これからよろしくお願いします。
目を閉じて終わりを待つ私はある違和感を覚えた。
いくら待ってもログアウト時に感じる一瞬の浮遊感を感じないのだ。
何が起きたのだろうか。もしかしてサービス終了は運営のデマだったのだろうか?
目を閉じたまま疑問を浮かべる私は玉座の脇に立てられた燭台の炎の熱を感じつつゆっくりと目を開けて
「熱を感じる!?」
驚愕にその目を見開いて燭台を見つめた。
あり得ない。いくら仮想現実だからといって熱を肌で感じる筈がない。そもそも今の技術はそこまで進歩していないのだから。
肉のある左手を開いては閉じて感触を確め、顔に手を宛て、表情筋の動きを確める。
「現実と差がない・・・」
直後私を恐怖が襲った。
なんだこれは、何が起こっている。これではまるで大昔の小説みたいではないか。まさか、このユグドラシルはデスゲームと化してしまったのか
「ろ、ログアウトしないと・・・」
恐怖を押し殺し、メニューを開こうとした。
「あ、あれ?なんで開かないの?」
だけど、メニュー画面が現れることはなかった。そしてそれが私の恐怖を増長させていた。
最悪の展開が脳裏を過る。
昔の小説によればデスゲームはボスを倒さなければゲームから解放されない。そしてユグドラシルでボスといえば異形種であり、その中でも適任なのは上位に位置する私のような廃課金プレイヤーだ。もし、運営が全ての異形種を駆逐しないかぎり解放されないと公言すれば、減ったとはいえ、何千何万の人間種プレイヤーが此処に押し寄せてくるだろう。そして、その中はもちろん私のようなレベル100のプレイヤー、もしかしたらワールドチャンピオンクラスのプレイヤーもいるかもしれない。そうなれば私は一時間と持たずに死ーーー
「母様!どうされましたか母様!?」
思考の海の外からの声により私は現実に引き戻された。
「え、・・・」
目の前にいたのはきらきらと輝く金色の髪と竜を思わせる角。そして長く、蛇を連想させる下半身を持った上半身ビキニ姿の二十代半ばぐらいの女性。
「も、みじ?」
「突然どうされたのですか! まさか上母様(うえかあさま)達になにかあったのですか!?」
彼女は私が最初に創り挙げた娘。ヘル・オブ・パンデモニウムの第二階層を守るナーガの中でも炎耐性と攻撃力に特化したインフェルノナーガ。名を“もみじ”。
彼女は私をしたから覗き込んで今にも泣きそうな表情で必死に呼び掛けてきている。
少し、視線をずらせば玉座の周りには私たちの娘達が詰めよっていた。
『え、なにこれ。もみじ達が動いてる?』
今度は頭の中がパニックに陥っていた。
だが、それはすぐに淡い翡翠色の光によって鎮静化された。
『うわ、なに今のまるでアレの後みたいな脱力感なんだけと』
思わず赤面しそうになったが、再び鎮静化されたので思考を切り替えて周りを見渡す。
『どういう訳か。この子達は自分の意思を持って動いてる。私自身も感じない筈の触覚や、味覚を感じる。ゲームでは絶対にあり得ない。そうだ、義兄さんに連絡を取らないと・・・』
そう思って、どうにかして伝言《メッセージ》を飛ばそうと考えた私は今一度、娘達、NPCの顔を見渡した。
同時に私はメッセージを送るのを躊躇した。彼女らの表情は不安と恐怖に染まっていたからだ。
『いや、此処に義兄さんはいないかもしれないし、いたとしても多分同じ状況なはず。先ずは皆が落ち着くまで自分でなんとかしないと・・・』
《母のオーラⅡ》
私を中心とし、暖かい薄紅いろのオーラが玉座の間を駆け巡る。
そして・・・。
「鎮まりなさい」
できるだけ優しく、泣きそうな赤ん坊をあやすように言った。
その一言で娘達はその身体の震えを止め私の顔を見上げる。
私が無意識に使ったのは女性プレイヤー限定のスキル。
これはユグドラシル内で結婚し、子としてNPCを儲ける又はNPCを創り、養子縁組などをして、NPCを我が子として運営に申請すると手に入るスキルである。その他完全に取得するには少しばかり条件があるが恐慌状態の解除に使えるモノだ。
私達地獄の七姉妹は全員このスキルが使える。それは私達は生み出したNPCは必ず自分の子供として設定し、運営に申請するという取り決めをしていたからだ。
『私はこの子達のお母さん。みんなから任されたんだから私がしっかりしないと皆が不安になっちゃう』
「ごめんなさい。ちょっと眩暈がしたたけだから」
「でしたら直ぐにお休みください。母様が倒れてしまっては私だけではなく妹達も悲しみます」
「大丈夫。突然の空間の揺れに酔っただけだから・・・」
「空間の揺れ?」
「貴方達、隊列を戻しなさい。これから大事な話をします」
私の言葉に娘達が首を傾げながらも私に詰めよった為に乱れた隊列を直して整列する。
その表情にはもう、不安はなく。只ただ母の言葉を待つ子供の表情だった。
『よかった。もう、みんな怖がってないね?』
ゆっくりと立ち上がりアイテムボックスを思い浮かべながら虚空へと手を突き出す。空間に波紋が浮かび、そこから伸びてきたのは一本の槍。正確にはパルチザンと言った方がいいだろう。槍の先が大きな刃となっているそれは、楓のような刃と漆黒の柄に銀の装飾が施された美しい槍だった。
銘は“冥界の冷槍”。私が愛用している神話級の武具である。
改めて愛槍の握り心地を確めると視線を前に向ける。
娘達は既に私の周りから離れ、再び隊列を直して私の言葉をまっていた。今までギルドマスターとして指示を出す時はこの槍を出していたのを娘達は覚えていたようだ。その事に安堵しつつ、私は今一度、娘達の母として、地獄の七姉妹の長としての姿を被る。
「皆よ、まずは先の突然の事に心配を掛けた事を詫びよう。今、先程そなた等は感じなかっただろうが。妾は空間の揺れを感じた。このヘル・オブ・パンデモニウムを包むような微弱な揺れだ」
娘達の為に強い母である姿をみせなくちゃ。
「有り得ぬかもしれぬが、何者かが大規模魔法攻撃を仕掛けてきた可能性がある。第九階位をもってしてもびくともせぬこの塔にだ。故にこれより緊急迎撃態勢を発令する」
この言葉により娘達は表情を引き締めた。
本当はこの子達に危険な目に逢って欲しくないけど私一人では守りきることはできない。だから力のある娘達に手伝ってもらって、力のない娘達を守る。
「第一から第四までの守護者は部隊を率いて入り口にて迎撃態勢」
いの一番に私に駆け寄った娘、もみじを含む、蟲女王、ナーガ、吸血鬼、精霊種の四人は頷く。
「救護部隊ダークマリアは迎撃部隊のバックアップに。統括指揮官として守護者統括、キャサリンそなたに迎撃、救護部隊の全権を任せる」
「わかりましたママ」
隊列の一番前にいるゴスロリ姿の幼い少女は笑顔で返事をした。
「更にキャサリンにはセブンスチャイルドを預けよう。出し惜しみは無しだ最大火力で侵入者を迎え撃て、そなた等の力で己の姉妹達を守れ」
さて、侵入者に対する迎撃はこれでいい。
「次に第五階層守護者ピューレの航空隊は上空からの周辺調査を命ずる。半径5キロの範囲だ。お前達の戦闘は禁ずる。だがその前に妾が空に上がる」
その言葉に娘達が困惑の声が上がる。
危険です!!と娘達が声を挙げるが鎮まれの一言で彼女等を黙らせた。
「この采配は見方によれば確かに愚策であろう。だが、親である妾が危険がないか確認しに出るのは当然の事。何人にも文句は言わせぬ」
第五階層守護者。ハルピュイアであるピューレには私が安全を確認した後に周辺調査を開始するように言った。
最後に!!
と槍を床に打ち付ける。
「ヘル・オブ・パンデモニウムの女王、“ムササビ”の名の下にそなた等の死を禁ずる」
これは大事な事だ。
「我等がギルドの宝はこの塔でも、財宝でもなくそなた達である。そなた等は我がギルドの至宝であるギルド武器にも勝る宝なのだ。汝等が母の願いだ。皆よ生きて妾の前に再び姿を見せよ!」
「「「「「ハッ!!」」」」」
号令の後に娘達は玉座の間を後にした。
彼女等を見送った後に私は玉座の間の後ろにある部屋へと入っていく。そこは通称“七美宮”私達地獄の七姉妹の私室がある空間だ。
扉を開けて迎えてくれたのは七人の和服を着た侍女。皆がそれぞれの好みに合わせて創ったスライム種の女性達だ。
「「「「「「「おかえりなさいませ御嬢様」」」」」」」
なぜ、御嬢様呼びなのかは当時七姉妹の間では和服喫茶が流行っていたとだけ言っておこう。
ちなみに彼女達は結構強い。義兄さんのところの戦闘メイドといい勝負だ。
「天宮よ、済まぬが妾はこれより空にあがる。もしかしたら戦になるやもしれぬので仕度を手伝ってくれぬか?」
「畏まりました」
自分が生んだ侍女を伴い部屋に入った私は抵抗なく身に付けている衣服を脱いだ。一糸纏わぬわたしの見た目は黒いショートカットの女子高生くらいの年齢の少女で、左目周り、右手左胸と所々白骨化している部分を持つアンデット。普通のアンデットとちがうのは背中側。首下から腰にかけて三対、計六枚の白骨化した翼を持っているという事。ちなみに昔の私はアンデットといってもそれはそれは綺麗な死体だった。
「お召し物を」
スライム侍女の天宮にドレスを渡して私は小さく《展開:登録外装十三番》と武装を展開した自分をイメージする。
それに呼応するかのように展開し装着されたのは禍々しい爪と刺が特徴的なガントレット、龍の爪を思わせる足先を持つレギンス。
さっきまで着ていたドレスよりも露出面積の多い、胸元と背中が大きく空いたスカートの丈が短いドレス。そして白骨化している左目には黒い羽を重ね合わせた眼帯が装着された。
内心魔法が上手く使えるか分からなかったが無事に使えた事に安堵し、部屋の姿見に自分の姿を写す。
そこにあるのはユグドラシル時代、最凶の女性ギルドの長として名を馳せた自分の姿があった。
これを着たのは久しぶりだ。
姉貴分達である彼女達が引退していくにつれて私達はワールドエネミーに挑めなくなった。公式の大会に出ようものならいつも一緒だった姉達の不在を勘のいいプレイヤーなら引退したと悟ってギルドを見つけ出して攻め込んできたかもしれない。
だから私は世間に覚えられている武装を封印し、ツインテールだった髪も短くして、所々白骨化させたのだ。表情も笑顔な死体から無表情なものへと変えた。
まぁ、そんな事は置いておいて。今のこの格好、ゲーム内だからできた格好だけど現実なら発狂して白い顔を真っ赤に染めていることだろう。
だが、今はなんの羞恥心もなく着れている。むしろ、これから起こるかもしれない戦闘に、やる気がみちている。
「これってもしかして、種族と設定に精神が引っ張られてる?」
アンデットには精神異常を無効化するスキルがある。さっきは多分それが発動したのだろう。
「いろいろと検証する必要があるね」
無事に安全が確保されたら娘達に協力してもらい実験してみようと心の中で決めて私は七美宮を後にした。
短いですが更新です
一話に続いて編集しました。