FF14 新生エオルゼア の二次小説です。

 時間軸は、新生スタート十二年前のイシュガルド。エスティニアンと先代蒼の竜騎士との過去話を書いてみました。
 オリキャラ存在します。独自設定多数ございます。
 旧FF14の設定は考慮しておりません。申し訳ございませんが、何卒ご了承ください。
 思いつきで書いたので、設定の擦り合わせが非常に甘いです。間違っていた場合、お手数ですが、ご指摘およびご指導を頂けると幸いです。
 竜騎士ジョブクエストに関係する一部ネタバレが存在します。プレイされていなくても読めるように心掛けておりますが、ご覧の際は十分ご注意ください。


この小説は、イラスト小説投稿サイトpixivにも投稿させて頂いております。
2016/06/11 3.3メインストーリーの公開に伴い、整合性をつけるため、時間軸を変更いたしました。申し訳ありません。

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掲げるは、誰が為

 幼かった自分にとって、突如訪れた悲劇が全て受け止められなかったのかもしれないとエスティニアンはふと思う。

 目が覚めた頃には、手の施しようがない位に全てが終わっていた。緑あふれる故郷ファーンデールは灰塵と化し、燻る炎まるごと無数のドラゴンが蹂躙していく。人の怒号が飛び交い、ドラゴンの咆哮が耳を劈く。悲鳴は突風で消え、涙は熱風で消し飛び、感情は混沌の渦へと収束していく。

 自分を抱えていた竜騎士が飛び上がり、エスティニアンは全体を見下げる。怨嗟がより深い集落の中心、すっと立ち上がった人影にエスティニアンは目を奪われる。他と異なる、その竜騎士を。

 ゆっくりと引き摺っていた穂先を天へ掲げ、石突きを真下へ突き立てる。聞こえるはずのないその衝撃が、エスティニアンの心を強く震わす。悲しみ、怒り、憎しみ、そして自身への嫌悪――まるで自分を代弁しているかの如く佇む様に、枯れていたはずの涙が溢れた。

 流れた水滴は竜騎士の腕に落ちる。その真上から、エスティニアンと同じ方向見ていた竜騎士が呟く。

「蒼の竜騎士、様……?」

 刹那。エスティニアンの顔に、真っ赤な血が飛散する。ねっとりとした熱いソレが一体誰の物であるのか、無傷の己を認知したエスティニアンにとって推測は容易かった。

 竜騎士の胸を巨大な爪が貫通しており、首の一部もざっくりと抉られていた。顔を覆っていた頭装備を破壊され、血反吐を舐めながらも彼は決してエスティニアンを離そうとはしなかった。墜ちゆく身体で相手を庇い、心配ないと微笑む――顔つきが昨日遊んだ友にどことなく似ており、エスティニアンの表情はますます歪む。

 やがて。強い衝撃が頭をかち割り、エスティニアンの意識は暗転した。

 

 

 

 

 ベッドから落ちた事を理解し、頭を擦りながらエスティニアンは起き上がる。ぼうっとした顔で明るい窓の外をみつめ、ゆっくりとベッドの横に腰を据えた。

(あれから……何年経った)

 ベッドと衣装箪笥しかない狭い部屋をエスティニアンは見渡し、暦の掛かった壁を見つめる。

「八年、か」

 早いな、とエスティニアンは独りごちた。その正面、呆れた表情で立っている少女に対して眉を上げる。

「なんだ? 水汲みならこれから――」

「もう昼だぞ」

「何?」

 目を丸くし、エスティニアンは改めて窓の外を見る。彼女の言う通り、太陽は南から西へ傾いており、窓の下では子供達が元気にはしゃいでいる。視線に気づいたのか、彼らは顔を上げ、二人に向かって手を振った。

「あ。エステ兄だ。おはよう~!」

「まーたイル姐に怒られたんてやんの。なっさけねえよなあ。一番年上のくせに」

「だ、大丈夫だよ。水汲みは僕達でやっておいたから……」

「あはは、なにその頭。ボッサボサじゃん!」

 言いたい放題口にする彼らに、エスティニアンは髪を掻きむしる。しかしそれもつかの間、投げつけられた服が顔を直撃し、彼の苛立ちは更に募っていく。

 何をする、と尋ねた相手に一歩も退かず、エスティニアンと同年代の彼女――イルは型良い眉をくっと上げる。

「早く着替えろ。水汲みをサボったんだ。相応の働きをしてもらうぞ」

 箪笥の中身をひっくり返しては次々と衣服を投げつけるイルに、分かったから出ていけ! とエスティニアンは怒鳴りつけた。

 

 

 

 

 

 皇都イシュガルド、その下層の一角に教皇庁が経営する教会がある。教会には孤児院が併設されており、故郷を失ったエスティニアンはそこで八年ほど暮らしていた。決して楽ではないが、さほど不自由のない共同生活――最近になって急激に人が増えたことに複雑な思いを抱きながらも、エスティニアンは大量に入った野菜の籠を置く。良くこんなに貰えたものだと感心していると、早く洗えとイルが早速指示を出してきた。

「朝早くに、アルベリクさんが来られたらしくてね。仕事の都合上朝まで酒場に詰めていて、店で余った野菜を貰ったから持ってきたとシスターが言っていた」

「あいつ来ていたのか」

「おい。恩人に向ってそんな言い方はないだろ」

 エスティニアンは溜め息を吐き、無言でひたすら野菜を洗い続ける。

 アルベリクは皇都に詰めている神殿騎士で、有り体にいうところの、この教会の後援者(パトロン)である。昔は竜騎士団に所属していたこともあって、各地で身寄りの無い子供を引き取っては孤児院へ入れる等の支援を積極的に行っていると聞く――エスティニアンも彼が連れて来た内の一人らしいのだが、何故か本人とシスターから明確な回答を得られていないため、特に彼のことは信じられないでいる。

「ふん。恩を仇で返すつもりはないが、信じられるかどうかは別の話だろ」

「お前な……」

 次は何をすればいい。問うまでもなく包丁を渡され、エスティニアンは肩を竦める。慣れた手つきで芋の皮を剥きつつ、再びイルに質問する。

「今日の献立は何だ」

「シチューだ。サラダはない。義弟達に食わせてやれるほど、野菜は新鮮ではないからな」

 同感だ。適当な大きさに切り分け、二人は黙々と作業をこなしていく。

 しばしの後。下ごしらえが終わりそうな折、イルはおもむろに口を開く。

「エスティニアン」

「何だ」

「お前は……これからどうするのだ」

 どうするも何も。手が止まっている相手を一瞥し、エスティニアンは断言する。

「志願するに決まっている。幸いにも、教皇の意向で兵士徴用の年齢引き下げられたからな。すぐにでも戦場へ行くことになるだろう。ついでに女でも行けるようになったらしいから、お前だって望めば叶うはずだ」

 私は……。イルは切り終えた野菜を置き、すっと広場の方へ向く。笑顔はじける、明るい声響くその場所を。

「私は、此処に残ろうと思う。いや違うな。私は、シスターの跡を継ぎたいのだ」

 聖職者になるのか。エスティニアンの問いに、そうなるな、とイルは微笑する。

「シスターは若くない。アルベリクさんだって、後進の育成のために戦場へ赴く事もあると聞く。考えたくはないが、二人に何がってもおかしくない。万一、二人に何かあった場合……現在の私では義弟達を守ってやれない」

 考えすぎでは。エスティニアンは口にしかけるが、彼女の強い意志が覗く横顔に、無言を貫く。そんな相手にイルはふっと吹き出し、エスティニアンに詰め寄った。

「お前は気楽で良いな。自分のやりたい事だけ考えていれば良いのだからな」

 さすがに頭に来てエスティニアンはイルの胸倉に掴みかかるが、彼女の一言に勢いが削がれた。

「その……一つだけ。疑問がある」

 握る片手に力が入る中、イルの静かな問いがエスティニアンの心に突き刺さる。

「その道は。お前にとって、遠回りではないのか?」

 返す言葉が無かった。いつの間にか放していた手を、エスティニアンはじっとみつめる。至る所に肉刺が見られる、酷く荒れた手の平――一部出血している指を見て、イルは応急処置を始める。

「お前の復讐を止める気なんてない。むしろ私のような弱者の代わりに、親を殺した憎きドラゴン族を打ってくれるなら、ありがたい限りだ。だが、お前が殺したい相手は、そんな最前線にいつも出てくる奴じゃないだろう」

 歪んだ顔を悟られまいと、エスティニアンは前髪で顔を隠す。

 イシュガルド建国神話にも出てくる、邪竜ニーズヘッグ……八年前、エスティニアンの故郷を焼き、何もかもを奪っていった奴の名である。だが、現状、奴と対峙できるのは一部の竜騎士だということをアルベリクから聞かされたことがあった――腕だけの問題だけではない。千年に渡るこの戦いの元凶にして、いわば親玉的な存在。奴に刃を突き立てる機会が廻ってくることすら、一兵士においては限りなく低い。ならば出世すればよいのであろうが……イシュガルドは貴族社会であり、現在取り仕切っている御歴々のほとんどが四大名家と称される家柄からの出身者で占められている。例外として、アルベリクはそれなりの偉い地位らしいのだが、正直なところ風当たりは厳しいと彼が笑っていたことをエスティニアンは思い出す。

「なら、どうすればいい――!?」

 八つ当たりであることは、エスティニアン自身解っていた。生じた感情は怒号となり、小さな部屋全体を振動させる。

「…………」

 すまなかった。互いに謝る彼らに、手を叩く音が響く。振り向いた先、入口前には老婆が立っており、優しい顔で微笑む足元には、満杯の水桶が置かれている。

 シスター! とイルは叫ぶや否や、心配そうに相手へ駆けよる。

「もう、ご無理なさらないで下さい。水汲みなんて、あいつにさせておけば良いんです」

 おい。イルに呆れながらも、エスティニアンは受け取った桶を運ぶ。適切な分量で各所へ分配し、一息吐いた彼の後ろで、シスターはおもむろに口を開く。

「エスティ」

「何だ? 水汲みなら行ってやるから、心配しなくて良いぞ」

 水汲みはええ。シスターは懐から一つの財布を取り出し、エスティニアンへと差し出した。

「これを、アルベリクに届けてやってくれないか」

「何で俺が……というか、あのおっさんまた財布忘れていきやがったのかよ」

 昨日戦場から帰ってきたこともあって疲れていたのだろう。シスターはそう説明したが、ただ単に抜けているだけだろうとエスティニアンは息を吐く。最初は断ろうと――面倒ゆえイルに押し付けようと考えたが、彼女はすでに夕食の準備を進めていたため、機会を逸してしまう。別段他に断る理由も無く、シスターの手を煩わせた負い目も多少あり、エスティニアンはシスターの頼みを引き受けた。

 

 

 

 

 

 イシュガルド下層にある酒場、忘れられた騎士亭。 アルベリクがいることを聞きつけ、エスティニアンは入口で盛大な溜め息を吐いた。

(……財布忘れて飲みにくるとか、馬鹿だろ)

 いっそのこと、届けずに痛い目を見させた方がいいのでは。ふと思うも、仕入れから帰ってきたらしいマスターに見つかり、成すがままに店へと通された。貧しい身形の子供が入ってきた事に不快感を示す客もいたが、マスターや店員の機転で特に問題なく店の奥へ進んでいく。

「すまないね。エスティ」

「マスターが謝ることじゃないだろ」

 アルベリクがいるという部屋の近くまで連れてこられて、珍しいな、とエスティニアンは首を傾げる。

「おっさん、接待でもしているのか?」

 忘れられた騎士亭では、貧民から貴族、あらゆる客層に合わせたサービスが行われている。その中でも後者、富裕層向けに設けられているものの一つ、相応の金を支払う事で個室を提供するというものがある。

 財布だけ預けて、帰った方が良くないか? 口を尖らせるエスティニアンに、何かあれば別に通しても構わないと言われたとマスターは苦笑する。

「何でも、グリダニアで知り合った古い友人が来たらしい。異邦人は目立つし、つもる話もあるのだろうさ」

「あいつ他国に行ったことあるのか……」

「仕事上、要人の護衛のために他国へ渡ることもあるらしいからね」

 神殿騎士はずっと籠っているものだと思っていた、とエスティニアンは腕を組む。皇都に敵が攻め込んでもしない限り、貴族の相手をしているため暇でひまで仕方ない――孤児院の皆に笑って話してた事を真に受けていた自分に少し恥じ入る。

 まあ、概ね間違っていない。笑うマスターに、そういや、とエスティニアンは見上げる。

「酒や料理はツケなんだろうが。部屋代だけは前金じゃなかったか?」

「ああ。きっちりと頂いたよ。彼の友人から」

「――……」

 マスター。指をポキポキ鳴らしながら、エスティニアンは眉を吊り上げる。

「前々から。あいつを絞めてやりたいと思っていた」

「他のお客様にご迷惑がかからない限りなら。止めはしないさ」

 鍵は掛けていないそうだから。マスターはエスティニアンの肩を軽く叩き、手を振りながらその場を後にした。彼の背中を見送り、エスティニアンはドアの前へ立つ。

 口ではああ言ったものの。いざ扉の前へ立つと、エスティニアンの感情は急速に冷めていった。重厚な扉、煌びやかな取っ手、ノックするために置かれた装飾が美しい金具――場違いが過ぎる状況に両足が竦む。疼く好奇心と、未知への恐怖。金具を持つ手は微かに震え、泳ぐ両目は灯りの影に消える。

(あいつ、何者なんだよ)

 エスティニアンは激しく首を振る。ゆっくりと一呼吸置き、手にある金具を掲げ――だが、振り下ろされることはなかった。部屋の中から激しい物音がし、見知らぬ男の声がエスティニアンの長い耳を上げさせる。

『おい、大丈夫かアルベリク』

 大丈夫だ。部屋の中からアルベリクの声が聞こえ、エスティニアンは思わず扉に耳を付ける。

『新設される士官学校についての最終調整が上手くいかなくてな。上官と朝まで詰めていたんだ。まあ、そんな日もあるさ』

『そうか。……「蒼の竜騎士」も大変だな』

 そっちこそ。相手を笑うアルベリクと扉を挟んだ側で、エスティニアンは己の耳を疑う。男の一言が頭の中で幾度となく廻り、幼き日の残像を描き出す。

 槍を掲げる手は強く伸び、地を突く音は乾いた空気を切り裂く。漆黒の鎧は炎の中で静かに佇み、影に隠れる双眸は対峙するドラゴンを見据えている。

「おい、おっさん!!」

 あらん限りの力でドアを開き、エスティニアンは部屋の中へ向かって叫んだ。目を丸くしている二人の男の片方、短い耳に黒い短髪、同色の髭を生やしているヒューラン族の男――アルベリクへ向かって財布を投げつけた。

「あんたが「蒼の竜騎士」って、一体どういう事だ?!」

「…………」

 片手で友人を制しながら、アルベリクは顔に直撃した財布を受け取る。傷の走る右目に手をやりつつも、自分から目を離さない子供をじっと見据える。

「イウェイン。悪いが、今日はここでお開きとさせてくれないか」

 それは構わないが――困惑の色を示す相手に微笑し、アルベリクはエスティニアンが持ってきた財布を机に置いた。

「さっきの借りた分だ。余った分は、土産でも買ってイシュガルドの民に貢献してくれ」

 埋め合わせは必ずする。アルベリクは微笑しながら、再び何かを言いかけた友人を再度制した。

「すまない。グリダニアの軍人たるお前に話せることはない……これは、私と、エスティニアンとの問題なんだ」

 場所を変えよう。騒ぎを聞きつけた他の客に目配せしながら、アルベリクはエスティニアンの頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 夜空に輝く星は寒々しく、雲に隠れる月明かりは頼りない。ほぼ変わらない身長の二人は、誰も居ない路地を無言で歩いて行く。やがて孤児院の裏口をくぐり、広場の片隅でアルベリクは足を止めた。

「イウェインとは。数年前、教皇猊下のグリダニア訪問へ同行した折に知り合ってな。……尤も、彼に正体を明かしてしまったのは、酒場で泥酔した自分の失態だが」

「「蒼の竜騎士」としてか」

 エスティニアンの問いに、アルベリクは微笑む。肯定も否定も彼は口にしなかったが、答えを得られたエスティニアンにとっては関心のないことである。

 教皇が「蒼の竜騎士」を同行させたのは、自国の軍事力を見せつけたかった狙いもあるのかもしれない――推測を述べたアルベリクに、エスティニアンは吐き捨てる。

「何で黙っていた」

「嘘は吐いていない、神殿騎士団に席を置いている事実に変わりはない。第一、お前は問わなかっただろう。名前まで同じだというのに、一度だって疑うことをしなかった」

「馬鹿言え。財布を置いて飲みに行くような間抜けなおっさんが「蒼の竜騎士」だと誰が――そもそも、奴の顔は誰も見たことが」

 強烈な違和感に囚われ、エスティニアンは息を呑む。

 自分が想像していた「蒼の竜騎士」をエスティニアンは改めて思い描く。天へ伸びる長身は猛々しく、槍を握る手は強さで満ちている。縦横無尽に空を駆け回り、疾風の如くドラゴンを屠って味方を鼓舞する――他のイシュガルドの民が思うものと同じ、英雄とよんで差支えない印象しか描けない己に、エスティニアンは腹を立てる。

 雲が晴れ、月と影が色濃くなる真下。エスティニアンの胸中を見透かしたかのように、アルベリクは嘲笑混じる表情を浮かべる。

「案外。お前も一般的な見方が出来ているようで、安心したよ」

 皆を騙しているのか。エスティニアンの低い声に、にべもなくアルベリクは答える。

「結論から言えば。半分是で、半分否といったところか。だが」

「――――!!」

 相手の言い訳など、最早どうでも良かった。感情の赴くまま相手へ殴りかかろうと、エスティニアンは拳を振り上げる――しかし相手に難なく躱され、鳩尾へ一発入れられたことで距離を取られる。咄嗟に庇った片手のおかげで気絶させられるまでには至らなかったが、重い一発は想像以上に堪えた。

 そんなエスティニアンの真正面に、一本の槍が突き刺さる。ここ数年毎日欠かさず素振りしている、練習用の槍……年季の入った柄を取るエスティニアンから目を離し、曇った目でアルベリクは予備の槍を手にする。

「我が国では英雄ともいうべき「蒼の竜騎士」は、どの時代にも必ず一人しか存在しない。故に、貴族の御歴々は、自分の家から「蒼の竜騎士」が輩出されなかった事を大層気にしておられてな。ましてや、誇り高きエレゼン族ではなく、ヒューラン族。いわば異邦人ときたものだ。英雄様が異邦人だということになれば、彼らの面子は丸潰れ――私や民から見れば、どうでも良い事のように思えるのだが。それが政治というものかもしれんな」

 唾を吐いたエスティニアンに、同感だよ、とアルベリクは眉を上げる。

「だが。戦争の終わりが見えぬこの時勢。希望の灯火は――誰もが欲する英雄は、必要だと私は思っている。それで一人でも前を向いて生きていけるのであれば。たとえそれが、偽りの英雄だったとしてもだ」

 地にある穂先を月夜に掲げ、対極を乾いた土に打ち付ける。砂の微粒子は生じた突風と共に駆け、エスティニアンの口へと溶け込む。

「なあ、アルベリク」

 アルベリクが皆を騙している事など、相手の言い訳など、すでに頭の片隅にさえ残っていない。「蒼の竜騎士」に尋ねてみたかったただ一つの欲求がエスティニアンの中で渦巻き、握る力を増幅させていく。吐き出す吐息は炎のように熱く、目尻を伝う汗は頬の半ばで乾く。突き上がる衝動は訪れた深淵の中心で蠢き、心に轟くような声となって相手を揺らす。

「奴は……ニーズヘッグは、強いのか?」

 アルベリクは一瞬目を丸くするが、隠すように片手で顔を覆う。しかしすぐに手を離し、傷走る右眼でエスティニアンを見据える。そこには、エスティニアンが知る彼……少し間の抜けた人好きの神殿騎士は何処にもいない。悲しくも儚い、深くて暗い、どろりとした影の中で硝子の破片のような眼をした男が一人、片手で槍を構えていた。

「ああ。強いぞ。私の人生を狂わせる位にはな」

 試してみるか? アルベリクが問うより先に、エスティニアンは笑って刃を突き立てた。

 

 

 

 

 

 結論から言えば。現役の騎士相手に、毎日素振りをしている程度の青臭いガキが敵うはずもなかった。切り上げた一閃は宙を舞い、側面から叩き込まれた相手の柄で得物を落としてしまう。からかっているのか、落ちた武器を何度も拾っては渡してくる相手に、エスティニアンは腹を立てる。

 左手をポケットへ突っ込み、片手でずっと相手をしているアルベリクに。

「舐めやがって」

「おいおい。本気で相手にして欲しいなら、最初から言ってくれ」

 アルベリクの左手が動いたことを皮切りに、エスティニアンは地面を蹴る。我ながらに上出来だと思った、早い突き――だが、それも例外なく簡単に伸されてしまう。

 先程とは違い、アルベリクはエスティニアンの攻撃を受け止めた。動揺した相手に眉を上げつつ得物を絡め取るように回転させ、くっと引いたその穂先で相手の武器を叩き割る流れは、まさに数拍。反動と驚きで地面へ尻をつけた相手の喉元へ容赦無く得物を突きつけ、先端から流れる鮮血をじっと睨む。

「……ニーズヘッグに復讐したいと、ずっと聞かされてはいたが。その程度だと、呆れるほかない」

 仕方が無いだろう。槍を突き立てるアルベリクへ向かってエスティニアンは叫びたかったが、屈辱的なまでの敗北感が閉口させる。痛みに打ちひしがれる頭を撫でられ、傷の手当までしようとする、さながら傷口に塩を塗る相手の手を撥ね退ける。

 もっと素直になれ、と自分で手当てをするエスティニアンにアルベリクは苦笑する。散った槍の柄を回収し、手頃な大きさに折った後、煮炊き用の木材の横にそっと置いた。

「槍はもっと手入れをしておけ。安いので構わない、古くなったら取り換える事。神殿騎士の名において、皇都にドラゴン族を入れるなど絶対させないが、万一孤児院で何かあった時……その武器では、守りたいものは守れないぞ。無論、己自身もな」

 彼の正論に、エスティニアンは反論する術を持たない。ただ、同時に抱いた一つの疑問は、率直な言葉となって彼の口から発せられる。

「あんたは……なんで「蒼の竜騎士」を名乗らない」

「言っただろ。私の種族が――」

 無言で睨んでいる相手に、アルベリクは言葉を切った。

「……」

 そうだな。意を知ったかの如くアルベリクは微笑み、眩しい輝きを放つ月を仰ぐ。

「エスティニアンには、知る権利はあるのかもしれない」

 出来れば誰にも言わないで欲しいと前置きし、アルベリクは静かに語り始める。

「八年前。そう、奴が――ニーズヘッグが、ファーンデールを壊滅させたあの日。奴と交えた私は、「蒼の竜騎士」と呼ばれるが故の強き力……「竜の力」を失った」

 思わぬ告白にエスティニアンは息を呑む。だが、騎士らしからぬ小さな背中に気圧され、相手の続きを待った。

「「竜の力」を失う前に、ニーズヘッグを眠りへつかせる程まで追い詰められたことは、非常に幸いな事だった。だが、奴の眠りは非常に短いものとなるだろう。遅くて十数年、早ければ十年持たないと推測している」

「なんでその「力」を失ったんだ」

 アルベリクの肩が一瞬震えるが、顔を向けることなく彼は首を振った。

「分からない。いや違う……正直、まだ心の整理がついていなくてな。考えられないんだ。八年も経つというのに、全くもって恥ずかしい限りだが」

「…………」

「とはいえ。「竜の力」を失っても、その辺の竜騎士や下級眷属相手に負けはしない。昨日だって、それなりの戦果を挙げて帰ってきたんだ」

 おっさんイイ歳なんだから無理すんなよ。心に突き刺さったのだろう、エスティニアンの一言に顔を引き攣らせ、アルベリクは額の汗を拭った。

「「蒼の竜騎士 アルベリク」が未だこの歴史上生きているのは、先程の説明で納得いって貰えると助かる。現在ドラゴン族の勢いは治まりつつあるとはいえ、教皇に匹敵する影響力を与える英雄が死んだとあっては、国内の士気や治安に多大な影響が出かねない」

 私が実際に死んでいないことも大きいが。あっけらかんと笑うアルベリクに、エスティニアンは顔を歪める。

「それを知ってるのは誰だ」

「教皇猊下と、神殿騎士団総長。後は……シスターだけだ。他はみんな死んでしまった」

 そんな顔をするな、と子供の頭を撫で、アルベリクは目を細めた。

「だが。これはお前にとっても好機なんだぞ、エスティニアン」

 どういう意味だ。促されるまま立ち上がり、エスティニアンは相手に詰め寄る。そんな彼にアルベリクは槍を渡し、懐を探り始める。

「正確に言えば。私が「竜の力」を失ったことで、現在「蒼の竜騎士」は不在だ」

 それくらい俺にも判る。不満を呟くエスティニアンを、まあ待て、とアルベリクは宥める。

「ニーズヘッグと対峙できるのは、一部の竜騎士のみ。前にそう言ったが、あれは嘘だ。実際のところ、奴と対峙できる強さを持つのは「蒼の竜騎士」だけだ」

 逆に言えば。アルベリクの口元が、にやりと曲がる。

「ニーズヘッグが出てくれば、「蒼の竜騎士」は必ず対峙しなければならない。でなければ、イシュガルドは滅びる」

「……俺に。「蒼の竜騎士」になれと?」

「一般兵として志願するよりも、よほど近道だと思わないか」

 私は別にどちらでも構わないのだが。悪戯じみた笑顔を浮かべるアルベリクに、エスティニアンは不快感を示す。乗せられているかのような気持ち悪さ――だが、長年募っていた苛立ちに光が差しこんだかのような感触に、エスティニアンの顔は綻ぶ。

「はっ。馬鹿馬鹿しい。第一、身分の低い奴なんて、竜騎士にすらなれないと――」

 空が白み始める暁。月が消えゆく光の中で、アルベリクは一つの紙をエスティニアンへ突きつける。

「神殿騎士団内に新設される士官学校、生徒募集の貼り紙だ」

 将来の指揮官や騎士、優秀な人材を育成することを目的に創設される士官学校。国のトップたる教皇や神殿騎士団総長、「蒼の竜騎士」の意向もあり、イシュガルドに新たな風を吹かせるべく生徒募集は身分や貧富の差に関係なく行われる――学費の一部免除といった各種奨学金制度、優秀な生徒に限るが裕福な家庭との養子縁組の斡旋、等々。ピンとこない内容がずらずらと書かれていたものの、自分みたいな境遇の子供ものし上がることができる環境が整っているという事実だけは、エスティニアンにも理解できた。

「試験は半年後か」

 面白い。意気込むエスティニアンの側で、言っておくが、とアルベリクは釘を刺す。

「そこに書いてあると思うが。勉強がある程度出来なければ容赦なく落ちるから、精々頑張ることだな」

「ドラゴン族を殺すのに、そんな知識が必要なのか?」

 各種ドラゴン族の急所を知っておけば、効率よく多くの敵を殺すことが出来る。相手の攻撃形態や陣形の長所と短所を知っておけば、先手を打って被害を最小限に食い止めることも可能。戦いの発端となっている神話を熟知しておけば、ニーズヘッグの弱点を見出すに至るかもしれない。奴に限らず会話できるドラゴン族は存在する故、いざ対峙する場面となれば精神攻撃を仕掛けてみるのも面白いかもしれない――異論はあるか? と腕を組むアルベリクに、エスティニアンはなおも食らいつく。

「そういうことは。入ってから教わるもんだろ!」

「個人的には、確かに同意する部分もあるが。せめて計算だけは出来るようになっておくと困らない。おそらく寮生活だろうが、金銭のやりくりは意外に大変なのだぞ」

 酒場の飲み代をツケで払い、あげく財布を忘れて部屋代を友人に払わせた奴に言われても、説得力がまるでない。エスティニアンに指摘され、アルベリクはばつが悪そうに咳払いをする。

「と、ともかく」

 逃げやがった。エスティニアンの溜め息に眉をびくつかせるが、気を取り直すかのように、エスティニアンへと向き直る。

「急ぐ訳ではないが。答えを聞いてもいいか」

 愚問だな。エスティニアンは吐き捨て、槍を握る手に力を込める。地面を削る穂先は昇りゆく太陽に掲げられ、石突きは真下へ突き刺さる。しっかりと聞こえるその衝動が、二人の髪を確かに揺らす。

 言葉など必要なかった。槍の陰に隠れた二人の表情が、全ての答えを示していた。

 

 

 

 

 晴れ渡った日の早朝。暖かい風が孤児院の広場を駆け抜ける。その中心、年長二人を囲った子供達から爆笑が起きる。

「や、やっべえ! エステ兄の格好、チョー笑える!!」

「腹いてぇ、笑い過ぎてすっげえ腹が痛え!! エステ兄、薬くれ、いしゃりょうくれ!」

「わ、笑っちゃ……いけないんだけど……ふ、ふふふ」

「な、なんだっけ。こういうの――チョコボにも衣装? ぷっ、想像してみたら、チョコボの方が似合うんだけど!」

 手前ら後で締めてやる。口々に感想を漏らしている彼らに向ってエスティニアンは呟き、士官学校の制服の襟を正す。その隣で、心底真面目な顔で見つめるイルに眉を動かす。

「な、なんだイル。変な目で見やがって」

「いや……比べられたチョコボに同情してしまってな」

 お前まで――エスティニアンは吐きかけるが、彼女の見慣れない服装に目を丸くする。きっちりと整えられた制服……聖職者を育てる学校、聖アンダリム神学院の制服をしげしげと見つめながら、そうか、とエスティニアンは腕を組んだ。

「そういえば。お前も受かったんだったな」

 幸いにもな。イルは頷き、駆け寄ってきた義弟達に笑顔を向ける。

「しばらくはシスターに任せきりになるのは心苦しいが……なに、すぐに卒業して帰ってくるさ」

 とても良く似合っている、という称賛の声に礼を述べながら、イルはやって来たシスターに手を振る。

「じゃあな。エスティニアン。泣いて帰って来るなよ」

「誰が。お前こそ、泣きべそかいてシスターを困らせるなよ」

 一歩一歩、足音が遠ざかる中。エスティニアンは振り向くことはない。必要だとも思わない――薄情なものだ、と嘲笑し、自分が進む道……アルベリクがやってきた道を歩く。

 似合っているではないか。笑うアルベリクに、エスティニアンはむっとする。

「おっさんも喧嘩売ってんのか?」

「いや……素直な感想を述べただけなのだが……」

 それよりも。困惑しながら、アルベリクはエスティニアンの足元へ目を向ける。

 足にしがみついてきた義弟達に、エスティニアンは一瞬呆ける。離れるように諭しても言う事を聞かず、むしろ強く抱いてきたことにますます動揺する。

「おいこら、お前ら。俺の服が汚れるだろうが」

 彼らの頭を撫でる腕の中、彼らの嗚咽がこだまする。

「兄ちゃん……お願いだよ……行かないでくれよ……」

「兄ちゃんいないと、寂しいんだっ……俺じゃなくて、シスターが……うっ」

「エステ兄と会えなくなるなんてやだよう……死んじゃやだよぅ……」

 そんな今更。エスティニアンは眉を下げ、義弟達を強く抱きしめた。

「何もこれから戦場に行くわけじゃないんだ。心配するな、死にはしないさ」

 何か思ったようにアルベリクは眉を上げるが、エスティニアンは視線で一蹴する。

「それよりお前ら。俺やイル姐の分まで、ちゃんとシスターの手伝いするんだぞ」

 エスティニアンの一言に義弟達は離れ、相手へ向かって各々に宣言する。

「んなの解ってるもん! サボっていたエステ兄より水汲み上手いし!」

「薪割りだって、ちゃんとやるぜ! そりゃあ、エステ兄のようには上手くできないけどさ。すぐに上手くなって、追い越してやるよ!」

「イル姐のように、上手くは出来ないけど……みんなのために頑張るよ、料理」

 意気込む三人に笑い、エスティニアンは最後まで泣いている義妹の頭をゆっくり撫でる。

「小さな義弟達の面倒が残ってしまったぞ? どうする、泣いているお前に出来るのか?」

 泣きじゃくっていた彼女の声が止まる。やがて啜る声の中から、彼女の意志が伝わってきた。

「がんばる……っがんばるもん……できるもん……っ」

「良い子だ。誰よりも優しいお前なら出来る、俺が保証する」

 顔を上げた子供達に頷き、エスティニアンはやってきたシスターに彼らを預けた。シスターの腕のなかで尚も泣きじゃくる義弟達に微笑む。重い荷物を丁寧に持ち上げ、シスターに軽く挨拶をした後に踵を返した。

 待たせてすまなかった。謝罪するエスティニアンに、アルベリクは懐から布を取り出す。必要ないと拒否する相手に、新品だからと強引に握らせた。

「なに。私からの餞別とでも思えば良い。ハンカチくらい持っておけ。……これから嫌というほど使うことになる」

 不服そうな顔で、エスティニアンは目元にハンカチを押し当てる。微妙に濡れている布にそっと目を伏せ、懐にしまいながらアルベリクの後に続いた。

 

 

 

 

 

「すまない。私はここまでだ」

 士官学校正門近く、固い石畳が連なる坂の中腹で立ち止まったアルベリクに、エスティニアンは首を振る。

「いや。十分だ」

「……さすがに。立場上、後見人になることはできなかった」

「気持ちだけ受け取っておく。むしろあんたは正しい。……権力でモノを押し通していたら、俺は今頃アンタをぶん殴っているだろうさ」

 本当に感謝している。荷物を降ろし、恭しく頭を下げるエスティニアンにアルベリクは一歩下がった。相手の反応に不快感を示し、エスティニアンは腕を組む。

「な、何だその反応は」

「いや……お前に感謝された事がなかったから、つい」

「あのな。俺だって、感謝するべき人間にはきちんと礼を言うぞ」

 分かっているとも。苦く笑うアルベリクを更に睨むも、エスティニアンはそれ以上追及しなかった。

 今後の日程といった事務的な話を済ませ、アルベリクは別れの挨拶をする。

「本当は。お前に感謝されることなんてないんだ。むしろ――……巻き込んですまないと思っている」

 最後の別れ際、ポツリと言い残して歩いて行く相手の背中を眺めながら、エスティニアンは首を傾げる。

「何いってんだ、あのおっさん」

 再度向き直り、手を振ってくる相手に、さっさと行けよという表情でエスティニアンは手を動かす。ようやく見えなくなった相手にどっと溜め息を吐き、言葉の意味をふと考える。しばらく耽った後、肩を叩かれたので振り返る。

 シスター。何時から居たのかと質問しながら、エスティニアンは眉を上げる。

「イルの方へみんな連れて付いて行ったんじゃなかったのか? というか、あいつらどうした」

「あの子の事は心配いらん。子供達は泣き疲れて、今はみんなベッドの上で寝ておるよ」

 ほっと息をつくエスティニアンを横目に、シスターは対照的な溜め息を吐いた。

「アルベリクも相変わらずみたいじゃの」

「前々から思っていたことなんだが」

 アルベリクと知り合いなのか? エスティニアンの問いにシスターは肯定する。

「私の姪とあやつは、恋仲じゃっての。それも結婚間近まで迫っておった」

 少し昔話をしよう。シスターはそう呟き、話を切り出した。

 十三年前。今は無き小さな村で二人は暮らしていた。だが、ニーズヘッグの眷属であるドラゴン族の群れが村を襲い、壊滅。その折、アルベリクの目の前で彼女は亡くなった――シスター曰く、凄惨な殺され方だったというが、彼女は詳細を語ることはなかった。その後、アルベリクは神殿騎士団に入隊。「蒼の竜騎士」となり、八年前のあの日、ファーンデールが襲われた日を迎えた。

 一呼吸置き。シスターは低くゆっくりとした声で話を紡ぐ。

「……ドラゴン族というのは、眷属内で意志疎通が出来るといわれておるそうじゃな。不幸にも、姪を殺したドラゴンが生きておったらしくての。ニーズヘッグは奴の思考を読み取り、姪に良く似た女性をわざわざアルベリクの目の前に持ってきて、十三年前の姪と全く同じように殺したそうな」

「…………」

 後の詳細は語らずとも良いかな、とシスターはアルベリクが消えた先を見据える。

「アルベリクは「竜の力」を失った理由が分からないと言っておるが。おそらく、あの日……怒りと憎しみ、底知れぬ悲しみ全てと共に、「竜の力」共々、全てを手放そうとしたのじゃと思う。だが」

 アルベリク自身、それが今でも赦せないのだろう、とシスターは眉を寄せる。

 ここ八年の間。愛すべき者を殺した張本人を討つには至ったが、心にもう一つの傷を負わせたニーズヘッグは今もなお生きている。だが「竜の力」を失っている現在、アルベリクはニーズヘッグを自らの手で討つ事は敵わない事を痛感している。奴を倒さない限り憎しみは止まることはなく、奴を殺していないというのに「力」を手放した己への強い恨み――それらが今もなお戦場に立ち続け、偽りと分かっていながらも「蒼の竜騎士」を続けている理由なのではとシスターは息を吐く。

「エスティは気づいておるかもしれぬが。あやつは早朝、毎日欠かさず鍛錬しておる。諦めきれないんじゃろうな、もしかすれば、「竜の力」が戻るかもしれないと」

 ただ。現状は絶望的だということも冷静に分かっているようだと、シスターは悲しげに微笑む。

 アルベリクに「竜の力」が戻らないのだとすれば、ニーズヘッグを倒さない限り心の傷が癒えないのだとすれば。ニーズヘッグを倒す方法で考えられるものは一つ。次代の「蒼の竜騎士」を誕生させる事である――先程アルベリクが口にした、むしろの後に続いた単語が思い起こされ、エスティニアンは歪んだ顔で笑う。

「利用、か……」

 士官学校の設立は、己が復讐を達成させるため――案外おっさんらしいのかもしれない、とエスティニアンは声を上げて笑う。その様子をじっと見つめながら、シスターは補足する。

「あやつのために言っておくが。アルベリクは、お前さんが兵士になることを最後まで反対しておった。独学で槍を学んでいたことを止めさせられないかと私に懇願し、できれば静かな場所で穏やかに暮らして欲しいと。士官学校への入学が決まるまで、あやつが持っている道場を紹介しなかったのも、その証拠だと思ってくれぬか」

「どうでも良い。どうでも良いんだよ、シスター」

 口にした通り。エスティニアンにとっては酷くどうでも良い事だった。

 誰かが、平穏に暮らして欲しいと願っている事も。アルベリクの過去に何があって、自分を復讐の材料として利用しようとする事も。エスティニアンにとっては、塵芥の一粒ですら興味が無い。

 苛烈な瞳を瞼の裏に隠し、エスティニアンはすっと顎を引く。

「俺は。家族や友人を殺したあいつを、義弟達の家族を殺したドラゴン族を率いているあいつを――」

 見開かれた両眼は激しく揺らめき、髪は吹いた風に舞い上がる。歪んだ口元は大きく開かれ、心に燻る激情は言葉となって目標へと真っ直ぐ放たれる。

「ニーズヘッグを殺せれば。それで十分だ」

 お前さんはそういうやつだったな。昇りゆく太陽の陰で、シスターは静かに笑いをこぼす。その隣、彼女から視線を移し、エスティニアンは士官学校の方角へ向かって叫ぶ。

「良いぜ、アルベリク。アンタの誘いに乗ってやるよ」

 その代わり。熱を帯びたその表情で、エスティニアンは指を鳴らす。

「俺も、アンタを利用してやるだけだ」

 荷物を手に取り、エスティニアンは歩き始める。コツ、コツと振動する足音は常に前を向き、決して振り返ることはない。

「エスティニアン」

 呼び止められ、彼は足を止める。空を見上げ、建物の頂上をじっと睨む。

「迷うことなかれ」

 エスティニアンは笑って再び歩き始める。無言で手を振り、歩く道の、光差す先へと消えていった。

 

 

 

 

 五年後。「蒼の竜騎士 アルベリク」は死亡し、「蒼の竜騎士 エスティニアン」が誕生する。後に彼は目覚ましい活躍をみせることとなり、初代「蒼の竜騎士」たる征竜将「ハルドラス」の再来と騒がれイシュガルドの歴史に名を刻む事となる。

 

 

 

 

 新しき「蒼の竜騎士」誕生から数年。とある酒場のカウンターで、黒眼鏡を付けて飲んでいる長身の男の側にアルベリクは座る。マスターにホットワインを注文し、酒を呷る仕草を真似る。

「人気者も、大変だな。酒を一杯飲むのにも神経を使いそうで」

 ふん、と男は鼻を鳴らす。

「アルベリク。お前、数年前にくたばったんじゃなかったのか?」

「抜かせ。お前が死ぬまで、何があっても死んでたまるものか」

 しかし。とアルベリクは、柱へ備え付けられた燭台の灯りを見つめる。

「総長も引退され、若い総長が就任したしな。そろそろ身の振り方を考える頃合いではあるか」

「金持ってるんなら、隠居でもしてろ」

 マスター勘定、と男は立ち上がる。財布を広げる彼に聞こえる位の小さな声で、アルベリクはグラスを傾ける。

「急激な気候の変化に戸惑ってはいるが……みんな元気に皇都で暮らしている」

 そうか。会計を済ませ、男は感謝の意をマスターにおくる。

「……仕送りついでに。シスターが好きだった花を贈るのも、良いかもしれんな」

 たまには会いに行ってやれ。アルベリクは窘めるも、男は片手を振って拒否した。アルベリクは尚も食い下がり、足早に去る男に付いて行こうとする。

「っと。不味い――」

 会計を済ませていない事に気づき、アルベリクは財布を探す。だが懐の何処にも財布は無く、気まずさに打ちひしがれる。そんな客を見兼ねたのか、マスターは笑ってアルベリクに意味深な様子で小銭を差し出す。

「どうせまた財布を忘れられたのでしょ? 先程の男性が、アルベリクさんの分も支払ってくださいましたよ。こちらはお釣りです」

 お礼言うなら、さっさと行った方が良いですよ。釣銭を渡し、マスターは男が出て行った入口を示す。頭を下げ、アルベリクは急いで階段を駆け上がる。入って来た客を掻き分けるようにして入口を飛び出し、飛び込んできた冷たい突風に顔を覆った。

 目視できるほどの大粒の雪が絶えない、イシュガルド下層。皆がみな足早に歩き、白い吐息で身体の一部を温めているという光景。路上には雪が降り積もっており、行き交う人々の中には、足を掬われ転倒している人も目立つ。

 そんな通りの中央で、男の黒眼鏡が落下する。膝を折り、苦しそうに手で顔を覆う彼にアルベリクはすかさず駆け寄った。

「どうした、エスティニアン」

 極力小さな声で、アルベリクは彼の名を呼ぶ。人の目が集まり始めたのを感じ取り、当たり障りのない言葉で受け流しつつ、彼の身体を道の端へと移動させた。

 やっと息の乱れが落ち着き始めたというのに、男は――エスティニアンは壁に手を付いて立ち上がろうとする。

「訂正だ、アルベリク。引退なんて、絶対するな」

 酷く切迫した声を発しながらも、エスティニアンはようやく立ち上がる。落ちた眼鏡をアルベリクから受け取り、それを掛けることなく深呼吸した。

 奴が。その言葉だけで、アルベリクは理解した。だがエスティニアンは、興奮冷め止まぬ声ではっきり口にする。

「――ニーズヘッグが。近々目覚めるかもしれん」

 イシュガルド上層方面へ迷わず駆け出していくエスティニアンをアルベリクは追おうとするが、未だ慣れぬ雪道で足を取られる。目が離れた僅かな時間、アルベリクの視界からエスティニアンの姿は消えていた。

 アルベリクはすっと上層を見上げる。白い吐息が地を這い、建物が見えぬほどに降り注ぐ雪景色を。

「今日は……思ったよりは……寒くなかったか」

 分厚い雲で覆われた空を眺めながら、アルベリクはそっと手を伸ばす。届きそうで届かぬ、その狭間を求めて。

 

 

 

 

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