えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
第一話 転生
「……あれ?」
ふと、気づくと俺は声を上げていた。なんだろう、どうしたんだろう、わからない。だけど、唐突に自分の中の何かが変わった気がする。いや、変わったって、いったい何が変わったというんだ。いきなりの自分の思考回路に、俺は思わず歩みを止めた。
「かなた、どうかしたの?」
「えっ、ううん。なんでもないよ、姉ちゃん」
「そうなの、変なかなたー」
突然止まった俺に、くすくすと笑う幼い女の子は俺の手を優しく引いてくれた。そんないつも当たり前だったはずの行為に、ひどく驚く自分がいた。おかしい、俺はこんな小さな女の子に手を引かれる理由が、――いや、だから彼女は俺の姉じゃないか。彼女に手を引かれるのだって、俺の年齢的に考えれば当然のはずで……。そこでまた、俺の思考が止まった。
理解ができない焦り。焦燥。恐怖。それを感じる自分がいるのに、何故かこの状態が当たり前じゃないかと訴える自分もいる。道を歩く視線の高さすら、違和感が強い。自分の目線は、もっと高かったような気がしたのだ。
「姉ちゃん、俺の名前ってかなただったっけ」
「何、その質問? そうだよ、私がお姉ちゃんの
「……何歳だっけ?」
「本当にどうしたの? えーと、私が十一歳で、奏太は私より四つ下だったから七歳だよ」
「他に兄弟っていた? 兄ちゃんとか」
「もう、奏太変っ! お母さんとお父さんと私と奏太の四人家族でしょ! それとも、奏太はお姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんの方がよかったって言うの?」
むっ、とふて腐れる姉の様子に、俺は慌てて否定を返した。いじけると長いのだ、この姉は。……そうだ、俺は彼女を知っている。家族構成だって、今彼女が言った通りだ。それなのに、何故こんなにも違和感ばかりが起こるのだろう。
何故、俺に姉はいなかった。兄がいたはずだと感じるのだろう。俺が生まれた時から、当たり前のように傍にいたのは姉ちゃんだったはずなのに。俺は全部覚えている、この七年間のこと。もちろん、幼稚園より前のことはうろ覚えな部分も多いけど。
「……そもそも、俺ってこんなに考えることができたっけ?」
七歳ってことは、おそらく小学一、二年生だ。この年齢の子どもは宇宙人だった、と母さんに笑いながら酒の席で俺と兄の昔話をダシに使われた気が――。待て待て待て。
……おい、だからなんなんだよ、その記憶。俺は七歳なのに、酒の席なんて参加できる訳がないだろう。お酒は二十歳からじゃないと健康に悪いって、いや、だからなんでそんなことを俺は知っているんだ。奏太である俺が知るはずのない知識が、俺の中にある。その事実に、俺の背に怖気が走った。
「奏太、ちょっと大丈夫?」
「大丈夫。でも、家に帰ったら、少し休むよ」
「そうね、お母さんには私が言っておいてあげるから」
いいお姉ちゃんだな。弟が疲れていても、人数合わせでサッカーに引っ張り出したバカ兄貴とは大違いだ。
……まただ。俺は記憶とかみ合わない出来事に、気持ち悪さから口元を押さえる。それに慌てだす姉に申し訳ない気持ちを抱きながら、俺たちは足早に帰宅した。
――――――
「鎌倉幕府は、『
ベッドに寝転がり、姉が部屋にいない内に、彼女の歴史の教科書をちょっと拝借してパラパラと俺は眺めた。初めて見たはずの内容、それなのに一度どこかで見たことがあるような気がする。こんなこと、昨日まではなかった。あの学校から家に帰る下校中に、俺の中で何かが起きた。それは、間違いない。
俺が知っている年代とのズレ、俺が知らないいくつかの災害。姉の算数の教科書も拝借してみたら、何故か「懐かしい」という感覚を覚えた。半信半疑で、手元にあった折り紙の裏で教科書の問題を解いてみると、解けてしまった事実。さらに頭を抱えてしまったのは、言うまでもない。
「そもそも、歴史の教科書を俺が読める時点でおかしい。習っていない漢字が大量にあるのに。それなのに、読み方も意味もわかるだなんて…」
気味が悪い。俺の気持ちは率直にそれだった。俺って天才だったんだ! と喜べたらきっと気持ち的に楽だっただろう。便利なことは間違いない。だけど、それ以上にこの事態が異常なのだと俺にはわかる。わかってしまう。こんな風に冷静に考えられる自分の思考にも、気持ち悪さを感じるのだから。
「……まぁ、一番気持ち悪いのは、自分の身体の中にあるらしい何かなんだけど」
俺は自分の胸のあたりを、そっと手で撫でる。頭のこともそうだが、最も違和感が強く感じられたのが自分の身体の中にある何かだった。それは落ち着けば落ち着くほど、違和感が強くなっていく。これは間違いなく自分の身体だ。だけど、なんだかそれとは違う異物が入っているような気がするのだ。それが俺にとって、一番気持ち悪かった。
いっそ吐き出してしまいたい。そうすれば、この訳の分からない状態も少しは改善できるんじゃないかと考えてしまう。でも、さすがに姉と共有の部屋で吐くわけにはいかない。心配させるし、男としてそんな姿を見せたくないのだ。そうと決まれば! と俺はベッドから起き上がった。
「あっ、奏太。もう大丈夫なの?」
「姉ちゃん、うん。ちょっとよくなったから、外で気分転換してくる」
部屋を出て階段を降りると、心配そうな顔の姉と出会った。さすがに外に行って吐いてきます、と正直には言えない。
「私も行こうか?」
「ううん、これは男の尊厳にかかわることだから」
「そん……? えっと、大事なことなの?」
「そう、男にとって大事なことなんだ」
「あっ、わかった。学校で習った思春期ってやつだね。了解だよ!」
思春期って言葉凄い。俺まだ七歳なんだけど。そして姉ちゃん、それで納得しちゃっていいんですか。
「えーと、じゃあいってきます」
「うん、五時までには帰らないと駄目だよ。あと、どこにいくのかをちゃんと言っておくのが、この倉本家のルールです」
「はははっ、そうだった。工場近くに木に囲まれた小さな広場があるでしょ。そこに行ってくる」
「そこって、人があんまり来ないところじゃない。手入れがほとんどされていないから、草もぼうぼうだったし」
「気分転換だから、そういう誰もいないところでのんびり空でも眺めたいんだ」
「うーん、本当に何かあったら、すぐに大声を出すんだよ。あと、ちゃんと逃げること。わかった?」
「うん、わかった」
心配性だと思うと同時に、姉としてしっかりしようと頑張る姿に微笑ましく思う。昨日までこの心配性が嬉しくもあり、同時に煩わしくもあったというのに。なんだか上から目線な自分の考えに肩を竦めながら、俺は家の脇に置いている自転車に跨る。何度か広場に行ったことはあるので、道は大丈夫だろう。頭の中に地図を思い浮かべながら、俺はペダルに力を込めた。
――――――
「さて、何度か頑張ってみたけど、成果は出なかった件」
いつも通り、人通りがない広場にたどり着き、やることがやることなのでさらに奥の方に行って、咳き込みまくった俺。しかし、俺の身体の中にあるものが出てくる気配はない。そこらに生えている草で鼻を刺激して、ゲホゲホと頑張ったのにだ。さすがに口の中に手や草を突っ込む勇気はないので、食事を吐くことはしていない。服を汚すのは、非常に申し訳ない。
「しかし、それならどうするか」
顎に手を当て、近くにあった手すりに腰を下ろす。未だに身体の中にある変な気配は、消えることがない。医者に見せた方がいいのだろうか。でも、昨日まではよくわからないけど、この気配があることを当たり前だと感じていた自分がいるように思うのだ。つまり、俺がいきなり頭が良くなった変化と同時に、これに違和感を感じるようになった。まるでこの何かは、もともとは人間の身体に必要がないものだったかのように。
「……いっそ、叫んでみるか? こうファイト一発的な感じで」
グッと拳を握りしめ、辺りに目を配らせる。人がいたら恥ずかしい。知人がいたら黒歴史だ。ここは工場近くだから、機械音で上手く俺の叫びだってかき消してくれることだろう。ここの人気がないのは、音がうるさいからだしな。俺はしっかり周囲を確認をすると、腰かけていた手すりから立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。
声だけじゃなくて、身体全体も使ってみるか。こう、足を広げて踏みしめて、両手を前に突きだすような感じで。そっちの方が、何か出そうな予感がする。しかし、ここまで準備しておいて何を叫ぼうとふと気づく。構えた足、前に突きだそうとしている両手。さらに大声。なんだか、昨日の夜に見たアニメのシーンが思い浮かぶ。叫ぶ内容が思いつかないし、恥ずかしくはあるが、男の子なら一度ぐらいこれは声を大にして言ってみたい。なら、これでいいかと俺は頷いた。
構えを取り、俺は深く息を吸い込む。何事もやるなら、とことんまでやるべきだ。ならば、全力でやろう。食らえ、俺の中にある意味不明なものよ。そして出て行け。俺の叫びと共に!
「食らえ、ドラゴン波ァッーー!!」
全ての思いを捧げるように、俺の全力の動きと声が、広場全体に響き渡った。
……いやいやいや、待て待て待て! なんだ、ドラゴン波って! カメハメ波じゃないのか!? そんなアニメのタイトル通りな安直なネーミングの大技って、……って『ドラグ・ソボール』って名前はなんなんだよっ! なんてタイトルのアニメが、子どもの間で大流行しているんだ!? 主人公、
叫び声より、心の中のツッコミの方が盛大だった俺が目を開けた瞬間、何故か俺の身体が光り出していた。アニメのネーミングに驚いている場合じゃなかった。だけど、どうしても気になったんだよ! 誰に言い訳しているのか自分でもわからないが、突然の輝きに目が眩み、俺は咄嗟に目をつぶる。呼吸が一瞬止まった。
そして、次に俺の意識が戻ったのは、「カランッ」と金属のような音が地面を転がったような音を耳にした時だった。恐る恐る目を開けた先に見えたのは、紅色に輝く一振りの槍。おもちゃなんかじゃない、見た目も、それこそその存在感自体が、本物であると俺に訴えかけてくるようだった。
正直、訳が分からない。それなのに、あの槍は俺の物だと感じるのだ。まるで、ずっと寄り添い合ってきた半身のような気配。それと同時に、俺は自分の中にあった違和感がすっかり消えていることに気づく。身体をぺたぺた触り、確認が終わった俺は恐る恐るもう一度槍を眺めた。
なんとなくだけど、あの違和感の正体がこの槍なんじゃないか、と俺は直感する。何を馬鹿な、と思うと同時に、思考よりも身体が納得しているような気がするのだ。これに触れても大丈夫。これは俺の半身だ。と、何の根拠もないはずなのに。
俺は、手を伸ばした。紅の輝きに魅了されたのかもしれない。何も考えていなかったのかもしれない。それでも、止まることはなかった。触れそうになった時、迷いが一瞬起こったが、俺は意を決して両手で紅の槍を掴んだ。
「――ッ!」
途端に聞こえたのは、脳に響くような声。どこか機械的な、だけどどこか意思が感じられるような声。男なのか、女なのかもわからない。わからないことだらけだ。だけど、この槍の正体、俺が何者なのか、そしてこの世界がなんなのかの答えは得られたのであった。
《
紅の槍――神器に触れた瞬間、流れ込んできた知識。この槍自体は知らない。だけど、神器のこと、人間以外に存在する種族、そして世界の恐ろしさを俺は知っていた。俺が何故知っているのか、の理由なんてわからない。だけど、この知識が嘘ではないことを、現実にまざまざと見せられた。
欠けていたピースが、混乱していた知識が、俺の中で一つの形となる。気づけば、受け入れれば、簡単なことだった。俺は、倉本奏太。だけど、俺とは違うもう一人の記憶と知識を有しているのだ。俺は俺だけど、これが前世の記憶と呼ばれるものなのかもしれない。ようやく納得のいった不安に、安堵が広がった。
そして、同時に乾いた笑みが浮かんだ。マジでやばいと。これは真剣にヤバいと。この世界を知っている。そして、この世界を舞台にした二次小説だって前世の俺は読んだことがある。それに楽しんだ記憶もある。だけど、なんで俺なんだ。なんでよりにもよって、この世界なんだ。
倉本奏太なんて登場人物、俺は知らない。こんな神器も見たことがない。つまり俺は、原作に出てこない人物と言うことだ。普通の漫画とかなら、俺は喜んだ。モブなら、原作の登場人物に関わらなければ安全、という選択肢があるかもしれないから。だけどこの原作は、……モブがばったばった死ぬ。一般人も何気に死ぬ。神器を持っていたら、さらに危険度が跳ね上がる。原作登場人物も危険度は高いが、ある程度予測が立てられる分、逃げる算段や覚悟が付いたかもしれない。
だが残念ながら、俺はモブだ。いつ原作の背景に、世界の情勢に殺されてもおかしくない。明日いきなり殺されても、文句が言えないぐらいモブに優しくない世界がここなのだ。美少女ハーレムギャグコメディー的な小説の癖に、エロで乳首突いてパワーアップする癖に、なんて世界を作っているんだ。主人公勢を贔屓にしすぎだ、もっと一般人やモブに優しくしてくれやっ!
「大体、
これ、強いの!? この世界で俺、生きていけるの!? 旧魔王派に、色と能力的にイラッとしたからで無礼打ちされるかもしれないよね! マジであいつらならやりかねないんだけどっ! しかも神器を俺は持っているから、悪魔に転生も、堕天使に殺されるのも、教会の信仰狂いも、テロ組織の勧誘も、全部あるかもしれないフラグじゃないかッ……!
「神様ちくしょう! あっ、神様死んでた。せめて、神器なしの一般人……、それもはぐれ悪魔とか色々ちょっと怖い。でも、原作に関わるのも色々怖い。何なの、この本気で物騒な世界は…」
俺は地に手をつき、遣る瀬無さに項垂れるしかなかった。間違いであってほしいが、倉本奏太はどうやら転生したらしい。『ハイスクールD×D』という、たくさんの種族が住まう、この人外魔境な世界に。