彼は強く生きると決意する。
この世界は理不尽だ。平等などという権力の前に伏しているただの不平等な世界だ。だから僕は負けない。絶対にこの世の中をひっくり返してやる。
それは一人の幼き少年が決意するには、酷な内容だった。
それは一人の生きる人として、得るものがない彼が持つべくして持った決意。
彼の少年、“
「僕は、強く生きる」
彼は強く生きた。なぜそこまでという原因に彼の親族が関係している。
彼の親は母一人だった。
彼の少年が生まれて、まもなくして彼の父は行方を暗ませたのだ。だから少年は父を知らなかった。その代わり彼は強い母の背を
気が弱いのにもかかわらず、周りに気圧されず自分が育てると仕事をし、弱音はかずして固造を育ててきた。
それが以下に大変か。障害をもった子を育てるのにどれだけ苦労するか。母は感じつつも彼を育てた。
そのことを彼は感じていた。視覚がない彼にとって聴覚が周囲の状況を知る唯一の手段。音の聞き分けが鋭くなるのは当然である。
だから感じていた。そんな強く、守ってくれる母親がときより辛そうに声を発するときを彼は聞き逃さなかった。
その時からだ。彼は母のために誰にも頼らないような強い人間になろうとしたのは。
「まずは…そうだ。“僕”というのはやめよう。お母さんはかわいいっていってくれたけど、かわいいはつよくないよね…」
一人称。自分を表す言葉を変えることから取り掛かる。これは彼なりの自己暗示である。少年は自身の小さな弱弱しい手を握りこういった。
「そうだ、“お侍さん”って自分のことを“拙者”って言ってた!そうだ今日から拙者にしよう!」
以前母と遊びに出掛けたテーマパーク。そこで行われていたヒーローショーで彼が見た“お侍さん”。強くかっこいい彼は
「あんな人にぼ、っせ、拙者はなりたい」
まず強い人の真似をすると彼は考えた。そして彼も一人の少年として“ヒーロー”に憧れを抱いた。
「よし、がんばるぞ。拙者はヒーローになる」
彼は決意のこもった未だかつて光を灯したことのない瞳で宣言したのだ。翌日にそのことを告げた彼にまた母は嫌な顔せず応援した。
無個性で、目の見えない力を持たない子が、元気のなかった子が、愛情を注いできた自分の子供が、自分の目標を定め、それに歩もうとしてる。母にとってこれ以上に嬉しい事はなかったのだ。
涙を流し彼女は言った。
「うんうん…。わかったわ、貴方が頑張れる道を歩きなさい!」
そして幼き少年が自身の道を見えないゴールを目指し、歩き始めた。
▼
その日から彼は、自分の体を鍛えた。運の良い事に彼の体は同年代の子供たちより少しばかり大きいものであった。若干細身だが、大きいのには変わりない。
日々鍛え、成果が実るその体に彼は希望抱いた。
こんな幼い子供が鍛錬をして身につくのか。それはこの超常現象が日常と化した世界にごく普通。誰も見向きもしない。その事がさらに彼の意思に火をつける。
体を鍛えるだけではだめだ。もっと他にできることはあるだろうか。
模索する中思い出す。彼の“お侍さん”は“刀”というものを使って戦っている事を。
そこからは母に頭を下げ近くの道場に通わせてもらうことにした。しぶっている母を説得し、道場に入る。盲目であり無理なのではないかと反対した師範を納得させるために鋭かった聴覚をさらに鍛え、基礎を目の見えない自分に教えてもらえるようにもなった。
「じゃぁいってくるね」
「日が落ちる前には帰ってきなさいよー。あっ今日お母さん遅くなるから晩御飯作り置きしておくわね。はい、お弁当」
「ありがと母上」
「はぁ、うーん前の方が可愛くてこうちゃんらしかったのにねぇ」
「あはは…」
感謝の言葉に溜息を吐いて訂正を願う母に苦笑いで対応しながらも受け取った弁当を背のカバンに詰め靴を履く。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
そんな日に彼は、道場に向かう道中震える声を拾った。恐怖に慄き、足を震えさせる音。そちらのほうに意識を集中すれば、どうやらほかの囲っている少年達に脅されているようだ。
「ひどいよかっちゃん…!泣いてるだろ…!?これ以上は…僕が許さゃなへぞ!」
ちゃんと言えてないぞ、と思いながらも固造は眉を顰めた。
事実弱い人間が暴力を振るわれようとしている。彼はそれが放っておけなかった。
「“無個性”のくせにヒーロー気取りかデク!!」
「ひっ」
爆発した髪の少年が手を振り下ろそうとしたときだ。彼は近づいてその手をつかんだ。
「あ?」
「弱い者いじめはいけないことです」
物を振るう音は道場で聞きなれていた彼は見事その手をつかんでいた。突然掴まれた腕を直視して何が起こったかわからない呆然とする“かっちゃん”と呼ばれた少年。その腕下でいつまでたっても来ない衝撃に恐る恐る目を見開く“デク”と呼ばれていた少年に持っていた杖を構え、彼は述べる。
「大丈夫だよ君。拙者が来た」
その日彼は生涯の親友達に会った。
友達ができた。その日から彼は友と遊び、剣を磨き、体を鍛える毎日が続いた。
彼には充実した日々。
母の声も前より嬉々となる声が増えた。それが何よりの幸せであった。
だが、そんな毎日を送り順風満帆であった彼の道にもやはり険しい谷というものが存在する。
ある日“お侍さん”と出会ったショッピングモールで母と二人で買い物に来ていたそんなごく普通な日。
「今日は久しぶりにこうちゃんと買い物だからお母さんなんでも買っちゃうよぉ?」
「母上、ぼ、っ拙者は木刀がほしい…」
「うーん木刀かぁ、ここに売ってるかしら。…それよりもやっぱりその喋り方かわいくないぞぉこうちゃぁーん」
「うっく…。は、っは…う、えやめっ」
そう言って自身の腰丈ほどの固造の頬を両手で捏ねくりまわす母。それを手で嫌々はがそうとする二人はとても幸せで仲の良い親子に見えるだろう。
ようやく解放された彼が母親から少し離れたときだ。
ZDOOOOOOOOON!
「えっ?」
「こうちゃんっ!!!」
激しい爆発音と共に彼の日常は崩された。
自分を抱きかかえる母。何かが崩れ落ちてくる音。彼の黒く塗りつぶれている世界を瓦礫の山が埋めた。
▼
(うっ…)
彼が目を覚ましたのは時間にして約五分後。
一時的に手放した意識を覚醒させるには、しばらく時間がかかりそうであった。
(そっか…。母上の個性で…)
瓦礫が降ってきて彼の身がなぜ無事なのか、それは彼の母の個性おかげだ。
彼の母の個性は、“
一瞬のうちに空気を固め自分達を囲う屋根を造ったに違いない。
だが、なぜか自身を抱擁していた母がいない。
そもそもなぜ、ものが降ってきたのか。
次から次へと浮かぶ思考はやがて彼の聴覚は意識とともに鮮明になる。
やがて彼に聞こえたのは、水が滴る音。
そしてもう一つ。
「こ、こうちゃ…んっ。逃げて…」
母のか細い声だった。
彼は賢い子であった。賢いがあまり、次に放たれる言葉で戦慄した。
「おうおう、まぁだここにもいたかぁ~。手間かかせんなぁよなぁ~」
この目の前にいるのは
(まさか…そんな!)
「母上!?どこですか母上!?」
普段の聴覚であればまだしも、完全に復活してない彼の聴覚で距離の有無は把握できなかった。手を前に突き出し、ふらふらと声がした方へと歩み寄る。
彼女がいくら逃げろといっても本能がそうさせるのだ。
彼にとって唯一の存在。そんな人を置いていくことが彼にはできない。母を守ると誓ったのだ。
そんな少年が触れるものは人肌とはかけ離れた冷たい感触ばかり。
「あぁ~?目の前におめぇのかぁちゃんいるじゃねえか」
「母上!…お母さん!!」
「あぁうっせ。少し黙れ」
「ぐっ!」
お腹に強い衝撃をうけ、ゴロゴロと、地面を転がる。
そんな自身の子供目のあたりにし再び母は強く叫んだ。
「固造…!はやく…早く逃げなさい!」
「うっ、おか、あさん…」
聞こえる金属音。
何かがぶつかり、こすれる音。
「お、おぉ~!なんだやるじゃねぇかぁ~!いいぞいいぞ!もっと俺をたのしませてくれよぉ~」
「あ、あんたなんかに負けないわ…!うっく…」
母の苦痛が漏れる声が響く。そしてかの均衡は崩れ…。
「…うっ!」
「ハッハアー!!これでしめえだ!」
「がはっ!」
ぐさり、という初めて耳にした肉がこすれる音。そして再び聞こえた先ほどの水が滴る音。
「こうちゃん…生きて…」
モノが崩れ落ちた柔らかい音。
「うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
いくら叫んでも返ってくる声がない。彼の視界はまっくらだ。聞こえてくる音は絶望しかない。倒れた母の行方も分からない。何処にいて、どの様なケガをしているのさえわからない。
そして察する。賢い子故に。
(ぼ、僕は…。僕は無力だ…!)
友達ができ、日々の鍛錬での成果が出て、喧嘩にも勝ち、木刀の扱いも上達した。
そんな折りに起こった出来事。何もかもが通用しない。
「くっはぁ~やっぱ戦闘はいいよなぁ~。んじゃぁこのガキも殺るかぁ」
「ひっ」
自分に宛てられた殺気に恐怖する。ここでもう終わるのか。
できるだけのことを行っているにも関わらず、実を結ばなかった。結ばれる前に事が起きてしまった。震え竦んでいる足は動かない。晒される脅威に彼は等々挫折しかけた。
『こうちゃん…生きて…』
(お母さん…)
そこで先ほどの母の言葉が頭に響く。
「生きろって…」
「あ゛?」
「おかっ。…母上が言ってくれたんだ。生きろって。生きろって言ってくれたんだ!」
自然と足の震えは止まっていた。彼は立ち上がり、駆け出す。自身に掲げた決意とともに。
(強く…強く生きたい!)
「拙者は、強くありたいんだ!」
水が滴る“血”だまりを背に彼は両手を広げた。自身の母を守るために。自身の決意のために。
男はにたり、と笑う。
「ハッハァ。いいねいいねえぇ~!。そういう強い意志って俺すきだよぉ~。でもねぇ~それ以上に好きなのはぁ…」
鋭い音ともに己の武器を男は振りかぶる。
「その強いつよぉ~い意思を砕いた時の絶望した顔だよぉ~」
彼は最後まで瞼を閉じなかった。それは逃げだ。逃げてはいけない。ここで母を置いて逃げるのは強くないと意思が訴えかけているからだ。
コマ送りのように近づくそれを凝視していた。
SLAッ、KIIIN!
その言葉とともに絶望が振り下ろされた。はずだった。
「よーくやったぞ坊主。お前は立派な男であり、
彼が憧れた“お侍さん”がそこに立っていた。
▼
そこからは時が早送りになるように、動いた。
敵がいなくなったのを確認した後に、彼は母の身を探した。自身の後ろにいるのはわかっている。
もしかしたらまだ間に合うかもしれない。いやあの強い母の事だ。大丈夫だと。
「母上!母上返事してくれ!」
……
返事は返ってこなかった。彼はあきらめず声を張る。
「母上!母上!!」
「…お前の母は目の前にいるぞ?…お前…まさか…!」
彼のお侍さんの声にも反応を示さない彼は叫び続ける。唯一の声に。母の声を聞くために。
「ははう」
「こう…ちゃ」
「っ!母上!」
返ってきた。生きていた。急いで固造はそこに駆け寄り、顔へと両手を近づけた。
べちょりとした生ぬるい感覚が手を覆った。
母の血だ。気づけば、膝元にまで達している。
「母上!しっかりして母上!」
「こうち」
「母上!はっばう゛え!!」
急いで対処せねば、と焦る気持ちだけが広がっていく。どうすればいいのか慌てるばかりで彼は母上としか叫ばない。顔も涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
そんな彼に肩をつかんで止める男がいた。彼のお侍さんだ。
「ははう、え!はっ」
「おい、坊主あきらめろ。もう、お前のかあちゃん…」
「い゛やだ!母上はづよい人だ!ごんなこどでこんなごどで…」
「坊主ッ!!!」
「ッ!!」
一喝。お侍さんの声が崩れた山に響く。その方向に顔を強引に引っ張られ圧迫され、発せられた声は強く、強く…心に響いた。
「かあちゃんの最後の言葉ぐらい、胸張ってッ安心させて聞いてやれ!!それが武士の…お前が言っていた強く生きる男の姿だろッ!!!」
「ッ!!」
固造の目は大きく開かれ、盲目の瞳に光が灯る。
彼は振り返り、自身の母親に優しく声を掛けた。
「母上…」
「こう…ちゃん…お父さんが、はぁ…んっ。は、去ってこれからどうすればって絶望したときにあなたの笑顔で…私は…救われた」
「うん、…うん…!」
息苦しそうに発する継ぎはぎの言葉に固造は頷いた。
その光景を難しい眉を顰めた顔で見つめるお侍さんを背に彼は重たい大人の母を抱きかかえる。
固造の頬に添えられる真っ赤に染まった手は弱弱しく震えていた。それとまた違い温かくもあった。
「貴方がいてくれたから私は…つよ‥ッカハ」
「母上…!」
「…こうちゃん…貴方は私の
トン、小さな音が響いた。
彼の母は、自身の子供を救い息絶えた。
▼
数時間、固造と彼の母は病院に搬送され、お侍さんと評された男は固造に付き添っていた。そして彼もまた先ほどの光景を想い強く、強く拳を握っていた。
息絶えた自身の母の前で少年は涙を流さずその落ちた手を両手で握りしめていた。
横たわる母だったモノの前で、何も言わず見つめる彼の姿。
そんな光景を目の当たりにし、強く後悔していた。
(救えなかった。救えなかった…!)
修行を終えて、ヒーローを続けて約数年。
男がこれ程までに強く後悔したことはなかった。救った人は数知れず、そろそろ自身の役目を果たすべきではないのか、と考えていた矢先に起こった事件。目の前で死にゆく人を救えなかった。なぜ、もっと早くあの場所に行かなかったのか。激しく後悔した。
だが、それと同時に自身の横に立って母が眠る部屋の扉を見つめる彼を強い、と思った。
(この少年なら、いいのかもな…)
こんな幼い子供にそんな重荷を背負わせて良いのか。
まだ選定には早いのではないか。
(いや…そんなの関係ないか)
自身の考えをまとめ少年へと質問を投げる。
「坊主。…強くなりたいか?」
「…はい!」
こちらを見向きもせず、扉を見つめたまま、即答した彼に男は、ニッと笑った。
「そうか。じゃぁ泣け」
「へ?」
「そのしかめっ面でかあちゃんの葬儀でんのかよ。今はかあちゃん見てねぇよ。今のうちに吐き出しとけ。ほらっ、胸貸してやっから」
「うっ」
そして少年は彼の胸で崩れた。
「うわあああああああああああああああああああああああああ」
その声は病院に、町中に。そして男、ヒーロー
▼
あれから、数年。
少年は大きく成長し、青年と成っていた。顔には幼さが抜け、短かった母譲りの金色の髪は伸び、凛々しい武士へと。
風吹く野原に横たわり、大きく欠伸を殺す。
「ふぁあ」
そこに少しばかり高い声の持ち主が大声で途方から声を掛けてくる。
「おぉーい!固造ぃい!」
青年は瞳を開け、その水色の瞳を露わにする。半身を起こし、軽く背伸びをした後振り向きつつ口を開いた。
「一佳殿か…。何用で?」
GRAP!
「…へ?」
「何用で?じゃないわよ!」
「あ、わ、い、っい、かど、の」
真面に返事が返せない。近づいてきたサイドテールの少女は固造にこれでもかと掴みかかってきたのだ。固造は上体を揺らされ、言葉を発する事ができなかった。
「ちょ、ま」
「ちょっと待ってじゃないわよ!理由を言いなさいよ!アタシ聞いてないわよ!」
はっきりと発せない言葉を聞き取っているにもかかわらず、揺らしているのだから達が悪い。
ではどうすればいいのだ。理不尽にもほどがある。
だが、固造には顔と態度を
「り、理由を、いうにも、なんのこ、とだ」
「しらばっくれても無駄!固造アンタ東京行くって本当!?」
なんだそのことか、と固造はようやく揺さぶることをやめた一佳と呼ばれた女性の手から解放された衣服を整えつつ答える。
「ふぅ…。あぁそうだ」
「なんでまた…!」
「なんで、か…。一つはヒーローになるため。もう一つは…」
二ッと頬を緩め、彼は青空を見上げ、こう言った。
「親友達に会いに行くためかな」
隣で疑問を浮かべ、顔を傾けている女性を横に彼は、これから訪れる日々を楽しみにし、手を掲げたのだった。
はい!プロローグでした!次回から原作に入りますのでお楽しみにしていてください!