とある魅惑の抑制解離《バーサーカー》【完結】   作:ちひろん

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希望の行方

 「なぜ、こんな…」

 

 あまりの出来事に、命が消えるその恐ろしさに、白井の体はすくみ、動くことができなかった。助けることも、殺すことも。ただ、その理不尽さに、口からは嘆きが漏れていた。

 

 「ま、しょうがないんじゃない?」

 

 麦野は、そんな白井の顔を見て、軽くため息をつくと、絹旗を見て、顎で何かを指示した。

 

 「超無駄骨でした」

 

 そう言いながら、絹旗は、息も絶え絶えな男の顔を踏み潰した。潰れた肉片が辺りに飛び散る。

 白井は思わず顔を背ける。だが、その足に、それがかかる。

 

 「」

 

 声を失う。人間だったものの破片が、白いソックスを朱色に汚す。白いソックスが次第に赤く染まり、それと同じように有機物だったそれの頭部であった場所から、穏やかに朱色が広がっていく。

 

 それはまるで、命が広がり、土に還っていくようだった。

 

 「これ、殺したの私なんで。超気にしないでください」

 

 絹旗はそう言うと、踵を返して、その部屋を出ていった。それは彼女なりの気遣いだったが、それが白井に届かない。

 殺したのが誰であろうと、助けられなかったのが誰であろうと、目の前の死は変わらない。消えていった命は変わらない。戻ることもない。

 

 白井は何もできなかった。目の前で起こった殺戮と、消えゆく命に恐れ、身がすくんだ。

 助けられなかったかもしれない。何かできたかもしれない。だが、それをしなかった。ただ、立ちすくんでいた。

 そんな後悔が、憤りが、ようやく白井を奮い立たせた。

 

 「なぜ! こんなことができますの?!」

 

 その怒りは、腹の底からの叫びだった。

 

 「強者だから死ぬわけがないと驕っていますの?! あなたが死ぬことだってありますのよ!」

 

 そんな怒気を麦野はサラリと受ける。

 

 「なに当たり前のことをいってんの?」

 

 そして、そう、サラリと言った。白井は、その返答に呆然とした。麦野は、そんな白井を見て、目を細めて怪訝な顔をすると、何かに気づいたように真顔になった。

 

 「あなた…もしかしてだけど、その程度の覚悟もないの?」

 

 白井は、その言葉に、反応できない。

 

 「驚いた…。まあ、そんな、ものなんでしょうね。ちょっと私が世間ずれしすぎてたみたい」

 

 麦野は、ため息をつく。

 

 「ちょっと刺激が強すぎたのね。それに、あなた、まだ綺麗すぎるみたい」

 

 そして、不敵に笑いながら言う。

 

 「あいつらを助けたいなら、やってみればいいわ。私があなたへ次に狙う連中の情報を渡すから、やるだけやってみなさい」

 

 白井は怪訝そうな顔をする。

 

 「そんなことをして、あなたたちは大丈夫、なんですの…?」

 「私たちの心配してくれるのね? でも、大丈夫よ」

 「なぜ、そう言いきれますの? 私が説得して、あなたたちが仕事できなくなるのは、困るのではなくて?」

 「だから、大丈夫なのよ。()()()()()()()()()()()()()

 

 麦野は不敵に笑う。

 

 「だから、あなたは、あなたが納得するまで、好きなだけ頑張ればいいわ」

 

 そうして、白井と麦野はその廃ビルを後にした。

 その時、白井の心には、炎が灯っていた。廃ビルで起きた惨劇を止められなかった自分に対する責や、麦野の言葉を否定したい気持ちがそうさせていた。

 

 そうしてしまうのが、白井黒子である。

 そうなってしまうのが、白井黒子である。

 

 だから、そうならなかったことを想像することは、詮無きことである。

 だが、敢えて想像してみよう。

 

 もしも、目の前で起こった殺戮を、仕方ないことだと、自分に関係ないことだと考える白井黒子であったならば。

 

 きっと、自分に利益のない、まだ見ぬ誰かを助けようとは思わなかっただろう。

 きっと、何度も説得し、諭し、それでもその行為をやめない誰かを見て、落胆することはなかっただろう。

 きっと、助けようとした誰かに裏切られて、命を奪われそうになり、絶望することもなかっただろう。

 

 そんな想像は詮無きことである。

 しかし、そんなもしもが出来なかった今の白井黒子をみれば、誰もがそう思うに違いなかった。

 

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