聖杯戦争を終結させたはずの衛宮士郎。彼の右腕には見慣れた印が刻まれていた。
焦りと緊張と、少しの期待の中、あのときと同じ夜に現れたのは、金髪碧眼の少女ではなく、銀髪で死んだ魚の目をした木刀を持つ侍だった。
時を同じくして、赤い悪魔こと遠坂凛も、同じような状況に陥っていた。
地下室の掃除をしていたところ、士郎と同じように令呪が表れていた。彼女の元に現れたのは、便所サンダルをはいた少年。
この状況を打破、いやさ擦り付けるためにも士郎の元へ急ぐ最中、凛は少年の力を目の当たりにする。
魔術師のそれに似た力を持った彼のことを、凛はこう感じた。
霊と踊る少年、と。
「とりあえず、状況を確認しようか」
士郎はこのカオスな状況を打ち砕くべく、言葉を発したが、空を斬ってしまった。
呼び出された自分のサーヴァントは、煎餅をかじりながらテレビを見ているし、遠坂は頭を抱えていて、遠坂のサーヴァントらしき少年は縁側で座ったまま動こうとしない。
「お、お前ら・・・」
士郎は握りこぶしを作り、力を込めた。お手本のようなイラつき方である。
「俺達がなんでここに呼ばれたのか、っていうのを探さねぇといけねぇんだろ?」
侍、坂田銀時はこちらを振り向かず言った。
「俺も、そこのシャーマン先輩も、同じような状況で呼ばれたわけじゃねえ。むしろ無作為に呼ばれたみてぇだな。俺なんか、確変入ったのに・・・。それに誰が新八や神楽を養っていくんだよ!」
「銀さんは、養うというか、養われる方だと思うんだけど」
「はぁ?!養ってるからね?俺はめっちゃくちゃ養ってると思うよ?足が武器になるお父さんよりも養ってるよ!」
足が武器って・・・。
「なるほどな、ありがとう。お前はいいのか?オイラなら伝えられると思うけど・・・。そうか、分かった」
葉が何やらやっている。一人ごと、か?
「シャーマン先輩って、人間嫌いだからな」
「銀さんは葉のことをよく知ってるみたいだけど、同じ時代から来たのか?それにしては、格好に違和感があるんだけど」
恐る恐る聞いてみることにする。
「同じ時代というか、同じ世界(雑誌)から来たみたいなものだからな。とは言え、これ以上やるとグダクダしてくるだろうから、もうやめよう」
「??」
士郎の頭にははてなが浮かび続けていた。銀さんのメタ発言に、追い付けていなかった。むしろ、追い付けたらすごい。
「とりあえず、葉。何か分かったのか?」
このまま話を続けていても、進まないと思ったのか、士郎は葉に話しかけた。
「ん?ああ。この辺の浮遊霊と話したんだが」
「ふ、浮遊霊と?!」
「おいおい士郎。今からそんなんじゃついていけねぇぜ?YO」
銀さんがあからさまにバカにしたように士郎を煽った。
「何が分かったんだ?」
無視した。そして、銀さんのキャラが安定していない。今度マンガを読になおそう。・・・え?
葉は縁側から、離れ居間へと入ってきた。
「アイツの情報によると・・・おい、凛」
「にゃっ?!」
葉に声をかけられた凛はわざとでないと説明できないような驚き方をして見せた。年を考えて欲しい。
「お前大丈夫か?さっきから一言も発してないけど」
「大丈夫よ・・・少し疲れただけたから。それで?何が分かったの?」
「ん?おお。じゃあ話すぞ?アイツが言うには、オイラたちみたいに呼ばれたやつらは、オイラたちを含めて7人。もうここにいるらしい。中にはバカみたいな力を持ってるヤツがいるみたいだ」
「そう。どこにいるかは、わからないの?」
「分かるらしいぞ?行くか?」
「ええ。というより、もうどこにいるかは、分かってるつもりだけどね」
葉は不思議そうな顔をした。
「ん?そりゃあどういうことだ?お前も見えるんか?いや、そうか。パスってやつが繋がってるから、お前にも霊が見えるんだったな。でも、どこにいるかまでは聞いてなかったはずだけど」
「私と士郎、この二人がマスターに選ばれた。それに、私は召喚しようとなんて、していない。あなたは、無理矢理召喚されたのよ。ということは」
「そうか、前回の聖杯戦争の、マスターか」
凛はそう発した士郎の方を向き、微笑む。しかし士郎は不思議そうな顔をしていた。
「だけど、もう、葛木のヤツもいないし、ランサーのマスターだった言峰もいない。今残っているのは、桜とイリヤだけなんじゃ」
「そうね。だけど、前回のキャスターみたいに、英霊がサーヴァントを呼び出している可能性もあるわ。だけど、とりあえず桜とイリヤのところに行きましょう。ここでこうしていても、埒があかないわ」
士郎はそれを聞いて、少し納得したかのような顔になった。
「どうだ?話は済んだか?」
「ええ、とりあえず、桜のところに向かいましょう」
こんな時間だが、早い方がいい。これが一大事だったとしたら、明日どうなっているか分からない。
そして、銀時を除く三人は腰を上げた。
「ちょっと天然パーマ、今の聞いてたでしょ?貴方も行くのよ」
「えぇ?」
銀時はあからさまに嫌そうな顔をして言った。
「ちょっと何よ、えぇ?って」
「おじさん疲れてんの。週刊の方じゃシリアス続きでストレスがマックスなの。俺にはこの家をまもるという役目がある。だから自宅待機で」
この発言に対し、遠坂が宝石を使って強行に出たことを言っても、誰も疑問を持たないだろう。
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「ここは、どこだ?確か、僕たちは過去に向かっていたはずだ。だが、ここは僕の知っている町とは違う。忍、お前、失敗したな!」
「何を言うかお前様よ!儂の時間移動は失敗しておらぬ・・・多分」
「何が多分だよ!」
ある邸宅の庭先でアホ毛が目立つ少年と、金髪の幼女が問答を続けていた。少年のアホ毛は、まるで生きているかのように動いている。
「時間移動の最中に、横槍が入ってしまったのは、儂のせいではない。時間移動が、次元移動になってしまったようじゃの。かかっ」
「かかっ、じゃねえよ!な、なんだよ次元移動って」
「何って、言葉通りの意味じゃ。本来儂らは、Aという時間からA-1の時間に到着する予定じゃった。じゃが、その、横槍のせいで、恐らく、Aという世界からBという儂らにはまったく関係のない世界に呼び出されてしまったようじゃのう」
「つまり、ドラえもんのもしもボックスを使用したような状況、というわけか。世界そのものが変質した。しかし、なぜそんなことに・・・」
「だから言っておろうが、我が主様よ。
それを聞いた少年は、頭を抱えてうずくまる。
幼女は、難しそうな顔をして、腕を組んだ。
「そもそもじゃ!溜まりに溜まった夏休みの宿題をどうにかするために、過去へタイムスリップするようなのび太くん的発想自体が、おかしい話なのじゃ!宿題というのは、計画的にやることこそが夏休みの宿題の本質じゃろう!あの委員長や、ツンデレ娘がおったというのに、まったく、我が主様ながら残念じゃ!」
「てめぇそれを今更言うのか!?それに、羽川や戦場ヶ原は、貰った教科書はその日の内に読破してしまうタイプだ。恐らく、すでに終わっていたのだろう。というか、まぁ、あの時点で終わっていなかった僕が一方的に悪いのだけれども。・・・あ」
少年は何かに気付いたような素振りを見せた。
「ん?どうしたんじゃお前様よ」
「世界そのものが変わってしまったんなら、忍、もしかしたら、この世界にはミスタードーナツがないかもしれない」
「・・・・・・・・・・・・」
忍と呼ばれた金髪の幼女は、少年の目を一点に見つめ、動きを停止した。
「お、おい。どうしたんだよ、忍」
停止したまま動かない幼女に、少年は手を差しのべた。そのまま、顔や頭をペタペタと触っているが、幼女は動かない。
「かっ、かかっ!!そ、それがどうすたのじゃ我が主様よ。ドーナツ店が無かったからといって、ドーナツそのものが無くなるわけではあるまいて!」
「お前、あからさまに動揺するなよ。誤字が変なおじさんみたいに、なってるぞ。しかし、そうか。もし本当に別の世界なら、ドーナツがない世界だって存在するわけだろ?その可能性も、なきにしもあらずなんじゃあ・・・」
それ以上言おうとして、少年は幼女が涙目になっていることに気付いた。
「お、おい。別に泣くような事じゃ・・・」
「わ、儂は泣いてなどおらぬ!もし仮に、万が一にも泣いているような状況が作り出されたのならば、それはドーナツのためじゃ!馬鹿な我が主様の、身勝手な願いで、ドーナツの存在しないディストピアにやってきてしまったことに対して、涙しているわけではない!」
完全にそれ、じゃねえかよ。そう思った少年だったが、それ以上を言うのを躊躇った。これ以上、この問答を続けていても埒があかないからである。
「と、とにかくここがどこで、どうやったら元の世界に帰ることが出来るのかを探すことにしないか?」
「そうじゃな、一刻も早くミスタードーナツを探すことにしよう」
「いや、違うだろ」
恐らく、この問答は絶対に完結しないと感じた少年だった。
その時。
「あ、あの、だ、誰ですか?もしかして、泥棒?」
この邸宅の門が、ゆっくりと開いた。柔らかい物腰をした少女の手によって。
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「いや、本当にすまなかった。君の家の前で、五月蝿くしてしまって」
「いえ、それはいいんですけど、あの・・・」
この邸宅の持ち主である少女に、頭を下げる。あの状況から見れば、警察に通報されたとしても文句は言えないだろう。
しかし、それにしても、だ。金髪の幼女を連れた男が自宅の庭先で一悶着起こしていることがすでに、動揺を誘う要因のはずなのだが。
「がうっ!ふがっふ!!がぶぁ!」
それ以上の最たる要因が、僕の目の前で今まさに、行われていた。
「すまない。あとで弁償する」
「いえ、それはいいんですけど、その、箱ごと食べているような。それ以前に、人間のそれとは似つかないような食べっぷりなんですけど」
そこには、ミスタードーナツの箱の中のドーナツを箱ごと食している、元鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼の姿があった。
というか、僕の連れだった。
「こらぁっ!!忍!てめぇこの状況よくそんな獣のようにがっつくことが出来るな!時と場所を考えろ、このがっかり吸血鬼!」
「ふがっ・・・。ふ、ふふふ。かかっ。かかかっ!どうじゃお前様。この世界には、どうやらミスタードーナツが存在しているようじゃぞ?謝れ、謝れ!存在を否定されたミスタードーナツと、メンタルを傷つけられた儂に謝れ!」
「いや、存在を否定したわけじゃあないのだけれども。それに忍、お前、自分でメンタルを傷つけられたとか言ってて、悲しくならないのか」
「儂の前にミスタードーナツ、もといドーナツがある。それこそが心理であり真実じゃ。それ以外は偽りじゃ」
「その理屈は、お前自身を否定しているのと同義なんじゃあないのか?」
「あ、あの・・・」
がっかり吸血鬼と言い合っていることに集中しすぎて、この状況をすっかり忘れていた。というか、それでいいわけないだろう。
「す、すまない。えっと、君は・・・」
「桜、間桐桜です。その、あなた方は」
動揺しまくりの、彼女が勇気を出して訪ねてくれた。それに対し、僕らも誠心誠意をもって答えるとしよう。
「僕は阿良々木暦。こっちの獣みたいな幼女は、忍野忍」
「阿良々木さんに、忍ちゃん、ですね。どうしてうちの庭にいたんですか?」
「いや、それは・・・」
過去へタイムスリップして、夏休みの宿題を片付けようとしたはずが、何故か時間移動ではなく、次元移動をしてしまったため、過去ではなく、別の世界に来てしまった、とは、口が裂けても言えないだろう。というか、言ったところでどうにかなるとは思えない。桜ちゃんを混乱させるだけだ。
「過去へタイムスリップして、夏休みの宿題を片付けようとしたはずが、何故か時間移動ではなく、次元移動をしてしまったため、過去ではなく、別の世界に来てしまったのじゃよ」
言った!この吸血鬼言った!一言一句間違えずに述べやがった!
「えっと・・・・・・??」
ほらみろ!案の定クエスチョンマークが浮かべられているだろうが!
「ごめん桜ちゃん!こら忍!何でオブラートにも包まずに言いやがるんだ!お前、そこまで正直者だったか!?」
「何を言うか我が主様よ。ここまで込み入った状況になっておるのに、作り話をして逃れようとしても無駄じゃろう。であれば、正直に言った方がよかろうて。それにこの娘に嘘はつけん。何せ、儂を救ってくれた女神様じゃからの」
「えっと・・・ありがとう?」
何に感謝されているのか分かっていない顔だ。
「言うなれば、砂漠を放浪中に現れたオアシス。しかし、出会うべくして出会ったのであれば、これは運命!さしずめ織姫と彦星!まぁこの場合、儂が天の川をバタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形で泳ぐわけなのじゃが・・・」
「個人メドレーかよ・・・」
「ふふっ。ふふふ」
桜ちゃんが、笑った。先程まで、困惑の色を見せていたが。
「あ、ご、ごめんなさい!その、お二人のやり取りが面白くて、つい」
「あはは・・・」
僕も笑うしかなかった。
こうやって桜ちゃんの家にあげてもらっても、僕たちの状況は、変わることはないからだ。
そう思っていると、桜ちゃんが何故か手の甲を見せてきた。
「これは・・・」
僕は手の甲を凝視した。そこには、奇妙な刺青が施されていたのである。
「何かの、契約印じゃな?」
忍は、いつの間にかその手の甲が見える位置まで移動していた。
「契約?ただの刺青じゃないのか?いや、でも桜ちゃんみたいな子が、刺青を彫るようには見えないし」
「これは令呪と言うんですけど、えっと、あなた方はサーヴァントなんじゃあないですか?」
「サーヴァント?」
「はい。ここに戻る少し前に表れたんです。もしかしたらと思って急いで帰ってきたら、あなた方がいて。さっきここにいた理由を聞いたのも、そうじゃないかと思って、なんですけど、タイムスリップ?」
ちょっと待て、令呪?サーヴァント?いったいそれはなんだ?
今度は僕が困惑していると、忍が口を開いた。
「なるほど、主様のとは違う霊的な繋がりがあるとは思っておったが、その手の甲のものはそういう意味合いがあったわけか」
「ちょっ、お前、忍。何一人で解決しているんだよ。僕にも分かるように説明しろ」
「えっと、聖杯戦争については、ご存じないのですか?」
今度は桜ちゃんが口を開いた。
「聖杯戦争?はじめて聞いたが、それは、いったい」
「とっても、イレギュラーみたいですね。まぁまた聖杯戦争が起きようとしていること自体がイレギュラーなのか」
「どうやら、大変なことに巻き込まれてしまったみたいじゃの」
忍は神妙な面持ちでそう言ったが、口の回りはドーナツのカスでいっぱいだった。
台無しだった。
本当に、怪異の王とか、名乗るのをやめたほうがいいのではないだろうか。
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聖杯戦争。聖杯から選ばれた7人の英霊が、それぞれマスターとともに、己の願いのために雌雄を決する、戦争だ。
その戦場に選ばれたのがここ、冬木市、らしい。
冬木市。聞いたことのない名前だ。どうやら本当に別の世界に来たようだ。いや、僕が知らないだけなのかもしらないけれど。
「つまり、僕たちは君に呼ばれた、ということなのか?」
「いえ、今回私は召喚を行っていません」
「行っていない?忍が言っていた何者かってのは、マスターらしい君だと思ったんだけど。今の話を聞いた限りでは」
「さっきも言った通り、聖杯戦争は終結しているんです。サーヴァントの一人が聖杯を破壊したことによって」
僕は桜ちゃんが注いでくれた紅茶を啜った。仄かな甘味が口の中一杯に広がる。
「僕たちを呼んだのは、別の人間?」
「はい、恐らくですが」
となると、だ。一度終結した聖杯戦争とやらを、もう一度始めようとしている輩がいる。その人物こそが僕たちをこの世界に呼んだ張本人、というわけか。
「忍、僕たちが元の世界に帰るには、あのときと同じ状況を作り出さなきゃいけないんだろ?」
「そうじゃな。もしタイムスリップが成功していたとしたら、儂はあの北白蛇神社に溜まった霊力を使って、未来へと帰るつもりじゃった。しかし、あの神社のような霊力の溜まった場所が、そうそうあるとは思えん」
残ったドーナツを幸せそうに頬張りながら続けた。
「儂の霊力を溜めるにせよ、何年かかるか。ま、手詰まりじゃな」
「そんな、簡単に諦められても困るんだが。・・・桜ちゃん、聖杯戦争で勝ち残ったら、願いが叶うんだろ?」
桜ちゃんは手に持っていたティーカップを置いて、頷いた。そして口を開く。
「でも、本当に聖杯戦争が始まったのかは、わかりません。さっきも言ったように、聖杯戦争は一度終結しているんです。こう何度も同じことが続けられては、管理している側も大変でしょうから」
それもそうだ。桜ちゃんが言うには、聖杯戦争の被害は甚大だったらしい。それな何度も行われるとなると、その戦争を管理している側からしたらたまったもんじゃない。だからこその管理者、なのだろうが。
しかし、もしこの戦争が誰かによって引き起こされた現象だったとしたらどうだろう。管理者の手の届かないところ、見えないところで図られていたら?
「しかし、この令呪は、あのときのものです。私は兄さんにマスター権を委託しましたが、召喚の際に表れたものと同一のものでしょう」
そう言って、桜ちゃんは何かに気付いたような顔をした。
「私に令呪が表れているのだとしたら、もしかして、姉さんや、先輩にも?」
「どうしたんだ?」
「いえ。とりあえず話し合える人の所に行きましょう。こんな時間ですが、善は急げ、です」
桜ちゃんは笑顔で僕にそう言った。
時計を見れば、もう10時を回っていた。
「そう言えば忍、僕たちは異世界に来たんだよな?」
「何度も言っておるじゃろう。その通りじゃ。それがどうした?」
「異世界って聞いて想像するのは、ドラゴンがいたり、魔法使いがいたり、こう、RPGの世界を思い浮かべるんだが。ここはまるっきり、僕のいた世界にそっくりだ」
モンスターハンターとか、ドラクエとか、そういう世界観のある所に来ていたとしたら、ここは異世界だと納得できたんだが。
「ドーナツもあるしの」
「それは置いておけ」
「何を言っておるのじゃ、我が主様よ!よいか!?ミスタードーナツ、いや、ドーナツがあるということは、この世界の人間も捨てたものではないと、そう言えるのじゃぞ?」
「言えねぇよ。どんなにディストピアでも、ドーナツがあったら、そこはユートピアだと言っているようなものだぞ?」
「フリーザがドーナツの発案者だったとしたら、儂はフリーザの味方をするね。悟空に、クリリンはドーナツのために犠牲になったんだ、と言い放つね」
「まぁ確かにお前は、悪役だよな」
どんだけ世俗にまみれてるんだよ。怪異の王がフリーザとか言ってんじゃねえよ。
がちゃり。
僕の後ろにある扉が開いた。確か、兄がいるとかいっていたが、そいつか?
予想通り、その開けた扉から顔を出したのは、パーマがかった髪の毛をしている少年だった。ワカメみたいな髪形と言えば分かりやすいだろうか?
「うわぁっ!?な、なんだよコイツら!お、おい桜ぁ!誰が家に人を上げて良いと言ったんだよ!?」
「ごめんなさい、兄さん」
桜ちゃんの兄らしき少年は、桜ちゃんに一方的に文句を述べた。
「お前ら、ここに何しに来た!」
「いや、道に迷っていたところを助けてもらったんだ。悪いのは僕らだ。桜ちゃんを怒らないであげてくれないか?」
「お前らが悪いのは当たり前だろ?!勝手に僕の家に人を上げた桜も悪いんだよ!部外者は口を挟むな!」
この男は、いちいち癇に障るな。
怒りが込み上げてきたが、桜ちゃんのためにここは押さえた。
「まったくこの役立たずが。それより、僕が買ってこいといったドーナツはどこだよ」
「え、それは、あそこに・・・」
桜ちゃんは恐る恐る忍のほうに目線を向けた。少年も、それにつられるように目線を向ける。
「お前、このガキ!僕のドーナツを食べたな?!くそっ!どいつもこいつも!出ていけ!今すぐ!」
少年は忍がドーナツを食べていることに気が付いたようだった。怒号を撒き散らすが、忍は黙々とドーナツを食べ続けている。というか、どれだけドーナツがあったんだ?さっきからずっと食べてるぞ?
「おい聞いてるのかよ、このガキ!てめぇ、ガキだからって容赦しないからな!?この・・・」
少年は忍に近寄ろうとした。
僕は口よりも先に、体が動いていた。
「うぐっ!?か、かはっ!?」
僕は少年の首を掴み、壁に叩きつけた。我ながら凄いことをしたと思う。初対面の相手にこれほどのことを為すとは。そのくらい、この男は癇に障っていた。
「お前、次に忍に近付こうとしてみろ。殺すぞ」
恐らく、僕が会ってきた中で一番ムカつくやつだ。賭けてもいい。
「桜ちゃんのアニキだかなんだか知らないが、アニキは妹を守るものだろ?命を懸けて。その妹に役立たずだと?ドーナツは忍が食べちまったかもしれないが、頼んだのはお前なんだろ?まず、口から出さなきゃいけない言葉は、感謝の言葉だろうが」
掴んでいる手に力を込める。
「かっ、かはっ・・・」
「止めてください!阿良々木さん!」
桜ちゃんの言葉に我に帰り、掴んでいた手を話した。少年は苦しそうに首を押さえながら、嗚咽していた。
「やれやれ・・・」
忍は困った顔を僕の方に向けた。
「な、何なんだよ、お前たち!け、警察呼ぶぞ、この!」
僕は、そう言う少年を睨む。
「っひい!?」
少年は一目散に自分が元居たであろう場所に帰っていった。逃げ帰った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
辺りが沈黙する。押さえつけていたのに、失敗した。桜ちゃんに、迷惑をかけてしまった。
「お前様よ、あの男とこの娘を、自分と巨大な妹御と極小の妹御とを重ねておったな?」
そんな沈黙を破るように、忍が口を開いた。
「阿良々木さんにも、兄弟が居るんですか?」
「・・・あぁ、妹が二人。うるさい奴らだよ。だけど、僕はアイツみたいに、悪意を撒き散らしたりはしない。命を懸けて」
「でも、ありがとうございました、阿良々木さん。私を庇って下さって」
「いや、僕は何も」
「いやよくやったぞ?お前様。儂もあの男の言葉に飽き飽きしていたところじゃった。お前様がもう少し遅ければ、儂が殺していたかもしれんの」
「ははっ・・・」
他人から殺す、と言われると、自分がどれ程重いことを言ったのか、思い知らされた。
「しかしあれじゃの。お前様とあの男の声、そっくりじゃったの?」
「そうですね。私も会ってからずっと思ってましたが、二人で話していたのを聞いて、更にそう思いました」
「そうか?自分じゃあ分からないのだけれど」
そう言うと、桜ちゃんは笑った。
よかった、笑顔になってくれた。
僕もつられて笑顔になった。
「なんじゃ?気持ち悪いのぅ、お前様よ」
「うるせぇよがっかり吸血鬼」
「な、なにおう!?」
「と、とにかく!今はこの状況を話し合うために、私の知り合いのお家に行きましょう」
そう言って、桜ちゃんは電話をしに、部屋をでていった。
「・・・さて、どうする忍」
「そうじゃな。結論からいえば、どうしようもない。儂らに出来ることは限られている。無いに等しいがな」
「今は、桜ちゃんのやることに従っておくか。それに、戦争、か。もしかして、戦うようなことがあるのか?」
「さあな。戦争と言われているだけある。戦闘は避けられんじゃろうな。しかし、英霊、か。なるほど、少しばかり、心踊るの」
ワクワクしてるんじゃねぇよ。
阿良々木暦は、見えないように、小さくため息をついた。
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真っ黒の空間に、椅子が一つ。
そこに座っているのは、スキンヘッドで、色黒の、老人。
彼は奇妙な形の剣を床に突きながら、座って、一点を見つめている。
「世界には光と闇が必要だ。光あるところには闇があり、闇があるところにもやはり光はある。ふむ。この戦争も、ワシが求める『戦争』への礎となってくれるのだろうかのう?」
老人は不敵に笑う。
「ここに呼び出されたのは行幸じゃった。やつと、体を懸けて争うのにも、些か飽き飽きしていたところじゃった」
支えにしていた剣を、振り上げる。
「心を解放する剣よ、ワシは願う。あの戦争の再現を」