遠隔視の鏡に写るのは殺戮の光景だった。
剣が振るわれる度に倒れていく人々。
皆は逃げ惑い、それを騎士が追いかけ情け容赦無く切り捨てる。
中には笑い声を上げながら殺す騎士もいた。
木陰に連れ込んで犯している騎士もいた。
人の醜い面を私は目の当たりにしていた。
しかし、私の感情は全く揺れていなかった。
村人が仲間である村人を押し退け、踏みつけながら逃げる光景を見ても。
若い娘が三人がかりで犯されていても。
子供が容赦無く首を刎ねられても。
私は何も感じない。
いや、感じないという訳ではない。あの殺戮の光景を虫が争っているという風にしか感じないのだ。
「もみじ。アルーシャ達を下がらせなさい。まだ小さいこの子達にこれは汚すぎる」
一応は教育に悪いとしてもみじに妹達を下がらせるが。末娘三人は全く興味がないようで鏡からは視線を外し、互いにじゃれあっていた。
『・・・沙織』
膝が軽くなった義兄さんは鏡を見つめたまま《伝言・メッセージ》を繋げてきた。
『先に謝っておく。俺にはこの光景が昆虫同士の争いにしか感じない』
『うん、私も同意件。強いて云うなら汚いとしか感じない』
どうやら私達は人間を辞めると同時に精神までも人間を辞めてしまったようだ。
義兄さんは多少なりともショックを受けていることだろう。
当たり前のように浮かぶ感情。憐憫、憤怒、焦燥が沸いてこないのである。
情報を得ていたらもしかしたら義兄さんはあの村を助けたかもしれない。
けどこの有り様だ。助ける価値も見いだせないでいると思う。
そしてそれは私達が人間を同族と見なしていない事を意味していた。
やがて義兄さんの手が動き、映し出される村の別の光景。
二人の騎士ともみ合う村人を他の騎士が引き離そうとしているところだった。
無理矢理引き離された村人が剣を突き刺される。
けれども、私はそこに目を向けていない。
私が向けているのはそのもっと隅の方にたまたま視線を向けた時に。
物陰に隠れている一人の女性に私の視線は向けられていた。
たまたま視線をずらした時に見つけた彼女は何処か遠くを見つめていた。
今にも泣きそうなその表情で小さく動く、唇。
ーーーエンリ・・・ネム。
エンリ、ネム。名前からして彼女の娘だろう。
今生の別れとなるであろう娘達の名前を口にした彼女の頬に一粒の雫が伝う。
一度、顔を伏せた彼女。少しして、上げた表情は
「・・・見事だ」
小さく誰にも聞こえない声で呟く。
彼女の顔は自分の娘達の為に命を掛ける決意をした力強い表情だった。
騎士相手では全く勝負にならないだろう。
けれども母として恐れずして死にいく決意をその胸に彼女は立ち向かう。
「・・・承った」
彼女が物陰から飛び出すと同時に私は遠隔視の鏡に背を向ける。
娘達は私を見て同時に首を傾げる。
普段ならその可愛らしさにヤられていただろうが今は違う。
死にいく母が物陰から飛び出す直前に私は彼女と目があった。
遠隔視の鏡越しにただの村人である彼女が此方を認識したとは思えない。勘違いかもしれない。
けど、私は彼女と目が合ったと感じた。
確かにその決意を秘めた目で彼女は言ったのだ。
ーーー どうか娘達をお願いします。
ユグドラシル時代と同じ冷たい視線のままで《転移門・ゲート》を開く。
娘達や義兄さん達がなにか言っているが意に介さず私は空間を越える。向かう先は勿論彼女の娘の下へだ。
強き貴女の決意、意志、願い、確かに受け取った。
貴女の宝は私が守ろう。
同じ母として貴女に心からの敬意を
御武運を
ーーーーーーーーーーーーーーー
ネムと私は息を乱しながら必死に走る。
後ろに響く騒がしい金属音は騎士が私達を追ってきていることを意味する。
あと少しなのに。
村の外れまであと少しだったこともあって、込み上げてきた感情。吐き捨てたい気持ちをこらえて僅かでもその体力を脚に回す。
私一人だったならとっくに気力を失い、死んでいたことだろう。いや、死ぬよりももっと辛い運命を辿っていたと思う。
そんな私に力を与えてくれる存在がいた。まだ幼い妹だ。
そう。私は妹を助けるという意志を糧に走っているのだ。
絶対にネムを助ける。
まだ幼い妹が泣かないのは私を信じているからだ。
姉が助けてくれると信じているからなのだ。
そんな愛しい妹がいるから私は諦めずにいられる。
「あっ!」
必死に走るなかネムが足をもつらせて、転びかけてしまった。
堅く繋いでいた手が幸いして転ばなかったが既に妹の足は限界に迫っていた。
慌てて抱き上げようとした時に響いていた金属音が止んだ。
「無駄な抵抗はするな」
すぐ側に立つ騎士。
甲冑と剣は血に濡れて、それを見たネムが顔を青ざめる。
私は直ぐ様ネムを後ろに庇い騎士を睨み付ける。
兜の上からでも分かる。騎士の顔に浮かぶのは嘲笑だ。
逃げても直ぐに殺せる。そう言いたいのだろう。
直後、私の感情が燃え上がったのを感じた。
こいつはなにを言っているのだ。
突然村に現れて皆を殺し、あまつさえまだ幼い妹さえ、手に掛けようとしている。ふざけるな・・・
「ふざけるなあああぁ!!」
騎士がゆっくりと持ち上げ、上段に掲げた剣を降り下ろす刹那。
「ぐがっ!」
騎士の顔面。兜に向け、全力で拳を叩き込んだ。
全身に満ちた怒り、ネムを守るという意志を拳に乗せて叩き込む。私が持てる全身全霊の一撃。
骨が砕ける音が耳に響いた。
遅れて走る激痛。
騎士は殴った衝撃でよろめく。
「ネム!!」
「うん」
それを無視してネムと駆け出そうとした時。背中に熱を感じた。
「きさまぁああ!!」
騎士の怒声が響いた。
嘗めて掛かった私に顔面を殴られたのがよっぽど屈辱だったのだろう。
唯一の救いは怒りで適当に剣を振るったことによって僅だが狙いが逸れたということだ。
睨み付ける視線の先には再び振り上げられた剣。
数秒後にはあの剣に私は切り裂かれるだろう。妹を手に掛けようとするこいつに、単なる村娘である自分に怒りを覚える。
どうする?どうすればネムを助けられる?
怒りに沸騰する思考の中、必死に生きる道を模索する。
絶対に妹の命を助ける。
その思いが私の中から諦めるといった選択肢を掻き消す。
しかし、私の決意を嘲笑うかのように立ち塞がる騎士。
再び振り上げられた剣が降り下ろされた。
極限の集中力が成せる技か、間延びされた時間の中で妹を助ける手段を思い付いた。
この身を盾にして騎士の動きを止める。
ネム一人でこの地獄の中を生き延びられるかは分からない。
けれども彼女は母の娘であり、私の妹だ。きっと生き延びてくれるだろう。
私が命を、いや全てを賭けて身を差し出そうとしたとき。
「母と同じ強き意志・・・見事だ」
私を切り裂こうとしていた騎士の剣は横から割り込むように差し込まれた槍の柄によって阻まれた。
突然の出来事により急速に冷えていく思考。
ゆっくりと視線を横にずらせばそこには私より少しだけ歳上と思われる女性がいた。
短くも美しい黒髪。
禍々しい手甲と足甲冑を身に付けた彼女の背中にあるのは三対の白骨化した翼。
私達に背を向けたままの彼女は突然現れたことにより警戒している騎士に向かって何も持っていない左手を向けた。
《死/デス》
騎士の体が僅に震え、そして崩れ落ちた。
一瞬何が起きたのか分からなかった。
手を翳しただけであの騎士が崩れ落ち、死んだのを理解したのは彼女が私達に向き直ってからだった。
「よくぞ堪えた。もう安全だ」
地面にへたり込む。私に視線を合わせて話しかけてきた彼女の声はとても優しくて、まるで母のように感じた。
「あ、貴女は・・」
「まずは此れを飲むがよい。」
渡されたのは真っ赤な液体の入った小瓶。
それを渡され、言われた通りに飲むのを見届けた後に彼女は再び立ち上がり背を向けた。その先に視線を向けるとそこにいたのは死んだ騎士と同じ甲冑を身に纏った二人の騎士。村を襲った奴等の仲間だ。
直ぐにネムを庇うように抱き締める。
それをチラリと振り返り見た彼女は小さく笑うと槍を地面に突き刺して両手を二人に向けた。
「《集団標的/マス・ターゲティング》《死/デス》!」
一人目に続いて再び詠われた死の宣告により崩れ落ちる騎士達。
それをゴミでも見るかのような目で一瞥した後に再度私達に向き直った彼女はペタペタと私を触りだした。
「・・・傷が治ってる。ただのポーションで?ということはこの世界の人間は極端にレベルが低い?」
何かしら小さく呟き、少しだけ思考した彼女は私達を安心させるかのように小さく笑みを浮かべた。
「傷の方は完治したようだな。安心しなさい。そなたの姉は大丈夫だ」
彼女が腕の中で震えているネムの頭を優しく撫でる。
私はさっきまで怪我をしていた右手と背中が完治している事に驚いていた。
頭を撫でられた事により、途端に震えを止めた妹はゆっくりと顔を上げて私達を交互に見る。
良かった。
無事な妹の姿を見て、傷が治ってることよりも妹が無事だった事により安堵していた。
しかし
「貴様は何を勝手に飛び出している!」
それは束の間の休息だった。
前書きでも書きましたが
この度は更新予告を大きく外れてしまって申し訳ありませんでした。
先週身内のトラブルでゴタゴタしており、それが思ったよりも長引き、更には仕事は連日残業。
それが思ったよりも精神的にきていて更新が遅れてしまいました。
読者の皆様には長らくお待たせしてしまった事を深くお詫び申し上げます。
今回はリハビリもかねておりいつも以上に短いです。
こんな作品ではありますがこれからも御愛読いただけましたら幸いです。