アニメ10話「あめのひ」にくるみちゃんが太郎丸を捜しにいかなかったらどうなっていたか、というオリジナル展開のIF話です。
原作は既読ですが設定はアニメ準拠。原作成分も少し混じってます。
ネタバレ多目、鬱展開です。
話の始まりはアニメ10話で太郎丸の行方を話し合ってるシーンからです。
普段文章を書いたりしないので
改行句読点レベルから読みにくいかもしれません。
そういうところでも気づいたことがあれば、教えていただけると嬉しいです。
――今日未明から降りだした雨は、正午を過ぎるとさらに雨足を強めていった。
「太郎丸戻ってこないね~。いつもならご飯の時間になったらすぐとんでくるのに」
「そのうち戻ってくるだろ。まあ捜しにいってやりたいのは山々なんだけどな」
「そうね。今日は雨が降っているし……」
「そっか~。あ、もしかしたら雨宿りしてる運動部員さんたちが見つけて連れてきてくれるかも!」
「そう、かもしれませんね……」
由紀のその言葉に、美紀は不安を押さえ込むように、胸に当てた手をぎゅっと握り込んだ。
どこにいるんだろう。
今すぐ捜しに行きたい。
もし「あいつら」に捕まっていたら
嫌な予感がぐるぐると頭の中を巡っていく。
「今は待ちましょう。雨があがったら私たちも一緒に捜すから。ね?」
悠里はそんな様子を察してか、握った美紀の手に優しく手を重ねる。
確かに悠里の言う通りだ。
雨のせいで外にいた「あいつら」が今校内に増えている。
この状況での太郎丸の捜索はともすれば自殺行為なのだ。
「はい……」
近くで雷が落ちた。
早く雨が止むことを、今はただ祈るばかりだ。
時刻は4時過ぎ。
胡桃が壁に投げるピンポン球の音が不規則に部室の中に響いている。
由紀は机に突っ伏して静かに寝息を立て、悠里と美紀はそれぞれの本を読みふけっている。
そんな時だった。
――ガタガタガタガタ
「今日は騒がしいな」
「大丈夫かしら……」
「ちょっと見てくるよ」
「ええ、お願いするわ」
胡桃はいつものスコップを片手に廊下に出て行った。
「雨、いやですね」
「ええ、本当に……」
まだ記憶に新しい、めぐねえがいなくなった日もこんな雨の日だったのだ。
それから由紀は今のような状態になってしまい――
「ヤバい。あいつらだ!」
部室のドアが勢い良く開いた。
今しがた出て行った胡桃がもう戻ってきたのだ。
「あいつら、3階まで登ってきてやがる。それにすごい数だ!」
「え?」
こういうことに一番慣れているはずの胡桃がどうしようもなく焦っている。
その焦燥が伝わったのか美紀と悠里の心臓が大きく跳ねる。
「だって二階にもバリケードが……」
「何でかは分からない!でももうすぐそこまで来てるんだ」
そういえばさっきから雷がよく鳴っている。
運悪くその音に紛れて、二階のバリケードが突破されたのかもしれない。
「どうしたの~?」
胡桃の声に由紀が目を覚ます。
それを一瞥すると、震えの止まらない足を引きずって悠里は廊下へでた。
事態を確認するために。
美紀もその後に続く。
「――ひっ」
それは地獄のような、いやまさに地獄そのものの光景だった。
まるでライブハウスの中のような、すし詰め状態の大量の「あいつら」が
折り重なるようにバリケードに殺到していた。
最前列の者が後ろから押されて倒れると、
後ろの者がそれに引っかかり倒れ、あるいは踏み越えて、
ガタガタガタガタとバリケードに圧力をかけ続けている。
「いや……」
悠里はその光景を目の当たりにし
目を背けられないまま2歩3歩と下がり、その場にへたりこんでしまう。
「先輩……」
そんな悠里に美紀が寄り添うが、心配からというよりはほとんど条件反射のようなものだった。
美紀も目の前の事態を受け入れることなど、到底できるわけがなかった。
「何だよこれ。なんなんだよちくしょう!」
「どうしたの?くるみちゃん」
声を荒げる胡桃の元に、眠そうに目をこすりながら由紀が追いつく。
「え?」
そしてその光景を目にしてしまう。
その光景は、
非日常を日常として受け入れるために、
非日常を日常だと思い込むために、
仮想の世界を創り出していた由紀にも、
どうしようもない現実として降りかかってきた。
「やだ。こわい……」
「おい、由紀!」
「嫌あああああああああああああああああああああああ」
そして3階のバリケードが、大量のあいつらによって突破された――
泣き叫ぶ由紀を胡桃が引きずり、
立ち上がれない悠里に美紀が肩を貸し、
何とか学園生活部の部室まで戻ってきていた。
由紀と悠里の様子は叫び声こそ上げないものの相変わらずで、
美紀も二人に寄り添うのがやっとだった。
胡桃だけが立ち上がり、スコップを手にじっと入り口のドアを睨み続けている。
「美紀」
ドアを睨んで背を向けたまま、静かに胡桃が声をかける。
「部屋のどこかに非常用のハシゴがあるはずだ。それを捜してくれ」
「え?あ、はい!」
一瞬何のことかと戸惑ったが、急いで言う通りにする。
「もうここも長くは保たないと思う。すぐにあいつらが入ってくる」
「そしたら私が絶対に引きつけて食い止める」
「美紀は二人を連れて逃げてくれ」
もう部室の頼りないドアは決壊する寸前だった。
「でもそうしたら先輩が!」
「多数の人命が危機にある時は、少数の人命の消耗をためらってはならない」
「めぐねえのマニュアルにもそう書いてあったろ?」
「先輩……」
「大丈夫。そう簡単にやられる気はないさ。余裕ができたら私も逃げる」
「だから早くハシゴを完成させてくれ」
「はい」
胡桃の言葉に止まってしまっていた手を動かす。
そして最後の防衛線が突破された――
「焦るな…でも急げ。焦るな…でも急げ!」
美紀は黙々とハシゴを組み立てる。
すぐ後ろで胡桃の大きな叫び声と甲高い金属音、肉を断つ嫌な音が聞こえる。
絶対に後ろは振り返れない。
心が折れてしまうに決まっているから。
程なくしてハシゴが組みあがると悠里に声をかける。
「先輩!悠里先輩!!」
思いっきり肩をつかんで揺すると、力なく視線を上げる虚ろな悠里と目があう。
「窓からハシゴで逃げますよ。ほら、立って下さい」
足が震えてなかなか立てないのを、抱きかかえるようにしながら何とか立たせる。
入り口のほうができるだけ見えないように身体で隠しながら。
「くるみ、くるみは!?」
肩越しに入り口を覗こうとする悠里の頭を、美紀はぎゅっと抱え込んだ。
いつか不安で眠れない夜に、悠里がそうしてくれたように。
「いいですか悠里先輩。くるみ先輩は今私たちを逃がすために必死に戦ってくれています」
「私たちは逃げるんです。今すぐ。少しでも早く」
「そうすることだけが、今私たちにできることなんです」
なおも入り口のほうを見ようともがく悠里を必死で抱きかかえ続ける。
悠里の体から力が抜けるのを感じると、身体を離し、ゆっくりと窓のほうを向かせる。
「さあ、降りてください。私も由紀先輩を連れて行きますから」
そうして悠里がハシゴを降りるのを見送る。
ともすれば滑り落ちそうなほど危なっかしい様子だが、声をかけ続け何とか励ます。
最後まで入り口のほうが見えないようにするのは忘れなかった。
「さあ、由紀先輩も行きますよ」
そう言うと背中におんぶの形で由紀を抱える。念のためにロープをまわして身体を縛る。
由紀はほとんど反応せずに、されるがままになっていた。
「しっかりつかまっていてくださいね」
窓の外に身を乗り出すと、全身に降りかかる雨がとても冷たく感じられた。
そしてはしごを降りる体勢になり、ふと顔を上げた瞬間、
入り口で繰り広げられている光景が目に入ってきた――
目の前に群がる「あいつら」の一匹を、胡桃がスコップで力強くなぎ倒す瞬間だった。
怖いほどの決意の宿った必死の形相で、いつもの頼りがいのある胡桃先輩が勇敢に戦ってくれていた。
足を二匹に噛み付かれ、それを引きずりながらも微塵も闘志を衰えさせることなく。
近くにいた敵を倒すと、噛み付いている二匹の首を地面でも掘るように順にスコップの先端で突き刺し機能停止させる。
そしてまた新しい敵と対峙する。
息も絶え絶えに、手足の到るところから噛み傷による血を流しながら。
「あ、ああああああああぁぁぁ……」
美紀にとりかえしのつかない後悔の念が襲い、息を吸うのもままらなくなる。
ハシゴを握る手から力が抜け、踏み外して滑り落ちそうになる。
「……焦るな。焦るな。焦るな。」
そう呪文のように繰り返しながら、震える手と足で、一段一段ハシゴを降りていった。
部員の中で一番頼りがいがあり、唯一「あいつら」と戦える貴重な存在だった。
そんな胡桃先輩の文字通り必死のがんばりを、
生かされているだけの自分のつまらない事故で、
無駄になんかできる訳がない――
「はあ、はあ、はあ……」
「あいつら」との戦いを終えた胡桃は、戦いの興奮が冷めたのか急に気怠くなった身体を引きずって歩き、
突き当たりの階段を下り続けていた。
空っぽの部室の中には開けっ放しの窓から雨が降りこみ、そこにハシゴがかかっているのも見えたが、
何となくもうそのハシゴを使って外に下りることはできない気がしたし、
してはいけないような気がしていた。
キリが無いと思っていたあいつらの攻撃は、ある瞬間から急に興味をなくしたように終わり、
いつもの徘徊コースに戻るように散り散りになっていった。
もうあいつらのすぐ側を通っても攻撃されることはない。
そして部室に美紀たちの姿もない。
やり遂げたのだ。
先ほどまではその強い達成感と安堵に胸のすく思いを感じていたが、それはすぐに終わり冷めてしまっていた。
だから何となく歩き、突き当たったから何となく階段を下りていただけだ。
そして階段が終わると半開きのシャッターのある踊り場にでた。
きっとこれがマニュアルにあった地下への入り口だろう。
「何か、あるかな」
胡桃はそう呟いてシャッターをくぐった。
中は薄暗かったが、妙に夜目が効くようになっていて、
色彩こそセピア一色だったが、細部まではっきりと見通せた。
貯水槽の役割もあるのか単に水が流れ込んだのか、
足元には膝下くらいの水位の水が来ていて歩きにくかったが、
「ここならあいつらも居なくて静かかもな」
そう思って歩を進めた。
「ちっ。ここにも入り込んでるのか」
前のほうから自分の立てるのとは違う水音と近づいてくるシルエットがあった。
一人で静かな最期を迎えたかったなあと、少しだけがっかりする。
次第にシルエットとの距離が縮まりその人となりが明らかになっていく。
柔和な印象を与えるドレス。
いつか決意と共に切ったふわふわのミディアムショートの髪。
胸にはいつも身に着けていた長いチェーンのロザリオ。
つい先ほどこの人影に抱いた印象とは、真逆の感情が自分の中に生まれていくのを感じた。
「こんなところにいたのかよ」
学園生活部顧問。いつも優しく見守ってくれていた私たちの先生。
「久しぶり。めぐねえ」
混濁して亡くなっていく意識の中に芽生えた、小さな幸福の感情を持って
胡桃は佐倉慈との再会を喜んだ。
「ほら外にでようぜ。めぐねえ」
ふらふらと彷徨う慈の右手をとると、胡桃はシャッターの外へ向かった。
左手は何かを掴むかのように時折動いているが、特に抵抗してくるようなことはない。
「最期にめぐねえに逢えてよかったよ」
「あいつらにはもう会えないけど、めぐねえがいれば淋しくはないよ」
「めぐねえもそうだろ?」
シャッターまで辿り着くと、慈を寝かせ、今にも崩れ落ちそうな腕を引っ張って引きずり出す。
「何だよ、何か言ってくれよめぐねえ」
「ずっと放ったらかしにしてたから怒ってるのか?」
「ごめんな、めぐねえ」
踊り場に戻ると胡桃にはもう立ち上がる体力も気力も残っていなかった。
「最期がこんな所ってのはちょっと嫌だけど、まあ上はあいつらでうるさいし」
「ここで我慢してくれよ」
「由紀が言うにはあいつらって楽しいところに行くらしいし」
「きっと私たちも戻れるよ」
慈を腕の中に抱きかかえながら、消えかける意識で胡桃は独りごちる
慈も立ち上がろうとする様子もなく、胡桃のされるがままになっている。
「私これでも結構がんばったんだぜ」
「うん、よくやった」
「もういいよね。終わりだよね」
「これからはずっと一緒だよ。めぐねえ」
そして胡桃は、意識を手放した。
最期の瞬間、慈が泣いているように感じたが、「私たち」に感情なんてない。
ただもう慰めてあげることができないことが、少しだけ心残りだった。