「・・・ただの森?」
娘達に先んじて外に出た私の目に飛び込んできたのは見慣れた樹海ではなく、ただの広葉樹林だった。
地獄の万魔殿《ヘル・オブ・パンデモニウム》は吸血樹海と呼ばれ、フィールドそのものがモンスターとされる場所にあったのだが現在の周囲は平凡な森林と化していた。
ちらりと背後に視線を向ければ縦長く僅かに歪んだ空間があるのが確認できた。万魔殿を隠蔽するための幻術機能はちゃんと動作している。ということは大規模魔法攻撃を受けた訳ではない。
その事を確認した後に私は白骨化した翼を用いて周囲に気を配りつつも空へと飛翔する。
「・・・周囲に敵影は無し」
とりあえず見渡した限りでは周囲に敵と思われる影はなかった。
先ずは一息ついた後にピューレに《伝言・メッセージ》を飛ばす。
『ピューレ、聞こえる?』
『義母さん大丈夫か!怪我してねぇか!?』
呼び掛けに帰ってきたのは私を心配する男勝りな女の子の声。思わず苦笑してしまったが気にせず続ける。
『私は大丈夫よ。それよりも制空権は確保したから出てきなさい。あと、周りの森には絶対に近づかないこと』
『分かった。今から隊をつれて出る。あと、アタシ達の事を思ってなんだろうけどこういうのはできるだけ無しにしてくれよ。今側にいてくれる母親は義母さんだけなんだからさ』
『悪いわね。貴方達の気持ちも分かるけど私が直接現状を確かめられるまでは安心して外に出してあげる事ができないのよ』
『どれだけ強く産まれてもアタシ達はやっぱり子供ってわけね。まぁ、それが義母さんのいいところなんだけどさ』
『ありがと。ほら、慎重にいらっしゃい』
『了解』
《伝言・メッセージ》によるやり取りが終わり少し経った後に万魔殿の入り口から次々と飛び出してきた翼を持った人形。数はだいたい15人程で現在は塔の周りを旋回している。
「義母さん、お待たせ」
最後に出てきた者は真っ直ぐ私の下に飛んできた。
黒い翼を持ち、黒にうっすら青みがかった甲冑に身を包んだボーイッシュな少女。
下半身が鳥のような彼女はハルピュイアであり。万魔殿、第五階層、《空中回廊》の階層守護者である。
「義母さん、アタシの記憶が確かなら万魔殿はたしか吸血樹海にあったはずだよな?」
「えぇ、それが今ではただの森林になってる。万魔殿は転移させられたのかしら? 貴方の索敵魔法に反応は?」
「半径一キロには反応はなし。森の中にはぐっすり眠ってる小動物だけ。ゴブリンやオークもいねぇ」
「分かったわ。それじゃ貴方達は探索を開始して。問題は森の中だけど」
「問題ねぇよ。吸血樹海に比べたらスカスカもいいところだ。アタシ達で探索するよ」
「だったら二人一組で行動しなさい。さっきも言ったけど戦闘になりそうなら即撤退よ」
「わかってる。それじゃ、いってきます」
ピューレは飛翔し、一度隊の皆と合流した後に上空三組、地上三組に別れて飛び立っていった。ちなみにピューレは一際若いハルピュイアを二人引き連れて空に上がった。
森林にはもしかしたら隠密系モンスターがいるかもしれない。森の中ということもあって遮蔽物はあるが航空部隊である彼女達には自由が効かない。
妹であるまだ若いハルピュイアが隊にいる彼女は、自分の目が届き、自由が効く空で二人をつれることにしたようだ。最悪の場合に陥ったとしても自身が囮となって二人を逃がすつもりなのだろう、彼女なりの妹への思いやりなのだと思う。
まぁ、ピューレが簡単に負けるとは思えないし、いざとなったら私が彼女の下へ転移するつもりだ。
娘達を見送った私は小さくため息を吐いて再び気を引き締めた。
ーーーーーーーーーーーーー
「お前達、絶対アタシの前に出るなよ」
「「了解です。御姉様」」
義母さんと別れたアタシは妹二人を連れて空からの偵察を行っている。
眼下の森林を見つめつつ、頭に浮かぶのは義理の母の顔。
ずっと一緒にいてくれた七人の母親の末の妹。
アタシ達の母親はアタシ達の事を本当に大事にしてくれていた。
沢山の娘がいるのにほぼ毎日分担でそれぞれの階層に来ては短いながらもお話しをしてくれるし、新しい妹ができれば全員を集めて紹介してくれる。アタシの時だって今日から貴方達の妹になる子だって姉達に紹介してくれた。極めつけは誕生日にかわいいドレスを着せてくれるのだ。
これ程までにアタシ達を大事にしてくれる母親達を娘全員が慕っていた。
けど、ある日。母親の一人、がんばるヤンデレ義母さんが地獄の万魔殿から姿を消した。最初は体調を崩して七美宮に籠っているのかと思った。
それから一人、また一人と義母さん達が会いにきてくれなくなって最後はムササビ義母さんだけになった。アタシは大変だから会いに来てくれるのは週に一回でいいと思っていたけど義母さんは毎日顔を出してくれていた。本当に嬉しかった。義母さんは変わらないそう思ってた。けど、義母さんにも変化があった。
長かった髪が短くなった。
お気に入りの装備を着なくなった。
綺麗だった死体のからだが所々白骨化していた。
そして、笑わなくなった。
それでも義母さんはアタシ達に会いにきてくれた。
お話しもしてくれるし、アタシ達の誕生日には新作のドレスを着せてくれる。
ありがとうと感謝の気持ちを贈るけど笑ってくれない。
義母さんの兄さんに会いに行く時があったけど帰ってきてもその顔に笑顔はない。
笑ってほしい。
それがアタシ達の願いだった。
義母さんが笑ってくれるならなんだってするし、誕生日のドレスだって我慢する。それはアタシ達姉妹の総意だ。
だけど昨日、玉座の間に集まったアタシ達の前で義母さんは泣いた。
静かな玉座の間に小さく響く義母さんの泣く声にアタシ達姉妹は誰一人声を掛けられないでいた。
泣きそうになった。跪き顔を伏せるアタシは必死に拳を握り耐えた。泣いたら義母さんをもっと悲しませてしまう。
階層守護者、領域守護者、救護部隊、セブンスチャイルド、全ての娘は耐えていた。皆分かっているから。
やがて、義母さんが泣き止んで語りだした。
アタシ達の母親達が地獄の万魔殿から姿を消した理由。アタシ達を置いていった理由。
本当は義母さんも母さん達と一緒に行きたかった筈だ。
なのに義母さんは残ってくれた。
母さん達に託されて、アタシ達の為に
そして今は母親として、ギルドマスターとして、あの頃の女王の姿でアタシ達の先陣にたっている。
義母さんの命令は絶対、簡単なお願いだって嫌な顔せずに引き受ける。それが女王の娘であるアタシ達の不変の約定。
だから今こうしてアタシの部隊は血眼になって敵はいないか。ここはどこなのか僅かな情報を求めて上空から、地上から指定された半径5キロの範囲を探索しているのだ。
「御姉様もうすぐで3キロ地点です」
「あぁ、どうやらここが森の終わりみたいだな」
「平原ですか」
「お前達はしらないかもしれないが万魔殿は本来、吸血樹海の最奥にあるんだ。たとえ樹海がただの森に作り替えられたとしてもたったの3キロで抜けられる筈がない。これはいよいよ怪しくなってきたぞ」
顔をしかめるアタシに妹達は少しばかり不安を覚えたようた。
平原にも人間どころかモンスターの一匹もいない。
ホントになんだここは、母さんから聞いた話じゃ吸血樹海周辺は樹海の放つ独特な香りでモンスターの魔窟だって言ってたのに。
「御姉様、索敵魔法に反応あり。距離は1キロ、11時の方向です」
そう思っていた矢先に妹の索敵魔法に反応があった。
「わかった。これからソイツに接触するが基本お前達は喋るなよ」
「分かりました御姉様」
アタシを先頭に反応があった地点を目指す。
『義母さん、索敵魔法に反応があった。これから接触する』
『わかったわ。気を付けて』
飛行中に報告を入れて速度を更に上げる。
そして見えてきた月の光を受けた人影を見て
『止まれ!!』
《伝言・メッセージ》を使って急停止の指示をだした。
上空からでも良く見えるアタシの目に映るっているのは一人の家令。執事服に身を包んだその男性は闇夜のなかまだ大分距離があるのにはっきりと此方を見つめている。
うっすらと背筋に冷や汗が伝う。
一見人間のようだがアレは人間ではない。アタシ達と同じ上位者から創られた存在。それもアタシよりも強いと勘が告げていた。
「どうされたのですか御姉様」
「二人とももっと下がっていつでも逃げれるようにしておけ。アレは竜人だ。それもかなり強い、ガチンコじゃアタシは手も足も出ないかもしれない」
「「!?」」
妹達は驚愕に目を見開くと互いに頷きあって、お気をつけてと一言云った後に後方へと下がっていく。
『義母さん何度もゴメン』
再び義母さんに《伝言・メッセージ》を飛ばす。
『義母さんの知り合いに竜人で執事なナイスミドルっている?』
『竜人の女性ならそれなりに。だけど執事の知り合いはいないわね。ところでナイスミドルってなに?』
『ナイスミドルはナイスミドルだよ。あの家令?すんげぇ、ナイスミドルでアタシより強いと思う』
ナイスミドル言い過ぎて訳が分からなくなってきたけどとりあえずアタシより強い存在がいたって情報を義母さんに伝えた。
『そのナイスミドルさんと敵対したら駄目よ。間違っても相手方の主人や組織を侮辱しないで。万魔殿に連れてこれそうなら連れて来なさい。無理なら伝言だけもらって帰ってくること。攻撃されそうなら私を呼びなさい』
『分かった』
正直云えば女の園、アタシ達の家に男を入れるのはいい気がしないが母さんが連れて来いと云うのであればその指示に従おう。
小さく深呼吸をし、さぁいくぞと意気込んだアタシは
「夜分遅くに申し訳ない。少しばかりお時間よろしいですかなお嬢さん」
かなり離れた場所にいたはずの家令が直ぐ下にいた事に驚かされて出端を挫かれることとなった。
その際に口から出たアタシらしからぬかわいらしい悲鳴はその家令に聴かれてかなり恥ずかしい思いをしてしまった。
マジで何モンだよあのナイスミドル。
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我等が創造主、至高の41人の長、モモンガ様の命をを受け私はナザリック地下大墳墓の周辺調査に出ておりました。
モモンガ様が感じたナザリックの異変。それを突き止めるべく外へと出た私の目に入ったのは平原と化した大地でありました。
思わず呆然としましたが、すぐに己に与えられた命を全うすべく行動を開始。周辺調査に取りかかることにしたのですが。
周囲には人間どころかモンスターの一匹、小動物の一匹すらおらず、手に入った情報も、その場所が見知らぬ土地ということだけ。
指示を受けた。周辺1キロを調査し終えて、ナザリック帰還しようとした私は何者かに見られている気配を感じました。
モモンガ様からは知的生命体と遭遇し、敵対行動を受けるならば即撤退を言いつけられておりますが、視線から感じるのは私を観察しているという感覚。
敵意を感じられないので視線を追って見れば、そこには種族は違えど私と同じ異形種の女性達がいらっしゃいました。
姿からしてハルピュイア。モンスターで見られるハルピュイアは老婆の顔をした醜い怪鳥の姿ですが。そのハルピュイアのお三方は皆とても美しい容姿の持ち主で甲冑に身を包んだ若々しい女性達でした。
お三方の内、年上の方がお若いお二人を私から直ぐに逃げれるであろうはるか後方に下がらせ、自分はその場に残っている。
どうやら一対一での対話を望まれているようなので私は彼女の下へ足を運びました。
「夜分遅くに申し訳ない。少しばかりお時間よろしいですかなお嬢さん」
遠くにいた私がいつの間にか直ぐ近くまで移動していたことに驚いたのでしょう。かわいらしい悲鳴を挙げられました。
ここは紳士として聞かなかったことにし、ゆっくりとこちらに降りてくる彼女を待っている間にモモンガ様と連絡を取ることにしました。
『モモンガ様、セバスでございます』
『セバスか、調査ご苦労。なにか進展はあったか?』
『ハイ。ハルピュイアと接触、これよりコンタクトにはいります』
『ハルピュイア? モンスターのか?』
『いえ、同じハルピュイアでも似ても似つかない美しい女性です』
『ほう、お前が美しいというならハルピュイアの上位種、プリンセスハルピュイアか。翼が白なら貴族階級、金色か虹色ならば王族のそれだが何色だ』
『黒でございます』
『なに?黒は王族とは対極のアークハルピュイア、見た目もかなり醜い筈だぞ』
『ですが。アルベドやプレアデスに並ぶ容姿の持ち主です。更には鎧を身に付けています。私の予想ではありますが彼女はおそらく』
『あぁ、お前達と同じ創造主に創られた存在だ。そのハルピュイアに敵意はあるか』
『いえ、力量差を自覚しているようですが。構わず私の目の前に降り立とうとしています』
『わかった。采配はセバスに任せる。相手方のギルドとギルドマスターの名前。可能ならば私との会談の席を設けれるように勤めてくれ』
『御身のご要望とあらば』
モモンガ様から新たな指示を受けて私はハルピュイアとのコンタクトに望みました。
自己紹介から始まり。互いの所属するギルドが見知らぬ場所に移動していたことについての互いの考察。
最初は彼女も緊張した様子でかなり丁寧な口調を用いて話されてましたが私が楽なしゃべり方で大丈夫だと云えば感謝の後に砕けた口調で接してくるようになりました。
このまま行けば相手方のギルドとギルドマスターのお名前、そしてモモンガ様の会談の席を設けることができるでしょう。
しかし、力ある女性とは凄いモノです。
このセバス。永きに渡って家令を勤めてきましたが己の未熟さを痛感した次第でございます。
気付いた時には
「ほぅ、貴様がピューレの話しにあったセバス・チャンという家令か」
相手方のギルドのど真ん中でその長に謁見していたのですから
「妾はムササビ」
以後見知りおけーーーー
最後何が起こった