とある魅惑の抑制解離《バーサーカー》【完結】   作:ちひろん

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脅威

 白井は、しばらくの間体を捩りながら、恍惚の表情を浮かべていたが、何かに気がついたようにその動きを止めた。

 そして、ゆらりと、麦野たちの方へ体を向けて、唇の端を釣り上げ、手を太ももへ向けた。

 

 その動作に真っ先に気がついたのは麦野だった。

 

 「後ろに飛べ!」

 

 麦野の声に意味を理解する前に、絹旗、フレンダ、滝壺は、その緊迫した声に反応した。

 四人が、後ろに飛んだ後、目の前に現れたのは、白井が使用している鉄杭だった。

 

 何もしなければ、その鉄杭がどうなっていたかは、想像に難くない。

 甲高い音を立てて鉄杭が落ち、その余韻が響く。

 

 麦野は苦虫を噛み潰したような顔で、白井を睨んで言う。

 

 「おいおい、これは復讐か? 感謝するって言ってなかったか?」

 

 白井は、顔を歪めたまま応える。

 

 「復讐なんて、するわけありませんわ。わたくし、お姉様の次に、皆さんが大好きですもの」

 「へえ…なら、これはなんだ?」

 

 麦野は地面に落ちた、鉄杭を指差しながら言う。

 

 「きっと」

 

 白井はそう呟くと、顔を更に歪めた。

 

 「皆さんの中身も、きっと素敵ですわ」

 

 その言葉に、フレンダは軽い悲鳴を上げると、引きつった顔のまま、麦野をみた。

 

 「む、むむ、麦野」

 「落ち着きな、フレンダ」

 

 麦野は、そう言いながら頭を掻いた。

 そして、少しばかり悩むと、吹っ切れたように顔を上げた。

 

 「よし、仕方ない。絹旗、白井の両手と、目を潰しな」

 「うぇ?! む、麦野?!」

 「仕方ないですね。超了解です」

 

 目を丸くしたフレンダを尻目に、絹旗は白井の様子を伺いながら距離を縮める。

 

 麦野の決断は当然である。いくら麦野が白井を気に入っていると言っても、それは気にかけてやる程度、である。

 命をかけて繋げたい絆ではない。

 ここで、白井の命を奪わないのは、むしろ麦野の優しさと言えた。

 

 絹旗は、白井の挙動を、特にその目線を確認しながら、歩をすすめる。

 空間移動《テレポート》の能力者は能力使用時に、必ず座標指定を行うからだ。能力を行使する場所に何があるか、その場所に何を移動させるか、演算を行わなくては行けないからである。

 それをしないということは、どこに、何が移動してもおかしくない、ということである。

 つまり、その目線さえ追えれば、恐れるに足りない。

 

 だから、絹旗は油断のせいで、麦野は全体を俯瞰して見すぎたせいで、滝壺は自分以外の四人の挙動を見ていたせいで、それに気が付かなかった。

 そして、少しばかりの罪悪感で白井だけを見つめていたフレンダだけが、それに気づいた。

 

 「あれ? 白井っち、なんか震えてる…?」

 

 そのフレンダの言葉で、麦野は白井を注視した。そして、白井が震えていることを、いや、白井自体は震えてなどおらず、白井の制服が震えていることに気がつき、青ざめた。

 

 そして、絹旗は白井の視界の外から、まず両腕を潰そうと手を伸ばし、

 

 「絹旗! 離れろ!」

 

 麦野の声が届く前に白井の腕を掴んだ。

 

 その瞬間、絹旗の体は白井から数メートル離れた空中放り出された。

 

 「え?」

 

 絹旗は、自分の視界がガラリと変わったことに理解がおよばず、呆けた声を出した。

 数メートル下の地面に叩きつけられた絹旗は、自分が空間移動《テレポート》されたことに気づき、慌てて顔を上げた。

 

 「な、なんで!?」

 

 その絹旗の驚きは、白井が座標指定していなかったことにほかならない。そうでなくては能力を行使できないばずだからである。

 

 「絹旗、すぐに離れろ! 暴走してるぞ!」

 

 絹旗は、麦野の声に従い、その場を離脱する。

 そして、白井の状態を確認して、その意味に気がついた。

 

 「服が震えている…? まさか、全身が能力使用状態になっているんですか!?」

 

 絹旗は、自分が出した答えが、まだ信じられない。

 

 「しかも、座標指定無し、でな」

 

 それはつまり、転移場所がどこになるか能力使用者ですら分からないということだ。自分の体の中に転移してもなんらおかしくはない。

 常に、何の意味もなく生死をかけた博打をしているようなものである。

 

 「肌に触れるたびに狭い範囲でテレポートしてるんだ。座標指定していないから、服の生地の境目がずれて、混ざってる」

 

 麦野は、そう言いながら白井の制服を指差す。

 震えているために判断しにくいが、その制服の元々の生地が、複雑に混ぜ込まれて、大体の外観しか留めていないことがわかる。

 

 そして、麦野は何の前触れもなく、原子崩し《メルトダウナー》を白井の、腕に打ち込んだ。

 

 その行為にフレンダは思わず麦野を見たため、その瞬間を見逃してしまった。

 原子崩し《メルトダウナー》が、空間移動《テレポート》され、散らされたように白井の周りを淡い光が瞬く瞬間を。

 だが、無傷の白井を見れば、なにが行われたかは一目瞭然である。

 

 「うそ…」

 

 フレンダは、思わず否定の言葉を呟いた。

 

 「通らないか…、まずいな」

 

 麦野はその結果に眉をひそめる。つまり、白井に触れるものは、全て空間移動《テレポート》の対象となる。今の白井に、攻撃を加えることは不可能と言えた。

 そう、触れているものは、全て、である。

 

 「む、麦野!」

 

 絹旗の声に、麦野は思考を中断して白井を見て、その焦った声の原因を、確認した。

 白井の服は既に震えていない。代わりに、白井を覆うように、目に見えるほどの勢いで空気が振動していた。

 

 白井の肌に触れるものは服だけではない。空気も同様である。

 そして、空気はどこまでが能力の対象となるのか、肌から1センチか、肌から1メートルか、その振動は少しずつ確かめるように広がり、数メートルにまで達した。

 

 そして、そこに居たのは、悠然と佇む姿なき巨人であった。

 まるで、白井自身を模しているかのように生えた首や腕は、ゆったりと波打ち、触れるもの全てを無差別に空間移動《テレポート》させる。

 巨大なソレは、大気を震わせ、それに触れた地面のコンクリートがはがれ、その欠片は何度も無差別に空間移動《テレポート》され、宙を漂うように浮かぶ。

 

 そしてその中心にいる白井が腕を静かに上げると、その巨人の手も、空気を震わせながら同様に上がった。

 

 「おいおい、嘘だろ…」

 

 麦野が、かろうじてそう呟く。

 

 そこに居たのは、ただの脅威だった。




投稿が遅くなってます。ごめんなさい。
次で最終回だと思います。
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