「妾はムササビ。以後見知りおけ」
目の前にいる女性は我が主と同じくして“死の支配者”の名が相応しく思える方でした。
横目に私を見据えるその眼差しは心臓を捕まれたかのような錯覚を覚える程に冷たい。
伸ばされる血の通わない真っ白な腕は気に入らない者がいるならば、容赦なくその細い腕にそぐわぬ暴力が奮われることでしょう。
見た目は少し白骨化の進んだアンデットの少女。年齢的にはプレアデスのシズ・デルタとほとんど差がないのですが、肌で感じる彼女の存在感、強さが私の生存本能に訴えてくるのです。
アレは危険な存在。至高の方々に匹敵する女性だと。
「すまぬが、もう暫し待っていてくれるか?」
「いえいえ、お構い無く。ごゆっくりとなさってください」
そんな女傑を前に、私はあまり緊張感を負わずにいられています。
まぁ、それもそうでしょう。その女傑は今目の前で
「よし、ベルは終わり、次はルーキね。あなた達もよく覚えておきなさい、オムツの交換とはこうやるの。後で他の子達にも教えてあげなさい」
「「「「ハイ、お母様」」」」
配下(娘)と思われる女性達にオムツ交換の授業をしてらっしゃるのですから。
玉座の前の床に腰を降ろすムササビ様の周りには七人の赤ん坊。その更に周りには数人の女性が取り囲みムササビ様の手際を注意深く観察しています。
私、家令ではありますが赤ん坊のオムツ交換の光景など見たことがありません。しかり、耳に入ってくる周辺の女性達の感嘆の声からして素晴らしい手際なのでしょう。
「よし、全員終わり。もうしばらく警戒体制は維持するからこの子達をキャサリンの所に連れていってあげて」
どうやら終わったようで娘達に赤ん坊を連れていくように指示をだした彼女は立ち上がり玉座に腰を降ろす。
そこで改めて私は彼女に向き直り改めて一礼を取ります。
「客人にずっと背を向けさせたままですまなかったな」
「いえいえ、お嬢様でよろしかったですかな? ご息女のあられもない姿を目にしては失礼だと愚考したしだいでございます」
「ほう、その風貌といい、紳士な態度といい、ピューレの言っていた通りのナイスミドルだな」
「お褒めに預り光景です」
感心したように頷く彼女にやっと本題に入れると思った私は改めて自己紹介をする。
「私はナザリック地下大墳墓の支配者。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの配下であります家令のセバス・チャンと申します」
私の紹介に少しだけ彼女は目を見開いた。
我等が至高の方々がお造りになられたギルド。ユグドラシルにおいては知らぬ者のいないとされた名声。流石でございます。
ムササビ様は少しだけ考えた後に私の欲しい情報を教えてくださいました。
「ようこそ。ギルド“地獄の七姉妹”の住まう姿なき妖艶の宮殿、《地獄の万魔殿:ヘル・オブ・パンデモニウム》へ。創造された存在でしかも男がこの玉座の間に立ち入るのは貴様が始めてだ歓迎しよう」
ここで今度は私が目を見開く番となりました。
“地獄の七姉妹”の名は我が創造主であるたっち・みー様とウルベルト様が話されていた会話より聞き覚えがあったからです。
曰く、至高の方々に匹敵する七人の女性達。
曰く、ユグトラシル最凶の女性ギルド。
曰く、聖なる夜に大量虐殺を行った罪人達。
曰く、ペロロンチーノ様の理想郷。
そして、モモンガ様の妹君がおられると噂されるギルド。
「立ち話もなんだ。貴様も腰を降ろすがいい、その為に娘達に椅子を運ばせたのだからな。それに妾としては互いに見知らぬ土地に飛ばされた組織の者として親密な関係を築いていきたいと考えている」
「ささ、セバス様。お掛けになってください」
「どうぞ、お召し上がりくださいまし」
「これはこれはありがとうございます」
美しいドライアド達に勧められるまま腰を降ろし、酌を注がれる私は歓喜に満ちていました。
まさかこのような見知らぬ土地で至高の方々がお話しになっていたギルドと出会い、招かれることになろうとは。
モモンガ様にご報告すればさぞお喜びになるなことでしょう。
もしかすると噂に聞くモモンガ様の妹君ともお会いできるかもしれません。
直ぐに《伝言・メッセージ》を。いや、それをしてムササビ様の機嫌を損ねてしまうかもしれません。ここは落ち着いて、後に許可をいただいてからご報告いたしましょう。
少しばかり気が早ってしまった感情を落ち着けるべく、お酌いただいたグラスに口をつけます。
「ちなみに兄様(あにさま)。モモンガはご健勝か?」
「ヴフゥオ!?」
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「私はナザリック地下大墳墓の支配者。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの配下であります家令のセバス・チャンと申します」
ナイスミドルな執事の紹介を受けた私は表情だけは僅かに目を見開くものの内心では喜びと安心感で満ちていた。
ギルド、《アインズ・ウール・ゴウン》。
ゲーム、ユグドラシルにおいて悪のロールプレイに徹しながらも最盛期にはギルドランキング第9位を記録。
私達“地獄の七姉妹”と同じくして全員が異形種。
1500人の討伐隊を撃退した難攻不落の拠点ナザリック地下大墳墓を本拠地とし、ゲーム内最強プレイヤーの一人であるたっち・みーさんを有した話題(主に悪名だが)に事欠かなかった伝説のギルド。
そして私、鈴木沙織の義理の兄、鈴木悟がギルドマスターを勤めるギルド。
よかった、私だけじゃなかった。
セバスからギルドの名前を聞いた時は思わず涙がでそうになった。
地獄の七姉妹もランキング一桁ではないがたった七人でランキング50に食い込んだ事のあるトップクラスのギルドだ。また、女性ギルドとしてはその凶悪性からユグドラシルでも五指にはいる名声を持っていた。
だがそのギルドも残ったのは私だけ。訳のわからない現象に巻き込まれて見知らぬ地に飛ばされた場所で部隊が出会ったのは義兄のギルドに所属するNPC。
普通はギルドの外に出ない筈の彼が外にでているという事はプレイヤーに指示されて出てきたということだ。それは誰か?
現在、アインズ・ウール・ゴウンの支配者である41人の異形種、至高の41人は義兄さんを残して全員引退してしまった。
ということはセバスに指示を出したのは義兄さんだ。
義兄さんはまだ元気だろうか?最後に会話したのは一週間前に電話でしただけ。互いにギルドメンバーが自分たちだけになったのを愚痴っていたっけ?
義兄さんも此方に来ているという事は《伝言・メッセージ》が届くかもしれない。そう思って私は《伝言・メッセージ》を飛ばそうと試みるがふと、あることを思った。
セバス達は義兄さんと上手くやれてるのだろうか?
ウチはNPC達全員に母想いの善き娘、ムササビというアバターにも娘想いな母という設定をしているので、それに引っ張られて現在私達の関係は良好。むしろ私が娘達のことを愛しくて仕方がない状態である。なんなら娘の外敵を排除するために世界征服まで視野にいれてもいいぐらいだ。
そんな訳で、とりあえずは現在キャバクラよろしく、ドライアドの娘二人にもてなされてるセバスに義兄さんの事を聞いてみることにした。
「ちなみに兄様(あにさま)。モモンガはご健勝か?」
「ヴフゥオ!?」
吹き出された。
それはもう盛大に。
なにかおかしな事を言っただろうか?
私は彼に義兄さんは元気かと聞いただけで別におかしなことは聞いていない。なのに目の前のナイスミドルはむせかえって、過呼吸のようにひゅーひゅー、と胸を押さえながら苦しんでいる。
ま、まさか・・・
「兄様になにかあったのか!?」
そう聞くと苦しむ彼の動きがピタリと止まった。
やはりそうか。
よくよく考えればこの異世界で調査に出しているのが彼だけだというはおかしい。世界は広大なのだ。たった一人で調査しきれる筈がない。ユグドラシルではランキング一桁に入るギルド。もちろん配下であるNPCも大勢いる。なのに何故彼一人なのか。
それは
「まさか、ナザリック地下大墳墓が何者かに占拠されるとは・・・」
彼だけがナザリックから逃げ延びたからだ。
ユグドラシルでも有数のギルドを占拠する程に強大な敵。普通に奪還を手伝ってくれと言われても断られてるのは目に見えている。先ずは親近感を持たせる為に近付いたのだろう。
そしてむせたのはまさか私が自分のギルドマスターの妹だとは思わなかったから。
「お前達!!」
「「ハイ!!」」
ドライアドの二人が返事をする。
それは私の言いたい事は分かっていると言った表情だ。
未だにむせているセバスを無視して私は続ける。
「話しは聞いていたな。これより妾は兄様の救援に向かう。セブンスチャイルドと階層守護者を表に控えさせろ。全員完全武装でだ」
浅慮だった。この世界の強さがユグドラシルと同じだと誰が言った。私達が今、無事なのはたまたま敵対勢力に攻め込まれていないからだ。
「セバス、兄様とナザリックのことは妾に任せるがよい。必ずや救ってみせる」
「お、お待ちくださいムササビ様」
私を引き留めようとセバスが苦しそうな表情で私を見据える。
なんてできた家臣だ。義兄さんの妹である私を死地に送らないように引き留めてくれるなんて。
見た目は健康そうに見えても実際は結構ボロボロな筈だ。心配かもしれないが彼にはゆっくりと休んでいてもらうとしよう。
私が指示を出す前に控えていた妖精種の娘が私にあるものを渡した。
「貴様も無理してボロボロなのだろう?今はゆっくりと休むがよい」
神話級の武具“ヒュプノスの杖”
使用した対象を睡眠状態にする杖だ。
「マキシマムマジック・スリープ・イン・ドリーム」
「モ、モンガさまはーーー」
杖の先から虹色の霞が発生し、セバスを包み込む。
彼は私に何かを伝えようとする前に睡魔に負けて、眠り、夢の中へと落ちていった。
「目が覚める頃にはそなたは見覚えのある自分の家にいるだろう。・・・だから今はゆっくりと眠りなさい」
セバスを客室に運ばせた後に私を待つ娘達の下に向かう。
私は久しぶりに腸が煮え繰り返っていた。
私の義兄さんに手を出すなんていい度胸してるじゃない。
たった七人でワールドエネミーを落とした私は可能な限りロールプレイに徹したガチプレイヤーだ。
誰だか知らないが目にものを見せてやる。
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その頃の兄様。
「セバス、遅いなぁ」
第6階層の闘技場でモモンガは自分が作り出した火精霊と戦うアウラとマーレを眺めつつ一人、報告を待っていた。
死と死の再会まであと僅か。
ちょっと無理矢理すぎましたかね
感想お待ちしてます
一話から続いて修正を入れました