ダンジョンでスタイリッシュさを求めるのは間違っているだろうか   作:宇佐木時麻

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DMC5発売決定おめでとう!
ところであのネロ、一体全体なんであんな髪型に……


弱さ -weakness-

(硬いな)

 

 まるで壁でも殴ったように痺れが残った拳を開閉しながらバージルは殴り飛ばした赤髪の女の方向を睥睨する。

 殴った感触から推定して、自身と同じLv.6か、或いはそれ以上のLv.7か。肉体的な強度で言えば恐らく自身を上回っているだろう。

 だが。

 

(——ヤツほどではない)

 

 脳裏を横切った猪人の影を消し去るように、痺れを残す拳を強く握りしめた。

 思い出すは、過去の屈辱。どれだけ足掻いてももがいても、手足は砕かれ喉仏に噛み付いた歯は砕かれ、恨めしく地に這い蹲りながらただ見下ろす姿を睨み付ける事しか出来なかった忌々しい過去。

 決定づけられた、バージル・クラネルの()()

 それに比べれば造作もない。攻撃は通る、動きも見切れる。ただ硬く、ただ速いだけのポテンシャル(ステイタス)頼みの単純動作。

 ならば、負ける理由がどこにあるだろうか。

 

「ヤツとの前哨戦程度にはなるか」

 

 いずれ訪れるであろう宿敵との闘いを想像しながら、背中と腰に手を回し二つの獲物を構える。(閻魔刀)大剣(フォースエッジ)はまるで主の思いに呼応するように淡い蒼色の輝きを放つ。

 一方、吹き飛ばされた赤髪の女は激突し陥没した壁から起き上がりながら再度確認するように彼と同じく拳を開閉していた。

 先ほど感じた不自然な肉体の違和感はもはやない。ならば先ほどの身体の自由が急に利かなくなったのは如何な理由なのか。

 

 ——赤髪の女が知るよしもないが、先ほど彼女が急に肉体の自由を奪われたのはバージルの籠手《ベオウルフ》に拳を受け止められた事によるカウンターである。

 バージルは赤髪の女が放った威力と同等の威力をぶつける事で抵抗値が0となった瞬間、彼女の体内に自身の魔力を流し込んでいた。

 魔力とは生命一つ一つが異なり、同じ魔力の質を持つ生物は存在しない。ならばもしも、自身とは異なる魔力を注がれればどうなるだろうか。

 答えは一つ、拒絶反応が発生する。それはまるで酔ったように一瞬肉体の舵は離れ、その隙を突かれたのが先の攻防だった。

 

 魔拳技返し手裏——ロイヤルブロック。

 

 だが、そんな事実を彼女が知るはずがない。理解不能な事実を前にして、赤髪の女の心中は一つ。

 

(……面倒だ)

 

 ただ、それだけだった。

 理解不能な出来事? ああ、それがどうした。()()()()()()()()()()()()

 それは決して現実逃避しているのではない。彼女にとって正真正銘どうでも良かったからだ。ただ単純に、彼女にとってバージルはただ目的(アイズ)の前に邪魔する存在でしかなかったのだから。

 怪物は自身の力を誇示しない。ただ己がポテンシャルを駆使して人間を喰らい滅ぼすだけ。

 故に、

 

「あぁ……まったく、面倒だ」

 

 赤髪の女にとって、バージルは邪魔程度の殺せる相手でしかなかった。

 バージルが得物を構えるのと同時に赤髪の女も地面に腕を突き刺し、そこから天然武器(ネイチャーウェポン)の大剣を引き抜いた。

 両者は対峙し、激突する寸前、

 

 

 

「……待っ、……て……」

 

 

 

 ふと、バージルの後ろから、縋るような少女の声がした。

 バージルは意識を切り替える事なく僅かに振り返る。視線の先、そこにはレフィーヤやリヴェリアに回復薬(ポーション)を渡されながらも目にもせずただバージルへ手を伸ばすアイズの姿があった。

 

「私、も……一緒……に……」

 

 ——私も、戦う。貴方の隣で。

 声なく紡がれた思いは、されど。

 

「————」

 

 バージルは何も言わなかった。何も言わず、ただ振り向き前を見た。

 

 ——アイズに一切の興味を失った目で。

 

「……ぁ、……あぁ……」

 

 無様だな、と言われればまだ良かった。邪魔をするなと目で語られていればまだこの恐怖を押し殺せた。

 だが違う。先ほどのバージルの目。そこに浮かんでいたのは侮蔑でもましてや敵意でもない。

 在るのはただ、虚無のみ。有象無象への——興味のない無関心な相手を見る瞳だった。

 

(……待って。……行かないで!)

 

 伸ばした手が虚空を切る。届かない。また、また——置いて行かれる。

 

「独りに……しないで」

 

 零れ落ちたのは、弱さの証。

 頬を伝う滴が、アイズは何よりも憎かった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 踏み込んだのは同時だった。

 

「————」

「……ッ!」

 

 怪物の身体能力と戦士の足捌き技能。東洋では“縮地”と呼ばれる移動術はほぼ差異はなく、同時に互いの間合いに入る。

 ならば、驚嘆したのが怪物であり、冷静だったのは戦士なのは自然の通り。

 踏み込みと同時に大剣を斬り上げていたバージルに対し、距離を詰めようとしていた赤髪の女では意識の差が自然と彼女を攻防の“防”に回らざるをえなくし、彼女は反射的に弾いた。

 鈍い金属音が響き渡り、両者の腕が得物と共に大きくのぞける。

 威力は互角。ならば必然的に、一本より二本の方が早いに決まっている。

 

「くゥ——ッ!」

 

 間髪を入れず振り抜かれた刀を受け止めるために赤髪の女は踵を地に付き受け身の姿勢を取る。大剣の背を前腕部で押さえる事で衝撃を抑えながら反応し受け止める反射神経は見事なモノだが、それは間違いなく悪手だった。

 大剣と刀による高速連撃。一撃一撃が重く、受けの姿勢に回ってしまえば中々抜け出す事が出来ない。ならばこのままじわじわと嬲り殺しされるしかないのか。

 ——否。この身が何なのか忘れたか。人間風情が、怪物を見縊るな。

 

「調子に——乗るなァッ!!」

 

 赤髪の女は咆哮を上げ——あろうことか、大剣を放り投げた。

 バージルはその行動に一瞬目を細めるも、間髪を入れず大剣を女の頭上目掛けて振り下ろした。女は迎え撃つように拳を振り上げる。

 当然ならばこのまま砕け散るのは女の拳であろう。だが、前提条件を忘れてはならない。彼女は人に非ず。彼女は人の皮を被った——怪物なのだから。

 

 爆発したような衝撃音。そこに在ったのは宙を舞う女の鮮血——ではなく、互いの武器(大剣と腕)が大きく弾かれた光景だった。

 

 赤髪の女の身体は普通ではない。その身は正真正銘怪物である。ならばその腕そのものが武器になるのは必然だった。

 そして、一本と二本ならば二本の方が早いように。

 得物を振るうのと素手ならばどちらが早いか、それもまた自然の理であった。

 

「舐めるな、冒険者ァ——ッ!!」

 

 拳が振るわれる。

 連撃、連撃、連撃、連撃連撃連撃、連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃連撃————ッ!!

 それはもはや暴風だった。決して獲物を逃がさぬ竜巻。振るわれる拳は更に速度を増していき、もはや目前に如何なる存在も許さない破壊の暴威。

 為す術もない相手に思わず笑みが零れそうになり、ふと、気づいた。

 

(——待て。私が殴っているのは、何だ?)

 

 普通ならば殴った感触が返ってくるのは肉の感触のはずだ。だが、返ってきているのは鈍い痛み。即ち、金属の感触。

 ——刃の、感触(痛み)

 

「遅い……」

 

 漏れた言葉は、呆れを含む声。

 暴力()から冷めた女が見るのは、無傷で剣を振るうバージルの姿。正真正銘、彼は一撃たりとも拳を身体で受けてなどいない。

 

「馬鹿な、全て……捌いていたというのか!?」

 

 赤髪の女の放つ不規則の拳を、間合いが長い剣で的確に打ち払い、捌き続ける。それは決して怪物には不可能な仕業。鍛え続けてきた人間だからこそ出来る“技”であった。

 それを理解し、咄嗟に距離を取ろうとするが、

 

「つまらんな」

 

 “貴様の技はすでに見切った——”

 そう告げるようにバージルの斬撃が速く鋭く増していく。甘い一撃は最小限の動作で躱され、押していたはずの女の身体は次第に重心を後ろへと受けの姿勢へと変化していく。

 速さならば、間違いなく赤髪の女の方が速かった。だがその差を埋めるようにバージルは前へ、まるで駆け出すように体勢を低くし斬撃を振るう。

 殴撃斬撃、殴撃斬撃、殴撃斬撃、殴撃斬撃殴撃斬撃殴撃斬撃、殴撃斬撃斬撃殴撃斬撃斬撃殴撃斬撃斬撃斬撃殴撃斬撃斬撃斬撃殴斬殴斬殴斬殴斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬——斬ッ!!

 それはさながら、飢狼の如く。

 ただ獲物を喰らうまで何があろうと牙をその首に突き立てるまで突き進む獣のように、バージルはただただ前へ刃を振るう。

 赤髪の女の首目掛けて振るわれた斬撃は、怪物である彼女でも死を連想させる威力を秘めており、渾身の力でその一撃を振り払った。

 渾身ゆえに、赤髪の女の身体が大きくのぞける中——死の予感を回避したのにも関わらず、彼女は感覚が緩やかに鋭くなっていくのを感じ取っていた。

 それは、走馬灯のように視界に映った。吹き飛ばしたはずの目前の男。それが何故か、彼女の目前で高速に体を宙に横向けたまま回転している。あらゆる光景は停滞している中、目前の男の回転だけはまるで別世界のように速度を上げていく。

 

(ま、ズ——ッ!)

 

「——死ね」

 

 回避しようにも脚は踵が地に付いているため咄嗟に動かず、受け止めようにも両腕を大きくのぞけさせられているため防御も出来ない。

 作り上げれらた完璧な隙に、自身の加速と女の力を利用して高速回転するバージルの刃が最大威力で解放される。遠心力さえも加わったバージルの一撃は、無防備な彼女の左肩口から右脇腰に掛けて袈裟懸けで切り裂いた。

 戦闘が始まって初めての鮮血が宙を舞い、赤髪の女の身体が大きく吹き飛ぶ。バージルは悠々と着地すると、切り裂いた刃と大剣を背中に収めた。

 

「……やったのかい?」

 

 先ほどまでとは一変して静まり返った光景にフィンが尋ねると、バージルは視線を向ける事もせず未だ衝撃で土煙が発生している女の方を見つめていた。

 

「第一級……Lv.6、いや7か」

「「!?」」

 

 声のした方向を見れば、そこには土煙を潜り抜け佇む赤髪の女の姿が。

 フィン達が驚いたのは彼女が生存していた事ではない。彼女の切り裂かれた肌——顕わとなった乳房の間にあるモノを見て驚愕していた。

 そこに在ったのは爛々と輝きを放つ極彩色の魔石——人にはない、モンスターである証だった。

 

「あれは……魔石か?」

「まさか、彼女は……モンスターだというのか?」

 

 驚愕するフィンとリヴェリアを無視するように赤髪の女は舌打ちし、

 

「分が悪いか……」

 

 ポツリと呟くのと同時に、後方へ脇目も振らず逃走を開始した。

 一番最初に反応したのはアイズだった。痛む身体を無視して魔法(エアリエル)を行使しながら追走する。

 

「あ、アイズさん!?」

「くっ、待てッ!!」

 

 続いてリヴェリア達も犯人を捕らえるべく駆け出すが、

 

『アァァァァァァアアアアアアアアアアアアアッ!?』

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?』

「な——!?」

 

 まるで追走を妨害するように食人花のモンスターが突如地面を引き裂いて出現した。明らかに意図的に出現したモンスターにフィン達は逃げられると分かっていても応戦せざるを得なくなるが、

 

「————」

 

 一陣の蒼い疾風が、疾走と共に敵を切り裂いた。

 

「待って!」

 

 一方、赤髪の女の追走していたアイズは激痛の走る身体を無視して女へと問いかけていた。

 何故、あなたが『(アリア)』を知っている。あなたは何を知っているの——?

 聞き出さなければならない事が山ほどある。アイズの悲願を果たすために必要な事。それなのに、この手は一向に届かない。

 赤髪の女は荒野を駆け抜け島の西端まで到達した。僅かに振り返り、アイズを一目した後、躊躇する事なく崖下へと飛び降りる。捕まえるため、伸ばした手の平は届かず——

 

 

 

「——逃がすと思っていたのか? ……愚かな」

 

 

 

 背後から聞こえた声は、一瞬でアイズを追い抜いた。

 蒼い一陣の風——魔力放出(ダークスレイヤー)を発動したバージルが一瞬で距離を詰める。先ほどまでの戦闘において、バージルはオッタルとの戦闘のための対策でしかなく、彼の十八番である魔力放出(ダークスレイヤー)を発動していなかった。

 それは即ち、先ほどまでとは比べ物にならないという事。振り下ろされた大剣(フォースエッジ)は、先ほどまでとは違い容易に盾代わりの左腕を前腕部から切り裂いた。

 宙を舞う左腕。しかし赤髪の女はそれに反応することもなく、

 

「これは借りだ、蒼の剣士」

 

 振り下ろされた大剣の威力を利用し、赤髪の女はもはや追跡不可能な速度で離脱する。その去り際に、

 

「——いずれこの借りは返させて貰うぞ」

 

 まるで呪詛(カース)のように言い残し、湖の底へと消えていった。

 残ったのは、手が届かなかった少女と、敵の残った腕を掴んだ青年。

 バージルが振り返ると、アイズと視線が合う。途端、何か言おうと口を開くも、まるで魚のようにただ口を動かすことしかアイズは出来なかった。そんな彼女の下へバージルは歩いていき、

 

「————」

 

 何も言わず、彼女の横を通り過ぎた。

 まるで、弱者に興味などないと言うように。

 

「何てヤツだ、まさかここまで鮮やかに逃走されるとはな」

「大丈夫ですか、アイズさん!? ……アイズさん?」

 

 心配そうに声を掛けてくるレフィーヤに、アイズは何も言葉を返せなかった。

 ただ、悔しかった。

 ただただ、許せなかった。

 

 どうしようもなく——自分の弱さが、憎かった。

 




そういやネロってどうしてフォルトゥナ離れたんだろ? DMC5でネロは離れる理由がわからん……。

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