「白井っちー、これをあの部屋ねー」
フレンダがそう言うと、白井は無表情のまま、指示された物を、指定された部屋へ瞬間移動させる。
間もなく爆発音が響く。
「あと、これはあっちでー」
その指示に白井は従う。
そして、爆発音が響く。
「いやー、白井っちのお陰で楽できるってわけよ」
フレンダのその声に、白井は反応しない。そもそも焦点があっていない。白井と麦野が出会ってから、どれほどの時が経ったか、それすらも認識していなかった。
白井の、心は折れて、ねじ曲がっていた。
助けようとした相手から、裏切られ、命を狙われ、返り討ちにしては命乞いをされ、そしてまた裏切られる。
そんなことを何度繰り返したのか、何度踏みにじられたか、両の手で収まるわけがない。ただ、言われるがままに能力を行使する人形に成り下がるには、どれほどの絶望が必要か。
麦野は、白井が絶望するたびに、励まし、支えた。甘い言葉を囁いた。
『私は無理だったけど、あなたなら、いつか変えられるかもね』
麦野は、そんな『いつか』が来ないことを知りながら支え続けた。
だから、白井は麦野から離れられなかった。その励ましが、支えが、白井の心にこびりついていたからだ。
あの顔を見ると、心が穏やかになった。活力が湧いた。そんな幻想が付き纏っていた。
白井を裏切ったものは、例外なく麦野たちによって始末された。彼女たちは一つの文句も言わなかった。ただ、もくもくと後始末をしていた。その様子に、白井は心を打たれていた。
だか、それでも耐えられなかった。耐えられるはずもなかった。
好意を裏切られ続けて耐えられる人間など、居るわけがない。居たとしても、それはどこか壊れてしまっているに違いない。
そうして、壊れていなかった白井は、絶望が限界を振り切れ、白井は壊れてしまった。
ただ、言われるがままに能力を行使し、任務をこなすだけの人形となった。
その目には景色が白黒に写った。麦野たちから出される食事も、味を感じることなく、ただ咀嚼した。
「ほら、引き上げよー」
フレンダに肩を叩かれ、その後を力なくついていくと、絹旗が手をかけたであろう一つのモノがあった。
「あっ…」
白井は声を漏らし、そのモノの前に座り込むと、コンクリートの地面に広がっている朱色のものに手を伸ばす。
ぬるり、と白井の手に絡みつく。
それは、生きた証だった。生き物の証だった。
力強い朱、この世に存在する、唯一無二の朱。どんなに醜い人間にも、等しく流れる美しい朱だった。
白井はその力強さを確かめるかのように、手に絡みついたソレをもてあそぶ。その粘りを堪能していると、フレンダからそれを咎められた。
「白井っち、それやめた方がいいよ。ちょっと猟奇的に見えるってわけよ」
フレンダは顔を斜めに歪めながら、そう言った。
白井はその言葉を聞き、それを止めたが、手に絡みついた朱を拭き取ることはしなかった。フレンダはその様子を見ていたが、ため息をついて、そのまま歩を進めた。何度いい咎めても、止めることがないことは、分かっていたからだ。
だから、フレンダは話を続けることはなかった。
フレンダは麦野が今の状況を狙ってやっていたように、感じていた。
自分たちに都合のよい駒を増やそうとしているようにも思えたし、実際にかなり都合はよかった。
白井に手伝ってもらえることで楽できることは間違いではないはずであり、ほんの少しの異常行動だけ無視すれば、いいはずだからだ。
それに、フレンダは白井のことが嫌いではなかった。むしろ微かな好意すら感じていた。だから、一緒に任務をこなすことも悪くないと感じていた。壊れてしまったことは残念だが、フレンダからすればそれほど悪い状況とも思えなかった。
だが、そのはずであるのに、フレンダは言い知れぬ不安があった。
自分たちに害を及ぼすような様子はないはずなのに、それが時間の問題であるようにも思っていた。
不発弾といった曖昧なものではなく、もっと純粋な火薬自体がそこにいるかのような焦燥感があった。
そして、その時は、訪れた。