ロマリアについた少年は、チコ達に誘われるままに魔物の格闘場へ向かった。少年自身はそれほど興味があったわけではない。それでも着いていくのは、暴走しがちな一人の女性の手綱取りを手伝ってほしいと懇願されたからだった。
「今日こそは勝ちますので!!」
「自分の持ち分の範囲でお願いね。はぁ、アルリタは聖職者なのにどうしてこう……」
「頭ギャンブル」
「アタシはむしろ魔物と戦う方がいいんだがなあ」
「出るんですか!?であればファグナさんに全ベットで!」
「マジ頭ギャンブル」
僧侶アルリタがファグナを伴い、嬉々として次の掛札を買いに行っている中、少年も興味深そうに闘技場を見ていた。チコの説明では、とらえた魔物を戦わせているという話だったが、なぜ大人しく魔物が人の言うことを聞いているのか。暴れださずに魔物同士で戦うあたり、かなり不自然に思うのも当然であろう。ジーシェンが一言「不思議」と呟いた。
「そうよねえ。ここの魔物ってそもそもあんまり人間に敵意向けないのよね。魔物自体がこの興行を理解して協力してるだなんて噂もあるし……」
「そうそう、彼らはみんな協力的な魔物だから、いきなり殺しにかかっちゃだめだよ?野生のものとは違うからね」
始まった戦いをぼんやりと眺めていた二人の会話に割って入ったのは、少年と同じ黒髪を持つ、一見普通の青年だった。ただ明らかにおかしい部分がある。彼の頭頂に三人は目を奪われた。
赤いカエルが乗っている。しかも器用に胡坐をかいている。
「君ら冒険者?ひょっとしてアリアハンから来た人達?」
「エニクス、変な人に話しかけられたら無視した方がいいよ」
「同感」
「いやだなあ。僕もこう見えて、いっぱしの冒険者なんだよ?変人は心外かなあ」
確かに青年は、明らかに業物の剣を腰に差していた。ただ、それ以外の武装はほぼない。鎧も来ておらず、旅人の服に近い軽装と言っていいだろう。
「お仲間の君は魔法使いだよね。そうか……いや、僕も魔法使いが本業でね。ああ、この剣?これは昔倒した魔物から手に入れたものだよ。たまにしか使わないから、欲しいならあげてもいいんだけど……」
鞘から半ばまで抜かれたその刃の煌めきは、明らかに鋼の剣以上の鋭さを持っていた。魔法的な力すら付与されているようで、チコはあからさまに警戒していた。
「おっと、そんなに怖がらなくてもいいじゃない。僕は魔物じゃないんだから」
「魔物よりも正体不明なのである。警戒するのも至極当然であろう」
赤いカエルがうんうんと頷いた。
「もー、またそんなこと言って。酷いなあ」
「えっ、今カエルがしゃべって……」
「はは、カエルがしゃべるわけないじゃない」
「空耳?」
「たぶんそうじゃないかなあ」
青年がとぼけたように笑うと、そこへボリュームのある黒髪を左右で結わえた少女が現れた。少女は青年の袖を軽く引いて、ぼんやりとした表情で短く告げる。
「お兄ちゃん、次出番だって」
「そっか。君たちもう掛札は買った?次に出る熊さんに全額ベットしても損しないと思うよ」
「ひょっとしてあなた詳しいのですか!?ぜひその見解を伺いたく!」
「ごうけつぐまか?あいつは力は強いが、大振りだからな……相手次第では負ける可能性もあるとアタシは思う」
いつの間にか掛札を握りしめたアルリタ達が戻ってきていた。青年の説明を聞き、「これは……買わねばいけませんね!」とギャンブル狂いはすぐさま追加で掛札を買ってきた。
そこからすぐに興行は始まった。
出てきたのは首の下に十文字の白毛があるごうけつぐまであった。のっそりとその熊が現れると多数の観客が歓声を上げる。
「出たぞ!白毛十字のチャンピオンだ!」
「さあ、連戦連勝のごうけつぐまの相手はデッドペッカーに地獄のはさみ、アルミラージ……そしてしびれあげは!素早さの鳥類か、地獄防御か、麻痺攻撃か、あるいはラリホーで格上撃破なるか!?」
「実況もこなれてきたなあ」
「いやここはチャンピオンだろ、間違いなく順当に勝つぜ。あいつは強い。そこらの冒険者の手におえるやつじゃねえ」
「どうかな、純粋な能力で言えば確かに抜けているが、今回はそれぞれに特殊能力持ちだ。下克上もありえるぞ」
「あのデッドペッカーなら勝てる気がする」
「兎ちゃん、一発頼む。一発でいいんだ……!」
戦いが始まった。チャンピオンと呼ばれたごうけつぐまを最大の脅威とみなしたのか、多対一の様相を呈していく。それぞれが自信の能力を生かして見せ場を作るが、一匹倒れ、二匹倒れ、最終的に残ったのはデッドペッカーとごうけつぐまだった。激しい戦いで、デッドペッカーは最後まで食らいついたが、結局順当にごうけつぐまが勝利した。
勝負が終わると観客達はそれぞれ様々な反応を見せた。札を投げ捨てるもの、がっくりとうなだれるもの、興奮のあまり叫ぶ者、ガッツポーズで余韻に浸る者。最後はアルリタのことである。
「っしゃあ!勝ちましたよ!」
「生臭僧侶」
「いや待て待て待て、アタシが以前倒したごうけつぐまと比べ物にならないぞ、アレ。なんであんなのが大人しくここで戦ってんだ」
「いやあ、不思議だよねえ」
青年はそう言ったものの、本当にそう思っているのか。他人には全く分からないような顔で笑い、アルリタにおめでとうと告げてから少年に向き直った。
「どうだろう。これも何かの縁だ。君と僕で、一つ勝負をしない?次の戦いで君が選んだ魔物が勝利したらいいものを上げよう。君が負けたら……そうだな、逆に何かもらおうかな。なんでもいいよ」
「どうするの、エニクス。私はあまり信用ならないんだけど……」
少年はその提案にしばし思案したのち、軽くうなずいた。もとより差し出せるものに大した品はないが、青年が提示したものに興味が出たようだった。あるいは、なにがしか、彼なりの深い考えがあったのかもしれない。
次に出る魔物は、すべてスライムだった。しかも8匹。あまりに少年に不利である。
「絶対無理」
ジーシェンが端的につぶやくと、チコもまた、あからさまに不満をあらわにした。同じ魔物であればその個体差は誤差のようなものだ。
「ほとんど運だけで勝てと言っているようなものじゃない」
「そんなに怒らないでほしいな。別に掛札買ってるわけじゃないしね。遊びだよ。ただまあ、選ぶなら戦う直前までに決めてくれればいいよ」
少年は、一番右端を選択した。彼なりに何か感じ入るところがあったらしい。
果たして、勝負の行方は────
「え、勝っちゃったよ、エニクス」
「賞賛もの」
「これこそ神の導き、素晴らしいですね!掛札を買わなかったことが悔やまれます……ッ!」
「いや、さすがに運の良さが相当に高いってだけだろ」
「ふふ、そうだね。運も実力の内だ。さて、勝負に勝った君にはこれをあげよう」
少年に手渡されたのは紫色の宝玉だった。妙な魔力を感じて、再びチコが警戒をあらわにする。呪われた道具ではないかと勘ぐるくらいに怪しんだ。だが、少年は素直に受け取った。まるでそれがいつか役に立つのだろうと確信しているようだった。
少年が一言礼を告げると、青年はとんでもないと笑った。
「これは勝負の景品で、君が勝ち得たものだよ。そう、これはきっと君が持つべきものだったんだろうね」
「優しい色」
「確かに、言われてみれば悪意どころか清浄さすら感じるかも……不思議な魔力は気になるけどね」
ジーシェンの言葉にチコも少し落ち着いたようだった。
「あ。そういえば、まだ名乗ってなかったね。僕はゼンクロウ。よろしくね。また会うこともあると思う」
邪気のない笑顔と共に差し出された手。
少年は特に警戒することなく、その手を握り返した。
途端に、青年は凄まじいほどの笑顔になった。なんなら、好きな女性と触れ合えたかのごとき喜びようだった。
「やっぱり変な人……」
チコから漏れ出た言葉に青年は一瞬固まった。
※感想は全部読ませていただいています。
ただ、自分の返信能力に自信がなくなったので、今後返信は控えさせていただきます。ごめんね。