Fate/strange fake Prototype -Another Player- 作:縦一乙
作戦開始より七一〇二秒。
原住民要塞内の中心部まで直線距離にしてわずか一〇〇メートルの場所にその一団はいた。
《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》精鋭一二名からなる対アーチャー戦闘部隊である。最大目標であるアーチャーを打倒するためだけに、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》はその全戦力を傾けている。頭目である署長がこの部隊を直接率いていることからも、その意気込みが分かるというもの。失敗すれば後がないという意味では背水の陣とも言えよう。
それだけに、事前準備に抜かりはない。
現在、この要塞内では原住民同士の諍いが勃発している。
スノーフィールド最大の組織力を持つ原住民である。これだけの人数がいれば派閥が生まれるのも当然。この地を取り戻すという目的こそ同じであるが、そのための手段が一つというわけではない。
戦争が始まり一枚岩にならねばならぬ最中に反乱とは正気の沙汰とも思えないが、勿論これが偶然というわけもない。裏で糸を引いていたのは署長である。
実を言えばこの反乱をしかけた派閥を作り上げていたのは署長(より正確には署長を裏で操る“上”)である。
彼等には戦争勃発よりかなり前から金と武器と情報を格安で流している。そうすることによって他所からの流通を閉め出し、その内部構造を赤裸々にすることができるのである。やってることは税務監査に近いだろう。金の流れから横流しの額まで推測できるし、その着服具合から派閥勢力も推察できる。ここまでの情報と長年の事前準備があれば反乱を“自発的に”起こさせるのも簡単である。
本当は戦争も終盤に差し掛かったところで仕掛ける予定であったのだが、ランサーという予想外に強大な敵の出現によりそのタイムスケジュールの前倒しが決定したわけである。
そしてそのタイムスケジュール通りに、反乱は発生し、そして予定通りに、その反乱は鎮圧されつつある。
反乱に便乗してアーチャーを討つという案は最初からない。反乱分子にそこまでの戦力はないし、ティーネは彼等の想定以上に強い。だというのにわざわざ反乱を起こさせたのはアーチャーとティーネを分断し、注意を分散させるためである。
反乱分子の戦力からティーネの対応は不可欠だが、アーチャーが出張るほどではない。面倒を嫌うアーチャーの動きは自然と制限され、陣頭指揮をせざるを得ないティーネの動きも読みやすい。
そして、反乱鎮圧直後にある息切れのような瞬間こそ、署長が狙う隙である。
要塞内部に剣戟が響かなくなり、代わりに周囲を警戒しないような慌ただしい足音が増え始める。
敵本陣にこれだけ近付きながら、未だに原住民は署長達対アーチャー戦闘部隊の存在には気付いていなかった。それを可能にしたのはこの要塞の特徴である蟻の巣の如く張り巡らされた穴である。大きさも様々で迷宮同然の複雑さも相まって、要塞内の通路として使用されないものも数多くある。当然管理もされていないので穴は埃と蜘蛛の巣だらけであるが、それだけにこの侵入通路は確実に原住民の裏をかいていた。
そうした要塞内部への侵入するために彼等が装備しているのはペルセウスが持つ“空を駆ける羽のサンダル”などの飛翔宝具である。宙を自在に飛べる機動性は戦闘においても遺憾なく発揮できるだろうし、接地しないことで足音を立てることなくこうして無音で高速移動できる利点もある。
『――モスキート1よりアント0、前方二〇〇にクランクです』
「アント0より各員、手前三〇で反転全力噴射、壁面を蹴って強制姿勢制御二回――音を消すのを忘れるなよ」
先頭を任された部下からの報告に署長は常軌を逸した指示をこともなげに告げた。
この速度でクランクに突入するのも無茶であるが、それに加えて進入路はただでさえ狭い。先頭がしくじれば後続は玉突き事故の如く確実に巻き込まれ全滅しかねないが、そのことに異論を挟む者がここにいるわけもない。
こうした時のために宝具と併せて小型のロケットエンジンを改良した立体起動装置を各自装備している。個人装備としては非常識この上ないが、対アーチャー部隊としてはこの程度の非常識では驚くに値しない。これでまだ常識的な範疇だと言えば、初期計画がどれほどの無謀であったかは推して知るべしである。
危うげなく全員が最大速度でクランクを突破した直後に、ヘッドセットのスピーカーから署長の耳にその吉報がもたらされる。
クランクのリスクを許容してまでスピードを優先した甲斐がある。タイムスケジュールはコンマ5パーセントの狂いもない。不確定要素が多分にある作戦なだけにこの状況は理想的とも言えた。
「アント0よりモスキート1、一二時方向へ指向索敵一回」
半ば願うように署長は命令した。索敵に長じた装備を持っているモスキート1は即座にセンサーを前方に集中させる。
『こちらモスキート1。十二時方向、距離八〇〇に感あり! 数は三、ライヴラリデータの照合を確認。当該目標、アーチャーを確認しました!』
署長の願いに応えたかのように、理想的な解答をモスキート1が告げる。
タイムスケジュールを確認、誤差はコンマ3パーセントに修正。最大加速をすることでさらに改善することができる。タイムスケジュールのズレはそのまま勝率へと影響する。つまりは、タイミングが命。そしてそのタイミングはすぐに訪れる。
緊張が伝わってくるのが分かる。
アーチャーは多対一に秀でた英霊である。無限の財を持つが故に――と聞けば納得しそうだが、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が真に脅威としていたのはその砲門の数である。どんなに強力な弾があろうと銃が無ければ無力だ。
ヒュドラとの戦闘で、アーチャーが同時展開できる砲門数は一〇〇以上と判明している。となれば、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》といえど真っ正面から相手取れる存在ではない。喩え英霊級の猛者が軍勢を以てアーチャーに挑もうとも、英雄王はあっさりとその難事を切り抜けることだろう。
アーチャーに挑むためには、まずはその砲門の数をなんとかせねばならない。
だから、この作戦では敢えて狭い場所を戦場としていた。
直径二メートル足らずの通路である。
通路の狭さはそのまま射出できる宝具の数に直結する。手数を頼みにするのなら、それ相応の広さが必要なのである。
仮にアーチャーの宝具が一辺二五センチ四方の面積が必要だとしても、これなら一面に展開できる宝具の数は最大でも一六でしかない。対して《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》一二名の両手は二四。手数ではアーチャーの上を行く。
それにここは要塞の深部付近、つまりは地下だ。宝具で無理矢理そうした空間を確保しようにも、数百万トンの土砂がそれを阻み、生き埋めは確実となる。
アーチャーが迎撃するにはこの狭い空間を上手に使うしかないのだ。
「総員、兵装自由! 目標以外に構うなッ!」
『了解!』
署長の号令に接敵まで数秒に満たない状況で全員が頼もしげに唱和し、彼等はアーチャーの御前に直径五センチ程度の“空気孔”から躍り出た。
対アーチャー部隊は、アーチャーと手数で上回るために宝具“大黒天”によって、その身体を二センチ足らずにまで縮小させている。
さすがの署長も巨人との戦闘経験があるわけもないが、そこは昨今のゲームを参考にシミュレーションを重ねている。まさかこの年でテレビゲームをするハメになるとは思いもしなかった署長であるが、それだけの価値はあった。
アーチャーにとってこの通路は狭い棺桶だろうが、小さな《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》には広いグラウンドと同然である。攻撃力が低くなるデメリットはあるが、こちらの攻撃の命中率と放たれる宝具の回避率は通常時とは比べものにならない。同時に、その身体は例え目撃されようとも無視される可能性が高く、脅威度認定の錯誤と視認の難しさを期待できた。
その期待通り、最大戦速で突入する彼等の存在にアーチャーが気付いた様子はない。アーチャーの背後に追従する原住民戦士らしき男達もまるで気付いてはいない。
奇襲は成功だ。
初手は確実に署長の手の中に――
「――■■■■?」
そう思った瞬間、アーチャーが何かを呟いた。大きさが異なるため耳が捉える音は間延びしており、何を言っているのか理解できない。ただ、アーチャーの視線が、僅かに動いたのを署長は見逃さなかった。
視線の先には、《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》がいる。
何かを考える暇もなく、署長の目の前で、先陣を切って突撃したモスキート1の身体が左右に分かたれた。突如として目の前に現れた剣を避けることができず、加速のついた身体は壁を赤く汚すことになる。
続いて突撃した残りの《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は何とかその剣を避けるが、突撃の速度もあって陣形の乱れは即座に戻らない。そして何より、出鼻を挫かれたという衝撃が各員の心に吹き荒れている。
「総員構うな! 立体機動により攻撃を開始せよッ!」
隊員が動揺したのもほんの数瞬。致命的な隙となる前に署長は一喝し、署長の視線とハンドサインにアント2がモスキート1の穴を埋めるべく前に出る。
図らずも先手を取られた形になっているが、署長はアーチャーがまだこちらの存在に確信を持てていないと判断した。確信を持てていたのなら、宝具が一本だけというのもおかしいし、次撃が即座に来ないのも腑に落ちない。恐らくは何となく、というだけでアーチャーは動いているのだ。
ヒュドラの奇襲は要塞の外でのこと。アーチャーの警戒レベルが想定よりも遙かに高いことは確認できていたが、まさか要塞の中でも気を抜いていないとは想定外である。
まだ全滅はしていない。切り札も失っていない。被害想定の範囲内に収まるレベルでしかない。
まだ機はあるのだ。
最悪の展開を脳裏で無理矢理否定しつつ、署長は動く。今はただ確率の高い状況にその身を振るしかない。
「モスキートはそのまま突撃、アントは宝具の設置、スパイダーは両者の援護、急げ!」
署長の言葉にモスキート隊は異論を唱えることなく予定通り立体起動装置の出力を最大にして、果敢にアーチャーへと飛び込んでいく。
前衛部隊である彼等はアーチャーの気を引き、後衛を守る役割を担っている。主武装は五〇〇の年月を経た日本刀を元に作られた剣である。カッターのように刃先を折ることで切れ味を持続させる仕組みだが、対英霊装備としては心許ない。宝具で縮小されたことで刃渡りはわずか五ミリ。一寸法師のように体内に入りこまない限り、ダメージは到底期待できないだろう。
それでも彼等が英雄王を相手に尻込むことはない。
アント2はアーチャーの耳を斬り割き、モスキート2は目を狙う。さすがにこれは防がれ、モスキート2は脱出が間に合わず、アーチャーの両手によって蚊のようにその足を潰される。しかしてその隙をモスキート3と4は逃さず、わずか五ミリの刃でありながらアーチャーの左手小指を落とす快挙を成し遂げてみせた。
アーチャーの意識は完全にモスキート隊に縫われていた。
さすがにこれが奇襲である事実には気がついただろうが、部屋の中に何匹の虫が入り込んだのか確認出来ているとも思えない。加えて、一度視界の外に出た虫を再発見するのは相当に難しい。
そもそも奇襲を受けたことに気づかぬ二人の従者は、英雄王が突如奇行に走ったように見えて困惑していた。間抜けにも、アーチャーの傍らに立ってただでさえ狭い通路を更に狭くしてくれる。その体に隠れることで《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は更なる優位を獲得してみせる。
この作戦で最も難度の高い数秒はこうして過ぎ去る。
モスキート2は即刻手術が必要な状態で、アント2とモスキート3は無茶な機動により骨折と内臓損傷。無傷のモスキート4も立体起動装置が損傷したことで機動力を失っていた。
被害を出しつつも、しかし彼等はやり遂げた。切り札を設置するための貴重な時間を見事に作り出してくれた。
『アンカーボルト、固定確認』
『安全装置(セーフティ)解除』
甲高い充電音が辺りに満ちる。
その宝具はトール、ヴァジュラ、レイ=ゴン、ユピテル、ペルクナスと名付けられてある。何れも世界各地に伝わる雷神の名である。これら宝具に宿る力は尋常ではなく、サイズが小さいからといって気付かぬ代物ではない。
この凄まじい魔力にさしものアーチャーも次撃が生半な威力でないことに気付いた。
状況の不利は十分に体験している。反撃することは可能だが、的が小さく、そして数が多い。これを解消せねばならぬと即座に直感し、そして同時に動こうとして、一瞬、迷ったようにその動きが止まった。
アーチャーは油断していない。そして手加減をするつもりもないし、勝つための手段にもそこまで頓着しない。危機に陥れば周囲を顧みるつもりもないのである。
有効利用できる空間が狭ければ、空間を作り出せば良い。アーチャーの火力なら、頭上の要塞を“蒸発”させれば良いだけのこと。アーチャーにとってこれほどの要塞であっても安宿程度にしか思ってないし、原住民がいくら死のうと興味もない。アーチャーが唯我独尊であることに変わりはない。
だが、そんなアーチャーでもマスターだけはおいそれと手にかけることはできない。
つい数秒前にもたらされた吉報によれば、今、マスターであるティーネ・チェルクはアーチャーの頭上わずか数メートルの位置で捕らえられている。令呪は初撃で右手ごと爆破。意識も速やかに奪ったので反撃される怖れもない。魔力のパスが繋がっている以上、アーチャーがティーネの居場所を過つことはない。
アーチャーがティーネを切り捨てると決断するのに、迷った時間は想像以上に短い。それでもこの隙は十分すぎる価値があった。
今から何を出そうとも、もう遅い。
そして。
「――てぇ!」
署長の号令に、荒れ狂った雷神の力が収束していく。莫大な力が一様に並べ整えられ、幻想的な虹色の光輪が幾つも顕現した。
目映い光条が五つの宝具から解き放たれ、斜線軸上にいた二人の従者が訳の分からぬまま血を周囲に撒き散らして死んでいく。
その武器は電磁投射砲(レールガン)と呼ばれている。
理論自体は古くから提唱されており、目新しいものではない。通常の砲弾は火薬の爆発によって射出されるのが普通である。だがレールガンは電力によって磁場を発生させ、ローレンツ力によって砲弾を加速、射出する仕組みだ。この方法ならエネルギーロスも少なく、火薬では実現不可能な威力をもたらすことが出来る。
取り回しの悪さや事前準備の必要性から実戦でそう簡単に扱えるものではない。だがそれを差し引いても、現在《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が行使できる宝具の中でぶっちぎりの威力を有しているのである。小さくなったことで威力の減退は不可避となったが、それでもまだお釣りが来る威力である。
それがこの狭い空間に五門もある。回避を許す空間を署長は徹底的に奪っていた。
射撃時間は短かった。
発射速度も尋常でなければ、そのローディング速度も尋常ではない。射撃時間が異様にに短かった理由は、単純に弾切れだからである。
数あるレールガンの欠点だが、その高威力故に弾そのものもにも頑強性を求められる。でなければ空気との摩擦で弾が溶けて消えてしまうのである。
対サーヴァント用の弾丸はただでさえ貴重だ。そこから更に特殊処理を施そうと思えば、どうしても増産は難しくなる。生産体制が整っていなければこの宝具は到底使用することが出来ない。せめてあと三日猶予があれば、もっとマシな作戦を立てることは出来た筈だった。
聖杯戦争序盤で“原住民反乱”のカードは消え、弾丸を使い切ったレールガンはその価値を大きく落とす。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の人的被害も軽視できるわけもない。
そうした諸々の事情を承知の上で、署長はこの作戦を敢行している。
ランサーの登場で切り札を惜しんでいる場合ではないと考えている矢先に、あのアーチャーとヒュドラとの戦闘である。あの一戦で署長はアーチャーの危険度を更に上方修正し、これ以上座視することはできぬと判断した。アーチャーとランサーの連戦は用意周到に進めたとしても回避したいし、二人がタッグを組んで敵対することになれば勝機がなくなる。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》として、早急にどちらかを葬る必要性があったのである。
その結果は。
「散開!」
署長が叫ぶ。が、遅い。
血煙を貫いて飛来する宝具。直撃を受けたレールガンが一瞬にして破壊され、飛び散った破片によって二人の部下が目の前で肉塊となる。署長自身も、破壊に伴う衝撃に吹き飛ばされていた。
「―――■■■ッ」
血煙の向こうで、アーチャーが毒づく“音”がする。
血煙を貫く宝具によってアーチャーの様子が垣間見えた。
両腕は欠損。脇腹にも大穴。流れ出た血で右眼は封じられ、その端正な顔立ちには顎がない。けれど、その左眼ははっきりと《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を捉え、その量の足は大地を踏みしめている。
「これで、倒れないか」
英雄王のその姿に、署長は敵ながら畏敬の念を抱かずにはいられない。
あの一瞬で、アーチャーは先手よりも後手を取る覚悟を決めていた。
この英霊はそうした受け身の姿勢を嫌っていた筈だ。だというのに、相手の攻撃を受け止め、捌き、耐え凌ぐ覚悟をあの短時間で決し、実行に移す離れ業をやってみせる。故に蔵から取り出すのは剣ではなく、盾。それも、あの一瞬で四方を四枚の盾で囲い込み防備を固めていた。
本来であれば、ここで勝負は決していた。
取り出した盾が一体どのようなものであろうと、レールガンの前には紙切れに等しい。単純な威力だけでもさることながら、その弾頭は特に貫通力を重視したペネトレーター。目標が固ければ固いほど運動エネルギーは残さず盾に伝播する。仮に盾がこれに耐えられたとしても、盾ごと吹き飛ばされるのがオチだ。
反撃の隙は与えない。
回避できる広さもない。
防御してもその防御ごと貫く。
この策でもし生き延びようと思うなら、それは単純な身体能力とは別の、幸運値に頼るしかない。
……いや、それだけの訳もない。
署長はアーチャーの傷つき具合を判じ、考えを改める。
署長がわざわざ砲門を五つも用意したのは、アーチャーに避ける隙間を与えないためだ。射線上は完全なキルゾーンであり、厳格な計算に基づいて行われた射撃に幸運だけで全て対処できよう筈もない。射線軸から考えると、欠損部位も不自然すぎる。
「これは、まずいな」
眉根を寄せて署長は暢気に嘆息する。
署長はそれ以上を考えようとして――考えるのをやめた。
目の前に迫るアーチャーの巨大な足が、全身血塗れで動けぬ署長に振り下ろされからである。署長が最期に見た光景は、遠く離れた場所から必死にに手を伸ばそうとするアント1の姿であった。
――目が覚めれば、そこには見慣れた天井があった。
《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》本部にある会議室である。臨時の救護室としても可能なこの会議室は今、所狭しと寝袋が占領している。その大半は既に空っぽだが、署長のようにまだ覚醒しきれていない者も多い。
目覚める直前の感覚を思い出す。若い頃、戦闘機に乗って耐G訓練を受けたことがあったが、その時と似ている。もっとも、自分の何倍もの圧力に身体が悲鳴を上げるのは同じだが、軋む頭蓋が破裂する瞬間は二度と経験したいものではない。
「……今回の死に様は、格別だな」
署長は起きると同時に手を伸ばした。そこに誰かいるかを確認した訳ではない。ただなんとなく、彼女ならそこにいるだろうという直感があった。
「君は、生き残ったか」
「いいえ。残念ながらアーチャーと共倒れになりました」
長年連れ添った秘書官は当然のようにそこにおり、差し出された署長の手にミネラルウォーターと報告書を渡してくる。
この短時間で報告書を作ったのかと驚いたが、時計を見れば時計の短針は四周もしていた。
どうして早く起こさないと他の部下ならば言っているところだが、そこは秘書官の思いを汲んでおく。生き残れなかったということは、彼女も夢の中で死んでしまったということだ。精神的に疲れているのは彼女も同様。むしろ休息時間が短い分、署長より疲れている筈だ。
喉を通るミネラルウォーターは、温かった。その事実に、彼女が署長の傍にどれくらい前からいたのか分かるというものだ。
「この宝具も史実ほどではないな」
「そのようですね」
苦笑する署長に秘書官も笑って同意した。
宝具《夢枕回廊(ロセイ)》。
粟粥を煮ているわずかな時に人生の栄枯盛衰全てを味わったという「邯鄲の夢」。この逸話をキャスターは昇華し、精緻な仮想シミュレーションを行う宝具と化したのである。これにより《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は扱いの難しい宝具をわずかな時間で習熟することができ、更にこうした大規模な予行演習を可能としたのである。
ただし、夢の中での怪我や死は、夢から覚めた後も尾を引きかねないリアリティがある。今ここで寝袋から起き上がることができない者は、皆夢の中で壮絶な死に方をした者ばかりだ。肉体の疲れはゼロであるが、精神的な疲れは圧倒的である。
留置所の犯罪者にこの宝具を数日使った結果、一割が自殺し、二割が精神病院へ入院、三割がノイローゼとなり、四割が罪を悔い改める。その後に教会の門をその後叩いた者は数知れず、再犯者は皆無である。まさかスノーフィールドの治安の一端がこんなところで保たれているとは誰も思いもしないだろう。
署長は既にこの宝具で十回以上も殺されている。他の《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》が平均四回殺されていると聞けば、その精神力がわかるというものだ。生粋の魔術師である署長の精神力は並ではない。
重たい身体に鞭打ち、署長は無理を押して自らの執務室へと足を運ぶ間に報告書に目を通した。
「失敗、だな。アーチャーを倒せても相討ちでは意味がない」
目を通した資料を執務室の机の上に投げ、署長は感想を述べた。疲れ切った精神が更に疲弊していくのが感じ取れる。
署長が倒れた後は秘書官――アント1が指揮を引継いでいる。
この時点で部隊戦力は五割を切り、現有戦力での打倒を諦めたアント1は生体宝具シュレディンガーを解放。あらゆる可能性を内包したコントロール不可能な生物兵器によってアーチャーを倒すことは成功。ただし、その後要塞までまるごと呑み込み暴走したシュレディンガーは爆撃による飽和攻撃を受けるまで暴れ回ったという。
まったく以て、頭が痛い。
とりあえずシュレディンガーは封印だ。いくらなんでも危険過ぎる。それにこの作戦も見直し――いや、ベストな状況でこれでは、そもそも廃案にするしかない。もっと別の手を考える必要があるだろう。
それよりも、署長には思うところがある。
「……君は、どう思うかね?」
「……申し訳御座いません」
ヴィクトル・ユーゴーの手紙のように、あまりに端的な質問に秘書官は誤解することなく、顔を伏せて詫びた。
質問が分からなかったからではない。問題点が、はっきりとしていたからだ。
実戦では足下の小石一つ、飛び出た釘の一本に至るまで、不確定要素が山ほど関わってくる。一〇〇の実力も、七〇出せれば上等と言えよう。
署長の手元にある資料の中には、各員の心拍数といったバイタルデータもある。アーチャーと対峙する直前まで各員のパフォーマンスは通常値よりも高くあった。それが、アーチャーと遭遇後、見る間に低くなり、最低値は三〇にまで落ちている。
原因は明らかだ。
《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は軍人からではなく、警察官の中から選抜されたメンバーである。選抜基準は才覚が中心であり、その性格や信条はあまり考慮されてはいないのである。
チラリ、と秘書官に視線をやるが、秘書官は顔を伏せたまま未だ微動だにしない。
彼女のバイタルデータが著しく落ちたのは署長が死んだ直後だ。思い返せば、無謀にも彼女は確実に死ぬと分かっている状況で署長を助けようと動いていた。一個人としてその行動は素直に嬉しいものであるが、組織として考えた時、彼女の無謀な行動は褒められたものではない。
「あまり頭を下げる必要はない。今までも言ってきたことだが、一朝一夕に直るものではないのだから」
慰めるように署長は語ってみせるが、内心では頭を抱えたいところだ。
《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》は、こうしたメンタルに弱いところがある。勿論ある程度の耐性は付けさせたが、それを払拭させるまでには至っていない。幾度となく注意もしてきたが、注意はすればするだけ比例してよくなるというものではない。くどければ返って害悪ともなりかねない。
本番である聖杯戦争は既に始まっている。この弱点を短時間で矯正するのが不可能ならば、ここで論うのもあまり良い手ではない。戦後を鑑みれば薬に頼りたくはないが、場合によっては仕方がないだろう。
少なくとも、今回の演習で弱点が明確になっただけでも良しとしなくてはならない。
「……現在、原住民達はどうなっている?」
これ以上の話題は危ないと、署長は敢えて話題を逸らしてみせる。これ以上この秘書官に頭を下げられると男として立つ瀬がないという理由もある。
「はい。外観からは原住民達に変化はありませんが、ティーネ・チェルクの容態に変化があり、原住民の中枢付近では鼻が利く者から動きが活発になりつつあります」
「ヒュドラの毒か」
「おそらくは」
署長の確認に秘書官は頷いてみせる。攻めるなら今とばかりのタイミングだが、それにしては解せない。
瞬殺されたとはいえ、ヒュドラと至近距離で遭遇したのだ。毒に当てられたことに気付いていない筈がないし、アーチャーの宝物蔵には解毒剤もある筈。事前に飲ませておけば、容態が急変するようなこともあるまい。
「罠か?」
欺瞞情報の流布は古来より使い古されてきた手だ。しかし署長の言葉に秘書官は首を横に振った。
「いえ、容態が急変したのは硬度の高い情報ですし、情報の秘匿レベルも高すぎます。罠として機能させるには効果的とは思えません」
《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の協力者はもう数十年も前から原住民中枢で動いているため、その内部情報は筒抜けである。それを逆手にとられることを署長は憂慮したわけだが、多角的に分析するとその可能性もない。
そしてふと、署長はあることを思い出す。机の上に放り投げた資料に再度手を伸ばし、同時にパソコンのロックを解除して、上位権限でのみアクセスを許される資料に目を通し始める。
「何か、疑問でも?」
「ああ。アーチャーの挙動に気になることがある」
《夢枕回廊(ロセイ)》は最新データに基づいてあのリアルな夢を使用者に見せる。過去のデータでシミュレートした時には、アーチャーはもっと与し易い相手であった。疑り深くなければ辛抱強くもなかった。
ログを確認してみれば、アーチャーはレールガンの発射直前に盾を展開している。紙切れ同然とあの時は笑ったが、アーチャーの姿を隠す程度なら紙切れにだって出来る。アーチャーが盾を取りだしたのは防御のためではない。自らの姿を隠し、直前に確認したレールガンの射線軸から退避させるためだ。そう考えれば、欠損部位が不自然であったことも納得できる。
「……出来過ぎだな」
「はい。これではアーチャーの予測が的確すぎます」
シミュレートが正しいとするならば、アーチャーは一目でこちらの思惑と作戦を見抜き、更に初見である宝具の威力を正しく把握出来ていることになる。それはいくら英雄といえど出来過ぎではなかろうか。
だが、もしこのシミュレートが正しいとすれば、アーチャーが予めティーネに解毒剤を飲ませなかった理由とリンクすることができる。些か予想の斜め上かつ最悪なことだが、ここを読み間違えると大変なことになりかねない。
「至急、アーチャーの動きに警戒するよう通達。一般隊員から原住民への接触も二四時間の制限を加える」
「署長はアーチャーが独自に動くとお考えですか?」
署長の命に秘書官は確認を取る。
聖杯戦争においてマスターの役割は基本的に後方支援である。前線を担うのがサーヴァントであるのだから、役割分担としては順当だろう。特に情報収集に関しては現代社会に生まれた者でなければ対応しきれるものではないし、数に頼らねば出来ぬことも多い。
真っ当に考えれば、アーチャーが独自に動くのはデメリットこそあれ、メリットはないのだ。
秘書官の確認に署長は即答しかねていた。
否定する要素は多い。考え過ぎと言われればそれまでだ。
ただ、今アーチャーはマスターという束縛から解き放たれた状態にある。これがアーチャーが意図したものか確認が取れない限り、迂闊に動くことも出来ない。
最悪、原住民の情報が署長に筒抜けであることを、アーチャーに悟られている可能性もある。それだけは絶対に避けなければならない。
「……可能性だ」
長く沈思しながら、ひねり出した答えはありきたりなものだった。その返答に秘書官が納得するわけもないが、納得する必要もない。何か言いたげな秘書官であったが、彼女は事務的に対応し、そのまま署長の命令を履行するべく退室していった。
退室していった秘書官の後ろ姿を思い出しながら、署長は「スマン」と呟く。長く連れ添ったからといって、何でも話すわけにはいかないのだ。
《夢枕回廊(ロセイ)》のシミュレートは最新の情報に基づいたものだ。では、その最新の情報はどこから来たのか、そしてどうやって調べたのか。それを具体的に知っているのは《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》内でも署長だけだ。秘書官も“上”が絡んでいることに気付いているだろうが、だからといって迂闊に漏らしていい情報ではない。この地に住まう住人にプライベートが皆無と知ったところで気分が悪くなるだけだ。
“上”にとってこの聖杯戦争は檻の中で行われている猛獣同士の殺し合いでしかない。《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》もその一匹で、調教され期待されている分、少しでも気にくわない行動を取れば容赦なく駆除されかねない。
戦中であってもその可能性は否定しきれず、戦後であれば尚更だ。
フェイズ5に移行しておきながら守りに入った署長の行動が“上”にどう映っているのか気になるが、それを気にしていては何も始まらない。その心配は申し訳ないが秘書官に押し付けておくことにする。
出来ることならもう一度《夢枕回廊(ロセイ)》を使って全体演習を行いたいところだが、不確定要素が今後発生する可能性が高い以上、迂闊に使うわけにもいくまい。それに、署長としても精神的にそんな余裕はありそうになかった。
……もしここで、署長が再度《夢枕回廊(ロセイ)》を使ったのなら、この戦争は新たな局面に移行していたことだろう。この署長の余裕のなさが、夢世界でのライダーとの遭遇を回避し、結果として《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》を救うことになろうとは、神ならぬ署長が気付くわけもなかった。
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署長と秘書がイチャイチャしているのを読みたいという友人の要望に応えて加筆修正した章。どこの進撃の巨人だ?というツッコミはあまんじて受けます。
もしこれがゲームならここいらでルート分岐する予定。別ルートでは反乱が起こって鎮圧されたり、クラン・カラティンがライダーと戦って全滅したりする予定。
夢オチというオチをしてみたかった。
対アーチャー作戦。
プリズマイリヤでルヴィアがアーチャーに生き埋めを仕掛けていたが見事に回避されていた。しかし逆に「回避せざるを得ない」=有効な手段なんじゃね? と筆者は思ったり思わなかったり。結局使わなかったけど。
宝具ロセイ。
相州戦神館學園というゲームを是非やってもらいたい。
電磁投射砲(レールガン)。
どっかの九九式をイメージしてる。名前は黄雷のガクトゥーンを参考。