フェアリイから地球、ニューヨークへの出向の途に私は久々に貰った休日の余暇を利用し、比較的近場でも有った為、故郷ニュージャージー州トレントンの地を踏んでいた。
午後のカフェテリアでコーヒーを飲み、こう落ち着いていると自らの仕事をを忘れそうになってしまう。
手に持った地元紙を読んで見てもやはり州議会の政治献金疑惑や地域企業のそれと言った見出しばかりが一面に大きく出ていて、JAM・FAFと言った単語は隅の小さな記事にも出ていない。だが私が眼にしたフェアリイの現実はこれらの全ての虚構を否定する。
今この瞬間も現実に南極、ロス氷棚に刺さる「通路」の向こうでは戦いは続いているのだろう。それに身を投じている人間として、やはりフェアリイのエメラルドグリーンとは違うスカイブルーの空と双子の二重連星では無い太陽が違和感と共に居心地が悪く感じてしまう。妙な感覚だ。今は地球規模での戦争中なのである。
未知の異星体が挑んで来た人類全体にとって初となる種の存続を賭けた生存戦争なのだ。ジャムに負ければ人類は滅亡するかも知れないのである。だがこの街の落ち着き様は何であろうか『ジャム』とそう命名された異星体が何の音沙汰も無く突如地球侵略を開始してから数十年、地球に姿を表さなくなってから数年経ち、地球人類は明らかにその危機感を失っている。
「やあ、エディスじゃないのか?」
そんな事を考えていた私は、ふとテーブルに置いたコーヒーを冷めぬ内にと思い口に運ぼうとした時に不意に誰かに声を掛けられた。
振り向くとそれは若い男だ、私は少し怪訝そうな顔をしていたらしい。
「忘れたのか?ハイスクールで一緒だっただろう」
それに気付いてか少々大仰なリアクションで彼はそう言った。
大して特徴の無い顔だったが、そう言えば見覚えが無い事も無い顔である。
「ごめんなさい、どなたかしら?」
「おいおい、酷いな。マイケル・スミスだよ。ほら、あだ名はマイキー」
随分と一般的な、面白みの無い名前だったが、私は彼の記憶を頭の片隅から、何とか引きずり出すことに成功する。
それ程親しかった訳でも無かったが、確かに友人として付き合っていた彼だった。
「ああ、ええ久しぶりね、どうしたの?」
「それはこっちのセリフだよ、君こそ如何したんだい?君ほどの才女が確か大学を出て大学院に入らずに、何処かの軍隊に入ったとか噂に聞いたけど」
「えぇ…まあね、それより座ったらどうかしら?」
彼に席を勧めるとウエイターを呼びつけ、すっかり冷めてしまった自分のコーヒーを含め二つ注文する。
「ああ、有り難う。それよりも何だか君は随分と変わったね言葉も随分と早口だし、余所余所しい。何処か機械みたいだ」
彼は笑顔で軽くそう言う。指摘されて私は自分の言語が英語では無くそれを基にした、いわゆるFAF語で有ることに気付いた。
「ごめんなさい」
正常な英語に意識して矯正し、そして発する。
随分と懐かしい感じがした。
「いや、別に責めた訳じゃ無いよ。気になっただけだよ」
「そう」
私はコーヒーを一口含む。
「どうしたんだい?何かイライラしているみたいだ」
「そうでも無いわ」
実際には何処かイライラとしていた。彼に対して…という訳では無く。この街、引いてはこの星全体の余所余所しさに、だ。私はコーヒーをテーブルに置く。
暫しの沈黙の後、彼は耐えかねた様に話題を振った。
「君のいる軍隊ってのはアメリカ軍?其れともNATOとかかい?」
「FAFでカウンセラーをしてるわ」
解らないと言った表情の彼が口を開く前にもう一度言う。
「Fairy Air Force」
「あ、ああ…フェアリイ空軍ね、意外だな。別に法を犯した訳でも無いんだろう?」
「志願したのよ」
「へぇ、なんでまたそんな所に」
そんな所、その言葉に違和感を覚える。違和感と言うよりかは憤りと云った感情だ。
別段私はFAFに対して強い忠誠心を持っている訳でも無くジャムに対して強い憎しみが有る訳でも無いのだが、彼のその言葉には苛立った。人類は常にジャムの脅威に晒されており其れを水際で防いでいるのがFAFである。感謝こそされてもそんな所、と一蹴される筋合いも無い。
別に自分の仕事を素晴らしい事だとか地球を守る等と云った酔狂な事だとも思ってもいなかったが、彼との会話にはリアリティが欠けている様に感じられた。まるで自分だけ夢の中に居たような気分だ、どうにも気持ちが悪い。
しかし彼に咎は無いのだ。これは地球人類全体がFAFに対して抱くごく一般的な感情なのであろう、実際に刑務所別館とも揶揄されている。
「そもそもFAF何て本当に存在していたなんて初めて実感したよ。確かに霧の柱は南極にあるけど、霧の麓でピクニックをしていても誰も解らないからね。実態はダミーだった何て事よく有る話だからさ」
「でも確かに存在しているわ、地球人にはそれが解らないだけよ」
「地球人だなんて、まるで自分が異星人みたいな言い方だな」
「そうなのかもね、じゃあ私そろそろ行くわ、地球人と話せる機会があって感謝してます」
私は伝票を取ると、立ち上がるとそんな言葉が口をつく。
「行くって何処に――此処は君の故郷だろう、ゆっくりとして行かないのかい?」
「えぇ…私の星、そう。フェアリイに帰らせてもらうわ。さようなら地球星人」
彼のは決して悪意があって言った言葉では無いのだ、そんな事は解っている。
かつて彼と私は比較的良い友人関係で有った事も有ったし。その時から、やはり彼はごく一般的なアメリカ人の青年であった。
しかし地球とフェアリイ、限りなく近く限りなく遠い世界での感覚の違い価値観の違いが私を苛立たせていたのだろうとホテルへの帰路に自分で推察しながら、通り掛かった近くのベンチに腰を下ろす。
「心理カウンセラーがこの様じゃ目も当てられないわね…」
不意に空に轟音が走る。その先を見上げると二機の戦闘機が飛び去って行く。そう言えば、近くに空軍のランウェイがあった。二機の引いた雲は細く長く遠い空に伸びる。
公園向かいのベーカリーの香ばしい香りに混じって、掠れる様なジェットフュエルの香りも漂って来そうだ。
そうして漂う飛行機雲を眺めながら、私は其処に何処か安心を感じている自分に気付き自嘲した。
「全く…これは重症ね」
少し笑ってしまう。
遥かにもう見えなくなった戦闘機の軌跡を眺めながら遥か遠くのフェアリイ想う。
地球人であったフェアリイ星人達の魂がフェアリイの星に馴染み溶け込んで行く様に、私自身も彼らのその感情に妙に納得してしまっていた事に笑ってしまったのだ。