麦野たちと白井は、とある廃墟に陣を構えていた。
麦野は笑みを絶やすことがなく、何かを企んでいることが、周りのものからは一目瞭然だった。特に仕事の内容を、麦野以外の誰も知らないことも、その想像を膨らませていた。
「今日は、どんな仕事なんですか? 超何も聞いてないんですけど」
絹旗のその言葉に麦野は答える。
「ああ、気にしなくてもいいのよ。今日は、白井の総仕上げだから。私がサポートするし」
そして、唇の端を釣り上げる。
「あんたらは、観客ってとこね」
麦野と白井以外が首を傾げる。誰にも理解されていないことを確認して、麦野は楽しげだった。まるでもうすぐ種明かしをするマジシャンのようにも見える。
と、かすかに爆発音が響く。絹旗はフレンダを見た。
「麦野が仕掛けろっていった場所に、仕掛けただけってわけよ」
絹旗の問い詰めるような視線をみて、何も隠し事がないことをフレンダは説明した。
その爆発音が段々と近くなるにつれて、麦野の笑みが酷くなっていく。
そうして、麦野たちが居る場所に現れたのは、御坂美琴だった。
服の端々に焦げ跡があり、息は切れていた。
肩で息をしているが、目は死んでおらず、麦野を睨みつけていた。
麦野と白井以外は目を見張り、戦闘態勢に入った。
「久しぶりね、レールガン」
麦野が声をかける。だが御坂の視線は麦野へ向けられず、ただ一点を見つめて叫んだ。
「黒子!」
だが、その声でも、白井の目に意思が蘇ることはない。
「無視かよ。まあ、いいわ。わざわざあんたを呼んだのは、私らの新しい仲間を紹介しておこうと思ってね。な、白井」
その声でも、白井は変わらない。しかし、それが合図かのように、白井はその手を太腿に装着している、10センチメートル程度の鉄製の棒へ、手を動かす。
「黒子!!」
御坂は、再度、その名を呼ぶ。
「そんな風に名前を呼べば、今の白井が応えると思ってんのか? たかだか一人の声で、ここまで壊れた白井が応えるわけねえだろ」
御坂は、そこで初めて麦野へ視線を移し、睨みつけた。
「おお、怖い。お前は白井がこうなったのは私のせいだと思ってんだろうけど、違うからな。これは、私と、お前のせいだ」
麦野は、自分と御坂を指差しながら言う。御坂は訝しむように眉間に皺を寄せる。
「白井をここまで落としたのは私、でもきっかけを作ったのはお前だ」
「何を言って…」
「白井はお前を慕ってたよな。でも、白井が頼ったのはお前じゃなくて、私たちだった。なんでかわかるか? それはな、お前が頼らせなかったからだよ」
「そんなことはないわ!」
「そうなんだよ。お前、白井の前に立って守ることしかかんがえなかったんじゃねえの? つまりな? お前は隣に立って頼り合う仲間じゃなかったわけよ。だから、白井は敬愛するお前を頼れなかったのさ。みっともない自分を見せたくなくてな」
御坂は息を呑む。麦野の言は正しかった。御坂には、麦野の言うような態度をとっていた時期が確かにあった。だが、今は考えを改めて、隣に立つ仲間として考えるようになっていた。
「…今は、違うわ!」
「そうかい、じゃあお前のフォローが足りなかったな。お前が思想を変えるだけで、お前が思想を話すだけで、相手も変わってもらえると甘えたお前のミスだ」
御坂は、再度息を呑む。だが、先ほどとは違い、声を発することはなかった。
「言っとくが、私が白井を変えたんじゃねえ。私は状況を用意しただけさ。白井は自分の目で、耳で、学園都市の闇を見て、感じて、そうなったんだ。ただ隠したお前と、全てを見せた私、お前はどっちが正しかったと思う?」
その問いかけにも、御坂の口からは声が発せられることはなかった。
だが、その目には焦燥が浮かんでいた。戸惑いが浮かんでいた。
白井が麦野を頼ったのは、麦野のことを知らなかったからだ。麦野のことを少しでも知っていれば、裏で行われている狂気を少しでも知っていれば、麦野に頼るという考えに、そもそもたどり着かない。
もしも、白井が御坂と行動していれば、御坂が白井を頼ってさえいれば、もしかしたらこんな事態にはならなかったかも知れなかった。
そんな想像が御坂の頭で暴れていた。
「私も白井は嫌いじゃない、こうしたのは私だから、ある程度は面倒見てやるよ。だからお前は―」
麦野はそう言って、手を白井の肩に乗せた。
「ぐうっ!」
それと同時に御坂から苦悶の声が漏れる。
御坂の胸から、鉄製の棒が突き出ていた。それはまるで、以前からそこにあったかのような自然さで、歪さを感じさせなかった。
その有機物に生えた無機物の根本から、朱いものが広がっていく。
「安心して死にな」
麦野がそう言うと、御坂は膝から崩れ落ちて、横たわった。
その胸から漏れた朱は、静かにコンクリートを染めていく。
「ごめん…黒子…」
その御坂の声は、誰にも届かなかった。
おそらく、あと2、3話で終わるかと思います。