すみません。遅くなりました。
森の奥、月明かりが照らす空き地に私達はいます。
今回、ご招待する方々はアルベド様、アウラ様、マーレ様、シャルティア様と伯父様。
デミウルゴス様とコキュートス様はナザリックの守護、運営の為、今回は見送りになってしまいました。
現在は門の前、私達のもう一つの家。その入り口である美しい彫刻が施された大きな扉に手を掛けるのを躊躇っています。
「エンリ。緊張しているのか?」
「はい。私も此方のお家に入るのは初めてでして」
姉さんのスケジュール通りだったら本当なら伯父様をお迎えに行く前、御母様にご挨拶を兼ねて実家(?)に帰るつもりだったのに村長のせいでご挨拶どころか万魔殿に入ることもなく、馬車に乗り込むはめになってしまいました。
道中、天宮御姉様を筆頭とした七女忠と呼ばれる御母様方のお世話や寝室を守っていらっしゃる方々に馬車の中で着付けとお化粧等をしていただき、リィリィ御姉様の魔法で入れ替わるように来てくれた姉さんとスケジュールとその後の動きの再確認。
今日のスケジュールは姉さんが管理しているのですが私達が来るだろうと思っていた御母様が心配してないかと気になっていました。姉さんいわく、アルーシャちゃん達七人の妹全員がかりでじゃれついて誤魔化しているとか。なんでも新しいドレスを妹達がねだったみたいで急遽、作ってるそうです。
「・・・僭越ながら失礼いたします」
そんな私に歩み寄って小さく頭を下げたのは今回の訪問で私の近衛長を勤めてくれた女性。
躊躇している私に見かねたのかすこしばかり身構えてしまいました。
「ここは女王の宮殿。御息女である姫様が万魔殿、女王の下にお帰りになられるということになんの問題がございましょう。咎めよう者がございましたら仮の近衛ではございますが私がこの手で葬ってご覧にいれます。ですから姫様は何の気兼ねもなくその扉をお開けになってくださいませ」
私よりも長く万魔殿で過ごしてきた彼女はそう言ってくれました。
ここは貴女の家。お母さんが待ってるから早く帰ってあげなさい。
そう、云っているのです。
「その者の云う通りだ。エンリとネムはただ家に帰ってきた。それだけでなにも恐れることはない」
伯父様が私の頭を撫でてくれた。
白骨化した手のゴツゴツした感触。
それがとても優しくて、嬉しい。
「ありがとうございます伯父様。それと・・・」
「私には名前などございません。お気軽に夜叉姫とお呼びください」
「ありがとうございます夜叉姫さん」
意を決した私は皆に背を向けて巨大な扉に歩み寄る。
私などの力では到底びくともしないその扉。
けれども私にその扉を開けれない筈はない。
私もネムも、この家の子なのだから。
「御母様・・・。エンリです。只今帰りました」
そう小さく呟いてその扉に触れた。
すると、おかえりなさい。と云わんばかりに扉がゆっくりと開き始めた。
同時に駆け寄って私を笑顔で見上げるネム。それに笑顔で返した私は伯父様達の方に向き直るとーー。
「ようこそ。妖艶の魔窟、《地獄の万魔殿/ヘル・オブ・パンデモニウム》へ」
満面の笑みで皆さんを迎えた。
扉を開いた先はまるでお伽噺のような世界でした。
森の中というより、花壇の中にいるかのようなそこは周りが巨大な花で作られた森。
巨大な花の間を駆け抜ける風が香りを運び、花弁から落ちる雨水が小さな小川を作る。
何処からか流れてくる音楽がなんといいますか、なんともメルヘンチックな空間を形成していました。
「・・・マーレが好きそうな階層ね」
「そ、そんなに引かないでよ。好みは人それぞれなんだし」
「あんたおと「あぁっ!!」」
ネムが何かを見つけたらしく声を上げた。
皆で彼女が指差す方を見てみれば太陽のようなお花の木の根元にひょっこりと顔を出して此方を伺っている小さな小さな女の子がいた。
「あれは・・・」
「妖精さんだ!」
それは赤い光を放っている大きさにして20センチ程の小さな妖精。
『あれ?人間だよ』
『ほんとだ』
『敵かな?』
『違うよ!お客さまだよ!』
『お客さま!』
『お客さまはどなた?』
『どなた?』
まるで以前御姉様が用意してくれた飾りつけのように次々と姿を見せて光を放つ妖精達。
メルヘンな世界が更にメルヘンになっていくその光景に思わず見とれてしまうが直ぐに気を取り直し、代表として彼女達に話しかけることにした。
「エンリだけど御姉様がいらっしゃるまで待たせてもらっていいかしら?」
『エンリ?』
『姫さま?』
『姫さまだ!』
『姫さまー!』
『姫さまおかえりー』
『おかえりー!』
『ごゆっくりどぞー』
『あっちでどぞー』
『どぞー』
「ただいま。あの石のベンチね?皆様、御姉様がいらっしゃるまでどうぞあちらでお待ちください」
妖精達に導かれ、薦められた石のベンチには皆様とネムに座ってもらう。
けど、皆さん、特に伯父様はどこかソワソワとしていて落ち着いていないような、むしろ警戒している感じがした。
そんな皆さんを他所にネムは目の前にちょこんと座っている赤色の妖精さんをキラキラした目で見ていた。
『ちっちゃい姫さまーどーしたのー?』
「あなた、かわいいねー」
『ありがとー、姫さまもかわいいよー』
「ありがとー」
やだ、カワイイ。
互いににかわいいねと言い合っている二人がとても可愛らしく、とても微笑ましい。もみじ御姉様の振る尻尾の速度が倍になるくらい。
「ねー、触ってもいい?」
『え?えっとねー』
どうやらネムは妖精に触れてみたいらしくキラキラした瞳を更にキラキラさせている。
対する妖精は笑ってはいるが何処か困った様子。
ネムのいいでしょ、いいでしょ~というお願いにどう対処すればいいのかわからないようだ。
けどなんで困っているのだろう。
別にネムはその子を傷付けようなどと考えていない。
ほんの少し頭を撫でてあげたいだけなのだと思う。
「御身に触れることをお許しください。姫様その子達に触ってはいけませんよ?」
そんな妖精に助け船を出すように夜叉姫さんがネムを後ろから抱き上げた。
「その子達はとっても傷付きやすくて簡単に病気になるの。あたし達が触っても直ぐに死んじゃうかもしれないから我慢ね」
すかさず、アウラ様が横からその理由をネムに教えてあげた。
「そうなの?」
『ごめんねー』
その問いに妖精は小さく苦笑いを浮かべながら頭を下げる。
代わりといってはなんだが。他の妖精達と一緒に三人の周囲をキラキラと飛び回ってネムを楽しませてくれていた。
「伯父様。あの妖精達ってそんなに傷付きやすいのですか?」
はしゃいでいるネムに聞こえないように伯父様に聞いてみることにした。
私としてはできるだけ万魔殿に住む住人達について知っておきたい。
というか、ネムを抱き上げた時の夜叉姫さんとアウラ様の表情が引きつっていたのがかなり気になる。
「あー、それはだな」
「教えてください。御母様の娘として知っておかなければなりませんから」
云い淀んだ伯父様に今一度問いかける。
「アレは一匹一匹が触れる事によって起爆し、周囲に魔法を撒き散らす爆弾みたいなモノだ。名をサディストフェアリーと云う」
私の血の気が一瞬引いた。
私達を取り囲むように飛んでいるこの子達全部?
そう思って伯父様、マーレ様、シャルティア様アルベド様の順に見る。四人とも頷き、妖精達全てがそのサディストフェアリーだと言った。
「あ、あのちなみに普通の妖精と見分ける方法ってあるんですか?」
「ない。サディストフェアリーは無害のエレメントフェアリーと瓜二つ。混ざったらお手上げだ。強いて云うなら“逃げていく”か“寄ってくる”かだな」
伯父様達いわく、ここまでの群れはまずいないらしく。もしかしたらこの階層に巣が5、6個あるかもしれないとの事です。
「そういえばギブ・ミー殿はティターニアだったな。あの人がこの階層に手を掛けたとなれば納得もいく・・・やることはエグいが」
ティターニアとは妖精達の女王のことだそうです。
七姉妹三女のギブ・ミー義母様が妖精達の女王様。きっと可愛らしくて、慈愛に充ちたお優しい方なのでしょう。
しかし、それにしても遅いですね。
本当なら私達が万魔殿に入った時点でエリザ御姉様の妹であるテレサ御姉様とリィリィ御姉様の妹、エス御姉様が出迎えてくださる手筈だったのですが。
「お待たせいたしました」
そう思った時、直ぐ側で魔法によって暗い門が開いた。
そこから現れたのは二人の女性。
「七姉妹六女がんばるヤンデレの娘、三女のエス。以後見知りおきを」
「七姉妹五女、夜の幼女の三女、テレサです。はじめまして伯父様」
足下まである長い黒髪と真紅の瞳が特徴の女性と儚い雰囲気を持った白髪の幼い少女。
姉さんから《転移門・ゲート》と教えられた暗い門の魔法で現れた二人は伯父様達を見るやいなや直ぐにご挨拶をした。
「モモンガだ。わざわさ迎えに来てくれて感謝しよう。今日はよろしくたのむ。」
「ねーさまー」
挨拶を終えた二人にネムが飛び付き、私も二人の下へと歩み寄った。
「二人とも御苦労。ネム、お腹は空いてないか?」
「まだだいじょうぶだよ」
「お疲れ様エンリ。あと少しだから頑張って」
「はい。あ、あの・・・なにかあったんですか?」
「クロア義姉さんの“馬”が何を勘違いしたのか迎えに降りようとしてね。第六階層で溺れたのを引き揚げてたら遅くなったのよ」
あぁ、クロア御姉様の親衛隊長さんが原因でしたか。
私の時も大分怒られただろうに今度はお説教で済むのかしら?
まぁ、それよりも今は皆様をご案内しなければ。
それぞれ労いの言葉を貰った私達は今一度伯父様達に向き直る。
「お待たせいたしました。これより玉座の間、御母様の下へとご案内します」
万魔殿の最上階の中心である玉座の間。
私達が持てる限りの技術と長い時間を掛けてデザインしたその空間は燃えるような赤と黒、金色の調和により義兄さんの所とはまた違った風格を醸し出している。
そんな空間の最奥、七つある玉座の真ん中の一際大きい玉座に座って私は義兄さんの到着を待っている。
眼前には私に背を向けて伯父様を待つ守護者である娘達。
それぞれが母親に貰ったドレスを着ていて、玉座の間の入り口である大扉から私の前まで続いている黒に金の刺繍が施された絨毯を挟んで並んでいる娘達も同じく母親から貰ったドレスを着ていた。
また、今回は義兄さんが初めて来るので全員の親衛隊や近衛達も集めているのでいつも以上に賑わっている。
エンリが到着したと分かった時にトラブルもあったが無事に解決。大事にならなくて済んだとほっとしている。あのケンタウロスには後程クロアにお仕置きしてもらおう。
「ママ、伯父様達が到着しました」
私の傍らで、七姉妹合作である十二単を模した和装ドレスを着ているキャサリンが到着を報告してくれた。
「では、皆で兄様を迎えましょう」
「アインズ・ウール・ゴウン、ギルドマスター。モモンガ様、御入場!」
キャサリンの声を聞いた全員が一斉に入り口へと顔を向けた。いやいや、そんなにガン見しなくてもいいでしょ。
そんな事を思っている内に扉が開いた。
先ずはエンリとネムが並んで入ってきた。
それに合わせて親衛隊と近衛が一斉に頭を下げる。
続いて義兄さんを筆頭にアインズ・ウール・ゴウンのメンバー。
アルベド、シャルティア、アウラにマーレ。その後ろをテレサとエスが入ってきた。
うん、うん。ちゃんとアウラとマーレの二人を連れてきたね。あ、シャルティアったらそんなに絶望的な表情をしなくてもいいのよ?ちゃんと控え目でも色気が出るように作ってあげたから。
テレサとエスも御苦労様。あのケンタウロスを引き揚げて直ぐに向かって貰ったからドタバタしてごめんね。
エンリもネムも作ってあげたドレスちゃんと似合ってるわね。アルーシャ達にねだられてドレス作ってたから会えなかったけどちゃんとお使いできてよかった。
それにしても何処であんな歩き方とか習ったのかしら?
年齢より大人っぽく見える二人にちょっとだけ気になったのでキャサリンに《伝言・メッセージ》で聞いてみたらアルベドが指導してくれたと言われた。更には自分にナザリックへ行く際、連れていく近衛の選定も提案したらしい。
それを聞いて小さく目を見開く。
まさか、アルベドが二人にそんな事をしてくれるとは思わなかったからだ。アルベドは人間に関心はない。むしろ下等生物とまで思っていたと思う。そんな彼女が二人に指導するなんて。
後でお礼を言わなくちゃ。
アルベドのおかげで娘達が怖い思いもせず、恥ずかしい思いもせずに無事にお使いを終えようとしている。
あぁ、母親なのに情けない。
頑張った二人には後でいっぱい褒めて、いっぱい美味しいものを食べさせてあげよう。
アルベドには私からもうすこし向き合うように義兄に云ってあげよう。
義兄さんにアプローチしたいなら各々自分でやってくれ、応援はしない、だけど邪魔するのは私の気分次第がモットーだったが。
アルベドの行動に対する褒美として今回は少しだけ、手伝ってあげよう。
そう思っている内に義兄さんが娘達の並んでいる列に差し掛かった。それに合わせて一列ずつ丁寧にドレスの裾を摘まんで礼をしていく。
テレサとエスは娘達の並ぶ最後尾に入り、皆に倣って礼をする。
エンリ、ネムは守護者以外の娘達が並ぶ通路側最前列に別れて並び、同じく義兄さんに向かって礼をした。
守護者達の前に義兄さんが到着したと同時に残りの六人、階層守護者と統括が義兄さんに向かって礼をし顔を上げ、それに合わせて全員が顔を上げた。
「ナザリック地下大墳墓よりギルド、アインズ・ウール・ゴウン。お招きに与り参上した」
その言葉と同時に義兄さんの守護者が礼をする。
「ようこそ妖艶の宮殿へ。今日この日を妾は心よりお待ちしてました。どうぞ、此方にいらしてください」
呼び掛けに基本的に応じて近づいてきた義兄さんに私は優しく抱きついた。
『いらっしゃい。ほんとなら姉様達も全員揃ってる所を見せたかったんだけど。でも、来てくれてありがと。リィリィとの約束守ってくれてありがとう』
『俺だって全盛期のナザリックを見せてやれてないんだ。お互い様だろ?それに約束は必ず守るのが俺の信条だからな』
『ふふ、今日は楽しんでいってね。出来る限りのおもてなしを用意してるから』
『そいつはたのしみだ。ペロロンチーノさんに自慢できる』
《伝言・メッセージ》で少しばかりのやり取りを終えた私達は離れて娘達に向き直る。
「我が最愛の娘達、そして配下諸君。知っている者もいるだろうが紹介しよう。ナザリック地下大墳墓を治めるアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターにして我が兄。モモンガだ」
「紹介に与ったモモンガだ。我が可愛らしい姪達、そして我が姪を守るシモベ達よ。我が守護者共々よろしくたのむ」
義兄さんが挨拶を終えた後に私は再び《伝言・メッセージ》を繋いだ。
『それじゃ、ここからはウチの流儀でいかせてもらうからね?』
『・・・・は?』
「兄様?せっかく万魔殿にいらしたのにご挨拶がそれだけとはいささか寂しくありませんか?」
「いや、挨拶は挨拶であろう」
「妾もそうですが。妾の娘達は妾以上に兄様にお会いしたかったのです。ですからもっと気の利いた言葉をといっているのですよ!」
堅苦しい空気が一瞬にしてなくった。
「ご覧ください!兄様とお会いしたことのない娘達を!特に昼姉様と夜姉様の娘達を!」
「いや、誰が誰の娘かまだ把握ーーー」
「中央二列、エンリとネムの後ろです」
「ウッ!?」
指差す先には比較的幼い容姿の娘達。
皆で目の前で手を組み合わせ、目をキラキラさせながら義兄さんが何を言うのかを今か今かと期待に胸を膨らませながら待っている。
「い、いや。気の利いた事と言われてもな。皆、美しくも可愛らしい者ばかりで陳腐な言葉でーーー」
突然義兄さんの声が掻き消されて玉座の間は黄色い歓声に包まれた。
義兄さんは知らないだろう。
この玉座の間に男性が入ったのは二回目で、目上の人物は初めてなのだ。同格や下の誉め言葉には慣れているし、外の人間程度に褒められても何も思わない。
げど、義兄さんは別だ。義兄さんのように身内で私と同格。もしくは上の存在からの誉め言葉には全然耐性がないのだ。
ちなみにこの事を知ったのはリィリィの陣中見舞いの後。
リィリィが義兄さんに可愛らしいと言われて表面上はしっかりしてたが内面は大騒ぎだったらしい。
うん、ウチの娘達は違うというがどう見ても箱入り娘の生娘だ。
けど、流石守護者の子達。頬は染めても取り乱さないわね。リィリィだけ頬に手を当ててイヤンイヤンしてるけど。
『どうよ。アイドルの雰囲気を味わってる気分は』
『んなことより。コイツらが変な男に騙されないか心配だ』
『アハハ、そんな奴が出てきたら私がぶっ殺すから』
さて、そろそろいいかなと思い。皆を静かにさせる。
「さて、宴に行く前に配下諸君に紹介しておこう。知っていると思うが妾の新しい娘となったエンリとネムだ」
エンリとネムが真ん中に出て軽く会釈をした。
「二人は兄様をナザリックよりご案内するという大任を務め果たした。御苦労様エンリ、ネム」
「私からも。二人は我がナザリックにおいてしかりと七姉妹の威を示した。人の身でありながらそれを成したという事実を皆は覚えておいてほしい」
「後日、二人の正式な近衛を選定する。配下諸君は各階層のシモベに通達せよ」
「「「ハッ!!」」」
「最後に!」
私は謳い上げる。
「こうして異世界に渡り、妾と兄様のギルドが相見えたのは奇跡ではなく、妾と兄様の絆あっての物だと思っている。皆にもそうあってほしいと願っている。家族ではないからと云わず、助け合ってほしい。妾達と兄様達と手を取り合えば万難をも退ける力となろう」
それを忘れなければきっと私達は大丈夫。
だから一緒に頑張ろう。
義兄さん。
次は宴会偏です。