Fate/strange fake Prototype -Another Player-   作:縦一乙

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 スノーフィールドの街には不穏な空気が漂っていた。

 理由は簡単。ここ数日スノーフィールドで大事件が連続したからである。

 突然今まで噂にすらなっていなかった麻薬組織の大規模な抗争と鎮圧作戦があったかと思えば、西の空には馬鹿でかいキノコ雲が出現して西部一帯に非常線が張られた。おまけに突如として街の一区画が瓦礫の山と化す不自然なテロが敢行され、周辺住民からも体調不良者が続出した。

 これで警戒するなと言う方が無理だろう。

 特に先日のテロが致命的であった。これまでスノーフィールドにおける「テロ」は人的被害を出さない誇示活動が主だ。市民に被害を出さなかったことで市議会の一部はテロリストと癒着――協調する者さえいる。一般市民の中でも公然と彼等を支持する者も大勢いるのだ。このような無差別かつ適当とも言えるテロは彼らの主義でない。長年この地に暮らす者であれば容易に理解できるものだった。

 何かが起こっている――起こりつつあるのはもはや明白だ。

 深夜の事件だったにも関わらず翌朝の新聞の第一面を独占し、そして数日経ってもまだ一面を飾ってるのだからスノーフィールド市民の関心が非常に高いことを如実に顕している。

 無論、それらが単なる抗争や事故、テロでないことは魔術を囓ったことのある人間であれば分かることだろう。聖杯戦争のことを知っていれば尚のこと。だが事実を知ったところで市民の対応が変わるとも思えない。

 数日前と比べ、スノーフィールドの街を歩く人間は極端に少なくなっていた。大部分の店は開いているが、休日でもないのにシャッターを下ろしたままの店もちらほらと見かけている。アイスクリームやホットドッグの屋台はそもそもない。ガソリンスタンドに列ができているのは一連の事件の影響だろうか。店頭からも消耗品の類がよく売れているように思える。

 そして、そうした光景の中で通りを歩く警察官は非常に目立っていた。

「一区画一時間毎に二人一組での警邏……一体何人いる?」

 そう呟いたのは、アラブ系の女性である。

 スノーフィールドの一角にある小さなカフェテラス。太陽の熱い日差しを遮る傘の下で、彼女――アサシンは注文したフルーツジュースを口に含みながらスノーフィールドの町並みを眺め見ていた。

 既に彼女の格好は街中に溶け込むために現代風の女性と変わりはないものとなっている。暗い色のキャミソールに深いスリットの入ったロングスカート、あとは日差し避けの帽子とサングラスといった風体。あいにくとアサシンにオシャレという感覚がそもそもないので四肢を強調する大胆な格好とは裏腹に意外と地味な印象である。

 素肌を晒すことに抵抗はあったが、背に腹は代えられまい。人里に紛れることができねば、優れた「暗殺者」にはなり得ない。実地訓練こそ受けていないが、その為の仮面を被る教育は幼少時に受けていた。

 結局、内部葛藤こそあったものの、アサシンはこうして街中に溶け込んでいる。彼女を知る者であればそのことに驚くことだろう。自らの信義を捨てることが出来ず、街中に溶け込めぬから狂信者なのだ。そのことに、アサシンは違和感すら覚えることが出来ずにいた。

「……やはり、警察の中にマスターがいる可能性が高い……」

 アサシンがそう思うのも無理からぬ話である。

 彼女には低いながらも真名看破のスキルがある。信徒か否かが暗殺の基準となっていた狂信者たる彼女だからこそのスキルであると言えよう。さすがにサーヴァントの正体について看破しうる程ではないが、一般人に混じった魔術師を見つける程度なら理屈はさておき“何となく”判別がつく。

 朝から何人も警察官を見てはいるが、数人ではあるが彼女の感覚に触れた魔術師らしき警察官が存在している。これが偶然であるわけがない。

 警察内にて魔術師が育成されているのは確定だ。

 この広いスノーフィールド内の狭い区域で数人の魔術師が警察官の格好をしていれば、全体の数は最低でも数十人となる。これほどの人数であれば魔術師が警察官になったと考えるより、警察官を魔術師として育成していると考えた方が自然だろう。特に優れた者が対サーヴァントの精鋭部隊として動き、そのレベルに達しない者はこうした哨戒任務についているというところか。

 となれば、これだけの魔術師を育成し指揮している者は当然魔術師であり、警察官としても相当上の立場の者でなければ実行できまい。一朝一夕に魔術師が育つ筈もなく、使えるレベルに達するには数年来の時間がかかる。

 彼らがこの偽りの聖杯戦争のために用意された存在であることに間違いない。つまり、この魔術師の大量生産を仕掛けた人間はこの偽りの聖杯戦争を予め知っていたこととなる。

 警察に対し調査する必要がある。

 彼女の目的はあくまで聖杯戦争を壊すことだ。実際の駒をいくら倒したところで聖杯戦争そのものを壊したことにはなるまい。

 本来であれば、今すぐにでも乗り込んでいきたいところだが、霊体化ができない今の彼女でそれは許されない。

 異教である魔術の知識をアサシンはあまり持ち合わせていない。状況から推測するに武蔵が仕留められた際の爆風が怪しいが、原因が分かったところで彼女に練られる対処策はこうした変装程度でしかないのだ。

 無論、十八の秘技を持つ彼女であれば自ら侵入せずとも調査する方法がないこともない。

 例えば暗殺教団を組織した初代“山の翁”、その業である《狂想楽園》は対象を自らの忠実な狂信者へと変えてしまうことが可能だ。これを魔術師の警察官に使用すれば、後は勝手にその警察官が調べて報告してくれることだろう。事によっては自白させるだけで済む可能性もある。

 しかし魔術師相手に安易な洗脳手段は褒められたものではない。相手もそれなりの洗脳対策はしているだろうし、そもそも末端には情報を与えないのがこの手の組織の鉄則である。下手に洗脳が発覚して警戒されてしまっては元も子もない。

 事が上手く運ぶためには戦略が必要となるが、あいにくとアサシンにそうした心得はない。しかもこうした時に必要となってくるラック判定ですら生前の彼女の不遇からEランク判定という事実がある。彼女が《二十八人の怪物(クラン・カラティン)》の存在に気付けたのも偶然ではなくスペックの高さ故の必然であろう。

 今後のことを考えながら、彼女はフルーツジュースを口に含んだ。彼女が生前に味わったことのない味であるが、元から質素な食べ物を好いていた彼女にとってファッションと同様、これもポーズの意味合いでしかない。

 だから、ウェイターが彼女のテーブルに新たなジュースを置いたことに嬉しいとも思わなかった。

 店の中で働いている給仕姿の数は三。客の数もそれほど多くなく、アサシンは店内に入った段階でそれら全ての顔を記憶していたし、その中に魔術師の姿はない。新たに入店してきた客に関しては多少注意するものの、最初から店に入っていた者に関しては怪しい行動をしない限り放置している。

 ウェイターの顔は最初から店内に居た者の中に含まれている。彼の行動に多少の疑問はあるが、現段階に於いて危険度は低い。

「……頼んでいないわよ?」

「あちらのお客様からです」

 アサシンの不機嫌な言葉にひるむことなく、そのウェイターはテーブルを一つ挟んだ男性客を指してみる。ちらりと視線だけでその男性客を見てみるも、当然見知らぬ男性である。照れているのか、新聞紙で顔を隠しこちらと視線を合わせようともしない。

 アサシンより後に入店したので多少注意していたが、こちらを殊更注視するようなことはしていなかったと記憶している。一体いつこちらを見初めたのか、それともそうした癖なのか、ナンパという知識は知っていたが、こうしたものなのだろうかとアサシンは嘆息してみるが――

 

 息を吐いた瞬間、空間に鋭い軌跡が描かれた。

 

「――っ!」

 その事実に最初に気付いたのはアサシンの脳ではなく肉体である。

 視界の外から喉元に迫る銀閃をアサシンの右手は咄嗟に掴み取った。掴んだ瞬間にそれが銀ナイフであるとよく解る。対魔仕様の呪詛が描かれているのか、触れると同時に手のひらが焼け付いた。

 手のひらの熱に反比例するように、ヒヤリとする感触がアサシンの全身を駆け巡るが、それで終わりというわけもない。

 個体同士の闘争においては、先制こそが最大の武器となる。それが凌がれた今、セオリーに則れば次なる有効手はそのまま畳みかけるか、撤退するかの二択となる。

 そしてまずいことに、アサシンはナイフをつかみ取る際完全に腰を落としてしまっている。これでは咄嗟に動くことができず、二の手三の手に対処はできても畳み込まれてしまえば遠くない将来王手をかけられることになる。

 脳内に響き渡る警鐘。早急な判断が必要なのが分かっているというのに、アサシンの身体は動こうとしない。咄嗟の攻撃に反応できても、咄嗟の選択を判断することができていない。

 覚悟すらもできないままに、アサシンはそのまま状況に流され――

「……何の真似?」

 座したそのままに、襲撃者へ問いかけた。

 生前の彼女は業こそ体得したものの、上から危険視されたために暗殺者らしい仕事をした経験があまりない。咄嗟に対応できたのは彼女自身の天才性によるものであり、こうした命の危機を感じたことは実は初めてである。

 その気があれば、アサシンなどとっくの昔に殺されている。こうして生きているということは、最初から襲撃者はアサシンを殺す気などなかったと言うこと。

 サーヴァント相手に随分と舐めたことをする。

「実戦経験に乏しいようだね、お嬢さん?」

 襲撃者から返された言葉にアサシンは何も言い返すことができない。

 それは事実であり、そんな基本的なことを隠すことすらできなかったアサシンに一体何が言えようか。

 ギシっと音を立てて襲撃者はアサシンの対面へと無造作に腰を下ろした。アサシンに握られた銀ナイフからアッサリと手を離し、武器の類を持っていないことをアピールしながら自然な動作で自ら持ってきたジュースを口にしてみせる。

 視線飛び交う店内でありながら、周囲からこれら一連の攻防は全く見られていない。こうした無音瞬殺の真似事ならアサシンも習得してはいるが、これほどスマートに実行できる自信はさすがにない。

 見知らぬ顔の見知らぬ男。一瞬前まで確かに彼は店のウェイターであった筈なのに、今はもうそんな人間はどこにもいない。

 ――変身。

 それは言葉で聞くよりも簡単なものではない。

 顔面整形、声帯手術、体格改造、骨格矯正――変身と呼ばれる技術は多々あるが、その程度ではまだ変装程度の技術でしかない。外見だけでなく、内面すらも偽り周囲に溶け込む能力。アサシンと同時代に生きたハサンも似たような業を持っていたが、これはそれを超えている。

 そんな人物が、ただの人間である筈がなかった。

「サーヴァント――」

「いかにも」

 そんなわけがない、と苦々しく呟くアサシンに対し、男は紳士然とした態度で肯定してみせる。

 確認しなければ、アサシンはこの襲撃者をサーヴァントと認識することができないのだ。サーヴァントは互いにサーヴァントであることを認識できるのが聖杯戦争の常識であった筈だ。そしてそんな隠蔽能力を持つサーヴァントが何人も居るわけがない。

 アサシンは確信する。この襲撃者は、宮本武蔵が戦ったあのサーヴァンに違いなかった。

 バーサーカーのサーヴァント、殺人鬼ジャック・ザ・リッパーの変身能力がいかに凄まじいものか、聖杯戦争に関わる者なら理解することができるだろう。

 狼の皮を被った羊という言葉があるが、バーサーカーがやっていることはその逆である。それがどれだけ戦略に幅を与えるのか、知略に疎いアサシンでも容易に想像がつく。例え戦闘能力が弱くとも、存在しているだけで警戒に値するサーヴァントである。例え死んだとしても、安心することなどできはしない。

 しかし幸いなことに、アサシンは唯一このサーヴァントに対してはアドバンテージを有している。

「あなたのことは少しだけだけど耳に入れているわ、バーサーカー?」

「……うちのマスターはお喋りでいけないな。しかしその名は止めておいて欲しい。私のことはジャックと呼んでくれ」

「ジャック……ねぇ?」

 バーサーカーの言葉にアサシンは意味深に繰り返す。

 バーサーカーが自らのクラス名を隠す理由は多々あるが、理性あるバーサーカーというのはただそれだけで大きなメリットだ。キャスターがバーサーカーをライダーと誤解したように、序盤において然程メリットはないが、中盤以降にあっては正体不明のサーヴァントとして俄然その意味を増してくる。

 クラス名を知ってるアサシンにそうした意味はさほどない、それどころか真名を推測される危険が大きいが、それならそれなりの布石にもなり得る。

 今更ではあるが、バーサーカーは自らの特性を認識しつつある。周囲の情報を操作し誘導し、偽装する。伊達にスコットランドヤードの捜査の手から逃げたわけではないということだ。

「それで? 一体何の要件かしら?」

「何、少し君と話し合いがしたくてね」

「話し、合い?」

 白々しく話すバーサーカーにアサシンは訝しげな表情を隠せない。最初の用件は、最初から決まっている。

「それで、うちのマスターはどうした?」

「殺したわ」

 次いで尋ねるバーサーカーの言葉に、アサシンは衒いもせずに即答した。

 アサシンとフラットは魔力パスだけとはいえ契約を完了している。そして、今現在そのパスから魔力はまったく供給されていない。同じマスターから魔力供給を受けている筈なのだから、その点についてはバーサーカーも気付いている筈だ。

 だが、当のバーサーカーがそんなことを気にする様子もなかった。

「ふむ。ちゃんと呼吸は停止させたかね?」

「……?」

 バーサーカーの言い方にアサシンは違和感を覚える。

 呼吸の停止を確認したのなら意味は分かるが、停止させたとなると絞殺したか、という意味になる。

 バーサーカーの問いかけにアサシンが戸惑っていると、まるで教師が駄目な生徒に質問するように、バーサーカーは問い続けた。

「ちゃんと首を斬ったかな? 心臓も潰しておいただろうな? 魔術師は脳をちゃんと破壊しておかないと蘇ることもある。

 ――それで、君は一体フラットをどう殺したのかね?」

「苦しまぬよう、処理したわ。跡形もなく、ね」

 やけに言及してくるバーサーカーに、アサシンは虚言を弄することなくありのままを答えた。

 構想神殿――あれに入れば、何人も外に出ることはできないと聞いている。そして中に入れば待っているのは緩慢なる死。誰も抵抗できぬままゆっくりと魔力を吸われ、枯死していくことになる。あの業は食虫植物ならぬ、食人結界なのである。

 運が良ければまだ生きている可能性はあるだろう。しかし、バーサーカーとアサシン、両方の魔力を供給し、フラットの魔力はあの時点ですでに危険域に入っていた筈。とてもではないが、今も生きている可能性はない。

「また随分と手抜きではないかね?」

「謝罪でも要求するのかしら?」

「手ぬるいと言っている」

 瞬間、突き刺さるような殺気の刃にアサシンは戦慄する。

 アサシンはバーサーカーの正体を知っている。であれば、その実力が一般人をこっそり殺す程度でしかないことも分かっている。警戒すべき能力なのは認めるが、所詮はその程度であり、こうして正面切って対峙するのに恐ろしい相手ではない。

 だというのに、アサシンはただの殺気に過剰なまでに反応してしまった。

 思わず距離を取ろうと立ち上がろうとして――失敗した。

 周囲からは椅子に座り直したようにしか見えなかったろう。対面に座るバーサーカーは片手で肘を突き、片手で自らのジュースを飲んでいる。意表を突かれたのは確かだが、この程度の挑発で、アサシンは警戒レベルを最大にまで高めてしまった。

「……一体何を」

 視線だけでアサシンは足元を確認するが、汚れた床があるだけでそこには何もない。だが確かに、立ち上がろうとしたアサシンの足を掴んだ何かがあった筈だ。

 変身能力で足を腕にでも変えてアサシンの足を引っ張ったのなら分かる。だが、あの感覚はもっと別の何かだった。

 まるで霧のようだとアサシンは思う。

 そして、自らの心の中にも霧が纏わり付いている。

「先にも告げたが、君には圧倒的な経験が足りていないな。単純な能力値だけなら君と私では話にならないというのに、君を殺すことは実に容易い」

 既に二度、バーサーカーはアサシンと真っ向から殺すチャンスを見逃している。アサシンは気付いていないだろうが、バーサーカーがアサシンをただ殺すだけならすでに十回以上殺せている。

 彼女がキャスターと接触する前に出会えたことにバーサーカーは感謝していた。アサシンの経験不足では手玉にとられるばかりで話にならない。バーサーカーが唯一アサシンに勝っているラック判定には大いに感謝するべきである。

「私は狂気を象徴とした存在だ。狂気と人は向き合った時、人は理性を放棄し、正常な判断を下せなくなる。

 多くのサーヴァントはその正体を知られることで弱点となるが、私は例外だ。私は私の名を知られることで、その恐怖を相手に植え付ける。伊達に倫敦を恐怖に陥れたわけではない。

 私の正体を知って、安心したつもりだったのだろう?」

「……ッ」

 虚仮にされたことにアサシンは腹を立てる。バーサーカーにも腹を立て、そして何より、身構えて置きながらそれに対処出来ずにいた自分に腹を立てる。

 先の過剰反応は、どう言い繕っても取り返しの付かない隙だ。例えどのような猛者であろうと、あのような体たらくを晒しては実力差など関係なく、あっさりと殺されても仕方がない。

 バーサーカーにとって、実力差など何の障害にもなりはしない。むしろ相手が強ければ強いほどその弱さが際立ち、驕らせ、侮らせる――

「それが、あなたのスキルというわけですか」

「何を馬鹿な。こんなもの、スキルですらないただの知識だ」

 アサシンの言葉をバーサーカーは一蹴する。

 そして事実、バーサーカーがやっていることはその程度でしかない。

 確かにバーサーカーは自らを過大評価させる技術に優れている。ただし、サーヴァントとしての能力はそこまでで、それをどう活用するかは知識なのである。隙を見せた瞬間に何かが起こるのは恐怖映画の鉄則だ。バーサーカーがやっているのはそれの延長線上に過ぎないのである。

 誇るようなことですらない。

「この程度で動揺して貰っては先が思いやられるな。もっとも、そのおかげで私のマスターは助かったわけだが」

「助かった……?」

「フラットは生きている。直接会ってはないが、間違いないだろう」

 なまじ信じがたいバーサーカーの言葉ではあるが、証拠とばかりに渡された携帯電話を覗き見れば、フラットが綴ったと思しき文面がある。

『ちょっと困ってる子がいるから助けてくるね(^^)/ 困ったことがあったら呼びに来て! すぐ駆けつけるから!』

 黙って携帯を返却するアサシンにバーサーカーは無言で受け取った。

 誰かがフラットを騙っている可能性は確かにある。だが、「駆けつける」のに「呼びに来て」というセンスはフラットをよく知らねばできることではあるまい。あと、この状況で何故か日本流の顔文字を使っているのもフラットらしい所作である。

「……実に、彼らしい文面ね」

 本当に短い時間しか接触していなかったが、アサシンもこれでフラットの生存を確信した。本来の構想神殿の術者でないアサシンでは、この業のどこに欠点があり不具合があるのか完全に把握できているわけではない。超一流の魔術師であるフラットであれば、わずかな時間で脱出できる可能性は大いにあった。

「私としてもフラットを助けたいのは山々だが、いかんせん居場所が判然としない。大方、どこかの結界内にまた閉じ込められたのだろう。仕方なく、私は私で動くことにしたわけだ」

「私にマスターの居所を吐かせるつもりではなかったの?」

「それはこのメールを見たときから考えていなかったよ。私が最初にしたかったのは君という存在の査定だ。フラットを確実に殺さなかった君がフラットの居場所を知っているとも思えなかったからね。

 それに――私の目的は君達との接触にある」

 君達、とバーサーカーはアサシンに言った。

 誤魔化すのは、さすがに無理だろうとアサシンは判断した。

 恐らくアサシンが持つ交渉のためのカードの殆どは露見している。わずかな会話で性格も見抜かれているのだ。舌戦が得意でないのも当然のように見抜かれている。

「君が浚った東洋人については殺そうとしていないようだな」

「アレには利用価値があるわ」

「今、どこにいる?」

「別行動中。時間が来たら合流予定よ」

「なら結構」

 アサシンの答えに満足したようにバーサーカーは懐から黒いスカーフを取り出す。そこいらのフリーマーケットで手に入りそうなありきたりな品である。しかし手で触れて見ればその異常性は明らかだ。

 長い年月を経たスカーフだというのに触り心地は新品同然。織り込まれた黒色は臨月の女性の髪によるものだ。それに加えて染み込まれた血文字は聖人が直々に綴ったもの。こんなおどろおどろしいものを気軽に身につけることができるのなら、それは既に人の域の者ではない。

「中東の遺跡から発見された近年珍しい宝具級の魔術礼装らしい」

 元々はキャスターが昇華のための材料として用意したものだが、あまりの禍々しさと使い勝手の悪さが乗じて放置してあったのをバーサーカーがもらい受けたのである。昇華も何もしていないのでこのままでは誰も使用できないが、バーサーカーにはこの宝具を使える者に心当たりがあった。

 つまり、このアサシンだ。

「何のつもり?」

「現状のままでは君は遠からず補足され消滅する。多少の重圧はあるだろうが、防御にも優れ、隠蔽効果もある。これがあれば、実体化していてもしばらくは安全だ」

 君に消滅されると困る、と笑うバーサーカーの手を払いのけられればどれだけ簡単だろうか。すでに二度殺されかけた身としてそれはできない。バーサーカーを睨みながらもアサシンはスカーフは丁重に受け取った。バーサーカーは気にくわないが、このスカーフに罪はない。

 更にスカーフの中に手を入れると、薄い板のようなものがある。

「通信機?」

 知識と照らし合わせればそれが一番近い表現だろう。しかし知識のある通信機とは何か違和感がある。試しに透かして見てはしたものの、紙幣でもないそれにどれほどの意味があることか。結局違和感の正体に気付くことは出来なかった。

「……ふむ」

 この初めてスマートフォンを見た田舎者のようなアサシンの行動にバーサーカーは眼を細め、アサシンの評価を改めていた。

 下方ではなく、上方修正。

 知識や経験の裏打ちがあるスカーフなら、その正体や真価を推察することは可能だろう。だが、知識や経験ではどうにも気付くことができぬ仕掛けが施されたものに、そうした推察は難しい。

「私にも良く分からないが、それには電子的にも魔術的にも防諜できないようにしてあるらしい」

 つまりは魔術だけでなく電子工学にも精通していなければ、その通信機に施された仕掛けを見破ることはできないのだ。

「そうですか」

 色々と端折ったバーサーカーの説明にアサシンは興味もないように聞き流し、大胆にも胸元へ収めてみせる。男として(女にも変身できるが)手を出しづらいところに仕舞ったということは、返すつもりはないということか。

「意外だな。罠とかそういうのは想定していないのか」

「あるんですか?」

「いや、確かにないんだが」

 アサシンの解答に、バーサーカーは苦笑いしか出来ない。

 確かに、この通信機には色々な仕掛けをしてはいても、罠は仕掛けていない。ただ、その事実をアサシンは自らの直感だけで潜り抜けていた。

 狂戦士のクラスでありながら理性的なバーサーカーには理解できぬ事だ。バーサーカーは理屈と理論を検証しながら罠がないことを証明する。そこには莫大な労力を必要とするが、アサシンは違う。自らの直感を信じ、罠がないと感じればそこで終了だ。そこの理屈と理論は存在しない。

 バーサーカーは、そこにアサシンの一端を垣間見た。

「それで」

 と、アサシンは通信機のことなどまるでなかったかのように、バーサーカーに向き直る。

「私に、一体何をしろと?」

「現状で東洋人と君が同道していてくれたのなら、それでいい。願わくば、周囲の敵から守ってあげて欲しい」

「それに何の意味が?」

「まだ分からないが、いずれ鍵にはなるだろう」

 それだけ言って、カランと氷だけになったカップを置いてバーサーカーは席を立つ。

「ジャック。あなたは何がしたいのですか」

「当面の目的は恐らく君と一緒だ。最終目的こそ違うがね」

 そう言って立ち去ろうとするバーサーカーをアサシンは視線だけで追いかける。背を向けるバーサーカーはあからさまに隙だらけだが、かといって殺せる自信はなかった。

「ああ、そういえば一つだけ」

 トレンチコートの刑事の如く、案の定バーサーカーは振り返り、懐から出した写真をアサシンに見せる。

「この男を、知ってるか?」

 手にして見せたのは、バーサーカーがスカーフと共にキャスターから貰ってきた一枚の写真。

 あの武蔵の起こした戦場で、キャスターがバーサーカーと共にサーヴァントとかと睨んだもう一人の目つきの悪い男。

 バーサーカーには心当たりはない。キャスター曰く、この男は身体に《イブン=ガズイの粉末》を付着させているらしかった。と言うことは、あの場の近くに居た可能性が高い。あの場に潜んでいたアサシンなら、何か知っている可能性はあった。

 写真を受け取ったアサシンは眼を細めて男の容貌を眺め見る。

「……ジェスター・カルトゥーレ。私のマスターだった男よ」

「ほう?」

 九割方知らないだろうと踏んでいただけに、アサシンの解答はバーサーカーの予想外のものだった。駄目で元々。よしんば名前まで聞けるなど思いもしなかった。しかも、これは予想の斜め上の解答だ。

「ジェスターはこんな顔や体格ではないぞ?」

 キャスターの元から抜き出した情報には一通り目を通している。

 マスターの可能性が高く魔術師としても超一流、現在消息不明で危険度はレベル3。本来ならレベル5でもおかしくない人物だが、事前調査で既に殺されている可能性が高いことから要注意の範囲に留まっていた男だ。

「殺したのは間違いないわ。あなたが注意した通り、心臓を握りつぶしてね」

「そこから復活した、と?」

「あなたと出会ったあの場で武蔵に倒された男から私に魔力が供給されていた。そして今現在もどこからか私に魔力の供給が成されている」

 コップの縁をなぞりながらアサシンは周囲を軽く見渡してみる。契約が不完全だったせいで一体どこにマスターがいるのかアサシンにはさっぱり分からない。しかし、例えわずかであろうと確かに流れ込む魔力はジェスターが生存している証である。

「死ねば復活する能力や魔術は珍しくはあるが、不可能ではない。良い情報を得ることができた。礼を言おう」

「……結局、あなたは何をしに来たのかしら?」

 再度、先ほどと同じ問いかけをアサシンは口にした。アサシンとしては、てっきり同盟か何かをもちかけられると睨んでいたが、結局そういう話にはなっていない。

 最後のジェスターに関しては別だが、それ以外は一方的な施しだ。忠告程度の意味合いであろうが、具体的にアサシンに何かをさせようということもない。それでいて、バーサーカーは目的を達成している。

「……君の聖杯戦争の目的は?」

「この聖杯戦争を破壊することよ」

 即答するアサシンの返答に、バーサーカーもニヤリと口元を歪ませて即答してみせた。

「私の今の目的は、この聖杯戦争を暴くことだよ」

 紙幣を二枚、テーブルの上に置いてバーサーカーはアサシンを振り返ることなく店を立ち去っていく。その姿は事件を追う刑事を連想させるが、狂気に溢れた復讐鬼にも見えなくもない。

 手にしたスカーフを眺め見る。長年使用してきたようなしっくりとした感触が否応にもこの宝具がアサシンを主人に選んだことを分からせた。作りからして同郷のものであり、そういう意味でも使用に抵抗はない。

 バーサーカーはこれをアサシンに使って欲しがっている。効果からして正体の露見を恐れているのだろう。宮本武蔵がアサシンと誤認されていることからも、それはアサシンとしても望むべきことだ。

 しかし、それならバーサーカーはこの宝具を渡すよりもアサシンを殺すべきではなかったか。露見する心配もなく、勝利にまた一歩近付くことができる――

「いや、違う。ジャックは“暴く”と言った」

 アサシンは安易に“破壊”と答えたが、その直接的な手段としてサーヴァントやマスターの排除を行っているわけではない。対峙するべきは聖杯システムそのものであり、従来のルールと照らし合わせ、その全てを排除し整理していけばそれが間接的に破壊に繋がると漠然と考えていただけだ。

 アサシンは歯噛みをする。

 だとすると、バーサーカーの目的はそのことに気付かせること。

 取っかかりに気がつけば、あとは芋づる式に気付くことができる。

 そもそもバーサーカーはアサシンが手に持つこのスカーフさえ、「らしい」という伝聞で伝えていた。あの顔写真だってあのアングルは明らかに監視カメラのものだ。バーサーカー個人で手に入れたものとは考えにくい。それに、バーサーカーはマスターであるフラットとはまだ合流できていない。

 バーサーカーは既に何者かと協力関係にある。それも恐らく警察内部にいるサーヴァントとだ。だというのにその協力関係をアサシンに広げないのは、それなりの事情があるか、そもそも眼鏡に適わなかったか。

 最初からバーサーカーは接触が目的だとも言っていた。とすれば、これはバーサーカーからのテストとみるのが妥当だろう。

 無闇に突進するなら討ち取るまで。あくまで己に固執し周囲を窺うなら利用するまで。狡猾に潜み機を窺うくらいでなければ、協力関係として成り立たない。

「舐められたものね」

 わずかな怒気は抑えられぬものの、こうも失態を演じ、去った後から事実に気がつけばそれはもう間抜けとしか言いいようがない。そこに言いわけをしては恥の上塗りだ。狂信者といえどそうした分別はある。

「分かったわジャック。私も、あなたの手のひらで踊ってあげる」

 手にした宝具を首に巻き、特に急ぐでもなく、暇そうにレジの前に立つ店員の横をすり抜ける。直接会計を済ませることもなく店の外へと出たというのに、店員は机の上の紙幣すら確認もしない。

 これで最低限宝具が機能していることは実証された。魔術師相手にどれほど通じるかは疑問だが、街中から外に出るくらいなら何の問題もあるまい。

 しかし、アサシンはついぞ最後の真実には気付くことはなかった。

 客の不在に数分後に気付いた店員は慌てたことだろう。

 なにせ、机の上に置いた紙幣では、料金として不足だったからである。

 まさか提供したキャスター、受け渡したバーサーカーも、食い逃げなどに宝具が使われたなどとは思うまい。

 

 

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アサシンのポンコツ具合を出すことを目的としていたのだが、バーサーカーの優秀さの方が着目されやすい。バーサーカーは全サーヴァント中キャスターに次いで弱いつもりなのだがなぁ。

石ころ帽子
ドラえもんの秘密道具にあるのだけれど、意外と知られてなかった。
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