ふと気づくと、人は何かに依存している。

 人はそれを取り上げられると、時に獣のように暴れ出す。



 ※『小説家になろう』との重複投稿作品となります。





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 あなたは、何かに『依存』していますか――?







依存症

 

 

 

 

 

 私と彼の付き合いは、母親の胎内からこの世に生を受けて以来だった。

 

 生年月日も、出産された時間も、おまけに血液型までが一緒。

 なんの因果か、家までも隣同士。

 二人の異なる所なんて、それこそ性別くらいだった。

 

 私達は保育園、小学校、中学校と同じだった。

 

 保育園の時は、病院にいた時と同じく、隣同士でご飯を食べて、一枚の布団で寄り添いながら昼寝をする。

 外で遊ぶ時もいつも一緒だった。

 

 小学校に入学しても、この関係は続いた。

 ただ彼の方は、小学二年生の春頃から、近所の少年野球に所属した。

 私は土曜、日曜日や祝日には、いつも彼の野球の応援に行った。

 高学年になると、彼も選手として起用されるようになった。

 

 中学校では、私もテニス部に入り、お互い忙しくなった。

 ただ、野球部とテニス部の練習場所が比較的近く、彼は私の姿を見つけると、笑顔で手を振ってくる。

 当時は、みんなから冷やかされた。

 

 そんな事もあり、ある日私は彼に、みんなの見える所で手を振るのはやめてほしいと言った。

 彼はすごく悲しそうな表情を浮かべ、小さく頷いた。

 少し、胸が痛んだ。

 

 当然だけど、私は彼を嫌ってなんかない。

 むしろ、いつも私に付いて来てくれて、何かと頼ってくれて、常にそばで甘えてくれる、可愛い弟のように思っている。

 

 部活のない日には、私達はお互いの家で勉強をしたり、たわいない会話をして時間を過ごすことが多かった。

 

 たまに、私が彼を誘ってカラオケやボーリング場などに行ったりもする。

 あるエンターテインメント施設では、私が彼にテニスを教えたり、彼が私にバッティングを指南してくれたりもした。

 

 

 

 彼には、友達らしい友達がいない。

 部活の中でも、他の部員達と距離があるように、見ている私には感じられた。

 

 人見知りな性格という訳でもなければ、陰でいじめを受けている様子も見られない。

 

 私は一度、そのことについて彼に聞いてみたことがあった。

 

 彼は彷徨ったように首を傾げて、私がいるから別に友達は必要ない、と言った。

 

 だから当時、彼は私だけによく懐いていた。

 いや、あの頃になると、私の一歩後ろを延々と付いて来ていると言った方が正解かもしれない。

 

 部活が先に終わっていると、必ず彼は校門の所で私を待っている。

 私が友達と帰っていると、背後から少し離れて付いて来る。

 友達と別れて一人になると、気配も見せず、いつのまにか隣に並んで歩いている。

 

 私にとって彼は、影みたいなものだった。

 その時は、その程度にか思えなかった。

 

 中学三年のある日、雨のために部活が中止となった。

 

 彼は映画館に行こうと誘ってきた。

 私も暇になっていたので、時間を決めて駅で待ち合わせの約束を交わした。

 

 ところが、彼と約束をしてまもなく、テニス部の憧れだった男子の先輩から、お誘いの電話があった。

 

 私は飛び上がるほど嬉しかった。

 彼との約束は、その瞬時に頭からすっかり消えてしまった。

 

 先輩と楽しい時間を過ごし、家に帰ったのは、夕方遅かった。

 

 家の門に彼が立っていた。

 私はこの時、ようやく、彼との約束を思い出した。

 

 急用ができたんだ、ごめん。

 そんな白々しい咄嗟の言い訳をして、謝った。

 

 彼は少しも怒った態度も見せず、いいよ、と笑って許してくれた。

 目が赤くなっているのを私は見逃さなかった。

 

 昔から、彼は私が嫌がることは絶対にせず、幼い頃からの大人しい性格はそのままで、優しい子だった。

 

 本当に悪いことをしてしまった。

 罪悪感が荒波となって押し寄せ、彼の顔を正視できなかった。

 

 その日は、私の家で一緒に晩ご飯を食べた。

 いろいろ幼い頃の昔話をして、私の心も少しは和んだ。

 

 それからは、高校受験を目標に、同じ塾に通い、机を並べて頑張りだした。

 

 私と彼は、第一志望の高校へ入学することになった。

 

 しかし、彼は高校でも、友人や恋人なんて作ろうとはせず、相変わらず私の後ばかりを付いて来た。

 

 この頃になると、さすがに私でも理解してしまう。

 

 彼には私が必要なんだ。

 私がいないと、彼はなにもできない。

 ずっと、私が彼のそばにいてあげよう。

 隣で彼を支えてあげよう。

 

 彼は、私がどんな我が儘を言った所で、一度だって嫌な顔をしたことがない。

 ときどき、いじわるをしたくなり、わざと困らせてやることもあった。

 ごめんの一言に、彼は簡単に許してくれた。

 

 私にとっても、彼の隣は居心地が良かった。

 

 今までみたいな二人の関係は、きっとこれから先、未来まで続くものなのだと、疑うことがなかった。

 

 受験期に入ってからは、同じ大学を目指して頑張った。

 時に、将来は彼との生活を、と想像している私があった。

 

 

 けど、そんな私の想いは、なんの予告も警告もなしに打ち砕かれる。

 

 

 高校三年の秋頃、突然として彼が、行きたい大学が見つかったから、志望校を変えると言い出した。

 

 これからは、そこを目指して頑張る、と。

 

 二人で頑張って目指してきた大学より、ワンランク下の学校名だった。

 

 初耳だった。

 

 自信をなくしたのなら、まだ平気。

 十分間に合うから、頑張ろう、と。

 私は必死に彼を励まそうとした。

 

 しかし、彼は頑なに意志を変えようとはしない。

 初めて、彼が私に背いた瞬間だった。

 

 なぜだろう。

 

 彼が自らの気持ちを表に出したのは、初めてだった。

 

 私を打ちのめしたのは、それだけではない。

 

 彼の言葉。

 

 好きな子ができて、その女の子と同じ大学に行きたい。

 

 そう言っていた。

 

 塾で一緒だった女の子らしい。

 そういえば、彼がその子と何度か会話をしている場面を、私も目にしたことがあった。

 

 いつの間に……。

 いつも、私と一緒だったのに……。

 

 ふと、私は思い当たることがあった。

 ここ数日、先に帰っていいと言われることが多かった。

 全く、疑いもしなかったけれど。

 

 

 離れていく。

 

 

 なんでも私に依存していた彼が。

 私なしではなんの決断もすることのできなかった彼が。

 

 ついに、私を必要としなくなった。

 

 

 嘘だ。

 

 

 そんなこと、ある訳がない。

 

 私の心は大きく壊れた。

 奈落の暗闇に引き摺り込まれていくような絶望感があった。

 

 

 やっと、分かった。

 

 

 依存していたのは、彼だけではなかった。

 私も、同じだったのだと。

 私の中で彼の存在がどれだけ大きくなっていたかも。

 

 これが、嫉妬というものなのか。

 

 私はその相手に憎しみすら覚えた。

 溜まる一方の不満と憎悪の感情の波は、荒れ狂うばかりだった。

 

 自分がこんな激しい感情を持っていただなんて、私自身が最も驚いている。

 

 自分から大切なものを奪っていった女が許せない。

 彼は誰にも渡したくない。

 一生、私が面倒を見ていくものだと思っていたのに。

 

 ずっと一緒に――隣同士で生きてきた人生のパートナーを失ってしまうなど、考えられない。

 

 それでも。

 私は自分の心の動きを彼に悟られたくないため、感情を表に出すまいと抑えた。

 

 大学のランクを落としてまでも、相手の女を選んだということが、どれだけ私の心とプライドを傷つけてくれたことか、彼は理解していない。

 

 数日後、彼女に告白したら同じ気持ちだった、と。

 そう恥ずかしそうに報告をしてきた彼の一言が、私の心の深淵に眠っていた悪魔を覚醒させた。

 

 なんとかしなければ。

 そう決意した私の行動は早かった。

 

 三、四日後のテレビのニュースで、○○町○○丁のコンビニの近くの公園で、身体中を刃物と思われる凶器でめった刺しにされた、○○高校三年生の女の子が血塗れで倒れているのを、新聞配達の人が発見し、警察に通報したという、アナウンサーの声と共に、画面には被害者の少女の顔写真が映し出されていた。

 

 死亡推定時刻が、昨晩の午後一〇時から一二時ごろとアナウンサーが告げると、私の母が、びっくりしたように声を上げた。

 

 この時間は、あんたはコンビニに行ってたわよね、事件に巻き込まれないで良かった、と。

 安堵の息を深く吐いて、母はそう言った。

 

 それから数時間後。

 もうそろそろ、来る頃だと思っていた。

 

 目を真っ赤に泣き腫らした彼が、私の前に現れた。

  

 思考が追いついていけないでいる動揺ぶりを見せてくれた。 

 瞳から大粒の涙を溢れさせて泣きじゃくる彼が、とても愛おしく思えた。

 

 私は、彼を優しく抱擁した。

 彼を抱き締めながら、私の唇は三日月型に歪んでいたことだろう。

 

 以前の二人の関係に戻れたような感覚だったが……。

 私は、彼を抱き締めながら、今までの純粋で無邪気な自分には、もう戻れないだろうと感じていた。

 

 

 

「あなたは、私が一生、面倒を見てあげるからね……」

 

 

 

 彼が私以外の人に心を移してしまったその時に、以前の私は死んでしまったのだから。

 

 

 

 

 









 あなたにとって、『絶対に失いたくないもの』とはなんですか――?





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