「なぁ、忍。お前、この状況どんなもんか理解してるか?」
「しているといえばしておる」
「だったらなんで少年漫画の主人公がこんなところにいるんだ?!」
桜ちゃんの友人であるところの士郎くんたちが桜ちゃんの家へと向かう直前にした桜ちゃんの電話で、士郎くんの家に集合することになった僕たちなのだが、僕こと阿良々木暦は、さすがにそれはないだろう、というような状況に陥っていたのであった。
その疑問を忍に小声で叩きつけた。
目の前で鼻をほじっている銀髪の男は坂田銀時。週刊少年ジャンプにおいて連載されている銀魂という漫画の主人公である。その隣にいるのも、同じくシャーマンキングと言われる漫画の主人公であり、名前を麻倉葉という。
パラレルワールド理論ならば理解できる。しかしこれはそもそもの前提が違う。他人が想像、いやさ創造したものが世界として成り立つのか?それならばパラレルワールドとは無限に存在するものとなる。いや、パラレルワールドっていうのはそういうものか。
「え、っとー。アンタ、俺たちのこと知ってるのか?もしかして、同じ穴の狢ってやつ?」
「は?」
銀時が口を開いた。
「もしかして、新連載の方?」
「理解している!?」
この男は、自分が漫画のキャラクターであることを、理解している!まあそもそも、銀魂という漫画はそういうギャグ漫画なのだから、多少の勝手は許されるのだろうが・・・。それにしても。
「あ?」
「い、いや、僕たちはそういう類いの人間ではないよ。ただ、はたから見たら、バトル漫画のように見えるのだろうけれども」
「じゃあ他誌か!?」
「現実で異次元話さないで!」
それにしてもこの男は、奔放すぎる。暗黙というか、なんというか。そういうもので成り立てて行けばいいだろ!それがなんでジャンプとかサンデーの話になってるの!?
まぁ、実際の話、彼の物語も某週刊少年誌で連載されているのだけれど。天の声でした。
「とにかく、自己紹介をしないか?桜ちゃん。せっかくみんなが顔を合わせられたんだから」
「そうですね、私は間桐桜。えーっと、そちらが銀時さんで、そちらが葉ですね。よろしくお願いします」
桜ちゃんは二人に丁寧に挨拶した。しかし、二人ともユルい感じは抜けず、なんというか、抜けた空気を産み出されていた。
「おう」
「よろしくなー」
ユルい。ユルすぎる。
「はぁ。とりあえず、状況確認をしましょう」
桜ちゃんのお姉さんであるところの、凛ちゃんがその場を仕切り直した。
「でもよかったわ、桜たちが電話をかけてくれて。私たち貴方の家へ向かうところだったもの」
凛ちゃんは少しだけ嫌そうな顔をした。ま、少しだけ理由は分かるつもりだ。あの兄貴のことなのは、言わずもがなということだろう。
「状況から鑑みるに、聖杯戦争が再現されている、ということでしょう」
「サーヴァントが召喚されて、令呪まで顕れた。そういうことになるな」
桜ちゃんや凛ちゃんの友達である士郎くんが、凛ちゃんの意見を肯定した。しかし。
「オイラはそうじゃないと思うけどなぁ」
葉くんが、その意見を否定したのである。
「どういうこと?」
「さっきあの廃墟に行ったときに言ったろ?浮遊霊が身を狭くするような思いをしてたってさ。前回までは、聖杯ってのがあったんだろ?でも今回は違うらしいぞ。確かに変な力が漂ってるらしいけど、それほどじゃない。つまり」
「聖杯が顕現していない?」
葉くんの意見は、凛ちゃんの眉をひそめさせた。
「確かにな」
「うおっ!?忍!いきなり現れるなよ!」
忍が僕の影から急に現れた。ここに到着するまで、傍観を続けると言っていたのに。
「影から現れるとか、やっぱりバトル漫画じゃねえか」
銀さんが鼻をほじりながら言った。
「貴方・・・、どんな魔術よ、それ。使い魔?」
「おい小娘、儂を使い魔呼ばわりするとは。よいか!儂は鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼の成れの果て。怪異の王にして最強の怪異!忍野忍にゃ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
その場にいる全員があっけにとられた。小鳥のさえずりが聞こえたかもしれない。
噛んだ。こいつ噛んだ。
「・・・・っ!!」
忍は目を潤ませている。そして、ゆっくりと僕の影の中に帰ろうとしていた。
「き、吸血鬼ね!そう!すごい!さすがね!その小さなからだから溢れ出ている風格が、そういわざるを得ない空気をう、産み出しているわね!」
やめて!忍を無理やり煽てないで!逆にコイツの自尊心を・・・!!
「ふ、ふふん!そうじゃろうそうじゃろう!我が力にひれ伏せ人間ども!」
「ノリノリだったー!!」
じゃなくて。閑話休題!
「と、とにかくじゃ!クリスマスの妖精が使っていたような杯があるのならば、それ相応の力がこの場に溢れ出ているじゃろう。しかし、そのような感覚はない。そんな力があれば、儂らも元の世界に戻れる」
「キリストをクリスマスの妖精と呼ぶな吸血鬼」
「じゃあ、貴方たちがここに呼ばれた理由は?」
スルーかよ。
「我が従僕には言ったが、何者かの力が作用しておる。そこのシャーマン小僧が言う変な力というのは、その何者かの力じゃろう。相当の使い手じゃろうな」
『その何者かが話しかけてもよいかな?』
瞬間、どこかから声が響いた。というよりも、頭に直接話しかけてきたような。
「誰?!」
『外に出て来てくれないか?今宵は月が綺麗だ』
誰よりもいち早く動いたのは、銀さんだった。木刀を携え、縁側から外に飛び出していった。
「ちょっ!?待ちなさい銀時!」
その後に続いたのは葉くんだった。僕らもその後に続く。
外に出ていくと、この大きな屋敷の塀の上に、男が浮いていた。
「そんな死臭を漂わせやがって、誰だてめぇこのハゲ親父」
銀さんは木刀を肩に添えながら、鋭い眼光をその男に向けていた。
「あなたは、誰?」
「フム」
男はゆっくりと地面へと降り立った。
「そうだな。私は、ゼアノート。そこの吸血鬼の言う通り、私が君たちをここへと誘った」
「お前様よ」
「どうした忍」
忍は、ゼアノートと名乗った男を睨み付けながら僕に話しかけてきた。表情から察するに・・・。
「用心しておけ。あれは、闇だ」
僕は忍からゼアノートに目を向け直し、ゆっくりと頷いた。
「この地に残っていた聖なる杯の残滓を流用し、この戦争の場を作った。見せてもらったよ。彼女の記憶をね。故に、準えた。セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、そしてバーサーカー。その特性を持ちながら、鍵の剣を持ちうる可能性を持つ勇者をね」
「待て、彼女だと?」
士郎くんが、ゼアノートに向け言う。
「そう。彼女だ」
刹那、ゼアノートの背後から黒い衝撃波が飛んできた。
「阿弥陀丸!」
『応!』
葉くんは、その衝撃波の目の前に立ちはだかり、小さな剣と刀を取り出した。
「阿弥陀丸、イン、フツノミタマノツルギ、イン春雨!オーバーソウル!白鶴!無無明亦無!」
白い鎧?いや、白鳥の羽のようなものが、彼の身を覆った。そして、その衝撃波を打ち消したのである。
「やっぱり、魔力も霊力もおんなじみたいだな。この力で打ち消せた」
「ほう。やるね、霊媒師」
ゼアノートは不適な笑みを浮かべた。
その衝撃波がやって来たであろう、黒い空間から重々しい音を立てながら、それは現れた。
「そ、んな」
士郎くんは驚愕の表情を浮かべた。凛ちゃんも桜ちゃんも同様である。
「セイバー!」
士郎くんの叫びにも似た咆哮が辺りに響いた。
□
「セイバー!」
「こちらの世界の魔法に準えてね、狂化というのを施させてもらった。そちらの声は聞こえない」
黒い空間から現れたのは、黒い騎士。病的に白い肌や、醸し出している雰囲気は、絶望と言わざるを得ないものに他ならなかった。
「少し、心を解放してあげたがね」
「セイバー!」
士郎くんは、走り出していた。先程話していた、彼の知っているセイバーなのだろう。しかし、そのセイバーは向かってくる対象を撃つ機械と化していた。
「だめ!士郎!」
セイバーは黒く染まった剣を構え、士郎くんに突進した。
「トレース、オン!」
士郎くんは、どこからか双剣を取り出した。それで迎え撃つつもりなのだろう。
「まずいぞ、あの小僧」
「え?」
状況に呆気にとられていた僕は、忍の声で現実に引き戻された。
「相手の殺気を計れておらん」
「そんな!?逃げろ!士郎くん!」
僕はたまらず叫んだが、その声は届かない。その時、隣にいた銀さんがものすごい跳躍で、駆け抜けていった。
そしてそのまま士郎くんを突飛ばし、セイバーの一撃を、自らの木刀で受け止める。
ガキィィィンッッッ!!
風圧。もとい、剣圧が僕らの方まで届いた。
「ひでぇ挨拶の仕方だなぁおい。そんな殺気をだだ漏れにして、素人に向ける態度かよ」
銀さんはセイバーに話しかけるが、その声は届かない。
「はぁぁぁぁ!!!」
セイバーが活をいれ、無理やり銀さんを吹き飛ばした。
「ぐあっっ!!」
「銀さん!」
銀さんを吹き飛ばしたセイバーは、視線を士郎くんの方へと向ける。そして、そこから跳躍し剣を振りかざした。
『まずいでござる!葉殿!』
「分かってる!」
葉くんはすぐに向かおうとしたが、その足を止めた。
「・・・・・あぁ」
振りかざした剣が、士郎くんの眼前で止まったのだ。
「セイ、バー」
「し、ろう」
「フム」
安堵するのもつかの間、動きの止まったセイバーの背後に、ゼアノートが接近していた。そして、右手に奇妙な剣を出現させた。
奇妙な。まるで、鍵のような形。酷く歪で、禍々しい形だが、それが鍵であるとわかる。それを、セイバーの背後から心臓に向けて突き刺した。
「あぁぁあああぁぁあ!!!」
すると、セイバーは急に苦しみだした。
「英霊というのは、酷く扱いづらい。キーブレードでも開ききれない強い心。確立された精神。光。ふむ」
苦しみ、もがいたのち、セイバーは倒れた。そして、その後ゼアノートが産み出した黒い空間に引きずりまれていく。
「セイバー!」
士郎くんはセイバーの手を掴んだ。しかしセイバーはその空間に飲み込まれていく。
「無駄だよ贋作者。君の力では、かの騎士王を救えない。君は、勇者ではない」
「お前様!!」
忍が口から取り出したであろう刀の刀身を、僕に渡した。僕は考える間もなく、それをゼアノートへと、投擲した。
ゼアノートは、キーブレードと呼んだ剣でそれを打ち落とそうとしたが、それは叶わなかった。剣は粘土のように切断されたからである。
あの刀は、忍を怪異殺しとする所以でもある刀。妖刀、心渡。怪異の類いにのみ傷をつけることができる刀の、模造品である。
心渡は、キーブレードを消し去り、ゼアノートの腹部を突き刺した。
「かっ・・・!!」
ゼアノートはよろめく。効いている。つまり、その類いだ。
「数合わせで呼んだイレギュラーが、なかなかに!」
ゼアノートは苦しみながらも、心渡を腹部から抜き、それを忌々しそうに投げ捨てた。
「貴様、その刃にあてられ、傷がつくということは、ただの人間ではないな。妖怪?いや、死霊の類いか」
「私が死霊だと?笑わせるな吸血鬼。私は、ゼアノートだ」
苦しみの消えない表情のまま、黒い空間を作り出したゼアノート。ゆっくりと後ろを向き、そこへと進んでいく。
「せいぜい足掻け、各世界の勇者たちよ。そして再現せよ、戦争を。キーブレードの勇者に選ばれ、そして、我が悲願を達成させよ」
背中を見せたまま、首だけをこちらに向け、ゼアノートはそう言い放った。そのまま、黒い闇の中へと消えていった。
綺麗な月が見える夜空の下で、そこにいる者たちは、ただ、呆然と立ち尽くすのみであった。