あと、今回が最終話です。
朝日が差し込み、暗闇が蔓延していた部屋に今度は光が満たしてゆく。明るいと感じたセインはゆっくりと目を開けて自室の天井のランプと天井が目に映りこんだ。そして上体を起こし、小さなテーブルとタンスが視線に入る。窓からは光が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえる。セインは昨日の事を思い出した。ドゥーエの事が何度も頭の中で反芻される。
「…… ドゥーエ姉」
もうすぐ仕事前だというのに昨日の不思議な体験が思い起こされる。もう何回目何だろうか。ベッドから起きて身支度をし仕事場へと向かっている為に自分の履いている靴と石の床が接する音が廊下内で響いている。
--貴方はもう立派な姉になのよ。
--チンクにも負けない『姉』の要素を持ってるのよ。
「… 分からないよ…」
自分が既に姉になっていると言われた際、セインはドゥーエの言う事を信じられなかった。もし自分が『姉』ならば何故他の姉妹は自分を『姉』として慕ってくれない? それは自分が『姉』ではないからだ。『姉』になろうと様々な事を行ったが、ドゥーエにそれを否定された。そして自分はもう『姉』と言われた。
セインは『姉』でないのに『姉』だと言われて混乱しているのだ。セインから見ればこれは矛盾してるようにも見える。もはやセインにとってそれはフェルマーの最終定理のような難題なのだ。
「それに…」
セインはもう一つ思い出す。ドゥーエが言ったことを。
--明日になれば分かるわ。みんなが教えてくれるから。
「みんなって… 誰なんだろう…?」
明日、つまり今日になればその難題が分かるというのだ。今日何が起こるというのか?『みんな』とは誰なのか?セインの頭の中は疑問の一色で染まっていた。何の色を加えれば解決の色一色で染まるのか分からない。様々な色を加えて試すしかないのか?
そうしながら歩みを仕事場へと進める。今日は観光に来る団体の案内だ。だからしっかりしなければいけないのに今のような状態できちんと仕事できるか少々不安な気持ちだ。セインは窓から光が漏れている無機質な石造りの廊下を進んで行く。鳥の声が聞こえるが、先ほどの声とは少し異なる様に感じるので恐らく別の鳥が来たのだろう。草の小さな、或いは木の大きな葉が擦れ合い森の躍動を放っている。セインは何だか悩みが無いように見える鳥や植物を少し羨ましく思った。今の自分は悩んでいるが故に嫉妬してるのだろう。そんな事は忘れて仕事場へと向かうセイン。
だが--
「へ?」
それは実現する事は無かった。
自分に向けて天井からある白い物体が放たれたのだ。セインはそれをまともに受けてしまったのだ。
「な、何だ何だ?! 何かくっついた?!」
その白い物体は粘着性を持っておりセインはぶつかった拍子で前のめりに倒れてしまい、セインと床が白い物体によって完全にくっついてしまった。その白い物体を取り除こうと四肢を動かすも、体を動かせば動かす程物体は更に複雑に絡まり身動きが全くとれない。
何が起こったのかさっぱり分からず、兎に角脱出しようともがいていると聞き覚えのある声がセインの耳に届いた。
「見事作戦成功ッス!」
セインはこの声の発言主が分かった。この声と喋り方… まさかかなり前から付き合いのある自分の妹の…
「も、もしかして… ウェンディ?!」
「バッチシ捕まって良かったッス!」
やはりウェンディだった。何故自分の妹がこんな事をする? 悪戯か? そう考えようとしてると再び聞き覚えのある声が耳に届く。
「どうやら上手くいったみたいだな」
「意外とあっさりいくもんなんだな。あたしならすぐ避けるけど」
「突然だし、セインだから仕方ないと思うけど…」
「これで逃げられませんよ、セイン姉さま」
「昨夜作ったとはいえ強力なトリモチですね」
近くの壁の窪みからチンク・ノーヴェ・ディエチ・オットー・ディードが出て来て自分に近寄る。
「セイン、訳を話してもらおうか。ここ最近変わった行動をしている理由を」
「え、変な行動って…」
セインは心当たりがあった。その変な行動があの本を読んで、本の内容を実践していることを。
「何か怪しいッス。 もしかして偽者なんじゃないんスか?」
「え、に、偽者!?」
セインは自分の行動のせいで自分が偽者だと思われてるとは全く考えていなかった。それと同時に想定もしていなかった。セインはしっかりした姉と思われていると考えていたからである。
「ちょ、私は本物だよ!」
セインは必死な様子でウェンディたちに本物だと訴える。今でもトリモチの感触が伝わっているため、気持ち悪い感覚が続いている。
「それなら証拠を見せて下さい」
「え、しょ… 証拠?!」
オットーからそう言われて困惑するセイン。証拠と言われても何を出せば証拠と認められるのか見当がつかないからだ。
「よ~し、まずは体型から調べてみるッス! ちょっと我慢するッスよ~」
「ちょ、何するのさ! こら、何処触ってるんだよ~!」
ウェンディは両手の指をセインの、体の何処とは敢えて言わないがあんな所やこんな所を触ったりなぞり始めた。セインからすればトリモチの触覚に加えて、ウェンディの指との接触する感覚が加わったことによりくすぐりの感覚、そしてそんな様子を姉や妹たちに見られているという恥ずかしさがセインに襲い掛かる。
「う~ん、ここは本物とそっくりッス。じゃあここは…」
「ちょ、やめろよ、くすぐった… あははは! そこは触るな~! チンク姉何か言って~!」
セインは目の前にいるチンクたちに助けを求める。それと同時にウェンディはセインの体をあちこち触り続けている。そんな光景を見てチンクたちは
「…少しやりすぎじゃないか…」
「もうセクハラじゃねえか…」
「……」
「止めた方がいいと思いますが……」
「オットー、私もそう思う……」
冷や汗をかきながらチンク・ノーヴェ・ディエチ・オットー・ディードはそう呟いた。教会の廊下でその声は小さいが故に殆ど伝わらず、聞こえてくるのはセインとウェンディから放たれる声・動作により発生する音と外からの環境音のみだった。
- - - -
「あたしは、グスッ、お姉ちゃんに、ううっ、なりたかったんだよぉ…… ヒック……」
あの騒動から約一時間後、セインは本物と認められて全ての本音をぶちまけた。セインは聖王教会の礼拝堂内部にいる。セインの周辺にはチンク・オットー・ノーヴェ・ディエチ・ウェンディ・ディード・シャンテ・シャッハ・カリムがいた。
また、本来セインが行うはずだった仕事は別のシスターに任せることになり、セインの仕事は無しとなった。
「成程、そういう事か…」
「それであんな事をしたのかよ… ちょっと納得」
チンクとシャンテがそう言い、セインは頭を上下に振って頷く。
「あたしだって… チンク姉みたいな『お姉ちゃん』になりたかったんだよぉ~!」
セインは涙目でそう言った。口はへの字になっており、呼吸が不規則にえづいてる。その様子は自分の願望を叶えられなかった子供だ。セインの精神自体他の姉妹と比べると幼い方だ。それ故に泣き方も何処か子供らしい。
「あたし、精神が大人じゃないから、子供っぽいと思われてるけど、グスッ、それでも私、お姉ちゃんに、立派で頼れるお姉ちゃんになりたかったんだ……」
大分落ち着いたのか、呼吸が規則的に戻ってゆき嗚咽も少なくなった。だが、その様子は不気味な程落ち着いている。顔も先ほどよりも僅かに下がっている。そんな様子を皆は黙って見守る。礼拝堂に立っている聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの像もセインの様子を静かに見ている。
「あたしじゃ…… お姉ちゃんには……」
そしてセインは顔をゆっくり下げて呟くように発言した。声は小さく、目は髪の下に隠れてチンク達からは隠れて見えない。その様子は何かを諦めているかのような、実現できない夢だと分かって失望する人間のようにも見えた。やはり自分は『姉』になることはできない。そう言いかけたところで、
「セイン」
チンクがセインにゆっくり近づき、声をかけた。
「セインは、本の通りにやれば姉になれる。 と思ってるんだな」
セインが頭を縦に振って肯定する。
「セインにとっては確かに本に書かれてる事は事実かもしれないが… 姉はそう思わん」
「…?」
セインは無意識に何が言いたいのか気になった。顔を僅かに上げる。
「セインは、ノーヴェやウェンディ、姉達を心配していただろ?」
確かに何度もそう思った事もある。自分がナンバーズとして活動していた頃、ノーヴェなどの妹達やチンクなどの姉たちを心配した事があった。今でもそれは同じだ。
「それで十分だと思う」
「え…?」
セインには何が十分なのか分からなかった。だが無意識に何が言いたいのか分かった。
「難しい事考えず、妹やみんなを心配してるのなら、それで『姉』だと思う」
そう、皆を心配してくれる存在。それが『姉』だとチンクは言ってるのだ。
「で、でもあたし、あまり姉扱いされてないし……」
それでもセインは何処か納得しない。自分が『姉』ならもっと姉扱いされるのでは、と言いかけたところで、
「あー… まぁそりゃそう見えるかもしれないけど…」
ノーヴェが発言する。照れてるのか、少し頬が赤く染まってた。セインはその林檎のような赤さによって、ノーヴェが背の低い妹のような少女に見えてしまった。
「私さ、チンク姉がピンチになったとき、『お姉ちゃんに任しとけ』って言ってくれたろ? あの時、すげぇ頼もしくて嬉しかったんだよ」
セインは覚えている。JS事件の最中、スバルによってチンクが苦戦している時、セインはノーヴェに向けてそう言った事を。
「普段からかったり冗談言ったりしてるけど、本当はセインみたいな姉もチンク姉みたいに頼りあって優しい『姉』なんだって、思ってるんだ。今でも」
セインは少し信じられないような表情をしている。ノーヴェに自分の行動で呆られたりする分、ノーヴェの言ってる事が少々信じられなかった。
「それ、あたしも分かるッス」
続いて発言したのはウェンディだ。
「いつも子供っぽいけど、チンク姉やディエチたちの事いつも気にしてるし、あたしからしたら姉妹想いの『お姉ちゃん』ッス。」
「ウェンディ…」
セインはウェンディを見つめる。自分の手で教育した妹にそのように思われてる事が驚きだった。
「私も、ウェンディと同じ」
次はディエチだ。彼女の微笑ましい表情はセインに向けている。
「いつも明るくて、元気で、私たちを見守ってた。管理局に捕まった後も私達姉妹やドクターたちのことを心配してた。私、そんなセインみたいな『姉』になりたいと思ってる」
「……!」
今度はディエチの方に目を向ける。セインの両目は涙が少量湧き出ており眼に溜まっている。先程も涙が湧き出ていたが今湧き出ているのは「喜び」によって出ている涙だ。礼拝堂の窓から差し込む太陽からの光が徐々にセインに向けられる。
そしてオットーとディードが口を開く。
「僕もセイン姉さまみたいな姉は好きです。イクスの事も気に掛けているセイン姉様はとても優しいです」
「ええ、私もオットーと同じです。陛下達にも、私達姉妹にも、優しいセイン姉様を尊敬しています。」
「オットー… ディード…」
セインの両目の涙は遂に溢れ出し、頬をつたって流れて顔の下部で地面に向けて落ちる。石で構成されている地面に嬉しさの涙が溜まってゆく。窓からの光もやや強まりセインの顔に少しかかる。
そしてチンクが近寄り、セインに顔を向ける。
「自分を変えなくても、皆の事を思っているのだから、立派は『お姉ちゃん』だ。セイン」
そこでセインの感情は爆発した。
「う…… うわあああああぁぁぁ!!」
セインは嬉しさのあまり泣いた。目から大粒の涙を流し地面の水たまりの面積が大きくなっていく。教会の窓から入る光が増し、セインを照らす。礼拝堂の内部の装飾品が光に当たり、煌びやかに光る。その光はダイヤモンドなどの宝石類や宇宙の星々に負けない程の煌めきを放っている。それらはまるでセインを祝杯しているように見える。外の木々のざわめき・鳥や虫の鳴き声も大きくなり、この一帯周辺のありとあらゆる事物が彼女を祝福しているかのように環境音が大きくなった。
そんな中、セインは皆に、チンク・オットー・ノーヴェ・ディエチ・ウェンディ・ディード、そして夢の中で現れたドゥーエに感謝した。自分が姉扱いされないが為に姉としての自信があまり無かった。だが、チンク姉と妹達によって自分が姉であるという事を自覚したのだ。そして、セインは夢に出て来たドゥーエの言っていた事はこの事であると理解した。夢の中に出て来たドゥーエが本物かどうかは分からない。だが今のセインは本物だと確信していた。理由は曖昧模糊で漠然とした直観であるが、間違い無いとそう確信していた。
泣き続けるセイン。礼拝堂に入る光が彼女を鮮やかに照らしていた。
「私たちの出番はありませんでしたね」
「あまりちょっかいだせそうな雰囲気じゃなかったしね… 結構深刻な問題だったし…」
そんな様子を遠目で見ているのはシャッハとシャンテだ。雰囲気を邪魔してはいけないと思い隙を見てこっそり離れていたのだ。セインが姉妹事で悩んでいるのなら、姉妹に任せた方が良いだろうと判断したのだ。もっとも、此処に来たのは、セインの様子が心配だったからなのだが。
「でも、セインは大切なものに気付きましたし、良かったと思いますよ」
そんな中、カリムは微笑ましい表情でセインを見つめる。教会のシスターの悩みが解決したという事で個人的には嬉しい事だ。今後もセインは悩みが生まれるかもしれないが、きっとその悩みを解決するだろうと確信していた。
ふと、カリムはある方向に目を向ける。そして小さくこう呟いた。
「陛下もセインを見て喜んでいるように見えるわね…」
カリムの見つめる先には、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの像があった。差し込む光に輝くそれは、セインを聖母のように見つめているように見えた。
- - - -
あの日から3日経った。聖王教会のシスターたちはいつもと変わらない日常を送っている。シスターセインもその内の一人だ。現在セインはオットー・ディードと共に廊下の掃除をしている。オットーはカリムの執事だが、今日は偶然同じ仕事をする事になった。外は相変わらず豊かな生命が育む森と山が存在し、数羽の鳥が木の枝の上に留まっている。セインは依然と変わらないような様子だが、それは外から見ればの話だ。見た目だけで分かる人はそういないだろう。彼女は前よりも精神的に成長した。自分が『姉』としての自信がついたのだ。
「今日はいい天気だな~ シャンテは今頃何処かでサボってるかな?」
あの本はかつての自分との決別として捨てようとしたのだが、勿体ないような気がしてリサイクルすることにした。環境に良いし、大丈夫だよね? 多分。 うん、そうしよう。
私は子供っぽいだの、明るすぎて姉らしさが無いと思ってた。でも、それらは悪い事ではないって気付いた。チンク姉やノーヴェ達、そしてドゥーエのおかげだ。ドゥーエ姉の事は一応姉妹達に話した。最初みんなは信じられないような表情だったが、彼女の事を詳しく語ると喋り方などが本物のドゥーエと同じだとチンク姉が言ったので本人で間違い無いと結論付けられた。あたしはドゥーエ姉と会ったことないため喋り方などを知る事は有り得ないからだ。夢の中でドゥーエ姉が現れた理由はよく分からないが、多分あたしのことを心配していたんだろうと思う。
そう考えている中、セインは視線を石の壁に向ける。
「あ、そろそろ別の仕事やらないと!」
石製の壁に掛けられている古びた時計を見て今の時間を知り、次の仕事の時間に取り掛かった。
「セイン姉様、すぐに取り掛かりましょう」
「この仕事、私達でも少々きついです」
オットーとディードがセインに近寄ってそう言った。
「なぁに、3人いればどうにかなる成る! もし困った事があったら、」
彼女の後ろには外へと繋がる出口があり、そこから光が入り出口が白く見える。オットー・ディードの二人から見ればセインはその出口の中央に立っているように見える。セインの背後から光が放たれているように見え、彼女が天使や女神のように見える。
セインはそこで一拍置いた。そしてこう言った。何処か自信があり、迷いが無いように。
「『お姉ちゃん』に任せとけ!」
ついに終わりました。これでいいのかなと思う程の稚拙な小説かもしれませんが、今まで読んでくれてありがとうございました!
小説情報で「完結」と設定しますが、今週の金曜日に後書きを書く予定です。