Fate/strange fake Prototype -Another Player-   作:縦一乙

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 スノーフィールドには二つの市がある。

 ひとつはスノーフィールドの中心であり元からあったスノーフィールド市。そしてもうひとつがスノーフィールド市のベッドタウンとして近年西部森林地帯を切り開いて作られたスノーヴェルク市である。昨今は広大な土地とスノーフィールド市へのアクセスのしやすさから工場や研究所の誘致が推し進められ、登録上では三桁に迫る企業や大学が開発に乗り出している。

 そんなスノーヴェルク市の中でも森林地帯の最奥、各企業の工場や研究所からも離れたところに繰丘邸は存在する。

 繰丘一家はあくまで一般人としてこの地に居を構えたわけではあるが、周囲にある他の企業や研究機関と同様に広大な敷地を保有している。建造物にしても細菌を取り扱っているためか他企業の施設と遜色ない規模の研究所が複数棟建てられている。

 もっとも、魔術師らしく地下の霊脈はちゃんと抑えているし、重層の幻覚と魔術結界によって中はほとんど魔術城砦と化している。署長率いる《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が連絡が取れないのにも関わらず放置している理由は、迂闊にこの繰丘邸に入れば全滅する恐れすらあったためだ。

 だというのに、その繰丘邸を訪問し、あまつさえ家の中にまで進入してきた愚か者がいる。

 工房の迎撃術式はこうした事態に備えて主不在であっても機能するように設定してある。一般道から敷地内に侵入するだけでも突破は容易ではなく、敷地内に至っては対サーヴァントを想定したトラップがごまんと用意されている。

 だがそんなことはお構いなく侵入者は実にあっさりと繰丘邸のリビングで倒れている夫妻の元へと辿り着いていた。

「つ……ばき……」

「だ……じょ……ぶ……?」

「いえ、あなた方のほうが大丈夫ですか?」

 床の上で蠢動し壊れたレコードのような夫妻に対し、侵入者はそう言わずにはいられなかった。だがそれもおかしな話である。何せ、侵入者は繰丘邸に仕掛けられたトラップを全て解除もせず、その身に受けながら辿り着いている。左手はぐちゃぐちゃに潰れているし、右手は氷付け、左足には大きな穴が空いているし、右足は炭化、おまけにその背中から胸に鉄杭が何本も突き刺さったままである。夫妻よりもまず自分の心配をするべきであろう。

「これは困った……話ができる状態でないとは」

 身体はともかく頭だけは無傷のまま、ランサーのサーヴァント、エルキドゥは涼しい顔をしながら困った困ったと呟いた。

 ランサーがこの繰丘邸へ訪れたのはこの場所にサーヴァントの気配をわずかに感じ取ったからだ。最高クラスの気配感知スキルを持つランサーにとって、たとえ数日前であっても形跡が残っていればその気配を追うことができる。マスターである合成獣の容体が安定するまであまり移動できないことから、このスノーフィールド西部にある繰丘邸は情報収集に丁度良かったのである。

 とはいえ、繰丘邸に残されていたのはサーヴァントによって倒されたであろう魔術師が二人いるだけ。何とか生きてはいるものの意志の疎通はできず、情報を仕入れようにも仕入れ先が倒産状態である。気配感知によってこの二人がサーヴァントによって倒されたことは分かるのだが、どうやって侵入し立ち去っていったのか、ランサーの鋭敏な感覚をもってしてもまるで分からない。

 トラップの中には一度きりの使い捨てのものもあったが、それらが解除されている様子はなかった。でなければ、ランサーがここまでトラップに引っかかりまくることはなかったであろう。

 だとすればサーヴァントはトラップを解除するスキルを持たず、かつ回避するスキルを持ち合わせる者か、そもそもこの魔術師からトラップが機能しないよう許可された者かの二択となる。

「この人達のサーヴァントが裏切った……いや、マスターではないのだから三人目の魔術師が……けどこの部屋に残されている気配は二つだけ……」

 頭の中であらゆる状況をシミュレートしてみるが、そのいずれもこの状況に合致しない。なまじ手がかりがあるだけに解答を得るのは難しい。ここでライダーという正解に近づくためには、まずサーヴァントとしての定義を取り外してみるところから始める必要がある。

 と、二人の魔術師の検分も終わり部屋の中を物色し始めたランサーの隣の部屋で、硬く魔力の籠もった何かが弾けた。

 ランサーの知る由もないが、それは祭壇に祭られた中国は始皇帝由来の一降り。繰丘夫妻がサーヴァント召還のために大枚を叩いて手に入れた魔術礼装である。

 それが、突然に砕け散る。

 何が起こったのか、ランサーは確かめない。隣室にあったのが宝具であることは気配感知によって認識しているが、その身に帯びる魔力はともかく、使い手がいなければ発動できぬ骨董品同然の代物。自律起動する様子もなかったためランサーの優先順位としては二人の魔術師よりも低かったのである。

「……攻撃?」

 ランサーの気配感知は単にサーヴァントや宝具といった霊体や魔力を持つ存在を感知できるだけのスキルではない。生命を宿す動植物は無論のこと、水や空気の流れ、砂や岩といったものにまでそのスキルは網羅することができる。現在その気配感知範囲は何故か建物内に限られているが、逆に言えば建物内であれば虫の一匹が飛んでいたとしてもそれを認識することができる。

 けれど、建物内にそれらしき気配は皆無。だとすれば、攻撃は建物の外からということになる。同時に自分とはあまり関係のなかった筈の宝具が先に壊されたところから魔力源を識別し、必中に近い命中率でありながら目標の選別ができていないところまでランサーは看破する。

 遠距離からの誘導攻撃――

「困ったな。これは僕と相性が悪い」

 呟いたランサーの脳裏に親友の顔が思い浮かぶ。

 ランサーというクラスからも分かるとおり、エルキドゥの戦闘スタイルは中・近距離戦を主としている。アーチャーたる親友が遠距離という穴を埋めることで、彼ら二人は無類の強さを誇っていた。

 けれど、その親友も今は陣営を異にしている。

 それにいない者を頼っても仕方がない。

「――ああ。本当に困った」

 再度呟いたランサーの脳裏に親友の顔はすでにない。

 何故なら、呟いた直後にランサーの頭部は物理的に吹き飛んでいたからである。

 

 

 

 繰丘邸内部はすでに酷い有様だった。

 一体どういう状況になればこうも無頓着に罠に引っかかることができるのか。猪突猛進という言葉はあるが、イノシシだって壁に当たればその歩みも止めることだろう。

 対サーヴァント仕様の罠は周囲を巻き込む形で発動するため避けにくく、且つダメージを与えやすい。そのため対象となるサーヴァントのみならず罠を仕掛けた通路や部屋ごと壊滅的な被害が出ることになる。

 本来であれば、罠の発動は一つか二つで済んでいた筈だ。灼熱の炎、閃く雷電、押し寄せる衝撃波、超高圧搾の水流、蠢く妖蛆――そのひとつに遭遇するだけでもこの繰丘邸の強固さを実感できる筈なのだ。侵入するからには自らの命を含め、相応の被害を覚悟する必要がある。

 魔術師の工房とは元来そういうものであるが、繰丘邸はそれに輪をかけて徹底している。何せ捕獲や警告、幻覚といった命の心配の(あまり)ない罠は邸宅内にひとつとしてしかけられていない。全て一撃必殺の精神が見て取れる。

 結界は全十二層全て破壊。発動した罠は全部で十四。緊急停止した魔力炉は四。それらの余波だけで城砦級の強度を誇る繰丘邸が半壊したと聞けば、繰丘の徹底ぶりが分かるというものだ。

 倒れたサーヴァントの周囲に四つの人影がほどなく到着した。

 体格からして男性だろうということしかわからない。全員が白いローブを身に纏い、飾り気のない白いヘルメットで顔を隠している。パワードスーツを装着しているのか、あるいは魔術による強化なのか、決して広いとはいえない繰丘邸内の通路を時速四〇キロオーバーで駆け抜け、それでいて隊列は少しも乱れない。

「――目標を視認。これより排除を開始する」

 ぼそりと、サーヴァントを囲む一人が呟くと、全員がローブの中から各々の獲物を取り出す。

 前時代的な装飾の剣、明らかにローブに収まる筈のない巨大な鎌、実用的とは思えない大鎚、そもそも武器と呼べるか分からない長い布――そのいずれも凄まじい魔力が込められた宝具である。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》、繰丘邸内突撃班である。

 そもそも《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》と繰丘夫妻は、言ってみればこの偽りの聖杯戦争の仕掛け人である。例えるなら遠坂とマキリの関係に近いだろう。互いに協力関係にありながら、それでいて最後には争い合う間柄。事前に対抗策を準備しているのも当然のこと。

 連絡が途絶えたのであれば、尚更だ。

 かねてより《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は繰丘邸内でのサーヴァント戦闘を想定し、近くには秘密裏にベースキャンプを設け突撃班を常駐させていた。そのおかげで突如として繰丘邸を強襲したランサーにいち早く反応できたのである。

 少々イレギュラーではあるが繰丘邸内でのサーヴァントとの戦闘に変わりはなく、また罠の心配も排除されている。そして敵サーヴァントは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の存在に気付いた様子はない。

 これを傍観するのは彼らの存在意義を否定するのと同義である。彼らは速やかに本部と連絡を取り、今度こそ自らの手で直接サーヴァントを狩る許可を得たのである。

 意気揚々と彼らは初手で頭部を激しく損壊したサーヴァントに剣を向ける。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》はサーヴァントを侮らない。死に体であっても確実に仕留めるよう宝具も含めて出し惜しみはしない。屋内故に四人での突撃であるが、後詰め(バックアップ)に更に一チーム配置し、遠距離からも狙撃用宝具で警戒と援護を怠らない。更には周囲の封鎖班に観測班、救護班も導入する周到ぶりである。

 更に言うなれば、繰丘邸は細菌が空気を伝って外へ漏れ出さないよう邸内と邸外で気圧差を生じさせるバイオ・セーフティと呼ばれる機構が設置されている。いかに最高クラスといえどもランサーの気配感知スキルが邸内にしか作用しなかったのはそのためだ。結界と外壁が破壊され外と繋がってしまったため少しすれば気圧差はなくなるが、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》のランサーを襲撃するタイミングとしては最も適切な時間だったわけである。

 どちらが優位であるかは一目瞭然。

 片や五体も満足に保持できぬランサー。

 片や数、地形、時間を味方に付けた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》。

「さらばだ。名も知らぬサーヴァント」

 それは驕りか慈悲か。あくまで事務的に黙々と仕事をこなす《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》がサーヴァントに声をかける。無論、声をかけたからといってその間に手が休まるわけでもとどめを刺すのが遅くなるというわけでもない。

 もし五体を潰された状態で敵に包囲され攻撃されたならば、それを凌ぐには英霊といえど無理というものだ。《十二の試練(ゴッド・ハンド)》のような驚異的な蘇生宝具か、あるいは《全て遠き理想郷(アヴァロン)》のような外界を遮断する絶対的な防御宝具がそんな状況には必要となってくる。そのどちらも所持しないランサーが《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の手から逃れる術はない。

 しかし。

 けれども。

 それはそもそも、ダメージを受けているという前提があっての話。

「「「「――――――!!!」」」」

 攻撃は放たれた。四人の攻撃は誤ることなくランサーの身体に吸い込まれている。首が落とされ、胸が抉られ、胴が別たれ、四肢は再度潰された。その状況は今もって変じてはいない。

 だというのに。

「僕の名はエルキドゥ――」

 肉の塊と化したサーヴァントの肉体から自らを名乗る声がする。

 肉塊からの声に対する四人の反応がわずかに違った。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》において突撃班を任されるほど前衛能力に秀でた彼らではあるが、それだけに自らの能力に自信を持っている。

 全力で回避してもなお足りぬかもしれぬ相手の間合い。だが一撃だけならば防ぐことも可能かもしれない。数の利を活かすことが相手への牽制ともなる。

 そこを読み違えた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の一人が、結果として犠牲となった。

「――ランサーのサーヴァント、だよ」

 声の調子はそれが日常とでもいうような穏やかなものだった。それに対し、その凶行は恐るべき非常識を以て行われていた。

 ランサーの肉塊の中から、一本の奇妙な槍が内側より破って外へと出る。ひな鳥が卵から孵る様ではあるが、殻を破る嘴はそのまま大鎚を持った《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》をも貫いていた。

 槍としては短いと表現するしかないだろう。だがこの槍に長さなど関係はない。その気になればどこまでも長く、どこまでも細く鋭く、剣にも盾にもその形は変化する。

 それもその筈。この槍は母たる海水で作られた、七つの頭を持つ不定なる竜の槍。あらゆる生命の原典、生命の記憶の開始点。

 名を、創生槍・ティアマトという。

「ところで、君達は一体何者だい?」

 ティアマトが《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の一人を貫いたと思えば、ランサーの肉塊は泥となって元の人形めいた身体を再構成する。その右手に槍を持ち、倒れ伏した状態でなく立ったままの状態で。

 泥人形たるランサーにとって、五体など人を真似ているだけにすぎない。その気になれば翼だって生やすこともできるし、両手を右手に変化させることもできる。無形こそが彼の正体であるのだから、斬撃の類がランサーに効くわけもない。ランサーを倒そうとするならば、叙事詩に語られるとおり女神の怒りに匹敵する極大の呪いを用意する必要がある。

 だがそんな敵の圧倒的な能力に怯えることもなく、仲間が倒れたことすらも忘れているかのように、次の瞬間には《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は何の合図も必要としないままに一個の生物の如くその陣形を変化させた。

「やれやれ……答える気はないのかい?」

 ランサーの言葉に応じる代わりに、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は動いた。

 最初に動いたのは刃がコの字に折れ曲がった畸形の鎌を持った《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》。仲間の身体を貫いたままのティアマトに魔力の篭もった一撃を躊躇なく解き放つ。並の宝具であれば切断とはいかずとも相応の衝撃を与えたことだろうが、ランサーはおろかティアマトすら微動だにしない。だがこれでティアマトを左右に振るうことは許されなくなった。

 そしてもう一人、布の宝具を持った《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》はその布を広げランサーを取り囲むようにその視界を遮る。ランサーの知る由もないが、その宝具はギリシャ神話の英雄ペルセウスが冥王ハーデスより授かった宝具《翻転響界(キビシス)》を参考に作られた、即席の簡易隔離結界。結界内からの攻撃を防ぎつつその内部に魔力を溜め込み、耐えきれなくなったところで一気に魔力を解放する束縛型自爆宝具。

 そして、最後の一人が行うのは結界内への魔力攻撃。布の隙間から繰り出される剣の一撃はマジックによくある串刺しショーのひとつか、はたまた黒髭が中に入った樽を彷彿とさせる。その一撃はランサーに何のダメージも与えないが、布の結界内に着実に魔力を蓄積させていく。

 良くできたコンビネーションに剣で身体を次々と突き刺されながらランサーは感心していた。

 一つ一つの宝具の威力は決して高くはないが、高い練度の兵士が特定の条件下で運用すればこうも厄介な代物へと変質する。繰丘邸にしかけられた罠など、これに比べれば可愛いもの。

 自然、ランサーの口元に笑みが浮かぶ。

 ランサーが危惧したのはこの正体不明の襲撃者が親友の手の者か否かに尽きる。複数の宝具を持った英霊は少なくないが、連携を可能とする相性の良い宝具を他者に揃え貸し与えることができる英霊は親友くらいなもの。

 だがこの宝具は、親友の蔵にあるものではない。蔵の中にある宝具は全て王に捧げられた筈のもの。このような紛い物、いかに優れようとも王の蔵に入れる資格があろう筈がない。

 畢竟、宝具を持っている英霊ではなく、宝具を作り出す英霊がこの地にいる。

 これは――実に友人が嫌いそうな英霊だ。

 まだ見ぬキャスターの存在を確信しつつ、これでランサーは数多ある疑問のひとつに解答を得た。

「いいだろう。君達は――」

 僕達が排除すべき対象だ。

 

 

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 その報告が上がってくるのにそう時間は必要としなかった。

「――それが、結果の全てか」

 署長の声に落胆の色は隠せない。

 市内高層ビルに警察署とは別に構えられた《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》本部。机に肘をついて指を組み、口元を隠すように悩む署長の前に立っていたのは先ほどランサーと交戦していた筈の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の一人。ただし、その身につけている装備の中に宝具の存在はない。

「申し訳ありません。私の責任です」

 署長に対しこちらも落胆の色を隠せない。いや、むしろ現場指揮官としてあの場での行動に悔いがある分、慚愧に堪えない。

 ランサーを結界内に閉じ込めた後、彼らがやったことは宝具を自律起動させて繰丘夫妻と倒れた仲間を引き連れて逃げただけだ。

 宝具はランサーが結界を壊した段階で自壊するよう仕掛けられている。結界内に溜められたランサーの魔力と現場に残してきた宝具三つ分の幻想崩壊によって繰丘邸はその敷地の三割が蒸発し、上空には隠しようもない程でかいキノコ雲が出現した。繰丘が所蔵していた貴重な資料はもちろん、地下にあった霊脈も完全に潰され、今後数十年は草木の生えない不毛の地となることだろう。これでは仮に“次”があってももう使うことはできないだろう。

 彼の現場指揮官としての行動は決して間違ったものではない。無形の泥人形というランサーの特性を考えれば斬撃などによる点と線の攻撃は無意味。むしろ、早期に零距離大規模幻想崩壊を仕掛けた英断は褒められるべき功績である。あの場でランサーを倒せる可能性はそこにしかなかったのだから。

 計算違いだったのは、あれだけの爆発に反して爆心地にいた筈のランサーが全くの無傷であったことか。観測班からの報告によると、ランサーは爆発の余韻が収まるのを待つまでもなく、焔に焼かれた繰丘邸から何事もなかったかのように立ち去ったという。

 ギルガメッシュ叙事詩によれば、エルキドゥの肉体は創造の女神アルルの手によって作られたものらしい。いわば彼の肉体そのものが神の宝具であることを考えれば不思議なことではないだろう。

 宝具《天の創造(ガイア・オブ・アルル)》。

 あの爆発に堪えたことからランクは低く見積もってもA以上。叙事詩に倣って呪殺するにしても現実的に考えれば不可能と言わざるを得ず、今回の爆発以上の威力は周囲の被害を考えるとおいそれと出せるものではない。

「……ランサーの正体、それに宝具を知れただけでも良しとするしかあるまい」

 署長の中でそれ以上の言葉が言えるものでもない。

 情報が戦局を作用するのは世の常である。ならばこの程度の犠牲で敵の情報を得ることができたのならば僥倖とも言えよう。もし英雄王に対し切り札を切った後にランサーとぶつかっていたなら、どうしようもなかったことだろう。

 問題は、そのサーヴァントが署長が最大の敵と位置づける英雄王の親友という点だ。彼らが戦い合うことは間違いないだろうが、それは両者が二人残った場合においてのみ実現する戦いだ。因縁がある以上、出会ってすぐに戦うことは考えにくく、むしろ後顧の憂いを排除すべく協力し合う可能性が非常に高い。

 その場合、二人が真っ先に排除しにかかる標的が《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》であることに間違いない。

 ランサーに目を付けられた。この事実が何よりも重い。

「それで……今後は如何なされますか?」

「…………」

 部下からの問いに署長は何も答えられずにいた。

 英雄王に匹敵する英霊などそうそういるわけもなく、いたとしても策略を用い互いにぶつけ合わせれば済む話だったのだ。このようなやっかい極まりない展開、まったくの想定外である。

 己が主の沈黙に周囲の部下は一様にその唇が動く瞬間を見守った。彼らだって別に現状が絶望的というほどではないことは理解している。まだこちらの正体を看破されているわけでもなく、温存してある宝具も多数。地の利はこちらにあり、いざとなれば“切り札”を使用すればいいだけのこと。

 だが、現段階において《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が掲げる「人間による英霊の妥当」は不可能とあいなった。現在使用許可を受けている宝具ではランサーを打倒することはできない。

「現状確認をする」

 重い重い沈黙を破って、署長は厳かにそう告げた。

 署長の言葉を聞き違えた者は居ない。マスターからの質問に対し襟を正して応えるのみ。

「確認されているサーヴァントは?」

「現状5体。アーチャー・ランサー・キャスター・アサシン、そしてクラス不明のサーヴァントが1体」

「確認されたマスターは?」

「素性が判明しているマスターは署長を含め2名。アーチャーのマスター、ティーネ・チェルク。素性は不明ですが時計塔の魔術師がクラス不明のサーヴァントのマスターと判明しています。更に、先の戦闘の発端となった東洋人を含めると計4名となります」

「撃破サーヴァントは?」

「1体確認。アサシン」

「《忠実なる七発の悪魔(ザミエル)》の呪いにかかったサーヴァントは?」

「3体確認。クラス不明のサーヴァントとランサー、キャスター」

「《捲き憑く緋弦(アリアドネ)》の呪いにかかったサーヴァントは?」

「2体確認。ランサー、キャスター」

「現状を把握できているサーヴァントとマスターは?」

「3体確認。アーチャー、ランサー、キャスター。マスターは署長、とティーネ・チェルクのみとなっております」

「我々の損害は?」

「《忠実なる七発の悪魔(ザミエル)》はテストを含め六発使用。Cランク宝具を1つ、Dランク宝具を3つ消失。前線隊員が一名重傷」

「……では、」

 一呼吸、署長は間を置いた。

「このままでの我々の勝率は、いくらだ?」

 顔の位置はそのままに、視線だけを傍らで奥ゆかしい妻の如く控え黙ったままの秘書官へと向ける。

 この聖杯戦争における情報は全て彼女に集約される。警察機構から得られる情報は隊員のフィルターを通して彼女に伝えられ、そこからさらに必要な情報が署長へと受け渡される。

 そして不都合な情報はここで遮断されることにもなる。

「……現状での“我々”の勝率は、78パーセントとなっています」

 秘書官から漏れ出た数字は驚愕すべきものではあるが、何故かその言葉に力はない。その理由を聞くのに少々気が重くなる。

「その際の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の予想被害は?」

「残存戦力は三割以下。そして署長の生存率は二割以下です」

 事実上の全滅といっていい数字に黙って推移を見守る他の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》にも動揺が走る。この計画を立案した“上”の連中の面目こそ立てることは可能だろうが、現場にいる《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は生きて次を紡がねば意味がない。

 こっそりと、ため息をつく。部下の手前、所作の一つ一つに注意を払わねばならないのが面倒でたまらない。確か、当初の勝率は96パーセントと高かった筈なのだが、とんだ番狂わせだ。

 逡巡したのはわずかに一分。その間会議室は物音一つせず、もしかしたら天啓となるかもしれぬ電話もかかってこなかった。

 思考の迷路は、意外にも簡単に抜け出ることができた。

「……本日0000をもって、本作戦はフェイズ3ターン2からフェイズ5へと移行する」

 重い重い沈黙を破って、署長は厳かにそう告げた。

 静寂の帳が一瞬にして吹き飛ばされる。誰も何も発さないというのにその動揺は先のものより隠しようもなく、次から次へと伝播していく。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を率いる署長はこの偽りの聖杯戦争の仕掛け人の一人だ。当然その裏も少なからず把握し、勝ち残るための計画も戦争開始のかなり前から進められている。

 フェイズ1では対サーヴァント部隊を育成。

 フェイズ2ではキャスターによる昇華宝具の装備・習熟。

 そしてフェイズ3は情報収集を兼ねた部隊の実戦テスト及びフェイズ4・5への下準備を目的としている。

「よろしいのですか?」

 秘書官の言葉には様々な意味が込められていた。

「フェイズ3での経験不足は否めないが、貴重な戦闘データは習得し共有もできているし、実際に戦果も挙げている。残るサーヴァントの探索は続けるが現状で確認できるサーヴァントに戦力を優先したほうが効率的だ」

「そうではありません」

 意図的にはぐらかした署長の回答に秘書官は皆を代表するかのように詰め寄った。公私ともに長年連れ添った腹心である彼女が、署長の意図を読めない筈がなかった。それでも、言葉にして問わねばならぬことを署長は口にしている。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は確かに署長が育ててきた者達だが、全員が全員忠臣というわけではない。“上”の息がかかった者もいるのだ。戦後を睨めば隙を見せるわけにはいかない。

 現場の意思統一が必要だった。

「何故、フェイズ5なのですか」

「聞いての通りだ。フェイズ4を実行しない。だから、フェイズ5だ」

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》におけるフェイズ4とは、サーヴァントとの接触・戦闘を現在許可されている宝具のみで対処する威力偵察の段階である。その選別のためにフェイズ3があるのであり、フェイズ5への移行はフェイズ4の反応をもってするのが常道であった。

「既にアーチャー、ランサーについてはフェイズ4での対応は不可能。残るサーヴァントも我々の網を潜り抜け続けている一筋縄ではいかぬ英霊だ。時が過ぎればそれだけ我々は不利になる」

「……覚悟は変わりませんか?」

「フェイズ5用のレベル2の宝具はいつ解禁できる?」

 秘書官の最後の忠告も署長の耳には届かない。その覚悟に折れた秘書官は手元の端末を操作ししかるべき準備に取りかかる。

「明朝には用意してみせます」

 なかなか頼もしい意見に両者の信頼関係が見て取れた。

 と、確認のために資料を見せるようにみせかけ秘書官が署長に顔を寄せる。

「……ただし、スノーホワイトの許可には時間がかかります」

「いざというときに使えればそれでいい」

 意味深な視線を両者で交わすが、それ以上の言葉は必要ない。秘書官はすぐさま席へと戻り、自らが指揮する情報職員とミーティングの段取りをとりはじめる。

 署長はといえば、未だ目の前で直立したままとなっている《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》に命令する。

「聞いての通りだ。明朝にはレベル2の宝具使用が用意されるだろう。それまでに今日の報告を提出。君には今後の部隊編成も任せる」

 指示を出しながらも、そういえば欠員がいたことを思い出し、ついでにそれについても彼に一任する。

「……私が、ですか?」

「ランサーと直接戦った君だから、だ。君の判断は間違っていない。それどころか、直接サーヴァントと相対した君の経験は今後大きく生きてくることだろう。私は司令官であって現場指揮官ではないのでね。やってくれるかね?」

「はっ。拝命いたします!」

 同時に、新たな宝具を得ることになった《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は一秒と無駄にすることなく部屋の外へと出ていく。失態から一転しての出世であるが、その光景を周囲の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》がうらやむことはない。彼らの目的は《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の勝利であって、個人の勝ち負けはそこにはない。

 《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は既に動き始めた。もうこの動きはどうにも止まらないだろう。

「……と、すっかり忘れていたのだが、そういえば保護された繰丘夫妻の様子はどうかね?」

「かなり衰弱していますが命に別状はありません。ただ、話ができるようになるには、まだかなり先になるかと」

 署長の言葉にいつの間にか戻ってきたのかミーティングの準備をしていた秘書官が事務的に答える。相変わらず仕事が早いな、と感心する。

「現在はスノーフィールド中央病院へ負傷した隊員と共に搬送されています。スタッフ二名が交代で監視中です」

「マスター、ではないんだな?」

「そのようです。令呪も確認できず、また使用した痕跡もありません」

 そう言って秘書官は手元の資料を署長へと渡す。一度に何役もやらせているというのにやることにそつがない。気付けば机の上にはまだ入れたばかりなのか温かいコーヒーが用意されていた。

 優先順位は低いが、フェイズ5へゴーサインをだしたところで詳細を詰め始めたばかりだ。あと数十分は署長には時間的余裕がある。それまでに簡単な案件は済ませておきたかった。

「ふむ」

 繰丘夫妻の保護からまだ時間が経っていないというのに、資料には簡易検査結果と写真資料が添付されていた。全身に呪術感染とみられる痣こそあるが、資料によると令呪ではないと確認されている。

「ただ、なんらかの呪術攻撃を受けたのか、体内の魔力は枯渇しています。現代には残されていない、古代源流呪術と似通った痕跡がありましたから、サーヴァントが関わっている可能性は非常に高いかと思われます」

 古代源流呪術というのは、つまるところ他者からの妬みや恨みといった感情を元とした呪術である。人間に限らず犬や猫といった畜生でも扱えた事例もあることからそのシンプルさが分かることだろう。単純過ぎる呪いなだけにその威力は低く、せいぜい免疫力が低下する程度。呪術を見下す傾向にある協会にあっては、これを魔術として認めてすらいない。

 ただでさえ効率が悪く直接戦闘に向かない呪いである。仮に古代源流呪術の使い手がいたとして、この毒壺の如き聖杯戦争に参戦する者がいるだろうか。消去法からすると、必然的にサーヴァントの仕業ということになるわけだが……。

「ふむ……詳細なデータが欲しいところだな」

 呪術とはある程度文明が進んでいればその文明固有の特色が出てくるものである。そのため呪術の特定は比較的簡単にできるのであるのだが、古代源流呪術はその単純さ故にそういった特色が出にくい。特色を出すためには時間を掛けて子細に調べていく必要があるだろう。

 だが、もっと素早く正確に調べる方法も、ある。

「病院内に儀式場を構築できるよう一室確保しています。指示があれば一時間以内に調査は可能です」

「許可しよう。敵サーヴァントに繋がるものであれば、どんな小さなものでも構わん。見逃すな」

 秘書官の言葉に署長は躊躇なく頷いた。その言葉の意味をはき違えているわけもない。秘書官もまた、説明するようなことはしなかった。

 ただ、まるで――というよりも本気で言い忘れていたかのように、秘書官は次いで確認をとる。

「優先順位の方はいかがしましょうか?」

「……確か、繰丘夫妻には娘がいたな?」

「はい。繰丘椿、一〇歳。一年前から同病院の隔離病棟で入院中です」

「そうだな。魔術刻印の移植ができる程度には配慮してくれ」

「了解しました。可能な限り配慮いたします」

 調べるために魔術刻印以外切り刻んでも構わない――そう告げた上司の言葉にその場にいた部下は誰一人として何の反論もしなかった。

 

 

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 この聖杯戦争に於いてアーチャーが本気であることをティーネ・チェルクは正直あまり信じてはいなかった。

 こと準備にかけてティーネ率いる組織は万難を排したといってもいい。何せ故郷を取り戻すためであるなら暴力(テロ)をも肯定しつつ、それでいて待つことも厭わないような組織である。すでに独力での目的達成が困難と判断した瞬間から彼らは目的達成の手段としてこの聖杯戦争に挑んでいる。

 調査期間だけでも十余年。その間に時計塔をはじめとする各魔術機関に潜入、冬木の地にも少なくない人数を割り振って場に残された残留思念を子細に読み取らせ、聖杯戦争についてこれ以上にないほど詳細に調べ上げた。令呪が真に戦争を望むティーネ達組織の者に宿らなかったのは誤算ではあったが、他のマスターから早々に奪い取ることに成功したのも、かつての聖杯戦争から情報を仕入れていたおかげである。

 故に、英雄王ギルガメッシュについてもティーネはかなり詳細に知っていた。第四次、そして第五次聖杯戦争における圧倒的強さと――その慢心と傲慢さも。結局最終局面まで勝ち残りながら聖杯を手に入れられなかった理由は、その欠点のせいであることは間違いない。

 だからであろうか。ティーネは今この瞬間までこの黄金のサーヴァントを正しく“誤解”していた。彼は気の向くままに戦い、飽きればやめるし、面白ければ放り捨てることも厭わない。そんなサーヴァントのやる気とやらがどれほどのものか、ティーネが測りかねるのも無理はなかろう。

 

 ――スノーフィールドの夜にその一撃は突然に放たれた。

 

 一撃、というのは語弊があるだろうか。蔵が開け放たれた回数から言えば確かにそれは一撃だ。だがそこから飛び出してきた宝具の数は尋常ではない。普段であれば必要に応じてせいぜい二〇も解き放てば多い方。それがこの場にあっては一〇〇を超えている。これだけの数の宝具が雨あられと一瞬のうちに蔵から放たれ消費し尽くされた。

 効率、などという殊勝なものはそこにはない。単純に威力だけを追い求めた絨毯爆撃。互いに威力を相殺してしまったせいで放った宝具の半数は壊れてもう使用できないことだろう。

 普段であれば英雄王とてこのような浪費するわけもない。放てば回収するし、無闇に壊すような真似もしない。海魔相手に宝剣宝槍四挺を消費したことはあるが、今日の相手は海魔などとはっきりした者ではない。

 何せ、ティーネ自身も何が出てきたのか分からないのだから。

「――あの、王?」

「なんだ?」

 おずおずと口を開くティーネにアーチャーは特に厭う様子もなく気軽に応じてみせる。

 この英雄王が本気であることは理解した。油断もしない、慢心もしない、惜しむべき財はここにはなく、手加減などもっての外。

 しかし、だからと言って……

「せめて、確認をしてから攻撃した方がよかったのではないでしょうか?」

 ティーネがそういうのももっともな話だった。

 アーチャーとティーネは夜の散策に出向いている。主に裏町などの人通りが少なく死角が多い場所をあえて選び、人通りが少しでもある場所は除外してある。何せ英雄王の目的は魔術師らを影で捕食するような外道のサーヴァント(仮)である。少なくとも正々堂々と正面切って戦うタイプでない以上、圧倒的能力を持つアーチャーでは餌としてはかなり危険すぎる。敵にとって有利な地形で英雄王の弱点である無防備なマスターを同伴させねば、出てくる者も出てくるまい。

 こんなあからさまな罠に果たして引っかかるのだろうかと危惧していたティーネであるが、それは杞憂であった。

 暗い薄闇の中で二人を待ち受けていたのは背後からの奇襲。その圧倒的な気配は生粋の戦士ではないティーネであってもはっきりと認識できるものだった。

 いくら奇襲を用心していたとしても相手に先制のアドバンテージがあることに変わりはない。気配がしたと言うことは既に相手は攻撃態勢にあるということであり、悠長に振り返っている余裕はない。

 だから、アーチャーは振り返ることなく王の財宝《ゲート・オブ・バビロン》によって後方に突然出現した襲撃者を容赦なく一掃した。

 襲撃者にとって不幸だったのは、アーチャーは点と線による攻撃よりも面による制圧攻撃が得意なサーヴァントだったことである。一振りの剣や槍を得物とするサーヴァントであればここは防御か回避を取ることだろうが、無限に近い財を持つ英雄王にその選択肢はあり得ない。

 まさか避ける隙間もない物量攻撃が先んじて来ようとは思うまい。おかげで面制圧された一帯は完全に瓦礫の山と化し、遠くにあるビルですら余波を受けて今にも崩れそうである。

 例え襲撃者がサーヴァントであろうとも、これで生き残れと言うのは少々酷であろう。これではあまりに英霊に対して申しわけなさ過ぎる。

「王の謁見には然るべき手順というものがある」

「直訴しに来たという風には見えませんが」

「尚のことだ。我の後ろに無断で立てばどうなるか、思い知らせてやる必要がある」

 フハハハハ、とスナイパーならぬアーチャーは笑い声を上げるが、庶民の娯楽を嗜まないティーネには何が可笑しいのか分からない。

 機嫌の良いアーチャーに代わってティーネは周囲に目を凝らした。電灯もアーチャーによって壊されていたが、幸いにして夜目は利くので周囲を軽く窺う分には差し障りはない。

 あの一撃の後で敵がまだ潜んでいるなどとは思わない。あると思うのは、まだ残っているかも知れないサーヴァントの残滓である。

「……これは?」

 そう言ってティーネが手にとったモノは今まさに砂と化して消え逝こうとしている魔力の欠片であった。

 手に取った瞬間に半分以上は即座に光となって消え去ったが、残りの半分は数秒であっても今しばらく世界に留まっていた。死した後、矛盾を嫌う世界から粛正を受けて尚この圧倒的な存在感。

 これで襲撃者がサーヴァントであったことは確定したわけだが……。

「何を見つけた?」

 ティーネの声に、アーチャーが問いかける。

「いえ、それが……」

 ティーネが答えを濁すのも当然。世の人々はそれを指して何と答えるのか、専門家でなくとも答えは出る。実際に手にとった感触からも、ティーネは同様の解答を得ている。

「おそらく……爬虫類の尾かと」

 人はそれをトカゲの尻尾と呼ぶ。だがこの場合、比喩としてのトカゲの尻尾とは無縁だろう。恐らく無事であったのは尻尾だけで、本体が助かっていることなど有り得ない。

「わずかではありますが、確かに少し動いておりました」

 件の襲撃者がサーヴァントであることは確定である。そして、尻尾が動いていたということは尻尾は飾りなどではなく、サーヴァントの一部であるということだ。蛇の尾を持つ英霊は世界中に見られるのでそう珍しいものではないかもしれない。

「なるほど。俄然、面白くなってきたではないか」

 ティーネの言葉にアーチャーは思い当たる節があるのか、その顔には子供のような笑みがある。

「良いことを教えてやろう」

 と、アーチャーはその笑みの正体が分からずにいるティーネに瓦礫の山を指し示した。

「今宵の我は油断なぞしてはおらんぞ?」

 言って、先にも増して笑いながら英雄王の姿は消えてなくなった。それ以上の言葉は不要ということなのだろう。となると、答え合わせをするつもりもないらしい。

 指し示された瓦礫の山を見るも、何が言いたかったのか咄嗟に分かるわけもない。圧倒的な物量を持って行われた、圧倒的な破壊がそこにある。他のサーヴァンとであってもこれほどの破壊を行える者はそうそういない。

「……どういう意味でしょうか?」

 アーチャーに問いに首を傾げるティーネではあったが、肝心のアーチャーは霊体化してさっさとどこかへ行ってしまった。恐らくは悩むティーネを遠巻きに眺め見ながら愉しむつもりなのだろう。

 王の機嫌を取るつもりならそれもまた構わないのではあるが、あいにくといい加減この場に留まるわけにもいかないのである。餌となるサーヴァントが消えてしまった以上、今夜の散策はこれで終了だ。

「王には申しわけありませんが、その問いに悩む姿は後ほどたっぷり見せますので」

 誰ともなく断りを入れてからティーネは振り返ることなく足早に現場を後にする。

 ティーネ達原住民はただでさえテロリストと噂されているのである。夜中に原住民の少女がグランド・ゼロにいたことが分かればどこに居るとも知れぬ敵に情報を送ってしまうどころか、この地に住む無辜の原住民にとっても厄介なことになる。

 サーヴァントが一人減った。その事実に少しばかり気を楽にしながら、少女は夜の街へと消えていった。

 

 

 

 少女と英霊、二人が立ち去ったすぐ後。

 瓦礫の山の端から、ぼこりと腕が飛び出した。血まみれの男の腕で、爪が剥がれ指は折れ、腕の骨も傷口から覗いていた。さしずめゾンビ映画の登場シーンのようではあるが、腕の主はゾンビなどという低級なモノではない。

「二度あることは――」

 ゾンビではなく、――吸血種。

 六連男装、ジェスター・カルトゥーレ、その人である。

「三度あるッ!」

 クハクハと嗤いながら瓦礫の山を発泡スチロールのように宙にはね除け登場する様はホラー映画というよりコメディー映画に相応しいが、押しのけた瓦礫はどれも巨大なコンクリートの塊である。ジェスターが死徒でなければ重機が搬入され作業が開始されるまで長く押し潰されたままになっていたことだろう。

「さすがに三度も死ねば慣れるというものだろう!」

 例によってその身体に刻まれた概念核は三つ目をどす黒く染めている。人間死ぬ間際になると脳内物質が分泌され多幸感に包まれることがあるというが、それは死徒にも適用されるらしい。

「ふむ。今度の死はさすがに無粋に過ぎる。戦場にいる以上流れ弾に当たるのも当然ではあるが、これでは自然災害で死ぬのとそう変わらん」

 冷静――かどうかは別として、ジェスターは己の死因にそんな感想を漏らす。

 ジェスターの死因は倒壊したビルによる圧死ではなく、アーチャーの放った宝具の一つによるものだ。広範囲に無作為に放たれた宝具の雨はジェスターに防御も回避も許さなかった。例え防御に徹したとしてもその全てが役に立たなかったであろうし、回避するにも避ける隙間がない。概念核をひとつ失っただけで済んだのが奇跡のようである。消し炭になるまで連続した攻撃をされていたら、さすがのジェスターの概念核を以てしても甦ることは不可能だ。

「あれが噂に聞く最強のサーヴァント、第四次聖杯戦争の英雄王ギルガメッシュか!」

 過去に同じ英霊が二度召還されたことは聞き及んでいる。その可能性がこの偽りの聖杯戦争にも適用される可能性を見越して、ジェスターもティーネ同様に過去に召還されたサーヴァントを可能な限り調査してあった。優勝候補ともなれば尚更だ。

「しかもかつての聖杯戦争の記憶もあるようだな! いかにももってこの聖杯戦争は偽りの名にふさわしい!」

 本来であればサーヴァントはごく少数の例外を除き、生前の記憶だけを持って召還されるという。過去に召還された際の記憶を持ち合わせることなどあり得ないのだ。

 調査によると英雄王は第四次から第五次聖杯戦争にかけて十年ほど現界していたというのだから、俗世の文化に詳しいのも納得だ。いくら聖杯とはいえそんな必要性のない知識まで聖杯が網羅しているとも考えにくい。

 アーチャーは確かに規格外であるのは間違いないが、その在り方は例外的なものではない。だとすれば、例外であるのはサーヴァントではなく聖杯の方だろう。偽りとはいえ、もう少しオリジナルに近づける努力を企画者はすべきだ。

 だが推測だけの情報よりも、もっと確かな無視できぬ情報の方が今は大切である。

 先ほどの英雄王と襲撃者の戦闘である。

 もしティーネがジェスターの言葉を聞いていれば眉を寄せたに違いない。ティーネの認識からすればあれは戦闘ではなく蹂躙の類。象が蟻を潰す様に等しい事象である。

 だが、その事実は正しいようで――間違っている。

 今回、英雄王が倒したサーヴァントの正体はギリシャ神話最強の怪物の一つ、その名も名高きヒュドラである。

 冥府の番人であり、ギリシャ最大の英雄ヘラクレスが唯一単独では倒せなかった、幾つもの頭を持つ不死身の水蛇。頭はいくら斬ろうとも切口から新たな頭が倍となって出現する上、その巨体は生半可な攻撃では傷つかぬ堅牢さも備えている。

 本来であれば、並のサーヴァントでは歯が立たぬ化け物の中の化け物である。

 伝説通りだと中途半端な攻撃はヒュドラの再生能力の前に無意味を通り越して逆効果。斬れば斬るほど頭は増える上、すぐに再生するとはいえその傷口から流れ出る血は有名な猛毒、その呼気ですら近付けば臓器が爛れる。サーヴァントならばまだしも、生身のマスターでは近づくことすら危険極まりない。

 故に、ヒュドラを倒す方策は幾つかに限られる。

 一つ目は、伝説に準えて再生能力を封じた上で切り刻む方法。幸い火によって傷口を灼けばいいだけなので難易度はそこまで高くはないが、松明を作るために森が一つ消えてしまったことを考えれば決して簡単ではないだろう。

 二つ目は、同様の事態であった第四次聖杯戦争のキャスター戦の海魔と同様に、一撃のもとに一片の肉片をも残さず焼き払う対城宝具を用いる力技。ただし海魔の時と違って街中で召還してしまったために周囲の被害は甚大なものとなるだろう。

 三つ目は、聖杯戦争ならではの持久戦。召還されたのがサーヴァントである以上、マスターの魔力が尽きればいかに生前の再生力が優れていようともガス欠は間近である。魔力を現地調達されては厄介だが、これが一番現実的な策であろう。

 そして最後の方策が、ヒュドラの再生速度を上回る攻撃回数を一度に行うことである。無論、一度で仕留めきれなかった場合のリスクを考えればおいそれと実行できるものではない。

 アーチャーが一体どれを選択したのかは言うまでもない。

 あの一戦は一方的な蹂躙などではない。ヒュドラ自身にその意志があったかどうかは定かではないが、ヒュドラのマスターは明らかに奇襲を意識していたし、アーチャーがいつも通りの反撃をしていればヒュドラを殺しきれず、消滅していたのは逆であった可能性もある。

 互いに生死の綱渡りをしているが故の“戦闘”。

 蹂躙と戦闘の違い。これを間違えていることこそが、アーチャーがティーネに放った発言にある。

 

 ――我は油断していない。ならば、貴様はどうだ?

 

 そしてその言葉はこの状況をアーチャーが正確に把握していることを意味している。

 結局ヒュドラの姿をアーチャーはついぞ見ることがなかったわけだが、本来の王の財宝《ゲート・オブ・バビロン》の一撃であれば周囲は瓦礫の山どころか、クレーターになっていなければおかしいのである。そこから逆算すると襲撃者の体躯や能力も導き出せ、ティーネが発見した残滓も考慮すると自ずと正体に気付くというものである。

 それに対し、ティーネはアーチャーの実力を実際よりも低く見積もっている。そして他のサーヴァント――この聖杯戦争そのものを、見くびっている。

 優秀な彼女だからこそ、アーチャーの発言にまだ気付けない。

 アーチャーは自らの考えをマスターたる彼女に直接伝えるつもりはない。油断しているという自覚のないティーネを、英雄王は今しばらく愛でるがままにする腹づもりらしい。

 これは油断ではない。アーチャーはマスターたるティーネすら信用していないということだ。

「クハハハハッ! なかなかに、良い趣味の持ち主のようであるな!」

 敵マスターでありながらティーネ以上にジェスターはアーチャーの言葉を正しく理解していた。

 宮本武蔵やバーサーカーですら常識に捕らわれ不覚を取り、結果片方は消滅し片方はマスターを奪い去られた。そしてそれらを上回る油断をしていたが故にジェスターは三度も死ぬ羽目になったのである。それだけ死ねば、多少反省はするというもの。どういった行為が油断に繋がるのか、実行はともかく理解はできる。

「さて……それはともかく、あの東洋人はどこに行った?」

 そもそもジェスターがこの場に居たのは偶然ではない。この偽りの聖杯戦争の鍵とみられる東洋人を追跡している最中に遭遇したわけである。いずれ東洋人が何かをしでかすのを待っていたのだから、当然の帰結であろう。

 あいにくとジェスターは東洋人がヒュドラを召還した直後までしか状況を把握していない。距離が多少あったので王の財宝《ゲート・オブ・バビロン》の一撃でもよほど運が悪くない限り助かっていることだろうが、さすがにもう逃げている筈である。

 今すぐ周囲を探索すれば追跡を再開することも可能だろうが、身体が完全に蘇生するまでまだしばらくかかる。

「……まぁいい。もはやその必要もあるまい」

 蘇生の間、状況を整理しながらあっさりと、ジェスターは東洋人の追跡を断念してみせる。

 東洋人はこの事態が異常であることに気付いていない。ヒュドラというコントロール不能かつ危険極まりないサーヴァントを召還したことからもそれは明らかだ。召還のシステムが他のマスターと違うということは、即ち隷属させるシステムも違うということに他ならない。この間違いに気付かなければ自滅するのがオチだろう。

 ジェスターの推測が正しければ、あの東洋人はただの駒――それも捨て駒に過ぎない。盤上に置いた後は勝手に自滅するのを待つばかり。その生存確率を考えれば駒を操るプレイヤーがこの場に現れる可能性は相当に低い。むしろ出てこない可能性の方が遙かに高い。

 かつて第五次聖杯戦争において衛宮士郎は同じマスターである遠坂凛に助けられ聖杯戦争に勝ち残ったわけだが、その踏襲をジェスターはしようとは思わない。ジェスターはそこまでお人好しにはなれないし、そもそもジェスターは聖杯戦争など既に眼中にない。

 聖杯戦争とは他のサーヴァントやマスターについて調査することがセオリーであるのだが、この偽りの聖杯戦争においては他の勢力など調べる価値はあまりない。それは聖杯よりも自らのサーヴァントを屈服させるという目的を持っていたジェスターだからこそ見えてきた真実。

 盤上の駒がプレイヤーの意志を逸脱するようになるのも思ったよりもそう遠い話ではない。あくまで目的はアサシンではあるが、目的を辿る方法は最良の選択をしたい。

「俄然、面白くなってきたではないか」

 英雄王と全く同じ台詞を口にしながら、ジェスターはティーネが消えたのとは逆の方へと消えていった。

 聖杯戦争の真実に近づいた吸血鬼。

 その暗躍に気付いた者はまだ誰もいない。

 

 

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スノーヴェルク市。
プロト版だと繰丘邸はスノーヴェルク市にあるのでオリジナル設定ではない。というか誤植かよ。真に受けちまったぜ。

ランサー能力。
イメージは魔神ブウ。これだけで伝わる人には伝わるだろう。

壮大な計画。
署長が色々と喋ってるけど実はあまり考えてない。この後色々と明らかになるけど、実際は後付け。ただし整合性はとってるつもり。丁度良いので現状を読者に分かって貰えるようについでに説明して貰った。

ヒュドラ。
ヒュドラってサーヴァントかよ? というツッコミは色々なところからいただいたけど、だってエイプリルフール用に作られたHPにはヒュドラも召喚できるって書いてるんだもん。俺だってツッコミたいよ。
このシーンを書くためだけにギリシャ神話の本を買って読んだのだが、それが活かせたかは疑問。だって瞬殺されたし。
後日アポクリファを読むとヒュドラについて書かれているんでびっくりした。

ジェスター。
この時点で三回も死亡。ちょっと殺しすぎたかと反省してる。

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