プロローグ
現在は午後5時30分。
陽は刻々とゆっくりだが確かに西の果てへと沈み始めていた。
そんな中、俺と俺の親友の岐手裕太
きてゆうた
は高校の帰りにすぐ近くにある銭湯へと歩みを進めていた。
「はぁ――っ。今日も体育祭の準備疲れたなー。」
この肩にだらしなく学校鞄
がっこうかばん
をぶら下げ、薄暗い空に両手を上げて息抜きをしている奴が俺と幼稚園時代からの長い付き合いの親友――岐手裕太だ。
「まぁな。特に俺なんか学校で最速だからってリレーと障害物競争に駆り出されているんだ。理不尽にもほどがあるだろうよ......はぁ。」
「落ち込むなって(笑)運動神経抜群、成績優秀とか、もうお前の時代じゃん! くっ、羨ましいことこの上ない」
「そんな事言われても全部俺の親父のせいだろ? 朝は4時から6時までランニングして、6時から7時まで勉強。家に帰ったらなぜか親父とジムに行かされるわ。そんで帰ったと思ったら宿題やらされるんだぞ?もう俺の人生つまんなさすぎるだろ。」
「あはは......。あの親父さんには何も言えねぇからなぁ。何回聞いてもチビりそうになるな(笑)」
そんな何ともない、いつもの会話を交わしていると目的地の銭湯へと辿り着いた。
銭湯はいつものように正面入り口には藍色の生地の暖簾
のれん
の中に白く三文字で『ご苦労』と書いてある。俺はこれを見て「変わんねぇなぁ......」と安心感を噛み締める。
その暖簾を潜ると少し奥に受付がある。そこには眼鏡をかけ、実はカツラを被っている馴染みのある爺さんがいつものように、1mほどの椅子
いす
に腰掛けただずんでいた。
関係ないのだが、小学4年生の時に爺さんのカツラが取れる瞬間を見てしまった。
「よお、お前達。今日も来てくれたんか。ありがとな。」
「ここは学校の疲れを癒す娯楽の場だからな。」
「お前は素直じゃないなぁ。こういう時は爺さんの顔を見に来た、ってだけで十分だろ?」
「裕太の言っている意味が俺には分からん。まぁいい。んじゃ200円な。」
「ふぁふぁふぁ。仲が良いのう。それじゃあゆっくりしていきな。」
「「おう」」
俺達は財布から200円を取り出し、爺さんに渡して受付と対照的に置かれている靴置きに靴を入れて中に入る
入るとすぐ右の方にロッカーが設置されており、16人分の荷物を置いておくことが可能である。高さは俺の身長が175cmでロッカーが首元にあるので160cm位だろうか。昔は高いと感じていたが思えば追い越している。
そして、手慣れた仕草で『1』と書いてある番号の中に鞄をいれ、裕太も入れ終えたのを確認し脱衣室へと入る。
「そういえばこの銭湯に来始めて6年経つよなぁ。」
「確かにな。小4の時、裕太が俺と遊んでる時にすっ転んで泣いているとこを爺さんに助けてもらったんだっけな。」
「あぁ、そんなこともあったっけ(笑)爺さんもあの時はまだ若々しくて泣いている俺に『男が泣くんじゃない。痛いなら風呂入ってきな』って言って入ったんだなぁ......」
「そうだな。んじゃ先に入ってるからな。」
「あ、ちょっと待てよーっ」
思い出話に花が咲きそうなので早期撤回をした。
後ろから慌てて脱衣室に置かれている小さい方のタオルを腰に回して追いかけて来る裕太とは別に少しだがいつもは女性客は来ていないはずの女風呂の方から誰かの気配を感じ取ったが、気のせいだろうとあまり気には止めず入り口にかがげてある小さめの暖簾
のれん
とは別に俺は浴槽入り口の暖簾は2mはありそうな大きさのサイズである暖簾を潜った刹那――俺は床に足を滑らせ、コケたかと思うと時間がゆっくりとだが確かに流れていた。
――なんだ……これ……
俺は走馬灯の様にゆっくりと時間は流れるがそこに映るのは過去ではなく、現在である。
そして銭湯の天井が刻々と俺が通った暖簾
のれん
の方へ静かに向かっている。
不思議な感覚に落ちる俺は死の恐怖を感じ取り急に全身が強張り、鳥肌をたて毛穴という毛穴が開く。
――俺は死ぬのか……? 親父には会えず、母の墓参りにすら出来ず。そして裕太の目の前で死んでしまうのか…?
そんな思考に至ったが本
・
来
・
は聞こえるはずもない声が脳裏の聞こえた。
その声は何者の声でもない。女でも男でもないそれはただそこにあるかのように響いていた。
――何も考えるな。目を閉じてその時を待て。死ぬ訳ではない。
――――――。