えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第七十話 番狂わせ

 

 

 

 アグレアスの庁舎にある一角で、ディハウザー・ベリアルは一人の男と対面をしていた。少し前に魔王であるアジュカ・ベルゼブブと会話をし、魔王と大王が取りまとめる手筈となっている運営との交渉が差し迫った中でのこと。本来なら面会に時間を割いている場合ではなかったのだが、その相手が相手であったために、彼は対面することを選んだのだ。

 

 ロイガンとビィディゼは、招かれたその相手に目を見開き、揃って固唾を呑み込む。ディハウザーはもしものために二人には交渉のための準備を頼み、彼を応接室の一室へと招き入れたのであった。

 

「ごきげんよう、ディハウザー。まったく、随分と思い切ったことをやったものだ」

「ごきげんよう、ローゼンクロイツ殿。こちらこそ、私たちの宴へ来てくださり感謝します」

「はははっ、構わないさ。それにしても、これほどの騒動を宴と称すか…。直接この目で見るまではなかなか信じられなかったが、本当にあなたは変わったみたいだ」

 

 欧州よりのはっきりとした顔立ちに、眉目秀麗な容姿を持つ銀髪の男性――リュディガー・ローゼンクロイツは、対面した王者へ向け、楽し気に肩を震わせる。レーティングゲームの第七位の実力者にして、元人間の転生悪魔である王。『番外の悪魔(エキストラ・デーモン)』のひとつ、マモン家の前当主の『僧侶(ビショップ)』であった魔法使いは、ゲームへの参加を表明した瞬間に、瞬く間にトップ入りしたプロプレイヤーであった。

 

 レーティング・ゲームのストライキを宣言したディハウザーの下には、これまでにも数多くのプレイヤーが面会を望んでいた。ディハウザーの宣誓に共感した者もいれば、彼の真意を探ろうとする者など、様々な思惑を持った者たちが皇帝に会いに来たのだ。その内の一人であるリュディガーは、友好的な笑みを深めていた。

 

「……そんなに変わりましたかな」

「変わりましたよ。去年行った『皇帝ベリアル十番勝負』であなたに勝つために、私がどれだけディハウザー・ベリアルを研究したと思っているんですか。これでは、次こそあなたに勝つために、また最初から調べなおさないといけません」

「ローゼンクロイツ殿に研究されることほど、恐ろしいことはないですね…」

 

 冗談のように軽く話すリュディガーの様子に、ディハウザーは本心から苦笑を浮かべてしまう。『番狂わせの魔術師(アプセッティング・ソーサラー)』と呼ばれる目の前の魔術師の恐ろしさは、レーティングゲームを通じて、嫌というほどディハウザーは理解していたからだ。プライドの高い貴族悪魔達が、嫉妬を通り越して恐怖し、「こいつだけは敵に回したくない」と言わしめる元人間の王である。先ほどもビィディゼがリュディガーを目にした瞬間、目を合わせないようにさっさとフェードアウトするほどであった。

 

 友人と言うほど親しい間柄ではないかもしれないが、お互いにライバルとして認め合い、勝つために研磨し合う王としての気概は、目に見えない強い繋がりとして二人の間に存在していた。何よりも、それぞれ言葉にはしたことはないが、お互いにゲームに向けて渇望していた夢は同じであると感じ取っていたのだ。その共感は戦いを通じて強くなり、言葉にできない信頼関係が確かにあった。

 

 だからこそ、リュディガーは誰よりも皇帝の宣言に驚愕を浮かべたのだ。そして、どうしても皇帝ベリアルと直接対面したいと考えた。そんなリュディガーからの申し出に、ディハウザーは少し考え込んだが、快く受け入れたのであった。それに、ディハウザー・ベリアルをよく知る彼だからこそ、頼みたいこともあったからだ。

 

「正直、意外でしたよ。あなたは私と同じだと思っていましたから」

「……待つだけでは、変わらないと思っただけです」

「ずっと私たちが待ち望んできた、番狂わせ(ジャイアント・キリング)。それをあなた自身が、行うのですか」

「えぇ、挑戦してみたくなりました」

「……やはり、あなたは変わられたよ。いや、より厄介に成長したというべきでしょうか」

 

 リュディガーは、頭が痛そうに溜息を洩らした。今まででさえ厄介だと感じていたライバルが、さらにレベルアップするなど、悪夢か何かかとすら思った。はっきりいって、皇帝ベリアルはすでに完成された存在だった。一部の隙も無い完璧なる絶対王者。それ故に、これ以上の成長を望むことはできないはずだった。

 

 その王者という檻を壊してくれる存在を、停滞するゲーム環境を一新するような新しい風を、彼らは長年ずっと待ち続けてきた。それなのに、まさかの檻を作っていた王者自身が自らそれをぶち壊し、敷かれていたレールすらも無視し出したのだ。『転生悪魔のトッププレイヤー』という風をゲームに送り込んだリュディガーですら、ここまでの暴挙を行えるとは思っていなかった。いや、考えてすらいなかった。

 

 自分には悪魔のゲームの闇を変える力はない、と諦めてしまっていたから。

 

 

「あぁ、悔しいなぁ…」

「ローゼンクロイツ殿?」

「私は、自分にはレーティングゲームを変える力はない、と勝手に諦めてしまっていた。私のことを世間は優れた戦術家だと語るが、そんな大したことをした覚えはない。私はただ、上級悪魔の合理主義や貴族主義を利用し、逆手に取っただけに過ぎない。転生悪魔をただの駒としか思っていない、ゲームをチェスの延長線上としか考えていない、そんな悪魔の傲慢さにつけ込んだだけですよ」

「それでも、あなたの存在がゲームに新しい風を吹き込んだのは事実です」

「ゲームそのものを、暴風のごとく吹き飛ばしたあなたには負けますよ」

 

 どこか清々しい表情で、呆れたような空気を滲ませながら、リュディガーは皇帝へ向けて笑い声をあげた。リュディガー・ローゼンクロイツは、悪魔以上に悪魔らしい戦術を用いて、相手を惑わし、誑かすことに焦点を置いた稀代の策謀家である。それだけではなく、本人の持つ観察眼や情報収集能力は相手の心を的確に読みとり、完璧とされるチームの弱点を見抜き、容赦なく突いてくるのだ。

 

 パワーならば魔王級とされる魔龍聖タンニーンでさえ、非常にやりづらいチームだと評価を下している。事実、ゲームの戦績自体はタンニーンのチームの方が負け越しており、パワーと運でなんとか勝ち星を拾える時がある、という苦い成績状態なのだ。リュディガーの存在そのものが、ゲームが力だけでは勝てない、という証明に他ならないだろう。

 

 ディハウザーも、彼のその戦術センスや観察眼に何度も舌を巻いてきた。これまでも、彼とのゲームでは少しの油断が命取りになる状況が多く、自分とは違う視点によるゲームメイクに心を躍らせてきたのだ。だからこそ、ディハウザーは運営との交渉の前にリュディガーが面会を望んできたのなら、会わなくてはならないと感じていた。少なくとも、彼がゲームのストライキに好意的なのは間違いないだろうが、プロプレイヤーの中で最も油断できないだろう相手だとわかっていたからだ。

 

「ふふっ、笑ってすまないね。……さて、ディハウザー。私もあなたの催すこの宴に参加したいと思うのだが、構わないだろうか?」

「もちろんですとも。ローゼンクロイツ殿が味方になってくれるのなら、これほど頼もしいことはない」

「あなたに言われると、例え世辞でも嬉しいものですね。ところで、ストライキに参加するにあたって、二つほどあなたに聞いておきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

 

 一頻り肩を震わせた後、リュディガーは朗らかな笑みを浮かべたまま、皇帝へ質問を投げかける。まるで今から楽しい世間話が始まりそうな、そんな穏やかな空気を纏う銀髪の魔術師に、ディハウザーは真っ直ぐに視線を合わせた。

 

 

「あなたの本当の目的はなんですか?」

「……何?」

「なら、もう一つの質問も。……あなたほどの男を唆した黒幕は、いったい誰でしょうか?」

 

 ゆったりと口元に笑みを浮かべ、暗緑色の瞳は面白そうな色を隠すことなく、ディハウザーを射抜いた。それに皇帝は表情にだけは一切出さないように注意を払い、感情の揺れも見せないように努める。さらに自然体を装い、彼の質問の意図が掴めない、というように驚きの感情を顔に貼り付けながら、曖昧な笑顔で本心を覆い隠した。

 

「目的、黒幕…? 突然どうしたのですか、ローゼンクロイツ殿」

「……ふむ、さすがは皇帝ベリアル。隙は見せてくれませんか。やはり、あなたの本心を見抜くのは、骨が折れますね」

 

 楽し気に肩を竦め、やれやれと首を振るリュディガーに、心の中でディハウザーはじっとりとした汗が流れる。ここまで踏み込んだ質問をしてくるとは予想していなかったが、何かを仕掛けてくるかもしれないという懸念はあった。こちらの味方になると言った舌の根も乾かぬ内に、こんな質問をブッ込んでくるのだから、相変わらず性質が悪いと内心で苦虫を噛んだ。

 

 

「……私の目的は、間違いなくレーティングゲームの改革ですよ。黒幕も何も、私は自らの意思でこのストライキを起こし、プレイヤーたちの旗頭になりました」

「あぁ、そこは間違っていないだろうね。ゲームの改革は、確かにあなたの目的の一つなんでしょう。ストライキを主導で動かしているのも、現在冥界を揺るがしているのも、皇帝ベリアルの意思と行動だ。……そうですね、それでは何故私が、この二つの質問をあなたにしたのかの根拠から語りましょうか」

 

 ディハウザーが先ほどの質問に対して、一切肯定する気がないとわかったからか、『番狂わせの魔術師(アプセッティング・ソーサラー)』は己の根拠から示すことにした。どこか確信を持って語ろうとする彼の様子に、ディハウザーは静かに考えを巡らせる。己の中で、どこまで許容するかの線引きを作り、見極めるために。

 

 念のためにロイガンとビィディゼに別の仕事を割り振らせていたが、やはり用心しておいたのは間違いなかっただろう。もっとも、ディハウザーと二人っきりだったからこそ、リュディガーがこれを切り出した可能性も高いが。敵対すれば、悪魔をも震え上がらせる恐ろしさを見せるが、味方になれば頼もしさと同時に、厄介さも感じるという男である。後の憂いを絶つためにも、交渉までに彼を見極めたい、とディハウザーは考えていた。

 

「まずは、黒幕というより、あなたを唆しただろう人物がいると考えた根拠からにしましょう」

「はぁ…、付き合いましょう」

「これについては簡単です。今回の件、あまりにディハウザー・ベリアルらしくないからだ。誰かに入れ知恵された、と考える方が納得がいく」

「……それは、強引すぎるのでは? いくらローゼンクロイツ殿でも、私の全ては知らないでしょう」

「いや、普通に考えて、ストライキなんてぶっ飛んだ方法は思いつかない」

 

 それは確かに、とちょっぴり心の中でディハウザーは同意してしまった。

 

 

「あなたのような、上級以上の悪魔には特にね」

「上級以上の悪魔?」

「えぇ。ストライキは、はっきり言えば力のない弱者側の発想だからですよ。悪魔(あなた)よりも、むしろ人間()寄りの考え方なんです。私はあなたがストライキを宣言した時、戦慄しました。その手があったか、とね。これは転生悪魔のために、人間の社会構造を悪魔が取り入れた背景を利用し、発言力の高い純血の貴族悪魔であり、皇帝として冥界の民に絶大な人気があるあなただからこそ、使うことができた鬼札でしょう」

 

 リュディガーは、元人間の転生悪魔だ。そして、彼は悪魔の思想や考え方、社会構造すらも徹底的に調べ上げ、それを戦術に組み込んで下克上を果たしてきた人物である。だからこそ、彼だけは気づいたのだ。貴族悪魔であり、強者としての生き方を突き進んできた皇帝ベリアルが、弱者の生き方を知ることなどできるのかと。この発想は、己一人では何もできない、徒党を組むことでしか声を上げられないような弱者の理論。常に勝ち続けてきた者が、どうやってそんな世界を知ることができたというのだろうか。

 

 また、ディハウザー・ベリアルは、はっきり言えばゲームバカな男であった。その強さで勝ち上がってきた彼は、政治が介入する隙間すら与えず、王としての地位を築いてしまったのだ。悪魔の闇に染められたゲームで、純粋にゲームを楽しみたい、と考える彼がいかに異質だったのかを、その闇を逆手にとって駆けあがったリュディガーは理解している。だからこそ、皇帝(強者)に憧憬を抱き、そのライバルであることを誇りに思っていたのだ。

 

「強者である者に、弱者の世界を真に理解することはできない。もちろん、逆もしかりだ。今回の件は、悪魔社会の構造を利用し、冥界の民や為政者の思想や考え方も利用し、皇帝が持つ影響力すらも利用した、敵を自らのフィールドに引きずり込み、本来の力を発揮させず……容赦なく潰す戦い方。まさに、強者を弱者へと堕とす番狂わせ(ジャイアント・キリング)さ」

「…………」

「ディハウザー、私は先ほどあなたらしくないと言った。これが、その理由さ。相手を尊重するリスペクト精神のかけらもない。ただ勝つためだけに、相手の心をへし折ってでも、目的のためなら我武者羅に食らいつく反骨精神の塊そのものだ。皇帝としてふさわしくあろう、としていた以前のディハウザー・ベリアルとは、真逆と言ってもいい。故に、弱者の発想を授け、ディハウザー・ベリアルの世界を広げた者がいる、と私は思い至った訳です」

 

 リュディガーの語る根拠に、反論を返すことがディハウザーにはできなかった。彼は去年の大会でディハウザーと対戦することになり、勝つために彼に関する多くのことを調べたのであろう。奏太に出会うまでのディハウザーは、皇帝としてふさわしくあろう、という思考に囚われていた。よく自分のことを研究している、と内心舌を巻いてしまう。そして、彼の根拠に納得している自分もいた。

 

 さすがは、元人間といったところだろう。特に彼は長年悪魔を客観的に観察し続け、相手の心を惑わせることで翻弄し、多くの勝ち星を得てきた実力者だ。相手の精神を潰し、心を折ることに長けた彼にとって、今回の件は他の悪魔たちとは違った視点を持つ可能性があった。ディハウザーが同じ悪魔よりも、元人間である彼を警戒していたのは、それが理由だった。

 

 

「そこまで思い至れば、次に疑問を感じたのは目的さ。皇帝ベリアルにストライキを唆した相手がいるのなら、当然その者も目的があって行ったに違いない。そして、その者の目的を皇帝ベリアル自身も肯定し、さらには全面協力をしているとみていいだろう。つまり、ディハウザーが掲げている『ゲームの改革』というのは目的の一つではあっても、主目的ではない可能性が出てきた訳です。もっとも、さすがにその中身まで推測するには、時間も情報も足りなかったですが」

「私が長年願い続けてきた、レーティングゲームの改革以上の目的がある、と?」

「決定打は、ベリアル家が全面的に協力していることですよ。少なくとも、あなたはゲームの世界に入ったことで、実家に対して一歩引いた態度を取っていたはずです。先ほどもテレビ放送で、『息子の半生』をベリアル卿とその奥様が語っていましたからね。そんなあなたが、ゲームのために遠慮していた家族すらも巻き込んでストライキをした、というのがどうも腑に落ちない、と私は思ったのです」

 

 そこまで話すと、リュディガー・ローゼンクロイツは、にんまりと悪魔らしく口元に弧を作った。

 

「ゲーム関係で家族に遠慮をしていたあなたが、その家族にゲームの改革のための協力を求めるだろうか。そこまで考えた私の出した結論が、ゲームの改革とは別の主目的があるのではないか、というものでした。そしてその主目的は、レーティングゲームとは関係がなく、なおかつディハウザー・ベリアルにとって、ゲーム以上に大切なものなのではないのか? ……と、ここまで考えるに至った訳です」

 

 これには、さすがのディハウザーも言葉を失う。まさか他家の貴族の家族関係まで調べ上げ、さらにはディハウザーの性格も考慮した根拠まで示されるとは思っていなかった。おそらく、家族関係については去年の内に調べていた可能性は高いだろう。ディハウザーが実家に遠慮していたことは、見る者が見ればわかるかもしれない。それが、観察眼に優れた者なら特に。

 

 彼の根拠を否定することだけなら、簡単にできる。リュディガーの考えすぎだ、と笑って誤魔化すこともディハウザーにはできるのだ。それに、皇帝ベリアルが事実を認めなければ、リュディガーもそれ以上の深入りはしてこないだろう。彼が語った内容は、全て彼の憶測でしかないのだから。少なくとも、今回のストライキに関しては、彼は皇帝の味方として協力することを、すでに公言している。彼の質問に答えなくても、今は味方でいてくれるだろう。

 

 だが、この質問を曖昧にして誤魔化せば、ストライキ後の活動に関しては一歩引いた態度を見せるだろうことは容易に想像がつく。ディハウザーの裏に黒幕がおり、主となる目的が違う可能性がある者を信用し、味方となり続けてくれるほど、彼はお人好しではない。ストライキ後は、皇帝の陣営から離れ、運営と皇帝の中立を宣言することも起こり得る。ディハウザーにとって、今回のストライキはきっかけづくりであり、大切なのはこれからなのだ。その時に、『転生悪魔の立役者』として名を持つ彼が味方陣営にいないのは、大きな損失となるだろう。

 

 

 ディハウザーはそこまで思い至ると、リュディガーと対面して初めて眉根を顰める。ここで、リュディガーという人物の信頼を失うのは、あってはならないことだった。つまり、最初に考えた通り、どこまでを線引きにして彼に話すかが問題ということである。ロイガンたちに語った内容よりも、ある程度の真実を彼に話さなくてはならないだろう。

 

 しかし逆に言えば、ここで彼の信頼を勝ち取ることができれば、今後の運営との戦いにおいて絶対的な味方を作ることができるという訳だ。彼はディハウザーと同様に真にゲームの改革を望んでいた者であり、そのためなら現在の地位を捨ててでも立ち上がってくれるだろう。ディハウザーも、さすがに長期的に運営と戦い続けるにおいて、ロイガンたち不正組だけを中核に添える危惧は持っていた。彼らは皇帝の目的に付き従ってくれているだけなのだから。

 

 運営にとっては裏切り者であり、冥界の民の中には贖罪をするとはいえ、厳しい目を不正組に向ける者だっているだろう。皇帝の旗色が悪くなったら、鞍替えしそうな危険性もある。そんな彼らを信用して、重要な役目を任せられるかと言われると、難色を示してしまうのも仕方がないことだった。しかし、さすがに皇帝一人だけで重要な役目を担える訳もない。

 

 だからこそ、ディハウザーはこのストライキの間に、不正組以外で信用できる味方を見つける必要があったのだ。そして、その第一候補こそが、リュディガー・ローゼンクロイツであった。自分と同じ夢を望み、自分とは違う視点を持って切り込む知略を持ち、転生悪魔達にとって希望の象徴とされる彼ならば、共に手を取り合って戦えるかもしれない。自分達が望んだ新しいレーティングゲームへの道を、己の手で掴むために。

 

 それからディハウザーは一度深く息を吐くと、目を瞑って静かに考えを巡らせる。リュディガーも先ほどまでの笑みを消し、皇帝を急かすことなくじっと待ち続けた。しばらくして、灰色の瞳がゆっくりと開かれると、真っ直ぐに暗緑色の瞳を見つめ返した。

 

 

「……今、全てを話すことはできません。それは、了承してもらえますか?」

「構いませんよ。もとより、全てを話してくれるとは考えていませんでした。今の言葉だけでも、私は満足です」

「満足とは?」

「あなたは私のただの推測を切り捨てなかった。つまり、今後も協力関係を築いていきたいということでしょう? なら、急ぐ必要はありません。あなたが誠実な男であることは、どうやら変わっていないみたいですから」

 

 先ほどまでの挑発的な笑みではなく、柔らかい微笑みを浮かべながら、銀髪の魔術師は肩を竦める。おそらく、試されたのはディハウザーの方だったのだろう。ディハウザーはリュディガーを見極めるつもりでいたが、彼もまた皇帝ベリアルを見極めに来ていたのだ。自分の夢を叶えるために、背中を預けられる男なのかどうかを知るために。

 

 そんな彼の意図を理解した王者は、やはり心臓に悪い、と安堵と一緒に心の中でぼやく。さすがに恩人である倉本奏太やその関係者の了承もなく、第三者に彼らのことを伝えるつもりはなかった。だが、従姉妹であるクレーリアの救出や魔王との秘密裏の同盟に関しては、リュディガーに伝えるしかないか、と考えていたのだ。それら全てを今は飲み込んでくれた彼に、感謝の念を抱いた。

 

「あぁ、でも。できれば、あなたを唆したらしい黒幕にはぜひ一度、お会いしてみたいですね。あなたがその人物から受けた影響の範囲を知りたいですし。何より運営をここまでおちょくる発想、私と気が合いそうです」

「……いや、その。彼は、運営をおちょくる気なんて全くなかった、と思うというか…。今回のことも前座程度に考えていて、ここまで大事になるとは、正直考えていなさそうだった感じで……。いや、普通にいい子なんだ。悪気は一切なかった訳だから…。えっと、もうただの天然なだけだった、が答えというか、もうなんというか……」

「落ち着け、ディハウザー。フォローしているようで、余計に深みに嵌まっているぞっ!」

 

 リュディガーのような有名人と一緒にされたら、さすがに可哀想だろうと考えたディハウザーは、恩人である少年を頑張ってフォローしようと頑張った結果、相手の方から慌ててストップの声がかかる。フォローするにつれて頭が痛そうにするディハウザーの様子に、リュディガーの頬は微妙に引きつってしまう。彼の方から大きく咳ばらいをして、この話は追及しないと言外に伝えた。空気を入れ替える意味も込め、キリッとした表情をお互いに作り直した。

 

 

「そうですね、とりあえず今必要な情報だけは聞いておきましょう。ディハウザー、このストライキの期限と達成目標は?」

「『皇帝ベリアル十番勝負』までが最終期限ですが、その間に運営と交渉をするつもりです。目標としては、運営からの謝罪と、今後のゲームへの誠実な取り組みをプレイヤーと冥界の民に約束してもらうことです」

「……なるほど。つまり、今回の件で運営を潰す気はないのですね。このストライキは、あくまで運営との交渉を引きずり出すためのもの。ゲームを改革するための本当の戦いは、ストライキが終わった後という訳ですか」

「えぇ、だからこそローゼンクロイツ殿との繋がりを絶つ訳にはいかなかった」

 

 あなたを頼りにしている、という皇帝のメッセージを読み取り、それに小さな笑みを浮かべて魔術師は相づちを打った。世間の批評家は皇帝のことを『正義感で暴走している』と語っていたが、彼の語る期限と目標を聞いて、やはり演技だったかと納得した。

 

「私は今回どのように動けばいいでしょうか? あなたと運営だけで交渉なんてさせたら、下手したら内乱発生の事案に、魔王様方が介入しない訳がないと思いますが」

「えぇ、魔王様の介入が前提条件の交渉以外、受ける気はありません。ローゼンクロイツ殿には、私が交渉で留守をする間のストライキの旗頭をお願いしたい。きっと交渉で私がいない隙を狙って、手を出してくる者もいると思いますから」

 

 王の駒などの禁忌にも触れる可能性が高いため、交渉の場に彼を連れて行くわけにはいかなかった。これらは魔王アジュカ・ベルゼブブの許可なく、吹聴できる内容でもない。それに、皇帝が不在の間に運営や古き悪魔達の手が伸びてくることも十分にありえるのだ。リュディガーも皇帝の案に、異存はないようだった。

 

「ふふっ、今までは王同士でぶつかるレーティングゲームの関係上、長年あなたと敵対するしかできなかった。それが、今は夢の実現のために初めて共同戦線を張ることができる。……皇帝ベリアル、あなたが味方であることをこれほど頼もしく感じたことはありませんよ」

「私こそ、同じ気持ちです。ライバル()としてではなく、(仲間)として。共に勝ちましょう」

 

 ディハウザーが笑みを浮かべて手を掲げると、その意思を受け取るようにリュディガーも真っ直ぐに手を差し出した。同じ志を持つ仲間として、心を許し合える友として、これからの長い戦いへの誓いを口に出し合う。いつの日か、現在も頑張ってくれているタンニーンを呼んで、プレイヤー三人で気兼ねなく酒を飲んでもいいかもしれない。いつかそんな日が実現できる日を夢見て、これからの交渉への闘志を漲らせた。

 

 

「今年は良いニュースが多くて、本当に今後が楽しみですよ」

「おや、何か良いことでも?」

「あなたにだけ秘密を話してもらうのも、フェアではないでしょうからね。実は、私の妻が妊娠したようなのです。出産は来年か、再来年になりそうですが、ようやく私にも念願の子ができそうで…」

「それは、……おめでとうございます」

 

 優雅な佇まいを見せていたリュディガーだったが、心の底から嬉しそうに、照れくさそうに微笑みを浮かべる。それに、ディハウザーは目を瞬かせながら、心からの祝いの言葉を送った。彼が結婚したのは、もう随分前のことと記憶していたが、やっと授かった命なのだろう。

 

 転生悪魔は純血の悪魔に比べれば、子どもが生まれやすい方だとされているが、それでも相当に長い年月が必要である。長くて一万年生きるのが常識な悪魔と違い、元人間だったリュディガーにとっては、ようやく産まれる待望の第一子なのだ。普段はクールな印象が強い銀色の魔術師も、思わず口元が緩んでしまうのは仕方がない事であろう。

 

「ありがとうございます。……私も父になる身として、子どもに誇れる人物でありたいのです。もしかしたら、我が子が大人になった時に、レーティングゲームに参加したいと思うかもしれません。その時に、今のようなゲーム環境の中に、大切な子どもを送りたくなかったのが、私の正直な気持ちでした。私自身が、本当に誇れるようなゲームをしてきたのか、と疑問を持っているというのに…」

「……ローゼンクロイツ殿」

「改めて、感謝の言葉を送らせてほしい。ディハウザー、ゲームを変えるきっかけを作ってくれて、本当にありがとう。つまらない政治や思惑の絡んだボードゲームではなく、純粋な競技として互いに凌ぎ合える未来を私に見せてくれて。……我が子に、『私はレーティングゲームのプロプレイヤーなんだ』と誇りを持って言える日が来る、そんな夢を私に抱かせてくれて」

 

 繋がっていたリュディガーの手が震えていることに、ディハウザーは気づく。それに彼は言葉を返すのではなく、その思いを無言で受け止めた。必要なのは言葉ではないと、察したのだ。これは、『番狂わせの魔術師(アプセッティング・ソーサラー)』と呼ばれる男の誓いなのだ。自分が彼にできることがあるとすれば、それは彼の信頼に応え、これからを肩を並べて戦うことだけなのだから。

 

 しばらくして握っていた手を、どちらともなく自然と離した。お互いにこれ以上の言葉はいらないだろう。リュディガー・ローゼンクロイツは、先ほどまでの雰囲気などなかったかのように、いつも通りの不遜な魔術師の姿へと戻る。薄く笑みを浮かべ、威厳を感じさせる佇まいから、小さな礼を皇帝へ送った。

 

 

「それでは、私は私の仕事をしましょう」

「はい、頼みました」

「えぇ、あなたも前哨戦を頑張ってくださいね」

 

 運営との交渉を前哨戦と言ってのけたリュディガーに、ディハウザーは小さく噴き出す。クレーリアを救うための戦いならば、これからが本番だ。だが、ゲームの改革のための戦いならば、確かにこれは前哨戦だろう。そう思うと、少し張っていた肩の荷が下りたような気持ちになる。クレーリアを幸せにし、ゲームの改革を進めるためにも、こんなところで躓いている訳にはいかないと思えた。

 

 軽く手を上げて別れを告げる銀髪の魔術師を見送り、ディハウザーはロイガンとビィディゼに、交渉の間はリュディガーが皇帝の代わりになってくれることを告げておく。それにものすごく嫌そうな表情をビィディゼは見せ、「考え直せ!」と思わず皇帝に詰め寄り、ロイガンは何とも言えないような顔をして、深い溜息を吐いていた。さすがは、悪魔以上に悪魔と言われる男である。そこまで嫌か。

 

 ちなみに、皇帝との話の後、リュディガー・ローゼンクロイツもストライキの参加を表明し、共に戦うことを宣言した。それにより、転生悪魔やファン達は歓喜の雄叫びをあげ、古き悪魔達は絶望の絶叫をし、それ以外の悪魔達からは運営への同情の声が、冥界中に響き渡ることになる。彼が冥界の住民にどのように思われているのか、ある意味でよく分かる事例であった。

 

 

 

 その大絶叫の、数十分後。ついに四大魔王とバアル大王による合同声明が、冥界中に発表されることとなる。中立の立場である魔王と、古き悪魔達のまとめ役としての大王が間に立ち、皇帝と運営との話し合いが決定されたのであった。レーティングゲームの試合で使われる、アグレアス・ドームにある専用のVIP観戦室を交渉の場として設置したのだ。

 

 ディハウザー・ベリアルと双璧の二人は、その知らせを届けに来たアガレス大公の眷属へ交渉に対する参加の表明を出し、準備されていた転移魔方陣へと足を進めた。さすがに緊張を滲ませるロイガンとビィディゼであったが、あまりに自然体で堂々とした足取りを見せる皇帝の様子に、呆れからか幾分気持ちが軽くなったのを感じた。

 

 多くの夢を背負った皇帝ベリアルにとって、今更気負う必要はない。彼にとってその重さは重みではなく、己の力として十分すぎるほどの勇気へと変えてくれていた。

 

「……ようこそ、皇帝ベリアル。今回は、我ら魔王と大王の声明に応じてくれたことに感謝する」

「魔王アジュカ・ベルゼブブ様、ですね」

「あぁ、あとこの交渉には、俺以外にも魔王二名が付き添っている。……運営への言い分もあるだろうが、冷静な話し合いを期待するよ」

 

 魔方陣のジャンプでとんだ先に待っていたのは、緑色の髪を持つ妖艶な顔つきの美青年――魔王アジュカ・ベルゼブブであった。皇帝の下へ魔王が直接迎えに来たのは、それだけ皇帝に注意を払っているという意味合いもあるのだろう。現在の皇帝は、今は落ち着いているが、いつ暴走するかわからない状態とされている。いつでも魔王が間に入って止められるように、超越者であり、ゲームに詳しいアジュカを傍につけたのであろう。

 

 いきなりのアジュカ・ベルゼブブとの対面に、後ろの二人が息を飲んでいるのをディハウザーは感じ取る。わざわざ交渉の場に魔王が二名付き添っていることを告げたのも、こちらへの牽制だろう。運営に怒りのまま拳を振るうような、馬鹿な真似だけは考えるな、ということだ。皇帝へ圧力をかけるような言い方だが、魔王の本意ではないだろう。ここはアグレアス・ドームの入口付近であるため、まだ外の目がある。古き悪魔達へのポーズも必要という訳だ。

 

 皇帝はそれを理解していたし、アジュカも内心めんどくさそうにしているが、それを顔に出すようなことはお互いにしない。しばらく無言で目を合わせると、そっと薄く笑みを浮かべ合った。アジュカはすぐに踵を返し、皇帝たちを案内するために一声かける。それに抵抗することなく、三人は魔王の後を追って行ったのであった。

 

 


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