げつけた。前衛と後衛の役割が変わらないのであれば、保護をするのは後衛の役割だろう。しぶしぶアーチャーは椿の身体をやはりボールのように受け止めた。

「申し訳ありません。椿を説得できませんでした」

「子供とはそういうものだ。むしろ可愛げがあって良いではないか」

 椿、そしてライダーが消滅すればこの結界は崩れ落ち、全ては台無しになりかねない。だというのに、ライダーの言葉にアーチャーは気にも止めなかったとめない。何せ彼のマスターは歳は近くともそうした可愛げは皆無であった。多少うらやましいとすら思ってしまう。

「過ぎたことはどうでも良い。貴様はさっさと自力で動けるように努めておけ。最後の仕上げはお前のマスター次第だ」

「承知しております」

 八〇万人分の魔力を吸収しながら、今のライダーには椿の身体を修復させる余力すら満足に残されていない。市民の避難やこの結界を展開するのに力を使いすぎていた。最初からアーチャーにのみ魔力を供給していれば、乖離剣の乱発でカルキを倒しうることもできたかもしれないが、過ぎたことを考えても仕方がない。

 どちらにせよそんなことは有り得ない。そんな施しを受けるのはアーチャーの趣味でないし、何よりその場合、カルキに代わってアーチャーが世界を破壊しかねない。これが、被害が最も少ないベストな方法であると信じるより他はないのである。

「話は終わりましたか。あなたの命を助けた分、早く返して欲しいのですが?」

「この我にここまで悪態をつけた者は古今東西、お前くらいのものだ」

「お褒めに預かり光栄です、英雄王」

 皮肉などではなく、本気でアーチャーはその剛胆さを褒めたわけだが、アサシンはその言葉を誤ることなく受け取った。

「さて。では再度参りましょうか。アーチャー、援護しかできぬのですからしっかりしてくださいね」

 念を押しながら、アサシンは低空を薙ぐように疾駆を開始する。不満そうな顔をしながら、それでもアーチャーはアサシンを守るように宝具の射出を開始した。

「■■■■■■■■■■■――――――!!!!!!!!!」

 同時にランサーも逆方向から仕掛け、カルキがそれら行動に応えた。

 救世剣を防げるのはこの場では《方舟断片(ノア)》と乖離剣、そして創生槍しかない。しかし《方舟断片(ノア)》を持つダルタニアンは俊敏性に欠け、乖離剣を持つアーチャーは後方。消去法によってランサーがこれを受けざるを得なかった。

 創生槍と救世剣が火花を散らす。

 三メートルもある大剣は一撃を振るわすだけで大気を掻き乱し、周囲に立つのもやっとの暴風をもたらす。そんな中にあれば《暗黒霧都(ザ・ミスト)》でせっかく作り上げた人形が為す術もなく散るのも道理。それでも、何とか残った人形に混じって近付くアサシンを最後まで隠すことには成功していた。至近距離に近付いたその瞬間まで、カルキはアサシンに気付けずにいた。

 アサシンの一撃を、カルキは軽く見る。いかな魔力の篭もった武具であろうと、その威力はカルキにとって猫に噛まれる程度に過ぎない。カルキの防御力をアサシンの攻撃力で打ち破ることは難しい。

 アサシンの攻撃は当たる。だがそれだけ。ランサーの攻撃を捌く片手間に時折カルキから反撃を受けるが、それを受け止める防御力をアサシンは持たない。全力で攻撃し、全力で回避する。いっそのこと宝具でも使えればいいのだが、アサシンの業でカルキに有効なものはない。唯一通用しそうな伝想逆鎖もカウンターに特化しているため、こうして相手にされなければ使えるモノではない。

 それでもアサシンには他の選択肢はない。

 雨粒に打たれる程度のダメージでもダメージには違いない。

 片手間の反撃だろうと、その分ランサーの負担は減っている。

 だが、それだけで抑えきれるほどカルキは甘い存在ではない。天秤の針は砂粒一つで一気に傾いてしまいかねない。

 ランサーの顔に焦りが出る。アサシンとアーチャーの援護が機能しなければ、単純な技量差で押し切られてしまう。

『二人とも、一度離れろ!』

 上空より、キャスターの声がノイズ混じりに響いた。

 キャスターの判断は正しい。

 カルキに全身全霊を賭けた攻撃を続けても効果は薄い。むしろ悪化しかねない状況にあっては、仕切り直す必要がある。ならば、一箇所に留まることなく戦場を移しながら一撃離脱(ヒット&アウェイ)を繰り返した方が勝機は高い。

 互いに立ち止まっていてはカルキの思う壺。この状況を打破すべく、キャスターは《方舟断片(ノア)》を構えたダルタニアンがカルキめがけて突っ込ませる。

 そんな雑な攻撃がカルキに当たるわけもないが、周囲に撒き散らされる暴風は《暗黒霧都(ザ・ミスト)》の人形は近寄れずとも、ダルタニアンの重量とスラスターの高出力には無意味。

 そして《方舟断片(ノア)》の“剣”が繰り出された以上、カルキもこれを無視するわけにはいかない――

『あ。やべ』

 仕切り直しをさせるために突撃したダルタニアンを、カルキは正面から見据えていた。

 キャスターの判断は、正しい。しかし、その方法も正しいかといえば疑問を呈する必要がある。何故なら、カルキの狙いはおそらく最初から《方舟断片(ノア)》の排除にあった。ダルタニアンの突撃にランサーとアサシンが距離を取ったこの瞬間を、カルキは望んでいたのだ。

 ピンチをチャンスとみて行動するカルキの悪癖を知りながら、キャスターはこの行動を予測できではいなかった。全高五メートルはあった巨人の身体ならまだしも、今のカルキは人間サイズだ。ダルタニアンの巨体を受け止めるのはリスクが余りに大きく、成功してもダルタニアン一機を仕留めるだけでリターンも小さい。アーチャーと対決したハイリスク・ハイリターンとも趣がかなり異なる。

 もっとも、カルキの行動に危機感を覚えつつも、キャスターに止まるつもりなど毛頭なかった。アーチャーにも言われたように、この機体の役割は盾だ。ここで怖じ気づく必要はどこにもない。むしろカルキが避けぬと分かった瞬間、スラスターの出力を限界一杯に引き上げていた。

 カルキの狙いは分かっている。半壊しながらしつこく動いたアトスがあり、一部が損傷しただけで機能不全に陥ったアラミスがいるのだ。同一機種である二機を比べれば機体の弱点は明白である。

 一応、《方舟断片(ノア)》の“剣”で弱点部位をカバーするが、ダルタニアンではカルキの反応速度を捉えることはできない。

 突撃から激突まで、一秒とかからなかった。

 救世剣と《方舟断片(ノア)》が真っ向からぶつかり合う。だが重量において両者は圧倒的な差違があり、片や特攻機と化しているのだからぶつかり合って終わりではない。いかに堅牢な防御姿勢を作ろうとも、ダルタニアンが持つ運動エネルギーはそんなカルキを易々と吹き飛ばしてみせた。

 カルキが宙を舞った時間は軽く五秒はあった。

 落下というより墜落。

 ぐちゃりという音がする。

 ここで何事もなければ、ダルタニアンはそのまま急上昇し、再度カルキを狙うことだろうが、世の中そう上手くいかないようにできている。

 ダルタニアンは、カルキと衝突した場所から何ら回避行動を取ることもなく真っ直ぐに突き進む。そのまま数百メートルは離れたオフィスビルに激突し、ようやく止まった。勿論、この巨大パワードスーツの弱点を論議するまでもなく、原型を留めぬこの機体が動くことは二度とない。

 対して、吹き飛ばされたカルキの方は何事もなかったかのように、むくりとすぐさま立ち上がってみせた。

 カルキはダルタニアンと激突した瞬間に、右手の救世剣で《方舟断片(ノア)》を押さえ込みながら、左手の手刀でダルタニアンの中枢ユニットを貫いていた。激突した衝撃は中々のものであったが、カルキ自身の頑強さもあってダメージは許容範囲内に収まる筈だった。

「――――?」

 カルキが、首を捻る。

 ここでの誤算は、キャスターとカルキの意識差にあった。キャスターはこの激突をハイリスクローリターンと思い込み、カルキはローリスクローリターンのつもりであった。カルキはダルタニアンを真っ当に評価することもなく、ただ毒針を持った蜂程度にしか感じてはいなかった。

 気をつけるべき《方舟断片(ノア)》は確実に捌いた筈。ダルタニアンには他にカルキを傷つける武装は無かった筈だが、これはどうしたことか。

 カルキの左腕が、なくなっている。

 不思議ではあるが、一体どこでなくしたのか、などと考えるまでもない。

『てめぇがいずれ弱点を突いてくるなんて予想済みだ』

 キャスターの声が、沈黙しているアラミスから聞こえてくる。主機が落ちてはいるが、バッテリーそのものは生きている。戦闘に参加できぬまでも、アラミスは観測機器として健在である。

『てめぇが貫いた弱点には予め《方舟断片(ノア)》モード“鎧”を不活性展開させてあったんだよ。他人の懐に手を入れるなら、もっと優しくしなけりゃモテないぜ』

 カルキが弱点の胸部を貫いた瞬間に“鎧”は活性化し、時間断層を作り上げてカルキの腕を時間の檻の中へと隔絶させていた。

 元々実戦証明などできていない不安のある試作機である。システム上の問題はスノーホワイトでなんとでもなるが、機体強度などハード面での問題を完全にクリアすることは不可能だ。最初からクリアできないのが分かっているのなら、そこに予め罠を張るのは当然の策だろう。

 敵が持つ《方舟断片(ノア)》の数が四つだと思い込んだのがカルキのミスである。

「■■? ■■■■?」

 急激なバランスの変化にカルキは明らかに戸惑っていた。

 片腕を失ってその行動が大きく制限されることになったのだからそれも当然だ。カルキの膂力は片手であっても救世剣を使いこなせるのだが、救世剣はそもそも人間サイズで使われることを想定していない。端的に言って、大きすぎ、そして重すぎる。

「キャスター、貴様はもう用済みだ。死んでも良いぞ」

『死亡許可!? ここは礼の一つも言うべきじゃねえかな!?』

「ありがとうございます。後は僕達に任せて、気にすることなく御自分の作業をなさってください。それぐらいしかできないのですから」

「礼を言われたいならもう少し役に立て、役立たず」

 キャスターに辛辣な言葉を浴びせながら、二体のサーヴァントが三度、カルキへと襲いかかる。

 片腕を失ってもカルキは身体を変形させて腕を作ることができる。そんな時間をやるわけにはいかないし、キャスターが作った隙をみすみす逃すつもりはない。

 二人とカルキとの彼我距離は約五〇メートル。サーヴァントなら一息で踏破できる距離だが、今はその一息分だってカルキに余裕を与えたくない。二人は同時に地を蹴りカルキへと向かうが、何故かその瞬間、不可解な風が流れた。

 度重なる戦闘でこの周囲一帯はすり鉢状となって立地的に風が吹きやすくはなっている。通常であれば風が吹くのも当然であるが、しかしここは結界の中。外界と遮断された空間にあって風が吹くなど有り得ない。

 強風であり、向かい風であった。つまりそれは、カルキが起こした風。

 では何をしたのか、それがアサシンには咄嗟に理解できない。

 カルキの戦闘スタイルが変わることは予想できていたことだ。ランサーは近接戦闘にあたって救世剣の重心を利用した足技を多用するのではないかと予想した。アサシンは救世剣を満足に扱えぬならヘタイロイを一掃したように《九界聖体(ダシャーヴァターラ)》で中・遠距離戦を行うのではと予想した。

 どちらも不正解だった。

 何故なら、二人の予想にあった大前提がそもそも間違っていたのである。

 あろうことか、カルキは己の目的に必要不可欠な救世剣を投擲してみせた。

 確かに、この状況で救世剣は手枷になっても役には立たない。ならば解決手段は明瞭である。投擲することで己の枷はなくなるし、敵にダメージも与えられて一石二鳥。必要であるなら再度取り戻せば良いだけのこと。

 敵に奪われるなど、そんな発想をカルキは持っていなかった。

 アサシンは、全力で移動しようとする己の足を止めた。

 横を見ても、そこにランサーの姿はない。

 振り返れば、そこでようやく音が聞こえた。

 ランサーはアサシンの遙か数百メートル後方、幾たびの衝撃で土台が折れて壁と成り果てた高速道路のアスファルトに、これ以上ないほど叩きつけられていた。胸元を救世剣で貫かれたその姿は、処刑された聖人を彷彿とさせていた。もしくは、出来損ないの昆虫標本か。

 消滅する様子がないのでランサーはまだ生きているのだろう。だが今すぐに戦闘復帰ができぬのであれば、そんなことは何の慰めにもならない。

「アサシンッ!」

 状況を俯瞰していたアーチャーが一喝し、宝具が投射される。

 気付けば爆発と見紛う跳躍をもってカルキがアサシンに肉迫しようとしていた。なんて間抜けと唇を噛むも、アサシンがここでカルキを避けるという選択肢はない。

 カルキが狙うモノには優先順位がある。

 一位がランサーであり、二位がアーチャーである。理由はどちらも創生槍と乖離剣というカルキにとって致命傷なり得る武器を持っているからだ。特にランサーはカルキと同じく神が作った宝具である。カルキの方が上位存在であろうが、それでも同系種であるならば戦い方次第で時間稼ぎは可能である。時間のないカルキにとって両者は無視することのできぬ脅威である。

 ではアサシンはというと、敢えて順位を付けるなら確かに三位であろうが、二位と三位の間にはあまりに高い壁――もしくは無視できる程に低い溝がある。

 アサシンの残り少ない魔力であの宝具の重複起動などできはしない。アサシンにカルキを倒せる手段はないのである。それが分かっているからこそ、カルキがアサシンを相手にすることは有り得ない。

 ランサーを排除したのであれば、次に狙うのはアーチャーに決まっていた。ここでアサシンが退けば、カルキは一直線にアーチャーへと向かうだけ。アーチャーが瞬殺されるとは思えないが、アーチャーの傍には結界の要たる椿が未だ動けずにいる。余波だけで死にかねないというのに、それを座視するような真似ができようはずもない。

「何と不甲斐ない」

 己の無能に腹を立てながら、アサシンは最後となったナイフを両手に構える。このわずかな距離にもアーチャーの宝具はカルキに襲いかかるが、その歩みを完全に止めることすら敵わない。

 攻撃の余波で吹き飛ばされて少なくなったバーサーカーの《暗黒霧都(ザ・ミスト)》がアサシンの姿を隠してフェイントを仕掛けるが、そんなことに惑わされる――頓着するカルキでもなかった。

 全ての《暗黒霧都(ザ・ミスト)》がカルキが片手だけで起こした突風に吹き飛ばさる。アサシンは振るわれるその片手を、ありったけの魔力を込めたナイフで受け流した。

 カルキとの戦闘でアサシンは加速度的にその技量を上げている。カルキの手に救世剣はなく、しかも片腕というハンデもある。だというのに、アサシンはもはや雪崩のように押し寄せるカルキの一撃をまともに防御することもできない。

 カルキの出鱈目な防御力は未だに健在。貫くことのできぬ壁がそのまま迫ってくるような状況に等しい。並の宝具ですら持っていない今のアサシンでは受け流すことでしか対処する術はない。それくらいしか、時間稼ぎもできないのだ。

 アーチャーの宝具のサポートもあって徐々に後退を繰り返しながら、なんとかカルキの正面に居続けることには成功している。カルキの注目をアーチャーから逸らすことには成功している。

 だが、それも限界だ。

 カルキの連撃にアサシンよりも先にナイフが悲鳴を上げて砕け散った。受け流すのに失敗したのではなく、受け流す程度のダメージであっても、これが武器の耐久限界だったのだ。

 あとは指一本でも擦ればそれだけでアサシンはあっけなく消滅する。この呵責ない暴風に晒されているだけでも多大なダメージがあるのだ。これ以上はいかにサーヴァントといえど耐えられるわけもない。

「……は」

 諦めにも似たため息が出る。

 火砕流、雪崩、土砂崩れ。いずれも押し寄せる方向が一定であるが故に真横に移動することで回避はできる。今のカルキはそれと同じである。避けるだけなら、容易い。だがそれは、同時に戦いの放棄である。限界に近付いたからといって、安易に選ぶことが許されるものではない。

 死に際にこそ、人間は本性を露わにする。

 サーヴァントであっても意志を持った存在である以上、例外ではない。

 祈りか。恨みか。懺悔か。呪いか。命乞いか。

 みっともなく泣き叫び最期を迎えるのか、それとも潔く死を迎え入れるのか。

 以前の彼女であったのなら、神の名を叫んで突撃していったことだろう。無駄と知りつつそれ以外の行動を取れはすまい。それ以上のことを考えることはせず、ただ殉死する己に満足して消えるだけだ。

 だが、今の彼女は違う。

 ジェスターにかけられた令呪の封印は解かれている。

 彼女を狂信者たらしめていた理由は、狭い世界で偏った教義のみを教えられてきたからだ。例え外の世界に触れようとも、召喚されたあの時のままであれば彼女は何も学ぶことなく何も変わらず、ただ無為にその命を散らすだけだったに違いない。

 令呪によって自身の方向性を曲げら、あらゆることを知ってしまった彼女は、もう昔の彼女などではない。

 彼女は世界を知っている。

 彼女は異教を知っている。

 彼女は他者を知っている。

 彼女は自分を知っている。

 だからこそ、彼女はいくつもある最期から“悪足掻き”を選び取る。

 この最終英雄を止めるため、プライドを捨てて、彼女はその武器を掴み取る。

 触れれば分かる、その力。神だけを盲目に見ているだけではきっと彼女はこの剣を取ることはできなかった。許容することは決してできなかった。

 けれども、

 それでも。

 こんな無様な最期を今の彼女は許容できない。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 大地に突き刺さった剣が、引き抜かれた。

 それが何なのか、彼女は手に取るその瞬間まで知りはしない。手に取ったとしても、それの正しい使い方を読み取ることはできない。彼女ができるのは、その剣が何をしたいのか意志を汲み取ることまで。

 彼女は学ぶモノだ。教師はこの世界にあるあらゆるもの。ひとつの閉じた世界にあってはひとつしか学び取れないが、無限の開けた世界にあっては無限に学び取ることができる。

 それは自身の上書きだ。

 新しい論理は古い思考を侵略し上書きする。

 自らの恒常性をも破壊し、強固であった筈の本能でさえ変質する。

 それは、狂信者であることの否定だ。

 狂信者であり続けることの否定だった。

 

 ここにいるのは、どこの誰でもない、ただの英雄だ。

 

 火炎が撒き散らされた。

 閃く雷電が打ち据える。

 衝撃波が轟きをあげる。

 超高圧搾の水流が迸る。

 それは無名の剣だった。戦斧だった。大鎌だった。長槍だった。弓矢だった。鎖だった。鈎爪だった。手甲だった。縄だった。飛礫だった。刀だった。棍だった。銃だった。曲剣だった。薙刀だった。鋏だった。釘だった。戦輪だった。鋼糸だった。扇だった。旋棍だった。十手だった。棒だった。砲だった。針だった。鞭だった。杭だった。鉄球だった。鎚矛だった。

 ありとあらゆる宝具が、この場にある。

 宝具はただそれだけで世界の神秘を封じ込めた経典だ。しかもアサシンが今使っているのは英雄王が持つ原典である。世界に拡散し人が扱えるよう純度の落とされた劣化品などではない。人の手に余るレベルの真理がアサシンの精神を浸食していく。

 アーチャーによって周囲にバラ撒かれた宝具を、アサシンは手に取り次々と解放してみせる。

「■――■■■■!?」

 瀑布のように迫りくるカルキの進撃が、明らかに緩んだ。

 アサシンは宝具の所有者でもなければ担い手でもない。

 どんな宝具を持とうとも、その力を十全に解放することはできない。

 解放された宝具の力はせいぜいが三割。それは同時にアサシンが彼等を理解できる限界でもあった。

 向こう数千年を語り継がせる伝家の宝刀が、ただの一撃で使い捨てられる。アサシン自身に魔力がないのだから、宝具の起動には宝具が持つ魔力そのものが使用されている。結果としてアサシンが使用した宝具は永久に喪われることとなる。その事実に宝具自身は嘆くことかもしれないが、そこを斟酌してやる感傷など――余裕など、アサシンは持ち得ない。

 一つの宝具を使うごとに、アサシンは生まれ変わるような体験を一瞬にして味わっていた。

 自らが立っていた土台そのものが崩されていく。行動の根幹となる“基準”が狂わされていく。アサシンから純粋さが失われていく。

 自らの神が奪われていく恐怖。

 そんな恐怖もいずれは感じられなくなる。

 これが、ジェスターが待ち望んでいたアサシンの“絶望”。

 都合、その場にある一二〇もの宝具を消費し尽くした頃、アサシンはようやく、その動きを止めた。

 身体はまだ動く。が、精神の変質は極まっていた。

 アサシンにとって、かつての狂信者は他人だった。同一人物であることが自分で信じられない。神を崇める気持ちこそ保持し続けたが、崇める神が同じであることに自信がなかった。

 そんなアサシンの傍らを、カルキは行く。

 特別に強力な一撃などはなかった筈だが、カルキの歩みは遅い。

 そこに、遠くで宝具を投射していた筈のアーチャーが、佇んでいた。

「時間切れだ」

 幕引きは、あっけない。

 トスと実にそっけない音がカルキの胸から聞こえた。

 鈍い切っ先でありながら、アーチャーの乖離剣はカルキの胸板を貫通している。

 それでカルキが死に絶えることはない。動くことはできずとも、彼を消滅させるにはまだまだダメージが必要だ。捻れ廻る刀身がその力を発揮する瞬間まで、彼は生き続ける。

 ふと、忘れ物に気がついたように、カルキは乖離剣に貫かれながら背後を眺め見た。

 視線の先にあるのはランサーを貫き磔にした、救世の剣。残り一度のチャンスを、彼は二度と使うことはできない。

 しかし、手放してしまった以上、カルキは死してもこのままでは救世剣は残ってしまう。それだけはどんなことがあったとしても、許されない。

「――■■■」

 カルキの中から、信号が救世剣へと送られる。

 世界を然るべき姿に破壊し再生させるのは最終英雄たるカルキの役割。その役割が果たせぬ今、救世剣は無用の長物どころか存在させてはならぬ遺物だ。

 だからここで、カルキは救世剣を処分する。

 救世剣による世界解放命令《掃星の夜明け(クリタ・ユガ)》を、カルキは手を触れることもなく極小範囲で起動させた。カルキ以上の堅牢さである救世剣は、こうした自壊するにもそれなりの手順が必要なのだ。

 それによって直径一五〇キロメートルは消失、マントル層にまで被害が出ることになるが、正規の手順で全力解放した時のことを考えれば、些細なものだった。六五〇〇万年前のメテオインパクトだって同じような威力はあったが、衝突ではなく消失なので人類が恐竜のように絶滅する恐れはない。

 傍目からはそれは自爆にも見えたかもしれない。

 カルキを倒した六柱のサーヴァントが、《掃星の夜明け(クリタ・ユガ)》から逃れることは難しい。少なくとも、あと三〇秒で最低二〇〇キロは距離を取らねば余波だけで消滅は必至だった。

 最初から、カルキを前に勝利の二文字は有り得なかった。

 だというのに、アーチャーはその事実を鼻で笑う。

「下らんな。最終英雄。手のひらで踊った気分はどうだ?」

「―――■■■?」

 カルキは言語を習得しない。必要としない。それでもアーチャーの言葉が嘲りを指すものだとは理解した。

 ズルリとカルキから乖離剣が抜き取られた。

 胸元に開けられた穴に風が通る。

 乖離剣は、放たれない。

「後は任せたぞ小娘。安心しろ、身体はちゃんと始末しておいてやる」

 そう言って、黄金のサーヴァントは虚空へと消えていく。

 いや、黄金のサーヴァントだけではない。

 この場にあるありとあらゆる存在が、次々と塵と化していく。

 磔のランサーも、力尽きたアサシンも、破壊された街も、カルキが命令を下した救世剣ですら、全て等しく消失する。

 例外はカルキ、そして、目前の少女のみ。

 ライダー――ではない。

 彼女は、繰丘椿。

 この“偽りの聖杯戦争”、最初に選ばれたマスター。

「ごめんなさい、カルキさん」

 少女は謝罪する。

 彼女が何をしたいのか、カルキには分からない。

 既に目的を果たせぬカルキだ。ここで彼女をどうにかするつもりはない。これ以上世界に干渉するつもりは欠片もない。

 カルキは、ただそのまま片手を失い、胸に風穴を開けたまま立っている。そうこうしている間にも世界は次々と消失していき、やがて世界を隔離している筈の結界も、解れてきた。

「―――――」

 カルキは、そこでようやく理解した。

 ここがどこで、自分が何をされたのか。

 彼女達が躍起になってカルキを結界の中に隔絶しようとした理由が、そこにあった。

 カルキは空を仰ぎ見た。

 時間帯としてはまだ午前。中天にかかるのは灼熱に燃え上がる太陽である筈。だというのに、そこにあるのは青白い輝きを放ち留まり続ける衛星があった。空のどこを見渡しても、役者はその一人しか見当たらない。

 カルキは見誤っていた。

 彼がこの場で倒すべきは、アーチャーでもランサーでも、ましてやアサシンなどでもない。この繰丘椿、ただ一人だけだったのだ。

 椿、という名前は繰丘の魔道に進まず、それどころか魔道とは正反対にサイエンスに傾倒し植物学者となった叔父だったか叔母だったかの親戚が付けた名前である。

 残念ながら、繰丘の家は力のある血ではない。衆愚に墜ちたと影で嘲笑いながらそれでも名付け親として彼らを選んだのは両親にそれだけの才能がないことに薄々気付いていたからであろう。

 それだけに、両親の狂気に触れ持ち出されたその意味は小さくはなかった。

 椿という名に込められた意味は語源とされる「強葉木」に因んで丈夫に育つ、などという可愛らしいものではない。他家受粉で結実するために変種が生じやすいという両親の屈折した愛が感じられるものだった。

 そして、幸運なことに――不幸なことに、繰丘椿はその名を期待された通り、あるいは期待された以上の変種としての二つの資質を持って生まれ落ちた。

 一つは、あの両親の実験にさえ耐えたその強靭な肉体。後天的に増幅・拡張された魔術回路など、普通に考えればここまで異常な成功などあり得ない。暴走によって昏睡状態に陥ったとはいえ、死ななかったという結果は彼女の肉体があったからこそ。

 そして、もう一つ。彼女の肉体に呼応し備わってしまった魔術回路は「夢の中への現実投影」という魔術を習得させた。本来であれば数代に渡って発展させるべき魔道の一つを、彼女は何の努力もすることなく、無意識でありながら開拓してしまったのである。

 この二つの資質は、人体改造を受けずに単に繰丘の魔術師として成長していたのなら、永遠に開花することのなかったものだ。そうでなくとも、少しでも手順が異なっていたのなら、彼女の人生はそこで終わっているはずだった。

 本来ならあり得ぬ可能性。

 これを偶然と呼ぶのは簡単だ。奇跡とやらの認定は難しいが、偶然ならば巷に溢れている。確率的にゼロに等しくとも、宝籤で当選する人間は必ずどこかにいる。これはその類のもの―――

 そんなわけがない。

 全ては逆だ。

 スノーフィールドの地によって繰丘椿という変種が現れたのではなく、繰丘椿によってスノーフィールドの地が変えられたのである。

 何故か。

 それは全て、この時のため。

 ティーネ・チェルクがカルキを聖櫃へと鎮める巫女ならば、

 繰丘椿は、カルキを夢の中へと沈める御子。

 ここは繰丘椿が作り上げた、夢の世界。

 全てを夢幻へと導く、ご都合主義の闇舞台。

 夢の世界へといつの間にか引きずり込まれていたカルキは、ここで誰を倒そうとも、何を破壊しようとも、現実世界そのものには何の影響も与えることはできない。例え世界を滅ぼそうとも、結界の主である繰丘椿を倒さねば現実に戻ることすら敵わない。

 勿論、便利な魔術には必ず欠点かペナルティー、そして高いハードルがある。

 取り込む対象は弱体化していなければならず、取り込んだとしても結界を維持し続けるための莫大な魔力と演算能力を要する。おまけにカルキはそもそも自我を持たぬため、椿の夢の世界とは相性が非常に悪い。フラットがそうと気付かれぬよう解析し、バーサーカーが《暗黒霧都(ザ・ミスト)》を暗幕代わりに展開させカルキの目を誤魔化していた。

 普段であれば一瞬で気付かれてもおかしくはないが、精神防御のスキルを必要性が低いと置き換えてしまったのが致命的であった。

 サラサラと、世界は消滅し続ける。

 そしてそれとは別に、カルキの身体も虚空へ消えつつあった。

 現実世界で、アーチャーが乖離剣を使ったのだろう。それを卑怯だと思う感覚はカルキにはない。目的を達成できぬ悔しさもない。自己を持たぬカルキに何を思う心はないが、いやしかし、救世剣によって要らぬ被害が出ぬことには安堵と呼べぬこともない揺れ動きがあった。

 繰丘椿は、カルキの前に立ち続ける。

 何故ここに居続けるのか、カルキは理解しない。言語を解さぬカルキといえど、彼女が自身に対して謝罪したことは伝わっていた。

 だが消滅する間際になって、カルキは彼女がここにいた理由を理解した。

「――ありがとう、ございます」

 それは何に対する感謝なのか。

 勝手に偽りの聖杯へと祀り挙げられた最終英雄がそれを理解することはない。

 所詮は彼女の自己満足。

 神社仏閣に足を運ぶ理由と同じだろう。

 彼女がこの“偽りの聖杯戦争”で遭遇した全ての事象にカルキの意志はない。

 けれども、彼女はそれを理解しつつ、この英雄に礼を言っておきたかった。

 ありがとう。あなたがいなければ、私は誰とも出会うことはできなかった。

 夢の世界、たった一人の少女に見送られ、早すぎた英雄は静かに消え去って逝った。

 

 偽りの聖杯戦争が、ここに終結した。

 

 

-----------------------------------------------------------------------




最終決戦。
本当はこれの2倍ほど長かったりする。長すぎ!という指摘からかなり削った。カルキが新たなスキルを身につけたり、スノーホワイトをカルキが乗っ取ったり、それに対抗する為にライダーがコンピューターウイルスとなって戦ったりと色々していた。

繰丘椿&ライダー。
メルブラの有間都古、ではない。年齢性別体格に加えなんちゃって八極拳(震脚付き)までしたので似ているかも知れないが、気のせい。残念ながら著者は格ゲーが苦手なのでメルブラの一作目しかやってない。全ては偶然の産物である。

バーサーカー参戦。
もうこういう形でしかバーサーカーを参戦させることができなかった。しかしこれを参戦と言ってしまっていいのだろうか?

古の城壁。
なんか型月世界では古い方が防御力があるらしい。

英雄・アサシン。
アサシンというキャラを描こうとした瞬間から、この展開は決まっていた。そのためにいくつも失敗をさせてきたし、経験を積ませてきた。一番最初の構想では実は彼女が主人公というものもあったくらい。

最初のマスター繰丘椿。
Fakeを読んで椿に対して最初に思ったのは「この魔術に何の意味があるのか」だった。あまり意味の無い魔術と原作でも述べられているが、なら何故それが開花したのかその理由は必要だろうと思い立った。
思い立っただけで、あまり上手く絡められてはいないが、この理由にはそれなりに満足はしている。惜しむらくはもっと伏線を鏤めておくことだったか。
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