白井と佐天は、近くの少しさびれた公園に来ていた。
二人とも公園の端のほうに陣取り、10メートルほど離れて立っている。
白井は無手で立っており、佐天は左手にゴムパチンコを持っていた。佐天は、「ゴムパチンコじゃ格好が悪いから、スリングショットって呼んでください」といったが、どちらも似たようなものである。
「じゃあ、10秒間、白井さんが逃げ切れたら勝ちってことで」
佐天が少し大きな声で言う。だが、白井はそれに納得していなかった。
「ちょっと待ってくださいな。これではあまりに私が有利じゃありませんこと?」
白井の能力は空間移動《テレポート》である。どの移動距離に制限はあるが、今二人がいる公園の中であれば、どの場所にも瞬時に移動が可能だ。無能力者《レベル0》の佐天に勝ち目はない。
だが、佐天はただ、笑う。
「そのほうが言い訳がきかないでしょー」
その言葉に白井は苛立ちを覚えた。
この状況で佐天は勝てると踏んでいる。馬鹿にしすぎていると、白井は憤る。
「いいでしょう! いつでもよろしくてよ」
その言葉に佐天はスリングショットを白井に向けて構える。
「今回の玉に入ってる粉は小麦粉なんで、安心してくださいね」
「いいですわ、どっちにしろ当たりませんもの」
「おー、かっこいいー」
佐天の笑顔は変わらない。
「じゃあ開始5秒前ー。4、3、2、1」
白井は体を緊張させるが、その佐天の様子に、実践経験は薄いと判断していた。
狙いを定めるのはよいが、明らかに構えたままでカウントダウンをすれば、開始直後に撃つと言っているようなものである。
白井は空間移動《テレポート》の移動先の座標を確認する。右上上空、まずそこへ移動して佐天の次を動きを確認したのち、あのスリングショットを取り押さえることにした。
本当であれば、草むらへ移動してしまえばそれだけで10秒逃げおおせるかもしれないが、それは佐天から尻尾を巻いて逃げたことになる。そんなことは白井のプライドが許せなかった。
「0!」
その佐天の声と同時に、ゴムを弾いた音がする。
白井は予定通り、右上上空へ移動、そして佐天の動きを確認しようとした時、
「痛っ!」
顔面に何か当たった衝撃でバランスを崩して、地面に落下した。ただ、すぐに我に返って、元いた場所からさらに10メートルほど離れた場所へ移動した。自分に何が起こったか分からず、膝をつく。
そして、白井は顔を触る。その手をみると、白い粉がついていた。
「そ、そんな」
「じゃあ、私の勝ちってことで」
佐天は白井のほうへ歩きながら言う。
白井はその状況に愕然とした。
『当てられた、でもどうやって!?』
白井は近づいてくる佐天を見上げる。
「当てられるわけが…」
「って思うでしょう? テレポートの人って意外と単純なんですよ。能力が強力だから、選択肢がテレポートしかないんです。始まる前に移動後の座標指定しましたよね? あとはそこに向けて待ち構えとけばいいんですよ」
さも簡単なことのように、佐天は飄々と言う。
「でもゴムの音が…」
その言葉に佐天はスリングショットを見せる。そこには本来のゴムとは別に、もう一本のゴムが先端から離れた箇所に巻かれていた。
つまり、佐天は2本のゴムを引っ張っており、最初はダミーの1本目を離し、その後本命を白井に向けたことになる。
「別に2回撃ってもいいんですけど、タイムラグもあるし、なにより玉が勿体無いですしね」
佐天は、そう言って笑う。
「私が草むらに逃げ込んだら、どうするつもりだったんですの」
「それはないです。だって白井さん、強いんですから」
佐天は、笑顔を崩さない。
「強者は弱者から逃げませんよ、普通」
白井は、悪夢を見ているようだった。目の前にいるのは、本当に自分が知っている佐天なのかと、疑った。
友達であるが、白井は自分が彼女を守る立場にあると思っていた。
大能力者《レベル4》として、彼女を守る義務があると思っていた。
自分が努力して勝ち得た能力、それで誰かを守るのだと、そう考えていた。
だが、目の前にあるのは、大能力者《レベル4》が無能力者《レベル0》に圧倒的大差で負けている現実である。
白井は、自分の手から何かがこぼれ落ちるような気がした。
このまま終わっては、何かを失ってしまうような気がした。
そんな焦燥感が、白井を襲った。
「せ、せめて、もう一回!」
そう白井が叫んだと同時に、白井の腹部に鈍痛が走る。
白井が視線を落とすと、そこには、真っ白に染まった制服があった。
白井は絶望に染まった顔で、佐天を見上げる。
「泣きの一回も、これで私の勝ちです」
佐天の笑顔は、変わらない。